銀色牡鹿と兄弟の拳
マスター名:真冬たい
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/23 19:22



■オープニング本文

 兄がならず者を諌めたり、野犬や暴走したイノシシを追い返したりするたび、その姿を見る弟は憧れに胸を焦がした。
 自分もいつかああなりたい。
 ――兄のような、強い男に。

「また行くのか?」
 早朝、ひんやりとした空気漂う外へと出ようとしたところでそう呼び止められた。
 出町沖光(でまち おきみつ)は口角を目一杯上げて答える。
「うん、夕飯に使うキノコが欲しいんだ。兄ちゃん、キノコ汁好きだろ?」
 主目的ではないことを目的のように伝え、何か言われる前に「じゃ、いってくる!」と片手を上げて出ていく。
 普段から寡黙な兄は、それを止められず黙っているしかなかった。

 沖光の兄・実勝(さねかつ)は村でも有名な腕っ節の強さで、恵まれた外見も相まって人気が高い。
 弟である沖光も兄と同じように存在感のある黒髪、形の良い眉、意思のはっきりとした瞳を持っていたが、強さの方はというと一般男性の平均より下だった。
 しかしそれも仕方ない。沖光はまだ十四歳で、成長過程にあるのだ。
「くそ、なんでこんな細い木の一本も折れないんだよ‥‥!」
 だが本人にとってはそんなもの知ったことではない。
 ただただ、強くなれない自分に悔しさを募らせていた。
 ここは最近入り浸っている裏山だ。人があまり来ないため、沖光はこっそりと自己鍛錬の場に使っていた。
 鍛錬をしていることは兄を含め、周りの人間全員に秘密だ。早朝に出て行く場合はさっきのように嘘をついた。‥‥否、ぎりぎり本当だ。帰りには怪しまれないよう、伝えてきた目標は達成するつもりなのだから。
「力の入れ方がおかしいのかな、兄ちゃんはどうやってたっけ?」
 考えながら沖光は上半身を捻る。
 しかし何かを殴るには適していない動きだった。そもそも腋が締っておらず、変に体を捻ったためバランスも悪い。見よう見真似の外見だけ取り繕った動きだ。

 どんっ!

「‥‥っつ〜‥‥!!」
 拳の痛さに悶絶する沖光。
 今は「殴って木を折る」という自称トレーニングの最中だが、木は揺れるばかりでミシリとも言わない。
 赤くなった手を見下ろし、彼はため息をついた。
 それでも夢中になって殴る練習をする。――そして、夢中ゆえに気付かなかった。



 アヤカシの情報をギルドに持ち込んだのは実勝だった。
 受付嬢が挨拶をするよりも先に口を開き、普段の彼からは想像も出来ないほど早口で説明する。
「弟がアヤカシに連れ去られたんだ。奴はまだ腹がいっぱいで捕らえた者を拘束したまま寛いでいるようだが、いつ牙を剥くか分からない」
「アヤカシの形状は分かりますか?」
「銀色の鹿」
 つい普段の癖で言い捨ててしまい、はっとした実勝は慌てて補足した。
「銀色の体毛に真っ白な角を持った牡鹿の姿をしていた。奴は村を襲い女子供を五人攫って行ったんだが‥‥裏山に行っていた弟も、草履を残して消えてしまった」
 きっと同じように攫われたのだ。
 草履のあった周辺に滑った跡などは無かったし、そもそも事故が起こるほど危険な場所ではない。
「奴の角は伸縮自在で、それに引っ掛けてかなり重い物を持ち上げられるらしい。人間を何人も持ち上げていたからな‥‥」
「一体のみですか?」
「ああ。だが子分のようにイタチ型の小さなアヤカシも引き連れていた。あいつらは弱そうだったが、数が居たな」
 実勝は動かし慣れていない表情に不安を滲ませて言った。
「去った方向からみて、奴は村はずれの廃寺に居る。――俺の手では、弟を助けられない。どうか開拓者の力を貸してもらえないだろうか?」


■参加者一覧
水月(ia2566
10歳・女・吟
月(ia4887
15歳・女・砲
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ


■リプレイ本文

●廃寺の鹿
 冷たい風がザワザワと木々を揺らす。
 開拓者一行は村への挨拶もそこそこに件の廃寺に来ていた。
「実勝か‥‥」
 ブラッディ・D(ia6200)が村の方を振り返り呟く。
 実際に多くの言葉を交わすことはなかったが、彼女は前に実勝と顔を合わせていた。
「吉次とはどうなったか気になるけど、まずは人命救出からだな。何とか皆を無事に連れて帰れるように頑張るか!」
「私も頑張ります。捕らわれた皆様も、さぞかし不安な気持ちになっていることでしょうし‥‥」
 捕まっている者達の思いを想像し、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が強い決意のもとに言う。
 廃寺は人の手による手入れがされておらず、屋根や床は朽ちていた。辛うじて建物としての形を保っているあの中に、アヤカシに捕らえられた人々が居るらしい。
 敷地内に一歩踏み込むと、そこには雑草の海と言っていいほどの名も無き草、草、草。
 石畳の敷いてある所のみ辛うじて原型を留めている。普段は物悲しい雰囲気に包まれているそこは、今は禍々しい気配により淀んでいた。
「‥‥居ますね」
 邪悪なそれを感じ取り、水月(ia2566)が小さな体に力を入れる。
 これは恐怖によるものではない。すぐにどんなものにも対応出来るように、だ。
「まぁ、そう構えなくったってきっと何とかなるだろう」
 月(ia4887)が持ち場である後方に下がりつつ言う。
「いくらアヤカシでも、知能はそんなに無いようだしな。――ほら」
 月がマスケットを構えた先。
「だからああして無防備に出てきた」
 そこには石畳に音も無く立っている、銀色の牡鹿が居た。
 誰もが見た瞬間に「美しい」という感想を抱くであろう容姿をしているが、纏っている気配は他の何ものでもない、この場の淀みの正体だった。
 足元には小さなイタチ型のアヤカシが居る。しかし情報より少ないところを見ると、どこかに分散しているようだ。
「鹿を使った紅葉鍋、‥‥にするには美味しそうじゃないが」
 雲母(ia6295)がレンチボーンを構える。
「さて、鹿狩りといこうじゃないか」


●足の向かう先
(廃寺と近いな‥‥ということは、まずすべきは奴らをあそこから引き離すこと)
 ブラッディは鹿達と廃寺の距離を大まかに目で測り、その後メグレズに視線をやった。メグレズもこちらを見ており、頷くと同時にスゥと息を吸い込む。
 そして空気を奮わせる咆哮を放った。
『‥‥!』
 視界内に居たアヤカシが一斉にこちらを向く。
「では私達はアヤカシを食い止めます」
 メグレズは残りの仲間にそう言って走り出す。ブラッディもそれに続き、瞬脚で一気に牡鹿との距離を詰めた。
 牡鹿は一声甲高く鳴き、イタチ達に何かを命令する。その後一拍もあけずに体を反らせ、角をブラッディ目掛けて振り下ろした。
「おおっと!」
 ブラッディには裏一重がかかっており、それが彼女の回避を手助けする。
 振り下ろす動作の間に角は伸び、ブラッディらの足元にある石畳を砕いた。
 その粉塵の間から三匹のイタチが牙を剥いて飛び出し、メグレズに向かって攻撃をしかける。しかしそれはすべてメグレズのベイル「翼竜鱗」と十字組受により阻まれた。
『ギッキキィッ!』
 素早い動きで着地したイタチは、今度はブラッディを攻撃対象にする。
「そんな攻撃は当たらないぞ。ほら、こっちに来い!」
 避けながら数歩ずつ後退してゆく。そのタイミングを見計らい、雪斗(ia5470)が瞬脚を発動させアヤカシ達の真横を走り抜けた。
「済まない、ここは任せるよ」
「安心してお任せを」
 鹿の角攻撃を受け止めつつメグレズが言う。
 残っていた足元のイタチ数匹が雪斗に反応して追いかけようとするも、突如現れたスズメバチにたじろぐ。
「悪いケド、邪魔させないよ。大人しくしてなっ!」
 モユラ(ib1999)の放った毒蟲だ。
 スズメバチははっきりと耳に聞こえるような大きな羽音を響かせ、ブゥン!とイタチに近づくとその背に取り付いて尻の針を深々と突き刺した。
 鋭い痛みにイタチが高い声を上げ、仲間に助けを求めたがスズメバチは更にその仲間までもを刺した。
 刺されたイタチは神経毒に侵され、四肢を強張らせた直後その場に倒れ込む。長い間はもたないが、この場での一分はとても大きなものだろう。

 駆け抜けた雪斗は足を止めず、一気に廃寺を目指していた。
 アヤカシはまだ腹を空かせていないため捕らえた者を襲うことはないが、下っ端のイタチは違う。隙あらば指の一本や二本食い千切ってやろうと寺の中に忍び込んでいた。
「!」
 扉に手をかけてみるが、歪んでいるせいか開かない。
 ならばアヤカシ達はどうやって中に――と考えたところで、雪斗は屋根に空いた大穴に気が付いた。
「これはまた、力仕事になりそうな‥‥」
 しかし仕方がない。
 雪斗は腕まくりすると、一番近くの木によじ登り始めた。


「ねこさんたち‥‥お願いなの」
 鈴の転がるような可愛らしい声が式を呼ぶ。
『――!!』
 角を振り回し暴れていた鹿だったが、四肢に纏わりつく何かの存在に気付いて視線を落とした。
 子猫の式だ。子猫達は甘えるように、じゃれるように、しかし確実に鹿の動きを制限するように四肢の自由を奪っている。
 一見可愛い呪縛符を放った水月は鹿が止まっている間にその場に居る仲間の様子を確認する。ブラッディとメグレズは率先して攻撃を受け止めていたため、それなりに疲弊していた。他の者にも怪我という程ではないが、イタチによる攻撃の跡が窺える。
 一番攻撃を受けているのは咆哮を放った壁役のメグレズだろうか。ブラッディも負けてはいないが、転反攻で何度か切り返しているおかげか少しだけマシに見える。
 水月は息を整え、バイオリンの弦を一本だけ鋭く爪弾いた。張り詰めた弦から発せられた音は共鳴の力場としてメグレズに届き、彼女に助力する。
「水月、後ろだ」
「‥‥っ」
 密かに背後へ迫っていたイタチの額を矢が貫く。
 その矢を放った雲母は新たな矢を手に取ってくるりと回し、弓につがえるとキリリと絞った。
 次に狙うは――大将、銀色の牡鹿のみ。
「とっとと片付けるとするかね、人もいることだし」
 長引けば長引くほど、捕らわれている人々にどんな事が起こるか分からない。
 雪斗が向かっているとはいえ、戦の渦中に居ることに変わりはないのだから。
 雲母はやっと呪縛から解放されつつある鹿の頭に狙いを定める。矢は月涙により薄緑色のオーラを纏い、一直線に飛んでいった。
 ゴギンッ!!
 骨を砕いたかのような――あながち間違いではないのだが、固い音をさせて牡鹿の片角が根元から折れ取れた。宙を舞ったそれはビイィィンと震える音をさせて木の幹に突き刺さり、そしてあっという間に黒い霧となって霧散する。
 折れた時の衝撃は大層なもので、一瞬目を回した牡鹿は再度その動きを止めた。
「はああッ!」
 メグレズが大きく踏み込み、焔陰がかかり真っ赤な炎を纏わせた刀を振り下ろした。
 鹿の体毛を焦がしながら刀は胴体に吸い込まれてゆく。
 黒い霧を散らせながら、鹿は死に物狂いでその場から距離を取った。
 ブラッディが追い討ちしようとするも、茂みから飛び出してきたイタチがそれを邪魔する。
 しかしそのイタチは――
「火炎獣、ここだっ!纏めて‥‥ぶっ飛べぇ――っ!!」
 ――炎に甞められ、そして呑まれた。
 モユラの火炎獣だ。周囲に雑草が多く引火の危険性を考えると今まで使えなかったのだが、運良くイタチがモユラから見て石畳しか続いていない所に飛び出してきたのが幸いした。
 黒焦げになったイタチは想像よりも軽い音をさせて落ち、黒い霧となって空気に溶けてゆく。
「そう離れるなよ、仲良くしないか?」
 邪魔を取り払われたブラッディが鹿に両手を広げて近づく。
 やっと角を片方折られたことに気付いたらしい鹿はそれどころではない。馬のようにいななき、残った一本を鋭く伸ばすとブラッディを攻撃した。
 しかし‥‥鹿は、学習していなかった。
 先ほどブラッディとメグレズらが防御しつつ退いていた時に、転反攻による手痛い一撃を貰った。しかしこの瞬間、その危険性に思い当たらなかったのだ。
『グ、ガァ‥‥!?』
 強烈な一撃だった。
 鹿はまるで人間の苦しむような声を漏らした後、しばらく痙攣した後その姿を不確かなものにしてゆく。
 大将を失ったイタチ達は色めき立ち、開拓者への攻撃を渋る。
 中には捕らえた人間の所へ行き、それらを食べて回復を図ろうとする者も居た。だがここまできて通す気は開拓者にも無い。
『ギギ、ギィ!』
「あっちには行かせない。まあ、ご愁傷様というやつだな」
 月は単動作で次から次へとリロードし、鉛玉をイタチにぶち込んでゆく。
 弐式強弾撃の効果もあり、練力の込められた弾丸は肉を削ぎながらイタチの体を軽々と貫通した。
 そこへメグレズが再度咆哮を放ち、隙を作る。そして‥‥残ったのは、静寂のみだった。


●救出
 怯える気配がする。
 突如屋根の穴から現れた雪斗に、捕らわれていた人々は「息を潜め、相手を刺激しない」という行動をとった。今まで様子を見にきたアヤカシに対してこうしていたのだろう。
「大丈夫、アヤカシじゃない。味方だ」
 部屋の影になっている場所に固まっている人々。
 そこへ雪斗は優しく声をかけた。震えた返事が返ってくる。
「み、味方?」
「そう、ギルドの開拓者だよ」
 気配が変わり、人々は一気に「助けだ」「開拓者が来てくれた」「帰れる」と喋り始めた。
 ざわつく雰囲気の中、手当てをしようと近づきかけた雪斗がハッと横を向く。
(アヤカシ‥‥!)
 元々建物の中に居たのだろうか、そこにはイタチのアヤカシ三匹がジッと立っていた。眺めている、というより隙を窺っている。
 雪斗は人々に目配せし、正拳突を放つために構える。

 そしてその日、廃寺に響いた大きな音は最後に建物の中で三度したきり聞こえなくなった。


「‥‥村人はっ!村人は無事!?」
 駆け込んできたモユラは雪斗の包帯と薬草により治療される人々を見て、いからせていた肩を下ろした。
 怪我をしている者はほぼ全員。かなり荒っぽい運ばれ方をしたようだ。幸いなのは一番大きな傷で、既に固まった血液により止血されている切り傷くらいということだろうか。
「あっ、手伝うよ!」
 安堵で脱力していたモユラは治癒符を片手に治療を始める。
「本職の手当てじゃなくて悪いケド、今はコレで勘弁してねっ」
「ありがてぇ‥‥ありがとう、開拓者様」
 不安から解放された人々は、疲れ果てながらもどこか安らいだ表情をしていた。
(心配をしていた家族も、これできっと一安心‥‥)
 欠けている人間が居ないことを確認し、水月が優しげな笑みを零した。
 村で待つ家族達はきっと喜ぶだろう。それを思うと水月もなんだか嬉しくなった。
「おや」
 一人の少年の手を取ったところで、雪斗が首を傾げてみせた。
「手に傷があるね‥‥どうしたんだい?古いものも含まれているようだけれど」
 少年――沖光は一瞬どもり、口をぱくぱくさせる。
 しかし思うところがあったのだろうか、すぐに再度口を開いた。
「実は‥‥」
 まず話したのは、兄のこと。
 そして自分の感じたこと、目標、そのためにやってきたこと。
 途中で何度か周りに聞かれぬために小声を挟み、沖光は話し終えた。
「理由は分かったよ‥‥でも、力が強いだけが強さじゃないと思う」
「え?」
「憧れや尊敬の思いは、分からないでもないけどね。‥‥そうだ」
 雪斗はぽんっと手を叩く。
「出来るなら、ここの人達を元気付けてやってくれよ。それも一つの強い男のカタチじゃないかな?」
「‥‥」
 兄ならどうしただろうか、と沖光は考えた。
 兄なら‥‥皆に力強い言葉をかけてみせただろう。
 そしてもしそれを沖光が見たならば、やはり兄は「強い」と感じたはずだ。
 そう、力以外のことに対し強いという念を抱く。それを自覚し、沖光は自分でも知らぬ間に頷いていた。
「色々試してみて、それでも分からない事があったら俺に聞いてみなよ」
 ブラッディのその言葉は、今まで相談相手の居なかった沖光の耳には新鮮だった。
「それじゃあ今度‥‥いや、もう少し練習を重ねてから聞いてみるよ」
 教える方も楽になるくらいには鍛えておきたいからさ、と沖光は笑う。
 本当は構えも何もかも甘い自分を知ってしまい、気恥ずかしかっただけだったりもするが。
「今はまだ未熟でも、目標の為に毎日何かを積み重ねていくなら‥‥きっといつか、それは実を結ぶよ。あたいは、そー信じてる。お互いがんばろっ」
 モユラがにっこりと微笑み、沖光にそう言った。

 彼の夢が叶うのは何年後かは分からない。しかしそこへ到達するまでの道に、きっと沢山の意味が詰まっている。
 それに気付いたならば、きっと‥‥その道を進むのに、苦はないだろう。