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■オープニング本文 石鏡。 かつて天儀王朝に仕え、祭儀を執り行っていた神官組織――それが独立して氏族を為した事を起源とする、巫女発祥の地である。 首都の安雲(アズモ)が安須神宮と言う名の巨大な遺跡の上に構えられていたり、国内の各所に多くの神社が存在していたりと、何とも神秘的な要素を多く内包したこの国。 それ故か、巫女に限らず国に仕える者の中には、敬虔な精神を持ち合わせた者が比較的多数存在している訳なのだが。 それはそれとして。 ●修羅の橋 「む? 貴様等‥‥巫女か?」 安雲から僅かに離れた場所、幅の広い河川には大きな木橋が架かっている。 そこを安雲へ向かう数名の巫女達が渡ろうとすると――丁度その中腹にて、仁王立ちする大男の姿が目に入った。 おっかなびっくり近付けば、射抜く様な視線で睨み付けながらそう尋ねて来る男に、一行はビクリと肩を震わせる。 「え、ええ、その通りですが、何か――」 「うむ、貴様は合格。通るが良い」 「は?」 先頭を往くのは、年の頃15歳程の巫女の女性。彼女が口を開けば、途端にそんな事を言いながら道を譲る様に大男は横へ退いた。 一行は訝しく思いながらも、そそくさと逃げる様に先へ抜けようと――した所、『合格』の巫女が抜けた時点でまた男が立ち塞がり。 「な、何ですか? 私達、先を急ぐので――きゃっ!?」 突然、一人の女性の細腕が丸太の様な腕に掴まれ持ち上げられると、仲間達は驚き後ずさる。 「貴様ぁ‥‥巫女でありながら、何だこの格好は!?」 「え、ちょ、何が‥‥」 「何がでは無い!! 何故神聖な装束の袖をこんなにも切り取っている!? これでは腋が丸出しでは無いかッ!!!」 ポカーン――――。 一人がなりたてる大男を余所に、そんな擬音が聞こえた気がした。 「あ、あの、巫女と言えど服装は自由だと思うのですが‥‥」 「戯け! 巫女は巫女で然るに正当な巫女であるからこそ萌えがある!! 最近の者共にはそれが分かっておらぬのだッ!!!」 「いえ、そんな事言われましても――」 「かく言う貴様も貴様だ! 何なのだその破廉恥な丈の紅袴は!! ‥‥しかもスカートだと!? それではちょこっと風が吹いただけで、ビックリドッキリわぁおなハプニングに視線が釘付けになってしまうではないかッ!!」 焼き尽くさんばかりの視線を足に注がれ、恥かしげにスカートの裾を押さえる巫女。 そんな彼にもう我慢できないとばかりに、仲間の男性陣が歩み寄れば――いよいよ大男も『くわっっっ』と鬼の様な形相となる。 「おいおま――」 「だあぁぁぁぁっ!! 野郎の巫女なぞ見たくも無いわ!!」 「何だと!? って言うかお前、さっきから何なんだ!! 俺達は先を急ぐんだよ、お前の遊びに付き合ってる暇なんて無いんだ!! さあ、退いた退いた!!」 「ならぬ!! 萌えの無い巫女を、この先へ通す訳にはいかぬのだ!! 今は他大陸の影響で、装束も多岐化の一途を辿り‥‥それ故、古き良き巫女萌え文化も着々と退廃しつつあるこの時勢。なれば今こそ、我等正当なる巫女萌えの精神を持つ者が立ち上るべき時なのだ! 古き良き巫女萌え文化を護る為ッ!! 我はッ!! あえて修羅となりッ!! この橋上にて安雲と余所とを分け隔てッ!! 巫女よろしく萌える巫女と萌えない巫女の分別を果たそうぞッッッッ!!!!」 ――――――――。 ●ダメダコイツ 「駄目だこいつ、早く何とかしないと‥‥」 翌日、件の橋を一人渡りきった巫女の女性から齎された依頼内容に目を通すや、呆れきった様子で呟くのは開拓者ギルドの案内役を務める緑髪の女性、安藤亜紀(あんどうあき)。 ちなみに彼女の仲間の巫女達(男女2名ずつ)は結局通して貰えず、最寄の村で立ち往生を喰らっているらしい。 回り道をしても良いのだが、そうすると通常の三倍以上の時間を食ってしまう上、あんな危険人物をこのまま放置しておく訳にも行かず‥‥。 と言う訳で、開拓者達にその成敗が委任されるに至ったのだ。 「別に巫女の格好だの萌えだのはどうでも良いけど、この思い込みの激しさと了見の狭さからして、話し合いの余地もない感じ。ええと、それで相手の詳細は不明っと‥‥ただ、志体持ちの可能性もあるから十分に注意する様に、との事ね。ああかったる‥‥」 亜紀は書類を片手に早口で説明を済ませると、一言ボソリと呟いて傍らの大福を一口頬張り。 「はむはむ‥‥んく、遠慮はいらないわ。数人掛かりでさくっと殺ってきなさい」 そんな言葉と共に、開拓者達を見送るのであった――。 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
斎賀・東雲(ia0101)
18歳・男・陰
舞 冥華(ia0216)
10歳・女・砲
朔夜(ia0256)
10歳・女・巫
皇 輝夜(ia0506)
16歳・女・志
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
華美羅(ia1119)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●もえ? なにそれおいしいの? 「なんや面白そうなにほひが」 ギロッ、と受付嬢亜紀の視線と言う名の非実体攻撃が斎賀・東雲(ia0101)に突き刺さった。 「‥‥げふんげふん。迷惑なニーサンには早々にご退場願わんとあかんよな☆」 「ふむ、普段から改造巫女服を纏っている私には他人事ではない依頼ですね」 微妙に会話が成り立っていない気もするが、そう言う華美羅(ia1119)の巫女装束は腕どころか脇とか横乳とか脚とか普通に出てしまっている、爆裂仕様。 彼女が橋を通れば、間違いなく追い返されるだろう。それ故か、表情は東雲に比べて幾分か真剣そのもの。 「逞しい大男が力づくでとおせんぼ‥‥ああ、どんな事をされてしまうのか、今から楽しみです」 全力で前言撤回。 「‥‥橋の中央に仁王立ちで橋を通る巫女を止める、のぉ。100人止めたら退いてくれるとかはないんじゃろうか」 長い間を取って、ボソリと呟くのは神町・桜(ia0020)。けれどその内容はボケ属性。 「そんな簡単な話なら助かるんだが‥‥いや、しかし相手が萌えと言う理念に拘っている以上、そう簡単には腰を動かすとも思えないな」 対する皇 輝夜(ia0506)、ツッコむと見せかけて真面目に考えてる。しかも自身の萌え理念と照らし合わせながら。 (「‥‥コイツらで本当に大丈夫なのかしら?」) この時点で既に、亜紀は胸騒ぎがして仕方なかったのだとか。 そんな中、今まで考え込んでいた斑鳩(ia1002)が口を開いた。 「萌え‥‥ですか。私にはよく分からないんですけど、きっと彼にとっては譲れないものなんでしょうね。 とりあえずどうすればどいてくれるかは分かりませんけど、一度話をしてみない事には仕方ないでしょう」 「いや、だからサクッと‥‥」 「ん、冥華、もえは愛玩動物とかに向ける好意と執着ってきいた。 もえる巫女ともえない巫女‥‥ごみの分別?」 「誰が上手い事を言えと」 舞 冥華(ia0216)に全力でツッコんだ後、疲れ果てたのか亜紀は卓に突っ伏してしまった。 その様子を見届けながら、朔夜(ia0256)は淡々と、感情の起伏の少ない表情と口調で語る。 「‥‥変わった人。変わっているのは悪ではない、でも他人の邪魔をしているのなら、それは糾弾の対象。 後、よくわからないけど萌えという括りで巫女を見ているのは何か間違っていると思う」 亜紀に聞かせてやりたい。それ程に正論。 残念ながら手遅れだが。 「巫女の皆が多くなりそうな依頼だからね、心配だったんだ。 僕は騎士として、巫女の皆を守る!」 ジルベリア伝来の騎士風装束を着込んだ天雲 結月(ia1000)がグッと両拳を握ると、その弾みにミニスカートな袴が微かにふわっと浮き上がる。 美脚と言わざるを得ない。 「ホンマにおもろくなりそうやで、これは‥‥♪」 そんな仲間達を見遣りながら、東雲――の肩に乗っている雪だるま人形(ユキちゃんと言うらしい)がカタカタと喋りながらほくそ笑んでいた‥‥いる気がした。 ●初見 〜ファーストコンタクト〜 「む、何だ貴様等は?」 自分へ向けてずかずかと橋を踏み鳴らしながら、真っ直ぐ歩み寄ってくる団体――即ち開拓者に、尋ねるのは件の大男。 すると、その目前まで来て一番に歩み出たのは華美羅だっ―― 「こんにちわ、私、開拓者のカーミラと申します。 あらあら、お話に伺っていた通り、逞しい方ですわ。この分厚い胸板、割れた腹筋、男らしい面構え‥‥ふふ、巫女がお好きなのですって? でしたらぁ‥‥ほら、こう見えても私も巫女なのですよ♪ こう言う色っぽいのも、良くありません?」 「それはもう、辛抱たまら――ではなく、何なのだ貴様は!! さっさと離れ‥‥」 「あわわわ、やーーーめーーーてーーー!!!」 顔を真っ赤に染めるお年頃な乙女☆結月の攻撃! 「うばらべらぁぁぁっ!?!?!」 「「「「「‥‥‥‥」」」」」 橋の向こう岸の方まで吹っ飛んでいった大男を、一同は目を点にしながら見送っていた。 ●仕切り直し 〜テイクツー〜 「コホン。これがその男かの。説得といったはいいが、正直この手の輩に関わりたくはないがの‥‥」 先の一件で、男が志体を持たない一般人だと判明。(その割に大分タフだが) そんな彼の怪我を神風恩寵のスキルで治療しながら――桜は、ふと聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。 すると。 「何をぶつぶつ言っているのだ少年?」 「‥‥っ」 「む、どうした、肩など震わせて? 辛いのであらば、無理して治してくれなくとも良いのだぞ。と言うか、我の主張的には『男の娘』よりも正真正銘の娘巫女でなけれ‥‥」 「だ・れ・が・男じゃーーーーー!!!」 「わあぁあぁああぁぁぃ?!?!」 ●再三 〜テイクスリー〜 「‥‥巫女萌えに共感はできる」 最早痛々しい見た目な大男を前に、そう切り出すのは輝夜。 ちなみに、そんな彼を見詰める華美羅の視線が何処か羨ましそうなのは――気のせいだと思いたい、うん。 「だが、自己が持つ萌えの定義を他人に押し付けていいわけじゃない。 世界には様々な萌えの形がある。十人十色、人それぞれなのだ」 「‥‥‥」 「だんまりか? そもそもお前は何を考えて――」 「正統派結構! 古き良きスタイル結構! ストイックで控えめ、だがガード固めと見せかけて、袴の脇辺りに隙があるっちゅー色気を感じさせる正統派巫女は確かに萌えや!!」 突然、輝夜の言葉を割って入って来るのは、やはり東雲。 ――青筋、浮かんだ気がしたけど気のせいですよね、輝夜さん? 「せやけど巫女萌えを名乗るなら、古きも新しきも全てを受け入れた上で巫女萌えを名乗らんかい! 正統派も、ミニ袴も、男巫女も、全部に良さを見出し萌えてこそ『巫女萌え』を堂々と名乗ることが出来るんとちゃうんか!? 今のアンタはただの『正統派巫女萌え』や! 巫女萌えとちゃう!」 「ふん、貴様に何がわか‥‥」 「そうそう、男巫女はアカンゆうけど、べっぴんな兄さんや美少年もアカンの? 男の娘な巫女って萌えやん。 って言うか、さっき桜に萌えとったんは男の娘萌えとちゃうん? 俺は似合わないのに無理矢理着せられるっちゅーのも結構もがぱっ」 「案ずるな、峰打ちじゃ」 薙刀を構えてにっこり桜ちゃん☆ 「‥‥あなた達の言っているのを聞く限り、萌えとは容姿的な物と解釈した。 と、ここで淡々と口を開くのは、桜と外見同年代の朔夜。 「結論、愚昧」 はっきりと仰る。瞬間華美羅が悦に浸りながらブルッと身震いをした気が以下略。 「人を外見でくくるなんて。人の有り様は人の行いと心で決まる、そう母様や父様が言ってた。 姿が巫女なら中身を気にしない、あなたのやっているのはそういう事に見える。 そもそも流入を防ぐより教育に力をさくべき。あなたが古き巫女を守りたいというなら、安雲の中でそれを説く方が良い。 ‥‥無論強制ではなく、人が集まるのを待って」 ガバッ、と起き上がる東雲。彼も開拓者と言うだけあってか、幾分かタフである。 「せ、せやな、朔夜の言う通りやで。こないなとこでちまちま受身でやっとらんと、自分から世界中回って巫女萌えを広めた方がええんとちゃう? その方が巫女萌え布教も進むと思うんやけど」 「‥‥‥のだ」 「――へ?」 「貴様等に‥‥我が苦悩の何が分かると言うのだあぁぁぁっ!!!」 突然、ガバッと躍り出て飛び掛ってくる大男。 その進路上には、僅かに驚き目を見開いた朔夜の姿が――! 「やめて!!」 次の瞬間、男の丸太の様な腕はそれよりも遥かに華奢な見た目の結月の手に掴まれていた。 握力が込められれば、男の顔も僅かに歪む。 「僕が巫女さんよりも力があるって事、もう知ってるでしょ! 皆に迷惑をかけるなら、容赦はしな‥‥!?」 その時、橋上に一際強い風が。 「やんっ!?」 「うほっ!!」 白。 「み、見たでしょ!? そうやって女の子の困る所が見たいんだよね? 変態っ!!」 「ふふふ、眼福な上そんな風に罵られてしまうと‥‥感じてしまいますわ♪」 華美羅さん、貴女も十分眼福です。 「ち、違う!」 「な、何が違うの!! だっておじさん『も』見たんでしょ!!?」 「バッチリ見たが、そう言う事ではない! 我が此処に立つ理由を‥‥貴様達は真の意味で理解してはいない!」 「え‥‥?」 思いもよらぬ言葉に、唖然とする一同。 すると大男は態度を一転、僅かに表情を引き締めると静かに語り始めた。 ●真意 「‥‥確かに、貴様達の言い分はいずれもは真だ。 正直な所、我とて改造巫女服が嫌いな訳ではない。寧ろそそる。否、巫女でなくともそそる。だが我はあえてそれを抑え、此処に立っているのだ」 それは、今までの彼の主張とは矛盾する内容。 いよいよもって、開拓者達が困惑の表情を浮かべ始める中‥‥輝夜が口を開いて尋ねれば。 「ならどうして、お前はこんな事を――」 「‥‥怖いのだ」 そんな答えが返ってきた。 「萌えとは恐ろしきもの。新たな趣向の装束を見ればまるでアヤカシの様に喰らい付き、我の中で魔の森の様に肥大していく。 それはきっと、誰しもにとって同じ事‥‥だが、ふと気付いたのだ。このままではいずれ、巫女が本来どの様な存在であったのかと言う事を、知る者は居なくなってしまうのではないか、とな‥‥」 皆が押し黙る中――ふと、口を開くのは冥華。 「ん‥‥それで巫女さんの分別してたのは分かった。 けど、どんな服装でも巫女さんは巫女さんだと冥華はおもう。 巫女さんのすきるが使えればそれは巫女さん。それに、必要な儀式の時とかはちゃんとしたのを着てると‥‥着てるよね?」 「無論そう言った場合ならば、相応に身嗜みを整えはするだろう。 ――だが、その様子こそが本来の巫女の本分では無かろうか。 私生活は自由と言え、余りに其処からかけ離れてしまえば‥‥身勝手とは知るが、見てる側としては不安を感じざるを得ないのだ」 確かに誰しもが公私のケジメを付けられる、と言う保証もなし‥‥加えて、文化と言うのは時と共に形を変えていくもの。 極論ではあるが、このままではいずれ誰も元の巫女の姿を知る者は――。大男の行動は、そう危惧したが故のものであったらしい。 「‥‥貴方の考えは分かりました」 ふと、黙って彼の話を聞いていた斑鳩が口を開く。 「けれど、自分が譲れないものを持っている様に他の人も譲れないものを持っているんですよ。 例えば、私が巫女装束じゃなくて泰国の衣装を着ているのは放浪時代に死にかけていた所を泰国の人に助けてもらったからですし。 だから巫女装束を着ていない事を悪し様に言われるのは悲しいです。 萌えとは違いますけど‥‥そういうそれぞれ大事な所を守るのも大切な事だと思います。大事なのは、お互いに尊重しあう事なのです」 「‥‥真だ。我の主張は、巫女の大事な私生活までをも強制してしまう事‥‥傲慢であった。 だが、な。何と言うか、それでも余り露出の多い装束を纏うのはどうかと思うぞ。否、我的には嬉しくあるのだが‥‥」 「え? おじさん、もしかして‥‥?」 視線を向けられた二人‥‥華美羅は確信犯的な笑みを浮かべてはいたが、結月は目を丸くしていた。 「そっかぁ‥‥いい所あるね。けど、こんなやり方じゃ誰も理解してくれないよ? このミニ袴だって、しょうがないの‥‥僕だって本当は恥ずかしいけど。 女の子にも事情がある事を考えなきゃ駄目だよ」 「そうだな。俺に至ってはその結果、こう言う形に落ち着いているが‥‥成程、女子相応のお洒落も両立させるとなると、こうなる訳か。だがこれはこれで‥‥」 まじまじと結月の装束を見詰める輝夜。 大男は何か言いたげ、と言うか混乱している様だが、今は口を紡いだ方が良いだろう。 と、結月が一生懸命といった感じで口を開き。 「――ねぇ! もっと‥‥どこかで皆でお話しようよ! 僕もジルベリア伝来のファッションの事を教えてあげるから!」 「悪くない。が、我は何よりも此度の事、償うと同時に猛省せねばなるまい。 だが、これだけは忘れないで頂きたい。この場所に、一人の巫女を愛する大馬鹿者が居たと言う事を。 其奴は心の底から巫女を愛し‥‥そしてそれを失う事を何よりも恐れていた、と」 「おじさん‥‥」 言い残すと踵を返し、ゆっくりと橋の上を歩み始める大男。 その背中には哀愁が漂っていて、右腕には‥‥。 「ちょっと待つのじゃ」 桜が彼を止める。と言うのも、右腕には。 「ん、冥華、いつの間にか抱えられてる」 「見れば分かるわ! そうでなくて、お主は一体何をしようとしておるのじゃ!」 「否、迷惑を掛けたよしみに、お持ち帰りを――」 「意味不明。と言うかそれ、人攫い。ダメ、絶対」 ぴしゃりと言い放つ朔夜。表情の乏しい筈の目には心なしか、凄まじい非難の色が浮かんでいる気がした。 「ん、冥華ぺっとあつかいはちょっとやだ。けど一緒に遊んでくれたり、頭なでてくれたりするのはちょとうれしいかも?」 「な? 本人もこう言っている事であるし、ちょっと位‥‥」 「良え訳無いやろ!! 寧ろそんなら、俺がお持ち帰りしたるわ!!」 東雲に集まる視線。 「――いや、冗談やで? せやから、そんな冷たい笑顔で得物構えへんでも‥‥」 「まあまあ、それなら冥華さんの代わりに私がお持ち帰りされましょう♪ それならば虐げられ快楽の極み‥‥コホン、もとい問題は無いでしょう?」 何処に問題が無いと言うのだ、華美羅さん。 「い、否、我が悪かった! 彼女は置いていくので、どうかその胸元をしまっ‥‥」 「さあ、沢山虐げて下さいね‥‥?」 「アーーーッ」 「はぁ、実に良い依頼でした‥‥」 お肌つやつやな華美羅は、皆に遅れて朝帰り。 後に依頼人の巫女仲間達の滞在していた村に、枯れ果てた大男が運び込まれたと言う事実は‥‥知らぬが華だろう。 対してげんなりな亜紀は、事の顛末を聞いて溜息を禁じ得なかったとか。 何しろ事の次第によっては、正統派巫女を護る為とまたいずれ行動を起こさないとも限らない結果となったのだから。 「うーん、あの人の主張の裏にある真意を、もう少し予測しておくべきだったかも知れませんね」 斑鳩が呟けば、仲間達も苦笑を浮かべる。 とは言え完全に納得した訳ではないにしろ、橋から大男を自主的に退かす事はできた。これで安雲に向かう巫女達の道中も、当分は安泰であろう。 依頼と言え、人心を解する事の難しさを知りつつ――開拓者達はそれぞれ、一先ずの成功を喜び、互いに労いの言葉を掛け合っていた。 |