【四月】狐の嫁
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/19 14:14



■オープニング本文

●夢の里
 ぴゅうと吹く風に身を震わせる一つの毛玉。
 よくよく見れば毛玉には二つの赤い目が付いており、銀色のふっさりとした立派な尻尾が二本付いていた。
「寂しい、寂しいなぁ」
 毛玉――彼は百年ほど生きた野狐だった。
 まだまだ天狐になれるはずもなく、山中に住みながらも欲にまみれた生活をしている。
 しかし、それでも寂しさは感じていた。
 里にイタズラをしに下りることもあったが、帰ればいつも一人ぼっち。
 話し相手も居ないし、自分のことを敬ってくれたり心配してくれたり世話を焼いてくれる者も居ない。
「ああ、こんな時に嫁さんが居ればなあ」
 気を紛らわせようとキセルを咥え、ぷかりと煙を吐き出す。
 その直後、狐は自分の呟きが名案だということに気付いた。
「そうだ、里から嫁をもらおう!たくさん!」

 翌日、里は山から降臨した山の神様に「嫁」を望まれ、里で一番綺麗な女性を差し出した。
 しかしこれは狐が化けた偽者の神。
 味を占めた狐は週に一回の頻度で里に下り、その度に新しい嫁を欲した。
 自分の住処に連れ帰った嫁にはきちんと寝床を与え、家族の一員として毎朝一緒に食事を摂らせたが、度重なる嫁取りに里の者は「嫁に出した娘は食われたのではないか」と不信感を抱きだす。
 そしてある日ついに神の正体がバレた。去り際に尻尾をしまい忘れたのだ。
「なんと女好きな狐だ、このままにはしておけん‥‥」
 狐は女が好きなのではなく家族が欲しいだけだったが、里の者の目にはそうは映らない。
 次の嫁取りまであと数日というところで、里にこんなビラが貼られるようになった。

『こらしめるために嫁として狐に同行してくれる者を募集!!
 年齢問わず。男は女装に違和感が無い者を推奨。先着八名也!』


●その頃現実では
「なんだあ、こいつまた寝てんのか」
「新しい本を入手したとかで、徹夜して読んでたんだとさ」
「本?‥‥ああ、狐の本か。こいつも物好きだよなぁ」
「両親共働きで読書くらいしかする事ないらしいぜ」
 ふーん、という声は眠る少年の耳には届かない。
 その隣には、狐について詳しく書かれた本が置かれていた。


※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


■参加者一覧
巳斗(ia0966
14歳・男・志
空音(ia3513
18歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ヨーコ・オールビー(ib0095
19歳・女・吟
リン・ヴィタメール(ib0231
21歳・女・吟
ルナ・ローレライ(ib0299
26歳・女・吟


■リプレイ本文

●嫁入り
「ほ、本当に八人も嫁が来た!」
 村人にバレているとは露知らず、山の麓まで神様の姿に化けて迎えに行った狐は住処に八人を連れ帰ると、密かにガッツポーズをした。
 住処への入口は大きな木の洞にあり、入ってみると化かしてでもいるのか殿様が控えているような広い部屋へと出た。
 聞けば既に娶った嫁達は別の部屋でキノコや山菜の選り分けをしてもらっているので、ここには居ないそうだ。
「先の奥さん方にも、婚礼前に是非挨拶しとかへんと」
 ヨーコ・オールビー(ib0095)がそう言って別室の場所を尋ねると、狐は嬉々として教えてくれた。
「いやあ、嫁が仲良しなのは良いなぁ」
 その背を見送り、ふにゃりとした笑顔になる狐。
 しかし実際は花嫁達の様子と聞き込みにヨーコは行ったのである。すぐに今までの扱い等が判明することだろう。
 ちなみに住処の外には荷物を運んでもらうとの名目で、村の男が何人かついて来ていた。一気に八人も娶ることは初めてなせいか、それに対して狐は疑問を抱いていないらしい。
「せっかくやから、お祝いに宴を開くのはどうですやろ?」
 スッと楽器を取り出し、リン・ヴィタメール(ib0231)がにこやかに言う。
「結婚祝いかぁ、そりゃあ良い。どれ食事の準備を――」
「あっ‥‥宴会の準備は、実はもうしてあるんです‥‥だから旦那様は、座って待っていてください」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)が言い、皆で外から食品や小道具を運び込む。
 狐は目を丸くしていた。
「じゅ、準備が良いなあ」
「お嫁さん同士だけでなく、旦那様とも仲良くなりたいですから‥‥」
 シャンテはそう言うと、横笛を取り出してリンと一緒に演奏を始めた。
 祝いの音楽に気を良くした狐は、用意されたフカフカ座布団の上にボスッと座る。
「天儀の結納には三々九度というものが必要と聞きます。ささ、お飲みくださいな」
 白無垢に身を包んだルナ・ローレライ(ib0299)が慎ましやかにお酌する。
 キセルを置いた狐はそれを一気に飲み干し、どうだ、という顔をした。
「さすが神様、良い飲みっぷりです!」
 趙 彩虹(ia8292)がパチパチと拍手し、狐の飲みっぷりを褒める。
 そうやっておだてると、狐は「早く次、次」と二杯目をルナに注いでもらい、それも一気に飲み干した。
「こっちもお一つどうぞ、手作りなんですよ♪」
 いなり寿司を皿に載せて差し出したのは巳斗(ia0966)。
 狐は彼が男性ということに全く気付いていない様子だ。
「こりゃ美味そうだ!」
 お酒で少し顔を赤くした狐はヒョイヒョイといなり寿司を口に運び、じっくりと味わってから飲み込む。ゴマの風味が良いアクセントになっていた。
 巳斗はニコニコと笑い、三味線を持ってリンとシャンテの隣に立つと演奏を始めた。
「曲にのせて、旦那様も舞を如何ですか?」
「ふふ、旦那はんも、舞妓はんになって盛り上げてくれたら嬉しゅう思いますえ?」
 巳斗とリンにそう言われ、更に彩虹やルナに手拍子をされ、狐はまんざらでもない顔で立ち上がると盆踊りのようなものを踊りだした。
 彩虹とリンもそれに合わせて歌う。
「お上手、お上手♪」
「旦那様、これを」
 ルナが酒瓶を丸々手渡す。
「ふっふっふー、見てろよ〜」
 アルコールを摂った後に運動した狐は既に酔っていたが、きゅぽんと栓を抜くと、器用に踊りながらぐびぐびと飲み始めた。
 五秒‥‥十秒‥‥十五秒経ったところで全て飲み終える。
「どーぉだ、驚いたろうっ!」
 既にその顔に化けていた神様の面影は無く、モフモフの尻尾も出現して狐そのものとなっていた。


●踊れやモフれや♪
 一方その頃、安否を確認したヨーコはその花嫁達を連れ、外に待つ村人と合流していた。
「痛い目とか怖い目には合わされてへんみたいやよ」
 見ても分かるほど花嫁達の健康状態は良く、肌もつやつやとしている。
 ‥‥狐が甘やかしに甘やかしていたのか、少し足や顎がふくよかになっている者も居たが。
「皆無事やったし、あとはうちらが上手くやるからココで見ててくれへん?」
「良いが‥‥大丈夫か?」
 村人はドンチャン騒ぎをしている住処内が気になるらしい。
「大丈夫やって!結構マヌケな狐みたいやしね?」
 ヨーコは笑うと、華やかな引き振袖の袖を揺らしながら洞へと戻って行った。

「あの、そろそろお願いします」
 いつものペースでぼーっとしていた鈴木 透子(ia5664)が狐に突然そう言った。
「ん〜?なんだあ?」
「カッポレを踊ってほしいんです」
「‥‥いーけど、その手に持ってんのは何だー?」
 透子は手に畳を持っていた‥‥というより、正確には体にもたれ掛からせるようにしていた。
 しかもただの畳ではない。
 本間の畳に次いで大きな京間の畳だ。普通の畳と比べると縦幅も横幅も大きい。
「嫁入りの時に旦那様にやって頂く儀式の一つで、これを背負ってカッポレを踊ってもらい、最後には頭の上で畳を回してもらうんです」
「な、なにー!?」
 初耳だったせいか狐は大仰なほど驚いた。ちなみに本当にそんな儀式があるかは分からない。
「これは男気を見せてもらうのが目的だそうです。‥‥してくれないのですか?」
 不安げな瞳で問われ、狐は迷った様子で耳を伏せる。
「え、ええーい!出来ないことなんてない!そこで見ていろっ。‥‥ああ、危ないからもう少し下がって」
 狐はよっこいしょと畳を背負い、皆の掛け声に合わせてよろめきながら踊り始める。
「まあ凄い」
「さすがです〜!」
 透子は目を丸くしてみせ、空音(ia3513)はそう声を上げる。
「おー、なんか凄いことしとるやん!」
 帰ってきたヨーコにも褒められ、狐はちょっと苦しい体勢でにこっと笑う。
「そこで片足立ちです!!」
「えっ!?」
 透子からの突然の指示に狐は戸惑うが、男気試しだと思い出してその通りにした。
 ぷるぷると片足が震えている。
「笑顔が消えてます!!」
 引き攣りつつも笑顔を作ると、犬歯が剥き出しになった少し面白い顔になった。
「し、尻尾まで震えていますね」
 空音が全力でモフモフしたい衝動を抑えながら言う。ここで抱きついたら転倒確実だ。
「右に回る‥‥」
「み、みぎ、みぎー」
「っと見せかけて左だけどやっぱり右です!!」
「えっ、ええぇー!」
 ずでーん!!
 ついに転んだ狐は畳の下敷きになったが、すぐに這い出てきて犬のようにブルブルと身を震わせる。
「最後まで頑張る姿‥‥素敵でした!」
 文句を言いかけた狐だったが、巳斗にそう言われもごもごと口を動かす。
「あ〜、ふかふか‥‥尻尾も立派です♪」
 ちゃっかり両腕でモフモフしながら空音が笑顔になる。
 尻尾の存在に狐は疑問を抱かなかったようだ。まだ酔いは醒めていない。
「うう、もう耐えられません‥‥!」
 我慢していた巳斗もモフモフに加わり、ほんのり温かなその毛皮をぎゅーっと抱き締める。
「し、仕方ないなあ。でも甘える嫁は嫌いじゃないぞ〜」
 どうやら狐は好意的に受け止めているようだった。
 顔がデレデレとしている。


●理由
 助け起こされた狐はまた座布団に座らされ、今度はゆっくりとしたペースで酒の味を楽しみながら飲んでいた。
 その隣に何気なくヨーコが座る。
「なぁ、他の嫁さんも見てきたけれど、こないようけ嫁とってどないするつもりなん?」
 不自然さが出ないように注意しながら狐に問う。
「んー‥‥話すのは少し恥ずかしいなぁ」
「でも気になりおすなぁ。ええお人やのに、どうしてお嫁はんを山に連れてきはったんか‥‥」
 リンが更に一押しすると、狐はぽりぽりと後頭部を掻いた。
「‥‥笑わねぇ?」
「はい、もちろん」
 巳斗と空音が頷く。
 ちなみに二人はモフモフを堪能し、どこか依頼とは関係なく満足した顔をしていた。
「えーっとな、そのお‥‥さ、寂しかったんだよ」
 狐はぽつぽつと話始める。神様に化けていることなんてすっかり忘れて。
 この山に化け狐は自分しか居らず、親も兄弟も居ない。
 冬には火で暖をとることは出来たが、一人で眠る時の心の冷たさはどうにもならなかった。
 春の訪れを感じても、一緒にそれを喜ぶ相手も居ない。
「じゃあ、お嫁さんじゃなくても良いのではないですか?」
 寂しいだけなら嫁である必要はないだろう。彩虹が指摘すると狐はキョトンとした。
「だって嫁さんなら俺とずーっと一緒に居てくれるだろ?」
 どこで得た知識なのだろうか、狐の中では友達等の存在の前に「確実に一緒に居てくれる人=嫁」になっているらしい。
「旦那様、お嫁さんだけでなく友達や仲間が居ても寂しさは紛れると思いますよ」
「へ?」
 狐はほんの数秒だけ考え込む。
「‥‥ほ、ほんとか?」
 そしてそう聞き返した。
 自分でもその考えにようやく至ったが、確認を取りたい。そんな聞き方の狐に皆は一斉に頷く。
「一緒に暮らしてみては如何ですか?」
「一緒に?」
「そうです、村の方々と一緒に」
 巳斗の提案に狐はウーンと唸る。
 今までもらった嫁のことは大切にしているが、それでも騙した事実はある。
 村人は果たして自分を許し、仲間に加えてくれるのだろうか?
「心配ありませんよ」
 歩み出たのは空音。
 その後ろには、洞の外で一部始終を見ていた村人達が居た。
「狐さんは寂しくて、家族が欲しかっただけ‥‥どうか村で一緒に暮らせないかと、彼らにお願いしました」
 村人達は頷く。
「やったことは許せないが、娘達も無事だったし怖い目にも遭わされてねぇ‥‥村じゃそれなりに働いてもらうし、罪滅ぼしもしてもらうが、来るか?」
 狐は目をまん丸にし、村人、そして嫁達を順番に見ていく。
 ひとりひとりに「いいの?」と聞くように。
「‥‥ある地方に、悪いことをした村人を許すときに皆で笑ってあげて、その人が戻りやすくするという風習があったそうです」
 透子がぽつりと言う。
「許してくれる気持ちには、甘えて良いと思いますよ」
「もちろん、村の方々に、ごめんなさいしてから‥‥ですけれどね」
 シャンテが付け加え、にこりと笑った。
「う、ううぅ‥‥」
 狐はどうしたら良いのか分からず、尻尾を左右に揺らす。
 嬉しい。けれど人間の村に行くということに不安もある。
「狐、逃げたらあかんで。今逃げたら、あんた一生ひとりぼっちやで?」
「い、一生‥‥!」
「性根据えや、男の子やろ!」
 ヨーコの喝にビクッとし、狐は村人達に向き直る。
「え、えーっと‥‥こ、これまでのことはスマン!俺のこと‥‥仲間にしてくっ、く、くださいっ!」
 たどたどしい謝罪に村人は笑い、首を縦に振る。
「村の人らと仲直りして、仲よう暮らしてね」
 ヨーコの隣でリンがそう言って笑い、こうして狐の宴は終わったのだった。


●夢が醒めた後
 そよそよとした風が頬に当たり、今まで感じていなかった感覚が体に戻ってくる。
 湿気った感触に目を開けると、どうやら涎を垂らして眠りこけていたようだ。
「‥‥なんか凄い夢を見たかも」
 うっすらとしか覚えていなかったが、夢がこんなにきちんと終わったのは初めての経験だった。
 そして胸に残る、暖かい気持ち。
 出てきた人たちの顔は既におぼろげだったが、その気持ちだけは夢の中から持ち帰ったかのようにしっかりと残っていた。
「‥‥」
 少年は風で捲れた本を閉じ、玄関へと向かう。
 今まで同年代の子と遊ぶ機会はほとんど無かった。こちらから歩み寄らず、ずっと本だけを読んできたからだ。
 しかし本当は一緒に山を駆け川に潜り笑い合いたかったのだ。
 そう言い出す勇気が無かったから、本を読むことに逃げていた。

 だが、今なら言える気がする。
 少年は空き地に居た男の子達に走り寄ると、片手を挙げて声をかけた。

「皆、おっ‥‥俺も仲間に入れてくださいっ!」