夜な夜な暗躍するモノ
マスター名:深空月さゆる
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/12 22:27



■オープニング本文


 天儀―――天空にある巨大な浮遊島、多くの人々が日々の暮らしを営む世界――それが『儀』だ。
 見上げれば空は目に飛び込んでくるし、晴れの日があれば大雨の日もあり暖かい日があれば寒い日がある。
 どのような力が働いてこの島が浮かんでいるのか―――。現在は安定した浮遊力を精霊の力が齎しているのではないか、という説や、古代に存在した文明がこの地を天空に浮かばせている、という記述が歴史書から読み取れるだけであり、まだそれは推測の域を出ない。
 天儀には――人がいて、虫がいて、魚がいて、獣がいて、数多の生物の中に、そしてこの地に暮らす者にとって嫌悪と恐怖の対象も、また存在した。生物としての理から外れたそれは、『アヤカシ』と呼ばれた。
 それは皆の日常をある日唐突に壊す災厄のようなもの。
 ―――力を持たぬ誰もが、アヤカシとの接触を恐れた。
 平和に楽しく幸せに暮らしていきたい、という願いを嘲笑うかのように。彼らの起こす事件は、減る事はなく、むしろ増加しつつあった。 

 此度舞台となる『国』は、最も大きな儀―――天儀本島のうち、神楽の都より東に位置する、『五行』。
 アヤカシを戦いの場へ召喚し使役する、陰陽師達の国。陰陽師はまだ歴史は浅く、アヤカシをもってアヤカシを制するという思想が当初異端視されていた経緯もあるが、今は対アヤカシ戦において彼らの力はなくてはならないものとなっている。
 此度の事件は『五行』の都、結陣(けつじん)からそう離れていない、それなりに活気のある村の―――ある飯屋で起こった。



 手ぬぐいでほっかむりをし。そう人目を憚って開拓者ギルドへ訪れた男の姿があったのはその日の午前の事だった。
「どうかお助けいただきたい‥‥」
 顔を近づけてきてポソポソと。対応するのは黒髪、黒眼の若い女性職員だ。たとえ男が挙動不審であっても、態度は変わらない。
「ご依頼ですね。どうなさいました?」
 男は一層声を落として説明を始めた。聞き取り辛い事この上ないが。忍耐強く聞いたところ、状況はおおよそ把握できた。
「‥‥そうですか。そちらの飯屋さんで、でも数日前から夜な夜な『鼠』が出るようになり、色んなものを齧っていくと」
「ああ、お願いだからもっと小声で‥‥!」
 もう、その様子は必死、の一言に尽きる。大きな体を縮めて娘に頼んでくる様は、傍目にはかなり神経質なようにも思えるが。飲食店で不潔な印象を与えるのは絶対避けたいところ。飯屋で鼠が出ると聞けば、皆自然足が遠のくのは当然予想がつく。風評被害を恐れるのは、飯屋を営む者としてごく当然の事だ。
 決して声は大きくはなかったが。謝罪し、職員は穏やかに話を促す。
「‥‥ええとですね、どうにも夜な夜な走り回っているようで、一度店の者総出で鼠をどうにかしようとしたんですが。我々が警戒してるとそいつらは現れなくてっ‥‥、私達の目が届かないところで食物を齧ったりしていくんですわ。姿を何としても見てやろうとしたんですが、何しろすばしっこい奴らで‥‥」
「‥‥それは、お気の毒ですね」
「本当に困ったもんですよ。ただうちの若いのが必死でおいかけて、鼠を数匹月明りの下見たんですがね」
「はい」
「片手では掴みきれないような大きさの、デカイ鼠だったっていうんですよ」
 しかも何匹も、と。主人はこの世の終わり、とでもいうような様子でガックリと肩を落とした。どうやら鼠はいつの間にか店と、主屋に戻ってきて再び悪さを働くのだという。
「最初はまさか、と皆想っていたんですが。確かに両手にも乗りきれないような鼠なんて、聞いたことなどありゃしませんしね‥‥誰かもこれはアヤカシだ、なんて言いだしましてね‥‥」
 職員は形の良い眉を顰めた。確かに、その巨大な鼠は―――その可能性が皆無ではない。依頼書にその点を書き添える必要がありそうだ。
「それにしても、食べ物を扱うお店は多々あるでしょうに、なぜ貴方のお店だけ狙われたんでしょうね」
 ギクリと身を強張らせ。主人はため息交じりにいった。
「まさかとは思いますが‥‥私の娘の跳ねっ返りが歌っていた‥‥歌。それが原因では‥‥」
「歌、といいますとどのような?」
「娘は陰陽師の方に、たいそう憧れておりまして。陰陽師はアヤカシを使役し、アヤカシを制する‥‥ていいますよね。だからアヤカシなど怖くない、アヤカシなど五行の陰陽師様が簡単にやっつける―――♪ そう能天気な歌を、‥‥あちこちで歌っていたようなんですね。皆特に気にも留めていなかったのですが」
「そう、ですか‥‥。ひとまずご依頼は承りました。すぐにソレの退治人を――開拓者を募りましょう」
「お願い致します」
 多種多様な具を使った御握り、拘りの味噌汁、漬物、定番の十品程のおかず、品数は多くなくとも一つ一つが料理人の愛情がこもった品が自慢のその飯屋は。こんな状況なので、現在、臨時休業ということで表向きは暖簾を下ろしてはいるのだという。幸いにして常連客に、もまだ噂は広がってはいない――――今だからこそ。

「ただ普通に捕まえようとしても、我々のように失敗してしまうかもしれない。何か策を講じていただいた方がよろしいかと思います。とにかく連なる他の店やお客達にバレないよう‥‥重ねてお願い致します。あと掃除なども、お恥ずかしながら手伝って頂ければ幸いです」
 無事巨大鼠を退治した暁には、謝礼はそれなりのものを約束する、とのことだ。


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
織木 琉矢(ia0335
19歳・男・巫
朱璃阿(ia0464
24歳・女・陰
明智珠輝(ia0649
24歳・男・志
美和(ia0711
22歳・女・陰
ルーシア・ホジスン(ia0796
13歳・女・サ
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
千王寺 焔(ia1839
17歳・男・志
雲野 大地(ia2230
25歳・男・志
凪木 九全(ia2424
23歳・男・泰


■リプレイ本文

●飯田屋の怪異
「記憶が無いのでは、こうして一つ一つ地道に見て回るしか無いです。が、こう全てが新鮮だと心地良いです」
 ここに至る道のり、そうしみじみ呟きながら来た開拓者もいたが、実際はそうのんびりと構えてばかりはいられないのが今回の依頼。
 なんせ、鼠に荒らされている飯屋だ。
 一部を除きギルドから依頼を受けた者には、風評被害を依頼主が気にしている旨は皆へ伝えられている。昼間二手に分かれ、片方は外回りで聞きこみ情報収集、片方は店で鼠の対策を行う。さて店に向かった彼等はなんとも皆心得たもので、ある者は大工の姿をしたり、ある者は旅人の姿をしたり、極力いかにも、といった物々しい姿を避けていた。ただ時間をずらしていくのか、どうなのかは決めていなかった様子で、店に続々人が入っていくのは些か奇異といえたかもしれないが。

 *

「この度は本当にお世話になります‥‥!」
 恐縮し頭を下げる主人の吉兵衛を始め、従業員らが皆に頭を下げた。暖簾を下ろして扉をしめている店は暗い。窓から零れ入る光も、どことなく影を帯びている。が、その何とも暗い空気を変えたのは(?)進み出た儚げな美形―――志士の明智珠輝(ia0649)の微笑だった。
「風評被害は元より‥‥アヤカシであった場合が心配です。皆様に危険が及びますので‥‥。美味しいご飯のためにも精一杯退治いたします。ふふ」
「は、はい、見事解決となった暁には、必ずご用意させて頂きますよ!」
『楽しみにしています』
 ここぞとばかりに皆力をこめて言えば、主人は明るい笑顔で頷いた。本業を期待されて喜ばない者がいようか。そして其々に個性的ではあるものの頼りになりそうな開拓者達であることだし内心ほっとしているのだろう。其々に自己紹介を済ませ、店と主屋を見て回る許可を得たところで――。

「わぁお〜美形さんが沢山だ☆」
「伊織ッ!!」
 柱の影から皆を見ていた少女が、叱責に驚いてぴゅんと奥へ走っていった。
「申し訳ありません。挨拶もろくにせんとあの娘は〜‥‥!」
「あの子が例のお嬢ちゃんですか?」
「アヤカシに関する歌をうたう?」
 二人の女陰陽師朱璃阿(ia0464)と美和(ia0711)が確認するとそうなんです、と吉兵衛が渋面で頷いた。
「相変わらず、あの歌をやめんのです。ホントの事だ、と。全く‥‥」

 *

 飯田屋の構造は、まず通りから暖簾をくぐると大きな机が三つ置いてある店内。それぞれの机に椅子が二十個、そして扉から右奥に厨房がある。その厨房も大きな飯屋に相応しい立派なもの、その裏の戸からは屋根付きの主屋へと続く通路がある。そこは倉庫的な役目も果たしていて、厨房に置き切れない食材などは整理され置かれているのが常だという。主人の案内のもと、店内、主屋と、あちこちを見て回った者達――凪木 九全(ia2424)、織木 琉矢(ia0335)、珠輝は鼠の被害の詳細を尋ねた。
「あの鼠に荒らされた食べ物なんですけど」
「ああ、種類ですか? 被害が大きいのは野菜や‥‥やはり特に米、でしょうか」
「なるほど。時間帯はいつ頃だ?」
 九全に続き確認したのは、琉矢。深夜です、との返答があった。
「店と主屋の両方に?」
 珠輝がそう尋ねると。肯定が返る。
 三人は鼠が現れた場所などを再確認する事にした。また、罠を作る旨も主人に伝える。その為に必要なとりもちや納豆は、職員が買い出しの為に走ってくれた。罠は自然な感じを装い、設置を行う予定だ。

 *

「伊織お嬢さん!」
「もぉ、なーにー?」
「お嬢さんが大好きな陰陽師の方達がお見えですよ。それでは、どうぞ宜しくお願いします」
 芳之助と名乗った従業員は、二人に笑顔を向けた。主屋にある日当たりの良い中庭が見渡せる縁側に座っている少女に、朱璃阿と美和は話しかけた。

「私は朱璃阿、こんな服装しているけど一応、陰陽師なの」
 女性らしい豊満な体つきを惜しげもなく晒している彼女に、伊織は笑いかける。
「疑ったりしないよ? そっちの陰陽師様も可愛い」
 臆する事無く喋る美少女は、中々にイイ性格をしている様子。二人に興味津々だ。
「伊織ちゃんは、例の歌をいつ頃から歌い始めたの?」
「ん〜〜。何でそんなこと聞くの? ま、いいや。三か月くらい前からかな〜」
「夜中にも歌ってるの?」
 顔を左右に振った。
「伊織ちゃんの歌、主人や周りの人にはあまり評判が好くないの‥‥それは知ってる?」
「でも〜。陰陽師様って強いでしょ。本当の事だと思うんだけどな〜」
 頬を膨らませる。そんな仕草をすると、子供らしい。
「ね、伊織ちゃん。陰陽師についてどのくらいの事を知ってる?」
「? えっと」
 少女は陰陽師についての知識を、披露し始めた。符、式、についても正しい知識を身に付けている。
「伊織ちゃん、どこでその知識を‥‥」
「えへへ、五行の陰陽師様がお客さんで立ち寄った事があったの。芳之助が引き合わせてくれて」
「そう。じゃあ、こういう事も聞いた? 式もアヤカシの一種、アヤカシは生き物の命を簡単に奪える存在だっていうことを。人の命でさえも」
 美和の口調は何気ないものだったが、だからこそ重い。
 少女は口をとがらす。
「知ってるもん」
「伊織ちゃん。陰陽師至上主義は大いに結構だけど、軽い気持ちでいると何時か自分の命を落としかねない事になる。それを忘れては、駄目よ」

 *

 丁稚を装い入ってきたことからしても彼もまた風評被害を防ぐため気を使った一人―――。掃除をしつつ店内の探索を行っていたルーシア・ホジスン(ia0796)もまた、従業員の案内のもと、鼠の侵入経路を改めて検証していた。
「埃はない、っと。あと出入りする穴とか‥‥」
 床に這いつくばり皆が見落としそうな壁の隅の方を確認していく。机の上に食べ物が置かれ、その下には壺が並ぶ一角、その奥を慎重に見ていく。壺をどけるのに、千王寺 焔(ia1839)と従業員も手伝った。そして。
「「!」」
 大鼠も侵入可能だろう、皆も見落としていただろう大穴を一つ見つけた。

「気を付けてくださいね!」
「大丈夫だ」
 一方その頃――屋根裏の捜索の後、天目 飛鳥(ia1211)。お世辞にも衛生的に良いとは言えない床下に従業員らから借りた布で顔を覆って入りこむ。そこで柔らかい感触に触れ、異変に、暗闇の中動きを止め、流石に彼は顔を顰めた。
(「猫の死骸か」)
 その感じ、哀れな状況から誰かに食い散らかされたというのが解る。そして光が漏れている箇所に気付き、彼は『鼠』の侵入経路と思しき穴を見つけた。
 やがて、床下より這い出し。汚れを屋外で払った後、ルーシアと焔と共に客が食事する場所――店内に、鼠が今まで食い散らかしたものと同じものを設置していった。机と椅子を全て出すのは難しいので壁側に寄せ椅子は机の上に全て上げた。
「誘導用の穴と、皆の出入り口以外は全て塞ごう」

 *

 極力外での活動は控えて欲しい様子の主人ではあるが。全く聴かないわけにもいかない。音有・兵真(ia0221)と、雲野 大地(ia2230)は其々、町で旅人を装い人々と会話を試みた。
「すみません、お姉さんちょっとお尋ねしたいのですが」
 と井戸場会議中の年配の女性らを掴まえて微笑を添えてそう切り出せば、大抵の女は態度を和らげる。大地は中々、処世術に長けている。会話を試みる時、鼠、被害などという単語は出さないよう気を付けた事もあって、何かを悟られる事もなく会話を続行する事が出来た。
 その頃、兵真も。土地に不案内である事を演じながら、会話を試みた。
「なぜそんなことを聞くの?」
 と不思議がられた時は、
「いや最近あちこちと物騒だと聞くからさ」
 と上手くごまかして。得られた情報は、飯田屋の他には営業が停止している店はないとの事。やはり大鼠の被害はかの店だけである事、を二人は確認した。

 *

 吉兵衛屋敷の客間にて、皆は用意されたお握りを頬張りながら、情報交換を行った。
「結論から言って、鼠が普通のものか、それともアヤカシなのか。はっきりとは分からない」
「鼠の糞等は一つもなかったようだしな。これは店の者達の証言も得た。主屋の方は鼠の出入りしている穴はない。厨房の例の穴から入り、主屋と連結してるあの通路を通って行き来したと思われるな」
「‥‥念を入れて罠は多数設置致しました。とりもちなどですね。案外、こういう手だからこそ引っかかるかもしれません。ふふ」
 と、九全、琉矢、珠輝が。
「確かに、そういう罠の方がかえって。あっ‥‥と、厨房で見つけた穴は、誘導用に一つあけておきました」
「それ以外は、床下にひとつ鼠の出入りようと思しき物があったが、塞いである。床下に猫の死骸があった事、その損傷の状態から何かに食われたものには見えるが、嬲り殺したような感じも見受けられる」
「まるで、すぐ殺すより殺す過程を楽しんでいるようだな」
 ルーシア、飛鳥、焔が。
「――では、外回り組から。お姉さんがたからの情報によると、飯田屋さんの他に営業停止している店はありません」
「鼠が出てるのは、どうやら本当にこの店だけのようだ。特に競合店らしき内容の被った飯屋もないようだし‥‥」
 と大地と兵真も告げる。
「でも。どうやら伊織ちゃんの歌が直接の引き金になっている訳でも、ないようですね」
「彼女が眠ってる時間にも、鼠は出てきてるみたいだしねぇ」 
「なるほど‥‥解った。では、食事が済んだら夜に備えよう」
 飛鳥の言葉に、皆頷き合った。


●鼠退治!
 鼠が出るのは深夜――侵入経路が主屋にはなく一つに絞られた事で、二手には分かれない。心眼を使える珠輝と焔が、その気配を探る。飛鳥だけは建物内で鼠を迎え撃つべく、密やかに身を潜め待機中だ。

 そして深夜。
 心眼で気配を察知した二人は、素早く仲間達に教える。中には既に罠にかかったモノもいる様子、こっそり密やかに、皆行動を開始した。
 既に飛鳥は抜刀し、鼠を退治する機会を窺っている。とりもちに比較的小さな鼠が引っかかっている。大鼠は逃げるどころか、仲間達に飛び掛かってくるものもいた。琉矢が【力の歪み】を放ち動きを阻害、その素早さに舌を巻く。皆の間を走り抜けようとする他の大鼠だが。
「式よ、かの敵を縛れ、呪・縛・符♪」
 歌って踊れる陰陽師の放った術で、大鼠がその場に縛られた。動きを止めたそれを飛鳥の刀が断つ!
「ナイス呪縛符です‥‥! っとそちらに行きました、頼みます!」
 怒りを露わにした別の鼠が朱璃阿に向かっていくのを、焔が間に入って巻き打ちで切り裂く! 美和もまた呪縛符で確実に動きを止め、味方の援護を行っていく。このでかさ、感じ――。九全が即、鼠の息の根を止める。普段穏やかな九全からは想像もできないほど、死んだそれを見る彼の眼は冷やかだった。
 大地もまた仲間達の奮闘に、奮起する。
「機がここに! ならっ!」
 彼の刀は確かに飛び掛かってきた大鼠の体を両断した。素早さに怯まず皆執念で仕留めて行った。珠輝もまた刀を振るいながら、高らかに言う。
「ふふ、見たか獣にはできない連携ぷれー!」
 中には包囲網を抜け外へ逃亡を試みる数匹もいて、外に飛び出した鼠を兵真が疾風脚で追い掛け切り伏せ、ルーシアもまたその後を追い地断撃でその身を断つ。
 討ち洩らす事なく、現れた鼠は全て退治した。
 それらの鼠達はアヤカシであることを証明するように一片すら残さず、やがて完全に消滅した。
「小さなアヤカシでもこれか‥‥」
 自然呼吸が乱れる。自嘲気味に呟いた琉矢の肩を、ぽんと珠輝が叩いた。


●掃除
 餅と―――特に納豆でべとべとになった足で走り回った痕跡を、割烹着を着た珠輝、そして琉矢、九全が丁寧に雑巾で拭っている。とりもちは意外にも有効だったようだが、納豆はあまり効果はなかったようだ。ともかく終わり良ければ全てよし、だ。美和は厠の掃除を行い、草毟り、蜘蛛の巣を取るなど、まめまめしく働いてくれた。朱璃阿が高い所を掃除する事を申し出て、誰かに肩車を頼むと我こそは、と手を上げた者が(店の従業員も含め)幾人もいた事を記載しておこう。
 大地と飛鳥は、壊れた家屋の修繕箇所を可能な範囲で直した。ルーシアも壊れてしまった周囲、砕け飛び散ってしまった物など集め片付けていく。焔がどかした机や椅子などを、兵真の手を借りて元の位置に直している時。外へ出た主人が近所の住人に捕まったらしいのが察せられた。
「なんだか凄い音が夜にしたようですけど―――?」
「あ、いえ、ちょっと家内と‥‥その、夫婦喧嘩をしまして。あは、あははははは」
 苦しい言い訳をする主人の声を扉越しに聞きながら、ちょっと派手にやり過ぎたかと口元を引きつらせ、皆が互いの顔を見た。妙な噂が広がらないことを祈るばかり、だ。


●美味しい飯田屋
「皆さん、お疲れ様でした! たんと食べてくださいね」
『おおおおおおおおおおっ』
 机の上に並べられた、鮭、梅干し、昆布、数種類の炊き込みご飯のお握り、絶妙な味噌汁、よく味のしみ込んだお煮しめ、南瓜の煮物、魚の照り焼き等、机の上にはずらずらと並べられていた。皆、勢い良く食べていく。兵真が顔を綻ばせ、箸を次々料理へと伸ばす。
「体が資本だからな」
「うわぁ、この南瓜の煮付け、美味しいですね‥‥!」
「‥‥こっちのお煮しめも中々。みたらし団子があれば最高だったんだが‥‥」
「芳之助っ、みたらし団子買って来い!」
「へいっ」
「ささ、酒です。こうぐぐ〜っと!!」
 この店が鼠なんぞに潰されなくてよかった、と思う皆だ。それくらい、料理は全て美味しいものだった。皆、其々に楽しく和気あいあいと話し、歌を歌うものもいて、他者の武勇伝だって酒の肴、雰囲気もとにかくいいもので―――楽しい時間は過ぎて行った。


●別れの時に
「伊織ちゃんが今でも陰陽師に憧れているならこの符を受け取って。何年かしたら私のところにいらっしゃい」
「お姉さんは素敵な陰陽師だと思うけど、私は弟子入りできないかな」
「なぜ?」
「私、陰陽師様のとこにお嫁にいくつもりだから。その人に色々教わるね!!」
 その宣言に、皆吹き出す。少女は本当に、イイ性格をしている。
「でも、符は頂きたいなあ。駄目?」
 可愛らしくねだられ、朱璃阿は苦笑しつつも差し出した。
「私の言ったこと、忘れないでくださいね?」
「忘れないよ、美和さん。‥‥私、本当に陰陽師になるの!」
「歌の上手なお嬢さん。今度はお店のご飯が美味しい! の唄を歌うと父上も喜びますよ、ふふ」
「‥‥はーい! そうするね」
「本当に、ありがとうございました。このご恩は、忘れません」
 深々と頭を下げた主人。その夕刻、闇に紛れて去っていく開拓者達に少女は手を振った。
 大鼠による事件―――ひとまず一件落着である。