炎のアヤカシ
マスター名:瑞希
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/02 21:42



■オープニング本文

●寒仕込み
 ――石鏡。とある村のはずれ。空が白み始めた頃合い。
「おぉ、寒い寒い‥‥」
 骨ばった細身の身体を震わせて大仰に声を立てながら小走りになる2人の男、余兵衛と源吉は冷え切った身体を早く暖めようと家路を急いでいた。
 彼らは村の名産でもある味噌を仕込む職人だった。ここ10年の間に味噌の産地として有名になった村で、多くの人々の暮らし向きを支えているのが彼ら味噌職人たち。彼らは年中、新たな仕込みを始めてはいるが、それでもこの寒い時期に仕込むそれが随一の風味を誇っている。昨年の同じ時期に仕込んだ分などは、遠方からわざわざ買い求めに来る客も居るほどで、村で使うために取っておいた分も売ることになり、大量にあったそれももう残り僅か。
 嬉しい反面、今年はそれも見越して大量に仕込むことになり労力は2倍。ゆえに夜も明ける前から味噌蔵に行かねばならなかった。
「早く帰ぇって母ちゃんの淹れる茶と秘伝の味噌漬けでもって、さらさら〜っと茶漬けでも啜るかねぇ‥‥」
「茶漬けか、いいねぇ〜」
 余兵衛と源吉は、ささやかな幸せに想いを巡らせながらまばらに立つ家の間を駆けてゆく。

 ――しかし。そんな彼らの目の前に、ポッと炎が灯るかのように奇妙な明かり。それはみるみるうちに増え、やがて視界を覆い尽くした。

●炎のアヤカシ
「アヤカシだぁ〜!」
 余兵衛が村中に響き渡らんというほどの声で叫ぶ。中心には燃え盛る車輪といった姿のアヤカシが2つ。そしてその周囲に群がるいくつもの鬼火。
「誰か!」
 外に出ないまでも既に起きている者たちは多く、余兵衛らの声を聞きつけ村人たちの多くがすぐに動いた。
 それでも2体のアヤカシは動かない。
 それを見てとった2人は、不審に思いながらもこれ幸いと、1歩1歩後ずさるようにその場を離れようと試みる。
 ザザッ‥‥ザザッ‥‥乾いた空気に砂擦りの音が響く。
 それでも動かぬアヤカシを見据えながら、ある程度離れたのを測ると、一気に駆け出そうと振り向かんとする。
 その瞬間、炎の車輪が音もなく転がり出した。
 ――そして。
 驚き、大きく見開いた余兵衛の瞳に映ったのは、迫り来る真っ赤に燃え上がった車輪。そしてそれが余兵衛が目にした最後の光景となった。
 更にそのすぐ隣。轢かれてなお、燻ぶるような異臭を放つ同僚だったモノを見やりながら、源吉は声を出すのも侭ならず一目散に走り出した。が、走り出して間もなく、彼に群がるように集まった鬼火たちによって、無数の火傷と共に命の幕を下ろしたのだった。
 そんな凄惨な光景に畏れを抱いた村人たちは、恐怖に身を震わせながらアヤカシたちが去ってくれるのを祈るばかり。そうして遠巻きに見やる村人たちの祈りが天に通じたのだろうか。アヤカシたちは余兵衛と源吉の死で満たされたかのようにスーッと去っていったのだった。
「大変じゃ。開拓者を呼ばねば!!」
 いつまた訪れるやも知れぬ。村人たちは言い知れぬアヤカシへの恐怖を抱きつつ、ささやかな希望を求め、開拓者ギルドへと使いを出すのだった。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
熊蔵醍醐(ia2422
30歳・男・志
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
燐瀬 葉(ia7653
17歳・女・巫
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
永(ia8919
25歳・男・シ


■リプレイ本文

●痕跡
「おぉ、戦いの場はここですか」
 村に到着して間もなく、件のアヤカシが出現した現場を確かめると、檄征 令琳(ia0043)は地面に走った炎の擦過痕を見つけた。
 冬場は踏み固められた土が乾燥し、路面は固い。その表面を削り取るようにして付けられた車輪幅の黒い痕は、土が灼けて変質したものだと分かった。
「この場所で、美味しいお味噌を仕込んで頂いていた職人様がお二人も‥‥」
 その灼け痕を見つめ、趙 彩虹(ia8292)が物悲しげに呟く。だが、ここでアヤカシ『火車』を討ち漏らそうものなら、同様の被害が出るのは明らか。負けられない‥‥改めて彩虹が胸に誓う。
 が、同様に幾人かが深刻な表情を見せる中にあって、風鬼(ia5399)だけは至極落ち着き払った様子。
「敵はいつやってくるかわかりません‥‥とは言え昼のうちから現れるのも考えにくい。たしか、火車は地面を転がるのでしたな?」
 何が言いたいと首を傾げる仲間に、良ければ付いてきてください、と痕跡を追うように風鬼が歩き始める。
 しかし、はじめのうちこそ順調に辿ることができたものの、村を出て少しすると擦過痕が急速に薄れ、やがてすっかりと消え去っており、それ以上は追跡不能。
(「戦闘から離れ、勢いが落ちたといったところですか‥‥」)
 まずは方向だけでも掴んだことで良しとし、日も落ちてくるからと皆で一旦は村へ戻ることにした。
「では、交代の時まで休ませていただきます」
 交代で深夜と早朝に分かれて警備にあたることにすると、令琳などは早々に眠りに入る模様――警戒すればこその万全の備えと言えた。
 一方で熊蔵醍醐(ia2422)と雪斗(ia5470)は、夜の闇に恐れおののく村人らに、決して何があっても外には出るなと告げて歩く。
「被害が出てんのは深夜から朝方だァ、都合もあるかもしれねぇけども、ちっとだけ我慢してくれや!」と。
 そうして2人が出ている間に、燐瀬 葉(ia7653)はさっそく村人から分けて貰った味噌を使い味噌汁を、そして手早くおにぎりを準備する。
「いざこれからって時に、お腹すいてました〜じゃ困るからなぁ。まぁ後で交代の時にでも食べてなぁ」
 と微笑んで見せるのだった。

 そんな訳で前半は夜半過ぎまで。
「それにしてもまるっきり妖怪の話になってるよなァ、あぁ、アヤカシだから当然っちゃ当然か!」
 手元の明かり以外には光1つない闇にあってなお、昼と変わらぬ豪快な声を響かせる醍醐。そんな彼のテンションに葛城 深墨(ia0422)も思わず表情を綻ばせ、頷いて見せる。
「確かに。お伽噺とかで、そういう妖怪がいた気がする‥‥」
(「どんな相手でも構いませんが、できれば早いうちにやってきて貰いたいものです」)
 そんな2人の後方で瞳を細め、風鬼は変わらぬ様子で昼間見た方を見つめていた。
 が、想いとは裏腹に、時は穏やかに過ぎ去り交代。後半の面々は葉のおにぎりと味噌汁で腹ごしらえをしてから外へ。
 時間も時間だけに前半とは違いかなり静かな警戒となったが、その間中も幾つかの家々から、不安定な寝息や眠れずに過ごす村人の吐息のようなものが漏れてくる。
「村の方々には、一日でも早く安心して過ごせる日々を提供してあげたいものですね」
 永(ia8919)は、待つしかできぬ我が身を疎み、心を痛め呟いた。
 とは言えアヤカシが素直に期待に応えてくれるはずもなく、何事もないまま日は昇る。また今夜‥‥開拓者たちは次こそはと祈念しつつ、再び村の様子を見て歩いたり、仮眠を取って夜に備えたり、己がベストを尽くすのだった‥‥。

●薄明かりに灯る炎
 ――そして翌日の晩。
 昨夜と同じ分担で警戒にあたる開拓者たち。しかし前半はやはり何事もなく、緊張の面持ちに肩透かしを喰らわせるかのように静かに時は過ぎてゆく。
「丑三つ時が定番じゃねぇかって話は、案外当たりかも知れないな」
 そんなことを告げながらも、あとはよろしくと、他人事のように告げ深墨も休む。無論、その内心は仲間を信頼すればこそ。
 それを察して微笑む葉は、
「うちが起きてるから大丈夫やで〜。昼間のうちにしっかり寝てるからなぁ」
 と徹夜で過ごす覚悟。どうやら一旦寝たらなかなか起きられない子らしい。
 でも、そんな彼女ですらも、うつらうつらとなりかけた明け方近く‥‥。

 朝靄の薄明かりが、そろそろ射し始めようかという頃、変わらず警戒しているつもりの彩虹の視界の先に、何かがポッと灯るのが見えた。
「‥‥! あの辺、少し明るくなりませんでしたか?」
「ん、たしかに今点いたように見えたな」
 アヤカシ!? そう直感した面々は、即座に走り出しながら、呼び子の笛を吹き鳴らす。この際、迷惑などと言っちゃいられなかった。
 その間にも次々と灯り続ける光点。ようやく辿り着いた開拓者たちの前には、炎に包まれた車輪という風貌の火車が2体、それに小さいながらも炎の塊たる無数の鬼火が浮かんでいた。
「来ましたか。では、左のヤツを私達が‥‥」
 戦いの予兆に笑みを浮かべつつ、令琳が鉄爪を構える。するとそれに呼応し彩虹が霊杖『コノハナ』を、永が円月輪を構えてもう一方の火車に身体を向ける。
「じゃあ私たちはこっちですね」と。
「結構な数だね‥‥どう来るものかな?」
 そんな仲間たちの後方で、火車に狙いを定めながら様子を探る雪斗。しかし揺らめき浮かぶ鬼火が邪魔なことこの上ない。仕方なく狙いも半ばに矢を放つと、それは風を裂いて一直線に火車に向かいながら、その前に出た鬼火に当たり、爆ぜた火球となって共に消え去った。
 その小爆発を機に一気に鬼火どもがわらわらっと襲いかかる。
 ――乱戦の幕が今、上がった。

 その頃、待機班の葉は呼び子の音色で覚醒、同様に仮眠から目覚めたばかりの仲間にアヤカシの合図やでと声を掛け、すぐさま駆け出していた。その声を受け、即座に反応した醍醐も長槍を取り駆け出す。
「ようやく来やがったか!」
 それに風鬼と深墨も続くが言葉は返さない。もしかしたら寝起きで少々機嫌が悪いというのもあるかも知れないが‥‥。
 しかし、そんな彼女らが着くより早く、火車は回転を始め、その身に纏った炎も勢いを上げる。そして、群がる鬼火が紡いだ壁を突き破るように一気に‥‥疾る!
「わっ、熱そうですね!」
 寸前で身をかわす彩虹。纏ったロングコートを通して確かな熱が伝わる。
「熱っ! これじゃぁ、やっぱり無手での攻撃は危ないですよね‥‥」
 思い直してすぐ横を見やると、令琳のかわした火車は勢いのまま民家に突っ込み、壁の一部を破壊。火事にならなかったのが幸いと言えよう。
「このままではいずれ村に大きな被害が出ます。もっと遠くに誘導しましょう」
 叫ぶ永。しかし前方には鬼火の群れが迫っており、村から離れるのは難しい。
「鬼火どもを蹴散らして進むしかない‥‥ようだね」
 再び鉄弓の一矢が鬼火を散らす。続くように令琳、彩虹、永らもまずは鬼火にターゲットを絞り道を切り拓く。幸いなことに火車の突進は勢いこそあれ単調そのもので、発する熱量さえ考えなければ避けきれないほどじゃなかった。
 こうして道を切り拓きながら進み、途中からは永の、いっそ背を向けて走ることで追ってくるのではとの見解が見事に嵌まり、葉ら4人との合流も果たした上で家々を離れ、幾分周囲の広いあたりに辿り着いた。

●火車と鬼火と
 まず一方の火車には令琳と雪斗のところに加わった葉が神楽舞・攻。その舞で力を増した雪斗の鉄弓から三度放たれし矢。今度はそれが狙いたがわず火車を貫く。
 が、火車もそれでは倒れることなく、炎の色が赤みを増して再び突進してこようとしたが、そこへ令琳の呪縛符が飛来。燃え盛る火車の炎にも灼けることなく、その回転を止める。
「どうしました‥‥もっと燃えて見せろぉ!」
 もう一方の火車の側では永が掲げた手で円月輪を弄ぶようにクルクルと回し投擲。打剣の付与で強化されたそれが確実に火車の中心、軸の当たりを打つ。そして続く彩虹の掌から飛ぶ気の塊。転がるだけの火車はその気弾でバランスを崩し横転。
「今です、熊蔵様!」
「おう!」
 醍醐の長槍が閃き、空を切り裂く。そしてそのままの勢いで放つ流し斬り。火車の車輪を大きく切りつけた。
 それぞれの火車に攻撃している間も鬼火は開拓者たちに群がるが、それを極力押し留めていたのが深墨と風鬼。
 集団で襲いくるそれらの動線の鍵となる個体を見つけ、呪縛符で動きを止める深墨。そして早駆で他の個体からの攻撃をかわし、深墨が止めた相手を風鬼が着実に仕留める。暗視の力ゆえ、薄闇が彼女の動きを損なうことはない。1体、2体‥‥狙い違わず投げた風魔手裏剣が着実に爆ぜ消してゆく。
 それでも鬼火の数はまだ多く、その中で他の面々が火車だけを集中して討つのは容易ではない。
 葉の元に飛ぶ鬼火が火炎を吹きつける。しかし、幾筋も走るその火球を、彼女は舞の動きに織り込んでかわし、狩衣「雪兎」の端を微かに煤けさせた程度であしらう。
「そう簡単にはいかないんやで〜」
 さらに前に立って長槍を振るう醍醐の元にはいくつもの鬼火が塊のようになって体当たり。しかし当たったのは彼の胴巻に過ぎず、かすり傷1つ負うことはない。
「まったく鬱陶しいものだね」
 雪斗の鉄弓から飛んだ矢が葉の頭上に浮かぶ鬼火を弾けさせた。同じく永は無手のまま右手を上げて投げる構え。その手に収束した細き雷が手裏剣の形を為し、鬼火に向かう。
 空を裂く神速のそれが醍醐の元に集った塊の中心を貫いた。
 さらに令琳や彩虹も仲間の周囲に群がる鬼火を片付けるのに手を貸そうと試みるが、その気を取られた瞬間を待ち受けたように、火車が突っ込んでくる。
「危ない!」
 微妙に不意打ち気味なそれを、幾分大仰にかわす彩虹。一方、令琳の方は飛び退くのが間に合わないと判断し鉄爪を突き出し受け止めた。
 彼の手を灼く熱い炎。ジリジリという音と共に焼け焦げる臭いが広がる。しかし彼は眉一つひそめることなく告げる。
「温い、この程度の火力でお茶を沸かしては、お茶汲みも出来ませんよ!」
 意外なことに、かつてのお茶汲み経験から出たものらしい‥‥。
「そのまま決着をつけよ、なぁ‥‥」
 葉の神楽舞・攻。そして力を増した雪斗の矢が閃き、火車をよろめかせた。その隙に令琳の霊青打。
「はぁぁぁぁ‥‥」
 式の力宿りし鉄爪が一息に火車を引き裂く。そのまま振り返り、次なる敵を見据える令琳。
「フン、火力を上げて出直すのですね」
 背に火車の躯が崩れ落ちる感触が伝わってきた。
 残る火車はあと1体。対峙する彩虹は、こちらも一気に決めてしまおうと、溜めに溜めた気を1度に放出する気巧波。手に集中させたオーラが、光と共に火車を射抜く。
「そろそろ終わりにしましょうか‥‥」
 永の、打剣で力を増した円月輪が火車の車軸をへし折った。それでも火車の回転は止まらない。が、やはり軸が折られたせいか相当弱々しい。
「よく回るヤツだなァ! 目ェ回ったりしねぇのかァ?」
 言いながら決めるべく長槍を突き出す醍醐。その槍の穂先が炎魂縛武の炎を纏う。そして薙ぎ払う必殺の斬撃、厳流。
 これまでで最も重い一撃に、火車の躯は粉々に砕け散っていた。

●散り散り
「ようやく終わりましたか‥‥」
「いえ、まだです!」
 残るは宙を彷徨い飛ぶ鬼火。しかし火車さえ倒せば概ね片付いたものと安堵する永に対し、風鬼が告げる。最後の1匹まで片付けてこその完遂だから。
「でもまぁ、あとは任せて休んでいてください」
 深墨の呪縛符が続けて宙に舞う。そうして動きを止め地に落ちた鬼火の元へ風鬼が瞬時に移動、確実に葬ってゆく。そこには躊躇も呵責もありはしなかった。
 その間に役目を1つ終えた面々は令琳の治癒符、葉の神風恩寵により傷を癒してゆく。
 残る鬼火もあと僅か‥‥。中には他の個体に紛れるように背後に迫るも彩虹に見破られ敢え無く撃墜。あるいは本能的な性質で隠れる個体を雪斗が見据えて深墨に伝えた。
「‥‥助かります」
 それでも探し切れぬモノは人魂を飛ばして着実に。そして不意を狙う輩は自ら叩き潰す。
 やがて、最後の1匹となった鬼火も風鬼の手裏剣に貫かれ、遂にその短い生を終えたのだった。
「負に落ちし魂に冥福を、
 奪われし御霊に導きを、
 願わくばその先に光多くあらん事を‥‥」
 残らず消え去ったアヤカシたちを見つめ、雪斗が詠うように紡いだ。それは短いながらも消えゆく魂に向けた鎮魂の詩。
 それを耳にしながら開拓者たちは、誰からともなく静かに手を合わせ、瞳を閉じる。ささやかな黙祷。
 小さな村で起こった事件。その幕がたった今降りた。

 その後、開拓者たちは村人たちからの絶え間ない感謝の言葉と、ささやかなお礼とばかりに差し出された寒仕込みの味噌――1年物の名品――を手に、村を後にしたのだった。