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■オープニング本文 艶ある筒状の托葉を蓄えた森林の低木は、六弁の白く愛らしい花を咲かせ、その花からは強い芳香を漂わせる。 それが、梔子(クチナシ)の花。 もう暫くすると‥‥赤黄色の果実をつけるだろう。 ――理穴では、染物が盛んだった。 梔子の果実は草木染の染料として使われ、白い反物を赤みがかった黄色に染め上げることができる。 草木染を生業とする者にとっては、大切な植物だ。 ‥‥しかし、梔子が自生する森のすぐ傍は、『魔の森』であった‥‥。 「梔子が生える森を調べて頂きたいのです。 近くで発生したアヤカシが流れ込んで、森のケモノを襲っているようなのです‥‥」 開拓者ギルドに話を持ち込んできた染物職人はそう話し、梔子の森の調査と、森に流れ込んだアヤカシ退治を依頼する。 どうやら発生したというアヤカシは、『化猪』と『化け蜘蛛』のようである‥‥‥一刻も早くそれらを土に還し、梔子を守って欲しいと職人は頭を下げるのだった。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
戦部小次郎(ia0486)
18歳・男・志
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 梔子を、そして染物を生業とする人たちの生活を守るため、開拓者達は森へと集まる。 白鞘を携えた国広 光拿(ia0738)は、紫色の瞳で静かに森を見据え、呟いた。 「‥‥これ以上犠牲が出ないようにしなければ、な」 ギルドの話によれば、犠牲となったのはケモノのみ。けれどいつ人が襲われてもおかしくない状況。 「ええ、手際よく探してさっさと倒してしまいましょう」 今一度頭形鉢金を被りなおし、戦部小次郎(ia0486)が力強く同意する。 彼らの後ろでは。 「あら、相変わらず小さいわね」 川那辺 由愛(ia0068)が、神町・桜(ia0020)の頭をポンと撫でた。僅かに上気する桜の顔色。そして、 「小さい言うでないのじゃ! お主の胸とて同じようなものじゃろう!」 どこからとも無く出したハリセンで早速ツッコミ。パシンと乾いた音が飛ぶ。 「いったいわね〜? ふふん、でもあたしの方が勝ってるわよね」 なんて言って、由愛は薄い胸をはり勝ち誇った。 正直身長の話なのか、胸の話なのかはっきりして欲しい‥‥まあ、どちらにしろ団栗の背比べなのだが。 「まぁ、にぎやかね〜」 ちっこい二人を眺めつつ葛切 カズラ(ia0725)が身を乗り出すと、胸に蓄えた大きな果実がたゆんと揺れた。なんという格差社会。 「さ、現地産業の円滑進行の為にもスッキリやっちゃわないとね〜」 クスっと笑い、発破を掛けるカズラ。 こんな賑やかな面々も、いざ森へ突入となると面持ちが引き締まる。 ――話は少し遡るが、開拓者達は事前にギルドから幾つか情報を聞き出していた。 『ケモノ達が襲われて‥‥という事は、死骸などのアヤカシの其れと解る痕跡があったのでしょうや?』 問うたのは、志野宮 鳴瀬(ia0009)だ。それに対し、獣の血は奥まった場所で多く見られたとギルド職員は答えている。 「情報は僅かですが、捜索の手掛かりになりましょう」 と言う鳴瀬に、篠田 紅雪(ia0704)は頷いて。 「‥‥行くか」 言葉少なに呟いた。 少しだけ森へ分け入ると、周囲に甘い芳香が漂い、低木に咲く可愛らしい白い花が見て取れる。 「あれが梔子じゃ」 と、指さす桜。 「ふむ、これが染料のもとかいな‥‥まさしく金になる木やなあ」 天津疾也(ia0019)は目を銭のように輝かせて、梔子を見つめた。流石商家の三男坊、早速値踏みしている様子。 そんな疾也の脇腹を肘で小突き、由愛は僅かに口角を上げる。 「‥梔子の花言葉は『とても幸せ』だったかしら? 皮肉なものよね」 (「だって、アヤカシ達には幸せとは言えない結末しかないのだから‥」) どのように楽しませてくれるのだろうか‥‥と、由愛の胸が高鳴る。 そして始まる森の探索とアヤカシ退治。 開拓者らはまず二手に別れ、それぞれ別の方角を目指す。 一班は鳴瀬、紅雪、カズラ、光拿が。 ニ班は疾也、桜、由愛、小次郎が。 そして同じ班の中でさらに2名づつ別れ、効率よく探していく作戦だ。 「天津は探索いっしょじゃの。よろしくじゃ。‥‥背のことは言う出ないぞ」 まるで空を仰ぐように、疾也の目を見て念を押す桜。 「せやな、よろしゅう」 ちっこいから見失わんようにせなな〜と思う疾也だったが、流石に念を押されれば口に出せず苦笑するのみである。 そして分かれる前に、合図を再確認。それぞれ呼子笛を手に。 「アヤカシが複数見つかれば1度、単体なら2度吹いて合図‥‥で、いいな?」 光拿が顔を見渡して言うと、皆は頷いた。 ● 森の中を北へと進む鳴瀬と紅雪、光拿とカズラは、離れすぎない距離を保ちつつ二手に分かれていた。 鳴瀬の長い黒髪が、次第に深くなる闇へと溶け込んでいく。木々の一つ一つを注視し慎重に歩き、巣が有るか無いか、ケモノの死骸はどうか‥‥特に新しいものには注意して、鳴瀬は進んだ。 「蜘蛛が巣を張り易い場となると‥‥樹木間より茂み、離れた物同士より密集した場で御座いましょうか」 霊木の杖で前方の茂みをそっと払いながら、鳴瀬は紅雪に話かける。 「密集した場所か‥‥」 紅雪もゆるりと茂みを目で追った。だが、アヤカシに結びつく物はなかなか見当たらない。 (「‥‥弾いた光で視認するは難しいやも?」) 鳴瀬は思う。森の中には日があまり差し込まず、光の反射で糸が光ることは稀だ‥‥それが余計、探索を難しくさせていた。 暫く進み、一刻経ったかという頃。 「これは‥‥」 低木の葉に点々と散った、赤い斑点を見つける紅雪。きっと、血が乾いた跡に違いない。 そして続けざまに新しい血痕が見つかり‥‥鳴瀬と紅雪は顔を見合わせ、緊張を奔らせた。 その頃、光拿とカズラは。 「‥‥周辺には居ない‥‥か‥‥?」 僅かに茂みを揺らした音をききつけ『心眼』を発動する光拿。その眼光は鋭かった――だが、生物の気配は感じ取れない。 アヤカシらしき足跡はつかめないまま、光拿はさらに奥へと進む。 「‥‥何か変わったところはあるか?」 「今のところ、ないわね〜」 ふり返って光拿が問うと、棒で探りつつカズラは答えた。 こちらは見当違いだったか‥‥と、二人が思い始めた頃。聞き覚えある声が森に木霊する。 ‥‥声の主は、鳴瀬と紅雪だ。 「新しい血痕が見つかったようだ」 「あっちにいるのかもね」 光拿は足を止め、カズラと顔を見合わせ、さらに警戒を強めながら合流へ向う――。 一方、二班。 薙刀でさくさくと茂みを探りつつ進んでいた桜が、ふと足を止めた。 「さっさと見つかれば楽なのじゃがの‥‥。とりあえず夜になる前に見つかるとよいが」 野営は嫌じゃの‥と、ひとつ溜息。 桜が項垂れると、本当に低木に紛れて見失ってしまいそうで、疾也は思わず笑いを呑みこんだ。うっかりするとアヤカシ探しより、桜を見失わないようにする事に全力を注いでしまいそう。 「そうならんようがんばりや」 暢気に言って、疾也は拾った棒で目の前の草葉を掻き分けた。怪しい場所や音をききつけては『心眼』を使い、歩みを進めていく。 ――探索は続き、やがて二人に疲労の色が浮かび始めた。 相変わらず、森は不気味なほど静かだった。耳に届く音は、自分達の足音に他ならない。 「猪であれば動き回ってるから音でわかる‥‥とは行かぬの、流石に」 僅かに桜の表情が陰った。彼女は立ち止まると、突きたてた薙刀に体重を寄せる。そして目を閉じ、耳を済ませて。 ――遠くで響く、笛の音を聞いた。 その時、小次郎と由愛は。 「猪と同じ行動を取ると思ったのですが」 「ここには居ないようね」 辿り着いた森中の水溜り付近に、アヤカシの姿は無かった。 猪は本来非常に草食よりの雑食生物、昼は食料を求め水場に居るという。アヤカシでも猪型であれば同じような行動をとるだろうと小次郎は考えていたが、少し違ったようだ。 やはりアヤカシはアヤカシ、人の血肉を求めているのだろう。 「さぁて、何処に隠れてるのかしらね?」 探し始めてから数刻、由愛は疲労の色も浮かべず楽しげである。 二人は更に薄暗い場所へ。 ‥‥小次郎は『心眼』を交え、より慎重になっていく。 と、その時。 二人の耳にも、微かな笛の音が届いていた。 「‥‥今、笛の音がしたわ‥‥!」 「‥‥出ましたか」 音は只一度だけ――それは複数が同時に現れたという、最も危険な合図。 『合流するのじゃ!』 と、桜の声も届き、小次郎と由愛は互いの顔を見て頷くとすぐさま駆け出した。 ● 笛の音を響かせたのは、鳴瀬であった――。 僅かに前ケモノの血痕を見つけた後、鳴瀬ら4人は合流し血跡を追うように移動していた。 そして大地に残る紫の瘴気を発見――刹那に光拿が『心眼』を発動すると、3体の気配が捉えられる。 しかしその時、既に高木に巣を張っていた化け蜘蛛は、駆けつけたカズラの前に急降下していたのだ。 ――蜘蛛の糸には注意していたものの、頭上からの急襲は盲点。 降り立った化け蜘蛛の体長は人の子程もあり。醜悪な手足を蠢かせ、まるで細縄のような糸を吐き出す――。 波打った粘糸はカズラの白い右足に絡み、肉を絞めた。引っ張られると倒れこみそうになる。 「‥‥くっ」 突如背後に降り立った化け蜘蛛。光拿は唇を噛みながらも、冷静に白鞘を振った‥‥まずは拘束を絶つべき。 ――剃刀のような薄い刃は切れ味鋭く、白い粘糸を難なく断ち切る。そして、 「化猪は頼む‥‥!」 叫ぶ光拿。 開拓者らに吸い寄せられるように、2体の化猪も姿を現していた――! 「援護は、任せる」 すっと刀を抜き構えると、紅雪は鳴瀬へ声をかけ。 「承知致しました」 コクリ頷き、報せの笛を響かせた鳴瀬は杖を構え直す。‥‥2体の化猪は気性荒げに地面を掻き、今か今かと突進のタイミングを狙っているようだ。一方には、化け蜘蛛‥‥もう退くことはできない。二班が合流するまで、持ちこたえるのみ。 紅雪は掛け声と共に、猪の方へ駆けた――そして、胴を目掛け刀を横に振る。 ズンと手首に重みがかかり、化猪の皮が裂けた。 その間、鳴瀬が『力の歪み』でもう一方の化猪を攻撃――周りに歪が発生し、猪は身体を捻らせて悶えた。まるで踊るように、滑稽に‥‥。 2体の攻撃が一度に紅雪や光拿へと向かぬよう、鳴瀬は牽制攻撃をし続ける。 化け蜘蛛は光拿を狙い、何度も身体を捻って体当たりを繰り出した。 怪我をしたカズラを庇って、光拿はその身を囮にひきつけた後、身体をずらして回避する。 「どうした? まだ俺は倒れんぞ」 不敵な笑みさえ浮かべ挑発を試みる光拿。 その間に、カズラは体勢を立て直し。 「糸もいいけどやっぱりこっちよね〜」 開いた胸元に手を差し入れ、陰陽符を片手に広げた。 放つは呪縛符――陰陽術により具現化された瘴気は、植物の蔓の様な触手型の『式』へと変わる。 化け蜘蛛へと突進する無数の触手‥‥それはアヤカシの吐き出す糸よりも自在に動き、蜘蛛の足を次々と緊縛していった。 体当たりを封じられた化け蜘蛛。だが、その口から糸を撒き散らして開拓者達を狙う――! ――しかし糸は光拿やカズラに届く前に、切り刻まれて地に落ちた。 「その糸はちょっと厄介なのよね‥‥!」 そこには、3枚ずつの陰陽符を構えた由愛の姿。彼女が斬撃符を使い、神鏡を模したカマイタチの『式』が現れその糸を切り裂いたのだ。 「そぉらっ! もっと切り刻んであげるわ!!」 連続で繰り出される斬撃符。式は化け蜘蛛の腹部をザクリと裂いて、消えていく。 由愛と共に駆けつけた小次郎は、化猪の脚部を狙っていた。 猪の正面に立たぬよう側面から入り、身を低くして足を薙ぐ。小次郎の刀は前足に命中し、つんのめる化猪。 「突進がなければ怖くないですよ」 そう言い、小次郎はもう一度刀を閃かせ化猪の機動力を奪った。 小次郎の足止めに感謝しつつ、紅雪は刀を振り下ろした。『強打』も駆使し、放たれた渾身の一撃は化猪の頭蓋を割る。 紅雪と小次郎が一体を集中攻撃する中、もう一体の化猪は、 「これでもくらうのじゃ!」 合流した桜が『力の歪み』を放って攻撃。歪に襲われ続けるアヤカシは、徐々に生命をすり減らしていく。 さらに木の陰からは、ロングボウに矢を番えた疾也が。猪の眉間を狙い、その矢を放つ――! 「‥‥と、命中や」 まるで的の真ん中を射抜いたときのように、疾也は喜色を浮かべた。 眉間に矢を刺した化け猪は大きくよろめいたものの、もう殆ど無い力を振り絞り反撃へと移る。 慌てて木を盾に隠れる疾也、だが猪が狙ったのは桜であった。 桜は回避が間に合わず、その突進を腹部に受けた‥‥だが、まだ動ける。 「巫女じゃからとて接近戦が弱いと思うでないわ!」 凛と言い放ち、化猪目掛け薙刀を振った。 ザン‥‥と、薙刀の直撃を顔面に受け、ついに化猪は地へ倒れこむ。 現れる、瘴気の塊。やがてそれは、大地に還るのだろう。 「止め‥‥!」 それと同時に、もう一体の化猪も追いつめられ。 小次郎の攻撃と、紅雪の強打。二人の刀が振り下ろされて、アヤカシは瘴気の塊へと成り果てるのだった。 一方、化け蜘蛛。 開拓者達は反撃をうけつつも、じわじわとアヤカシを追い詰めている。 カズラが吸心符を放つと、軟体動物の足の様な触手が蜘蛛へと張り付いた。 「さっきのおかえしね〜」 ジクジクと蜘蛛から生命力を吸い取った式は、カズラの元へ。同時に、彼女の傷も癒えていく。 もう既に、化け蜘蛛が吐き出す糸の勢いは弱弱しかった。 「あと一押しか‥‥」 仲間が猪を殲滅した事を確認し、光拿も気力を振り絞って一撃を叩き込む。 蜘蛛の細い足が、ボトリと地へ落ちた。やがて瘴気へと変わっていく。 ――そろそろ葬ってやるのも慈悲だろう。 由愛は服に付いた糸を払い、首から提げた呪殺符を手にした。 「恨み辛みよ、怨念よ」 由愛の力により、作り出される式‥‥それは、醜く悍ましい、巨大な蛭――。 「あたしの力となりて、あの命を搾り獲れ!」 気絶寸前まで注ぎ込まれる気力、そして放たれた吸心符――巨大蛭は化け蜘蛛の胴にべったりと張り付いて、残りの生命力を搾り取っていく。 愉快で仕方が無い‥‥由愛は恍惚に頬を染めながらケタケタ笑い、倒れそうな程の眩暈に襲われながら、身体が満たされていくのを感じていた――。 そして、化け蜘蛛は瘴気の塊へと成り果てる。 こうして、アヤカシは討伐された。 最初こそ不意打ちをうけたものの、密な連絡により被害は抑えられている。 胸を張って、開拓者ギルドに報告できるだろう。 「お怪我はございませんか?」 鳴瀬と桜は神風恩寵を使い、皆の傷を癒していった。 そしてふと、目に止まる梔子の低木。 「ここにも梔子、あったんやな‥‥」 花をつつく疾也が呟いた。 ――戦いの最中は全く気づかなかった、小さな白花がそこには咲いていた。 「‥‥‥守れた、か‥」 紅雪は優しげな表情で、梔子を見つめる。 その穏やかな白に誘われて。 「少し、花見でもするか。中々機会も無いだろう?」 光拿の言葉と共に、開拓者達は僅かな時間――梔子の持つ特有の、香りと色を楽しんだ。 「コレくらいの余裕が毎回あるとよいのじゃがの‥‥」 守った梔子の真白色が心に沁みて。桜は呟きと共に、微笑みを見せた。 『とても幸せ』 ‥‥それは、梔子の花言葉。 開拓者により守られたこの梔子は、きっと感謝の念を抱いているのだろう。 小さな白花は甘い芳香を漂わせ、任を終えた開拓者達を送り出す。 再び会うことがあるならば、実をつけた梔子がその姿を染物に変え、開拓者らのもとへ届く頃だろう――。 |