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■オープニング本文 ● アル=カマル。 熱砂の世界。 その砂の世界にも、滾々と水がわきいでる地がある。 オアシスだ。 そのオアシスはかなり大きな規模をもっていた。鬱蒼と木々が茂り、その様はあたかもジャングルのよう。 そして、ソレらは突如オアシスに現れた。 最初の犠牲者はアヤカシであった。蛇の身体に人の貌をもつ異形である。 オアシスを訪れた人間を狩るため、アヤカシはその地に入り込んだ。が、狩られるのは彼らの方であった。 第一撃は光の一閃であった。それで一体のアヤカシの貌が爆砕された。 続く一撃は回転しつつ疾る巨大な手裏剣のようなもの。それで二体めのアヤカシの首が斬り飛ばされた。 咄嗟に一体のアヤカシが樹木の裏に隠れた。が、再び放たれた手裏剣は樹木ごとアヤカシの胴を分断してのけたのである。 当然のことながらアヤカシは反撃しようとした。が、彼らには無理であった。なぜなら敵の姿が見えなかったから。敵は透明であったのだ。 そして人面蛇身のアヤカシは皆殺しとなった。 続く犠牲者は隊商である。水を得るために来訪した彼らのうち、まず護衛の砂漠の民が殺された。 あとは商人たち。ソレらにとっては赤子の手をひねるようなものである。あっという間に隊商の人間のほとんどが殺された。逃げのびたのは、偶然に助けられたたった一人の娘であった。 ● 悲鳴を聞いたのは、オアシスの別の場所で休息をとっていた開拓者達であった。砂漠のアヤカシを退治するという依頼を果たした後のことである。 何がオアシスで起こっているのかはわからない。が、助けを求める声がある。 疲れた身体に鞭打ち、開拓者達は立ち上がったのであった。 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
空(ia1704)
33歳・男・砂
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● すう、と立ち上がったのは異様な男であった。痩せ細った身体と蒼白い肌をウィザードコートに包んでいる。おそらくは魔術師であろうその男の名はディディエ・ベルトラン(ib3404)といった。 訝しげに顔を上げたのは、優しげな美少女であった。煌く金髪に、澄んだ碧眼がよく映えている。フェルル=グライフ(ia4572)だ。 「どうかしましたか?」 「いえ」 ディディエは一瞬言葉をにごした。 「声のようなものが聞こえた気がしまして〜」 「声だってぇ」 はっ、と十七歳ほどの少年が笑った。ゆったりとした風情で、どこか遊び人の雰囲気がする。名は南風原薫(ia0258)。 「ここは砂漠の真っ只中だぜ。獣の声と聞き間違えたんじゃねえか」 が、一人の娘が興味を抱いた。よく鍛えられた肢体の持ち主。ユリア・ヴァル(ia9996)だ。 「で、その声って、どんな声だったの?」 「悲鳴のような聞こえましたが〜」 どこかおどけた口調でディディエがこたえた。 「悲鳴!?」 白銀の髪をゆらして十八歳ほどの少女が立ち上がった。華奢ではあるが、小気味良い身のこなしをしている。 少女――フィン・ファルスト(ib0979)は真剣な顔をディディエに近寄せると、 「悲鳴って……本当なんですか?」 「南風原のいうとおり、空耳だったんじゃないか?」 アルバルク(ib6635)という名の男が、額にういた汗を拭いながらいった。 年齢は三十代後半。髭に顔の下半分は埋まっており、ふてぶてしさに満ち溢れている。 「ちょっと待ってよね〜♪」 歌うようにいって立ち上がったのは華奢な少女であった。名を門銀姫(ib0465)という。その名のとおり、銀に煌く髪が似合う美しい少女であった。 「ボクがやってみるよ〜♪」 琵琶の弦を一度はじいてから、銀姫は耳を澄ませた。 その瞬間、銀姫の聴覚は超常の域にまで高められる。広範囲遠方の風のそよぐ音すら彼女には聞き分けられるのだった。 「確かに人がいるよ〜♪」 しばらくして銀姫は告げた。 密林の中、走る者がいる。時折もれる声は女性のものであった。 「女性が追われている!?」 はじかれたように立ち上がったのは美麗な男であった。女性の目を惹きつけずにはおかぬ端正な顔立ちをしている。ジャン=バティスト(ic0356)だ。 「すぐに向かう、居場所を教えてくれ」 「あっちだよ〜♪」 銀姫が指し示した。それを確認するや、すぐさまジャンは駆け出した。 と、おい、と声をあげて飛び起きた者がいる。 十代半ばほどに見える少年だ。燃えるような真っ赤な髪をしている。 名はルオウ(ia2445)。サムライだ。 「仕方ないな。むん!」 練力発動。風をまいてルオウもまた駆け出した。 ● 砂を蹴り、ルオウが足をとめた。わずかに遅れてユリアもまた。 瞬間、前方の樹間から人影が飛び出してきた。 それは女であった。十七歳ほど。尖った耳に透き通るような白い肌。エルフである。 「大丈夫か!?」 ルオウが声をかけた。すると、へたりとエルフの娘がへたり込んだ。ユリアは走り寄ると、 「悲鳴をあげたのはあなたね」 「は、はい」 震える声でエルフの娘は肯いた。それから恐怖の色を浮かべた眼でルオウとユリアを見つめると、 「た、助けて」 「そのつもりだがよ」 ルオウがエルフの娘に手を差し出した。 「で、何があったんだ?」 「……死んだ」 「死んだ?」 ユリアが眉をひそめた。 「そう。隊商の者、全員が」 「全員……」 さすがにユリアは息をひいた。 その時、他の開拓者達も駆けつけてきた。 「その娘が悲鳴の主か」 ジャンがエルフの娘の手をとった。 「私たちは開拓者だ。もう安心していい。で、何があったんだ」 「それが」 エルフの娘に代わってこたえたのはユリアであった。 「なんだか良く分かりかねますですねぇ」 ディディエは眉根を寄せると、問うた。 「もう少し詳しく聞かせてもらえますですか〜」 「はい」 と肯き、娘が話した内容はこうだ。 オアシスに隊商が到着した。いつものことであり、当然休息をとった。そして、異変は突然起こった。 一人のエルフの頭部が爆裂したのである。さらに二人、今度は頭部が切断された。その時に至り、残りの者達は恐慌に陥った。我先に逃げようとする。 気づけばほとんどの者が死んでいた。瞬く間の出来事である。娘は恐怖に駆られ、ただ森林の奥へと逃げ込んだ―― 「押っ取り刀で駆けつけてきたものの……どういうこった、そりゃあ?」 薫が誰にともなく呟く。が、こたえられる者はいない。ごくりと唾を飲み込み、フィンが訊ねた。 「何か気づいたことはないのかな。不審な者――たとえばアヤカシを見かけたとか」 「いいえ」 エルフの娘は首を振った。 と―― 何かを思い出したのか、エルフの娘は顔をあげた。 「一度、木が揺れたような気がしました」 「木が揺れた? それは木が動いたってこと?」 「いいえ。木の前の空間が揺れたような……。それと仲間の頭が破裂する直前、赤い光が見えました。それから首を切断したのは円盤のようなものでした」 「赤い光に円盤、か。それに揺れる空間」 アルバルクが重い声で唸った。これだけでは何が何だかわからない。するとディディエがにいっ、と笑った。 「ですが〜、何かがいることだけは、確実なようです、ええ」 「何かって――もしかすると姿が見えないってこと!?」 フェルルが驚愕に眼を見開かせた。はっ、としてフィンが周囲を見回す。 辺りは鬱蒼と木が茂り、風に枝葉を揺らしている。その陰に何者かが潜んでいるような気がして、たまらずフィンは身構えた。 「やべえなあ」 薫がぎりっと歯を噛んだ。 「姿の見えない敵。密林とは最悪の組み合わせだねぇ」 「こいつは長引くと面倒だぜ」 アルバンクもまた油断なく周囲を見回した。何者の姿も見えない。が、敵は見えぬのだ。一時たりとも気をぬくわけにはいかなかった。 「フィンさん」 フェルルが呼ぶと、フィンが肯いた。エルフの娘をはさむ形で立つ。フェルルの得物は騎槍、そしてフィンのそれは長槍。可憐に見えようとも二人は騎士なのだった。 「せめてあなたたちに加護を」 ジャンが数人の開拓者にそっと触れた。開拓者達の身体がやや熱くなる。ジャンの祈りにより生体活動が活発化したのである。 「ここはボクは居るから構えて安心〜♪」 銀姫が琵琶の絃ををぴいんとはじいた。そして耳を澄ます。 密林の中には様々な音が溢れていた。せせらぎの音、小鳥の囀り。さらには獣の蠢く響き。中にふたつ、こちらの方に駆けてくる物音がする。 「何か来るのだよ、こちらに〜♪」 銀姫が密林の一点に視線をすえた。 ● ルオウがするすると前に出た。その腰から白光が噴く。抜刀したのだ。 「さあ、来い」 ルオウがわずかに腰をおとした。斬撃のための踏み込みに備えてのことだ。が―― 何も起こらない。ただ静寂が辺りを支配している。 ルオウが銀姫を振りかえった。銀姫は困惑した顔で音を探っている。突然、接近してくる何者かの音が途絶えたのだ。 いる。近くに。それはわかっていた。が、その何者かの音をとらえることはできなかった。それは心臓の鼓動はおろか、呼吸音すら発しない存在であったのだ。 「ともかくここから離れないと」 ユリアがいった。するとフィンがエルフの娘の肩に手をおいた。 「姿勢を低くして。少しずつ移動します」 「はい」 エルフの娘が身を屈めた。その前にユリアが立つ。その満面を彩っているのは恐怖というより、好奇の色であった。 「一仕事終わったと思ったら……砂漠の不可視の魔物。――楽しみだわ」 くすりとユリアが笑みをもらした。その時だ。一瞬、赤光が閃いた。 「危ない!」 咄嗟にルオウが跳んだ。飛燕の迅さでエルフの娘の前に身を投げ出す。次の瞬間、ルオウの太股の肉がはじけとんだ。 「くおっ」 激痛に足ををおさえ、ルオウは倒れた。 危ないところであった。下手をすれば足ひとつ吹き飛んでいたかもしれない。ジャンの加護結界のおかげであった。 ジャンが祈りを捧げた。涼やかな風がルオウの傷を癒していく。が、まだ動けない。 同時にディディエが呪文を唱えた。差しのばした指先の前方に魔法円が展開。その中心を貫くように光の矢が疾った。 「うーん」 ディディエが困惑したように唸った。彼が放ったホーリーアローはむなしく流れ去っている。すると銀姫がある一点を指し示した。 「そこ!」 「ふん!」 アルバルクが素早く銃口をむけた。宝珠銃――レリックバスターが灼熱の弾丸を吐き出す。 ギャン、と泣き声を発して何かが転がった。猿に似た小動物だ。 「違う。こいつじゃない!」 「間違ったのだね〜♪」 銀姫が眼を閉じた。 単に移動にともなう音を追うだけではだけだ。総体的に敵の音をとらえる必要がある。 ちっ、と薫が舌打ちした。 「このままじゃあ埒があかねえ。ずっとにらみ合いをしているわけには」 「しかし」 と、ユリアが口を開いた。 「相手の姿が見えない以上動き回っても無意味よ」 「とはいってもだな」 「できるのは敵の攻撃範囲を限定させることだけ」 ユリアがじりじりと後退る。ともかく敵の攻撃を避ける遮蔽物が必要であった。 その時、空に何かが光った。 「危ない!」 円盤、と見極めるより早くフィンが踏み出した。カン、と硬い音を発してフィンの槍が円盤をはじく。いや、正確にはかすめた。さすがに突然の攻撃は対処しきれなかったのだ。はじかれた円盤はフィンの首筋をえぐり―― 鮮血が吹いた。フィンの首筋の血管が断ち切られている。がくりと膝を折り、フィンは首筋をおさえた。 さらに別の円盤が空を疾った。それは樹木を断ち切り、銀姫の背に―― 鋭利な縁をもつ円盤が肉に食い込んだ。銀姫の――いや、薫の腹に。咄嗟に薫が銀姫を庇ったのであるが、幸運であった。直前に樹木を切断していなければ身体を真っ二つに断ち切られていたところだ。 「くそっ」 円盤を抜き取り、薫は地に叩きつけた。 まずい、と呻きつつ、ユリアが癒しを仲間にあたえた。 ユリアが周囲を見回した。いまだ敵の間合いがつかめない。が、敵の攻撃法方はおおよそ見極めた。破壊光線と円盤だ。 「門。敵の位置は?」 アルバルクが問う。その眼が一瞬光った。彼から発せられた練力が周囲の開拓者の身体能力を賦活化させる。 「そことそこだよ〜♪」 高らかに歌い、銀姫が二箇所を指し示した。先ほど攻撃のあった位置からわずかに離れた地点だ。 「ぬうん!」 フェルルが槍の穂先をはねあげた。 ● 地を裂いて疾風がはしった。フェルルの槍から放たれたものだ。が、衝撃波はむなしく空を流れすぎていく。 それでもフェルルはやめない。二撃、三撃と衝撃波を放ち続ける。 同じ時、ディディエもまた他方に氷嵐を吹きつけていた。が、敵をとらえることはできない。ただ樹木だけが凍りついていく。 「むだだ。見えない敵にはあたらな――!」 アルバルクは気づいた。フェルルの意図に。 その瞬間、前方の空間が動いた。いや、空間というより、巻き上げられた土埃が。 「そこかぁ!」 ルオウが跳んだ。一気に距離をつめる。足の傷はすでに癒えていた。とはいえ、いまだ敵の正確な位置はつかめない。それを一体どうやって攻撃しようというのか。 「ええい! これならどうだ!」 ルオウが横殴りの一撃を放った。そのまま身体を旋転させる。いわば空間を切る月輪。 獣のような怒号が響いた。何もない空間から呪字と化した瘴気が噴いている。アヤカシだ。 「やったぞ!」 「まだです!」 フィンが地を蹴った。跳ぶように接近。噴く瘴気の周辺ごと槍でなぎ払った。 断末魔の絶叫が響くのと、ユリアが注意を喚起するのが同時だった。 来る、とユリアは踏んでいた。 敵の数はおそらく二体。その行動真理は狩人のそれに似ていた。 追い詰め、仕留める。敵は同時に攻撃を仕掛けてくるはずだ。 刹那、銀姫が指摘した。彼女の超人的聴覚は接近する敵の足音を正確にとらえている。 「来るのだよ、横から〜♪」 「ど、どこだ」 薫が銀姫の指し示す方向を見た。が。何も見えない。 「私が〜」 ニンマリし、ディディエが掌を開いた。 今度は青白い魔法円が展開した。中心から吹いたのは氷嵐である。が―― 広域に展開した氷嵐が効かない。さすがのディディエも愕然として眼を見張った。 直後だ。そこだ、とジャンの叫びが空に響いた。 ジャンが指し示した先。そこにはうっすらと氷が張っていた。先ほどジャンが水をまき、呪法で凍らせておいたのだ。 その氷がばきりと割れている。まるで何かがその上に舞い降りてきたかのように。 「ちいぃぃぃ。そこかぁ!」 アルバルクが細身の曲刀――アル・カマルを逆袈裟に薙ぎ上げた。地擦り一閃は空間を斬るのみならず、同時に土をもはねあげている。 砂埃をまとった何かが銀姫に迫った。拳からのびた刃が疾る。 刹那、見えぬ敵の眼前で傘が開いた。薫だ。 「男兒當死中求生、ってなぁ!」 叫ぶとともに、薫は傘を放った。ど、同時に拳をぶち込んだ。うっすらと茶色に染まった敵の顔面めがけ。 肉のひしゃげる感触が薫の拳に伝わった。敵も痛いが、彼もまた痛い。それでも薫は拳をうちぬいた。 「終わりなのだね〜♪」 銀姫が琵琶の弦をはじいた。どどん、と。地鳴りに似た音が敵に叩きつけられた。凄まじい衝撃が敵の瘴気で構成された肉体を震わせ、その活動を弱める。が、それは開拓者達も同じであった。 「何しやがんだ」 毒づき、それでも口中にわいた血反吐を吐き、アルバルクが敵に飛びついた。 「もう逃がしゃしねえよ」 アルバルクは敵の首にアル・カマルの刃をあてた。そして一気に掻き切った。 ● 結局隊商の生き残りは一人もいなかった。唯一助かったのはエルフの娘のみである。 さすがに数十の死体は運べない。ベドウィンであるアルバルクの指示に従い、主にフェルルとジャンが死者を葬った。 「結局のところ〜」 墓標を見つめ、ふっとディディエが口を開いた。 「姿の見えぬモノ。何者だったのでございましょうねぇ」 「さあ」 ユリアがこたえた。 斃した敵。それは姿を完全に現さぬうちに瘴気となって消えた。アヤカシであることは間違いないが、その正体も目的も今は闇の中だ。 「あなたは何だったと思うの?」 「何と申しますか〜。……私達が知るアヤカシとは相容れないような感が無きにしもです、ええ」 はっとして、警戒を続けていたフィンがディディエを見た。 「どういうこと、ディディエさん? アレが、あたしたちの知るモノではない、と」 フィンの問い。それにこたえる術をディディエはもたない。砂漠を吹き渡る熱い風が、急に冷たさを滲ませたな気がフィンにはした。 「銀姫さん」 フェルルがそっと銀姫に囁いた。肯いた銀姫の口から流れ出たのは葬送の歌だ。深く静かな音色が密林の中をたゆたっていく。 優しくジャンがエルフの娘を抱き寄せた。 |