|
■オープニング本文 永く、生きすぎたのかも知れぬ。 あまた、喰らいすぎたのかも知れぬ。 それを人でいう『きまぐれ』と。 ―――気づいて片付けるには、遅すぎた。 ●依頼 「占拠された山中の遺跡の祠を奪還せよ」 ギルドに張り出された貼紙の中でも、墨のあとがまだ新しいそれに、詳細は記されていない。とりあえず急いで貼りだした、ということらしい。 ここで、あなたは受付にいる職員を捕まえて聞いてみることにした。 「ああ、その依頼ですか。今丁度情報を整理しているところでして‥」 言いつつ、がさがさと机に何枚か散らかっている紙を集めだした。 向きをそろえたり順序を入れ替えたりして、一通りざっと目を通すと、職員が書類を繰りながら語りだす。 「朱藩の村ですね。村の奥に遺跡があるんですが、その遺跡の祠で事件が起きました。オオカミ型のアヤカシたちが祠に向かって一斉に集まって襲ってきまして。―――祠にある祭壇で地鎮祭を執り行っていたものですから、村人達がほぼ全員アヤカシに殺されてしまいました」 現在は命からがら逃げ出した数名の村人が、遺跡にうろついているアヤカシを討伐してほしい、とギルドに依頼を持ち込んできたところだ。 虎よりも大きい大型のオオカミアヤカシが一頭。鋭く長い爪をもち、背に伸びるたてがみに炎をまとっている。通称「炎狼」(えんろう)。普段は群れているわけではないが、この襲撃の際、先頭をきって村人を喰い殺したらしい。 あなたは聞く、アヤカシが急に襲ってきたという理由は何か。 ●理由 炎狼は、アヤカシといえど人をむやみに襲う性質ではなかった。ある一人の少女とばったり山中で出くわしたことがあったが、炎狼は、少女を喰らうことなく通り過ぎた。ただ、腹が一杯であったことと、小さな人間など腹のたしにならぬと思ったのだろう。 その数日後も、山に分け入った際、少女と炎狼はまた出会った。だが、手負いの獣を追うことの方が楽しく、その小さな命を奪おうとは思わなかった。 そんな僥倖が続いているうちに、少女のほうも、最初は怖がっていたものの、炎狼に慣れてきた。 近寄りはしなかったが、おびえはしなくなっていた。互いに、そこにいれば、なんでもない―――ただ通り過ぎる、それだけの存在であった。 しかし、村に日照りが続き、雨がふらぬ。祈祷師も役に立たぬ。 このままでは皆の生活が苦しくなってしまう。そこで困った村人たちは、古からの伝説にすがることにした。村の奥の遺跡の中にある祭壇に娘を供えれば、山神さまは五穀豊穣を約束してくれる。 「―――古い言い伝えですからね、信憑性などなかったのでしょうが‥村人は決行してしまったのです。生贄として「多恵」(たえ)という少女を選んでしまったようです」 ギルドの職員の眉間に嫌悪感を示すしわが刻み込まれる。 祭壇の周りには火がたかれ、娘がひとり、白装束で歩いてくる。親も親族も居ない一人身の多恵はまさに格好の生贄であった。 裸足で草を踏みしだく。 これから何が行われるかわからないほど幼くもなかったが、逆らうことなど村の皆のためにはできなかった。 祭壇まですすむと、正座して、スッ‥と上体を前にたおす。 「多恵おねぇちゃぁああん!」 近所の子供が後ろから泣きじゃくりながら呼び止める。だが、振り返ったら何を言うかわからないと思い、じっと唇を噛んで、その声を振り切った。 あの子の幸せのために。それだけでもいいと思った。 「覚悟はよいかの」 村長の傍で、大男が斧を持って立っていた。 重い斧を振り上げる。 ―――そして、刃は、振り降ろされた。 そのときにひとこと呟いた言葉は、彼女の命と共に消えた。 やがて、祠に血のにおいが充満し、風に乗り、炎狼までも届いてきた。鼻をひくつかせ、血臭以外のかすかなにおいに、もしやと駆け出した。 風に乗るようにして駆けつけた先には、いつもの少女の亡骸があった。 「おお。山神さまのおいでじゃ! これでお聞き届けくださった!!」 大きな炎狼の登場に、祭壇前の村人達はわきたった。 炎狼には理解できなかった。なぜ人間が我らを恐れずはしゃいでいるのか。 なぜ、足元に少女の首がころがっているのか。 ――何をした。 炎狼の言葉は通じない。 それは咆哮でしかなかった。 ひたすら、はははぁ、と少女の死を無視して人々は崇め奉る。 そして、炎狼の軌跡を追って、その背後に血臭をかぎつけた仲間のアヤカシ達が音もなく現れる―――よく知るその姿を見て、人々の動きは止まった。 「ひ、ひぃぃぃ! アヤカシだぁ―――!」 炎狼はもう一声咆哮をあげた。 それは、村人を狩る合図となった。 ●方策 「自業自得といえば、それまでかもしれません。‥しかし、残された者の依頼は、アヤカシがうろつく遺跡の祠を奪還せよ、とのこと。それも、すべてのアヤカシを退治されたい、という条件がついています」 渋い顔のギルドの職員。ここまでの話を聞いてあなたは思案する。 非があるのはどちらか‥いや、依頼の成功度か、報酬か。 さて、開拓者のあなた。 この話、受けるや否や? |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
神呪 舞(ia8982)
14歳・女・陰
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
牧羊犬(ib3162)
21歳・女・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●包囲するもの 村人の目は虚ろであった。 ギルド職員の様子では、到底引き受け手はないと思っていたが、依頼を受けた開拓者がいたことに驚いた。 案内役の二人の村人は、黙って祠までの道のりを案内する。 誰しも、寡黙であった。 黙ってついてくる開拓者達の足音が、無言の責めとなって、男達の耳朶を打つ。 「この先が、村の遺跡です」 一人の男が、憔悴しきった顔で、前方を振り仰いだ。うっそうとした山道の先に、開けて光がさしているのが見て取れる。 祠の奪還とアヤカシの駆逐はその先に待ち受けているということだ。 「食べ残しがあるかもしれない所にいくのは正直あまり好きじゃないんだけどなぁ、まぁ急がないと」 宗久(ia8011)が嫌味っぽくそう言って、じゃり、と一歩先に出た。村人たちの足はその先から動かない様子だ。 「ああ、本当に自業自得ですね」 その生い立ちから、今回の依頼に嫌悪感を隠しきれない神呪 舞(ia8982)が後に続く。村人を冷めた目でみながら、くだらなそうに言い放った。 村人が頭を下げる前を、開拓者達が通過する。 そして、じっと黙っているつもりだったのだろうが、最後になって、あの、ともう一人の男が声をかけた。 「祠の‥祠の後ろの遺跡に逃げ込んだ者がおります」 がばりとその場に座り込んで手を突いた。 「おい、お前‥!」 案内役の男が駆け寄って制止する。だが、それを振り切ってもう一度手をついた。 「助けてください。どうか‥」 ―――どうか家族を。 と掠れた声でいった男が、額を地面に擦り付けた。 「勝手なお願いだとわかっております、ですが‥ですが!」 一人の少女の命と引き換えに何を得ようとしていたのか‥その脆さの結果を見せつけられながら。これ以上、もがれ失うことはできないと身を焦がす願い。 人間とアヤカシの、一体どちらが身勝手か。 開拓者達は表情をなくし、いつもなら出てくる『大丈夫、助けてやる』という言葉はついぞ出てこなかった。 お願いします、とひたすら平伏する村人に何も言わず、ただ、それぞれが視線を先に戻し、前に進む。彼らに答える時間はない。 「多恵さんの犠牲に泣いた子供達が村にいる以上、私は彼らを助けます」 鳳珠(ib3369)が己に言い聞かせるように最後尾で歩を進めながら呟いた。男達二人が、いつまでも土下座をしている後方を振り返ることはない。 「不幸の連鎖といった所か、断ち切るには丁度いいのかもしれないが」 音有・兵真(ia0221)もまた、やるせない思いを押しとどめるようにそういって気を引き締める。 どの開拓者も大なり小なり憤慨も嫌悪も抱えているであろう。 だが、彼らの力を頼ってきた依頼を受けた以上、果たさねばならぬこともある。己のその力を忌むか、受け入れるか。 ―――その問いの答えを待つことなく、戦いの幕は切って落とされる。 ●炎と氷 そこには、死の匂いしかなかった。 祠に敷き詰められた石畳の隙間に、黒く血溜まりができ、石畳の表面は、何かを引きずり回した血のあとが奇怪な文様を描いている。 怒りと畏怖。 祠の空間にこびりついたその空気に、忌むべきかな、開拓者達の感覚が研ぎ澄まされていく。倒すべきアヤカシの存在を堂々と見せつけられて、看過することは出来ない。 「生贄の儀式か。どこにでもあるのだな‥くだらない」 中央の祭壇に乾いた血の跡と唯一の屍を見つけ、鎧の騎士シュヴァリエ(ia9958)が心底嫌気を吐き出して、倒すべき相手を探し始める。 「迷信や狂言といってしまえばそれまでだが、信じてるほうは必死だっていうのが特に‥」 黄金の鱗を持つ獣人の九条・颯(ib3144)が大きく息をついて、続く言葉を自ら遮った。その愚考と蛮行に異を唱えるのは後、と思ったらしい。 「‥依頼項目に生存者の項目が無かったが」 先ほどの村人とのやり取りでは口にしなかったが、牧羊犬(ib3162)は依頼の中に生存者の救出が含まれていなかったことに気がついていた。 ギルドの落ち度ではない‥開拓者達に任されているということだろうか。 「―――生存者がいたら、最優先します」 茜ヶ原 ほとり(ia9204)は、ひどく端的に、かつ、複雑な気持ちを押し殺してそう告げた。用意してきた白い布には、彼岸花の刺繍‥それは天へ導くための手向け花。 これ以上、救える命を放っておくことなどできるはずもなかった。 「相手には匂いでバレてるんだ。どーせなら位置を捕捉して五分五分にはしときたいね」 気だるげにコキコキ肩をならすと、宗久が弦を弾いて「鏡月」を発動し、アヤカシの位置を捕捉する。 仲間達に示されたのは、右手、祠の陰に隠れた遺跡の入り口に一頭。左手に二頭。 「高みの見物とは、ね」 瘴気に敏感な神呪の一言に遺跡の上から身をおこし、その存在を顕す巨大な一頭。 その炎狼が挨拶代わりにうなりを上げ、跳躍した。宙を焦がす、紅蓮の炎。たてがみは怒りがふつふつと沸き立つように炎の波をうっている。 「来い」 短く言うと、シュヴァリエが巨大槍斧を構え、着地した炎狼の真正面に立ちはだかる。それに続く音有、神呪が左右に陣を構えた。 「おっと――我が相手だ」 九条が大きく黄金の翼を開いて、左へ向き直る。喉を鳴らして近づいてきた二体のアヤカシは、銀色の毛並みを持つ狼型であった。その牙は血塗られているが、もれる息で空気中の水分を凍らせ、陽を弾く。炎狼が炎であれば、こちらは氷‥さしづめ氷狼というところか。牧羊犬もその後に続き、標的を氷狼と定めた。 開拓者達は、炎狼を牽制しながら氷狼を撃破していく戦術にでた。音有、茜ヶ原、鳳珠は遺跡前のアヤカシを引き剥がし生存者の確認をすべく、右手祠へと向かう。 遺跡前の一頭のアヤカシは、氷狼であった。その息を遺跡の岩に吹きかけ、爪で何度もガリガリと引掻く。人間の匂いに、なんとかこじ開けようとしているようである。そこへ音有が瞬脚で割り込むと、鼻面に一撃を叩き込む。 「ここから先は俺が相手をしよう」 氷狼は後ろに跳躍すると、そのまま音有に突進しようとした。が、その足元を茜ヶ原の即射が素早く穿つと、慌てて後退する。意にそまぬ邪魔に、氷狼が開拓者達を睨みつける。 「出来るだけ遠くへ誘導しましょう」 間合いを計りながら、華妖弓を番えたまま、茜ヶ原が提案する。少しでも生存者から遠ざけねばならない。 「今アヤカシと対峙しているところだ。済むまでそこからでないように」 遺跡の中の者にそういって棍を取り回すと、氷狼に突きつけては後退を迫る音有。二人に気おされて氷狼が離れていく隙に、鳳珠が凍っている岩戸に走り寄り、中の者たちの生存を確認する。 「今少し、我慢してください」 微かに聞こえる安堵の声に、鳳珠が出てこないように重ねて念を押す。 「言葉は通じずとも、その意志や感情らしきもの、感じ取れるかも知れぬ。こうして命を賭すことで」 シュヴァリエの斧が炎狼の脚を斬りつけると、その咆哮の炎が怒りと共に返される。鎧を通しても炎に身を焼かれるほどの熱さ。互いに機動力をそがれまいと撃ちあっては離れる。神呪は退路を断つために、呪縛符を打つが、それをものともしない力にあい、攻撃に切り替えた。 炎の舌が届かぬところから、宗久が矢を素早く打ち込むと、炎狼が後ろ足で立ち上がる。その射撃と連携をとりつつ、神呪が踏み込んでその身体に斬撃符を刻み込む。たてがみが散った。 炎狼と撃ちあうごとに、去来する思い。 (その正体はなんなのか、お前が叫んでいるのはなぜなのか) シュヴァリエは槍斧を振り上げる度にそう考えずにはいられなかった。 氷狼への九条の初撃は気合に満ちたものであった。 「早々に沈んでもらう」 渾身の空気撃で先頭の一頭を跳ね飛ばした。体勢を整える前に、氷狼の体に連打を叩き込み、反撃の隙を奪い取った。圧倒的な早さだ。 もう一頭の氷狼が牙をむいて凍てつく息を吐き出せば、牧羊犬が火遁によりそれを迎え撃つ。空中でせめぎあう氷と炎。 だが、先に見切りをつけた氷狼が、牙と爪との攻撃に切り替えて、牧羊犬に襲い掛かった。爪が、その精悍な肌に食い込む。 「牧羊犬さん!」 そこへ、茜ヶ原の援護射撃が届いた。もう一頭の氷狼を遺跡前からおびき出してきたその足で、息を乱すことなく、的確に氷狼の身体に矢を突き立てる。氷狼が暴れながら離れると、その隙を狙って、牧羊犬がその喉笛を引き裂いた。 「これくらいの傷、よい生き餌になりましょうや」 そう自嘲的に言うと、次のアヤカシに標的を移した。その傍では、九条が暗頸拳で倒れた氷狼にとどめの一撃を見舞っている。ぎゃうん、という悲鳴とともに、アヤカシが痙攣を起こし、そのまま動かなくなった。 九条もまた、次の得物めがけて猛追する。二人の獣人は、狩人のごとく感覚を研ぎ澄ましていた。 丁度そのころ、音有が、追い立てる氷狼に棍という得物ならではの距離感を保ちながら、つかず離れず次々と攻撃を放っていた。二頭の氷狼が瘴気と化して消えてなくなるのを目の端で捕らえた。そろそろ潮時だ。 茜ヶ原がそれを察知して、影撃を発動し、氷狼の頸の付け根を射抜いた。音有がすかさず踏み込み爆砕拳を発動すると、鋭く突き上げる。命中した氷狼の身体は中から破裂した。 どう、と横倒し倒れた身体の破片は瘴気になって消えていく。 炎狼に致命的な傷を与えられないまま、撃ちあっていたところに、音有、九条、牧羊犬が駆けつける。神呪はその炎の熱にあぶられながらも、符をうち、シュヴァリエは肉厚の斧を振り続けていた。 宗久の矢が彼らと炎狼の間に数本打ち込まれると、その意味を知り、初めて仲間の援護が来たことに気づいた。 改めて陣形を組みなおし、炎の射的範囲に入らないよう細心の注意を払う。氷狼とは違う緊張感が漂う。じっくりと全員を眺めた炎狼が、大きく吼えた。 「なにがどうあってもアヤカシだからね」 宗久が達観したように呟いた。所詮アヤカシ。たとえ今回の事件の引き金を知っていようとも。 ―――倒すのだ。 鳳珠が生存者を確認して駆けつけると、全員に神楽舞「抗」を付与して炎に対する抵抗を上げた。接近戦を試みるものは、前衛に並び、射手は後方から支援する。総力戦である。 九条が空気撃で下肢の均衡を奪い、牧羊犬は鎖分銅で絡めとろうとする。シュヴァリエが重厚な一撃を加え、神呪がその身体を斬りつけていく。 炎狼の咆哮が開拓者達の肌を焼き、燃やし尽くさんとした。爪が石畳を削り、倒れまいと呪縛を振りほどこうとする。 その身体に何本もの矢を生やしても、なお。 しかし、開拓者達の総攻撃に、炎狼が屈するときが来た。怒りか叫びか形容しがたい声を上げて、その巨体をどさりと横たわらせた。 消えていく命―――アヤカシも命というのであれば―――を感じ、鳳珠が静かに歩み寄った。後ろを振り返ると、茜ヶ原がこくりと頷く。 鳳珠が炎狼に触れようとすると、それから逃れるように身を捩じらせたが、逃れられなかった。 「走馬灯」の発動。 最後に望むものを幻影としてみることが出来る巫女の術。その手が炎狼に触れた。 「―――!」 鳳珠が目を見開いた、その瞬間。 ピクリ、と炎狼の前足が動いて、よけるまもなく鳳珠を爪で引っかけた。鳳珠は弾き飛ばされ、仲間達に受け止められる。 「大丈夫!?」 茜ヶ原がその腕の傷に目をやって止血を始めた。大丈夫、と鳳珠が苦笑してみせる。 「‥‥‥‥」 開拓者達が見守る中、炎狼が目を開いた気がした。炎のたてがみを微かに揺らしながら、頭をすこしもたげたかに見えた。 ―――孤高の生涯を、永く生きながらえたその生涯を、今閉じるのだ。 シュバルトが無言で近寄り、肉厚の刃をその首に撃ち降ろし、とどめを刺した。 炎狼が鳴いた。 長く、遠くまで響く咆哮であった。 ●継がれゆくもの 「多恵さんがどう思っているのか、知るすべはありません」 鳳珠はポツリと多恵の墓の前でそう言った。 「ただ、多恵さんと炎狼の間に絆と呼べるものがあったと思うのです。それを断たれたとき‥炎狼は自らの気持ちに翻弄され、唯一、村人達への怒りへと矛先を向けたのでしょう」 「走馬灯」は見えなかったのか。その問いに鳳珠は口を閉ざしていた。精霊の力ではアヤカシに対してその幻影を引き出すことは出来ない。魂のありようがアヤカシと人では異なるからだ。 だが、なにかに触れた気がした。 それを確かめる前に炎狼が最後の力で拒絶したのだ。 「五穀豊穣であれば、悲劇もなかったでしょうに」 茜ヶ原が持参した五穀をそっと紙につつんで多恵の墓に備えた。村人たちの死体は喰い散らかされて滅茶苦茶になっていたが、多恵の屍だけはそのままであった。 今、開拓者達は多恵の遺体を埋葬し、墓を整えたのである。 「死んでしまったらどうもこうも無いさ。人もアヤカシもな」 音有が古酒を供えて、その冥福を祈る。稀有な能力が多恵にはあったのか、分かりはしないが、失われてはならなった命であることに変わりはない。 「どうかせめて安らかに」 深く祈りをささげるのは、元巫女であった神呪である。愚かな村人を糾弾しても命は生き返らない。その虚しさと、人の醜さを見てきた彼女だからこそ、心の底から多恵の死を悼み、やりきれなかった思いを痛感するのである。 「気が晴れないな。後味の悪い依頼だった」 シュヴァリエがガシャリと鎧姿のまま、きびすを返した。炎狼と真正面から対話をしていた彼にとって、言葉で形容できる説明はできず、くだらない、と評するしかなかった。 村人たちは、炎狼が葬り去られたという報告の後、遺跡の奥から重い岩戸を開いて生存者を助け出した。遺跡に閉じこもっていたのは、大人二人と子供が三人。 村を再建するには、とても維持できる数ではなかった。 だが、その一人の子供が、墓の前から去ろうとする開拓者達に、たたたと駆け寄ってきた。 「どうした、坊主」 九条の羽を珍しそうに見つめたかと思うと、はっと我に返ってペコリと深く頭を下げた。 「多恵おねえちゃんのお墓、ありがとう」 みるみる瞳に涙が盛り上がってくる。 「ありがとう‥多恵ねえちゃんの身体、運んでくれて‥‥」 ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、アヤカシたちに追われて傷だらけになった子供がやっとの思いでそれを伝えた。 多恵と一番仲が良く、泣きじゃくってその儀式をとめようとしたのが、この子供だった‥というのは後で分かったことである。 大人たちの理屈や妄信に惑わされず、その不条理を本能で知っていたのは子供であった、というのは皮肉な結果というしかない。 開拓者達は、そのまま、そっと多恵の墓を後にした。 多恵の墓の前で、護られた小さな命は、悔恨の涙を流す。 きっとこの子たちなら、二度と同じ過ちは起こさないだろう。 ――私の分も生きて。 多恵の最後の一言が、聞こえた気がした。 |