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■オープニング本文 泰国にある小さな町にて。 「な、なんてこと‥‥っ!」 スズメが気持ち良さそうに鳴く朝、いつものように鏡を覗いた龍香(りゅうか)は頬を押さえてそう言った。 龍香はこの町でラーメン屋を営んでいる三十代の女性である。しかし三十代とは思えぬ若々しさで、それ故にファンだと自称する男性客も多い。 その龍香が「信じられない」というように目を見開いている。 つい先ほどまで眠気で頭がぼうっとしたままだったが、一瞬にして眠たさなど吹っ飛んだようだ。 見間違えたのだろうか? むしろ、見間違いであってほしい。 しかしゆっくりと押さえていた手を離すと、そこには赤いニキビが出来ていた。それも一個ではなく複数。 原因はいくつか思い当たった。 最近ラーメン屋がとても繁盛しており、営業時間中は汗水垂らして働き、営業終了後は新しいメニューの開発に深夜まで起きていることが増えたのだ。 それに伴って自然と生活サイクルがおかしくなり、龍香は睡眠不足に陥っていた。 「気をつけていたのに‥‥」 そう。だからこそ保湿を心がけ脂っこいものは食べず、他にも普通の倍近く気をつけていたのだ。 しかしニキビが出来てしまった事実は変わらない。 「‥‥」 こんな時によく効く薬草があったが、それは歩いて二時間程の山中に生えている。 若い頃は地道に歩いていったが、今は体力も前より自信がないし、何より店は閉められない。 仕方ない、と呟き、龍香は自分の考えの要点を紙に書いて纏めていった。 『ギルドに依頼して薬草を取ってきてもらう。薬草はたんぽぽの葉のような形。匂いは無し』 「あとは‥‥これもいっか」 最後まで書き終え、開店時間になる前に急ぎ足で龍香は出ていく。 その最後に書き加えられた一文は―― 『達成の暁には、特製ラーメンを好きなだけご馳走!』 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
ジェシュファ・ロッズ(ia9087)
11歳・男・魔
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
アイシャ・プレーヴェ(ib0251)
20歳・女・弓
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
百々架(ib2570)
17歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●いざ、薬草を目指して! まだ人通りの少ない泰国の朝。 龍香は開拓者達と共に、まだ開店していない店の前に立っていた。 「龍香さんの気持ち、わかりますよ〜。お任せくださいね!」 「ええ、本当にお願いね。期待しているから!」 少々鬼気迫った顔でアイシャ・プレーヴェ(ib0251)の両手を握り、龍香がそう言う。 「龍香さん、その薬草はどのような場所に多く生えているんでしょうか?」 朝比奈 空(ia0086)がそう訊ねると、龍香は記憶の糸を手繰り寄せて答えた。 「んー‥‥水場の近くにあった記憶があるけれど、昔のことだから確かじゃないわ。それにその時もあちこちで見かけたから」 「とりあえず手分けして山を探せば良さそうですね」 確認し終え、空は西の方角を見る。 この視線の先に例の山が、そして薬草があるのだ。 ●山入り 「はいこれ、虫除けの薬!」 山に入ってすぐ、ジェシュファ・ロッズ(ia9087)が手作りの虫除け薬を皆に手渡してゆく。 これは町で手に入る材料を使って作ったもので、効能に関してはお墨付きだ。 しかし――。 「うっ!?」 受け取ってフタを取った百々架(ib2570)が鼻を押さえた。 そう、効能にだけ気を配った結果、この虫除け薬は人をも除けそうなにおいになっていたのである。 「わっ‥‥でも本当に効くみたい」 「あったりまえでしょ〜」 寄ってきた蚊が一目散に逃げるのを見て百々架が言い、ジェシュファが胸を張る。 「虫の心配もなくなりました。そろそろ行きますか?」 モハメド・アルハムディ(ib1210)がそう言ったのを聞き、皆が頷き返す。 まず一行は山の麓から頂上まで歩き、その途中で薬草を見つけたら摘むということにした。ただし探してみたい気になる所があるという者が多数居り、集団で歩くのは途中までになりそうだ。 「迷わないよう注意しましょう」 「平気だよ、見た感じそんなに広くないしさ」 アーシャ・エルダー(ib0054)の呟きにベルトロイド・ロッズ(ia9729)が反応する。彼はジェシュファによく似た顔をしており、アイシャとアーシャ姉妹と同じく双子だった。 山はそんなに高くはない。三十分もあれば山頂に出るだろう。 一行がそれぞれ思い思いのルートへ散ったのは、それから五分程経った頃だった。 一人で山頂を目指し歩いていた空は、後ろから突然何者かに抱きつかれて驚いた声を上げた。 「み、水鏡さん」 しかしすぐにその正体に気付き、平常心を取り戻す。 「空がこっちに行ったのを見て追いかけてしまったよ」 「びっくりしましたよ、もう」 顔馴染みである水鏡 絵梨乃(ia0191)だった。着衣を正し、空は視線をそらして咳払いをする。 前にも似たようなことがあり、やはりその時も驚かされてしまった。 少々茶目っ気を出して仕返しをしてみようか――と考えてみるも、その方法が思いつかない。 抱き返したら抱き返したで喜びそうな気がするし、だからといってあまりきつい物言いをするのも変だ。 空がそう悩んでいる内に、二人は大きな杉の前に出た。 「この道を真っ直ぐ行けば頂上ですね」 「道の右側は崖になっているよ。‥‥なかなかの眺めじゃないか」 絵梨乃のその言葉に空も視線を追うと、やや距離を置いたところに麓の村が小さく見えた。 本格的な夏に近いこの季節のおかげか、その他は鮮やかな緑に包まれ、花が多いと思われる場所は鮮やかな色に染まっている。 「薬草採りが関係なくても、これを眺めに来たい場所だね‥‥」 絵梨乃は小さく笑みを浮かべてそう言い、しばらくしてから「じゃあ行こうか」と空の手を引いた。 「やっぱり単独行動の方が早く進めるね」 「お、俺も居るだろ!」 ずんずんと山道を進んでいく兄の背にベルトロイドがツッコミを入れる。 二人の進む道はそれなりの険しさがあり、普通の女子供は絶対に避けて通りそうな道だったが、山歩きに慣れている兄弟は苦にしている様子はまったく無い。 と、そこでジェシュファがピタリと足を止めた。 「‥‥なに、見つけたの?」 座って何かを摘むジェシュファにベルトロイドが声をかけると、ジェシュファはくるくると巻いた形状の植物を見せた。 「山菜だよ、見て分かるでしょ?」 「わかるけれど」 「これを使って山菜ラーメンを作ろう。僕が作るんだ、きっと美味しいものが出来るよ」 楽しみだなぁという顔をし、ジェシュファは自信の滲み出る笑顔を作る。 少々不安を覚えたベルトロイドは一瞬だけ無言になり、 「で、出来上がったら味見しようかな」 っとフォローするように言った。 最初に聞いた水場の近くを探しながら、少し疲れたのかアーシャが大きく伸びをした。 「女の敵に勝とうとするのも大変ね」 「女の敵?」 近くで同じく薬草を探していたアイシャが首を傾げると、アーシャは「ニキビよ、ニキビ」と返した。 アイシャはポンと手を打つ。 「私もそう思います、最近も右のほっぺたに出来ちゃって‥‥」 「あれっ、私もここにニキビができたんだけど、アイシャも同じところにできた?」 さすが双子だね〜、と偶然の一致に笑い合う。 他人がここに居れば感心したことだろう。 「そういえば私は薬草を貰って帰るつもりですけれど、お姉は?」 日除け代わりにしているヘッドドレスの位置を調整しながらアイシャが訊ねると、アーシャは「もちろんよ」と笑みを見せた。 「私がキレイになれば夫が喜ぶでしょ?美容にも良くて夫も喜ぶ、一石二鳥じゃない」 「お姉は抜け目ないですね‥‥よーし、いっぱい見つけられるように頑張りましょ〜!」 おー!っと気合を入れるように片手を振り上げ、二人はまた薬草探しを再開した。 モハメドは嬉しそうな顔で両手を上げ、木の根元に生えていた野草に近づいた。 「これは香辛料に使えそうですね」 美味しいものには味のアクセントが必要だろう。 スパイス代わりになりそうなその野草をモハメドは丁寧に摘んでいった。使う時に良い味が出るよう、なるべく傷つけないよう慎重に手を動かす。 その時、前方できょろきょろしている女性の姿が目に入った。 「ヤー、百々架さん!」 呼ばれた女性――百々架が振り返る。 「カイファルハール、調子はいかがですか」 「うふふ、聞きたい?」 意味深な笑みを浮かべ、百々架は手に持っていた風呂敷を開いた。 そこにあったのは‥‥春によく見るタンポポの葉のような形をした、薬草。 「これは‥‥!」 「あっちで見つけたの。誰かに知らせようと思って探してたから丁度良かったわ♪」 るんるんとした顔で風呂敷の口を結び直し、百々架はモハメドを連れてその場所へ行く。 昼を過ぎた頃、それと同じ薬草を持つ者は八人、つまり全員になっていた。 中には似た形の別物も混じっていたが、知識のあるモハメドとロッズ兄弟がそれを見分けて選別してゆく。 野草も使って大丈夫なものか判断した後、一行は龍香の待つラーメン屋に向けて帰路についたのだった。 ●お腹を満たすもの 「見つかって良かった‥‥ありがとう、皆は私の肌の恩人だわっ!!」 薬草を見るなり感激してふるふると震えた龍香は満面の笑みを浮かべてそう言うと、開拓者達を労いながら店の中へと皆を案内した。 どうやら皆が帰ってくる頃合を見計らって貸切にしたらしく、店の中に客の姿はない。 モハメドがそれに関して尋ねると、美味しいラーメンの研究のために休業ってことにしたのよ、と龍香は良い笑顔で言った。 「あの、後で薬草を分けてもらっても良いですか?」 「あたしもちょっと欲しいな、ニキビに効く薬草だなんて夢みたい‥‥!」 アーシャと百々架がそう言い、続いてアイシャと絵梨乃も頼み込む。 「いいわよそんなに頼まなくてもっ!肌荒れは女子皆の悩みだもの、皆もこれで綺麗になってちょうだい♪」 龍香は先程上がったテンションのままそう言い、それぞれに持ち帰り用の袋までオマケした。 「さあ皆、どんなラーメンが食べたい?リクエストに答えられるよう材料もいっぱい集めたの」 「龍香さんのオススメは何ですか?」 空がそう聞くと龍香はしばらく考えた後、こう答えた。 「こってり脂の浮く白い豚骨ラーメン!‥‥って言いたいところだけれど、女の子にはネギを少し多めに使ったサッパリ系の醤油ラーメンがオススメね」 「なるほど‥‥ではそれをお願いします」 シンプルなものの方が味がよく分かって良いかもしれない。 空がそれを注文すると、同じくシンプルなものが食べたかった百々架も同じものを頼んだ。 「あっ、でもあたしのは量少なめで!」 「あら、少なめでいいの?」 「うん、後で厨房を借りておかずやご飯ものを作りたいの。良いかしら?」 百々架は持参したハトムギの他に、山で木の実や果物等を拾って来ていた。これを使って色々と作ろうというのだ。 しかし龍香は少しだけスネたような顔をする。 どうやらラーメン屋としてのプライドにちょっと触れたらしい。しかしすぐに笑顔に戻った。 「厨房は職人の聖域だけれど‥‥恩人だもの、今日だけ特別よ?」 そして注文のラーメンを作りながら器具の位置等を説明してゆく。 やはり普通の台所と作りは違うようだが、料理をするのに不都合は無さそうだ。 アイシャは前にトンと置かれた塩ラーメンに顔を綻ばせる。 塩ラーメンにはトウモロコシとチャーシューが入っており、今もなお白い湯気を上げていた。 「美味しそうです‥‥っ!」 「全部食べたら太っちゃうかもよ?」 隣で既にフカヒレラーメン、豚骨ラーメン、焼き豚ラーメンを完食したアーシャがにやりと笑う。 「食いしん坊のお姉よりも気を使ってますから大丈夫ですよ。私は」 それに対してアイシャは余裕を含ませた言葉を返し、割り箸をパチンと割って麺を啜る。 トウモロコシの甘みの他、ゴマの風味がよく出ていた。途中で味付き卵を足してもらい、少し崩して麺に絡める。 「はい、味噌ラーメンお待ちっ」 「ありがとうございます」 湯気にまで匂いが付いていそうな味噌ラーメンを受け取り、別名・食欲魔人のアーシャはそれを堪能する。 まずは香り。そして麺、スープだ。 「あとで冷やし中華もお願い出来ますか?この季節にぴったりですし」 「冷やし中華?そういえばメニューに加えてなかったわね‥‥ちょっと練習が必要かもしれないから、今度また来てくれるかしら?」 もちろんタダよ、と龍香はウインクした。 アーシャは喜んだが、アイシャは「お姉、絶対食べすぎ‥‥」と少し呆れていたという。 絵梨乃が注文したのはつけ麺。それもこってりしたもので、飲み込んだ後も口内に味が長い間残るくらいのものだった。 麺は極太で、絵梨乃のリクエスト通り通常の三倍くらいはある太さである。‥‥少々他の食べ物に見える程だ。 「それじゃ、トッピングはチャーシューにメンマ、玉子に海苔で。これ以上は贅沢かな?」 普段なかなか出来ないようなトッピングを頼み、絵梨乃は楽しげに笑う。 ちなみに当たり前のように大盛りである。 「こういう時くらい贅沢をしても良いと思いますよ」 運ばれてきたつけ麺を啜りながら古酒も飲む絵梨乃に、醤油ラーメンをほぼ食べ終わった空が言う。 「あたしも同意よ、普段大変な思いをしてるんだから良いもの食べないと!あ〜、それにしてもこんなに美味しいラーメン食べたの初めてだわ♪」 百々架は両方の頬を押さえて至福の笑みを浮かべる。 その周りにキラキラとしたものが幻影として見えるかのようだった。 「でも確かに美味しいよ、味付けも頼んだものをしっかりと再現してくれるし」 ベルトロイドがサッパリ味の塩ラーメンを食べながら言う。 味はサッパリしていても具は多く、中には蟹のほぐし身やナルト等が入っていた。 ナルトの他に添えられたカマボコはこの店特製のもので、大きく「り」と平仮名で描かれていた。もちろん龍香の「り」である。 ‥‥が、形が崩れていて「ソ」に見えないこともない。 「ベルトー、僕のも後で食べてみなよ」 一方ジェシュファは自分で作った二色麺の山菜ラーメンを啜っていた。 山菜はエグ味が出ないように調理されているため、ラーメンの良い彩りになっている。 ちなみに龍香は「私のラーメンも食べてほしかったなぁ」と残念がっていたが、実はちゃっかりとレシピをメモしていたりする。 「分かった、まだまだ入るから大丈夫!」 ベルトロイドは箸を上げて頷き、一気にスープを飲み干した。 「ねえ、これ後で私も貰って良いかしら?」 モハメドから渡された彼の国特有の麺を指し、龍香が訊く。 「ナァム、これならば、ニキビ予防にもなるのでお勧めします」 「うふふ、嬉しいわ♪あなた豚肉はダメって言っていたけれど、この麺なら良い?」 更に訊ねるとモハメドは頷き、龍香は新しい麺を持って意気揚々と料理を始めた。 途中で彼から受け取った野草を加え、味を調えてゆく。 「初めての食材ってなんだか心が躍るわね。色んな使い方が出来そう」 「もともとラーメンとは泰語で引き伸ばした生地という意味です。イザン、ですから、色々な食べ方が考えられるのですよ」 「そうね、さっきの冷やし中華もそうだし‥‥百々架さんの作った素麺の炒め物も麺ではあるから、その内メニューに加えようかしら?」 嬉しそうな顔をしてそう言いつつ、あまり濃い味付けにならないよう注意して調理したものをモハメドの前に置く。 彼はそっとそれを口に運び、周りの仲間と同じようにこう言った。 「ラズィーズ、おいしいです」 相変わらず繁盛している龍香のラーメン屋。 その店長の顔にニキビはもう影も形も無く、笑顔が見られるばかりだったという。 彼女の店の新メニューが話題になったのは、それからしばらく経った頃だった。 |