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■オープニング本文 ●いつもの山で 文助(ふみすけ)は樵を生業にしていた。 若い頃から山に入っているため、木を倒すのはお手の物だ。 その日も文助は弁当を持って山に入り、斧を振るっては首にかけた手拭いで流れる汗を拭いていた。 そろそろしっかりとした防寒着の必要になる季節だが、こうして体を動かしているとどうしても汗が噴き出る。 だからこそ、最初はそれを見間違いだと思った。 額から流れてきた汗が目に入ったんだろう、と。 「‥‥」 木々の向こうに何かが居る。 自分からの距離は大体5mほど。 もう一度改めて見てみると、それは人間‥‥のようなトカゲだった。 艶やかで黒いラインの入った鱗や、それに包まれた顔や手足、長い尻尾はトカゲに違いない。 しかしそれはしなやかで強靭な筋肉を持ち、発達した後ろ足でしっかりと地面に立って二足歩行していた。 (なんだあれは。山の神――いや、違う) ぐっ、と斧を握る手に力を込める。 あちらは丸腰、こちらは武器を持っているというのに、いつの間にか冷や汗に変わった汗は止まってくれない。 その汗に赤い色が混ざるのに、数分も要さなかった。 ●悪夢のあとに残った現実 「主人はもう斧を持つことが出来ません」 鎮痛な面持ちで座っていた女性が口を開く。 彼女は文助の妻で、美野里(みのり)という。 二日前に夫が血まみれで帰宅し、必死になって医者を呼び手当てをした美野里だったが、文助は利き腕と手に決して元通りにならないであろう深い傷を負ってしまった。 文助は足の筋も痛めており、完全に回復してみないことには分からないが、今後日常生活をまともに送れるかどうかすら分からないのだという。 「仇討ちのつもりはありません。けれど、このままあの化け物を‥‥アヤカシを放っておいて、被害者が増えるのは避けたいのです」 夫は自ら山の中の傾斜を滑り落ちることでなんとか逃げおおせた。 しかし他の誰かが遭遇したらどうだろう。 毎回そう上手くいくとは思えない。 故に、開拓者にあのアヤカシを討ってほしい、と美野里は頭を下げる。 「私にはアヤカシを討てるだけの力は無いので‥‥」 少し悔しげな顔を見せ、受付嬢に資料を渡した美野里は夫のための薬と痛み止めを手に帰っていった。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
アルトローゼ(ib2901)
15歳・女・シ
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●木々の間を縫って 晴れている日でも、どことなく暗い雰囲気を纏った山に開拓者達は足を踏み入れた。 どっしりと構えた木、細々と生えている木など、沢山の木々がそこには根付いている。 「二足で立ててぇも所詮はトカゲ‥‥つーか、アヤカシだぁからな。そんな奴に負けるわけにはぁいかねぇなぁ」 犬神・彼方(ia0218)が足に先の尖った木の棒を括り付けながら言う。 斜面の多い山できちんと素早く動けるように、滑り止めを着けているのである。元々が足袋のためぬかるみには強いが、斜面には少々不安があった。 ちゃんと棒の先が地面に刺さるのを確認し、彼方は「よぉし」と呟く。 「人に仇をなしたアヤカシを許す訳にはいかない。たとえどんなに不利だろうとも‥‥」 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は刀をぎゅっと握って言った。 「‥‥駆け抜けてみせる!!」 決意を込めた焔騎の言葉にアルトローゼ(ib2901)も頷く。 「アヤカシでもトカゲはトカゲ、それなのに随分と調子に乗っているようじゃないか。‥‥身の程というものを教えてやらないといけないなぁ」 にやりと笑って言い、アルトローゼは山の奥の方を見た。 彼女も底に加工を施した靴を用意してきていた。スパイク状ではないが、極端に急すぎる場所に陣取らなければ大丈夫だろう。 「まずは傾斜の少ない場所を探さないとな、あと出来るなら明るい場所が良い」 ルーティア(ia8760)が辺りを見回しつつ言う。 良い場所が見つかったらそこへアヤカシを誘導するつもりだ。 しかしその場所も、もしあったとしても山の中であることに変わりはない。探している最中にアヤカシが現れないことをルーティアは祈った。 焔騎が心眼を使いながら歩を進め、警戒を解かないようにしながら六人は山の中を進む。 「たしかに足場が悪い‥‥」 鉄龍(ib3794)が少し屈んで地面に触れる。 平坦な場所はあるのだが、それが長続きしないのだ。むしろここは歩きやすいと油断しているところに斜面が突然現れるため、油断して転びやすい。 「地理的にはかなり不利だな」 「僕もそう思ってた。でも地面に気を配ってばかりもいられないね」 アルティア・L・ナイン(ia1273)は地面と向かう先を交互に見て言った。 普通に入山する分には足元さえ気をつけていれば良い。しかしアヤカシが出るとなると、この地形は一気に厄介なものへと変貌してしまった。 「とりあえず、迅速に禍を断つとしようか」 アルティアはそう言い、進む足に力を入れた。 ●きたるもの 焔騎がぴたりと足を止める。 目で何かを確認した訳ではない。しかし焔騎の心眼はその存在をしっかりと感知していた。 その様子に気が付いた彼方が聞く。 「アヤカシかぁ?」 「ああ‥‥そう遠くない所に居る」 辺りに目を走らせる。ここはまだ木々が多く、足場も良いとは言えない。 それに何より、まだ足場のマシな場所を見つけることが出来ていないのだ。 もしかしたらこの山にはそういった場所が少ないのかもしれない。 「――来るか!」 鉄龍が身構えたと同時に、目の前の地面に影が落ちた。 真正面からは無いと思っていたが、真上からだ。 「っ!」 自然落下の勢いを活かしたパンチを避け、鉄龍は近くにあった木の枝を掴んで体勢を整える。 相手を確認すると、それは正しく二足歩行を会得したトカゲだった。 『カハアァァァァ‥‥』 真紫色の口を開け、空気の抜けるような音で鳴く。 「こいつだな!」 ルーティアは素早く馬上槍を構え、アヤカシをジッと睨みつける。 アヤカシはそんなルーティアに臆することなく突進してゆく。 『ガァ!』 しかしパンチを槍で受け止められ、木の幹に足をかけて跳躍すると距離をとった。 そこへ不動を使った彼方が前へ出る。次の瞬間山をビリビリと震わせたのは、彼の咆哮だった。 その声に答えるようにアヤカシも大きく鳴き、彼方に向かってジャンプする。 「ぬっ‥‥!」 槍で受け止めてみるが一撃が思っていたより重い。 受け流そうとしたが、どうしても力づくで弾くような形になってしまった。 不動により防御力は申し分ないが、敵の動きを制限出来るほど引き付けていられるだろうか――そんな不安を抱きつつも、残りの五人は作戦通りアヤカシを包囲する。 「くっ!上だ!」 焔騎が上を仰ぎ見た。 アヤカシが彼方から離れ、また距離を取ろうと幹と幹の間をジャンプして跳び上がったのだ。予想していたよりも早い。 「行かせるものか!」 アルティアが瞬脚を駆使し、幹に足をかけるとアヤカシを追って跳躍した。 「いくぞアヤカシ。我が連撃は暴風のように荒々しいと知れ!!」 アルティアの旋風脚が唸り、次なる幹に向かおうとしていたアヤカシの背を捕らえる。 続けて繰り出したのは二刀による乱剣舞。それはあたかも一つの技であるかのように繋がっていた。 奇妙な声を上げ、別の幹にぶつかったアヤカシは重力に従って落下する。 しかし地面にぶつかる前に猫のように体勢を整え、着地した。 同じく空中で攻撃を仕掛けたアルティアも落下したが、こちらは焔騎が上手く手を貸して着地する。 「あまり自由な行動を許してる余裕はなさそうだ‥‥行け西洋人形!あいつの動きを止めるぞ!」 ルーティアが呪術用の人形を媒介にし、呪縛符を使用した。 人形は愛らしい姿をしているが侮れない。傀儡操術で命があるかのように殴りかかるその勢いは凄まじかった。 アヤカシは人形のパンチを避けるが、その手の先から飛び出した糸状の式をまともに浴びてしまう。 『ガ、ガガッ‥‥!?』 自身の動きが鈍ったのを感じ取り、アヤカシが目をぎょろりと動かす。 「足は貰うからなぁ?」 鈍っていたからこそ、彼方のそんな言葉を聞きながらも避けることが出来なかった。 彼方の霊青打による強烈な一撃がアヤカシの足を捉える。形容し難い音がして、アヤカシの片足が折れ曲がった。 『ガァァバアアァァァッ!!』 その鼻先に鉄龍が剣を突きつける。 「さあどうした爬虫類、龍がそんなに怖いのか?」 スキルの挑発を織り交ぜたその言葉はアヤカシの神経を逆撫でする。だが反撃しようにも、まだ手が出せない様子だ。 声のトーンを落とし、鉄龍は言う。 「冷静さを失っては終わりだぞ?」 と同時に黒い龍の左腕でアヤカシの頭部を掴み、グイッと押さえつけた。 その隙を突いて焔騎が紅蓮紅葉により赤く輝く刀で紅椿を放つ。 「朱雀悠焔、紅蓮椿ッ!!」 『ガァア!?』 アヤカシの肩が抉れる。 「なんとまぁ‥‥最後の足掻きか?」 反動で切り離された尻尾を見、アルトローゼが黒い笑みを浮かべた。 尻尾はデタラメな動きを見せて視線を奪うが、黒い霧を撒き散らしてどんどん存在を危うくしている。消えるのも時間の問題だろう。――もちろん、本体のアヤカシも。 それでも無理やり動こうとアヤカシは腕を振るう。すると呪縛は解けたが、片足が使えないためバランスを崩した。 だがもう片方の足は生きている。 素早くバランスを整え、アヤカシは片足に万力を込めて地面を‥‥蹴ろうとしたところで、手裏剣に妨害された。 「この状況で逃げられると思うところが甘い」 吐き捨てるように言うアルトローゼ。 打剣により打ち出された手裏剣はそのまま向かいの幹に深々と突き立った。 アヤカシは悔しげに目を細め、せめて誰か道連れにしようとアルトローゼに襲い掛かる。 だが木葉隠を使った彼女に爪を届かせることは出来なかった。 「無様だな」 鉄龍が背後から剣を横に滑らせ、流し斬りを発動する。 足と肩だけでなく、背中に大きな切り傷を負ったアヤカシは息も絶え絶えだった。 「来いよトカゲ野郎、ここでもう逃げるなんて選択肢はないよな?かかってこい!」 『ァ‥‥ア‥‥ガアアァアアアァァァァァッッ!!』 死を実感したアヤカシはルーティアの言葉に過敏に反応し、肩の傷が広がるのも構わずに腕を大きく振り上げた。 ――今だ、と隙だらけなアヤカシを見て彼方が大きく息を吸い込む。 そして、今日二度目の咆哮で空気を振動させた。 『!?』 思いもよらぬタイミングでの咆哮に、アヤカシの意識がブレる。 そこへ焔騎とアルティアの二人が立ちはだかった。 「アル、畳み掛けるぜッ!」 「ああ」 足場は決して良くはない。 しかし、それでも二人は決着をつけるために動いた。 焔騎がダーツをアヤカシに向かって投げつけ、アヤカシの目を眩ませる。ただでさえ混乱しているところに攻撃を受け、アヤカシは思考することを完全に忘れた。 『――』 その額へ吸い込まれるように刺さるアルティアの蒙古剣。 ブシィッと黒い霧を吹き、アヤカシはつるりとした鱗に周りの景色を映したまま倒れる。 その体は斜面を転がり落ち、一際大きな木にぶつかって跳ねるとその動きを止めた。 「これはぁ‥‥近くで確認することもねぇな」 彼方の言う通り、下の方に小さく見えるアヤカシの体はすぐに霧と化して空気に溶けていったのだった。 ●そまびとの家 アヤカシの被害者、文助の家に訪れたのはアルティア、焔騎、ルーティア、鉄龍の四人だけだった。 彼方とアルトローゼは大勢で押し掛けるのもどうかと思い、訪問を辞退したのである。 本当はアルティアも自分から何か言葉をかけることは出来るのだろうかと迷いを持っていたが、少しでも顔を見ておこうと思い同行した。 「おっちゃん、アヤカシ倒したぜ!もう大丈夫だからな!」 ルーティアが布団に横になる文助に向かって言った。 その元気な声と内容に応じるように文助は目を開ける。 「あの化け物を‥‥か?」 「そうだ、もう跡形もないぞ」 「‥‥よかった、他に誰か襲われる前に退治出来て‥‥ありがとう」 まだ穏やかではない呼吸を合間に挟みつつ彼は言う。 少しでもそれがマシになるように、とルーティアは文助に治癒符を貼った。 完治は無理かもしれないが、後遺症が少しでも軽減されますようにという願いを込めて。 「怪我の直りは順調か?――まあ思わしくはないようだな。俺で手伝える仕事があれば、手伝っておくのだが」 焔騎は文助の隣に座る。 「休業中の仕事の手伝いもするぞ、もちろん依頼とは別にな」 「だが‥‥そちらも忙しいだろう?」 「なに、そっちの方がこれから冬支度もあるしな。この時期に働き手が床に伏せるのは、大変だから」 少し考えるような様子を見せ、文助は逡巡した後に妻の顔を思い浮かべたのか、頼む、とだけ言った。 自分は辛いことを我慢出来るが、妻までこれ以上巻き込むのは気が気でない。 「しかし今回は災難だったな」 鉄龍が呟くように言う。 「だがまあ‥‥命があればどうとでもなるさ、経験者は語るってやつだ」 健康な人間が言えば説得力のない言葉だったろうが、鉄龍は戦闘で左目や翼を失っている。 少しは理解出来る、と言うと、文助は小さく笑みを浮かべた。 「今回はどうもありがとうございました」 奥からお茶を用意して戻ってきた文助の妻、美野里が頭を下げる。 「‥‥焔くん」 申し訳なさげな美野里を見、何か感じるものがあったのかアルティアが真面目な声で言った。 「僕も焔くんと一緒に手伝うよ。毎日は来れないかもしれないけれど‥‥」 それに対して焔騎はニッと笑う。 「頼りにしてるぞ」 山は今もそこにあるが、トカゲはもう居ない。 脅威の取り除かれた山は、また静かに静かに樵が戻ってくるのを待ちながら佇んでいた。 |