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■オープニング本文 ●遊んでやらない! 「むぅ…暑いのう…」 縁側に差し込む強烈な日差しを避けるようにして、風通りの良い廊下に転がっているのは三太である。 袖をまくり、袴の裾を両手で摘まんでパタパタ風を送って扇いではみたものの、どうにも暑い。 じっとりと汗が出てくる。 「どうにかならんかのう…」 ゴロンゴロンと廊下を転がってみる。冷たい部分にぺたりと頬をつけてしばらくしてはまた転がり出す。 「何やってんだお前…」 柱にもたれながら、末弟が廊下を不気味に転がっていく様子を眺めていた長兄の一助(いちすけ)が、団扇を片手にアホらしそうに呟いた。 そんなに暑ければ浴衣なりに着替えれば良いだろうに、サムライに憧れる齢八歳の三太は、妙に正装にこだわって、挙句その有様である。 「心頭滅却すれば、何とやらじゃなかったのか、三太?……全く。部屋の前で暑い暑いと唸られたら、読書に専念できないじゃないか」 次男の二助(にすけ)が部屋から出てくると、足元にやってきた三太の襟を猫のように摘んで座らせる。 「離して下され…!わかっておりまする、サムライたるもの、これ位の暑さは何でもございませぬ」 二人の兄に見つかって、三太はぴしりと背をのばして口元を引き結んではみたが…数分も保たず、またぺしょりと溶けたように崩れる。 「………何とか、涼しくは過ごせぬものかのぅ…」 「川でも行って来い。同じようなガキ共が一杯いるだろう」 「芋を洗うが如し、だろうな」 「連れがいたら、もっと上流の方に行けばいいじゃないか。二助、お前が連れて行ってやれば…」 「そっくりそのまま、言葉を返しますよ」 いい笑顔で次男が三太を差し出す。 「本ばっかり読んでないで、たまには太陽の下に出たらど・う・だ?」 「体力『だけは』余りある人の方が、適任だと思いますけどね」 ああだこうだと二人の兄達は、三太を押し付けあっている。 とどのつまり、父母に言いつけられてはいるが、留守中に弟の面倒を見るのは面倒臭い。 上流の川遊びに一人で行かせるわけにはいくまい。 ―――かといって自分達が付き添って、八歳の弟と一緒になって遊ぶのは、なんというか気恥ずかしい。 「ん? そうか、実朝にでも預けるか」 二助は、妥協案で友人の実朝(さねとも)に預けることを思いついた。 実朝の家は反物卸「三丸屋」(みつまるや)であり、一度預かってもらったときに三太のことが気に入っているらしい。彼ならば、三太の遊びに付き合ってくれるだろう。 そうと決まれば話は早い。兄達はさっさと駄賃と茶菓子を持たせて、三太をお使いに出させるのであった。 ●遊んでくれない? 「あれ、三太君。どうしたの?」 風呂敷を持って勝手口に立つ三太に対応するために、店の奥から額の汗を拭いながら実朝が現れた。 二助の友人で、人のよい青年である。 「今日は、お使いなのじゃ。実朝殿。これは兄上から」 「ああ、貸していた本か。暑かったろう…あがって少し涼んでいくかい。今日はちょっと取り込んでバタついているけど」 「お忙しいのであれば、お暇をするように言われておりまする」 「ちょっと、片づけをしててね」 「片付け…でございまするか? お手伝いをすることがあれば、言ってくだされ」 「手伝い――そうだな、ああ、丁度いい! 古い鯉幟(こいのぼり)を寺子屋の先生のところに持っていってくれないかい?」 「こいのぼり、を?」 「そう。買い換えてもらっていらなくなった鯉幟をね、払い下げてもらって片付けていたんだ。もう皐月は済んでしまったけど、そういえば先生が寺子屋に飾るために欲しいって仰っていたからね、来年のためにも…いろいろ寸法もあるから、選んでもらおうと思って」 ちょっと待ってて、というと実朝が鯉の形の吹流しを一つ持ってきた。やはり青い形の鯉は三太も見たことのある、あの空を悠々と泳ぐ鯉幟である。間近でみると大きい。ぱかりと空いた口とうろこの曲線の鮮やかなこと。 店の裏に上がって見せてもらうと、先ほどよりも大きな真鯉や緋鯉…それも微妙に大きさの異なる鯉幟がいっぱいである。これを整理していたのだろう。 「沢山あるから、一人じゃ重いかな……」 「大丈夫! 友達を呼んで来ますのじゃ、安心召されい!」 「そう? 大丈夫?」 きらきらと三太が鯉幟をみて頬を上気させているので、実朝が楽しそうに笑った。子供らしいなぁと思っているようだ。 しかし、三太の頭には、とんでもないことに、鯉幟を使って川で遊ぶ方法が思い浮かんでいた。 いわく、『鯉は滝を昇って竜になる』――――立身出世の教えであり、実際に鯉にならなくてもいいのであるが―――― 兄達にもらった駄賃がある。寺子屋には友達もいる。 兄達に言ったら止められそうな遊びである。いや絶対止められる。確信がある。 ちょっと(?)危ないかなと思うことはギルドに頼むといい、ということを算盤滑走大会で知ってしまっている三太。 鯉幟を穿いて、見た目は人魚のようになりつつ、華麗に川を上る、というイメージを勝手に描いて三太の心がわくわくと躍る。 とはいえ、鯉幟を穿いたところで、急に泳ぎがうまくなるわけはないことは分かっているので、そこは開拓者に教えてもらおう、という算段である。 いつも友達と泳いでいる川の上流には、少し段差のあるところもある。大人がついていないと連れて行ってもらえないのだ。 そこで遊びたい。 きっと水は清らかで涼しいに違いない。すいすいとそこを魚のように泳げたら、なんと楽しいことだろう。そして、鯉幟は遊んでから後で乾かして、先生に渡せば大丈夫だろう。 「三太君……?」 「お任せくだされ!」 実朝の呼びかけに、ぽんと小さな胸板を叩く。 まずはギルドに行く友達を誘いに、三丸屋を小走りで後にする三太であった。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
アガルス・バロール(ib6537)
32歳・男・弓
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●竜の子集まれ! 「よろしくお願いしますのじゃ!」 三太は元気に挨拶をして頭を下げた。暑さにうだって暇をもて余していたのだが、今は大きな風呂敷に鯉幟を背負っている。 「三太君、いつぞやの甘味屋以来ですね!」 カソックに身を包んだエルディン・バウアー(ib0066)が、三太の背から大きな風呂敷を軽々と抱えあげた。 「エルディン殿!お久しゅうございますのじゃ」 見上げて三太の顔もほころぶ。暑いのに、カソックを着こなす神父を子供達は尊敬の眼差しで見つめている。 「お久しぶりでございまするぞ、三太殿」 エルディンの後ろから尻尾を覗かせ、続いて顔を見せたのは寿々丸(ib3788)である。 「あ、寿々どの〜ッ!」 ひしと抱き合って、お変わりはないかのう、と三太が跳ねる。 すると、その後ろから「三太ちゃんおひさしぶり〜」とサフィリーン(ib6756)がにこりと微笑んだ。 「サフィリーン殿!よくいらしてくれた」 「今度はどんな遊びを思いついたの?」 「魚のように泳ぐのじゃ…本当は空を泳ぐものなのじゃが……での!川を昇ると龍になれるのじゃ」 間違った天儀の文化を教えているような気がして、途中三太は口ごもったが、後半は本気である。 それを聞いたサフィリーンは人魚になれるんだ、きゃぁっとロマンチックな気分になる。 「三太ぁ!早くいこうぜー!!」 「ああ、そうだった、いかんのじゃ」 友達が大声で呼んでいる。楽しい川遊びになりそうだとはやる心を抑えつつ、三太は開拓者達と川へ向かった。 緑深き木々の奥に、まばゆい日差しを遮る涼やかな木陰とさらさらと流れる清らかな水。 透明度が高いため浅く見えるが、大人が一緒にいる時にしか来れないのだ。 はしゃぎながら鯉のぼりを選ぶとそれぞれ工夫を凝らしながら着替えを済ませる。 「ほう…渓流に、人がすっぽり入れそうな鯉のぼりとな。これはもう、川を上れといっているようなもんだな―――俺への挑戦と見た」 受けて立つ!とビシィと川に向かって指を突きつけたのは、真っ赤な鯉のぼりを穿いた喪越(ia1670)である。しかしなぜかその胸にはワカメが巻かれている。 「ギャラリーにお姉さんはいないでしょうか♪」 エルディンは黒い鯉を悩ましく腰ばきにし、人魚のように胸にホタテの貝殻をつけている。 「兄ちゃん達…?」 鯉を穿いた子供らが、要る?と互いの胸を見つめている。だが、そんな疑問ごと払拭するようにアガルス・バロール(ib6537)が威勢よく三太の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「サムライか!少年。わが国で言えば騎士に該当する職を志すとは、その意気は誠に天晴れなり、このアガルス、一肌脱ぐに些かの躊躇なし!」 服を脱ぎ、赤い鯉のぼりをびっちりと下半身に穿いたアガルスが力こぶを見せる。胸筋がぴくぴく動いた。 「すっげー!」 男の子がアガルスの胸を押しては驚いている。 その横にいるのは、肩口まで大きな鯉のぼりに飲み込まれた格好で『鯉』になる気満々の岩宿 太郎(ib0852)である。なにやら「超えてみせる…!」と呟きを漏らしている。 「ひゃっほー!」 男性陣は尻尾の方をたくし上げ、勢いをつけるとバシャンと派手に水飛沫をあげて飛び込んでいくのであった。 一方、女性はしっかりと脱げないように腰で結ったり、縫い目を少しほどいてスリットを入れたり、美しい人魚になるために余念がない。 「…知らない人が沢山いるし…でも……」 水月(ia2566)はそっと岩影から川を覗いてみた。 恥ずかしいと思っていたら、入るタイミングを失ってしまいそうだ。 「……そうよね………うん」 息を吸うと、とてとてと水着姿で下がって助走をつけ、一気に飛び込んだ。ザブンと沈んで、そろと目を開ける。冷たい水が肌に心地よい。ぽかりと浮上すると、てへと水月は笑った。 「お魚さんのラインを大事に美しく! がんばるのです!」 本格的に縫い縮め、腰にくびれが出来るように加工したサフィリーンの自信作は、青いお魚である。準備運動をして、ぴょんと躊躇なく飛び込み、水の清らかさに目を瞠ると、ぷかりと浮かんだ。 「きゃあ〜ッ! 冷たい♪」 ひとしきり人魚を目指して泳ぎ方も工夫してみる。 一番念を入れて準備をしていたのは、リィムナ・ピサレット(ib5201)だった。真っ赤なビキニと小布を縫い付けたお手製のトランクスを穿き、更に赤い鯉のぼりを穿いている。手にはちゃっかり精霊甲。 子供と楽しく水を掛け合ってから、そーれ!とリィムナは飛び込んだ。 「あははっ 冷たーい!」 準備運動がてら、ぐんぐんと水をかいて潜ってみる。 (あたしは恋に恋する鯉乙女! 滝を昇れば……きっとそこに素敵な王子様が!) 王子様を想像し、器用に背泳ぎしながら、によと笑う頬を両手で押さえるのであった。 ●一願成就? 「おわわ、足開かないや!」 着衣泳にも似たそれに、不慣れな子供達は沈みそうになったが、開拓者に手をとってもらって、イチ、ニ、と尾っぽをふって泳ぐ方法を学ぶ。 「やっぱり体全体をうねらせて進む泳法が必須だな。この変態的な動きを見よ!」 くねくねと器用に腰をくねらせながら、喪越が推進力に換える。次いで、華麗に『飛魚ターン』を決め、 びちっと足を出してシンクロを決めようとするが…… 「喪越兄ちゃん、わーい!」 「…て、おい、ガキンチョ共、俺に乗っかるんじゃねぇ!」 子供らは、四人ほど次々と喪越の肩や腕につかまり引っ張ってもらうことを楽しんでいる。 残りの子らは、練習時から太郎が全身を使って威勢よく泳いで岩にぶち当たりまくるので、右!とか左、左!とか障害物を大声で叫んでナビをしている。 一通り泳げるようになると、川底までぐんと潜って、どれだけ石を拾えるか競争したりした。 「寿々殿ー?」 三太がきょろと見渡すと、寿々丸は少し下流の岩に腰掛けていた。濡れぬように、きっちりと袴を折り上げている。 「川遊び…寿々は、耳と尾が濡れるのがあまり好きではございませぬ故…川下の方で、足をつけておりまするな」 「わかったのじゃ〜! そこで見ておいてくだされ」 ぶんぶんと三太が手を振ると、寿々丸も振り返す。 「とっても、気持ち良いでするな〜。天気も良いので、水浴び日和でするぞ」 遊んで帰ってくる子供達のために西瓜と岩清水を持参した寿々丸は、岩陰で流れないようにそれを冷やし、のんびり釣り糸を垂れて待つ。 寿々丸は川の水を蹴り上げ、その水飛沫を楽しそうに見つめていた。 「ねぇ、競争しようよ!」 一番年上の子が段差のある上流まで昇ってみようと指をさした。 三太も友達の声をきいて、ぱぁと顔を輝かせる。 滝を昇って龍になるか―――― 此処からが本番、とばかりに、喪越、アルディン、アガルス、太郎が目を光らせた。ぴたん、と尾が水面を打つ。 「勝負からは逃げぬ。そして絶対勝利! それがこの生ける伝説、喪越様の生き様だ。ガキンチョ共よ、目ん玉かっぽじって焼き付けろやぁ!」 喪越がぶら下がってくる子供をとう、と川に投げながら叫んだ。 「良かろう! 龍なるものが如何なるモノかこのアガルスが見せようぞ!」 ライバルの出馬宣言にエルディンも、迷うことなく全力で戦うことを即決した。 「神よ――!私に苦難を乗り越える力を与えたまえ――!」 エルディンが天高く仰ぎ、神に敬虔な祈りを捧げると、三人が横一列に並ぶ。 すると、タンコブを作って泳いでいた太郎がコツを覚えたのか、一番の流線型を描きながら、潜水して近寄ってきた。 見た目は鯉にほぼ飲み込まれかかっている状態だが、よく魚体を見ると、こんがり焼けた感じに焦げまで描かれている。 「やはり男の子たるもの頂上を目指したくなるのは当然のこと! …見てろよほかみ!!」 後半は普段虐げられている想いがひしと伝わってくる叫びである。 もちろんお姉さん組、水月、サフィリーン、リィムナも参加する。 高まっていく緊張感の中、三太もその友人も一緒に並んでは胸がはやる。 「いくよぉ、よーい、どん!」 リィムナの掛け声に一斉に川の上流を目指して、皆が泳ぎ始めた。 最初はやや急な流れを上る程度だったが、次第に狭く、水の力が強くなり始める。子供達は一つ目の段差のまで泳ぐことは出来たが、だめだぁ、と力尽きてぷかりとリタイアする。 三太も頑張ったが、ぷは、と顔をあげると、前方に大量の飛沫とともに遡上する大人達の姿が見えた。 「やらせはせん、神父にはやらせはせんぞぉ! ぬぅおおおお!!」 「やりますね! ですが私も帝国騎士には負けませんんん!!!」 ヒートアップした二人は、激しくうねりながら段差を飛び跳ねた。 「この滝の先には、素敵な王子様が―――!」 待ってて!とリィムナが負けじと声を張り上げる。 「バカ野郎! そんな常識にとらわれててどうする! 俺達は今日伝説になるんだぜ!?」 もはや脚の力だけでは超えられない高さになってくると、喪越の前に突如として黒い壁が現れる。それと同時にその天辺から大きく―――前へと跳躍する気満々だった。 しかし、斜め前のつもりが、水流に真っ直ぐにそり立った壁を蹴って、空高くトンボを切ってしまった。 「ああ! 喪越の兄ちゃぁあん!」 キラリと夏の日に輝いた後、ドボン、と三太の後ろで大きくコースアウトした音がした。 「きゃぁ?!」 「リィムナ殿?!」 今度は沈みかけたリィムナを見て、三太が驚いて叫ぶ。 (あたし…ここで終わりなのかな……) 人魚の鯉…もとい恋のように儚く消えるのか、と目を閉じて諦めかける。心の中でさよならを―――言おうとしたが、もったいない。 「否! あたしは諦めないよ!」 カッと目を見開くと光をまといリィムナは水面へと必死で上昇した。 子供たちは、下流まで流れてしまわないよう、寿々丸の白い壁によって救出されながら、その川と人魚の戦いを見守っている。 「お魚さんのラインが大事なのに〜」 バシャバシャと激しい戦いを見て、いい事を思いついたように、熱くなっているアガルスとエルディンの腰に交互に鞭を巻きつけてサフィリーンはすいすいと川を一段昇る。 「おじさん、ありがとうっ」 爪先まで神経を行き渡らせてくるんとターンすると、流れを楽しむのも一興、とサフィリーンは川下りを満喫することにした。 ひらひらと尾びれを美しく流しては岩をさけて優雅に泳ぐ。 水月はというと、スタート直後から下流に流されてしまっていたが、大きな岩の前までくると、両手でそれを支えとして踏みとどまった。 「ここから私の反撃がはじまるの……」 すばやくナディエで川面を渡る石のように大きく前へ移動したが、するするとまた元の場所まで流される。 しかし、諦めることなく流れが逆巻く部分へと一生懸命泳ぎ始めた。 その間、赤い光を放ちながら焼き魚のジューシー感を醸し出すことに成功していた太郎は、次いで、潜水泳法で後ろから先頭集団を抜き去ろうと機会を窺っていた。 が、何か固いものがガツンと太郎にぶち当たった。ホタテである。 「?!」 更に逃れようもない太郎の元へ、前方の細かな泡と一緒に桜吹雪の布切れが流れ、首に巻きついてくる。見間違いなければ、にょろんとエルディンの尻尾から生まれてきた気がする。 (ふ、ふんど―――…) つい声を上げそうになり、もがっと口をあけた瞬間、太郎は精神に痛恨の一撃をくらったまま、空気も失った。焼き魚として『く』の字になった途端、ぐるんぐるんと水流にもまれ、遠のいていく意識。 (だが、待って欲しい。今の俺は人でも魚でもない何かに生まれ変わったと言えなくもないか―――) その哲学に満ち満ちた快哉の叫びさえ、ゴボゴボと水が押し流す。 水月は一旦、水の逆巻く落下地点に潜り、一気に飛び出して段差を越えようとしていたのだが、大きな太郎という魚影が流れてきてびっくりした余り、思わずよけてしまって、自分も一緒に流されてしまった。 アガルスとエルディンはというと、互いに譲らず激しい上流へと向かう。水はどんどん容赦なく、そして激しく強くぶち当たってくる。 「ぬおお、ファイトぉぉ!!」 「いっぱあぁーつ!!」 健闘を称える尊敬の念が、いつしか、相手を庇いあうように引っ張りあげながら一番大きな段差を這い上がった。 「でかした…」 「よくぞここまで…」 昇りきった後には、『暑い』抱擁ががっちりと繰り広げられた。 神父に至っては、奇跡的に腰履きの鯉のぼりだけが残っている状態であるが、感動に包まれている二人には、言わないほうがいいだろう。 「ド根性――!」 ザバァ!と何度目かのクロールで昇りきったリィムナは、逆に鯉のぼりを脱ぎ捨てた。一瞬、周囲はどきりとしたが、そんなことは構わず、尾てい骨に龍の羽を模した水着をつけていたリィムナは「あたし、龍になれたんだ…!」と拳を天に突き出す。 挑戦を重ねるあまり、いつしか王子様要素はどこかにいってしまったらしい。 おたけびを上げたり、感涙にむせんだり、翼を大きくはためかせたり。 開拓者達が全力で何かを賭して、大人気などかなぐり捨てて挑んだ川の下流には、本気を見せ付けられて、ぽかんと鯉のごとく口をあけた子供達がたたずんでいた。 「さぁ、おやつでございまするぞ!」 冷えた体を甲羅干しのごとく並べて温まると、おなかが減っていたことを思い出し、寿々丸が用意してくれた西瓜と、焼き魚に舌鼓を打つ。 太郎だけは、桃と焼き魚に「うっ…」と嫌な記憶が生々しく思い出されたようだが…。 「いいお洗濯になったよね」 サフィリーンがふわさぁ、と川原に色とりどりの鯉を天日干しに並べ始めた。一部、ぼろぼろになったり、茶色い鯉のぼりがあるため、先生に渡せなくなったものも出てきてしまったが、折ったり解いたりしていた縫い目を元に戻すとそれなりの数は居る。 「…残りを、持って行けばよいのじゃなっ」 うむ、とすっかり涼を満喫した三太である。 「そうそう、それと龍なのでございまするが……」 川原で腰掛けて皆が寛いでいると、寿々丸がす、と滝を指をさした。 「?」 何事かと全員がみているど、どぉん、と激しく流れ落ちる水の上にド派手な龍が現れた。 「おお、龍じゃ、龍になったのだ!」 大龍符のでかさに腰を抜かしそうになりながら、三太と子供達が興奮気味に口々に叫んだ。 この日一番の『龍』の出現に、寺子屋の子供達は出世は間違いない―――と確信をしたのであった。 競泳大会で目にしたあまりの凄さに、自分で昇るという部分は吹き飛んでしまったが、とにかく。 鯉は滝を昇って龍になったのである。 楽しい一日と、開拓者の我を忘れるような勇姿と龍がそろい踏みして、三太らの家人は、しばらく伝説の泳法を熱く語られることになるだろう。 もちろん、敗れた鯉のぼりは三太のうちで発見され、「三太――――!」と母上に怒られるのだが、それはまた後の話。 |