豊坂の蔵
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/07 21:55



■オープニング本文

 前向きにやっていこう、と決意出来たのはつい一週間前のことだった。

 十九歳の豊坂フヅキ(とよさか ふづき)は現在、天涯孤独の身である。
 ひと月ほど前に家族がアヤカシに襲われ、フヅキを除く全員が命を落としてしまったのだ。
 そのアヤカシはたまたま近くに立ち寄った開拓者により倒されたが、家族が戻るはずもなく、近所の人々の力を借りつつフヅキはこの一ヶ月を生きていた。
 最初はもちろん落ち込んだ。しかし元々他人よりも明るい性格をしているフヅキは、周りに心配をかけぬよう、驚くべきスピードで回復していった。
 しかしそれも取り繕ったもの。
 無理が祟って家族の後を追おうとも考えたが、ある知らせが届いたことにより、また前を向く決心が出来た。
「一人じゃないんだから、頑張らなきゃ」
 遠い地に移り住んでいた叔父がこの事を知り、フヅキの居る村へ戻ってくることになったのだ。
 叔父も向こうで商売に失敗し人生のどん底に居たが、故郷で新たなスタートを切る気になったのだという。
 フヅキは何度も読み返した叔父からの手紙を机にしまい、立ち上がる。
(こういう時には体を動かすに限るわね。さて何から‥‥そうだわ!)
 庭には祖父の蔵があった。
 豊坂家は村の中でも裕福な部類に入る。祖父は自ら稼いだ金で、骨董品等をしこたま買い込んでいた。
 それらが収まっているのが、あの蔵という訳である。
(整理と掃除をしましょうか! たしか子供の頃に見せてもらった時には、綺麗な原石もあったし‥‥見ていて楽しそう)
 軽い気持ちでそう考え、フヅキは袖を縛り髪を上げて準備をする。
 そして蔵の戸を開き――


「‥‥‥‥」


 絶句した。
 子供の頃、ということは、あれから何年も経っているのである。
 その月日に応じて祖父のコレクションは増えていた。足の踏み場もない。
 しかもおどろおどろしい飾り兜や能面といった見慣れぬ物まで保管されている。
 祖父が綺麗好きだったため埃の層は薄いが、何ともむず痒くなるような雰囲気が漂っていた。
「‥‥」
 手に持ったハタキを見る。
 これでいくつ綺麗に出来るのだろうか。
「‥‥いつも準備もせずに突っ走りすぎなのよね、私」
 はあ、と息を吐き、とりあえず考える。
 近所の人に手伝ってもらえば早く終わるかもしれないが、それまでに世話になっている皆にこれ以上迷惑をかけるのは好ましくない。この蔵の様子だと、丸一日かそれに近いくらいの時間を拘束してしまうだろう。
 それならば。
「仕方ない、わね」
 人を自分で雇う。
 資金は残された財産からいくらでも出せる。それに‥‥。
(久しぶりにお喋り出来る相手だといいな)
 近所の人は四六時中居る訳ではない。
 年齢差により話が噛み合わないことが多く、フヅキは寂しい思いをしていた。
 人が帰ればこの家は本当に静かになる。夜中など静けさに飲み込まれそうになるくらいだ。

 目的とは違う、ほんの少しの期待を胸に、フヅキは蔵の戸を閉めるとギルドへと向かった。


■参加者一覧
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
橘(ib3121
20歳・男・陰
エラト(ib5623
17歳・女・吟


■リプレイ本文

●豊坂家へ
 門を過ぎて玄関前まで来ても、人の気配は感じ取れなかった。
 その原因は生活音の無さだ。この家からは水を使う音も、人の話し声も、襖を開ける音も何もしない。何か聞こえたと思ったら隣の家からだった。
 そんな中、躊躇いながらも玄関の戸を叩こうとして――
「どちらさま‥‥あっ!来てくれたのね!」
 開拓者達は、依頼主である豊坂フヅキに後ろから声をかけられた。


 どうやらフヅキは買い物に行って家を空けていたらしい。
 それだけで完全な無人になる家はどこか寂しい雰囲気を漂わせていた。
 客間に通された開拓者達は各々の荷物を傍らに置き、軽く頭を下げる。
「わたくしは橘天花と申します。どうかお気軽に、天花って呼んで下さい」
 橘 天花(ia1196)が温かみを帯びた黒い目を細め、笑ってそう言う。
「吟遊詩人のエラトと申します。宜しくお願いいたします」
 引き続いてエラト(ib5623)と他の四人も自己紹介した。エラトは同時にお悔やみの言葉も述べ、頭を下げる。
 フヅキはそれぞれの名前を反芻し、そしてにっこりと笑ってみせる。
「私は‥‥もう知ってると思うけど、豊坂フヅキよ。今日は宜しくね!」
 そして何やら張り切った様子でお茶を皆に勧める。久しぶりの客人に少し舞い上がっているようだ。
 何はともあれ、この後に待つのは目的である蔵掃除。
 それが成功するか否かは、ここに居る開拓者らにかかっている。

「フヅキさん」
 先ほど自己紹介を済ませた橘(ib3121)がフヅキに声をかける。橘の隣には天花も立っていた。
「その、大切な品々を動かす訳ですし‥‥お爺様に手を合わさせて頂いて構いませんか?」
 フヅキの家族のことはギルドから伝え聞いている。フヅキもここへ来た開拓者がそれを知っていることを承知済みだろう。
 少し恐縮した表情で頷き、フヅキは床の間へと案内した。
 中陰壇には遺影と遺骨、そして白木の位牌が安置されている。
 その前で手を合わせ、天花と橘はしばし目を伏せた。

「一時は家族の後を‥‥か」
 明王院 浄炎(ib0347)が別室に向かったフヅキのことを思い浮かべて言う。
「元が明るい気性の子であればこそ、泣くに泣けぬ、悲しむに悲しめぬ事もあるのかもしれないな」
 無理をしているのではないか、と心配し、浄炎は口を引き結んだ。
 もしそうなら――子供らしく悲しみ、家族を悼む一時を得る為に、この背なり胸なり貸してやりたい、と彼は思っている。気丈に振舞ってばかりで、今までそういった機会に恵まれてこなかったかもしれないのだ。
「そうですね。出来ることなら今回の片付けで、フヅキさんの心が落ち着くといいんだけど」
 只木 岑(ia6834)が掃除の準備をしながら呟く。
 遺品の整理をすることで、間接的に心の整理をすることも可能かもしれない。
 それはフヅキ次第だったが、岑はそうなれば良いなと心から思っていた。
「あ、一応灯りの準備もしておこうかな?」
「片付けも時間がかかりそうだ、あるに越したことはない」
 岑の問いにそう答える竜哉(ia8037)。
 季節柄日が暮れるのも早い。あらかじめ準備しておき、必要になったらすぐに灯せるようにしておくのが良いだろう。
 答えつつ竜哉は三角巾を頭に巻き、前掛けを手早く着けた。形から入ることは大切だ。
「ま、気楽に行こうか」


●片付け開始!
「それじゃ始めましょう!」
 素早く襷がけを完了させ、天花が明るく言った。
「フヅキさんはわたくしと一緒にお願い出来ますか?」
「ええ。頑張るわね!でも重い物とかは別の人に任せちゃうかも‥‥大丈夫かしら?」
「ふふ、女手でも志体持ちですから、重い荷物も平気です。どんどん頼って下さいっ!」
 天花は腕を曲げて力こぶを作るポーズをする。とても頼もしい雰囲気だ。
 まず蔵の窓という窓を開け放ち、中の物を外へ運び出すことから作業は始まった。少なからず積もった埃がそれなりに猛威をふるったが、これくらいでへこたれている訳にはいかない。
 蔵の中には床に数多くの物品が置かれていたが、一般的なサイズの棚も設置されている。
 先に床の物品を移動させた後、最後に棚にある物へと取り掛かった。
 ここでは背の高い浄炎、橘、竜哉らが大活躍した。梯子があるとはいえ、棚の上部にある物を下ろすのは背丈の控えめな者には辛いのだ。
「なんとか乗りましたね」
 竜哉は大きな壷をいくつか荷車に乗せ、それを外に牽いていく。
 この荷車は彼が用意したものだ。重い物はこうして纏めて運んだ方が効率的だろう。
 重い物は庭に敷いた筵の上に置くことにした。
「よ、っと!」
「こうして拭いてみると、やっぱり汚れはあるんだなって分かりますね」
「でも綺麗になってるって実感出来るから良いかも」
 エラトにそう言って笑い、岑は棚を一段一段拭いていく。
 空になった棚は置いてあった物の形に薄く埃が積もっていた。
「やはり少しはあるな」
 浄炎は端にあった蜘蛛の巣を払う。いくら持ち主が綺麗好きといえども、生き物の出入りする隙間があれば巣も作るだろう。
 浄炎は防塵のために眼鏡を装着し、手拭いで頭と口元を覆っていた。
 この他に着替えも用意してある。これで汚れを気にすること無く掃除に集中出来そうだ。
「あの、棚の上の方をお願いしてもいい?」
 フヅキにそう聞かれ、浄炎は快諾すると棚の上をサッサッと拭いていった。
 綺麗になった木の棚は美しいもので、木目がくっきりと浮かび上がっている。
「あっ、フヅキさん。母屋をお借りしますね」
 紙の束と巻物を持った橘が、フヅキに一言声をかけてからそれらを運び始めた。
 軽い物や紙で出来た物は母屋を借り、そこに置くことになっている。
 橘は巻物の入った箱をいくつか纏めて縛り、運びやすくした上で持っていた。纏まれば紙も重いものだが、持った時にバランスが取れれば短距離ならば苦ではない。

 飾り兜の前でしゃがみ、竜哉は爪楊枝に布を巻いたもので掃除を行っていた。
 細かな汚れを取り除き、たまに別の角度からチェックする。傷つけないよう力を入れないで掃除するのは難しかったが、器用な彼にはお手の物だ。
 壷は軽く塗らした布で汚れを拭き取り、最後に乾拭きをして水気を残さないよう注意した。
「掃除って、結構気を遣わないといけないんですね‥‥」
 エラトが感心したようにそう言い、隣で同じように鎧を掃除する。
 実際に使うためではなく、目を楽しませるために作られたそれらは繊細な作りをしていた。気を抜けばどこか折ってしまいそうだ。
「わぁ、こうしておけば分かりやすいわね!」
 再度蔵へ仕舞う時に使う箱やカゴ。
 そこには入れる物の名称が書かれ、一目で何が入っているか分かるようになっていた。
 収納に関するアイデアを見て、フヅキはちょっと感動しているようだった。
「今日中に終わらなくてもいいかも‥‥」
 と、そんな岑の呟きが耳に入り、フヅキは首を傾げる。
 それに気付いた岑が慌てて補足した。
「っと、サボる言い訳じゃなくて、ですね」
 こほん、と咳払いひとつ。
「今後虫干しの時とか、気軽に声をかけてくれれば、なんでもやるのが開拓者ですから。だからいつでもギルドに依頼出してください‥‥ってことです」
「あはは、本当に頼りにしてるわよ?‥‥頼れる先があるって嬉しいわ、ありがとう」
 嬉しげな顔をし、フヅキは微笑んだ。
 小さな心遣いがとても、とても嬉しいのだ。
「フヅキさん、これはどうします?」
 掛け軸を持った天花がそう聞く。掛け軸は五本あり、美しい女性や桜の木、鶏などが描かれている。
 奥にもっとありそうだが、ひとまず先に聞いておくことにしたのだ。
「あっ、じゃあ虫干しをお願い出来る?」
 頷き、天花は掛け軸を運んでいった。
 掛け軸は本来日や風に当てないようにしながら三日ほど虫干しするのだが、この掛け軸は状態が良い。そんなに長く干しておかなくても良さそうだ。
「こっちにもありましたよー!」
 更に追加の掛け軸を持ち、岑が手を振った。
 こちらには満月や泳ぐ蛙などが描かれている。
「そうだ、何か気に入った物があれば、母屋に飾りますか?」
「それ良いかも‥‥!あとで全部見て、二本くらい床の間に飾ってみるわね」
 どれにしようかなぁ、とフヅキは楽しそうに笑った。

 全て運び出し、掃除を終えた後に軽い昼食を挟み、それから煙で蔵を燻蒸した。
 これは虫除けになるのだ。古い紙の中には紙魚の居る物もあったため、殊更虫除けはしっかりとしておく。
「さて、やっと入れ直すところまで来ましたね」
 エラトが少しホッとした顔で言う。
 大勢でやれば作業は早いものの、やはりそれなりの時間がかかった。
「どの辺りに何を入れますか?」
 岑がフヅキに聞く。元々入っていた時は統一性の無い並び方をしていた。ならばこれから蔵を管理する彼女にとって分かりやすい配置にしようと思ったのだ。
「それじゃあ‥‥掛け軸や巻物は手前の下段にお願い出来る?飾り兜とかはしばらく飾らない‥‥というか飾る場所が無いから、奥の方で」
 その他、壷も奥の棚に保管することになった。美しい柄の物もあったが、家の中に壷ばかり飾る訳にもいかないらしい。
 ちなみに棚は浄炎がしっかりと補強していた。これなら重い物を上段に置いても大丈夫だろう。
「石類はどうする?」
「あっ、それは‥‥見てて面白いから、入ってすぐの棚で!」
 原石は正体の分からない物も多いが、石の種類よりも見た目に惹かれるフヅキには大した問題ではない。
 竜哉は少し削って調べてみるか問うてみたが、一応遺品だから我慢する、とフヅキは笑った。
「こうして綺麗に収まると感慨深いですね‥‥」
 橘が壷を棚に置きつつ言う。
 床にあった物も考えて収めると大半が棚に入った。どうやら生前の祖父は掃除好きでも整理上手ではなかったらしい。
「少し早目の年越し大掃除みたいです」
「たしかにそうかも‥‥あ、で、でもちゃんと大掃除はするからね?」
 慌てるフヅキを見て微笑み、橘はもう一つ壷を手に持った。

 様々な物を運びつつ、フヅキに天花は積極的に話しかけた。
 開拓者の仕事についてや、好きな食べ物、明日は何をする予定かなど、取り留めないものの楽しい話題を選んでいく。
「好きな着物の柄ってありますか?」
「花柄は好きかも‥‥こういう派手なのも結婚するまでだし、楽しんでおかなくっちゃ」
 口元に手をあてて笑い、フヅキは「よいしょ」と箱に入った皿を棚にのせた。

 ――やっぱり、会話することは楽しい。
 彼女はそれを今日一日で再確認していた。


●整えられたもの
「お疲れさまっ!」
 温かな緑茶を振る舞い、フヅキが皆の前で頭を下げる。
 整理してくれた感謝と、来てくれた感謝を込めて。
「今日はとっても助かったわ。それに‥‥やっぱり、寂しい気持ちはあったから、話せて良かった。こんなに沢山喋ったのは久々よ」
 寂しかったって、ちょっとカッコ悪いけどね、とフヅキは頬を掻く。
 そこでエラトがゆっくりと首を振った。
「フヅキさんの心はフヅキさんのものです。悲しいときは素直に悲しんでもいいと思います」
 ふ、と表情を緩める。
「そういう気持ちは吐き出さないと楽になりませんから。後は浮上するだけ。そう私は信じています」
「エラトさん‥‥。エラトさんは強いのね、私も見習わなくちゃ」
 少し涙ぐんだ後、ぐっと拳に力を入れ、フヅキは気合を入れるように言った。
 思うだけではなく、自ら言葉にしてみると不思議と出来そうな気がしてくるのだ。
「‥‥これを」
 目じりを拭うフヅキに浄炎が小さな手ぬぐいハンカチを差し出す。
 フヅキは涙を見せたことに少し照れつつ、それを受け取った。
「それにしても綺麗に全て収まって良かったです。‥‥でもちょっと残念だったかもしれません」
「え?」
 天花の言葉に目を丸くするフヅキ。
 そんな彼女に天花は少し冗談っぽく笑いつつこう返した。
「一日で終わらない時は、泊めて頂こうかなって思っていたんです」
「まあ‥‥!」
 フヅキは思わず嬉しげな顔をする。
「よかったら今度泊まりにこない?お風呂の湯も一人で使い終えるには勿体ないと思っていたの」
「いいんですか?」
「うんっ、布団も沢山あるしね!」
 すでにその日の献立を考えていそうな顔でフヅキは言った。
(‥‥俺達にはアヤカシを斃せば終わりでも、残された方は大切な方が不在のままの生活が続く)
 フヅキらのやり取りを見て橘が心の中で呟く。
(その穴を一時でも埋める手助けが出来るのなら‥‥冥利、ですね)
 戦うこと以外でも開拓者として他者の手助けをし、喜んでもらえるのはとても嬉しいことだ。

 久しぶりに使われた沢山の湯のみ。
 話し声に包まれた部屋。
 目にすると懐かしさを感じる、それでいて整頓された蔵。
 皆と話し、久しぶりに賑わう我が家に居るフヅキは、とても久しぶりに――幸せそうだった。