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■オープニング本文 「結婚、だぁ?」 低い響くような声。 顔もそれに見合った厳つい男だった。 どこかの頭領やボスとして威張っていても違和感のない風体だが、本業は漁師である。 そんな男を前に、細道繁(ほそみち しげる)は緊張しすぎて顔を真っ青にしていた。 しかし繁も何か言われてすぐに引くような性格ではない。臆病者でありながら頑固者なのだ。 「は、はい。娘さんとの結婚を許していただきたく――」 「馬鹿か貴様、こんな腕のヒョロヒョロな奴に空子がやれるか!」 一喝され、繁はぎりっと奥歯を鳴らす。 筋骨隆々を絵に描いたようなこの「父親」には敵わないだろうが、これでも筋肉量は成人男子の平均よりは上なはずだ。 「‥‥では」 繁は頭の中で何かの境界線を越えてしまった。 「腕っ節が強いことを証明出来れば、認めてくれるんですね?」 ●翌朝 ギルドの受付嬢の前に座った山広空子(やまひら そらこ)は、開口一番にこう言った。 「本っ当に二人とも馬鹿なの!」 口は悪いが、顔には心配している表情が浮かんでいる。 「最近、近所の砂浜にアヤカシが出たの。繁さんったら、それを倒してお父さんに認めてもらおうと思っているのよ」 「その方は一般の人、ですよね?」 「ええそうよ、漁村で漁師をやっているの」 昨日の昼、繁は空子との結婚を許してもらうために家に来た。 しかし婿に対する理想の高い父親・空道(そらみち)の態度は悪く、彼を値踏みなどする間も無く追い返そうと青筋立てて怒りだしたのだ。 その時に日を改めれば良かったのだが、繁も感情に流されてしまった。 強さを証明するため、砂浜に現れたアヤカシを退治すると言い出したのだ。 「開拓者でもないのにおかしいわ‥‥一撃で死ぬこともあるかもしれないのに、本当に馬鹿よ‥‥」 少し涙声になりながら俯いた空子だったが、次の瞬間には将来繁を尻に敷くだろうなという顔になっていた。 「どんな方法でも良いわ、あの人を止めてほしいの。お願い‥‥するわね」 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
朱点童子(ia6471)
18歳・男・シ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●無謀男の背中 引いては打ち寄せる波の音。 それに誘われるように浜辺へ出てきた男が一人。――褌姿の繁だった。 「見つけたぞ、アヤカシ」 数メートル先に居るヒトデ型のアヤカシを見て呟いた声には、ちょっと無茶な決意が籠もっていた。 「どうやら衝突する前に間に合ったようじゃな」 ざりっと砂を踏み、バロン(ia6062)が繁の後姿を見て言う。 褌一丁に武器は銛。 アヤカシを相手にするにはあまりにも、あまりにも粗末すぎるその装備にバロンは眉根を寄せた。 「情報通りアヤカシも居ますね」 浜辺は広い。少しでも正確な情報を得ておきたかった宿奈 芳純(ia9695)は事前に空子や現地の漁師達にアヤカシの出没する場所を聞いておいたのだ。 そのアヤカシの姿を見たアーシャ・エルダー(ib0054)が何やら残念そうな顔をする。 「二本足で歩く、お星様のようなロマンチックなアヤカシを想像していましたが‥‥」 「普通のヒトデよりも不気味だな」 「はい‥‥」 アッシュ・クライン(ib0456)の指摘に全面的に同意するしかないアーシャだった。 このガッカリ感の代償はアヤカシ自身に払ってもらうしかないだろう。 「はあ、しかしカイタクシャって何なんでしょうね」 ここにも力の抜けている者が一人。三笠 三四郎(ia0163)だ。 他人のプライベートな問題にまで突っ込み尻拭いをせねばならないとは、開拓者も大変な役割である。 「とにかく、後味の悪いことは困りますし‥‥そろそろ行きましょうか‥‥」 水津(ia2177)が皆をぐるりと見回して言う。 そんな水津は―― 「さあ、私の焔で燃やし尽くしてあげますよ‥‥クックック‥‥」 ――やる気満々だった。 ●届く言葉 繁は砂を蹴って走る。 足の爪の間に砂粒が入る。生ぬるい空気で肺が満たされる。銛を握る手に力が入る。 その瞬間、何かが自分の体を覆ったような感覚に包まれた。 「‥‥?」 不思議に思いながら走り続けていると、不意に額に強い痛みを感じて転倒した。 背中から砂の上に落ち、目を白黒させている時に身を竦めるような咆哮が辺りに響き渡る。 気が付くと、自分の周囲に八人もの人間が現れていた。しかも老若男女様々な八人だ。 「鋼の加護を貴方に与えました、これで一撃でやられる心配はありませんよ‥‥」 「か、加護?」 奇妙な感覚。あれこそが水津が繁にかけた神楽舞「衛」だったのだ。 そして自分の目の前に影が落ちていることに気付き、視線を上げるとそこには白い壁。 何も無かった所に突如現れたそれは芳純の結界呪符「白」によるものだった。 「さあ来なさい!」 目と鼻の先まで接近していたアヤカシが敵と定めたのは三四郎だ。 先ほど咆哮を放ったばかりの三四郎は刀を構え、切れ味鋭い薄い刀身で空気を裂く。 『ギッ!』 寸でのところでそれを避けたアヤカシは、グルンと方向転換して開拓者達から距離を取る。 しかし闘志は失っていない。 「次の攻撃が来る前に、繁さんを早く!」 三四郎に頷き、朱点童子(ia6471)が繁の腕をグイッと引く。 「ほら、早く退くぞ。世話かけさせんな」 「な、なっ‥‥」 繁はやっと自分が「止められようとしている」ことに気が付いた。 「待て!これじゃあ認めてもらえないじゃないか!」 「このバカッ‥‥!」 静止を振り切りアヤカシに向かって走って行こうとする繁。 その繁とアヤカシの間にスタッキングを使った雪斗(ia5470)と、盾を構えたアーシャがするりと割り込む。 「全く、また面倒な事に‥‥貴方ではアヤカシを倒すなんて無理だよ!」 「ここは退いてください!空子さん、泣いていましたよ!!」 突然恋人の名前を出されて困惑する繁だったが、頭が上手く回らずにまだ理解しきっていない。 御託を並べながら再度突撃しようとしたところを朱点童子に羽交い絞めにされる。 いくら繁が大人で朱点童子が十五歳といえども、そこは開拓者。その力の強さに繁は驚いた顔を見せる。 「な、なんで邪魔をするんだ!?」 「邪魔だぁ?いい歳して、我まま言ってんじゃねえぞ!」 舌打ちをし、それでも保護対象が優先だと朱点童子は繁を捕らえたまま後退する。 「仕方‥‥仕方ないだろう、お義父さんは本当に頭が固いんだ!こうでもしなきゃ認めてもらえない!」 アヤカシ退治を申し出た時も、あの父親はやれるものならやってみろ、という顔をしていた。 認めさせたい。その気持ちが萎まない。 「――ふざけるな小僧」 熱くなった繁の耳に入ったのは、バロンのそんな声だった。 「一人でアヤカシに挑む、なるほど大した度胸じゃ‥‥と言いたいが、お主のそれは勇気ではない。ただの自暴自棄と無謀というものじゃ」 鋭い視線を繁から外さないまま言葉を紡ぐ。 同じ男として気持ちが分からない訳ではないが、最悪の結果を迎えれば悲しむのは空子だ。 それを考えると、繁はあまりにも自分勝手である。 「お主は若い、男児たる者無茶の一つや二つ、やらねばならぬ時もあるだろう。それに無理の一つも通せぬ男に何が出来ようか。そういった意味では、お主は間違ってはおらん」 「なら‥‥」 やらせてほしい、せめて一撃だけでも。 そんな言葉が喉まで出かかったが、空子の顔を思い出すと言えなかった。 「だが忘れるな。お主の無事を祈り、帰りを待つ女が居る事をな。アヤカシ退治はわしらに任せい。お主の仕事は彼女の所に無事に戻る事じゃ」 「僕は‥‥でもこれしか方法が見つからなくて‥‥」 まだ諦め切れていない様子だったが、抵抗は無い。 バロンの言葉により、反抗する気は無くなったようだ。その分迷いが生じたが、ここは本格的に説得するのを後回しにし、アヤカシ退治に専念した方が良さそうだ。 そう判断した朱点童子は彼を浜辺の入口まで移動させ、自らも戦闘に参加する準備を整える。 アヤカシは丁度、砂を四方に弾きながら旋回しているところだった。 「ククク‥‥咲け焔の華よ‥‥アヤカシの血肉を喰らいて総てを焔へとかえるのです‥‥」 うねり、大きく燃え上がりながらアヤカシに向かって突き進む水津の浄炎。 周囲への被害を抑えるため、そして後の憂いを絶つために炎はアヤカシへと一直線に突き進む。 『ギギィ!?』 その炎で決して軽度とは言えない火傷を負ったアヤカシは、耳障りな声を上げて右側へ素早く移動する。 しかし方向が悪かった。 『!?』 漆黒の闘気――オーラを纏ったアッシュが待ち構えていたのである。 「ヒトデはヒトデらしく、岸壁にへばりついて大人しくしていろ!」 アヤカシは覚悟したように突進に移行し、アッシュは大剣を大きく振るう。 打ち勝ったのはアッシュの剣の方だった。 アヤカシは星型をした体の一部を失いつつ、回避のため斬られた勢いを利用して左へと逸れる。 「ああ〜、やっぱりロマンチックじゃない‥‥っ」 残念そうな、それでいてちょっと怒ったような顔をしたアーシャが盾でアヤカシを弾き落とす。 砂と共に巻き上がる石や小さな貝達。それらに目を細めつつ、しかし敵から視線は外さずに三四郎が口を開く。 「逃がさない!」 三四郎の剣気に中てられ、アヤカシはビクッと体を震わせた。 そこへ支援に向かった芳純の魂喰が襲い掛かり、アヤカシの集中力を大幅に削ぐ。 その隙を突いて三四郎はすれ違い様に口の部分を切り裂きにかかった。 『ギッ、グブッ』 硬質に見えた口は簡単にパックリと割れてしまった。 上手く声を発することも出来なくなったアヤカシは砂の上に落ちるが、まだ諦めていない。 再び離れようとしたところで、体ギリギリの所を矢が掠めた。 バロンの矢だ。彼は狩射と六節を使い、アヤカシが次の反応をする前に猟兵射で射る。 目で追う事すら出来ぬ矢はアヤカシの体を地に縫いとめた。しかし下は砂、そんなに長持ちはしない‥‥が、それで十分だ。 「はははは!大人しく死んどけ!」 『‥‥!』 朱点童子の斬撃符がアヤカシの体をズタズタに切り裂く。 アヤカシはしばらくピクピクと動いていたが、やがて真っ黒な霧へと戻っていった。 それを芳純が瘴気回収で吸い取り、肩の力を抜く。 「さて、残りの問題は‥‥あちら、ですね」 振り返った先では、繁と空子が合流していた。 ●説得 岩に寄りかかる朱点童子の視線の先、そこでは皆が改めて空子に挨拶している。 開拓者達はそれぞれの武器を仕舞いながら繁に近づく。 認めてもらう唯一の手段を失ったと思っている繁は意気消沈していた。 それに加えて目の前で開拓者との圧倒的な力の差を見せつけられ、尚更沈んでいるようだ。 「うう、もうダメだ‥‥」 弱気な呟きにアーシャがムッとする。 「結婚は、他に認めさせる方法があるじゃないですか。貴方は漁師さんでしょう?」 しかし怒っている訳ではない。むしろ親身な響きがあった。 「美味しいお魚をいっぱい釣ってください。私は腕っ節は自信ありますけど、魚釣りは無理ですよ?開拓者はアヤカシ退治、漁師は魚獲り、それぞれのフィールドってものがあるのです」 「‥‥それぞれの、か‥‥」 「得意な分野で魅力を見せ付ければいいのに‥‥それに筋肉なら漁師を長年していれば付きますってば」 「つ、付いたんだ、しかしこれだけじゃ認めてもらえなかった」 原因が分からない、といった風に繁は頭を抱える。 「繁、お前は腕っ節の強さを証明したい、と言ってたらしいな。それは自分の命を粗末にすることなのか?」 「そ、それは」 「今回は俺たちが居合わせたからよかったが、もし繁が命を落とすような事になったらどうするつもりだったんだ?」 「う‥‥」 「まさか、そうなるとは思わなかったと開き直ろうとしていた訳ではあるまい」 アッシュの言葉に繁は黙り込む。 開き直るつもりは無い。なぜならそこまで考えが及んでいなかったのだ。そうなるとさえ思っていなかった。 それが恥ずべき事だというのは冷静になった今なら分かる。 「‥‥あのね、自分の言えた事じゃないのだろうけど」 雪斗が少し複雑そうな表情を浮かべる。 「君のしようとしてた事は、以前の自分と同じだった」 「おな、じ?」 こくりと頷く雪斗。 「だからこそ、例え道を間違っても人を悲しませる様な真似はして欲しくないんだ。これは、ただの我侭なお節介‥‥だけどね」 そう伝え、雪斗は左右で色の違う双眸を細める。 しかしこうして優しく声をかけてもらってなおウジウジとした雰囲気を漂わせている繁に水津が眉を釣り上げる。炎を使っていないため、今は本当にささやかな釣り上げ方だが。 「貴方には結婚する資格はありません‥‥」 ぴしゃり、と音のしそうな言葉だ。 「そんなだから相手のお父様に認められないのですよ‥‥わからないのですか?もし貴方が無茶をして死んでしまったら彼女さんを一番不幸にするのは他ならぬ貴方なのですよ‥‥こんな無茶をする暇があったら一度でも多く説得なさい‥‥漁師としての腕を磨きなさい‥‥それが一番の近道だと何故わからないのですか‥‥」 息継ぎはあった。 あったが、しかし一度も詰まる様子を見せずに水津は言い切った。 繁はグググと何か溜めるような仕草をした後、はあ、と息を吐いて眉尻を下げる。 「ああ、そうだな‥‥いや、そうですね。僕はもう少し冷静に考えなくてはならなかった」 空子の父親は頑固。 それを身に沁みてよく分かっていたからこそ、こんな極端な方法しか思いつかなかった、と繁は説明する。それに元来の性格も災いしたようだ。 「今は己を鍛え、男を磨け。どっしりと構える事じゃ」 もう大丈夫だろう、と判断したバロンがアドバイスする。 「どっしりと‥‥」 「うむ。焦って浮わついておる様では親父殿も認めてはくれんじゃろう」 繁はしばし考え、そしてそれと分かるように頷いた。 それを見届け、バロンは背を向けて歩き出す。 「繁さん、空道さんに『ではどうしたら認めて頂けますか』とお伺いし、ご意志を確認するのが先かと存じます」 認めてもらう方法を模索する繁を見、バロンに続いて背を向けかけていた芳純が言った。 「まずは向こうの話を聞いてから、ですか」 「はい。空道さんの仰る『条件』を伺い、空子さんを交えながら少しでもその条件に近づける様に努力する姿を見せる事が、説得の材料となると思いますが‥‥」 芳純は仮面の下で笑う。 「ご判断はお任せします」 繁と空子の姿が見えなくなるほど離れた所に空道は座っていた。 なるほど、ここからはアヤカシの居た場所がよく見える。 「空道さんですね」 ズイッとアーシャが前に出ると、空道は顔をこちらに向けた。 「聞かせてください。見物なんて暢気なことをしている場合じゃないし、それで目の前で繁さんが殺されたらどうするつもりだったのですか?」 空道は豪快そのものな笑みを浮かべる。 「お嬢ちゃん、俺はアイツがどうなろうが気にしねぇつもりだぜ?」 「空子さんがどんなに悲しむか、想像してください!周りからも一人の若者を見殺しにした、そう思われてもおかしくない状況ですよ?」 「待て待て、そこは謝る、スマン。だから待ってくれ」 空道は両手を突き出すと立ち上がった。 「あいつは筋力だけなら「ある」方だ。だが大事なモンがいくつも抜けていやがる。俺はな、あいつが自分の責任を自分で取れるのか見たかったんだよ」 他人は他人と切り捨てる空道は、その結果繁がどうなろうが気にはしない。 その結果を導いたのは繁本人だからだ。 「ま、本当に実行する度胸があるのに最初は驚いたがなぁ」 がははと笑う空道。繁も繁なら空道も空道である。だが開拓者達は一応黙っておいた。 「‥‥が、やっぱり娘は大事だし泣き顔も見たくはねぇわ。そこんとこは感謝するぜ」 止めてくれてありがとうよ、と空道は存外にきちんとした動作で頭を下げる。 「親父殿、まだ青いが見所のある若者と思う。今は二人の成長を見守ってはもらえぬか」 「繁のことか」 バロンは頷く。 「まあわしも年頃の娘を持つ身、親父殿の気持ちもよくわかるのだが」 そこへ芳純が提案をした。 「貴方様が大切に育てられた空子さんが選ばれた方です。肝心なのは空子さんの意思かと思いますが、一度先入観なしで繁さんの人柄や空子さんに対する誠実さを吟味するというのは如何でしょう?」 「――よし。だが一年は貰うが良いか?」 血の繋がらぬ他人の本質を見抜くにはそれくらい必要でもおかしくはないだろう。 空道はバロンと芳純に軽く手を振り、生活力の有無を重視するアーシャに「それも見とく」と伝え、繁と空子が居る方向へと歩いていった。 一難は去ったが、今後どう転ぶかは繁次第なのだろう。 そのきっかけを作った開拓者達は各々の思いをその顔に表しながら、人騒がせな青年と難儀な父親の和解を願うのだった。 結果が出るのは、一年後の今頃のことだろう。 |