アヤカシとよばれた女
マスター名:まこと
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/02 03:33



■オープニング本文

 数年前にアヤカシに襲われた村があった。
 やっとのことで復興し、徐々にではあるが人が戻ってきた。
 さぁこれからだというときに、人が消えた。
 一人、二人と若者ばかりがいなくなる。
 村は開拓者ギルドに事態の打開を求めた。
「きっとアヤカシだ。数年前に退治したはずのアヤカシが生きていたのだ!」
 村人は真摯に訴えたが、ギルドの調査は遅々として、アヤカシは一向に捕まらない。
 そうしている間にもまた一人、若者が消えていった。
「こうしてはおれない。我らの手で何とかしなければ!」
 村の家長が集まり話し合いが持たれた。
「そういえば、数年前のアヤカシ騒動の時、唯一生き残った童がいた」
 ぽつりと誰かが言い出した。
「そうだ、最初に被害にあった家だったのにあの幼女だけは最後まで無事だった」
 息子を亡くした者が怨嗟のこもった声で言った。
「きっとあの娘がアヤカシを呼んだに違いない!」
 開拓者ギルドでも分らなかった真実に気づいたと長達は気勢を揚げた。
 そして、独り者の娘の家が囲まれた。
 直接手は出さないが、周りを煌々とした炎で包囲し、昼夜交代で見張りを立てた。

「ヤバイヤバイ! 人が死ぬ!!」
 開拓者ギルドに駆け込んできた職員の言葉に、騒がしかった屋内はしんと静まり返った。
「職員さん、依頼の完了報告に行ったんじゃなかったのか?」
 馴染みの開拓者が声をかけたが、剣幕に驚き椅子から立ち上がったままの姿勢である。
「そうなんだけど、村人がパニック状態で手がつけらんないんだ!」
 慌てた様子の若い職員は、荒い息を吐きながら告げる。
「守秘義務という言葉をお忘れではございませんか? 続きは奥でお願いします」
 冷静な声にハッとした若い職員は、周りへの謝罪の言葉と共に奥に消えていった。

 緊急の依頼がギルドから公示されたのは、半刻後だった。


■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
月酌 幻鬼(ia4931
30歳・男・サ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
田中俊介(ib9374
16歳・男・シ
ヒビキ(ib9576
13歳・男・シ


■リプレイ本文


 かつては意趣を凝らした細工作りが盛んだったという村には盛況だった頃の面影はみえず、数年前のアヤカシ騒動の名残か、どこか暗い雰囲気が漂っていた。
「‥‥良くない、ねぇ‥‥」
 現場に急行した誘導班のケイウス=アルカーム(ib7387)が眉宇をひそめる。
 少女の住まいらしき木造の民家は周りを隙間なく木柵で囲まれていた。
 煌々と焚かれた篝火と四方で警戒する村人が小さな村に似合わない物々しさを醸し出している。
「おぉーい、開拓者だぞー、問題解決に来たぞー、集まれぇぇえー」
 月酌 幻鬼(ia4931)の声に家の周りを遠巻きに囲んでいた人々が視線を向ける。
 噂に尾ひれでもついたのか、近隣の村からも人が集まっているようだ。
「今更のこのこやってきて何のつもりだ! 昨日また一人消えちまったんだ!!」
 村人らしき初老の男性が凄まじい剣幕で捲し立てる。
「もう我慢ならん! ギルドも弱腰じゃてわしらで落とし前をつける! お前らはそこで黙って見てろ!!」
 そうだそうだと言う声と共にいきり立った村人たちが木柵に火を点け始めた。
「あんまり、おいらを失望させないで欲しいな」
 静かに激怒するヒビキ(ib9576)は、誘導班で最も速く村に到着していた。
 今まで少女の住まいに実力行使がなされなかったのは、彼の尽力に他ならない。
 ギルドから依頼された正規の開拓者だと言うヒビキの言葉に、村の長達はにべも無かった。
 10歳程にしか見えない外見とこの辺りでは見かけない修羅であることが災いしたのだが、それでも彼は最善を尽くし今に至る。
「人の話を、聞けぇえぇえぇええええええっ!!」
 月酌の猿叫に驚き、松明から木柵に火をつけようとした格好のまま動きを止める村人達。
 すかさずケイウスが再生されし平穏を奏でる。
 詩聖の竪琴から爪弾かれた音色に気勢を削がれた村人を前にケイウスの声が響き渡る。
「ここまでするって事は、証拠は掴んであるんだよね?」
 村人の反応は2つに分かれた。
 反論しようとする者と下を向いてしまう者。前者は多数であり、後者は少数であった。
「女の子がアヤカシやその仲間だって考えてるみたいだけど、女の子が人を手に掛けるのを見たの? それとも、その子がアヤカシを呼んだ所でも押えたとか?」
 反論する村人の話は憶測や推測の域を出ないものばかりだった。
「‥‥よく考えてね。これ以上の事をしたら、『間違いでした』じゃ済まなくなるよ?」
 諭すように話すケイウスに村人はお互いの顔を見合わせた。


 誘導班のいる正面に殆どの村人が集まったお陰で、救出班は難なく少女のいる民家の勝手口に辿り着いた。
 ギルドで借りた馬の隠し場所を探すために時間を取られたが、おおよそ打ち合わせ通りに事が進んでいる。
 今のところ火のついた木柵は一部のみで、この家に類焼する恐れも無さそうだ。
 神座亜紀(ib6736)はムザイヤフで撒菱の見た目を貴金属に変え、雲母(ia6295)は眼帯を嵌め直した。
「始めよう」
 田中俊介(ib9374)の囁きに無言で頷く二人。
 固く閉ざされていた勝手口は早々に諦め、3人は小窓から中を覗き込む。
 開拓者の力や技を持ってすれば破壊や開錠は容易い扉だが、少女の胸中を思うと強行策は憚られた。
「どうして私だけ置いていったの‥‥‥‥」
 部屋の隅でうずくまる少女の吐露。
 その声はかすれ、頬には涙の跡が見てとれた。
「あなたを助けに来たよ。裏口を開けてくれないかな」
 突然掛けられた言葉にびくっと肩を震わせた少女は、恐る々々周囲を見回した。
「開拓者ギルドからの依頼を受けてあなたを助けに来たんだ」
 重ねて言う神座をみとめると少女は力なく首を振った。
「もういいんです。お母さんもお父さんもいなくなって、ずっと一緒にいてくれるって言ってたお姉さんも今日は来てくれなくて、きっと捨てられちゃったんです。わたしがいるとアヤカシが来ちゃうから、いないほうがいいんです‥‥」
 そう言うと堪えきれなくなったのか嗚咽を漏らし大粒の涙をぽろぽろと零した。
「これはあなたの為だけじゃない。このままじゃ村の人が取り返しのつかない罪をおかしちゃうかもしれないんだよ。ボクはそうなって欲しくないんだ」
 神座の心からの言葉にも無言で首を振り続ける少女。
 頑なな少女に声をかけようとした雲母は、その超越聴覚で何かが風を切るような音を捉えた。
「なんか来た」
 気配に気付いた田中が空に視線を向ける。
 直後、爆音と共に屋根が消えた。
「ちわー、開拓者どえーーーーーす!」
 どんがらがっしゃーんという冗談のような音を立てて、家の中にバンザイの姿勢で着地した大男は、上下左右を見回し、少女を捕捉すると眼前に急行して過剰な身振りで怪しく踊りだした。
 頭には神座が投げた撒菱が髪飾りのように輝いている。
 十字手裏剣を投げようとしていた田中を制し、大男に誰何したのは雲母だった。
「貴様、喪越(ia1670)か?」
 大男は少女から視線をずらすと、只の塀と化した壁越しに3人を見とめる。
「よぉ、アミーガ。覚えててくれるなんて嬉しいね。そっちのアミーゴは初めましてかい? 俺は天儀を旅して歩くフーテンの喪越、ヨロシク」
 独特のリズムを刻みながら話す喪越に、虚をつかれながらも律儀に挨拶を返す田中。
 神座は何ともいえない表情で1年と少しぶりとなる喪越に挨拶をするのだった。


「アヤカシだ! アヤカシがあの娘を連れにきたんだ! ほらみたことか!!」
 誘導班は、恐怖のあまり火矢を射掛けようとする村人と、事態の進展に色めきたった野次馬を抑えるのに四苦八苦していた。
 なにせ人数が多い。力ずくで無力化したい誘惑に駆られるが、ギルド依頼を受けた正規の開拓者と名乗っている手前そういうわけにもいかない。
「くそがっ、準備のいいことで!」
 悪態をつきながら村人の持つ矢と弓を破壊してまわる月酌。
「この村の長はどこだっ!」
 早駆、三角跳を駆使して人の波を押し戻すヒビキ。
「向こうに飛んでいった男は人間ですか!?」
 屋根の無くなった家を気にしながらも致し方ないと夜の子守唄を奏でようとしたケイウスだったが、その指は途中で止まった。
「でかいアヤカシだ!!!!!」
 家を指差す村人の視線の先に、巨大な龍が今にも村人を襲わんと顎を開き襲い掛かってくる様が見えたからだ。
 先程の屋根の爆発にも、柵があるから、距離があるから、相手は少女だから、開拓者がいるから大丈夫だと思っていた人々は大混乱に陥った。
 我さきにと逃げ出す人、それにぶつかる人、叫ぶ人、腰が抜けて動けない人。
 迎撃しようと走り出した月酌の視線の先に、屋内が丸見えの家と大きな男が映った。
「たしか陰陽師の‥‥」
 同じく武器を構え走り出したヒビキとケイウスに叫ぶ。
「味方だ!」
 短い言葉で状況を把握した2人は、依頼を受けたが合流していない人物を思い出す。
 そうこうしている間にも龍は好き勝手に暴れ、村人の阿鼻叫喚の声があちこちで響き渡る。


 少女の家だった場所には、吹き飛んだ屋根の木片が今もパラパラと空から舞い落ちてきている。
 あまりの事態に少女はただただ驚いていた。
 喪越と呼ばれた大男が何かをすると巨大な龍が村人に向けて飛んでいくのが見えた。
 いつもいじわるばかり言っていたおばさんも、早く村から出て行けといったおじいさんも、みんなみんなひっくり返ったりコケたりしている。
「大龍符っていってな、実体を伴わない式なのサ。でかいハリボテだな」
 喪越は自慢げな顔で少女に説明しつつ、その頬を両手で引っ張った。
「ほら笑え笑え。じじーもばばーも頭固くていけねぇや。こんな可愛いセニョリータがアヤカシだなんて冗談にもホドがあるぜ。この村にはアヤカシの気配はこれっぽっちもねぇ。セニョリータもアヤカシじゃねぇ。陰陽師の俺が言うんだから間違いねぇ!」
 そう言って喪越は豪快に笑うと後はまかせた!と叫んで大龍符から逃げまどうと見せかけて村人を巻き込み、斜面をごろごろ転がり上がっていった。
「引っ掻き回して丸投げ、か」
 苦い顔をしつつも、少し心がすっとする。
 勘違いで少女を苦しめた村人にはよい灸になると思ってしまう。
「ふふっ、くすくすくす」
 少女の小さな笑い声が響いた。
 笑顔には程遠い、くしゃくしゃの顔で小さく笑って泣いている。
「よーし、怖かったろう、おねーさんが助けてあげる」
 少女は頷くと雲母の手を取った。


 村の近くに繋いである馬の元へ向かう救出班と少女。
 後方からは大捕り物のような派手な音が聞こえる。
 誘導班と喪越が大暴れしているのだろう。
 前方に馬の手綱を持った数人の集団が見えた。
「お前らに頼んだのはアヤカシ退治だ! その子を連れ出せなんて頼んでねぇ! 勝手なことするな!」
 ギルドから貸し出された馬の手綱を握っていたのは数人の老人だった。手には物騒なものを持っている。
 無言で進み出た神座が栄光の手を掲げアムルリープをかけようとした。
 その手を田中が静かに止める。
「じい様! 何やってんだよ!」
 荒い息で飛び込んできた若者の一団。
「あやかちゃん!!」
「お姉さん!」
 飛び込んできた娘が少女を抱きしめた。
「生きていたのか?」
「お前、アヤカシに攫われたんじゃ?」
 老人達から驚きの声があがる。
「俺らはっ、昔みたいにっ、活気がある村にしたいんだ! だから! 職人に弟子入りしたくてっ、村を、出たんだ!」
 ずっと走っていたのであろう。服はあちこち汚れ、玉のような汗を流す若者はそれでも大声で叫んだ。
「それならそうと言ってくれれば」
「言ったさ! 何度も言った! でも、村長も長達も、この村を捨てるのかってそればかりでまともに話なんて聴いちゃくれなかったじゃないか!」
 別の若い男が叫ぶ。
「それは‥‥わしらは村のことを思って‥‥‥」
「そ、それに、現に今だってアヤカシが暴れているではないか!」
 虚勢か、怒鳴り返す老人に雲母の声が被さった。
「さて、人間とアヤカシどちらが凶悪なのかね」
 どこからか取り出した煙管を吹かしながら言う雲母の視線は、老人達が手にする得物を眺めている。
「彼女は、安全な所に連れて行く。そうすれば、あんた達だってとりあえずは安心だろうさ」
 いつの間にか合流していたヒビキが静かに言う。
「その子をまだ疑ってるならなおの事、この先はギルドに任せた方が安全だと思うよ」
 詩聖の竪琴を奏でるケイウスの言葉に老人達は萎えたように大人しくなった。
 そのまま若者達に引っ張られ村へと戻って行く。
「しつれい」
 田中が少女を馬に乗せる。不安げに見ていた娘も馬に乗せ、一行は穏やかにギルドへと向かうのであった。


 突如現れた龍のアヤカシは開拓者が見事に打ち倒した。と、村人は思っている。
 そう思うように仕向けたので思ってもらわなければ困る。
 そもそもアヤカシでも何でもなく一介の陰陽師が出した大龍符の仕業である。
「はぁ、もう大変なことを‥‥いいですけどね。それでもちょっと壊しすぎですよ。気は晴れましたか?」
 疲れた顔で説教をするのはギルド職員の偉いさんである。
 喪越は自分の耳に指を突っ込み、あーあー聞こえない等と言っている。
「例の少女、あやかちゃんでしたっけ? アヤカシってからかわれてたらしいですよ。あの村ができてから近隣でアヤカシが出たことがなかったらしく、からかうぐらいで済んでたんでしょうね。でも数年前に本当にアヤカシが現れて‥‥」
 説明するのは調役の青年だ。
「普通ならアヤカシの仕業だとすぐに分るのですが、耐性のなかった彼らにはそれが判らなくて被害が広がったようです」
「平和ぼけってやつか」
 月酌が苦い顔で言を紡いだ。
「まぁ、そうですね。そして、平和ボケから過剰な警戒に針が振れた」
「何か不味い事がある度に呼び名が似ているだけの、折角生き延びた彼女が槍玉に挙げられていたようです」
 不機嫌な様子で報告を終える調役。
「これからは襲われた人々の精神的なお世話も必要ですかねぇ」


 あの騒ぎの後、村から消えた若者は全員無事が確認された。
 開拓者ギルドからは、アヤカシはおらず単なる行き違いだったと正式に発表された。
 作戦日の前日に消えた娘は、村の状態に危険を覚え、連絡を取っていた若者に知らせに行っていたのだった。
 件の少女は一旦ギルドで保護することとなった。
 彼女の意思を尊重するが、とりあえずはギルドで行儀作法等を教え、裏方をしてもらうことになった。
 少女を案じ、一昼夜走り続け、若者達を連れ帰った娘も一緒にギルドにいる。
 名前以外は少女と同じ身の上だった彼女はすっかりギルドに馴染んでいる。
 窓口業務をするのも間もなくだろう。

 アヤカシに怯えていた村では、ギルドの仲介で老人達と若者達との会合が持たれた。
 今はまだぎくしゃくしているが「二度と同じ過ちは繰り返させない!」と息巻いているのは、会合に参加しているギルド職員である。
 余談だが、人が死ぬ!とギルドに駆け込んできて怒られていた職員が中心となって会合に参加している。最初に上手く説明できず揉めてしまったせめてもの罪滅ぼしらしい。

 そして今夜。村では平和を祝って、花火が打ち上げられていた。
 見上げる村人の顔は晴れ晴れとして少し前まで村を覆っていた暗い雰囲気はもう無い。

 ドーンという音と共に一際美しい花が夜空に咲いた。