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■オープニング本文 この町では酒造りが盛んだ。 近隣の町や村へと売りに行ったり、逆に自ら買いに来る者も多かった。――そこに目をつけられたのだろう。 「このままではいかん‥‥」 酒屋の店長が机に突っ伏して唸る。 この一週間で、酒を卸しに行った者が何人も山賊に襲われているのである。 山賊は近くの町へ向かうために必ず通らなくてはならない峠で活動しているらしく、金品の他に運ぶ途中だった酒まで強奪していった。 「店長ぉ、これじゃあ商売になりませんよぉ」 「情けない声を出すな!」 跡取りである息子に渇を入れ、店長は立ち上がる。 この店は自家製の酒を売り、これまで長い年月続いてきた由緒ある酒屋だ。こんなことで挫けてなどいられない。 「色んなお客がうちの酒を楽しみにしてるんだ。このまま泣き寝入りなんてせんぞ」 「と、父さんカッコいい‥‥!」 「店では店長と呼べ! さあ、山賊退治を依頼しにギルドへ行くぞ」 「‥‥と、父さん、他力本願で情けない‥‥」 「店では店長と呼べぇッ!」 その頃、山賊たちのアジトでは飲めや歌えやの宴会が開かれていた。 「親分、良いトコ見つけましたねぇ!」 「ハーッハッハッ!そうだろうそうだろう。金目のモンは奪えるし酒もたっぷり手に入る。酒豪のワシにはもってこいじゃ!」 子分の言葉に機嫌良く答えたこの男が山賊の長だ。 身長も高く横にも幅がある体格で、鬼瓦のような顔をしており正に山賊といった風体である。髪は綺麗に剃り上げピカピカだった。‥‥本当は自然にこうなった所謂ハゲなのだが、部下には剃っていると話している。 自らを酒豪と称するだけあり、長の足元には沢山の徳利が転がっていた。 「親分、次の襲撃はいつにします?」 「そーうだなあ、たまには甘い酒も飲みたいが‥‥」 おいお前、と柔和な顔つきの男を呼びつける。 彼はその容貌に似合わず山賊の仲間で、町へスパイとしてよく足を運んでいた。 「はい、親分」 「甘ぇ酒じゃ。ああ、甘酒はイカンぞ。口触りの甘い酒を運ぶ予定は入ってるか?」 「それでしたら‥‥果実酒を運ぶ話を聞きました」 果実酒か、と顎をさする。 辛い酒を好む彼にとっては少々甘すぎるかもしれないが、たまには良いだろう。 「じゃあ次の標的は果実酒じゃ!そうれ、みんな今の内に食って飲んどけ!」 大声でそう宣言し、長はグイッと呷って一気に徳利を空にした。 |
■参加者一覧
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
銀丞(ia4168)
23歳・女・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
綾羽(ia6653)
24歳・女・巫
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
チョココ(ia7499)
20歳・女・巫
ベアトリーチェ(ia8478)
12歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●進む護衛班 峠道をガタゴトと音をさせながら下る一行が居た。 運搬業者の男二人の前方に鬼灯 仄(ia1257)と野乃原・那美(ia5377)が、後方には銀丞(ia4168)と痕離(ia6954)がついている。 「人が一生懸命造った酒を奪おうなんて、許せない奴も居たものだ」 「まァ、その山賊たちをとっちめればタダ酒が飲めるんだ。酒に始まり酒に終わる‥‥ってのもたまには良いだろう」 後ろについて行きながら、そう痕離に答えて銀丞は笠の位置を指で調整する。 銀丞は笠を目深に被り服装を単衣と外套に代え、パッと見はただの杖にしか見えない仕込み杖をついて変装していた。 痕離も女に見られては侮られると考え、サラシで胸を潰し服装も業者と同じものに着替えている。道の端には崖があり、そちらにも気を配って移動していた。 「俺も痕離に同意だな、自分の酒くらい自分で買えと言ってやりたい」 会話が前を歩く彼の耳にも入っていたのだろうか、仄が腕組みをしてそう言う。 仄はこれといって変装はしていなかったが、開拓者とバレぬよう普通の護衛といった風に振舞っていた。腰に携えているのも木刀である。 「だが鬼灯も褒美の酒が目当てで参加したんだろう?」 「バレたか」 二人の会話を聞いていた業者が「これだけ酒好きな人たちなら、きっと無事に守り抜いてくれるんだろうなぁ」と冗談交じりに笑った。 「さって、山賊さんはどこで出てくるかな?とりあえず突然襲われるのだけは注意しないとねー」 仄と共に前を歩いていた那美が、片手を目の上に翳してきょろきょろと辺りを見回す。 彼女もこれといって変装の類はしていないようだが、華奢な女性と見て山賊も油断するかもしれない。 そうして一行は峠の中腹まで差し掛かった。 彼らの運ぶ酒は果実酒。それに加えチョココ(ia7499)が事前に流した「美味い酒と高価な物を運ぶ」という噂により、山賊たちには荷物は酒と高価なものだと認識されていた。 しかし本当は大半がフェイクで、樽の一つにはチョココが、荷台の端には布を被り隠れた荒屋敷(ia3801)と他に綾羽(ia6653)、ベアトリーチェ(ia8478)の女性二名が乗っている。 「高級品の噂も流したけれど‥‥今までの行動から察するに、メインターゲットはお酒のようね」 金品がオマケ扱いというのもどうかと思うけれど、とベアトリーチェが山賊の行動に呆れながら呟く。 「どちらが狙われていたとしても、人様のご迷惑を考えない行為‥‥許せませんね‥‥」 低く落とした声音で綾羽は言い、最後に黒いオーラが見え隠れする笑みをこぼした。普段は温厚な綾羽だが、今回は相当怒っているらしい。 「しかし山賊が出るまで待機っていうのも暇だな。寝ちまわないように気をつけなきゃ‥‥」 荒屋敷があくびを噛み殺したその時、石にでも乗り上げたのか荷台がガタンッと揺れた。 「あっ。わ、悪ィ!揺れてぶつかったぜ!」 「大丈夫よ、荷物に当たったから」 そう、ここには治療用具と荒縄の入った袋も一緒に置いてあるのだ。 山賊を生きて捕らえる準備は万端だった。 一方、チョココはその三人とは別に樽の中で待機していた。 他の人と共に待機することを避けた結果だが、一人で居るからこそ考えてしまうことがある。 「隠れたのはいいけれど、このまま樽ごと落ちたり山賊に持っていかれたらどうしよう‥‥」 揺れるたびにちょっぴり不安になるチョココであった。 ●山賊 が あらわれた! それから数分経っただろうか、一行の前に突然五人ほどの男が現れた。 慌てて歩みを止めた一行を確認したのか、別の方向からも男たちが現れ、あっという間に囲まれる。それぞれ手には刃物や鈍器を握っていた。――噂の山賊だ。 「聞いたぞ聞いたぞ、美味い酒を運んどるんだってなあ?」 頭髪の無い厳つい顔の男がドスをチラつかせながら言った。この山賊の長である。 「お前ぇらに恨みはねえが、ワシらはその酒に用があってな。置いてってもらおうか」 空気が振動するほどの低音でそう言い放ち、ドスを真っ直ぐ業者に向ける。大抵いつもここで業者が逃げ帰り成功するのだろう、子分たちもにやにやと笑いを見せていた。 しかし今回は。 「よし、ようやく来たな酒の素」 仄による、どちらが悪党か分からないような笑顔で出迎えられてしまった。 一瞬ぽかんとしていた山賊たちだったが、すぐに長の頭に青筋が浮かび上がる。 「どうやら少し痛い目に遭わなきゃわからねぇようだな‥‥お前ぇらやっちまえ!」 それを合図に武器を携え走ってくる山賊たち。 荷台に隠れていた四人も加え、開拓者たちがそれを迎え撃つ。 「うおおっ!?」 チョココによる力の歪みが真横で炸裂し、驚いて倒れる山賊。 しかしその後ろからも次々と新手が現れてくる。 「綺麗な薔薇には棘があるものよ。さあ、行きなさい我が式よ!」 ベアトリーチェが吸心符を放つと、薔薇の姿をした式の棘が山賊に向かって伸びた。それに触れた瞬間、その山賊の体から力が抜ける。 「弱いですが数が多いですね‥‥皆さん、頑張ってください!」 業者と荷物を中心に護衛していた綾羽が神楽舞・攻を使い、皆を鼓舞する。 殺さぬよう手加減をするのは難しいが、これで手ごわい者を相手にする時は楽になるだろう。 「くそっ、くそっ、葉が邪魔で当たらねぇ!」 「あはは〜♪あなた達の斬り心地はどんなかな♪斬られたい人からかかってきなさい♪」 木葉隠を使った那美は楽しそうに敵を斬ってゆく。 那美は命は奪わないが、それ以外の保障はしない心積もりである。と、そんな彼女の耳にとある山賊の呟きが入った。 「は‥‥はいてない?」 攻撃には蹴りも使用したような気がする。 「‥‥人に刃を向けるってことは、自分が斬られても文句言えないってことだって覚えておくんだね♪」 その山賊の手に握られた刃物を見遣り、胡蝶刀を振るう那美。 何かの鉄槌に見えたのは見間違いだろうか。 予め不動を使い防御力を強化しておいた銀丞は、二人の山賊を相手にしていた。 今回の依頼は不殺が重要なため、まず相手の手を打って得物を落とさせる。 「なんだこいつ、早ぇぞ!?」 そう言ってよろめいた山賊の胴を打つと悶絶の声があがった。 隙ありと振り下ろされた棍棒を仕込み杖で受け止める。ここは狭く隣は崖だ、下手に避けるよりこの方が良い。 「さっき変な術を使う奴も居た‥‥こいつら開拓者じゃねぇか!?」 怯んだ山賊が逃げようと背を向けるが、その足に風を切って飛んできた手裏剣が突き刺さり転倒した。 「ひいぃ!」 それを見て動揺したのか、別の山賊が走り出す。 しかしその前方へ早駆で先回りした痕離――先ほどの手裏剣も彼女が投げたものだ――が先回りする。 「‥‥おっと、残念だが此方は行き止まりだ」 その声と共に、山賊は昏倒させられた。 「おらおら、まさか大の男が逃げる気じゃねぇだろうな!」 及び腰になっていた山賊たちを見据えて荒屋敷が言う。 「ほら、かかってきやがれ‥‥うおおおおぉぉ――ッ!!」 咆哮による雄たけびで、逃げようとしていた山賊の動きがぴたりと止まった。 これ幸いと荒屋敷は木刀を振り上げ、山賊の肩を打ちつけた。山賊はうぎゃっと短い悲鳴をあげ、思わず刃物を取り落とす。 「へん!雑魚が!」 「俺たちが優しい討伐者で良かったな。喜べ、山賊ども」 同じく木刀で鳩尾や喉といった人体の急所を狙っていた仄がせせら笑う。 「何が喜べじゃ、ワシ直々に倒してくれるわ!」 静観していた長が首をボキンボキンと鳴らしながら近づいてくる。 「おう、かかってきやがれ、ハゲチャビン!!」 「‥‥ハ、ゲッ、じゃとおおぉぉっ!?」 琴線に触れる単語だったようだ。 見た目に似合わぬ速さで繰り出されるドスの攻撃を受け止めながら、仄がもう片方の手で脛を叩く。 「ぐ、う!」 「これで終わりだ」 「‥‥いや、むしろ終われ!」 仄が木刀の逆側で腹を打ち、背後から荒屋敷が後頭部を打つ。 口から鋭く息を吐き出した長は、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。 ●償いを 荒屋敷の頼みと綾羽、チョココ両人の意思により、山賊たちの治療が行われた。 もちろんそれは町の人の説教を素直に受けさせる状態にするためなので、山賊たちは荒縄で一纏めに縛られた状態だ。 町に着くと町人たちが出迎えてくれた。 「ありがとうございます、まさか一網打尽にしてくれるとは!」 その言葉に、やられてなお血気盛んな山賊の一部がブーイングをあげた。 「こいつらが開拓者だと分かってたら他の手を考えて勝ってたっつーの!」 「そうだぞ、外から人を雇うなんて卑怯だ!」 「‥‥那美さん、やってしまって」 チョココの呟きに、えいっ♪と那美が縄を引っ張ることで答える。 哀れ、イチャモンをつけてきた山賊たちは木に吊られてしまった。情けなさ倍増である。 「この後どうなるかは他の人にお任せしようかな♪ま、自分達の犯した罪は生きて償えってことだね」 ふふんと笑い、那美は一足先に柚子茶と蜂蜜漬けを戴きに町へと向かっていった。 「お、下ろせー!」 「俺たちどうなっちまうんだ‥‥!?」 「あなたたちのような利用価値が無い人間が、どうなったところで私には関係ないわね」 ベアトリーチェが辛辣な言葉を浴びせかける。それは彼女が召喚した薔薇型の式の棘のように鋭い言葉だった。 押し黙る山賊たちに綾羽が近づく。 「ちゃんと反省しないと、さすがの私でも怒りますよ?」 ごごごごご、という効果音を背負っていると錯覚するような雰囲気だ。しかし笑顔なのが怖い。 「どれだけ村人が苦労してるか、どれだけお客様が困っているか考えたことがありますか?」 「う‥‥俺らだって生活がかかってんだ!」 「ならこんな事をせずに働いてください」 「‥‥」 ぐうの音も出ない。 「まあコイツらのことは煮るなり焼くなり、酒蔵でこき使うなり、吊るすなり好きにしてくれ」 仄が町人たちを見、吊るされた山賊たちを親指で示して言う。 「宴会芸をさせても良いと思うぜ。皆ひっくるめて鼻に五円玉、墨で腹に顔、褌に反省って書いて躍らせりゃ皆の怒りもいくらか解消出来んじゃねぇか?」 荒屋敷の提案に数人の町人が「良いことを聞いた」と山賊を見て笑った。 「あとは掃除だな、反省の定番だ。必要ならば僕も手伝うけれどね」 「酒造りを手伝わせるのもいいわね、どれだけ苦労しているかよく分かるはずよ」 痕離とベアトリーチェもそう提案し、山賊たちを何グループかに分けて罪を償わせることに決定した。 痕離が共に手伝うことにより、山賊たちも下手に逃げたりしようなどとは考えられないだろう。 「さて、残るは‥‥」 さっさと変装を解き、普段通りの服装になった銀丞が言う。 「酒、だな」 ●酒と柚子の香り 待ってましたと言わんばかりの勢いで酒を呷るのは仄だ。 両脇に町娘をはべらし、これまた誰が悪党なのか分からない風体であるが、もちろん村娘たちは自分の意思で彼に酌をしている。 「美人に囲まれ美味い酒を好きなだけ飲める、人生最高だな」 「やだもう、美人だなんて開拓者さんったら〜」 「もっと言って言って〜♪」 町娘は町娘なりに楽しんでいるようだった。 その隣では銀丞がズラッと並べられた酒瓶を相手にしていた。 「それぞれ徳利に移しましょうか‥‥?」 「いや、このまま猪口に注いで飲もう。もちろん全て貰うぞ?肴があれば用意してくれ」 銀丞は各店の名酒を制覇する気満々であった。 さて一口目を、っとグイッと飲むと、各店自慢の酒なだけあり口当たりが大変良い。 これなら全力で飲んだくれることが出来そうだ。 町の綺麗どころを目で追いながら、那美は柚子茶を口に含んでまったりとする。 蜂蜜漬けも嫌いな味ではなく、柚子の良い香りが口の中に広がった。 「はぁ、美味しい♪のんびりするのもいいね〜♪」 その言葉にうんうんと頷くのは綾羽。 「このお酒、香りもしつこくないし‥‥味も良い、ですね」 少し呂律が怪しくなってきているのは、手にしている酒が何杯目かわからないものだからだろうか。 普段大好きなものを我慢している分、反動がきたのだろう。 綾羽の抱きつき癖が炸裂するのは数分後のことである。 「さ、君も一杯どうだい。此処まで大変だったろう?」 痕離がさっきまで共に歩いていた運搬業者二人に向かって杯を傾ける。 「あぁ、かたじけねぇ」 「本当に酒好きなんだなぁ、皆」 酒を受け取った業者の一人が痕離の足元を見ながら言う。 そこには既に空になった空き瓶が一本あった。 「ここの酒が美味いというのもあるがね」 「はっはっはっ、またいつでも来てくれ!」 「そうだ、そっちの嬢ちゃんもこれ飲んでみないか?」 え?と呼ばれたチョココが首を傾げる。 「うちの親が作ってる酒なんだ。それとも酒にゃ弱いかい?」 「いや、そんなに弱いわけでは」 「じゃあ一杯!」 トクトクと注がれた酒をくいっと飲み干す。 麦焼酎だ。あとはこっちが米、あっちのが蕎麦、と説明を受けながら頷く。 それを羨ましそうに見ているのはベアトリーチェだった。 そうっと酒瓶に手を伸ばすが、町人に「お嬢ちゃんはこっち!」と柚子茶を手渡される。外見通りの年齢だと思われたようだ。 「私も‥‥飲んでみたかったわ‥‥」 むう、と残念そうに柚子茶を飲むが、その味は酒にも負けず劣らずのものであった。 「なになに、それが柚子茶?」 興味を持った荒屋敷が覗き込む。 「すげぇ良い匂いだなぁ。あ、おばちゃーん!俺にもこれくれないかー?」 町のおばさんを呼び止め、柚子茶を持って来てもらう。 こうして、開拓者たちは酒と柚子に舌鼓を打ち、この事件は幕を閉じた。 その後ここに酒を狙う迷惑な山賊が現れた、という話は聞かない。 |