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■オープニング本文 ●追憶 ずいぶんと長い時間がたった気がする。 君を失って。 幾日涙を流しただろうか。 子らは母親を失ったこともわからずにさっき眠りについたよ。 静かな夜に健やかな寝息をたてている。 もう立ち直らなければならないのに、僕はまだ。 まだ、君を------- いつか君に笑って話せる日がくるのだろうか。 ずっと先‥天国で君にあったとき、もう一度君にこの櫛を贈るよ。 君が僕を見つけられるように、僕が預かっているから。 いつか、きっと、また会う日まで。 ●少女 「‥というわけなんです!」 真っ赤になった腫れた目にまたぼろぼろと涙を浮かべながら、秀蘭は机に古ぼけた日記を押し付けた。 おじいちゃんの遺品を整理していたら、大変なことになった、と目の前の少女が泣きながら飛び込んできたのはつい先ほどのことだ。 「と、言われても亡くなった人を救うのは専門外だと思いますが‥」 ギルドの見習い職員は、困り果てて、鼻の頭をかく。 「だって‥! おじいちゃんの棺に入れてあげるはずだった櫛は私が持ってるんだもの!」 少女はしゃくりあげながら、黒髪から櫛をはずす。 これが秀蘭の祖父の日記にある櫛らしい。 椿の油で手入れされており、描かれている花の色に少し褪せが見られるが、ずいぶんと長く大事にされていたことをうかがわせる。 櫛に描かれているのは、月下美人という花のようだ。 白の幾重にも重なった美しい花弁をもつ、一晩だけしか咲かない花である。 「おじいちゃんが私にくれたけど‥おじいちゃん優しかったから返せって言わなかったんだと思う。でも返してあげなきゃ、おばあちゃんがかわいそう‥ううん、二人とも可哀想」 「返すって言ったって、どうされるんですか?」 「月下美人に直接返すの」 「は?」 「町のはずれにおじいちゃんが手入れをしている月下美人があるの。そこに毎年、おじいちゃんがおばあちゃんにお供えをしていたから‥おばあちゃんのお墓のつもりみたい」 秀蘭は、祖父からそこにお供えをすると花が咲いた翌日にはお供えがなくなっているという話を何度も聞いた。 猿や鹿が食べたんだろうけどね、と祖父は笑って言っていたが、毎年欠かすことはなかった。 そこへ秀蘭は櫛を供えようと考えているようだ。 「でも町のはずれに月下美人なんてありましたっけ‥?」 「人に見つからないように森の奥。ずっと奥。沼の向こうにあるのよ」 「い? ぬ、沼‥? あそこは夜になるとアヤカシが沼に人を引きずりこむといわれているところでしょ?!」 「だーかーら! 此処に頼みに来たんじゃない! 夜にならないと月下美人咲かないんだから!」 「お供えを昼にしたらいいんじゃないですか。まだ昼だと出ないみたいですけど、夜は危な------」 「何いってるのよ! きちんと見届けるのよ!」 職員の言葉をさえぎって、びしぃっと秀蘭が言い放つ。 祖父が大変、というより恋に生きる女性の目である。さっきの涙のしおらしさはどこへ行ったのか。 「それに昼間に見に行ったけど、沼にあった木板の橋が折れて向こうに渡れないの。でもぐずぐずしていたら今年の月下美人の開花がおわっちゃう!」 お願いだから何とかして‥。 ぎゅっと口を結ぶとまたほろほろと泣き始める。感情の起伏の激しい少女である。 はぁ、と職員はため息をひとつ吐くと、しょりしょりと墨を磨りながら答える。 「では、募集してみますかね‥‥」 「本当?! お願いします!」 ぎゅう、と秀蘭は職員の手を握り締めた。 そして、今は亡き人たちを助けるため、ギルドにひとつの依頼が生まれたのである。 |
■参加者一覧
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
橘(ib3121)
20歳・男・陰
リリア・ローラント(ib3628)
17歳・女・魔
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
御影 銀藍(ib3683)
17歳・男・シ
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●壊れた橋 櫛に描かれた花を、秀蘭はまだ一度も見たことがなかった。 あの月下美人は祖父だけのもののような気がして、その株の姿を見たことはあっても、開花の瞬間に立ち会うことがなかったのだ。 しかし、橋が渡れなければ、何も始まらない。 どうしようもない無力な自分に、秀蘭が腹を立てていたとき、だった。 ざっと足音がしたと思って振り返ると、開け放った家の戸口に人影が見えた。 「秀蘭ちゃんのお願いを叶える、お手伝いに来たよ」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)がぴょこんと尾を揺らしながら、軽やかに笑った。太陽の光を受けて銀色に輝く尾は作り物ではないようだ。 「一年に一度だけ咲く花、月下美人か。どんなものか見てみたいし、私も手伝わせてもらうよ」 ルヴェル・ノール(ib0363)もその横で興味深そうに頷く。落ち着いた物腰で、紫の瞳が印象的だった。 秀蘭があわてて外に飛び出すと、二人のほかに居並ぶ開拓者達が四人。その体格も風貌も始めて目にする秀蘭は、目を丸くして、言葉を失くしたまま彼らを見回した。 「明るい内に花の元へと向かったほうが安全そうですね‥どうも」 こちらも尾を持つ開拓者、橘(ib3121)である。ふさふさした狐のような尾に加えて、耳まで動いている。秀蘭がその二つを、顔を上げ下げして見つめるものだから、すこし居心地が悪そうである。 「まずは橋‥ですね」 スラリとした鍛えた体躯に、白銀の髪を持つ少年、御影銀藍(ib3683)が確認するようにそれだけを呟いた。シノビとして厳しく育てられた彼にとっては要点のみを押さえた物言いが板についているのだろう。 「あなた達が‥助けてくれるの?」 「落ちた木の橋 底無く引く手 苦難に慄く人の子 汝が望みに今臨む」 琵琶を携え、朗々とその問いに謳うように答えたのは浄巌(ib4173)である。僧姿で顔が見えず、しゃべり方も不思議ではあったが、なんとか秀蘭は浄巌の言葉の端々から、彼らが自分を助けに来た開拓者だと理解した。 「沼にある橋が壊れているんですよね。修理しちゃいませんか」 最後に、唯一の女性の開拓者であるリリア・ローラント(ib3628)は面食らってばかりいた少女に明るく語りかける。リリアの朗らかな笑みに秀蘭の緊張がほぐれていった。 秀蘭から改めて依頼の内容は聞いたが、橋と沼について彼ら六人は尋ねた。 「沼の大きさは五間ぐらいだと思うの。でも橋の真ん中あたりが折れて、沼に沈んでるわ」 五間か‥とルヴェルが呟く。ルヴェル自身の身長が丁度、六尺(一間)ぐらいなので、大の大人の背丈五人分はあるということだ。 「どんな橋なんですか。あと橋の幅は?」 橘が重ねて尋ねる。できる限りの準備をしておこうと思っているようだ。 「一枚の木の板を渡したものだからすごく簡単なつくり。両端は勿論杭を地面に打ち付けてはあるけど‥幅は大人一人が通れるだけ。手すりもないから、気をつけて渡らないと駄目なの」 「また無茶な橋だね」 やや呆れたようにアルマが合いの手を入れた。 渡る人のあまり無い場所だからこそ、かの花を挿し木したのだろう。 しかし、そこへアヤカシもでるという話になってしまえば、橋を修繕する者も今は居はしまい。 「さりとて時間浪費の暇なし 準備装備と参ろうぞ」 「そうですわね。では、板をできるだけ持って行きましょう。あと、釘、ですか」 「縄で固定も必要‥ですね」 浄厳・リリア・御影は、陽が高いうちに準備しようと進言する。 「納屋に板と釘はあります。どうやって直したらいいかわからないから、足りるかわからないけど‥」 「では、それを拝借しましょう。男性諸君は木材をできるだけ持ってください」 「リリアちゃんと秀蘭ちゃんは釘と縄をもって、道を先導してね」 てきぱきとルヴェルとアルマが指示をする。 「それと夜営の準備もしておこう。夜に咲くのだから」 ね、とすっかり忘れていたことを橘に言われて、秀蘭が笑った。 ●沼と花 森の中をつき進み、半刻の時間を費やして、やっと目的の沼にたどり着いた。 橋は秀蘭の言うとおり真ん中で折れており、水没している。 「この程度ならばなんとかなりそうだな」 「本当、ルヴェルさん! よかったぁ‥」 目算で見当をつけたルヴェルの言葉に、秀蘭はほっと胸をなでおろした。どうしようも無いと思っていたのに、一筋の光を見た思いだった。 確かに向こう側に月下美人の株が見える。 その蕾を支える独特の赤く長い軸は、月の光を待つように花が咲く前には、どんどんと上を向いていくという。 花は遠目ではあるが、水平よりも上を向いている。 開花が近いのだ。 六人は手分けして板を釘でつなぎ、橋の長さの三分の二ほどの板を作った。これを今ある橋の中央にかぶせるようにして置き、落ちている橋を持ち上げて、その板と荒縄でくくりつけて補強するのだ。 「このまま板を渡って向こうも固定したいのですが、折れてる分、作業中に沈まないか不安ですね」 橘がうーん、と悩む。体重が軽いとはいえ、秀蘭やリリアに頼むのは危険だ。 「手斧かりるよ‥」 「いいけど? どうするの銀ちゃん」 森の奥に竹が生えていることを発見した御影はスタスタと歩み寄り、アルマから手斧を借りて竹を切ったかと思うと、数本それを束ねた。竹竿の出来上がりだ。 竹竿の先に、こぶしほどの石をおもり代わりに縄でくくりつけ、しなりを確認したと思うと、ひゅっと木板と水面すれすれをねらって投げた。 石が橋の下をくぐる。 「‥よし」 竿先を振りもどすことで石が戻り、くるりと橋に縄が巻きついた。竹のしなりを活かして持ち上げると、水没していた部分がぐぐ、と持ち上がった。 「やるね、銀ちゃん」 「銀藍さんさすがです」 「すごいすごい!」 秀蘭は嬉しくて、すぐ傍にいた浄巌に抱きついて喜んだ。 「投げたる石は 波紋も立てず ただ響くは 嬉しからずや 童の声」 顔は見えなくとも、浄巌も感心したように頷く。 御影が竹竿で落ちた橋を持ち上げ、竹で補強したことにより、向こう岸側の作業もつつがなく終わり、夕方までに無事、橋は渡れる形になった。 「夜までに直りましたね。ちゃっちゃと渡っちゃいましょう」 リリアが弾む声で言うと、秀蘭もつられて微笑む。 時はすでに夕刻ではあったが、まだ陽は落ちていない。 やっと月下美人のもとへ行くことができる。秀蘭は不安よりも開花の期待に胸を膨らませた。 「さて、皆‥引きずり込まれるなよ」 ルヴェルが確かめるように渡るのを始めとして、御影、リリア、橘、浄巌、と続けて渡りきった。 どうやらアヤカシが夜にならないと出てこないのは本当のようだ。 「秀蘭ちゃんは僕の裾を持っておいで」 うん、とアルマの後にぴたりとつくと、秀蘭はその裾をきゅっと握った。 「じゃ、いくよ」 アルマが足元を確認しながら、吟遊詩人らしく秀蘭の歩調(テンポ)にあわせると、軽やかに二人で橋を渡ってみせた。 ●開花 月下美人は月を待つ。 蕾をはるか高みに向け、月が懸かるのを待っている。 「うわあ、今日咲くよ、きっと」 祖父から聞いていたとおり、夕刻になって蕾が膨らみ始めているようだ。秀蘭の背丈ほどの月下美人の株は、たった一つの大きな蕾を、首をもたげるように上げ、開花の瞬間を待っていた。 「夜まで時間があるので、一休みしましょう」 橘が皆を促して、月下美人から少し離れたところに火をおこし、夜営の準備を始めた。 「秀蘭さんもひと眠りしてください。咲いたら起こしますよ」 「でも‥見逃したくないから‥起きてる」 ‥と言っていたのも束の間、慣れない手伝いで疲れたのだろう、しばらくすると秀蘭は橘にもたれかかって、うつらうつらと眠り始めた。 日が隠れ、あたりに闇が降りてくる。 アヤカシの活動時間であることを思い知るように、瘴気が漂い始めるのを、陰陽師である橘と浄巌がいち早く察知する。 互いに目配せしながら、開拓者達は緊張感を高めた。 天空にかかる満々たる月。 それを見届けたようにして蕾を水平に戻し、月下美人もその白い花弁を解き始める。 静まり返った暗闇の中に、焚き火のはぜる音と、月下美人の花弁がこすれあう音がする。 開き始める花はあたりに芳香も放ち始めた。 「秀蘭さん、起きて」 橘に起こされ、しばらくぼうっとしていたが、月下美人をみて、秀蘭は一気に目が覚めた。白い花がほころんでいる。 月下美人の開花はほんの一刻(二時間)ほどしかもたない。 花の香りが強くなり、人の頭ほどの大輪の白い花が咲く様子はまるで、人が顔を上げるようだった。 月の光を浴びてますます二十枚の真白き花弁は大きく美しく咲く。 「おばあちゃん‥今年は私が来たの」 秀蘭がゆっくりと花に近づいていく。 月下美人の花はその周りだけが月光でほのかに光っているかのようであった。 「おじいちゃんに逢えた?」 秀蘭は花の傍にひざまずくと、そう訊いた。 だが勿論、月下美人から答えは無い。 「忘れたんじゃないの。私が櫛を預かってたのよ」 秀蘭は自分の髪に挿していた櫛を抜き取ると、両手で差し出した。 花の元に供えようと、膝でにじり寄ったとき、だった。 ぱしゃん、と水音がした。 月光で水面に写りこんでいた月下美人の姿が水紋で歪んだ。 「――秀蘭さん! こっちへ!」 御影の声に、アヤカシの存在を思い出した秀蘭は、あわてて水際から離れようとした。 しかし、月下美人に近づく獲物を捕獲圏内と認めたアヤカシの白い手がにゅるりと水から這い出した。 白く冷たく長い指が秀蘭の腕を捉えた。そのまま勢いよく引っ張られる。 「―――!」 沼に引きずり込もうとずるずると秀蘭の体が引きずられていく。少女の力では振りほどけない。もがこうとする秀蘭の手から櫛がこぼれた。 「あっ!」 櫛はカラカラと音を立てて橋の上を転がり、ギリギリで橋のふちにとどまった。 「こっちへ!」 秀蘭に駆け寄り、苦無でアヤカシを断ち切ると、御影が秀蘭を水際から引き離す。 「櫛が‥どうしよう、櫛が!」 「無茶です」 取りに行こうとする秀蘭を御影が引き止める。少女の力ではアヤカシの餌食になるだけだ。 「駄目なの‥今じゃなきゃ」 秀蘭が唇をかみ締め、訴えるように御影を見上げた。痛いほどの気持ちをぶつけられ、御影は戸惑った。 秀蘭はその御影の力が緩んだ隙をついて、制止を振り切った。 「秀蘭さん!」 焦りが秀蘭を橋へと走らせた。 (開拓者さんに、櫛さえ渡せれば―――) 橋に足をかけた瞬間、水面にいくつもの波紋が生まれた。 波紋が共鳴するようにして岸から打ち寄せたかと思うと、ザバァッという音と共に水柱がたち、白い手が水面一杯に生えた。 次々と橋の上の少女めがけて寄ってくる。 もう一本、もう一本と足に絡みつき、秀蘭は橋の上に引き倒された。 衝撃で息が詰まった。弾みで髪がほどける。 櫛にかろうじて手が届いた。 「おじいちゃ‥‥」 無くさないように、ぎゅっと掴み、秀蘭はその右手を開拓者達の方へと差し出した。 「お願い――」 言葉をさえぎるように、白い手が水しぶきを上げて少女めがけて降り注ぐのが見えた。今度こそ、少女は死を覚悟した。 しかし次の瞬間、白骨兵が現れて、秀蘭に掴みかからんとするアヤカシを切り裂いた。浄巌の斬撃符だ。 「欲望業に覆われた 深き息吹は刃に変わる」 その声は怒気をはらんでいる。 「その想い、護りますわ!」 「援護を頼む」 弾かれたように飛び出すリリアとルヴェル。ホーリーアローで秀蘭を捕らえている白い手を次々と打ち抜きながら橋の上を駆ける。 「橘、明かりを!」 「了解した!」 橘が夜光虫で明かりを灯し、橋の上の三人の視界を確保する。 秀蘭は気絶していた。 リリアが秀蘭を助け起こそうとすると、白い手が少女の髪を握り締めて離さない。 少女に対する仕打ちに怒りが燃えた。 容赦ないファイヤーボールでアヤカシを焼き尽くす。 「抜けます! 秀蘭をこちらへ」 ルヴェルが秀蘭を抱え、橋を駆ける。 開拓者に力で劣るアヤカシは、一気に板に手をかけ、橋ごと水中へと引っ張り込もうとする。 「させません!」 橘が霊魂砲でアヤカシを次から次へと木っ端微塵に打ち砕く。 御影の雷火手裏剣が、二人を追おうと伸びる手を火花と共に焼き尽くす。 ルヴェルがフローズで前方のアヤカシを打破して橋を渡りきると、秀蘭を抱えたまま転がり込む形になった。 続いて、リリアが渡りきる。 橋を壊そうとするアヤカシを御影が苦無で個別撃破し、浄巌は呪縛符でアヤカシの動きを止めた。 「銀ちゃん、代わるよ」 静かにそういったアルマの言葉に、ひとつ頷いて、御影が橋の上から跳躍し、アルマの傍に音も無く着地した。 橋の上には目標を失った手がまだ蠢いている。 「アヤカシは大嫌いなんだ」 淡々と言い放つと、それでも秀蘭を痛めつけた怒りをにじませた声で、重力の爆音を轟かせた。 ズン、と大きな音の塊がぶつかるようにして水面が強く押し下げられた。 残りのアヤカシは霧散し、後には橋と暴れて跳ねまわる水だけが残った。 ●祈り 「‥おばあちゃん、遅くなったけど、これ」 気絶していた状態から起き上がれる状態になると、やっとの思いで月下美人の株の元に櫛をそっと供えた。 月下美人の香りが強くなった。 「逢えたよね、きっと。おじいちゃん優しいから、私に櫛を返してくれっていわなかったの。怒らないであげて、ね」 月下美人の花に向かって、えへへ、と笑うと、袖口でごしごしと滲んだ涙を拭った。 秀蘭と六人は、月下美人をしばらく静かに見つめていた。 秀蘭の祖父が大事に育てていた花が、今夜無事に咲いたことを見届けることができたのだ。 そしてその花が閉じる頃、月下美人の香りと共に、櫛も月の明かりの中に溶けていった。 もう思い残すことなど無いかのような潔さであった。 「‥ごめんなさい、もう少しだけ‥」 しばらくの間、しぼんでしまった花に、すがるようにして秀蘭は泣いた。 安堵と嬉しさと寂しさと。ただ、ぼろぼろと泣き崩れた。 「幸せだよね。‥こんなにも想われるおじいさんも、おばあさんも」 「櫛はなくなっても愛する人たちの記憶は生きている‥」 アルマの言葉に同意するように、御影がそう呟いた。 秀蘭が二人を振り仰ぐ。 「月下美人は手入れさえすれば一年に二回咲くんですよ。秀蘭さんも手入れ、しましょう?」 「アヤカシも居なくなったことだしね」 「‥うん、うん」 リリアとルヴェルから励ましの言葉も貰って、今度は嬉しくて泣いた。しょうがないな、と橘が苦笑しながら涙を拭いてやる。 秀蘭の思いは二人には間違いなく届いただろう。 死せるものも、生きているものも、救うことができたのだ。 「さて 美しきかな 今宵の月」 浄巌の言葉に、全員が空を見上げた。 けざやかな月の光に、今は皆、なき人たちへの思いを込めて。 |