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■オープニング本文 ●落城 空が、赤く燃えていた。 ここは、いずこかの城であろう。山中に築かれたその山城の周囲を、鬼の群れが取り囲んでいた。そこかしこに転がる、アヤカシや人の遺体。木でできた壁や櫓はごうごうと音を立てて炎をあげる。 「もはや、これまでか‥‥」 燃え盛る城の只中にて、一人の志士が唇をかみ締めた。 肩からは皮一枚で腕が繋がり、その表情は死を目前に控え、土気色に沈んでいる。武器は無く、鎧も着ていない。ただ手には、一振りの刀のみ。 部屋に、火の手が廻った。 火の粉から引火し、瞬く間に燃え上がる軍旗。 睨み付ける彼の頬が、炎に照らされて朱に染まる。 夜更けの奇襲。 兵士達はおっとり刀で応戦したものの、瞬く間に討ち取られた。 この山城に詰めていた兵は僅か十数名であった。多勢に無勢であったにも関わらず、彼は判断を誤ってしまった。不揃いながらも武装した鬼の群れを前に、所詮は烏合の衆と見くびってしまったのだ。 「やはり、あの小さな赤鬼であろうな」 鬼の群れは、彼の言う赤鬼によってよく統率されていた。いくら劣勢であったと言え、想像以上に早い落城となったのは、それが主要因だった。 「‥‥無念!」 残る望みは、辛うじて脱出させた伝令のみ。 残った右腕で掴む刀。その刃を逆さに返し、己が腹に突き立てた。 ●軍議 「落城か‥‥城兵は尽く討ち死にとは‥‥」 「無念に御座います!」 地図を前にして、唇をかみ締める男。 居並ぶ志士達の中央、烏帽子を被った、指揮官らしき男が地図を睨みつける。 「その後の動きは?」 「ハ、物見の報告によりますれば、敵は二手に分かれまして御座います。一軍は韮山峠へ入り、もう一軍はこちらの橙峠を越えたとの事」 男が地図を一点ずつ指し示し、説明を続ける。 「敵勢の正確な数は不明に御座いますが、各軍それぞれ‥‥150より200程度かと思われます」 「200だと!?」 「両軍あわせれば400‥‥我が軍の倍以上ではないか」 一瞬、静まり返る軍議。 その静寂を打ち破るように、若武者が立ち上がる。 「決戦だ! こうなれば、死を覚悟して戦うしか‥‥」 「うろたえるでない!」 指揮官が、その言葉を遮った。 再び、場が静まり返る。 椅子から立ち上がって、指揮官が地図を指し示す。 「良いか。まず、我々はこの韮山の関に篭る。この城は堅牢だ。我らの戦力は、敵の一軍と対峙するだけであればほぼ同数。関を守りきるは容易い」 「しかしお屋形様‥‥」 「解っておる。敵の第二軍を放置する訳にはいかん。もう片方の敵には、開拓者を当てる」 その言葉に、居並ぶ諸将がどよめいだ。 ●大草城 大草城――二手に分かれた敵、その第二軍が進む橙峠を越えた先に位置する城だ。 北には山、南には平野が広がる。山のある西北から伸びる街道は、峠を下って平野部に出、その後は南東に向かって走る。敵集団は、西北よりこの街道に沿って進軍中だった。 北西から南東へ伸びる街道に沿って進めば、右手、つまり西南の方角には森が広がり、ややすると橋へと至る。この橋をくぐる川は北の山に発し、南へ向けて一直線に、橋をくぐった後は森の中を流れて行く。西南の森は川で東西に区切られている格好だ。 先の橋を渡って暫く進むと南側の森が途切れ、今度は反対側の北、街道のすぐ脇に小高い丘がある。 大草城はこの丘の上に構えられていた。 城としての規模は大きくないが、街道を見下ろす小高い岡の上に建てられており、この街道を睨むには絶好の配置となっている。 この大草城の位置する丘は、面南から南東に掛けては、崖とまでは言わぬものの、激しく切り立っていた。西から北西に掛けての方角はそうでも無いが、こちら側には、各曲輪を半包囲するようにして空堀が掘られている。 南には二の曲輪、東北には三の曲輪が配され、一の曲輪は最も切り立った南東だ。 問題はこの城へと登る坂道で、これは斜面も緩やかな東北から東の方面に、ちょうど「へ」の字に伸びている。三の曲輪と平野を行き来するこの道、此度の敵進軍方向から見れば逆方向になるものの、空堀も無く、堅牢とは言い難かった。 「石垣ではないのですね‥‥」 「むう、申し訳ない」 先んじて城へ訪れた開拓者が一の曲輪へと登り、呟く。彼の言葉に応じて、志士が唸った。 この質素な城には、石垣等は無い。多少の土塁が各曲輪を固め、一部方角では空堀が曲輪を囲むのみ。後は、丸太を組み合わせた質素な壁で防御されているに過ぎない。 一の曲輪には納屋程度の小さな館。二の曲輪には物資を詰め込むための蔵と古井戸。あとは、一から三の各曲輪にそれぞれ一つずつの物見櫓。 これがこの城の全てだ。 一の曲輪から辺りを見回し、志士が開拓者を見やった。 「作戦は、あなた方にお任せします」 「良いのですか?」 「ええ。しかし、何としてもここで敵を食い止めて下さい。ここから先には、半日も歩けば村落が広がっています。ここで食い止めねば、村や田畑への被害が避けられないのです」 単なる農民にとっては小鬼とて十分な脅威だが、そうは言っても、敵の小鬼一体一体の戦闘力は大したものではない。駆け出しの開拓者であっても一対一で負ける事はまず無いし、ある程度経験を積んだ開拓者であれば一度に数体を相手にする事も可能だ。 ただ問題は、とかく数だけは多いそれら小鬼が指揮統率されているという事だ。あるいは弱い固体であるからこそ群れ、指揮官に率いられてこれだけの軍を形成したのかもしれないが‥‥いずれにせよ、降りかかった火の粉は払わねばならぬ。 「何卒、我らに力をお貸し下され」 最後に、彼は小さく頭を下げた。 |
■参加者一覧 / 煙巻(ia0007) / 天津疾也(ia0019) / 万木・朱璃(ia0029) / 涼月 紫穂(ia0047) / 柄土 仁一郎(ia0058) / 北條 黯羽(ia0072) / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 沢渡さやか(ia0078) / 無月 幻十郎(ia0102) / 赤城 京也(ia0123) / 風雅 哲心(ia0135) / 紅(ia0165) / 龍凰(ia0182) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 悠(ia0196) / 井伊 貴政(ia0213) / 当摩 彰人(ia0214) / 犬神・彼方(ia0218) / 南風原 薫(ia0258) / まひる(ia0282) / 高遠・竣嶽(ia0295) / 儀助(ia0334) / 織木 琉矢(ia0335) / 羅喉丸(ia0347) / 俳沢折々(ia0401) / 白狐(ia0419) / 百舌鳥(ia0429) / 真亡・雫(ia0432) / 志乃原 ナナ(ia0471) / 戦部小次郎(ia0486) / 佐久間 一(ia0503) / 東海林 縁(ia0533) / 龍牙・流陰(ia0556) / 北条氏祗(ia0573) / 風羽レン(ia0620) / 那木 照日(ia0623) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 明智珠輝(ia0649) / 天青 晶(ia0657) / 四条 司(ia0673) / 相川・勝一(ia0675) / 吾妻 颯(ia0677) / 鬼島貫徹(ia0694) / 貴水・七瀬(ia0710) / 貴水・一花(ia0713) / 葛切 カズラ(ia0725) / 島本あきら(ia0726) / 鷹来 雪(ia0736) / 香坂 御影(ia0737) / 月城 紗夜(ia0740) / 十河 茜火(ia0749) / 真田空也(ia0777) / 神宮 静(ia0791) / 富士峰 那須鷹(ia0795) / 蘭 志狼(ia0805) / 孔成(ia0863) / 孔雫(ia0864) / 久我・明日真(ia0882) / 立風 双樹(ia0891) / 焔 龍牙(ia0904) / 天使主・紅龍(ia0912) / 桜木 一心(ia0926) / 山城 臣音(ia0942) / 巳斗(ia0966) / 柳生 右京(ia0970) / 四角 迷世(ia0973) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 天宮 蓮華(ia0992) / 天雲 結月(ia1000) / 氷海 威(ia1004) / 小路・ラビイーダ(ia1013) / 阿羅々木・弥一郎(ia1014) / 紫焔 遊羽(ia1017) / フィー(ia1048) / ロウザ(ia1065) / 桜華(ia1078) / 桐(ia1102) / 紫鈴(ia1139) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 輝夜(ia1150) / 睡蓮(ia1156) / 紬 柳斎(ia1231) / 衛島 雫(ia1241) / 鬼灯 仄(ia1257) / クロウ(ia1278) / 滝月 玲(ia1409) / 八十神 蔵人(ia1422) / 喪越(ia1670) / 皇 りょう(ia1673) / 嵩山 薫(ia1747) / 千王寺 焔(ia1839) / 花流(ia1849) / 翠雨(ia1854) / 久坂 宗助(ia1978) / 錐丸(ia2150) / 水津(ia2177) / 斬鬼丸(ia2210) / 雲野 大地(ia2230) / 凪木 九全(ia2424) / 天中主 真名(ia2432) / ルオウ(ia2445) / 細越(ia2522) / 蛇丸(ia2533) / 喜屋武(ia2651) / 真央(ia2730) / 鈴 (ia2835) / 朱音(ia2875) / 犬神 狛(ia2995) / 神無月 渚(ia3020) / 侭廼(ia3033) / 斉藤晃(ia3071) / 連(ia3087) / 翔(ia3095) / 神楽 姫(ia3146) / 飛騨濁酒(ia3165) / 縁(ia3208) / 琴月・志乃(ia3253) / ユウキ(ia3298) / 赤マント(ia3521) / 真珠朗(ia3553) / 海藤 篤(ia3561) / 七折兵次朗(ia3569) / ギン(ia3627) |
■リプレイ本文 ●風雲 街道筋に隣接する大草城。 空は曇り空。晴天、とはいかなかった。 「いやぁ、廃墟の城で野戦なんて萌え燃えシチュだね!」 舶来語を織り交ぜて、朱音(ia2875)は満足げに頷いた。 この地に集まった開拓者の数は、総勢で124名。数だけで見ても、かなりの戦力となった。敵の中核を成すと言われる小鬼の戦闘能力を考えれば、ほぼ互角か、あるいはやや有利とも言えるだろう。 「結構こたえるな、これ」 「だが、ここの防備は薄い。やらねばならん‥‥」 ふうと溜息をついて、腰を伸ばす羅喉丸(ia0347)に、蘭 志狼(ia0805)が厳つい顔を向ける。 その手には鍬。他にも数名の開拓者が鋤等を手に土を掘り返している。そこは、三の曲輪へと至る坂道の途中であった。簡素な門一枚で隔てられた北東の方角を、少なからず補強する為、空堀を掘っているのだ。 羅喉丸に限らず、まず彼等は、現地入りと同時に戦の準備に集中する事とし、事前準備は多岐に渡った。 おにぎりを口に頬張りながら、皇 りょう(ia1673)が坂を上る。その彼が背負う籠にはぎっしりと石礫が積まれている。 「んー‥‥」 「どうや、飯、買わんか」 「え?」 おにぎりを平らげ、ぺろりと指を舐める皇の前に、天津疾也(ia0019)がひょいと顔を出す。 「戦が始まったらおにぎりぶら下げてはおれんで? 干し肉とか保存食要るやろ?」 にいと口端を持上げて、天津が背負った食料を指差す。相手が、細身ながらに大食漢と見抜いての商談。しかるべき適正価格で売り払う。相手も自分も得してこその商売だ。 一方、事が上手く運ばない場合もある。 「これ、漆喰の量が足りてないんじゃない?」 左官道具を手にした井伊 貴政(ia0213)の問い掛けに、北条氏祇(ia0573)が苦い顔をした。 「まずかったな‥‥」 「意外と広いですね」 犬神 狛(ia2995)も、彼の隣で城をぐるりと見回す。 彼らの足元には漆喰の入った桶。だが、物事が計画通りに運ぶとは限らなかった。時間も材料も、そして経験も足りない。木の杭を組んで馬防柵を作るのとは訳が違うようだった。 「泥で代用するしか無いんじゃないでしょうか?」 伐採してきた木を降ろし、水鏡 絵梨乃(ia0191)が北条へと問い掛ける。 「そう、だなぁ」 気まずそうに髭を掻く北条。 漆喰だけでどうにかならぬ以上、止むを得ない事だった。 とりあえず、目下優先されたのは、上記城の補強に加えて野戦陣地の構築、特に、橋を中心とした一帯の防備だ。開拓者達は、この周辺が攻防戦の中心になると睨んでいた。数や質、川という天然の防衛線を加味し、平野部では野戦の準備に取り掛かっている。 「もう少し後ろに願います。こちらには堀を掘ってしまいますから」 じょうろを手にし、戦部小次郎(ia0486)が四条 司(ia0673)に声を掛ける。 当の四条は手を掲げて頷くと、肩に担いだ木材を少し離れてから降ろす。と、数名の開拓者が直ちにその木材を起こしに掛かる。 「誰か。そっちを支えてくれないか」 四条が木を持上げ、ゆっくりと立てかけた。 「持ち上げても良いわよ‥‥」 嵩山 薫(ia1747)はそれを抑え、縄で結ぶ。赤班として纏まって動く彼等は、橋の近くに馬防柵等を設置し、弓対策にと土嚢を作り、積み上げていった。 「いたな」 森の中、息を殺す千王寺 焔(ia1839)。 遠目に街道を進んでいるのは、子鬼を中心としたアヤカシの集団だ。今回、事を起こした敵の軍勢である。 「‥‥装備が良いとは言えない、が」 彼は目を細め、徐々に近付くそれらを眺める。 敵の殆どは簡素な装備で身を固めていた。単純な棍棒等の類が最も多いが、他にも、刀身を裸のままぶら下げた者や、斧や小弓を担いでいる者もおり、一定ではない。 「あとは‥‥ちっ、見つかったか」 馬の背に跨り、腹を蹴る千王子。 アヤカシがこちらを指差して何か叫んでいるのを認めて、彼は素早くその場を離脱した。敵の正確な数までは解らなかった。最も、実際に数えられたかと言われれば、難しかったかもしれないが。 「とり にげだしてる‥‥」 鼻をひくひくとさせて、山の方角を見やるロウザ(ia1065)。 山、峠を越えた辺りから、群れが踊り出した。おそらくはアヤカシだ。 「せんおうじ いったとおり! アヤカシ きた!」 大声で叫ぶロウザ。彼女ががっしと掴むのは、物見櫓の屋根。 城の守りを固める者達は城内で、野戦を挑む者達は橋周辺で、それぞれ戦闘態勢を整える。そしておそらく、敵アヤカシもこちらの存在に気付いたのだろう。進軍速度が、にわかに速まった。 開拓者達は川べりの障害物に身を隠し、各々弓矢を掲げる。 アヤカシの先頭集団が、橋へと差し掛かる。 まさに、その時。 ●突撃 地を振るわせたのは、馬のいななきだった。 太鼓のような連続する地響きが、辺りへと伝わる。 騎馬隊が、一斉に駆け出した。二十名に及ぼうかと言う騎馬隊が、先制攻撃を試みたのだ。 「騎馬隊は先手を打つ。行くぞ!」 長槍を掲げる柄土 仁一郎(ia0058)のすぐ傍には巫 神威(ia0633)も控え、飛手を装着したまま手綱を握り締めた。とはいえ、抜け駆け先討ちの類は戦陣の華だ。そのまま先頭を突っ切るかと思われた二人の騎馬を、数騎が、グッと抜き去って行く。 「さぁてぇ! グワッと抉るよーっ!」 符を掲げる十河 茜火(ia0749)。 距離の離れたアヤカシを切り裂くカマイタチ。斬撃符。 「おぉぉぉっ!!」 これを追い越さんばかりの勢いで、一騎が敵中目掛けて殴りこむ。 「この戦ぁ、一番槍は八十神蔵人がもろたあっ!」 気力の限りを振り絞り、八十神 蔵人(ia1422)は、己が手にした槍に炎を纏わせて力強く振るう。迎撃に向かおうとしていた部隊側面の子鬼が、彼の石突に弾き飛ばされた。 「二番槍、雪ノ下・悪食丸(ia0074)! 我が斧の一撃、受けてみよっ!」 姿勢を崩した小鬼の首が、空高く飛ぶ。 「アハハ! 一番手は私なのにさー!」 カラカラと笑い声を上げ、次々と符を引き抜く十河。 彼女のように、或いは八十神や雪ノ下より早く武器を振るった者も居たかもしれないが、この手の争いとは結局、『名乗ったモン勝ち』である。手柄を立てるには、目立った働きを示さねばならない。先頭集団に紛れて突っ込む事は最低条件。あとはどれだけ大暴れして目立てるかだ。 無論、目立てば目立っただけ、敵からは目の敵にされる。 一時は怯んだ鬼の群れも、状態を立て直すや直ちに反撃へと転じ、騎馬隊へと襲い掛かる。 「危ない‥‥」 やや後方に控えていた小路・ラビイーダ(ia1013)が、馬の腹を蹴った。 八十神の背を狙っていた小鬼目掛け、刀を振り下ろす。背中を刃に殴られて、慌てて身を翻す小鬼。 「それに、乱戦になれば馬が‥‥ちっ、遠くからちまちまと‥‥!」 回復役の桐(ia1102)を背後に、赤城 京也(ia0123)が太刀を振るった。 ただし、狙うのは敵ではなく、飛来する矢。馬や回復役を守る為のものだ。全て叩き落せた訳ではないが、致命傷は避けられる。 確かに騎馬隊での乱戦は危険だった。彼等騎馬隊は、顔を見合わせて頷きあうや否や、素早く踵を返す。追えとばかりに背後へ殺到する小鬼達だが、その足をカマイタチが切り裂き、駆け抜けていく。 「悪いけど このままさっさと 逃げますね、っと‥‥イマイチだな」 符を指に挟み、俳沢折々(ia0401)がぺろりと舌を出した。 それでも負けじと、怒りを露に襲い掛かる小鬼。振るわれた棍棒が、脚先を掠めた。 「陰陽ナイトへの道は遠いな〜」 彼女もまた、慌てて退却へと転じるしかなかった。 ●橋を巡って 騎馬隊の先制攻撃に、橋へと差し掛かった鬼達はにわかに浮き足立った。 先頭の鬼は騎馬のいななきについ脚を止めてしまい、後続がその背へと追突していた。 「いま‥‥!」 足並みの乱れに、橋板を蹴る細足。 犬神隊所属、睡蓮(ia1156)だ。 彼女らは、この戦場でも最大派閥。元々親しい仲間が集まって協力しているだけあって、事前準備の手配も素早かった。そんな中から飛び出して、睡蓮は、両手に刀を掲げ、先頭集団へと切り掛かる。その切り込みに、数名が続く。 「わわっ、少し早いってば!」 慌てて短く笛を吹く蛇丸(ia2533)。繰り返される後退の合図に、彼等は振り返る。距離にすれば数十メートルだが、仲間にすれば気が気ではない。同部隊の者も、隊外の者達も素早く矢を射掛けた。 「うーん、勇気あるなぁ」 当たると当たらぬとに関わらず次々と矢を射掛ける東海林 縁(ia0533)。 矢の雨の中を、切り込んだ開拓者達が駆け戻る。反撃とばかりに飛来する矢を防がんと、龍牙・流陰(ia0556)が盾を高く掲げた。 「無茶しないで下さい」 戻った三人を見て心配そうに声を掛ける龍牙だが、当の睡蓮はきょとんとした顔で彼を見つめる。 「ん、せんめつすれば。もんだいないでしょう?」 「それはそうですが‥‥」 二の句が接げず、思わず苦笑を浮かべる。 「御喋りはそこまでだ。敵が渡河に掛かったぞ」 声を荒げる貴水・七瀬(ia0710)。渡河を試みる敵目掛け、牽制がてらに矢を射掛ける。だが、敵の全てを矢で仕留められそうには無い。 しかも、その上―― 「危ない、伏せるんだ!」 真亡・雫(ia0432)の言葉に、ハッとする。 空を飛ぶ、矢よりも大きな影を作る何か。素早く身を屈めるに前後して、鈍い音と共に石が地面へめり込んだ。敵前衛の背後から、石を投げてくる小鬼が居る。投石部隊だった。 一枚布があれば良いだけで、弓よりよっぽど安価。命中精度はともかく、一斉に投げられれば避けきれずに当たる事もあるし、当たればタダでは済まない。粗末な鬼の軍勢にしてみればこれ以上無いうってつけの武器だろう。 「くっ‥‥!」 次々と石が飛んできて、これでもかと弓隊の射撃を妨害する。 それに支援されて、河原へと脚を掛ける小鬼たち。 「散開しろ、各個に撃破して上陸させるな!」 紅(ia0165)が声をあげるや、数名の開拓者達が武器を手に一斉に飛び掛る。赤班を中心とした遊撃隊だ。敵が、防御堅牢な橋を避けたと見て、川べりの守りに廻ったのだ。 「しかし‥‥変、です」 攻防の最中、敵へと視線を転じ、じいと見つめる紫焔 遊羽(ia1017)。 敵は、数で勝っている。事前情報である敵の数二百が事実であるとすれば、開拓者に対し、敵は四対一の筈だ。何故なら、彼等はまず、戦力を分割している。篭城と野戦に別れ、戦力が集中していないのだ。 にも関わらず、敵は圧力を強めるばかりで、趨勢を一気に決しようとはしない。 よほど統率が行き届いているのか、或いは―― 「別働隊でも居るのか、だ」 森の中、数名の開拓者達がうごめく。 橋からも離れた南方の森。一度敵の横原を殴りつけた騎馬隊は、森の外縁を掠めるようにして離脱していく。駆け戻る騎馬隊を横目に見送って、焔は耳を澄ました。張り巡らされし鳴子は、静まり返っている。 「‥‥鳴らぬ、か」 「妙だ」 滝月が腕を組み、敵の動きを見つめる。 「橋に殺到している戦力は、全軍と言うには少ない。仮に全力だとしたら、渡河できなければ押し返されるだけなのに‥‥」 搦手が居る、彼等はそう考えていた。 だからこそ、幼馴染と別れてまで敵の動きを警戒しているのだ。南東の森――今自分達が今居るこの方面ではないのか。であればどこだ。橋正面の野戦に、開拓者の軍勢を釘付けておいて、どこへ。 「‥‥そうか! 誰か伝令を。早く!」 彼の言葉に、真央(ia2730)が、小麦色の顔を上げた。 ●大草城 「さ、どんどん食べて下さいませ」 負傷者として戻り、あるいは伝令に行き来する開拓者達を前に、天宮 蓮華(ia0992)が食事を振舞っていた。 「こういう時こそしっかりと食べませんと、力が‥‥あら?」 門の方角がにわかに騒がしくなり、天宮も気を向けた。 「車が戻りました。手当ての手伝いをお願いします」 小さく手を挙げて、島本あきら(ia0726)が駆け出す。 到着した車とは、馬に引かせた荷車の事だった。馬から飛び降りて、高遠・竣嶽 (ia0295)が外套をはたき、土埃を払う。 「すぐに出る! 負傷者は任せます!」 「ん‥‥弐台、開いた‥‥」 弐台で、ちょこんと手を掲げるフィー(ia1048)。 その合図を受けるや否や、高遠は再び馬を走らせ、野戦部隊へと向かっていく。連れて来られるのは、後方でのしっかりとした治療を必要とする重傷者が中心だ。巫女を中心とする班も、対応に追われる。 「あれれ? 肉がこそげてたのかな?」 きょとんとした表情で、自分の腕を持上げる当摩 彰人(ia0214)。 「少しはご自身の身体の事、自覚なさって下さいっ」 青い顔をして、白野威 雪(ia0736)が腕に取り付き、傷の具合を確認する。ちっとも痛くないせいか、腕の肉がごっそりこそげて骨が露になっていても、ここへ来るまで気付かなかったのだ。治療する側としては、ある意味困った患者であろう。 「敵襲! 北西から来るぞ!」 櫓の中から、天使主・紅龍(ia0912)が顔を出す。 「ほう、滝月の言う通りだったらしいな」 撃たれ弱い巫女達、そして彼等が治療を担当する負傷者、その双方を下がらせて、衛島 雫(ia1241)が顔を上げる。壁沿いに展開していく開拓者達は、手に石や弓を掴み、迫るアヤカシの群れを睨みつける。 ゆらりと、符を取り出す煙巻(ia0007)。 「そのようだな‥‥」 「門を閉じて! 戦える者はこちらへ!」 剣を抜く佐久間 一(ia0503)。彼の後を追って、防衛に残った開拓者達が我先にと得物を手にする。 敵にどういう判断が働いたのかは解らずじまい。 あるいは、最初から織り込み済みの行動だったのかも知れぬ。敵別働隊は奇襲のつもりで城に迫ったらしいが、その動き、開拓者達は辛うじて読みきった。 「来ましたわ‥‥喜屋武さん!」 「任せてくれ!」 壁の上で巨体が吼える。 涼月 紫穂(ia0047)の言葉に応じて、喜屋武(ia2651)が縄を叩き切る。直後、盛大な音と共に丸太の山が崩れ落ちる。斜面をがらがらと転がる丸太。小鬼の先頭集団が、丸太の波に押し包まれ、磨り潰される。 「まだだ、悪いが帰ってもらう」 「せぇーのぉーっ!」 霧葉紫蓮(ia0982)とルオウ(ia2445)がそれぞれに石礫を投げ付ける。 ルオウに至っては、籠一杯の石を一斉にばら撒いた程だ。丸太に続けての石の雨に、頭を潰され、腕をへし折られ、小鬼の死体が次々と重なっていく。 アヤカシの種類にもよるだろうが、少なくとも小鬼ににはこれらの攻撃は有効だったらしい。苦労して担ぎ上げた甲斐があるというものだ。 「油断するな。奴ら、まだ向かってくるぞ」 三の曲輪、陣の近くで矢を番える細越(ia2522)。 群れの中から躍り出た、燃える壷を抱える小鬼目掛け、ためらい無く矢を放つ。眉間を射抜かれた小鬼が悲鳴と共にひっくり返るや、壷が割れ、たちまち火達磨と化す。その小鬼が何を狙っていたかは明白だ。 「火災の原因は奴らだ。アレを投げさせるなっ」 思わず、声を荒げる。 その声に気付いた開拓者達は、敵が投げるに遠い位置から、次々と矢を放ち、或いは石を投げ付けてこれを始末して行く。だが今度は、それらを優先して狙ったが為に、前衛の小鬼が突破し、壁へと取り付き始める。 無論、これを黙って通す訳も無し。 「あんた達なんかに、ここは突破させないからっ!」 土塁を越えようとした小鬼目掛け、吾妻 颯(ia0677)が素早く襲い掛かる。 疾風脚を用いての鋭い一撃。真一文字に走る鉄甲が、敵の胴に深々と沈む。ごきりと、骨の折れる音がした。 ●決着 「このままですと、押し切られますわ‥‥」 神楽舞・攻により前衛を支援する翠雨(ia1854)。気がかりは野戦陣もさる事ながら、城での攻防だ。よもや落ちるとは思わないが‥‥ 「伝令だ! 城を狙ってた搦手は撃退した。奴さん達、ほうほうの体で逃げてったぜ!」 背後より駆け寄った南風原 薫(ia0258)の言葉に、開拓者達が湧く。 前衛で敵と殴り合いを演じてきて、疲労の色も濃かった彼等だが、その言葉こそが最高の強壮剤になった。 「てめぇら、一気に畳み掛けぇるぞ!!」 「応!」 犬神・彼方(ia0218)が、がなり立てんばかりの大声で吼えた。 続いて十数人、或いは二十を超す徒歩が、橋に屯する敵目掛け、一丸となって突入する。予想以上に脆く、あっさりと崩れる敵の前衛。戦場における切欠とは、得てして重なるものだ。 城塞の奪取に失敗した敵勢は、おそらく戦力の再編を試みたのであろう。 敗残兵を吸収し、戦力を纏めて攻勢に出るつもりだったのかもしれない。その意図するところはともかく、敵勢の腰が浮いた瞬間に、開拓者達が上手く押し入ったのだ。開拓者達にしてみれば、理由などどうでも良い。 「次から、次へと‥‥!」 木の柵の合間を埋めるようにして、香坂 御影(ia0737)と那木 照日(ia0623)のペアが立ち回る。河からはもちろん、橋からも突破を試みていた敵に対し、今二人は逆撃を掛けるような格好となって、互いを背に片っ端から切り結ぶ。 「香坂、後ろっ」 地断撃が、土煙を上げ、橋板を弾き挙げて走る。 ハッとして振り返る香坂目掛けて振り下ろされる巨大な金棒。大鬼が一匹、彼の背後を狙っていた。 「くっ!?」 辛うじて攻撃を避ける香坂。 崩れた前衛を押し上げる為に投入されたのであろう大鬼、数匹。これに手間取れば、敵に立て直す隙を与えてしまい兼ねぬ。 「止まるなあ、進めえ!」 無月 幻十郎(ia0102)の声が、橋に響いた。 直後、咆哮。 無月や鬼島貫徹(ia0694)、輝夜(ia1150)らによる咆哮が、大鬼や、あるいは周囲の小鬼の注意を引き付けた。思ったよりも引き付けられた数が少なかったのが、戦場が喧騒の最中においては、これでも上々だ。 何より、この咆哮が、敵の乱れにもう一段の乱れを加える事となった。 「向かってきます。ご注意を!」 把握した傍から、大鬼の動向を伝えんと、桐(ia1102)は、その細い喉をからして叫ぶ。数名の仲間が、撃たれ弱い桐をやらせまいと正面に陣取った。 一直線に駆け抜ける赤マント(ia3521)が、敵大鬼の眼前を掠めた。 「目指すは、赤班で大鬼三体!」 「わあっとぉ!」 斉藤晃(ia3071)が叫び、長柄斧を振るう。大鬼の鼻先を殴る刃。続けて嵩山 薫 (ia1747)ら、赤班こと遊撃隊が先頭の大鬼目掛けて次々と襲い掛かる。先頭で暴れていた大鬼が、短い咆哮と共に崩れ落ちる。 「さぁて、そろそろ戦うか‥‥」 橋を突破する徒歩部隊に紛れて、久坂 宗助(ia1978)が鋭く切り込んで行く。 突出せぬよう気をつけながらもその後ろへと続く柳生 右京(ia0970)。 「見かけぬ顔だ。今までどこに居た」 ふと、疑問を口にする。 「こまけぇこたぁいいんだよ!」 吼え、刀を振り廻す久坂。実のところ、野戦が始まるまで後方でのんびりしていたのだが、それを知るのは彼のみだ。柳生とて、他人の事に大して関心があるで無し。目に付いた敵から順番に、己が刀の贄とする。 一歩を踏み込み、呼吸を合わせて刀を振り下ろす。 鈍い手応え。敵の小鬼の、腕を割った。骨を絶った手応えだった。 「‥‥崩れた!」 物見櫓から身を乗り出し、氷海 威(ia1004)が歓声を上げた。 或いは、乱戦の最中にある野戦部隊の開拓者達には、解らなかったかもしれない。敵が、雪崩の如く崩れいく様が。 「頑張って下さい、もう少しですっ」 じたばたと駆け回って、神風恩寵を舞うユウキ(ia3298)。かなり前衛に出張っているが、その傍らには琴月・志乃(ia3253)がぴったり寄り添って離れない。数名の巫女達による最後の手当てを受けた後、開拓者達は一丸となって敵へと突っ込んでいった。 「僕は騎士‥‥散って逝った方々の無念、今こそ!」 馬の腹を蹴り、天雲 結月(ia1000)は前のめりに腰を浮かせ、早駆けの姿勢で切り込む。敵の攻撃を巧みに避けつつ敵中へと切り込むその猛々しさは、騎士の自称に相応しい振る舞いであった。 下着が丸見えだったというその一点を覗いては。 一丸となって敵中へ切り込んだ開拓者達に、小鬼の群れが蹴散らされる。所詮は小鬼、統率された小鬼のしぶとさに散々悩まされたかと思えば、今こうして崩れ始めてみれば、その脆い事。 「赤鬼を逃がすな。指揮官をやるんだっ」 近場の敵を一匹ずつ確実にし止めながら、斬鬼丸(ia2210)はコートを翻した。 彼が気を張った方角にうごめく、赤い影。 大鬼の肩の上で騒ぐ小さな小鬼こそ、例の赤鬼であろう。人間には意味を解せぬ言語で騒ぎ立てていた赤鬼は、開拓者達が間近に迫っている事にようやく気付き、気付くが早いか、たちまち背を向けて逃げ始める。 「逃がすか!」 富士峰 那須鷹(ia0795)が息を吸い込み、追いすがる。 「おおおおおおおっ!!」 地響きの如き咆哮に、赤鬼を担ぐ大鬼が、ぐるりと振り向いた。その肩で慌てる赤鬼が、臆病そうな眼で辺りを見回す。開拓者達の狙いは、その赤鬼。だが、その前に大鬼を何とかしなければならない。 大鬼が振り下ろす太刀。それでも富士峰は、自身の負傷を物ともせず、長巻ごと体当たりするような勢いで突っ込んだ。 鎧や刀がぶつかっての金属音。 「此処は貸しじゃあ! 誰かヤツを斬ってまえっ!」 衝突。衝撃に大鬼が転倒し、肩の赤鬼はぬかるんだ地へと投げ出される。 「アヤカシ‥‥覚悟です!」 縁(ia3208)が符をばら撒く。 カマイタチが奔った。 鋭い斬撃が空を裂き、赤鬼の背を深々と切り裂く。 立風 双樹(ia0891)がその背に追った。 「父様母様を奪った貴様らアヤカシを‥‥」 戦場の混乱の中、馬が頭を射抜かれる。 前のめりに放り出された立風は、泥まみれになりながら、ちらりと馬を見やるがしかし、何かを振り払うかのように、赤鬼を見据えた。 ぬかるみを蹴る。 真赤な表皮とは裏腹に、どす黒い瘴気を吹き上げ、赤鬼は尚も逃げていた。泥水にのたうちまわり、他の小鬼を押しのけてでも逃げんともがき、およそ大将の器ではなかろうが。 (アヤカシ何かに! こんな奴らに!!) 心の中で挙がる叫びが、そのまま声となり、雄叫びとなる。 「うおあぁぁぁぁぁぁっ!!」 飛び込むようにして、刀を振るった。 平突きに突き出された刃が、赤鬼の喉を貫き、脊椎をごりごりと擦り上げる。どんと、鍔が喉にぶつかった。全体重を乗せるようにして、そのまま横薙ぎに刀を振り払う。刃と共に飛び散る肉片。 返り血が、瘴気の返り血が、立風の顔を打った。 ●事後処理 「まだ戦える者はいるか?」 戦跡に、開拓者達へ尋ねて廻る輝夜。 志の有る者は、韮山へ援軍に向かおうと提案されて、比較的軽傷な数名が腰を上げる。 「いやはや、壮観だったねえ」 「汝もどうだ? 韮山へ向かわぬか」 戦場を見渡していた鬼灯 仄(ia1257)は、問い掛けられて、少し違うなと応じる。 「誰か、戦勝ぐらい急いで知らせてやらんとな」 「ふむ‥‥道理じゃ」 「じゃ、先に韮山へ飛ぶぜ」 手を掲げ、馬に跨る鬼灯。 韮山の関では、まだ戦が続いているかもしれない。大草城周辺での戦勝が伝われば、守備隊の士気も上がろうというものだ。数名の有志たちもすぐに出発し、後には片付けや、負傷を治療中の開拓者達が残された。 「しかし何じゃな、赤鬼は意外と脆かったのう」 つまらなさそうに呟く富士峰。 「あっ、う‥‥動かないで、下さい‥‥」 包帯を手に、困った顔を見せる神楽 姫(ia3146)。 あれだけの激戦を経て、戦場には死体ひとつ転がっていない。当然だ。アヤカシの死体は、少し経てば霧散してしまう。 既に消滅した、赤鬼の骸。多少は頭が廻ったらしいが、赤鬼自身の戦闘能力は小鬼と大差無かった。そしてそんな赤鬼に統率されていた小鬼達も、大将がやられたと解って慌てて逃げ出した。 大鬼も一部は抵抗を試みたが、多勢に無勢。勢いに乗る開拓者達にとっては、逃げ送れた獲物に過ぎない。小鬼大鬼の隔て無く、彼等は討ち取れる限りの残党を掃討して、大草の戦を終えた。 戦を終えて後、手柄のあった者には金銭による恩賞が下される事となり、また一部の者は、この戦によって大いに名を売る事ともなる。 「‥‥あら?」 ふと、顔を上げる。 曇り空の中から、パラパラと水が零れ落ちる。戦場の穢れを漱ぐように、雨は、静かに降り続いた。 |