【桜蘭】青空の虎狼たち
マスター名:御神楽
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 36人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/29 15:36



■オープニング本文

●青空
 神楽の都が、にわかに浮ついているように感ぜられた。
 それもその筈、都郊外に位置する大神神宮では、数年に一度の繁栄祈願が行われ、それに伴う大祭も予定されている。都の各地区や寺社には露天が並び、大勢の客で賑わいを見せるのが常だ。
 各治安組織はその対策に慌しく、それはここ浪志隊でも同じだった。
 しかし――
 空高い日の光の中、屯所の屋根に寝転んで真田悠はじっと眼を閉じた。この慌しさには、どこか殺伐とした緊張感があった。例大祭警備に向けての慌しさではない。
 それはどこか、ピンと張り詰めた戦の前の空気にも似たもので――
(あーあ)
 彼は、ふいに柳生有希との言い争いを思い出していた。
 あれはどう考えたって、俺が悪い。悪いのは解っているのだが、ああなった時の有希は暫く取り付く島がない。機を見て謝る以外に無い。
 問題は有希のことではない。東堂たちのことだ。
 彼は、東堂俊一のことが嫌いではない――というより、元よりそうそう人を嫌いになったことがないのだ。もちろん、それとこれとは話が別だ。彼のことは嫌いではないのだが、有希の言うように、その動きに不可解なところが見られるのは否定できない。
 それでも、東堂とて同じ釜の飯を食った仲だ。
 一度は仲間と思った奴なら、そう簡単に疑うものじゃない。

「あぁ!くそう!」

 突然大声を上げて、彼は、己の頬をしたたかに叩いた。ひりひりと赤らむ頬を抱えて、屋根を飛び降りる。
 考えてもみれば、こうやってうじうじと頭を巡らすのは性分ではない。どだい学が無いことも解っている。悩んだ時は剣で解決。身体を動かして面倒なことはキッパリ一度切り替える。これに限る。

 開拓者たって色々いる。
 竹を割ったようにからりとした奴もいれば、日がな窓際でぼんやりと気を静めている者も。
 それでもあいつらは、自分の道を文字通り切り拓いていくことにかけては誰にも負けない。氏族のしがらみや古き時代に囚われることなく、あるいはそれを振り切ろうと――彼はそう考えている。
 そうさ、こんなところで負けてられねえ。


●撃剣試合
 浪志隊も隊士の数がじわじわ増えているのだから、気を引き締めなければ。真田は意気揚々とギルドの門を潜った。
「おや、真田さん。いつもお世話になってます」
「よう」
 馴染みのギルド職員が彼を見つけて手をあげる。
「今日はどうしました?」
「あぁ、悪いけど腕っこきを集めてくれ」
「はあ……?」
「模擬戦だよ、新しい隊士も増えたしな。一度、開拓者も呼んで盛大にやろうと思ってさ」
 彼は掌に拳を打ちつけ、にっと白い歯を見せた。
「ここ暫く、どうも鬱屈としてしまっていけねえんだ」
「何かあるんですか?」
「そりゃまあ、色々とあるさ。だからよ、さっきも言ったようにとびっきり腕の立つ奴らを集めてくれ。頼むぜ」
 この忙しい時期にですか。もっと忙しくなっちまう前にだよ――まったく、剣術バカってすぐこれだ。ギルド職員は苦笑いを浮かべ、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「ははは、何とでも言え」
 当の真田はどこふく風とばかり、
「身体を動かして気持ちのいい汗かくのが一番!」
 からっと笑って胸を張った。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 りょう(ia1673) / 羅轟(ia1687) / 水月(ia2566) / 御凪 祥(ia5285) / 景倉 恭冶(ia6030) / からす(ia6525) / 浅井 灰音(ia7439) / 趙 彩虹(ia8292) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / 郁磨(ia9365) / ユリア・ソル(ia9996) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 長谷部 円秀 (ib4529) / アムルタート(ib6632) / 玖雀(ib6816) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / 刃兼(ib7876) / 藤田 千歳(ib8121) / 一之瀬 戦(ib8291) / 楠木(ib9224) / 闇野 ジュン(ib9248) / 爻鬼(ib9319) / 一之瀬 白露丸(ib9477


■リプレイ本文


●対決
 青空に怒号が響き渡った。
 拳を握り締めた酒々井統真が地を駆け、真正面より、体全体でぶつかるようにして拳を繰り出す。
 刃兼が顎を引く。彼ら二人は、これまでも幾度か轡を並べて戦った仲だ。
(やはりか)
 木刀を腕に沿え、十字組受の構えを取った。
 結論から言えば彼の読みは正しかった。小細工なし、正面から全力。文字通りの動きだ。統真はスキルも用いず正面突破を試みた。数発の拳が真正面から木刀へ叩きつけられる。
(流石に重い!)
 予めそうと身構えていれば防げぬものではない、が。
「どうした!」
 反撃せずじっと身を固めたままの刃兼めがけ、統真は、その防御を内側から崩さんと、えぐるようなフックを見舞った。弾かれ、後ずさる刃兼。
「……」
「ちいっ!」
 まずい――統真は直感した。刃兼は最初からそのつもりだったのだ。防御を崩す一撃を受け流された。踏み込みの浅い軸足に比べ、力を込めていただけに腕が伸びきっている。
「ハッ!」
 胴は抜けない。真正面、刃兼は新陰流の太刀筋でもって額へと打ちかかる。
 一直線に走る刃は、その額にめがけて鋭く振り下ろされ――捉えられなかった。統真が躊躇を捨てた結果か。寸での差。刃兼の胸に重たい響きが唸る。統真は更なる一歩を踏み込んでいた。
「そこまで!」
 真田の声が飛んだ。
 刃兼が、木刀を杖に辛うじて膝を支える。
「はぁっ、はぁっ……」
 統真の額からつと赤いものが流れる。刃兼はそれを見て小さく笑った。
「今の俺ではここまでか」
「いや、どうかな。俺の勝ちは運だと思うぜ」
 世辞ではない。刃兼は、統真の動きをほぼ読みきっていた。試合の中に、一手の差で勝利を逃しただけだ。


「初戦からまるで加減無しと来たぜ」
 真田が苦笑いを浮かべた。
「次!」
「いい戦いだった。誰か、次は俺と仕合われたい」
 真田の声と共に、大型の木剣を手にしたウィンストン・エリニーが名乗り出た。
 さっと立ち上がった无の足元から、管狐のナイが顔を出す。
「さて、観てて下さい」
 離れるナイ。彼は青龍寮にも席を置く身であり、その拳には陰陽甲が握られていた。
「はじめ!」
 号令と共に、しんと空気は静まり返った。
 先ほどの試合とは対照的に、両者は共に動かなかった。
(……一撃離脱で仕掛けてくると見たが)
 ウィンストンは、目元を険しくして无を見やった。
「さて」
 无は、とんと地を蹴った。確信は得られていないが、深く考えるのは止めだ。
 薄手の陰陽甲をぐっと握りこむ。
 構えられた大剣の腹を打つ拳。じっくり耐える気であるならば――一撃の軽さは自ら自覚している。続けざま、わき腹への一撃は大剣と腕の合間を縫い、吸い込まれるように打たれる。手応えがあった。捉えたのだ。直撃コースだ。
 もう一撃。身体が動きを覚えているうちに、ウィンストンが反撃に転ずるより早く。陰陽甲に式が宿り、間髪入れず放たれた霊青打は、再度ウィンストンの胴へと直撃する。
 しかし――
「いや……!?」
 はっとして、无は飛びのいた。
 確かに拳はウィンストンの胴を捉えていたのだが、ダメだ。軽すぎる。
 地を走る衝撃。腕に走る微かな痛み。巻き上げられた砂利の中、大上段より一直線に振り下ろされたのであろう大剣が、地を穿っていた。
「素早いな」
 振り上げられた大剣がごうと空を切る。巴に流れを読み、无は身を逸らせる。距離を取ると同時に放たれる人魂が、ウィンストンの肩を弾く。
「ぐっ!」
 再び地を蹴り、懐へと飛び込む无。今の一撃に肩を痛めたウィンストンの構えは揺らいでいた。ラッシュをかけるように、次々と霊青打を叩き込む无。それでもウィンストンは幾つもの攻撃をさばき、あるいは跳ね返したが、やがてがくりと膝を突いた。
 肩で息を整えつつ、无はじりと拳を下げる。
「……続けますか」
「いや、体力の限界だ……俺の負けだよ」


●激戦
 試合開始と同時に、シフォニア・L・ロールが駆け出した。
「くっ」
 天野白露丸は迷わず即射を放った。シフォニアは矢をするりと避け、勢いを落とす気配も無い。さすがに泰拳士だ、ということか。
(まずいぞ)
 天野は胸中で呟く。
 シフォニアは素早かった。弓術士である天野にとって最大の武器である命中精度を覆すほどに。
 運足を用いるシフォニアは、絶妙な体捌きでもって天野をじりじりと追い詰めていく。天野の焦りを煽るように距離を詰めながらも、攻撃を仕掛けることなく。
(練力切れは……難しいかな?)
 だが、初回の即射を除き、シフォニアは牽制射ばかりで、練力を温存しているように見える。練力切れを狙うと、かえって自分が先に息切れを起こすかもしれない。
「どうした、仕掛けてこないのか?」
 即射で矢を放つ天野。矢を放った指を、さっと腰の矢筒へと伸ばした。
(今か)
 シフォニアは意を決した。両拳を構え、狼さながらに懐へ、その喉元めがけて駆け込む。
「……!?」
 天野が地を蹴った。拳が浅く胴を薙ぐが、続く打撃は空しく空をかき、彼女はこれを待ち構えていたといわんばかり、大きく後ずさりながらも矢を番えていた。
「私も、結構負けず嫌いでな……!」
 放たれた矢はその瞬間に加速する。瞬速の矢がシフォニアの腹へと吸い込まれた。直撃――だった筈だ。息を呑んだ彼女の脇腹へ、鋭い蹴りが叩き込まれると共に、シフォニアを打った矢がはらりと落ちる。
「ぐっ、これまでか」
 天野が呟いた。
「……少し、ひやりとしたがね」
 威力が欠けていた。瞬速の矢はその速度と引き換えに破壊力をも大幅に低下させる。直撃ではあったが、それは決定打とはなりえなかったのだ。


「さあて、久々……鈍ったもんを取り戻さにゃね」
 景倉恭冶の瞳がぎらついた。
 両手それぞれに掲げた木刀を振るい、一直線に駆ける。御凪祥は姿勢低く木槍を構え、精霊力を集中させた。斜陽――木槍が輝いたかと思うと、恭冶は、己の身体より力が抜けるのを感じた。
「このくらいで止められよるか!?」
 大きく振り上げ、一気に振り下ろした。
 木槍の腹に叩きつけられる木刀。威力が落ちている。単純な打撃だ。祥はこれをよく捌き、飛びずさるや、跳ね返るように木槍を突き出した。葉擦が穂先を惑わし、恭冶の頬を掠める。
「容赦無しか、よっ!」
「悪いか?」
 長い付き合いだ。
 にも関わらず、これまで本気で正面からぶつかったことはなかった。ブランクなど関係ない。勝ちを掴む……いや、奪う。
「斜陽――!」
「ちい」
 引いた槍がぼうっと暮れなずむ。失われた力が戻らない。
 祥は隙を見せず、斜陽を織り交ぜながら確実に攻めかかるが、彼らはお互いに決め手を欠き、相手の出方を伺うような、それでいて激しい応酬が続いた。
 無論、このまま黙っている恭冶ではない。彼は二天の構えで大きく踏み込むや、大上段に構えた右の木刀を力任せに振り下ろした。牽制に繰り出された祥の槍が、激しい衝撃と共に弾かれる。受け流さなければ折られていただろう。
 開いた胴目がけ、左より木刀が走る。
「無双か!? ぐっ…」
 鈍い音が脇腹に響いた。重く、それに素早い。先程槍を弾いた木刀は、既にその刃を翻していた。祥はぐらつく胴を支え、奥歯を食いしばり、地を踏みしめた。
 勢いを増す木刀。走る棒の穂先。舞い戻った木刀が肩に食い込むとほぼ同時だった。木槍は恭冶の足を払い、彼の姿勢を崩す。確かに肩を捉えていた一撃から、破壊力がさっと霧散していった。地に転がる恭冶。すかさず叩きつけられた木槍の勢いを木刀に殺ぐが、木槍は木刀の背を掠めて走り、そして――
「そこまで!」
 真田の声が飛んだ。


 からすを前に、爻鬼が模擬クナイを抜いた。
「同業者以外とやりたくてね」
「そうか…ならば全力で相手しよう」
 小柄な外見に似合わぬ落ち着きを見せ、からすは弓を掲げた。爻鬼は数発のクナイを放たんと腕を振るう。その動きに、からすは目にも留まらぬ早業で矢を番え、放った。
 狙いは甘い。おそらくは牽制だが、しかし。
「ちっ」
 狙いが逸れた。先即封。思わず身体がそれに反応し、放たれたクナイの狙いがブレた。続けて飛来する矢を辛うじて避けながら、彼は、その射線の元にからすの姿を探った。
 上長下短、大張りの和弓でありながらこの連射か。
「……」
 からすは六節を用いて無言に矢を番え、急所を狙って戸惑い無く放っていく。辛うじて一射を避けた爻鬼の額を、二射目の矢がかすめていった。矢を潜りぬけるような前傾姿勢で、脚部に力を込める。
 その姿が瞬時に加速した。
 砂利を跳ね上げ、一息に距離を詰める爻鬼。
「……っ」
 からすが身を引いた。
 逃がすか。奪った距離を再び与えはしない。
 瞬間、視界を大量の木の葉が埋め尽くした。爻鬼の姿が消え、まるで影のように翻る。背後だ。取った、背を取った。早駆からの木葉隠。木葉隠は目くらまし。がら空きの背後から仕掛ける。
 だが。
「甘い」
 からすが腰に伸ばした手が、瞬時に走った。
 山猟撃――短刀サイズの木刀が、爻鬼の足を打ちすえていた。みしりと鈍い痛みが走り、すくわれたように姿勢を大きく崩す爻鬼。油断だった。弓術士相手に接近戦へ持ち込んで背後を取ったが故の。
 姿勢を崩して倒れた爻鬼に、再び短木刀が突きつけられるも、一拍おいてすっと引きさがるからす。爻鬼が小さく息を吐いた。
「ここらが今の俺の限界かね」
「……悲観することはない。まだ上を目指せるということなのだから」


 木刀と棍棒の打ち合わされた音が、場に響いた。
 既に数戟は打ち合い、それぞれ決定打は得られていない。
「おぉぉぉっ!」
 素早く背転した趙彩虹が、翻りざま大きく一歩を踏み込む。百虎箭疾歩の型に突き出された棍棒が、浅井灰音の胸を狙って鋭く放たれる。上体を逸らした彼女の顎に鋭く小さな痛みが走った。
「やっぱり速い…!」
 二人は、共に速度を重視した戦闘スタイルを持っている。
 基軸となる攻撃に対して虚心や裏一重を駆使したその戦いは、お互いに紙一重を狙う鋭い攻撃の応酬となっていた。
「だけど、私だって負けるわけにはいかない……!」
 灰音の振るう木刀に、彩虹の体が弾ける。全身のバネを活かした跳躍で左に回りこみ、同時に足を払う。灰音はそれを避けんとするも、寸でのところで足を捉えられ、空中にバランスを崩した。
 だが、追撃を狙った彩虹もまた、その振り上げた棍棒と共に素早く後ずさっていた。
 銃声が響く。灰音のその懐の内側、腹に響くような銃声と共に放たれた銃弾が空を裂く。そうやって彼が飛びのいた僅かな隙に、灰音は転がるようにして身を起こした。
「くぅー、さすがハイネだなぁ……」
 だけど。
「これなら!」
 ぐわと大きく開いた口の奥、腹の底、丹田から発した気を収束させる。白い力が腕を燃え盛らせ、一直線に棍棒を走らせた。
 極地虎狼閣――全てを刺し貫くその棍は、灰音の髪を散らせた。
「……!」
 灰音は、声無き雄たけびを上げた。
 まるで流水のようにその攻撃を流し、腰に低くさげていた木刀を一閃させる。北面一刀流奥義、秋水――棍棒の腹を砕き、彩虹の胴を抉る木刀。真剣であれば、その身を裂いていだたろうか。それとも、いつもであれば彼の身を固めている鎧に止められていたであろうか。
 細く息を吐く灰音の傍らで、彩虹は前のめりに倒れ付した。


●奇術者たち
「かなりの激戦だな」
 闇野ハヤテが呟いた。
「よし……!」
 湯飲みの冷水を一気に煽ったハヤテだが、彼が試合相手を求めるよりも先に、聞き慣れた声が投げかけられた。
「はいはーい、相手は俺ね」
「……兄貴」
 へらへらと笑う闇野ジュンを見やって、ハヤテは露骨に表情を曇らせた。
「それとも俺相手じゃ嫌か?」
 ハヤテは無言のまま、試合場中央へと足を進めた。ジュンがその後ろに続く。ハヤテが構える銃は、火薬は弱装、弾丸も紙弾だ。ジュンも代わりの模擬魔導書を手に位置に付く。
「……んじゃ、はじめようぜ」
 開始の合図と共に、へらりと笑うその瞳がふっと冷たくなる。
 背筋に走る悪寒。
(怖いのか?)
 違う、ただの武者震いだ。怖気づいてどうする。
 銃口に光が収束する。弐式強弾撃によって放たれた銃弾が、崩れながらも空を貫き、ジュンの太ももを荒々しく打っていた。服が破れ、痛みに笑みを歪ませるジュンが魔導書を振るう。
「いっ……痛った、痛ったぁ!?」
 半ば涙目になりながら、ヤケクソのようにフリーズの呪文を詠唱する。
(何が痛いだ、当然だろ!)
 身構え、ハヤトは心の中で吐き捨てた。今、掠めただけの一撃でこれだ。あと二発、いや、一発で決められる。決めてみせる。
 吹きすさぶ冷気。視界が白く染まる中、彼はポーチから続けて銃弾を取り出し、銃口を手繰り寄せた。
「……っ?」
 銃口に添えた弾丸が、指からぽろりとこぼれ落ちる。
 指の感覚が失われている。冷気ではない。痺れだ。苛立ちも露に声が荒ぐ。
「さては何か仕組みやがったな……!」
「……ただの策士?」
 痛い痛いとバタついていた筈のジュンが、にやと口端を持ち上げた。
「この天気だもんなー、セイド冷水は美味しかった?」
「貴様……!」
「そこまで」
 真田が手を上げた。
「反則負けだ」
「あら、やっぱりー?」
「なっ……」
 声を荒げたのは、ジュンではなかった。ハヤテだ。まだやれる。そう言わんばかりに。ジュンは特に気にするふうでもなく、肩を竦めていた。真田はハヤテに向き直り、小さく頷いた。
「だけどよ。反則時にこう言うのは俺もどうかって思うが……勝負そのものはジュンの勝ちだ。セイドだけじゃない、他も含めてな」


 楠木は、軽やかな足取りで滑るように地を駆けた。
「いっくよぉー!」
 隊士めがけ、楠木は細手の木刀を振るう。がんと打ちあわされる木刀。彼女の打撃ではサムライの防御を崩すのは容易ではないのだが、彼女は早駆を織り交ぜつつ、幾度も一撃離脱を繰り返しては無駄な剣撃を仕掛けた。
「何のつもりだ!」
 隊士が吼えた。
 楠木の眼鏡の奥で、その瞳がちらと動いた。
「たっ」
 再び真正面から打ちかかる。止めてみせる――隊士は剣を振りかぶり、そして、眼前に広がった木葉隠に腕を止めた。先刻、からすと爻鬼の戦いで見た手に思わず警戒して、次の瞬間には体が宙に浮いていた。
 すらりと伸びた楠木の足が、彼の足元をすれ違いざまに払っていた。前のめりに姿勢を崩す隊士。彼は、姿勢を立て直すより早く、今度は首元に違和感を感じる。首に巻きつけられた縄。その背を蹴られるまま、真正面から地に打ち伏せられた。
「それまで!」
 真田が腕を上げる。打ち伏せられた隊士が、荒縄をほどき声を荒げる。
「おまえ、これ!」
「これくらい、反則じゃないでしょ?」
 眼鏡を直す楠木に真田は応と頷き、隊士に苦笑いを向けた。
「単なる荒縄だぜ? 今のは、油断したおめえが悪いよ」
 楠木は冗談交じりのガッツポーズを見せ、観戦席へと戻っていく。彼女は、拍手を送った春風たんぽぽを見つけると、
「ぽぽちゃーん!」
 にっと笑って手を振った。
「頑張ってね、隊長なんだから〜」
「は、はい!」


「よ、よろしくお願いします…!」
 たんぽぽが、ぺこりと頭を下げた。対戦相手であるアムルタートがにんまりと笑う。試合開始の合図を待ちながらも、その手は不気味に、わきわきと空を掴んでいた。
 息を呑むたんぽぽ。
(いいえ! 気おされてはだめ。小隊長なんだもの……しっかりしなきゃ!)
 真田がはじめと声を張り上げると同時に、模擬魔導書を開いた。
「マシャエライト!」
 詠唱と共に火球が浮かび上がり、離れた地点を遊弋する。
 マシャエライトは攻撃スキルではない。照明用の魔法だ。お互いの視界をふさぐように遊弋させた火球を前に、アムルタートは怪訝そうな表情を浮かべ、そして――
「わわっ!?」
 慌ててステップを踏んだ。
 火球を巻き込むブリザーストームが辺り一面を覆う。シナグ・カルペーのステップももう関係が無い。
(まずいまずい…!)
 彼女の戦闘スタイルは、敵の先手を避けてカウンターを叩き込むものだ。自動命中の大雑把な範囲魔法は一番相手が悪い。連続して放たれるブリザーストームに視界が覆われ、皮膚に霜が張り付く。威力が抑えられた模擬用でも、痛くない訳がない。
 でも、けれど、そう――相手が誰であろうと、彼女には目的がある。
「私はその為に、今、ここに来たんだよ!」
 アムルタートが駆け出した。
 三度目のブリザーストームが吹き荒れる。練力の消耗は激しい。たんぽぽも短期決戦の構えだった。それでも、アムルタートはブリザーストームの嵐を突破した。
「しまっ……!」
「覚悟ぉ!」
 たんぽぽの背後へと回り込むしなやかな四肢。
 その手が、たんぽぽの頭頂部を捉えた。
「はい、いいこいいこ♪」
「……」
 猫をあやす様にわしわしと頭を撫でまわされ、たんぽぽがぽかんと見つめ返す。観戦者たちもまたぽかんと呆気にとられる中、アムルタートひとりが満足しきりと頬をほころばせている。
「えっと……」
 たんぽぽが魔導書を開く。アムルタートの眼前に、輝ける白い吹雪。ほとばしる吹雪の中、アムルタートは心から満足そうな表情を浮かべて吹き飛ばされていった。


●晴天
「もう、皆さん無茶しすぎですよ」
 怒っているやら呆れているやら、柚乃が手をかざし、恋慈手によって彩虹の負傷を癒す。彩虹と灰音は揃ってばつの悪そうな顔で治療を受けていた。
 彼らだけではない。
 やはり、開拓者揃いだからだろうか。幾ら威力を抑える工夫をしてあるとはいえ、彼らの試合は荒っぽいことこの上なかった。
 一般人相手だと確実に死人が出ている。
「まぁそう言わねえでくれよ。本当に危ないときは、絶対に試合を止めるから」
 真田が困ったように頬をかく。
「……」
 柚乃はあちこちに打ち身や軽い火傷を抱える開拓者たちを眺めて、小さなため息を吐いた。一方の彼らは、配られた昼食をがつがつと頬張っている。
 大鍋には味噌汁が湯気を立て、巨大な重箱の中には鳥の唐揚げや馬鈴薯の揚げ物などがぎゅうぎゅうに詰め込まれており、礼野真夢紀がてきぱきと皿に取り分けている。
「すいません、また氷をお願いします」
 柚乃が隣で土鍋を掴む。礼野はそこへ水を注ぐと、氷霊結の呪文で素早く氷を作り出す。打撲を冷やすための氷だ。と、その氷を手に戻ろうとする彼女を呼び止めた。
「あっ、そうだ。柚乃さんもひとくちいかがですか?」
 小皿に取り分けた料理を差し出され、振り返る柚乃。
 少し迷いはしたものの、手当てもいまはひと段落ついている。それではと、小皿を手にふきのとうの味噌和えをぱくりと口にした。すり胡麻のいい香りが、鼻の奥に広がった。
「これ、ご自分で全部作ってこられたんですか?」
「味噌汁だけはこちらの調理場を借りましたけど……えっと、他も費用は出して下さるって聞いて、つい」
 精霊のおたまを手に、礼野が微笑む。
「合戦の炊き出しとかじゃ、味はどうでしたか、なんて聞けないじゃないですか。皆さんが合戦の時に食べたくなるようなもの、この機会に感想を聞けたらいいなって」


 大柄な男性と試合を、とは思っていたが――籤引きの神様は悪戯好きらしい。
「はわ……」
 水月は、眼前の羅轟を見上げた。まさしく、文字通りに。一メートルほどの水月に対して、羅轟の背は二メートル三十近く。その差は実に二倍以上。大人と子供とか、もはやそういった差ではない。
「全力で……行く……」
 羅轟はこれまた水月の背を超えるほどの木刀を握り締め、構えた。対する水月は薄手の布に輪のついたもの。
 試合開始の合図と共に、二人はじりじり距離を詰める。お互い、接近戦が主体で、やがて――地を蹴った。瞬脚による加速。それも、両者同時に。
(同じ手か……!)
 同時の瞬脚は、お互いの距離を意図せず詰めさせすぎた。羅轟は、小柄で素早い相手と見て払い抜けを仕掛けるが、武器は大きく彼女の頭上を過ぎ去っていく。走りぬけざま、その胴に響く小さな衝撃。ダークガーデンのカウンターである。
「ム……!」
 翻って、背後に回りこんだ水月の蹴りが背に入る。
 ダメージは僅かだが、反応しきれない。振り向き叩き込まれた拳を木刀で弾くも、続けて振るう反撃はいなされ、カウンターが顎に入る。砂利を巻き上げ、空気を裂く数度の応酬――一度木刀を掠めるまでに十発近い打撃を受けた。幾ら体力に勝るサムライといえど、このままではジリ貧だ。勝ちの目は無い。
 彼は、再び瞬脚で距離を詰めつつ、両断剣による一撃に打って出た。
「乾坤……一擲……!」
 空間丸ごと巻き込むような両断撃。こくりと頷き、巨大な羅轟を前に軽やかに舞う小さな水月の姿は、まるで五条大橋の決闘のようでもあった。地を穿つ漸撃を眼下にふわりと腕を振るわれると、布の裏からわらわらと飛び出した呪縛符の式、子猫たちが羅轟の四肢に組み付いていく。
「これまで……か……」
 羅轟が肩の力を抜いた。練力も枯渇した。もはや勝負はついたと見てよいだろう。
「……」
 着地した水月は、戦闘姿勢を解いてぺこりと頭を下げた。


 一度、手合わせしたかった。
 最も信頼する兄のような男。共に戦った戦場では幾度も助けられた。だからこそだ。
 藤田千歳は木刀を腰から抜き、問う。
「……刀で来るのか?」
 相対する玖雀は、常は投擲を得意としていた筈だった。
「我が君を守れなかった剣だ。長らく封印してたんだがな」
「……」
 それを何故抜いた、とは問わなかった。
 地を蹴る玖雀。正面。が。木刀を側面に倒しつつ、突如、横へ回りこむように身を屈めた。平正眼に構える千歳の、背面となる左側。シノビらしく搦め手で来るか――が、彼は元より左右を問わぬ。軸足を置いて体をすり足に滑らせると、躊躇せず平突を放った。
 鋭い突きを素早くいなし、玖雀は飛び掛るように木刀を掲げた。
 横薙ぎ――違う、柄頭だ。
 殴りつけるように振るわれたそれが、千歳の頭部へ叩きつけられる。直撃ではなかったが、頭を震わすその一撃に生じた隙に、再び衝撃が走った。遠心力を伴った蹴りががら空きの胴へ食い込み、千歳は衝撃に後ずさる。
「ぐっ!」
「まだだ……!」
 畳み掛けるように迫る玖雀の眼前に、鋭い木刀が走った。
 あるいはそのしかと定められた型故か、千歳は怯まなかった。畳み掛ける彼の先手を取って振るわれた流し斬りがその手を打つ。返される刃。その勢いに反発するように、鋭い平突が放たれる。
 鈍い手応えがあった。
 胸、真正面を貫く突きに、玖雀が一歩、後ずさる。
「……っ!」
 流れるような剣撃が、玖雀の頭部へ向けて振るわれる。
「そこまで!」
 号令に、ぴたりと動きが止まる。玖雀のかかとは千歳の足を踏みつけ、その掌は横薙ぎにせまる腕に掛かっていた。致命打とはならなかったかもしれないが、強烈な一撃を浴びていたことは疑いようない。
 それでも。
「忘れるな……」
 互いに動かぬまま、玖雀は小さく告げる。
「お前がお前らしくあるためなら、俺は、天にも弓引き、一度捨てた剣すら握る」
「……」
 千歳は、静かに目を伏せた。


 羅喉丸が試合開始と同時に突っ込んだ。
 瞬脚を用い、目にも留まらぬ勢いでユリア・ヴァルに襲い掛かる。
(機先を制する!)
「勝負……!」
 木槍を手に、ユリアは身構える。羅喉丸の振るう木剣がその肩を浅く打つ。隙を伺い、泰拳士ならではの素早い身のこなしで、槍の死角へと滑り込む羅喉丸。が、ユリアも相当の使い手である。彼女はその石突を振るい、距離を置く。
 まずは相手の型を見極めてからだ――複雑な牽制を織り交ぜ、時間を稼ぎ相手の攻撃パターンを把握する。自ら仕掛けるのは確かめてから。一撃を、確実に叩き込むために。
 距離を取った羅喉丸の胴へ繰り出される突き。
 瞬間、羅喉丸の腰が低く沈んだ。
「奥義を尽くして応えよう」
 ゆらりとした動きの中に、木槍が吸い込まれる。八極天陣か――決して素早くもなく、傍目にはのんびりとさえ見えるその流れに、ユリアは身を引いた。
 まずい。
 こちらの牽制打に出し惜しみ無しだ。まさか――彼女ははっとして槍を前に身構える。
 その一瞬に生ずる迷いを、羅喉丸は即座に突いた。身体全体を叩きつけるようにして飛び、手にした木剣を振り下ろす。槍を構えた腕がしたたかに打ちつけられる。
「おぉぉぉっ!」
 腕を打つと同時に、羅喉丸は一歩を踏みしめる。返す刃は目にもとまらぬ素早さで槍を叩き伏せ、体制の整わぬユリアめがけて、息も付かせず次々と乱剣舞の剣を放つ。続く三発目を辛うじて払うユリアだが、剣を払う為に槍を振るいすぎた。崩れた防御の合間へと、滑りこむような剣の突きが放たれる。
「……!?」
 視界ががつんと揺れた。
 首を貫かれたような突き。決定的な一撃を食らった。ぐらりと崩れる足元に、羅喉丸は、更に続く剣撃をぴたと止め、ゆっくりと気を吐いた。後ずさるように膝を突いたユリアが、むせる呼吸を整える。
「開始と同時に全力で仕掛けてくる、か……私の負けね」


●日暮れ
 日は、既に大分傾き始めていた。
 小伝良虎太郎と、フィン・ファルストが対峙した。真田は翔や佐久間を呼ぶつもりだったようだが、どうも、それでは今日中に試合が終わりそうにないらしい。
「おーし、力試しだ!」
 試合席の伝助に手を不利、虎太郎は拳を打ち合わせた。試合開始の合図が響く。
 フィンは姿勢を低く木槍を構え、虎太郎の出方を伺った。
(さってと、すばしっこい子は苦手だけど……)
 虎太郎が身構え、拳を突き出す。
 素早く、その隙を突くような鋭い動きが発せられ、フィンは思わず身構えた。が、
「いっくぞ!」
 そのまま彼は、大きく地を蹴った。
 真荒鷹陣――ブラフだ。威嚇姿勢からの流れるような瞬脚。彼女は長槍の懐にもぐりこまれまいとするが、虎太郎はそれ以上に素早かった。瞬く間に眼前に迫るや、彼の拳には真赤な炎が纏わり付く。
「天呼鳳凰拳!」
 鋭い拳の突きと共に、けたたましい鳳凰の響きが辺りに木霊する。
 先手必勝。相手に隙を与えず、一撃必殺の天呼鳳凰拳だった。砂利を巻き上げ、フィンの身体が大きく弾き飛ばされ、後ずさっていた。
「くっ、流石に重いわね」
「……!?」
「騎士の耐久力をなめるなあっ」
 叫びと共に、身にまとっていたオーラファランクスの力が拡散していく。無傷ではなくとも、耐え切ったのだ。フィンは槍を大上段に掲げた。
「真っ向勝負……フィン・ファルスト、行きます!」
 叫ぶと同時に、オウガバトル発動によって放出されたオーラが、微かな衝撃波となって辺りに拡散する。
「だったら、もう一度!」
 駆け出す虎太郎。木槍の穂先とのすれちがいざま、フィンの流し斬りが肩を掠めた。掠めただけであるのに、その衝撃に肩が痛む。
 虎太郎は拳を握り締め、再び炎を纏わせる。だが、先の攻撃を耐えられたことに動揺があったのだろうか。その一撃はあまりに踏み込みが浅く、鋭さに欠いた拳はフィンの身体の芯を捉えることもかなわず、槍の背にがつんと拳を止められてしまう。
(ダメだ!)
 己の拳に全く気の篭らなかったことは、彼自身が一番よく解っていた。
「おぉぉぉッ!」
 地を踏みしめるフィン。
 フィンが吼えた。至近距離から一直線に突き放たれた木槍が、虎太郎の胸を真正面から捉えていた。


「陰陽忍法どこでも畳返し!」
「ちいっ!」
 結界呪符「黒」に、以心伝助の水遁が直撃する。
 天河ふしぎはその裏より躍り出て、陰陽具を掲げた。
「黄泉との次元を繋ぐ門となれ……いでよ、メイオー!」
 天の文字に振るわれる陰陽具。直後、伝助はぐっと胸元を押さえて後ずさった。実戦で相手は選べない――とはいえ、これは強烈だ。その仮道具で威力が低く抑えられていなければと思うと、冷や汗が頬を伝う。
(まずいっすねぇ)
 だが相手は術士だ。むろん陰陽師、それも剣を手にしている。あるいは接近すればそれで勝ちとも思わないが、この距離で術を撃ち合うよりは遥かにマシだろう。
「不知火!」
 結んだ印に反応して、ふしぎの周囲に炎が燃え上がる。
 突然の火炎に視界が紛れたその隙に、伝助は姿勢低くその懐へと駆け込んでいった。はっとして飛びのこうとする彼の胸を肘で打ち、崩した姿勢めがけ腰の帯より抜き放った小柄な木刀を叩き込む。
 漸刃の一撃は、鋭くその胸を捉えていた。
「まだまだっすよ!」
 攻撃の衝撃に姿勢を崩したところへ、間髪入れずもう一撃を見舞うが、同時に、後ずさるふしぎが体制を立て直す。このまま畳み掛けるべきか――伝助は、迷った。そして、迷った隙にふしぎがぐっと面を上げた。
(しまった!)
「これくらいでぇっ!」
 後ろ足を力強く踏みしめたふしぎは、そのまま上体を逸らすように木剣を引いた。隠逸華――しかしその三連撃を放つには、姿勢が崩れ過ぎていたのかもしれない。木剣は二発目のみが鋭く伝助の肩を打ったに過ぎず、最後の一撃に至っては、その切っ先を掠めもせずに空しく宙を穿っている。
「なんのォ!」
 再び躊躇はしない。伝助は大きく身を屈め、陰陽具を手にしたふしぎの腕を掴む。これを押しこむと共に逆手の木刀で肩を殴りつける漸刃に、ふしぎは遂に武器を取り落とした。
「あーあ、負けちゃった」
「いやぁぎりぎりっすね」
 残念そうに肩を落とすふしぎを前に、伝助は冷や汗を拭った。最後に直撃を受けていれば、倒れていたのはおそらく自分だったのだから。


 黒地に赤いだんだら模様の隊服を来た郁磨を見やり、一之瀬戦は口端を持ち上げた。
「へぇ、お前もご立派になったことで」
「あはは〜、別に俺は立派じゃないよ〜……ただ、人を護りたいだけだしねぇ」
 へらへらと締りの悪い表情で、半ば照れくさそうに頬を掻く郁磨。
 一之瀬が自嘲的な笑みを浮かべた。
「っは、相変わらずだねぇ。俺には理解出来ねぇよ、他人を護るなんざ考えた事も無ぇし考えたくも無ぇ」
 彼は木槍を大上段に構えた。試合開始の合図と同時に、隼人でもって一気に踏み込むも、郁磨のほうが幾分早手だった。
「切り裂けっ」
 掲げた杖の先より真空の刃が次々に放たれる。
「ちい!」
 身を切り裂く刃の連撃に耐え、一ノ瀬はその嵐を真正面から突破した。絶えず飛び来るウィンドカッターに身を裂かれながらも、あるいはそれを勢い任せに突っ切って、彼は、その勢いを殺すことなく木槍を繰り出す。
 全てを貫く一撃が、郁磨の隊服の端を裂いた。
 新品の隊服だったのだが――攻撃自体は、避けた。彼は転がり込むようにその直閃を避けながらも、その最中にアクセラレートの詠唱を終える。
「逃がすかっ」
 辺り一面を薙ぎ払う攻撃が、郁磨の肩先をかすめていく。
「くっ……」
 動きが加速する。彼は一ノ瀬がそのまま連続してなだれ込むことを許さず、視界の途絶える右側へと躊躇無く回り込み、杖を突きつけ、口元に精霊呪文を小さく唱えた。
 業火。
 生じた火球は一ノ瀬を包み、地の底から唸り上げるようにごうと渦を巻く。一ノ瀬が数歩後ずさると同時に、試合終了の合図が飛んだ。
「……兄、少しでも違うと感じたら、思い出して」
「んだよ」
「たった一人でも、誰かを護るために、誰かを幸せにするために、本気で戦って、本気で生きてるってこと、思い出して……」
「お前ぇはさ、ホント綺麗事しか言わねぇよな」
 彼は煤汚れを払いつつ、槍を手に背を向ける。郁磨を見ず、くっくと喉を鳴らした。
「だから、残酷」


「誰かある! 誰でも構わぬぞ」
 もろ肌を見せて、鬼島貫徹が拳を打ち合わせた。日焼けした肉体はがっしりと筋肉がつき、夕日の中に確かな存在感を発している。
「ならば、私が」
「おう、皇か」
 皇りょうが、小さく頭を垂れ、木刀を手にした。
 元々、小隊長と隊員の仲である。互いに確かな信頼を置く仲であるが、一武辺者として真正面から戦う機会は、思い返せばそう無かった。
「……鬼島殿、得物はいかがしました」
 皇の問いに、鬼島は不適な笑みを浮かべた。なるほど、であるならば――
「全力で参る」
 肩を掲げて走る鬼島を前に、彼女は、地を滑らせるように木刀を振るった。鋭い斬撃に身をひねる鬼島。砂利を跳ね除けて後ずさり、躊躇わず再度飛び掛る。
 りょうは突きを繰り出しつつも、素早く側面へと駆けた。
 彼女は、鬼島がは長柄武器で来ると読んでいた。勝敗を決するのは「あと一歩」の間合いであると。
(皮肉なものだ……!)
 今、その「あと一歩」を武器としているのは己だ。側面へと身を滑り込ませ、薙ぐように木刀を振るう。
 その木刀を、鬼島は腕で受けた。
「……っ!」
 まさか。いや、そうだ。
 りょうは微かな焦りを感じて素早く木刀を引いたが、それと共に鬼島が肩をぶつけてきた。その重い衝撃に弾かれ、姿勢を崩すりょうの背後へと、鬼島が腕を首に極めながら飛び込んだ。太い腕が彼女の首を締め上げる。
 片腕だけで締め上げているのは、つまり――そういうことなのだろう。
「クハハハハ!」
 みしりと、嫌な音がした。
 真田が手を小さく掲げるのが、視界の隅に映る。
 が、
「ぬうっ!?」
 木刀の突きが、鬼島の脇腹を突き破らんばかりに打ち付けられていた。僅かに、締め上げる腕に緩みが生じた。りょうは、奥歯を食いしばった。考えるより早く身体を跳ねさせ、彼の腹を後ろ蹴にして、宙を舞った。
 私は。
 今はもう、正攻法ばかり、行儀が良いばかりの剣術ではない。
 鬼島はその蹴りに、一歩、姿勢を崩した。それで十分だった。宙に浮いた己の身体が、その足が、地を捉えた瞬間、全身を一気に捻って振り下ろした。木刀にはゆらりと精霊力が宿り、躊躇なく打ち込まれた白き一閃がが、その額を真正面から叩き割っていた。
「そこまで!」
 今度こそ発せられる真田の声。鬼島は、ぐらりと片膝をついた。


「いやはや、こういった試合なんて開拓者になってからは初めてだねぇ」
 弓の弦を引き絞る不破颯。和奏は首を傾げ、腰の木刀を手に正眼に構えた。
「よろしくお願いします」
 しん、と空気が静まり返る。
「はじめ!」
 真田の声と共に、不破が飛んだ。
「最初が肝心、ってなぁ」
 狙いもそこそこに、即射が放たれる。和奏は動かなかった。避けるではなく、正面から飛来する矢を捉え、静かにこれを打ち払う。型どおりの確かな払いだ。落ち着きながらも、経験故に自然と体は動く。
 或いは、相手によってはすこぶる戦い辛い相手であったろうが――
「……」
 静かに矢を払う和奏。
 だが、元々射撃攻撃をこのように防ぐことは難しい。木刀を振るうも、捉えきれなかった矢が彼の肩を鋭く打つ。それを続けざまに受けて、彼は僅かに顔をしかめた。
 それでも型を崩すことはなく、飛来する矢を払い、あるいはその身に受けながら不破へと迫ろうとし、対する不破は、即射を用いて手数と移動時間を稼ぎながらも、狩射によって和奏の死角へ死角へと周り込んでいく。
 強烈な一撃を受けた訳ではない。それなのに、じりじりと、その身を掠める矢に生傷が増えていく。
「く……っ」
 ひたひたと忍び寄る焦りが、その背にかぶさる。
 矢弾を相手に戦った経験だってもちろんある。それなのに、思考が袋小路に入り込んでしまったかのように、どうしても切り替えられない。篭手払に矢を打つと共に、滑らせるようにすり足で歩を進めるが――
「お堅いねぇ」
 不破は、和奏を真正面に見据え、素早く矢を引き絞った。
「なら、これならどうだい?」
 呟きと共に、その瞳があやしく輝く。視界の中で、正眼に木刀を構えたまま進む和奏の動きがゆらめく。彼が覚えていた微かな焦りは、その動きの中に隙を生み出していた。焦りと同じように、僅かな隙を。
 引き絞られた矢が、にわかに狙いを定めた。
「……っ」
 空気を貫くその矢。掲げた木刀をすり抜け、一直線に狙い済ましたその胸に、鋭く突きたてられる。
「かっ……!」
 彼は崩した姿勢を建て直しざま一歩を強く踏み出し、腰だめに下げた木刀から秋水を放った。すくいあげるように、不破の利き腕を狙っての一撃が、荒々しく空気を巻き込んで飛ぶ。
(違う……っ!)
 焦りが、露になった。
 秋水はこうも荒々しい太刀筋の技ではない。重なる焦りが、剣先を鈍らせたというのか。
「そうはいかねえぜぇ!」
 不破は、地を転がらんほどの勢いでそれを避ける。全く往時の冴えを欠いた秋水の一閃は、不破をかすめもしなかった。
 秋水と共に伸びた腕に引きずられて、和奏の胴がその身を曝け出す。再度怪しく輝く不破の瞳。転がる身を起こすと同時に、素早く掲げられた弓が大きく弦を震わす
 矢は――飛ばなかった。
「……」
 弦の響きだけが、試合場に大きく木霊した。
「そこまで! 勝者、不破颯!」
 真田が声を張った。
 不破は務めて様相を崩して、
「ま、俺の運が良かっただけかねぇ」
「いや……自分の負けです」
 勝負には時の運も絡む。だが、おそらくはそれだけのことではない。
 試合は終始不破のペースで進んでいた。
 最後の一撃で矢を番えなかった理由は、もはや互いに言葉を交わすまでもなかった。仮にこれが実戦であったなら――最後の一撃で、和奏は確実に命を落としていた。
 きゅっと口元を結ぶ和奏。
「ありがとうございました」
「ん……お疲れさま〜」
 二人は、互いに頭を下げて試合場を後にした。
 日が、神楽の都の町並みの中、遠く、静かに沈み始めていた。