|
■オープニング本文 「無理です」 「あなたねぇ、見もしないうちから言わないで頂戴」 脇にどけられた紙の束を、ずいともとの卓の中央に戻す。 「ささ。丈太郎さん」 「どこからどうみても見合いの釣り書の表紙をみて、私が首を縦に振るわけないじゃないですか。いっそ中も見ないうちにお断りしたほうが、お嬢さん方のためにもなります」 「中も見ないうちという方が、いたくこの方々の心を傷つけるのですよ」 「ああいえばこういう‥」 机の上に束で置かれた見合いの話にうんざりとした丈太郎(じょうたろう)が腕を組んだままため息をついて、ちらりと母親の顔を見た。 選りすぐりの娘を用意した、と自負している丈太郎の母は、胸を張って丈太郎の反論に備えている。 こうなってしまってはもうだめだ。 なんとか、言い訳をつけて今までのらりくらりとかわしていたのだが、今日はそうもいかないらしい。 「お茶をお持ちしました‥」 そっと入ってきた使用人の果歩(かほ)が、丈太郎の前に茶を置いた。幼い頃からこの家につかえ、丈太郎のことをよく見てきた果歩にとっては、見合い話はちくりと心が痛む話だ。 もっとも商家の跡取りの丈太郎に、自分のような貧しい農村出身の娘が身分的につりあうはずもないが。 丈太郎の母上はというと、昼行灯のような息子に早くしっかりした嫁を見つけ、きっちり跡取りを授かって孫の世話をしながら楽隠居したい一心である。 その気持ちもわからなくはないので、果歩は何も口出しできない。 「ありがとう果歩さん」 出された茶を飲みコクリと喉を潤すと、黙りかけた口撃が再開する。 「この漂々とした馬鹿息子に、ちょっとははっきりしゃっきりするよう言ってやって頂戴な。果歩さんみたいなしっかりした娘が必要なのよ」 「え…えと」 果歩さんみたいな、といわれて、かぁと顔に血が昇る。単なる言葉のあやだとわかっていても、である。しかし、 「果歩は関係ないでしょう」 とぴしゃりと丈太郎に言われて、果歩の心は冷や水を浴びせられる。 「私みたいな男より、立派な婿を迎えてやってください。…ああ、そうだ、母上、世話焼きをしたいのなら、私より、果歩の方を先に…」 朴念仁な丈太郎は、果歩の気持ちも知らず、いいことを思いついた、とばかりに母に進言する。 その言葉に果歩が顔色をなくし、母ががくりと肩を落とす。 「かくなるうえは…この三人のお嬢さん方とお見合いしてもらいます!」 「はぁ?」 「えぇ?!」 最後に驚いた果歩に丈太郎と母が目を向ける。 「―――あ、いえ! なんでもございません。夕餉の支度をしてまいります‥」 盆を胸に抱きしめ、ぴょこんと礼をすると、果歩はバタバタと厨に戻っていった。 「‥‥‥果歩、どうしたんでしょうね」 「‥‥‥‥やはりあなたには、無理やりにでも嫁を迎えてもらったほうがよさそうね」 「なんでそうなるんです」 「女心がわからないからですよ」 ああ、なんてなさけない。と母が天を仰ぐ。勉学だけは、ずば抜けて出来るのであるが、商家の跡取り息子として、商売にまったく興味がない。 それより輪をかけて女性に興味がない。 まったくモテないかといえば、それなりに文やら贈り物やら待ち伏せやら‥されているのは母の調査済みである。顔も文句はない部類だろう。 今回の見合いだって、一声かければそれなりの商家からこうやって見合いの話が持ち込まれるほどだ。 「いいですね、これは決定です。見合いをしなければ、今後その馬鹿にならない本代も出しませんよ」 「ええ! それば横暴だ!」 ことそこに至って、大変さを思い知る丈太郎であった。 見合いはしなければならないが、結婚する気などない。家同士の人間関係もややこしいので出来れば相手のお嬢様方から断ってもらいたい。 どうやって断るか。本当のことをいっても聞いてもらえるか、と丈太郎が思案しながら歩いていると、ふとギルドの前に依頼文が貼り出されているのが目に付いた。 開拓者たちであれば、人生経験も豊かであるし、なにか策を考えてくれるのではないか。 よしと頷いて、丈太郎はギルドの門戸をくぐった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
サラ=荒井=サイバンク(ia9989)
16歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
繊月 朔(ib3416)
15歳・女・巫
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●幕上がる 「ええ! お一人ずつお話したいですって!」 あらあら、まぁまぁと丈太郎の母が色めきだった。お見合い当日になって、わが息子からとうとう前向きな発言が出たのである。 料亭の門を母がくぐった処でその話となり大騒ぎである。 「まぁ、そんな大声を出さなくても」 母親の感激ぶりに、やや面映いというか‥はっきりいうと居心地が悪い。自分が破談に持ち込むよう依頼したとはとても言えない。 「いきましょう、母上」 びしりと紋付袴に着替え、髪を整えると、丈太郎もそこそこ見栄えがする。母は晴れの姿に目頭を押さえつつ――まだ見合いだというのに――心の中で万歳三唱であった。 時間は少々前後して。 一方の料亭の方は、いつにない緊張感に包まれていた。丈太郎に差配され、部屋と時間の変更が申し付けられた。丈太郎の母が料亭を借り切る形にしていたので、部屋はいくらでも手配が付く。 控えの間も三室設けられ、開拓者が忙しく出入りする。 「もちろん雑用もお申し付けください。お見合いの時間以外は従業員として扱ってください」 繊月 朔(ib3416)は段取りを確認しながらにこりと笑う。『吉祥』の間に綾、『飛天』の間に椿、『飛鳥』の間に桜。三人のお見合い相手を間違いなく誘導させなければいけない。 「野次馬根性ですが‥人様の恋路がかかっているとなれば、燃えてきますねぇ」 紅雅(ib4326)は穏やかにそういってふふふと笑う。 「うっふっふ。楽しそうね♪」 ニーナ・サヴィン(ib0168)もワクワクする気持ちを抑えきれないようだ。 「こんなことして大丈夫でしょうか‥」 彼ら六人と料亭の仲居や料理人たちの間で、一人沈んでいるのは、果歩である。 見合いの手伝いを、ということで屋敷から引っ張られてきたが、お見合いを破談に持ち込むという計画を聞いて、絶句してしまった。 しかも、自分にも一役任されているということも、気が気ではない。来る途中、 「世間体とか関係なく、あなたの気持ちを聞かせてください」 と、紅雅に言われ、散々迷った末、ぽつりと答えたのはいいのだが‥。よもやまさかの配役である。どう考えても自分より女性の開拓者たちの方が美人で立派に役に立つ。 「あの、やっぱり」 「ここまできて、引き下がるんどすか?」 決して責めているわけではなく、やんわりと華御院 鬨(ia0351)が訊いた。その立ち居振る舞いからはこぼれんばかりの女性らしさが立ちのぼるが、実は女形(おやま)である。 「舞台は何度も演じれっけど、人生っつー舞台は一度しか演じられねーんだぜ?」 なぁ? と羽喰 琥珀(ib3263)はひょっこりと傍から果歩を覗き込んだ。 果歩は立ち去りかけた足を戻して、ためらっていた。 そのとき、驚いた声が料亭の入り口に響いた。 よく知った声に果歩がハッと顔を上げた。丈太郎の母だ。 料亭の仲居が、今日の客を出迎えにいく。にわかに料亭全体が活気付く。もうすぐ見合い相手の女性も順番に到着するだろう。 見たくないという思いと、でも、というためらいが果歩のなかで渦巻いている。 「楽しい人生にしたいなら、その足、半歩でもいいから踏み出さないとなー。‥て、受け売りなんだけどなっ」 羽喰はにぱっと笑いながら、そう励ます‥ややあって、果歩がコクリと頷いた。それを見て、きゃー腕が鳴るわ♪とはしゃいでいるのは、ニーナとサラ=荒井=サイバンク(ia9989)である。 キラリと目が光ったのは気のせいであろうか。 「あれ、あの‥」 果歩はその肩をにこにこと笑う女性陣に捕まえられて、廊下へ押しだされていく。そうして、決意からあっという間に『お着替え』の間へと連れて行かれたのであった。 挨拶も世間話も尽きると、丈太郎と綾の間にずらっと手のつかない料理だけが並んでいた。 失礼します、と仲居が下がったところで丈太郎の母がこほんと咳払い。 「まぁ、しっかりした娘さんになられて」 ぐいぐいと母が丈太郎の脇を肘で押す。何かしゃべれということらしい。 「あの綾さん」 「はい」 年下ながらしっかりしている綾は、正面から丈太郎を見据えた。黒髪をひとつに束ねて凛とした美しさを醸している。とても昔お転婆だった女の子とは思えない。綺麗になるもんだな、とぼんやりと丈太郎が思っていると、勢いよく障子があいた。 「丈くん、お見合いって本当だったの?」 ニーナが美しく着飾って登場した。結い上げた金色の髪はきらびやかに飾りつけ、袖からは美しい白磁の肌がのぞく。異国の娘が目を潤ませて、丈太郎の傍に座り、さっと腕を組む。 「あああ、あなた」 「丈太郎さん、どういうこと!」 うろたえる母と綾より、一番内心動転しているのは丈太郎である。しかし、ニーナが添えた右手に力をこめ、ばれたら殺す‥もとい、演技してね、と呟いた。 「丈くん‥ニーナじゃだめなの?」 ぽろり、と片方の目から大粒の涙。丈太郎も焦る。 「説明してください」 綾が気丈にも見つめあう二人に声をかけた。 「丈くんはいつも私を守ってくれて‥でも」 ちらりと綾に視線を配ることも忘れない。 「お姉様が丈くんを幸せにしてくれるなら‥。大好きな丈くん‥だけど」 うるうると瞳をにじませて二人を見やって、諦める‥と絶妙な間で呟いた。そのまま、さっと立ち上がると身を翻し、ぱたぱたと廊下を去っていく。 そこに居合わせた繊月が、 「いつもご利用いただきましてありがとうございます。あら、仲の良いお二人なのに」 と聞こえよがしに呟いた。 「ちょっと待ちなさい。‥丈太郎、女の子泣かすなんて最低よ。あの子との関係を隠したまま縁談なんて。この話なかったことにしてもらうわ!」 怒った表情はやはり、昔の面影を見せた。失礼します、と母に向かって一礼すると、綾が席を立った。 丈太郎は女同士の迫力に気おされながらああ、と頷いた。母が状況を飲み込めずに背後で固まっているのを感じながら。 これで一人。 最後まで気力が持つだろうかと心配になってきた丈太郎であった。 「あら、おたくはん、丈太郎のなんなんどすか」 そこには、きらびやかな衣装に着替えた銀髪の美女がたたずんでいた。 「なんっ――あなたはんこそ」 椿が見合いの席に用意された飛天の間に入ると、そこにはすでに華御院が座って待っていたのである。やわらかく曲線を描く髷を結って、上品さと可憐さを印象付けようとしていた椿であったが、控えめにみても相手の方が女っぷりが上である。 「丈太郎はんはうちの常連どす」 「常連‥て」 椿の顔から血色が消えた。あきらかに勘違いしているようである。 そこに丈太郎の声がした。 「だから後で話します!」 母となにやらもめているらしい。何か言いかけた母を差し置いて力任せに飛天の間の障子を閉めた。 丈太郎に注がれる二人のまなざし。 それに気がついて、一気に回れ右をした。‥なんだか芝居とはいえ非常にまずい空気しかない。 「丈太郎はん」 華御院が猫なで声で立ち上がると先に丈太郎を捕まえた。そつのない身のこなしで丈太郎をひっぱって傍に座らせる。 「丈太郎さん?」 椿の声が聞こえないくらい丈太郎は硬直している。そして華御院はしなだれかかりながら、椿に視線を送る。 「あんた、丈太郎はんの権力だけ目当てなんて他の女とかわりあらしまへんえ」 「だれが。男の女遊びは甲斐性のひとつやとおもてます」 椿はうたれ強かった。とはいえ、二人の向かいに座るのも癪で、巾着の紐を千切れんばかりに絞っている。ますます華御院がべたべたと丈太郎にひっついていく。 「ちょ‥華御院―――」 そこへ、どうされたんですか、と繊月の声がした。廊下で立ち聞きしていた母親を見つけて声をかけたらしい。 いぶかるそぶりで障子を開けて、わざとらしく丈太郎に一礼する。 「今日はお二人も‥いえ、さしでがましいことを申しました。失礼いたします」 パタン。 「甲斐性にも、程度がありますえ―――」 ぶちりと巾着の紐が切れた。ここまで女遊びがひどいとは思いもしなかった。実直でまじめだと聞いていたのに。嫁ぐ前にわかってよかったと椿は思い直した。 「この話、なかったことにさせてもらいます!」 あくまでも気位の高い椿はツンとそっぽを向いて出て行った。 廊下には、熱が出てきた頭を抱えてうなっている母親がいた。 これで二人。 ●舞台裏 「お化粧は‥」 「大丈夫♪ 動かないの」 開拓者によって果歩が一人の年頃の女性に仕上げられていく。料亭には式場も兼ねていることから、貸衣装は豊富だ。一日借り上げている丈太郎との懇意もあってか、貸衣装はよりどりみどりである。 「帯はこっちかしらね」 ニーナは自分も着替えながら果歩の帯を選んでいた。着せ替えは楽しくてしょうがない。サラは緊張している果歩の肩にそっと手をおいた。 「恋に必要なのは、行動と少しの勇気ですよ」 鏡に映る自分の姿が、そういわれて小さく頷いた。帯が巻かれると肝が据わってくる気がする。その意気、と二人がくすぐったい気持ちを後押ししてくれた。そして何本ものかんざしを乗せた盆が部屋に運ばれては、ひとしきり、きゃー♪と女性たちは吟味を始めるのであった。 「もう何が何だか‥」 冷たい手ぬぐいをあてて、ぐったりしている母が別室で休んでいるところに、従業員に扮した紅雅がお茶を運んできた。起き上がって礼を言うと一口含む。 「大変でしたね」 気遣わしげに紅雅がそう言った。息子の女遊びがこう露見してしまえば、見合いの話など今後来ないに違いない。母親は急転直下、奈落の底の気分である。 「でも計算違いもうまくまとめてこそ、だわ」 こうなったら、三人目の桜との縁談を今日まとめてみせる。幸い、桜は一番丈太郎に好意を寄せているはずだ。 「踏ん張るわ」 「大丈夫ですか、奥様。お客様はまだお見えではないのでもう少し休まれては」 穏やかな笑みで微笑むと、丈太郎に話をつけに行こうとする母親を押しとどめた。相手がまだであればしかたない。あらそう、といいながら、ゆっくり腰を落ち着けることにした。 実はこれが紅雅の絡め手であった。 母親にしゃしゃり出てこられると困るので、ここでゆっくりとお引止めしなければ。紅雅は見合いの席に同席しようとする母親をあの手この手の話題で忘れさせる。 気づけば、話に花が咲いていた。 「お茶いかがですか」 お茶は切らさない。すかさず茶菓をはさむ。爽やか笑顔は鉄則で。茶葉と菓子についての薀蓄と、流行の店の話題などであっというまに時間は過ぎていくのであった。 「っつーわけなんだ、ほんとーにゴメン!」 料亭の角を曲がったところで、ペコリと頭をさげているのは羽喰である。頭を下げられた椿はというと、何度も謝られて怒るに怒れない。華御院は、女形であり、女癖が悪いというのはあくまで破談のため仕組まれたことである、というのだ。 たしかに見合いを断られたというよりも、こちらから断ったほうが格好がつくし、なにより、すでに丈太郎には想い人がいるそうなのだ。(もちろん、羽喰の脚色であるが。) 家同士の釣り合いもあるし、と見合い話が断れない状況は理解している椿である。 目の前の羽喰のいたいけな瞳をみると‥もう怒れない。そのしっぽも耳もへにょんと元気がないのをみると痛ましくなる。 「手の込んだことですこと」 「すっげームカついただろうど、ここはひとつ!」 「えぇ、もうよろしおす」 と、椿はため息をついて苦笑した。 羽喰は悪い噂を打ち消すという役目を立派に果たしながらも、後で本当に一番困ったヤツである丈太郎に灸をすえないとなぁと思うのであった。 ●大団円? 桜が部屋に通されると、美しく手入れをされた庭に、二つの人影があった。桜はこの日のために手入れをしてきた黒く長い髪を整え、はやる気持ちを抑えていた。 ほどなく、茶を持ってきた繊月が、庭の二人に気づいたようにして、茶を手にした桜に声をかけた。 「あのお二人、お似合いですね。うらやましいですね」 ほんとうに、と言おうとして、桜の唇が固まった。 ゆっくりとこちらに仲睦まじく歩いてくる一人は丈太郎。やや歩を早めてついてくるのは見たこともない可愛い女性。 照れたように笑いながら、丈太郎の姿を見つめるまなざし。そこにある気持ちに気づかない桜ではなかった。自分もまた、遠くから丈太郎を見ていたのだから。 庭の玉石に足を取られて転びそうになった女性に、丈太郎がさりげなく手を貸した。 それを見ていて、何かが自分と決定的に違う、と気がついてしまった。 「すみません」 去ろうとした繊月に、桜が小さくそう言った。 「気分が悪くなったので、本日はおいとましますと、丈太郎さんに伝えてください」 見合いの話にもしかしたら、と思っていたのは自分だけだった。相手も少なからず思ってくれているものと勘違いしていた。 だが、丈太郎は初めて会う自分に、ああやって手を差し伸べてくれるだろうか。優しいひとにはちがいないだろうが、あの女性とは違う。 お茶に手をつけただけで、桜は飛鳥の間を後にした。 「なんでここまで来たんだ、果歩」 「なにって‥お手伝いです」 庭を二人で歩いてくるように指示された二人の会話は、実はそんなものであった。着たこともない上品な着物に着替え、帯をきつく締められた果歩は、足元がおぼつかない。うっかり玉石を踏んで転びそうになる始末である。 「きゃ」 「――たく。ほら」 丈太郎がすかさず手を貸してやると、果歩がそれにつかまる。ほっと息をつくと、なんだか丈太郎の傍にいることが気恥ずかしくなってきた。 「庭を二人で歩いて何になるんだか」 ―――ちっともわからない丈太郎は、どこまでも朴念仁であった。 果歩の格好がいつもと違うことには驚いたが、それについて何も言っていない。そういえば、今日一日開拓者を含め、いろんな美しい女性を見てきた。 たしかに綺麗だし、美しい。 (だけど、なぁ) 一生懸命後をついてくる果歩を見て、ふと気がついた。今このとき、自分は焦ったり、緊張したりしていない。ただ、いつもの自分でいる。 「坊ちゃん?」 果歩がおずおずと声をかけた。 ここに果歩がいるのに。心はおだやかで、それでいてどこか楽しい気がする。 「今日は化粧したんだな」 「そういうこと、女性に言わないほうがいいですよ」 頬に朱を散らせながら、果歩がふくれた。丈太郎が笑う。 ああ、そういうことなのだ、となにかに気づいた。 「果歩が入れてくれた茶が一番だ」 それだけ言って丈太郎が先に歩く。果歩が自分の耳を疑ったが、ややあってその後をついていった。 ―――うちに帰ろう。 振り返らずにそういった大きな背中に、はい、と元気よく果歩が答えた。 春まだ遠し。 でもこの先にきっとある気がして、果歩の心はあたたかくなった。 「あら、何か忘れている気がするわ」 母はずず、と茶をすすった。 |