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■オープニング本文 「引っ越すよ!」 春奈(はるな)を起こしたのは、母・梅世(うめよ)のそんな言葉だった。 いつもの張りのある声だったが、意味を理解するのに春奈は数秒を要した。理解して初めて「えぇ!?」と声を上げる。 「親戚ん家が近い方が何かと便利でね、この休みに引っ越すことにしたんだよ。ほら、さっさと着替えな!」 まるで今から買い物に行くと言っているかのような軽さで、梅世は春奈に指示を飛ばした。 しかし。 いざ準備に取り掛かってみると、荷造りだけで一日が潰れてしまった。 夜に帰宅した父・健太郎(けんたろう)も手伝ったが終わらない。 結局準備は二日目に突入し、その日の夕方になってやっと荷台に全て積むことが出来た。 「つ、疲れたぁ〜!」 「まだこれから山越えが控えてるんだ、頑張れ」 健太郎が励ますが、十二歳の春奈には少々辛い。 「おんや、もう準備出来たのかい?」 そう言って現れたのは隣のおばさん。彼女は情報通として有名な人だ。 「ああ、やっと終わったんだよ」 「じゃあ昨日の内に教えておけば良かったねぇ‥‥」 「な、なんだい?」 隣のおばさんは恐怖を誘うような表情をわざと作って語った。 「山にねぇ‥‥冬眠から目覚めた熊が出たのさ」 「熊!?」 「それも四頭もね」 「四頭も‥‥」 一家の間に微妙な空気が流れる。 ある程度のことは覚悟していたが、まさかこれ程とは。 健太郎は「どうする?」という顔をしたが、結局その日は出発せず、道中で食べるはずだった携帯食料を三人で分けて食べ、夜を明かした。 翌朝、よし!っと掛け声をつけて梅世が起き上がると、また張りのある声で言った。 「襲われちゃ困るからね、出費覚悟で用心棒を雇おうか」 「ど、どこで?」 「もちろん、ギルドでさ!」 |
■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
細越(ia2522)
16歳・女・サ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
日入 信悟(ib0812)
17歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●行く道で 「ここまでしてもらって良いのかい?」 引越しの荷物まで少しずつ持ってもらってしまい、普段豪快な梅世もさすがに謙虚な様子だった。 「ああ、開拓者には造作もないことだ」 衛島 雫(ia1241)が荷物を担ぎ直して言う。 「まあいざとなれば地面に置いてしまうから、それなりの物しか持てないが‥‥それでも良ければ、だな」 「ありがとうねえ、凄く助かるよ!」 一方、健太郎は細越(ia2522)をヒヤヒヤと見ていた。 視線に気付いた細越が大丈夫という仕草をする。 「私は軽装ゆえ、ある程度までだったら荷物を持てる。心配いらない」 健太郎はホッとした様子を見せる。男手である自分より多くの荷物を持っていたのが心配だったらしい。 そんな細越は荷物にブレスレット・ベルを潜ませていた。 事前情報によれば物音をたてても逃げないくらい熊は飢えているようだが、無いよりはマシだろう。件の熊達以外が近くに居ないとも限らない。 「春奈ちゃんは足、大丈夫?」 設楽 万理(ia5443)がそうたずねると、春奈は少しだけ緊張していた表情を解し、笑顔を見せた。 「いざって時は走って逃げれるくらい大丈夫だよ」 「ふふ、頼もしい頼もしい」 そんな家族らの姿を見てホッとしたのは篠田 紅雪(ia0704)。 彼は終始無言で荷物を運んでいたが、護衛対象である家族が疲れていないか逐一気にしていた。 一番体力が無いであろう春奈も無理をしていないようだ。 「梅世さん、熊の出現する大体の場所って分かるッスか?」 大雑把にでも聞いておいた方が良い。そう判断し、日入 信悟(ib0812)が梅世にそう訊いた。 「そうだねえ‥‥今回もそうとは限らないけれど、あそこの」 遠くにぽつんとある背の高い木を指さす。 「あの長ーい木を過ぎた辺りで遭った、っていう話が多いらしいよ」 「縄張りがあの辺りなんッスかね‥‥」 そこまでの間も気を抜くわけにはいかなさそうだ。 開拓者達は一家を取り囲むようにしながら、足を進めた。 ●痕跡と熊 「む‥‥?」 それに最初に気が付いたのは、からす(ia6525)だった。 茂みに隠れてはいたが、紛れもない熊のフンである。それも古いものではない。 「この辺りに居るようだね‥‥ああ、ほら」 続けて発見したのは足跡。 「これは明らかに一頭分ではない、ですね」 アーシャ・エルダー(ib0054)がソッと近づいて言う。いちいち数えなくても分かるくらいだった。 「話の熊である可能性が高いか」 「春奈ちゃん、こっちおいで」 万理に連れられて春奈が、そして両親が一所に集まる。その四方を開拓者が固め、雪斗(ia5470)が荷物を下ろして心眼を使った。 神経を集中させ、四つの気配がしないか探る。 「‥‥!」 索敵し終えたと同時に雪斗は抜剣した。 「西の方角、すぐそこに四頭纏めて居るぞ」 「あっちか!」 細越が弓を素早く構える。他の仲間もそれぞれの武器をその手に持った。 不安げな顔をした一家を囲ったまま、しばらく静かな時間が流れる。 しかし少しして、その静寂にこもった息遣いが混じるようになった。 ――ガサ、と草を分ける音がし、パキ、と枝を踏む音がする。 「‥‥きました!」 アーシャが向いたその方向。 そこには今まさに藪から顔を出した熊が居た。黒い目がしっかりとこちらの姿を捉えている。四足は太く、鋭い爪が頭を覗かせていた。 開拓者達はそんな熊の目を見たまんま、ゆっくりと背中を見せずに後退し、熊から一家を離す。 どんな状態の熊であれ、背中を見せて逃げることは一番の危険だ。 刺激しないよう、しかし武器は下ろさぬまま移動を続ける。その間に残りの三頭も姿を見せた。 「思っていたよりも大きいな」 長槍を両手に握った雫が呟く。 熊達は開拓者と一家を見たまま口を開いた。そこから涎が垂れ、獣の臭いが漂ってくる。 初めに動いたのは最初に顔を出した、恐らくリーダー格だと思われる熊だった。 「こちらに来ても良いことは無いぞ!」 からすが熊の気を逸らせようと果物を投げるが、熊達は目の前の『肉』に釘付けのようだ。 ざくざくと草を踏み鳴らし、物怖じせずに近寄ってくる。 その歩みを止めたのは爪先ぎりぎりの所に刺さった矢だった。隼人を掛けた細越のものである。牽制の意味を持つそれに驚き、熊は細越の方を見る。 しかしその時すでに他の三頭も動き始めていた。 「ここは通しません!」 そう叫んだアーシャはファルシオンを天高く突き上げ、そのままグルグルと回し始めた。こちらの方が大きいぞというアピールである。 「そうッス、山の奥に帰るッスよっ」 アーシャと組んでいる信悟もアピールのために‥‥ 「ホォォォ!信悟流大回転荒鷹陣ッスゥ!」 ‥‥荒鷹陣をしたまま器用に笛を吹き、体全体を使って回転し始めた。 熊でなくとも色々とびっくりする光景である。 同じく組んだ紅雪と雪斗は熊の中では二番目の大きな個体を相手にしていた。 対峙している熊は退くべきか迷っているような様子を見せている。 「火は怖いようだな」 雪斗が炎魂縛武で己の剣に纏わせた炎を揺らす。 しかし熊は前には進まぬものの、未だに涎を垂らし続けていた。火に怯えながらもジリジリと近づいてくる。 「やはり、退かぬか」 紅雪は刀を構えたまま熊の進行方向をズラす。このままだと後ろに居る一家にターゲットが移りかねない。 『ガアアァァッ!』 「このっ!」 痺れを切らしたのか熊の一頭が牙を剥き襲いかかってきた。 荷物を置いた雫は緑の髪をなびかせ、槍の柄で熊の鼻面を思い切り叩く。 それでも飢えに耐えられないのか鼻血を迸らせながらも迫ってくる。 「心配しないで、守ってあげるから」 青い顔をしている春奈を撫で、万理が弓矢を片手に走り出す。そのまま狩射と六節を駆使し、一家に近い熊に攻撃を仕掛けた。 『グ、グゥッ‥‥!』 痛みを感じた熊は万理の方に注意を向ける。 そこよりも後方に陣取ったのはからす。彼女は先即封を左側から回り込もうとしていた熊に食らわせ、風撃を目に向かって射る。 「ある日森の中熊さんに出会った!」 そして叫んだのがこの言葉だった。 「お嬢さん逃げる!しかし熊は『お待ちなさい!』と後からついてくる!」 梅世が「?」という顔をする。若干熊も戸惑っているように見えなくもない。 「お嬢さんは振り向いて言い放った!『だが断る』」 言い終えた瞬間に放ったのは影撃だった。 それは熊の前足に直撃し、熊は矢をくっ付けたまま慌てた様子で森の奥へと逃げていく。 かなり驚いていたようだが致命傷ではなく、傷も浅い。このまま逃げても完治はするだろう。 「に、逃げた‥‥」 「怖いって気分は紛れたかな?」 一家に笑いかけ、からすは残りの三頭を見た。 「こっちへ来いッ!!」 雫の咆哮が響き渡る。熊の一頭がそれに応えるように走り始めた。 「良い度胸だ」 目の前まで来たところで払い抜けを使用し、熊の脇を通り抜ける。 そしてすれ違いざまに武器を突き出し、後ろ足に一撃を浴びせた。 『!?』 左後ろ足を潰され、熊はパニックに陥った。 だが少し狙いがズレたのか歩く機能は失っていない。 茶色い巨体を不安定に揺らしながら、たまたま近くに居た雪斗目掛けて突進した。 「っ!」 雪斗はそれを切払を用いて切り払う。衝撃は大きかったが、負傷はしていない。 戦意を喪失した熊はよろよろしながら背を向けて逃げる。しかし――。 「この怪我では‥‥もう自然で生きていくことは無理だ」 ならば、一度手を掛けた者としてとどめを刺すのも選択肢の一つ。 雪斗は一瞬目を瞑って覚悟を決めた後、その熊の背を大きく切り裂いた。 熊が倒れたと同時に、残っていた二頭がそれに気が付く。見回してみれば仲間は二頭のみ。しかも相手の数は変わっていない。 『‥‥』 その内一頭、紅雪と見合っていたものがゆっくりと後退していった。 見たところ紅雪が手加減をしていたおかげで大きな怪我は無い。これなら見逃しても大丈夫だろう。 残ったのは一頭のみだったが、この熊は冷静ではなかった。 『グゥアアァッ!』 「退く気はないんですか‥‥?」 武器やポーズでの牽制もそろそろ限界だ。 熊も拮抗状態を好ましく思わなかったのか、ついに仁王立ちになって覆い被さるように攻撃を仕掛けてきた。 「ぐっ‥‥熊ごときの攻撃が、帝国騎士たる私に通用すると思うなぁぁ――!!」 アーシャはそれをガードで受け止める。 「信悟さん!」 「はいッス!」 信悟は熊の死角に潜り込み、そこから空気撃を繰り出す。 熊はバランスを大きく崩し、半回転してその場に倒れこんだ。 「アーシャさん、行くッスよ!」 信悟は骨法起承拳を。 「必殺!マタギスペシャル!!‥‥成敗!!」 アーシャは流し斬りを使い、熊にトドメを刺す。 熊は抵抗を見せることも出来ずに沈黙した。 熊二頭は見逃し、残り二頭は退治。 本日の結果である。 ●足を休めて 退治した熊は解体し、食材や毛皮として活用することとなった。 持ちきれない分は自然が片付けてくれるだろう。 一部分は埋葬し、数人が手を合わせて祈る。 「勝手に山を荒らして済まない」 呟き、雫は小石を盛った土の上に置いた。 「罪無き命に慈悲を、汝が血は森へ還り、汝が肉は土に還る。汝が魂は天へ召されん」 雪斗もそこへ花をソッと添える。 「その先に多く光あらんことを――」 解体は紅雪と万理の二人が担当した。紅雪は黙々と作業し、本職が猟師な万理も手慣れたものだ。 「この調子なら夕方までに到着しそうだねえ!」 梅世は熊のショックからすっかり立ち直った様子だ。嬉々としてアーシャと信悟のバーベキューの準備を手伝っていた。 「近くに川があって良かったわ」 「真っ赤だったからな」 手についた水を切る万理を見て雪斗が笑う。 「そういえば川があるなら水を汲んで、お鍋も出来そうね」 「ふむ、鍋か。良いかもしれないな」 からすも弁当を準備してきていたが、この人数なら何品かあっても困らないだろう。それに熊の肉も日持ちはしないのだから早めに食べるに限る。 早速準備し、紅雪が山から手ごろな山菜を採ってきた。 煮込む音、焼く音、食器を並べる音。 それが一段落し、やっと少し遅い昼食が始まった。 「お疲れ。お茶は如何かな?」 「あっ、貰うね。ありがとう」 春奈はからすからお茶を注いでもらい、一口飲んでホッとした顔を浮かべる。 「熊が出た時は怖かったけれど、こうして皆でわいわい出来て良かった〜。大勢での食事って憧れてたんだよね」 「きっと引っ越した先でも出来るさ、今度は友達とね」 「うん、沢山友達を作れるように頑張るよ」 春奈のその言葉にからすは微笑み、餞別だと鮭の入ったおにぎりを一つ差し出した。 「ちょっとクセがあるけれど、味を濃くすれば結構いけますね♪」 串に通した肉を噛みながらアーシャが感想を漏らす。 塩とコショウで大雑把に味付けをしたが、シンプルでも美味だった。 「健太郎さんも如何ですか?」 「では一本‥‥」 興味深そうに焼き加減を見ていた健太郎も一本拝借する。 その横では一足先に食事を終え、おやつタイムに入っている信悟が居た。 「くぅ〜、やっぱりおやつはかまぼこッスね〜」 「練り物がおやつってのも珍しいねぇ」 「そうッスか?」 「あっはっは!でも気持ちは分かるよ、あたしも子供ん時はよく食べてたからね」 梅世は豪快に笑ってそう言う。 かまぼこは味も良いし固くもなく、目で楽しめるものもある。 今までこんなかまぼこを見たことがある、といった話に二人は花を咲かせた。 「これは引っ越した先の村人に配れば喜ばれるな」 「毛皮も加工すれば用途は様々だろう」 細越と雫が熊肉と毛皮の一部を小分けにしてゆく。 「縛ってから消毒すれば大丈夫そうだものね、まあ熊狩ってきて何者だこの家族と思われるかもしれないけど‥‥」 「‥‥いざという時は開拓者の名を出せば大丈夫だろう、恐らく」 万理の言葉に細越が一瞬間を空けてから答える。 引っ越してすぐに最強伝説が出来るのも面白いだろうが。 「そっちは後で私達も手伝うから、三人も一緒に食べよ〜!」 そこへおたまを片手に持った春奈が声を掛ける。どうやら鍋が煮えたらしい。 「ああ、いただこう」 バケツに汲んだ水で手を洗い、雫が笑みを浮かべて返事をした。 一家はその後、無事に山を抜け目的の村まで行くことが出来た。 「少ししたらニワトリを飼うつもりだから、今度は一緒に鶏肉でも食べようね」 「では調味料は私が持ってゆこう」 「かまぼこもまた持って来るッスよ!」 笑い合い、一家は順番に別れの握手をしてゆく。 新しい土地に不便を感じることも多いかもしれないが、ここは実家が近いせいか親戚も多い。 きっと頑張れる、と春奈は開拓者達に向かって再度言った。 |