心の闇、黒き策謀
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/03 22:50



■オープニング本文

●此隅評定
 武天の氏族が一同に会する評定。
 天儀最大勢力を誇る武天は、その氏族の数も他国を圧倒する。
「――以上をもって、沙汰とする!」
 巨勢王の居城で開かれた此隅での評定会議。
 そこに集った氏族の長達を前に、巨勢王の腹心が声を張り上げた。 
「お待ちを、巨勢王! なぜ有力士族である我が越中家が農地開墾などという雑務をこなさねばならぬのですか!!」
 そんな腹心の声に氏族の長の一人が立ち上がり、抗議の声を発する。
「越中殿。控えられよ! 王の御前であるぞ!」
 しかし、腹心は立ち上がった男『越中 実時』の不躾な行動を怒声をもって諌めた。
「ぐっ‥‥!」
 実時はギリッと唇を噛むと、ゆるりと席に着く。
 それは腹心の怒声があったからではない。その後ろ、会場の最上座に座す一人の大男の鋭く突き刺さる視線を受けてのことだった。
「‥‥越中家は今だ家内の騒動が収束しておらんだろう」
 不服そうに、しかし、何かに恐れる様に席に着いた実時へ、巨勢王は低く響く声でそう告げた。
「恐れながら、申し上げます。我が越中家は、私の元すでに巨勢王のお力になれるほどに、勢力を回復させております。どうか、我が家に別命をっ!」
 しかし、実時は引かない。
 座したまま、すっと一歩前へ出ると両拳を畳に付き、巨勢王に嘆願する。
「‥‥」
 そんな実時を、再びぎろりと見下した巨勢王は、無言で腹心に合図を送る。
「これにて評定を終える! 各自、励めよ!」
『はっ!』
 一人を除き一斉に床へ首を垂れる領主達。
 その様子を満足気に見つめた巨勢王は、すくりと立ち上がり場を後にする。
「王!!」
 部屋を去り行く巨勢王の背へ向け必死に呼びかける実時。
「‥‥」
 しかし、巨勢王はそのまま無言で部屋を後にした。

●此隅郊外
「‥‥」
「実時様‥‥?」
 輿に乗りギリッと唇を噛む実時に側近の一人が恐る恐る声をかけた。
「‥‥」
 しかし、実時は無言のままその蒼い瞳に怒りを滲ませる。
「許せん‥‥」
 小さく、まるで寝言を呟く様に実時が言葉を噛みつぶした。
「え‥‥?」
 側近は実時の口にした言葉がどういう意味を持つのか、一瞬判断が付かず呆ける。
「‥‥理穴へ使者を出せ」
「え‥‥? 理穴へ、ですか‥‥?」
 突然の実時の言葉に、側近は問い直した。
「同じ事を言わせるな!」
「は、はっ!!」
 深く沈んでいた実時の表情は一変、鬼の形相で側近を睨みつける。
「早く行け! 時は一刻を争う!」
「はっ!」
 一目散に逃げる様に輿を離れていく側近。 
「‥‥ちっ」
 その姿が実時を更に苛立たせる。
「‥‥許せん」
 再び実時が呟く、その言葉に憎悪を滲ませて――。

●此隅郊外
「田丸麿様が生きておいでなら‥‥」
 行列の最後尾。一人の籠持ちがぼそりと呟いた。
「お、おいっ! 滅多な事を言うもんじゃない!」
 そんな男に、同僚が慌てて声をかける。
「だってよ、あの新しい領主様、ほんとに越中家の人間なのか?」
「お、お前声がでかい!」
「見てみろよ。あの金髪。天儀人かも怪しいぞ?」
「‥‥いい加減にしろっ!」
 と、尚も呟き続ける籠持ちの口を、もう同僚が強引に塞ぐ。
「うぐうぐっ!」
 同僚の腕の中でもがく籠持ち。
「いいか! お前だけ処罰喰らうなら何言ってもいいが、俺達まで責任を負わせられるんだぞ!」
 声を殺し、必死に説得する同僚の言葉には、明らかな恐怖が伺える。
「‥‥」
 そんな訴えに、籠持ちがもがくのをやめた。
「‥‥俺だって、正直言えば――」
 籠持ちが諦めたのを確認し、同僚はふと呟く。
「全く、とんでもない奴が領主様になったもんだ‥‥」
 僅かに緩んだ同僚の手を押しのけ、籠持ちが再びぽつりと呟いたのだった――。

●巨勢王居城
「――し、失礼いたします!」
 広大な城の一角に設けられた小さな部屋へ、慌てふためく衛士が飛び込んできた。
「騒がしいぞっ! 何事か!!」
 その不躾な行動に、怒気を孕んで答えるのは、この部屋の主、巨勢王が側近の一人『和木 家哉』。
「申し訳ありません! しかし――」
「落ち着け。大事はわかった。申せ」
 きっとこの部屋まで走ってきたのであろう、衛士は額に汗を滲ませる。
 家哉は只ならぬ気配を感じ、静かに衛士の言葉を待つ。
「はっ! 先程、城門にこのような物が!」
 と、礼儀も程ほどに衛士は一枚の書状を家哉に差し出した。
 そこには――。

『越中 実時に謀反の疑いあり』

 ただそれだけが記されていた。
「な、なんだ、これは‥‥」
 家哉は書状を持つ手を僅かに振るわせ、その書面に釘付けとなる。
「と、とにかく巨勢王へお伝えせねば‥‥」
 衛士の焦りが伝染したのか、家哉はごくりと唾を飲みそう呟いた。
「貴様!」
 突然声を張り上げる家哉。
「はっ!」
「この事は、一切の他言を無用とする! この令を破った者は厳罰に処すと心得よ!!」
「はっ!」
 何かの悪戯であればそれでいい。しかし、家哉を何か言い知れぬ不安が襲う。
 そして、家哉は書状を堅く握りしめ、巨勢王が座す此隅の城の最奥へ向け、部屋を駆けだした。

●城
 明りすらない広い部屋。
 障子越しの月光が仄かに部屋を照らしていた。
「‥‥」
 部屋に聞こえる一つの息遣い。
「『越中の狂気』。今だ顕在か‥‥」
 誰もいない部屋で、視線を机に落とした巨勢王がぽつりと呟いた――。


■参加者一覧
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
海神・閃(ia5305
16歳・男・志
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
六道・せせり(ib3080
10歳・女・陰
猛神 沙良(ib3204
15歳・女・サ


■リプレイ本文

●武天のとある町
 街の隅にある小さな墓所。
 その小さな墓所の更に最奥にひっそりと佇む小さな墓石の前で、皇 りょう(ia1673)が瞳を閉じ静かに手を合わせていた。
「お泉殿‥‥」
 小さくしゃがみ込んだまま目を開けたりょうが墓石を見上げ呟く。
「よぉ、あんたも来たのか」
 と、そんなりょうに背後から声がかかった。
「御神村殿か」
 くるりと振り向いたりょうの前には、御神村 茉織(ia5355)が野花の束を抱え立っていた。
「半年‥‥か」
 小さく呟いた茉織は花束をそっと墓前に捧げ、りょうの隣に膝を折る。
「うむ‥‥」
 そんな茉織を一目確認し、りょうも再び墓前へと向かった。
「久しぶりだな。半年前は世話になった」
 そして、りょうに習い茉織も墓前に手を合わせる。

「件の当主――」
 じっと墓前に手を合わせる二人。と、りょうがふと呟いた。
「ああ、あいつだろ」
「やはり、御神村殿も考えは同じであったか」
「それしか考えられねぇ」
 小さな墓石を前に視線を合わすことなく続けられる二人の会話。
「‥‥行くのか?」
「うむ、確かめねばならぬ事がある」
 そして、墓石に深く首を垂れ立ち上がったりょう。
「んじゃ、俺も。お泉、また来るぜ」
 と、すでに墓前から離れたりょうを追う様に、茉織もその場から立ち去った。

●城門
「では、貴方が?」
「言っとくけど、俺は何も知らないからな」
 衛兵の控室。
 小さな机を挟み、猛神 沙良(ib3204)が休憩中の衛兵に問いかけた。
「何でも構わないのです。覚えている事はありませんか?」
「覚えるも何も、交代で門に行ったら、アレが城門に苦無で打ちつけられていたんだ」
 それでも食い下がる沙良に、男は観念したのかそう呟く。
「交代した後? という事は、交代時間の隙をついてあの書状が届けられたということでしょうか?」
「さぁな。もういいだろ? そろそろ交代時間なんだ」
 と、面倒臭そうに沙良に手を振ると、男はさっさと控室を後にした。
「‥‥衛兵の隙をついて? まさか、内部に内通者が?」
 去った衛兵から視線を戻し、沙良が一人考え込む。
「なぁ、鳥のねぇちゃん。そろそろ出ていってくれないか? 俺達は無関係だ」
 と、思案に暮れる沙良に向け、別の衛兵が不快を露わにする。
「これは申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」
 その視線に何かを感じたのか、沙良はぺこりと頭を垂れ。
「また何かありましたら、ご連絡くださいね」
 にこりと微笑み、控室を後にしたのだった。

●宿場町
「――いえ、有難うございました」
 ぺこりとお辞儀した海神・閃(ia5305)が店を後にした。
「‥‥」
 いつも旅人で賑わう宿場町。しかし、今日はその数がいつもと違う。
「やはり、影響は色々な所に出ていますね」
 人でごった返す街道を一人歩く閃は、耳に飛び込んでくる旅人達の愚痴に耳を傾けていた。
「‥‥」
 聴こえてくる愚痴は、そのほとんどが街道封鎖への不満。先の店でも商品が届かないと愚痴をこぼされた。
「軍備増強の噂も気になる所ですけど‥‥」
 喧騒に塗れる宿場町を閃は再び歩き出す。得た噂を反芻しながら。
「どこかに関係者がいてくれさえすれば‥‥」
 そして、閃は一軒の酒場の暖簾をくぐった。

●此隅
「――ふむ、話はわかった」
「せやったら、はよぉ!」
 此隅城内のとある一室。
 上座に腰を下ろす和木へ向け、六道・せせり(ib3080)が詰め寄った。
「話はわかると言っただけだ、派兵はできん」
「なんでやっ!」
 せせりが持ちかけた話。それを和木はあっさりと拒否したのだ。
「そもそも軍が動ける状況であるならば、貴様達開拓者などには頼らん」
「うっ‥‥せやかて、うちの仲間が裏を取るんや。軍を動かす大義名分は十分やろ。別に他国に攻めぇゆぅとるんやないんやで?」
 淡々と返す和木に、せせりは尚も執拗に説得を繰り返す。
「‥‥落ち着け。得てもいない大義面分を振りかざすな」
 身を乗り出し声高に喋るせせりに、和木は半ばあきれた様に諭す。
「お、落ちついとるわっ!」
「‥‥いいか。軍を動かす――いや、人を動かすというのはどうしても人目につく。この武天に他国の人間が全くいないとでも思っているのか?」
「‥‥」
 和木の言わんとしている事がせせりにはすぐに理解できた。
 軍でなくとも人が動く。それは必ず誰かの目に着くのだ。
「わかってもらえたのであればいい。お前達には期待している」
「‥‥わーったわ! 何とかしたるっ。絶対あんたの鼻あかしたるからな!」
 と、せせりはバッと立ち上がり、踵を返し部屋を出る。

「――頼むぞ」
 去り行く小さな背に向け、和木がぼそりと呟いたのだった。

●街道
「‥‥どこ行くんだろう」
 樹上からルンルン・パムポップン(ib0234)が街道を見下ろす。
 そこには、馬に一人の男が着慣れぬ旅装を纏い街道を猛烈な速度で駆け抜けていた。
「確かにあっちから来たよね‥‥」
 しかし、ルンルンが気にするのは様相ではない。馬の来た方角にあった。
 それは、街道を封鎖しているはずの『望子』の街。
「あの馬の速度もおかしいし、どう見ても旅慣れてるようには思えないよね‥‥」
 男の顔は白い。まったく陽に焼けていないのだ。ルンルンは、その不自然な旅人の動向をじっと見つめる。
「もしかして、今回の件に関係があるのかな‥‥?」
 丁度そう呟いた時、男がルンルンの在る樹の真下を通過した。
「これは確かめないとっ!」
 砂塵を巻き上げ駆け抜ける馬の背を、ルンルンは音も無く追ったのだった。

●小屋
 望子郊外に佇む今にも崩れそうな小屋。
 以前は木こりが使っていたのか、中には斧や鉈が錆ついたまま残されていた。
「――ルンルンの姿が見えないようだが、始めよう」
 火も入っていない囲炉裏を囲む仲間に向け、りょうが呟いた。
「じゃ、ボクからいいですか?」
「うむ、海神殿お願いいたす」
 すっと手を上げた閃に、りょうが礼を尽くし首を垂れる。
「では‥‥えっと、僕は望子の街から続く街道の宿場町に寄って来たんですけど」
「けど?」
 声を殺し語る閃に、沙良が問いかけた。
「ええ、領主の実時さんを良しと思わず、街を出た人がいないか探していたんですが、それが全くいない様なんです」
「いない? それではまるで‥‥」
 と、閃の言葉に沙良が言い淀む。
「実時様は善良な領主様であらせられるから、街を出る必要が無い。うち等は幸せもんや。はぁ、幸せ幸せ――アホかっちゅうねん」
 と、沙良の言葉を代弁するように、せせりがむすっと呟いた。
「なんだ? 随分と機嫌が悪いな」
 そんなせせりの態度に、茉織がすっと顔を覗きこむ。
「あー、気にせんといて。こっちの話やねん。ちぃとばかし和木のおっちゃんとあってな」
「なんだ? 喧嘩でもしてきたのか?」
「ちゃうちゃう。いくらうちでも依頼主と事構える様な事はせん」
「ふーむ。で、一体なにがあったんだ?」
 せせりの核心を見せぬ語り口に、茉織が再び問いかけた。
「人は出せん、ゆわれたわ。それだけや」
「ふむ‥‥では援軍は望めぬか」
 せせりの言葉に、黙り込む一同。
「で、猛神の姐はんはどうやったん?」
 黙り考え込む一同を見渡したせせりは、まだ発言していない沙良に声をかけた。
「はい。私は門番の方を当たっていたのですが。あまり目ぼしい情報はありませんでしたね」
「そっちも収穫なしか‥‥」
「いえ、そう言う訳ではないんです。少し気になる事がありまして――」
 と、囲炉裏に視線を落とし考え込む沙良を、一同がじっと見つめる。
「例の書状ですが、門番の方の交代時間を狙って出された様なんです」
 しばしの沈黙の後、沙良が顔を上げ呟いた。
「なんやそれ。内通者でもおるんか?」
 と、沙良の情報にせせりが怪訝な表情を浮かべる。
「それは私も考えました。相手は仮にも有力士族。可能性は十分に考えられるかと思います」
 再び小屋に沈黙が落ちる。

「それで、お二人はどうでしたか? 確か心当たりがあるとか」
 と、沈黙を割って閃が最後に合流した二人に声をかけた。
「うむ、此度の首謀者の名には心当たりがないが、その名字には心当たりがあったのでな。少し過去に関わった依頼のつてを辿ってみた」
 答えたのはりょう。
「と言いますと?」
「まぁ、色々あってな。ぶっちゃけると、今回の首謀者の旦那とは一度やり合った事がある」
 そして、りょうの言葉を茉織が継ぎ、話を続ける。
「え?!」
 その茉織の言葉に沙良が驚愕の声を上げた。
「確信はないが、十中八九間違いねぇだろうな」
「であるな。戦闘にはならないに越した事はないが、相手は相当の手練。皆、心して望まれよ」
 と、りょうが神妙に語る。
「どんぱちやって、公にならんとええけどな」
 しかし、りょうの言葉にせせりはやれやれと両手を上げた。
「ともかく、俺は街に潜入するぜ。このままじっとしとく訳にもいかねぇしな」
 そんなせせりを苦笑いで見つめ、茉織が席を立ちあがる。
「私はルンルンさんが気になりますので、合流しようかと思います」
 そして、沙良が続いた。
「うちはもう一度和木のおっちゃんとやり合ってくるわ。ええ情報もらえたしな」
 と、せせりも席を立つ。
「ボクは引き続き内偵を。どこかに望子を脱出した人物がいないか、もう一度調べてみますね」
 最後に閃が立ち上がり、この小屋に再び静寂が訪れた。

「御神村殿」
「うん?」
 小屋を出た茉織に、後ろから声がかかる。
「私も連れて行ってはもらえぬか」
 振り返った茉織の前には、りょうが神妙な面持ちで立っていた。
「うん? かまわねぇが――大丈夫か?」
「邪魔にはならぬ。――それに、この目で確かめねば気がすまぬ‥‥」
「‥‥そうか、わかった。行こう」
「感謝いたす」
 そして、茉織はりょうを連れ立ち、一路望子の街へと脚を向けた。

●宿場
「誰と話してるんだろう、こんな所で‥‥」
 部屋には男の気配しかしない。しかし、確かに会話が聞こえた。
 ルンルンは気配を殺し壁に耳を当てる。
「やっぱり怪しい‥‥」
 常人を遥かに凌ぐ聴力を駆使してもなお、聴こえてくる会話の端々は途切れ、その内容までは聞き取れなかった。
「でも、証拠が無いんじゃ捕まえられないよね‥‥」
 呟くルンルンがふと中庭を見やる。
「あの子は」
 そこには日中全速力で走らせれた馬が、力無く横たわっていた。

「可哀想に‥‥」
 馬の元へ音も無く近づいたルンルンが、へたり込む馬を見つめ、膝を折った。
『‥‥』
 そんなルンルンを潤む瞳で見上げる馬。
「そうだ。この子を逃がしてあげれば、少しは時間を稼げるよね――」
 そして、ルンルンは徐に馬を繋ぐ縄に手をかけると、そのまま縛を解いた。
『‥‥』
 何事かもわからず、ルンルンを見上げる馬を。
「あんな酷いご主人様の所にいる必要はないんだからっ」
 ルンルンは優しく撫でつけ、解放したのだった。

●此隅
 部屋に沈黙が流れる。
「――話はわかった。それならば人を出そう」
「遅いっちゅうねん」
 せせりの言葉に頷いた和木に、せせりは溜息混じりに呟いた。
「言ってくれるな。我々にも立場というものが在るのだ」
「お家騒動の真っ只中で、その重い腰。まったく呑気な話やで」
 申し訳なさそうに語る和木に、せせりは深く溜息をついた。
「ほな、街の方は頼んだで。うち等は犯人を暴きださなあかんからな」
「任されよう」
 すっと立ち上がり、出口へと向かうせせりの言葉に和木が答える。

「案外この件、赤鬼の王様の仕業かも知らんな」
「‥‥であればどれだけ気が楽か」
 部屋を去る間際に発したせせりの言葉に、和木が小さく答えたのだった。

●宿場
 闇が支配する宿場の外れ。
「ルンルンさん、どうでしたか?」
「うん、怪しい人は見つけたんだけど、確証がなくて‥‥」
 問いかける沙良に、ルンルンが申し訳なさそうに呟いた。
「ルンルンさんを責めているわけじゃないんです。それよりも一人でここまでやってくれて感謝してるんですから」
 しゅんと落ち込むルンルンに、沙良が優しく声をかけた。
「そ、そうかな?」
「ええ、もちろんですよっ」
 にこりと微笑む沙良に、ルンルンの表情も幾分晴れやかになる。
「でも理穴に着く前に、なんとか証拠を掴まないと‥‥」
「理穴? 理穴に何かあるんですか?」
「えっと、あの人が急いでた方角があっちだから」
 と、ルンルンが指差した方角を沙良も見やる。
 そこには理穴へと続く街道が、夜の闇へと延びていた。
「理穴に何が‥‥」
 闇へと続く道を眺め、沙良が考え込む。
「理穴に何が在るかわからないけど、着くまでには絶対尻尾を掴んでやるんだからっ!」
「ですね!」
 ルンルンの決意に、沙良がにこりと微笑んだ。

●此隅
「え? それはどういう事ですか?」
 男の物言いに、閃は驚きのあまり問い返した。
「何度も言わすなよ‥‥」
 と、閃の向かいに座る男が声を殺し呟く。
「す、すみません。ちょっと驚いたもので‥‥」
 人差し指を唇に当て、閃の声音を制す男が、きょろきょろと辺りを伺う。
「で、でも越中家のご当主が出奔したなんて‥‥」
「しー! 声がでかい!!」
「す、すみません」
 男の怒声に閃はしゅんと縮こまった。
「そ、その噂は本当なんですか?」
「しらねぇよ。でも、最近噂になってるぜ?」
 声を殺し再び問いかけた閃に、男は小声で答える。
「そんな‥‥」
「ま、それだけだ。んじゃ御馳走さん」
 と、驚愕に暮れる閃を残し男が席を立つ。
「この件、簡単には解決しないのかもしれませんね‥‥」 
 酒場を後にした男の背を見つめ閃が、ぼそりと呟いたのだった。

●望子
「呆気なすぎるな‥‥」
「罠、という可能性はなかろうか」
 闇と静寂が辺りを包む。
 夜に紛れ望子に潜入を試みた二人は、あっさりと目的を達成していた。
「これだけ簡単に潜入できたしな。その線もありかとは思ったが――」
「うん?」
「正直、物足りねぇ」
「‥‥御神村殿、我々は遊びに来ているのではないのだぞ?」
 茉織の気の抜けた言葉に、りょうは呆れたように肩を落とした。
「まぁ、相手が出てこないんなら、こっちも楽だけどよ」
 と、そんなりょうを残し、茉織が大通りへ足を踏み出す。
「‥‥おいおい」
 そして、茉織の足が止まった。
「御神村殿、どうなされた? こ、これは‥‥もぬけの殻だとでも言うのか?」
 茉織を追い大通りへ踏み出たりょうが、眼前に広がる光景に愕然と呟いた。
「どういうこった‥‥。街一つの人間丸ごと消えたとでも言うのかよ‥‥」
 辺りを漂う夜の静寂に、茉織が苦々しく呟く。

 二人が見た想像だにせぬ光景。
 望子と呼ばれた街は、まるで一夜にして廃墟にでもなったかのように、しんと静まり返り、まるで生命の息吹が感じられない。



 開拓者の働きにより、武天が抱える闇に光輝が差し込む。
 しかし、その光は細く頼りないもの。真相はいまだ闇の中に。

 暗く底なしの闇は、今だ武天に渦巻いている。
 武天の玉座を食い破らんと、その伏牙を磨いて――。