【人妖】騒乱の兆し
マスター名:みそか
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/27 20:38



■オープニング本文

人妖とは高位の陰陽師が空中の瘴気を練り上げ、人間としての知能と意思を持たせたものである。

自らと似たような意思生命体をつくりあげることは誰しも憧れるものであるが、
専門職につく高位の陰陽師といえども瘴気に意思を持たせることは並大抵のものではなく、大半は自らの姿を自覚することなく崩れ去る失敗作か、ともすれば敵としての『アヤカシ』をつくりあげてしまう。

その中で、稀有な確率を乗り越えて人としての意思と思考を持ったものが人妖である。
体長は凡そ30cmほどであり、1mを超えることは稀である。

性格はアヤカシとしてのものが残っているのか、我侭か変わり者かのどちらかであることが多い。
知能レベルも人間とさして変わらないはずであるが、性格のせいか幼く観られることもしばしばである。
貴重性は非常に高く、商店にも殆ど出回らない。
美しい人妖の中には所有権を巡って里間の戦争を引き起こしたものまで存在している。


‥‥ギルドに乗っている人妖の説明は以上であり、
開拓者であればいずれも知っている知識ではある。

人妖をつれる開拓者の姿も昨今、あまり多くはないものの見かけるようになった今、その姿を見て特別視をする者も少なくなってきた。

いずれの人妖もそれをめぐって小競り合いなどは起きようとも、戦などを目にすることは少ない。
愛らしい姿を見るには喜ばしいが、その姿は小さく、里を賭けるほど熱をあげる里長はあくまでごく稀、
数百年に1度の、偶然が重なった場合しか起こりえぬ事態であろうと誰もが、誰に言われるでもなく思っていた。

‥‥かの人妖が『妖』の名の通り、アヤカシの一種であることを忘れれば。


●遭都  ・ 未綿(ミワタ)の里
「これは‥‥かように美しい人妖があろうとは‥‥」
「盲目の人妖、更紗(さらさ)にございます忠恒(ただつね)様。目に光は宿っておりませんがこの人妖‥‥よろしいでしょうか?」
 目の前でかいがいしく礼をする人妖・更紗を前に遭都が里、未綿の里長 忠恒は息をすることすら忘れたかのように顔を青くし、目を見開く。
 豊かなる穀物地帯を持つ未綿の里。収穫のたびに入る通貨は遭都に並ぶもの少なく、
 彼とて人妖を見たことは初めてではなかったが、この陰陽師が勧めてきた盲目の人妖はその姿を見た瞬間、心まで奪われる。
 光が欠けているというその条件が気にならぬ、あるいはその光を失ったまぶたこそが妖しい魅力を放つように、彼の眼光を釘付けにしていた。
 
「不詳この本津、はじめての作品にして更紗は渾身の作にございます。可能であれば手放したくはないと考えておりますが‥‥‥‥いえ‥‥もちろん約束を破ろうというわけではありません」
 ひどく狼狽した、売ることを惜しんで値を吊り上げようとしているようには到底思えない、純粋に手放すことを惜しんでいるように見える若い陰陽師に、忠恒は無言で刃を向けていた。

「貴様ぁあ! 初の人妖をつくりあげたなら買うという、我らの約定、まさか反故にするつもりではあるまいな!」
 忠恒の今にも斬りかからん雰囲気に、部下があわてて制止する。かように美しい人妖を作り上げるお抱えの陰陽師、殺すようなことがあれば里の重大な財産を失ってしまう。

「この人妖は見るに天晴れよ。報酬は倍支払おう! ‥‥なに、遠慮するでない。おぬしの名はこの忠恒がしっかりと広めようぞ」

 更紗を抱きしめるように手元に寄せる忠恒。
 ‥‥未綿の里が俄かに騒がしくなるのに、さほど時間はかからなかった。



●開拓者ギルド
「一体何があったのか‥‥」
 神楽の都、開拓者ギルドの長椅子にずしんと腰掛けた、緋赤紅はほとほと困り果てたという表情を浮かべ、頭を掻きながら開拓者に事情を説明した。
 曰く、数ヶ月前から遭都が東に位置する未綿の里が急激に軍備を増強し、反乱の兵を挙げる算段をたてているとのことである。いかに豊かな里とはいえ、他のどの里とも同調することなく、単独の里が蜂起しての戦。
 距離が近く、北面にとっても他人事ではない。朝廷から命が下って北面をはじめとして各国が連携すれば勝利することはたやすい。それほど未綿にとっては無謀な戦であるといえる。

「今のところは小競り合いで済んでいるし、勝つのは簡単だけど――」
 緋赤が地図の駒を指で弾く、みるみるうちに未綿の軍はひっくり返され、全て散り散りになってしまった。蹴散らされた未綿の軍は一兵たりとも残らない。

「長くても一月後にはこうせざるをえない。忠恒も叛意を抱くような人ではなかった筈なのに‥‥こうなってしまっては、できるだけ大事にせず問題を解決したいわ。‥‥仮に犠牲を出したとしても、ね」


■参加者一覧
/ 紅鶸(ia0006) / 北條 黯羽(ia0072) / 六条 雪巳(ia0179) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 天宮 蓮華(ia0992) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / 水月(ia2566) / 御凪 祥(ia5285) / からす(ia6525) / 痕離(ia6954) / 浅井 灰音(ia7439) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 村雨 紫狼(ia9073) / 劫光(ia9510) / 千代田清顕(ia9802) / 霧先 時雨(ia9845) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルセニー・タナカ(ib0106) / 狐火(ib0233) / 羊飼い(ib1762) / 緋那岐(ib5664


■リプレイ本文


●序幕(あるいは戦いの始まり)
<未綿の里・防衛線付近>

「本命をみつけた。‥‥数は6、馬が4に龍が2。本命は馬だ。人妖も一緒にいる」
 未綿(ミワタ)の里の中心部から離れること1里あまり、防衛線近くに潜み、今回の反乱の元凶であり、彼らの目的対象である忠恒の姿を劫光(ia9510)がパートナーを通して視界におさめる。
 本来の依頼任務からは少し離れているが、騒ぎの根本を断つことができればという気持ち半分、騒ぎを起こして本来の目的である陰陽師の確保がやりやすくなればという気持ち半分で集まった5人の開拓者は、手入れの行き届かない林の中に身を隠し、突撃する機をうかがっていた。

「勝てねぇ謀反なんざ起こしているくせにずいぶんと落ちついたもんだねぇ‥‥で、やるのか?」
「‥‥まだですよ統真さん。周囲の警戒をしますから待ってください」
 言うが早いか、里長に刃を向けるという行為に少しならず昂ぶっているのか、ともすれ確認の返事を待つことなく向かっていきそうになる酒々井 統真(ia0893)を柚乃(ia0638)は押しとどめると、目配せで劫光に状況を確認する。
「周囲に他に人の気配はない。どうする? 行くか?」
 その合図を読み取り、即座に返答をする劫光。
 穀物地帯であるがゆえに思ったよりも見晴らしがよく、想定よりも防衛線にやや近い部分での待ち伏せおよび発見となってしまったが、周囲に人の気配はなく、防衛線までもまだ距離はある。
 統真ではないが、下手に逃げられるとここにやってきた理由自体うしなってしまう。
「そうだな‥‥いや、どうやら考える必要もなさそうだ!」
 千代田清顕(ia9802)は劫光からの質問に一度思案するそぶりをみせたが、視界の端にわずかにうつった鉄片‥‥彼と同じくシノビの持つその投擲武器をクナイで弾き飛ばす。

『‥‥‥‥』
「へぇ、会話すら不要ってわけ‥‥? 戦えば、滅びしかない。そんな、簡単な事も解らない、のかしら?」
 開拓者の中に気配を察知することなく入り込み、尚も無言で任務を全うしようとする未綿のシノビに対し、曲を奏でながら問いかけるアグネス・ユーリ(ib0058)。
 それは相手が何かよからぬ術によって平静心を保っていないかどうか確かめるためのものであったが、相手は流れる心地よい曲など気に留めることもなくクナイを引き抜くと、ユーリが反応するよりも早く、彼女の懐に飛びこみ、クナイを突き立てる!
「させるかよ! お前らみたいな三下に用はない。命が惜しければ引くんだな!」
 シノビの手から離れたクナイがユーリの身体からわずかに鮮血を引き出したせつな、統真の拳がシノビの身体を弾き飛ばす。
 枝木のように細いシンビの身体は猛烈な勢いに耐え切れることなく吹き飛ばされ、草原を転がるように遠ざかっていく。
『三下とはずいぶんだな開拓者。里を守る我々精鋭が、しょせん雇われ者の貴様らに遅れをとるとでも思ったか?』
 炸裂音と共に身体に伝わった手ごたえに、統真がその言葉の通り忠恒の元へと歩を向けようとしたが、彼の行く手を切っ先に桜のような光をまとわせた、恐持ての志士が行く手をふさぐ。
「待て、俺たちは朝廷の命でここにやって来た。朝廷が本格的に出張れば里に勝ち目などない。大人しく投降しろ。そうすれば危害は‥・・」
 弾き飛ばされた仲間を顧みることもなく、ただ殺気と共にこちらをにらみつける志士。
ただならざる雰囲気に清顕は、自らの立場を告げて翻意をうながすが、当の志は口元にわずかに笑みを浮かべただけで、その必殺の構えを解こうとはしない。
『突然やってきてずいぶんな物言いだな開拓者。腐敗した朝廷の兵など恐れるに足りん‥‥我に手を出したこと、
その身をもって後悔させてやろうではないか』
 自らを狙って集まった開拓者たちを忠恒は事も無げに一瞥すると、かたわらの人妖に背を向け、開拓者に向けて屈強な体躯を向けた。
「どうやら戦わざるをえないようだな‥‥」
 忠恒をはじめ、臆することなくこちらに向かってくる敵の姿を前につぶやく清顕。
猛烈な炸裂音が草原にこだまし‥‥わずかにもれた、柚乃の声は届くことはなかった。


●第一幕(心情と守るべきものは反することがある)
<未綿の里、陰陽師の庵>
「‥‥ということです。此度の忠恒様らしからぬ振る舞い、人妖の所為である可能性が高いです。無用な衝突を防ぐためにも、仔細を調べる為に、人妖を作った陰陽師様の身柄を預けていただけないでしょうか」
 朝廷からの書状を持ち、正面から陰陽師の在する庵をたずねた水月(ia2566)以下4名について、庵を守る兵は最初戸惑い、追い返そうとしたものの、いかに反乱を企てようとここは遭都。
 使者を無下にしたとあっては面子が立たないと、庵の直下で簡素な陣が張られ、警備隊長を務める壮年のサムライは水月の話に反論することなく、最後まで耳を傾けた。

「大義あっての挙兵であるならともかく、大義もなく、1つの里だけで戦を起こせば数で押し潰されるしかありません。朝廷は軍ではなく、私たち開拓者を遣わせました。その意味をどうかお考えください」
 水月に言葉をあわせ、投降を呼びかける六条 雪巳(ia0179)。対する兵は隊長以下、全員神妙な面持ちをしていたが、やがてあきらめたように口を開く。
『開拓者よ、お前たちが言うことはすべてもっともな話。この戦いは始まる前から終わった戦いよ。仮に勝てたとしても、我らに利など何もない。‥‥だが、我らも里の人間。忠恒様がすると言っていることに反発できおうはずもない。陰陽師を引き渡すことなどできようもない。‥‥この場は、無理だろうとお引取り願えないか』
 ばつの悪そうに髭を指ではねながら、しかし力強く返答するサムライ。志高く身構える彼とその側近数名と、力なくうなだれるそれ以外の人間との感情の違いは、初対面となる開拓者にすら手に取るように判別ができた。
「ですがそれではっ、いたずらに命を‥‥っ!?」
 再度説得しようと身を乗り出した水月の耳に、幾重にも重なった金属音と叫び声が飛び込む。
 それが何の音であるかなどは、彼女にとってみれば考える前にわかる。

『やはりそうなったか。‥‥おぬしたちを悪くいうつもりなどはない。大きく国のためを思えば当然のことをしているに過ぎん。だが、ここは未綿の里。かようなことをして‥‥生きて帰れると思うなぁ!』
 刃を抜き出すこともなく、鞘ごと構えた武器を先ほどまで交渉をおこなっていた机に叩きつけるサムライ。続いて背後の側近も水月や雪巳が何か喋ろうと口を開くことを聞こうともせず、相次いで得物を引き抜いていく。
 木片が虚空に舞い飛び、先ほどまで交渉の場であった陣幕内部は、数秒の経過を待つこともなく戦いの陣地へと変貌を遂げた
「こいつはまずいな水月たん! さっさと逃げねえとどえらいことになるぜ。‥‥というわけで今すぐこの俺と逃避行しようじゃないかあ〜〜」
 舞い上がった木片が頂点に達するより早く、疾風のごとこい瞬発力で標的となっていた水月を抱きかかえる村雨 紫狼(ia9073)。今回の任務が兵士としての未綿の里の目的と反している以上、彼とこうなることは予想の範疇だったのか、あらかじめ用意していたとしか思えない長口上を水月に向けて喋りながら、四方から降りおとされる刃を紙一重のところで回避していく。
「って、これはさすがにいい男の俺でも限度ってのが‥‥」
 だが、陣地内部という限られた中で、水月を抱きかかえながらとれる回避行動などたかがしれている。ほどなくして追い詰められる紫狼。
「ここは一端引きましょう。俺がしんがりを引き受けます!」
 敵の注意を叫び声によってひきつけ、紫狼を切り裂くはずであって刃を受け止める紅鶸(ia0006)。いかに歴戦の開拓者である彼らといえど、それは敵とて同じこと。多勢に無勢で囲まれてしまえば開拓者側の不利は否めない。
「俺もあなたたちがしていることを非難はしませんよ‥‥ただ、それも罪の無い一般人や忠義の臣達に被害が出るその選択! 到底正しいとは思えません!」
「できるなら被害を出したくはなかったですが・・‥こうなればいたし方ありません。出来る限り被害を少なく、退場していただきます」
 水月を抱えたまま逃走する紫狼を視界におさめながら、紅鶸と雪巳は目の前のサムライたちと対峙する。アヤカシと戦った経験こそこちらに分があるものの、相手はまがいなりにもこれまで天儀の首都たる遭都を守り続けてきた精鋭兵。
 雪巳は物怖じすることなく対峙する目の前のサムライにから気迫を感じながらも、同時にこの状況で本来敵となりうるべきでない相手から、奇妙な違和感を感じていた。


●第二幕

『開拓者の連中だ! 思うこともあるだろうが忠恒様の命令である! 全員持ち場を死守せよ!』
「‥‥さすがに警備が手薄になったとはいえ、黙って通してくれるほど無能な輩ばかりでもないか」
 水月らの交渉によって、兵の一部が庵から注意が逸れたタイミングを見計らって、陰陽師の救出に乗り出したからす(ia6525)は、事前に起こした町の騒ぎや忠恒の警備兵が離れて尚、蟻の這い出す隙間すらない――凡そ一介の陰陽師を守っているとは思えない防衛体制を前に潜入の最中発見されてしまい、予備兵も含めて彼女たちは瞬く間に敵に囲まれてしまう。
「‥‥なんとも、ばれちゃったか。頼もしい反面、複雑になりますね!」
 刃の部分を側面にうつし、天河 ふしぎ(ia1037)は目の前につきだされた槍を自らの得物の質量で弾き飛ばす。決して広いとはいえない居間での戦いであり、彼女の武器は適しているとは言いがたいと感じると、携帯品に携えていた細剣に持ち替え、敵の肩口をなぎ払う。
『なぜ陰陽師を狙う開拓者!? 一介の陰陽師を捕まえるのに動くとは、朝廷も落ちたものだな!』
「っ! ‥‥その一介の陰陽師を数十人がかりで守っているのはどこの誰ですか!?」
 なぎ払われた衝撃によって脚を小刻みに震わせながら、しかし気力とともに床に踏みとどまった志士は、己の刃に炎をまとわせ、天河へとその屈強な体躯をあびせかける。
 狭い場所での単純な突撃に、天河は細剣を構えるが、相手はその行為を気に留めることもなく天河を弾き飛ばし、そのまま力にものをいわせて身体の自由を奪う。
『よくやった真差! そのまま押さえつけておけ!』
 ついでその真差と呼ばれた屈強な志士を飛び越すように、そして重要なことは天河の眉間―急所を狙い、必殺の刃を振り落とす。
「・・‥んなところでぇ!」
 尋常ならざる状況にみずからの集中力が高まったためか、あるいは走馬灯をはしらせる時間でも残してくれているためか、ひどくゆっくり落ちてくるように見える刃を天河は最初ぼんやりと眺めていたが、押さえつけている男の力が一瞬緩んだ隙をつき、上半身を僅かにそらして刃の直撃を避ける。
 樹木の繊維を金属が断ち切る音が彼の耳に飛び込み、首筋までかかっていた髪が数本舞い飛ぶ。
『外したかっ! だが次なる一撃‥‥‥‥』
「悪いな。‥‥危険を目の当たりにして尚、命を保ってやれるほど俺は人間ができてはいない」
 舌打ちと共に床に突き刺さった刃を引き抜こうとした男の腹を御凪 祥(ia5285)の槍が貫く。
 その場で血を吐き、崩れるように男は床に倒れていく。
「どうします祥? 見ての通り潜入とはいえない状況になってきましたが‥‥一端引きますか?」
 浅井 灰音(ia7439)は御凪の背後を銃口で固めると、次から次へと視界の中で増殖していく警備兵にため息を吐く。士気が低いのは事実であり、開拓者の襲撃と共に2割ほどの警備兵は戦うこともなく逃走していったが、残った兵は思いのほか強く、そして泥臭い。
「一端引いたところで敵の数がふえることはあっても減ることはないだろう。潜伏場所をうつされても厄介だ」
 御凪は切り捨てられてなお、脚に絡み付いて行動を阻害しようとする敵を振り払うと、わかりやすいほどに進路をふさぐ敵を前に頭をポリポリとかく。

「できれば正面から押し通りたかったが‥‥潜入しているやつらに任せるしかないか」
「どうにもそうするしかないようですね。――ならばここはできるだけ騒ぎたて、敵をひきつけましょう」
 御凪にあわせ、無表情のまま小さく息をはくからす(ia6525)。彼女が弓の弦を振り絞り放ったとき、僅かにおちつきを取り戻しつつあった庵は、再び戦いの渦に包まれていった。


●幕間
すぐ近くから刃と刃とがぶつかりあう音が聞こえる。
灯かりが完全に消された部屋では、陰陽師が自らの不安を打ち消すように、黙々と槌をふるっていた。
「お迎えにあがりました本津様。ご研究に熱心であられることはわかりますが、朝廷であればさらなる活躍の場を本津様に与えてくださることでしょう。どうか我らとご同行願えないでしょうか?」
 暗闇の中にアルセニー・タナカ(ib0106)の姿がぼんやりと浮かびあがり、彼は陰陽師である本津に向けてうやうやしく礼をする。
 開拓者であると同時に一介の陰陽師である彼にとってみれば本津は新進気鋭の陰陽師であり、少なくとも技術面においては尊敬できる対象であった。‥‥それゆえに、『可能であれば』手荒な行為はおこないたくない。
「悪いが考えてもらう時間もそうそうない。ついてくるなら早々に準備してくれないか?」
 アルセニーと同じく、騒ぎに便乗して、警備の中を潜り抜けてきた北條 黯羽(ia0072)は、槌を持ったまま動かない本津と、すぐ近くから聞こえてくる金属音の先とを交互に見て決断を促す。
『‥‥考えるまでもない。こんなところで幽閉される生活なんて私はまっぴらごめんだ! 早く助け出してくれ! 脱出路は確保できているんだろう?!』
 先ほどまでうつむいた本津からかえってきた返答は、意外なほど開拓者たちにとって都合がよく、そして当初抱いていた印象を壊すものであった。ガチガチと震えるその手が先ほどまで彫っていた木は、その道の素人から見てもとてもではないが売り物になる代物でないことがわかる。
「‥‥もちろんです。我々はそのために来たのですから。真亡さん、入るときに使ったルートは使えそうですか?」
 少しイメージと違った‥‥領主の心を乱すほどの人妖をつくりあげた凄腕の陰陽師という印象からは離れた本津の姿にアルセニーは多少口元を曲げたものの、すぐに平静を取り戻し、この部屋に侵入した3人のうちの1人である真亡・雫(ia0432)へと脱出ルートの確認をする。
「大丈夫です。‥‥何人か調整しないといけませんが、まだなんとか使えると思います」
 警備兵の気配を察知し、急いでこの場から離れるように促す真亡。

 庵周辺が俄かに騒がしくなるのは、それから僅かばかりあとのことであった。


●第三幕
<未綿の里 ・ 城下町>
『急げ! 例の陰陽師の庵で襲撃があったそうだぞ! 城下の騒ぎの対処に行っている者を至急呼び戻せ!』
 陰陽師の庵襲撃を報せる早馬が里に到着した時、すぐさま陰陽師の強奪を阻止しようと隊が編成されたが、
事前に都に潜伏していた朝廷の密使が騒ぎを起こしたりなぜかこの日に限って警備兵が酔いつぶれていたりなど、騒がしく町の中を走り回っている割には、実行力のある行動がとれているようには見えなかった。
「どうしたんですかー、いったい? まさかついに朝廷が動いたんですかい?」
『そんなことはない。ただちょっと郊外でドタバタしているだけだ。忠恒様はこの程度でどうにかなるお人ではない。安心されよ』
 バタバタと動きまわる警備兵を捕まえて、前日兵士に酒を振舞った張本人である羊飼い(ib1762)は、事前に町人から聞きつけていた情報を担保に警備兵から情報を引き出す。
(「あわてている中にまだ平静さが保てているところから見ると‥‥忠恒襲撃はまだ伝わっていないのか‥‥それとも‥‥」)
『しかし悪いことは重なるものだな。‥‥あの陰陽師などつなぎこめておかずともいいものを。まったく困ったものだ』
「‥‥恐れながら。ただでさえ人手不足のご様子。我々も手伝いますので、ここは城下の平定に全力を注がれた方がよろしいかと」
 羊飼いの言葉に乗せられ、少し愚痴交じりに情報を語る警備兵に、皇 りょう(ia1673)は陰陽師の救出どころかざわめき、このまま混乱が続けばあるいは不安・不満から暴動に発展しかねないと進言する。
 兵士はりょうの言葉にしばらく黙っていたが、やがて思い立ったように、指示を城下の安定に変更しようと口を開き‥‥目の前に現れた巨大な体躯の男に言葉を失った。
『里長の命令を無視するとは偉くなったものだな貴様‥‥開拓者ア! この場は放棄だ! すぐに陰陽師の庵に向かえ!』
 傍らに美しい人妖を従え、そして腕には彼の体躯に見合う大剣を握った忠恒がひとにらみすると、兵士は先ほどまで取ろうとしていた行動を取りやめ、この場から逃げ出すような勢いでかけていく。
『開拓者ァ! 貴様らの魂胆などわかっているぞ!』
「っ、プッツンきてるのかよおっさん!」
 走る兵士の姿を見ようともせず、その場で大剣を振り落とそうとした忠恒に、先ほどから物陰で様子を伺っていた天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が側面から斬りかかる。
 不意をつかれた忠恒は後ろに一歩下がり、刃と刃とをぶつける。からだの力がすべて奪われるかのような圧力に、消して武器にしろ実力にして開拓者の中でも下位に位置するものではない天ヶ瀬は、思わずひざを落とす。
「うわさにたがわないほどの怪力のようですねー。ですが、どんな力でも動けなければ意味はないですよー」
「忠恒! 民があってこその御上であることをわからぬか! 御覚悟を!」
 天ヶ瀬の苦戦を見て、瞬時に身体を動かす羊飼いとりょう。小さな式が忠恒の足をふさぐ間に、大業物を持ったりょうが必殺の一撃を与えんと、うなり声と共に忠恒へと突進する。
『勘違いをするなよ開拓者‥‥貴様らのような脆弱な存在と我らを同一にするな!』
「‥‥にぃっ!」
 忠恒はみずからが危機的状況に置かれているにもかかわらず口元をニヤリと緩めると、りょうの一撃を回避しようともせず‥‥ただ呪縛された式を踏み潰す以外身体を動かさず、りょうを弾き飛ばす!
 ただ、わけもわからず衝撃波によって弾き飛ばされたりょうは、民家の壁を突き破り、座敷に倒れる。
『我が未綿の里に伝わる術に死角なし! さあ、まだやるかぁ開拓者ァ!?』
 言うが早いか、倒れるりょうに向けて突進する忠恒! 振り落とされた剣は幾十もの木片と埃を空に舞わせ、僅かに視界が曇ったその向こうから、回避行動のために捻った身体をそのまま利用して、刃を振りぬかんとするりょうの姿が現れる!
「覚悟ぉおおお!」
 薄れ、揺らぐ視界を喉を振るわせる気合で正し、刃をそのまま忠恒へ叩き込むりょう。彼女が振りぬいた刃は‥‥忠恒の身体に接触した時点で弾け飛ぶような音を出し、『両者』を吹き飛ばす。
「あのタイミングで相打ち?! どうなってるんだこいつは?」
 倒れたりょうを抱きかかえ、忠恒の撃破など依頼目的にも個人目的にも入っていないと撤退を決め込む天ヶ瀬。
「それが無難な判断ね。人妖はあたりまえとして、あの領主‥‥なんでももう人間ですらない可能性が高いんだってさ」
 なおも刃を握ろうとするりょうの耳に軽やかな音楽と相談時に聞いた声が飛び込み、見上げるとユーリが龍にまたがり、メンバーに撤退を促していた。
「魅入られただけでは飽き足らずにーー、自分もなっちゃったってことですかー。‥‥なんにしろ、この人数じゃあ逃げたほうがよさそうですねー」
 話しながら、密使を含む全員に撤退の合図を送る羊飼い。術の正体や人妖の力量など確かめておきたいことは多いが、中級だか上級だがもわからないアヤカシかもしれない相手に、情報収集の一環で殺されたくなどはない。
「防衛線への道に逃げましょ。護衛は片付けていると思うから合流しよう」
 言うが早いか、開拓者を引き連れて逃走を開始するユーリ。
 彼女の視線の端にわずかにうつる陰陽師の庵の方角は、俄かに騒がしくなろうとしていた。


●終幕
<本津の庵近く>
「数は多い、ただ‥‥向かってくる者はそう多くない。撤退線確保を急いでくれ」
「合点だ! いくぞてめぇら! 道を切り開くぞ!」
 手裏剣で敵をけん制しつつ、用意した馬にまたがる本津を護衛する狐火(ib0233)の言葉を待っていたように、密使10名を引き連れて警備兵へと突撃していく巴 渓(ia1334)。
 敵は数こそそろえてはいるものの、命を賭してまで戦う者は少なく、実力的にはさほど脅威でもなかろう密使たちの攻撃にも、兵士たちの一部は自ら道をひらこうとする。
『本津を逃がすな! どうあろうと任務を全うしてみせろ! 弓を構えるなよ! 進路をふさいで落馬させるんだ』
 そんな中でも彼らとて任務に失敗すれば命の危険すらもあることを理解している面々は、後詰の部隊と合流するや、さしてうまいともいえない本津の進路をふさぎ、僅かに開いた脱出口を塞ぐ。
「結局乱戦か‥‥助け出すのが人妖作成の名人じゃなくて馬術の名人ならちったぁ楽に酒にありつけられたのかねっ!」
 北條の符が僅かに光を帯び、無数の風が生命を吹き込まれたかのように勢いよく鋭利な生物を形作る。脱出路を塞ぐ兵は鎧の上から斬撃を浴び、その場に倒れこんだ。
「そろそろ援軍がきてもおかしくないタイミングだ。全員を相手にしようとするな!」
 本津を庵の外まで手引きした真亡は進路に立ちふさがる敵に刃をぶつけるが、敵――――遭都の警備兵の練度は高く、またアヤカシと違い回復魔法も多用してくるため、単純に道を作るといっても容易なことではない。
『開拓者、もうすぐ城下から援軍が来る! 援軍さえくれば寡兵の貴様らなど恐れるに足りんわ!』
 相手の気分を落とし込むためか、なんとか防げているものの、戦力的にも実力的にも不利な状況であることは否めない警備兵である自らの気持ちを昂ぶらせるためか、本津の馬を牽制しながら叫ぶ兵。
 僅かなきっかけさえあれば崩れてしまいそうな防衛ラインを維持しようと、必要以上に大きく動きく。

「悪いな‥‥お前たちの心がけは尊敬するが、こちらもこれ以上失態を重ねるわけにもいかないのでな」

 そしてそのきっかけは唐突に訪れる。
 防衛線付近から戻ってきた清顕らが、敵の動きを束縛し、僅かに保っていた防衛線が決壊する。
 こちら側に援軍がくるはずが、僅か数名とはいえ、しかし決定的な援軍が相手側に訪れたことで、守備兵側にもはや再び開拓者と正面から戦う気力は残っておらず、本津をのせた馬は静かに棒立ちとなる兵の間を通りぬけていった。

●余幕(戦いのあと)
「‥‥これで大丈夫だと思います。次からはあまり無茶をしてはだめですよ」
 既に防衛線を突破され、果敢にも開拓者を追跡していった一部を除いて追う気力もなく、茫然自失といった空気で、先ほどまで戦っていた開拓者のひとりである天宮 蓮華(ia0992)の治療を受ける兵士。
「もう既にこの戦いは戦う前に勝負がついています。投降はされないのですか?」
 治療を終えた兵士たち‥‥既に誰も武器を手にとっておらず、表現が適切であるかどうかも
『お嬢さん、そういうやつもいるだろうが‥‥里はあんたらが思っているよりも重い。すべてを捨てて逃げるにはもう遅いほど警備は進んでしまったし、捨てるにも我らは長く生きすぎたんだよ‥‥必ず負ける戦いであっても、領主がどうであっても‥‥もう遅いんだよ』
「でもっ」
 自嘲気味に、しかしそれでいて考え抜いた末に「流れに身を任せるしかなかった」彼らの言葉に天宮は反論しようとしたが、城下から迫る「兵」の足音はもはや近く、彼女は男らの感謝の言葉を耳に、その場をあとにしていった。

 朝廷と未綿の里の軍とは、いまだ一触即発の状態でにらみ合いを続けている。