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■オープニング本文 石鏡(イジカ)。 中央にたゆたう三位湖の恵みに支えられ、天儀においてもっとも豊かな国の一つである。 首都安雲の周辺においてはアヤカシの被害も少なく繁栄を謳歌している。しかし光があれば影が落ちるように石鏡の全てが豊かな訳ではない。 石鏡の北辺境に一つの村がある。名を森鏡(シンカ)の村という。その名の通り森に寄り添うようにある村だ。 かつては長閑そのものの村だったが、北東に国境を接する冥越国が魔の森に呑まれ、アヤカシの跳梁跋扈する暗黒の地と化した事により、この村も最早平穏とは言えなくなった。 北東より流れてくるアヤカシは村を襲い、それに対抗する為に人々は村の住居区付近を柵と逆茂木と二重の堀で囲んだ。自衛の為の団、白蛇衆を組織し、また開拓者を雇いこれを警備の兵の要とした。 雇われた開拓者の中には長く村にいる者もいるが、大抵の者は五日程度の日決めで警備についている。辺境にある物々しい村、というのが外から見た森鏡村であろう。 「‥‥わざわざ、すまん、な」 布団の上に横たわり咳き込みながら男が言った。今年二十歳になったばかりの若者で、名を狭霧竜雅惟泰(サギリタツマサコレヤス)という。竜雅は森鏡をとりまとめる狭霧氏の現当主の三男であり、現在は家から出て村東に居を構え、白蛇衆の長を務めていた。 「気にするな」 ごりごりと乳鉢で粉末をすりながら小柄な女が言った。色鮮やかな茜色の振袖に身を包み、作業の邪魔にならぬように紐をたすきにかけて身を縛っている。歳の頃は十五、六といったところか。旅の巫女であり開拓者であり医者であった。森祝風火護大砕輝月というのが彼女の正式な名だったが、普段は森祝風火(シンホウリフウカ)で通している。 「まぁ、すまないと思うのなら、今度こそ大人しく寝ている事だな」 「悪かった‥‥しかし、万一、堤が、切れたら、不味い、事に、なった、だろう? 仕方が、なかった、のだ」 夏の初め、森鏡では病が流行り多くの人間が倒れた。それを回復させたのが旅の途中、偶々村に立ち寄った森祝風火である。竜雅も病にかかった者の例に洩れず風火からの治療を受け、全快一歩手前まで回復した。しかし先日大雨が続き、堤が切れそうになっているとの報を受けた竜雅は白蛇衆を率いて豪雨の中、その補修へと繰り出してしまったのである。 当然のごとくぶりかえした。 「大事だったのは解る。しかし、誰かに任せておけば良かったろうに」 「じっとは、しておれ、なくてな」 「後先考えないといつか身を滅ぼすぞ」 風火は嘆息しつつ水に溶いた薬が入った器を差し出してきた。 「解ってる」 竜雅は身を起こすと、器を受け取り喉の奥へと流し込んだ。冷たさは喉に心地よかったが、味は苦かった。その苦さに辟易していると家の入口の布が手で避けられ若い男女が入って来た。 「よぉ竜雅、具合はどうだ」と男装の女が言い。 「おやこれは先生、往診の最中でしたか」と男が風火に対し一礼した。 「入って、くる、前に、一声、くらい、かけたら、どうだ」 竜雅が言った。この辺りの貧しい農家では大抵そうだが、一室しかないので一歩入れば中の様子が丸見えなのだ。竜雅はやってきた者どもを一瞥し、激しく咳き込んだ。 男女は――白蛇衆の副長である佐平字と雪は顔を見合わせると言った。 「なら奥には衝立でも立てておいたらどうだ大将」 と佐平字。 「天下の狭霧竜雅もこうなってはザマぁ無いな!」 雪はけらけらと笑った。 「そこは、笑う、ところ、か、貴様‥‥?」 「口くらいは聞けるようだしな」 「まぁ大将、夏祭りが近いからその間の警備の相談に来たのだが、例年通りで良いか?」 「そうか、多少は、厚く、して、おけ‥‥最近では、アヤカシの、動きが、活発‥‥」 「解った。ではそのようにはかっておく」 「ま、俺達でしっかりやっとくから、お前は寝てろよな」 「貴様に、言われんでも、そう、するわ。ヘマを、するんじゃ、ない、ぞ」 「俺を誰だと思ってんだよ。先生、大将をよろしくお願いしますね」 「ああ、了解した」 その後、少しの話をすると二人はすぐにその場から去って行った。慌しい連中だ、と竜雅は思った。 「‥‥あやつら、俺に、何か、話が、あったの、では?」 「ん? 夏祭りの警備に関してだろう?」 「それだけ、だろう、か、少し、常よりも、余裕が、無い様子‥‥」 「あまり病人に長く話をさせては悪いと気を使ったんじゃないか?」 「うむぅ‥‥」 竜雅は唸り目を閉じた。多少気になったが薬の効果かすぐに睡魔がやってきて、深い眠りの底へと男はおちていった。 ● そして一週間ほどが過ぎ、咳もようやく収まってきた狭霧竜雅は、佐平字と雪が白蛇衆の数人と共に、北東の森に現れたアヤカシの撃退にでかけ、そのまま帰ってこない事をその日の夕刻に聞いた。 「帰還予定日より三日も過ぎてから俺に知らせるとは一体どういう事だ!」 竜雅は激怒した。報せを届けに来た白蛇衆の若者は身をすくませる。 「聞いたら、どうするつもりだった」 また往診に来ていた風火が言った。偶々、というより一人で相対したくない若者がその時間を狙ったのだろう。 「風火! 貴様、知っていたなっ‥‥!!」 振袖姿の少女は眼を逸らした。竜雅が聞いた時は知らなくても、その後は知らないはずがない。 「知っていながら、毎日、何食わぬ顔で‥‥っ!」 彼女は何も言葉を返さなかった。 竜雅の身を憤りが走り抜け、そして彼は拳を強く握り締めた。 「‥‥俺の短慮が招いた結果だと?」 血を吐くように竜雅は言った。 「そうではない!」風火が言った「未来など誰にもわからない。堤が切れそうになった時、アヤカシが近くまで来ていたなんて誰も知らなかった」 「しかし!」 「竜雅殿!」 血相を変えた村人が家に飛び込んできた。 「佐平字と雪らしき者が東の門から‥‥!」 「なに、帰ってきたのか!」 「ああ、しかしあれは――」 竜雅は皆まで聞かずに家を飛び出していた。 ● 東門へと向かう道の途中、竜雅はそれらと遭遇した。 (「なんだ‥‥?!」) 足が、止まっていた。 道の彼方より歩いて来るのは確かに佐平字と雪であるのに、身体が駆け寄るのを拒否している。 (「えぇい、何を馬鹿な!」) 再び走り出そうとした所で後から腕にしがみつかれた。 「待て竜雅殿!」 風火だった。 「何故止める!」 「よく見ろッ!! あれらはもう、人ではないッ!!」 黄昏の赤い闇の中で、佐平字の身体が爆ぜ腕が伸び、雪の各部が膨れ上がり蠢めく。二人が手に持っているのは、門の守兵の首。 「なっ‥‥?!」 「竜雅殿! 詰所へ行って開拓者達を呼んできてくれ!」 「お前は」 「あれらを抑える」 それは俺が、と竜雅は言おうとして。 「お前は丸腰だろう!」 先手を打たれた。確かに、彼は着流し一枚だ。 「くそっ、すぐに戻るからな! それまでくたばるなよ!」 言って竜雅は詰所に向かって駆け始めたのだった。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
葛城雪那(ia0702)
19歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
煉夜(ia1130)
10歳・男・巫
青柳 綾(ia2781)
20歳・女・志 |
■リプレイ本文 その日の夕暮、当番の通りに開拓者達が白蛇衆の詰所に詰めていると、若い男が血相を変えて飛び込んできた。 「おう、これは竜雅殿、如何した」 床几に腰かけていた北条氏祗(ia0573)が入口へと振り返り声をかけた。狭霧の竜雅はそれに荒い息をつきつつ言う。 「村にアヤカシが侵入した。雪と佐平字に憑いて暴れ回っている」 「‥‥なんですって?!」 葛城雪那(ia0702)が驚愕の声をあげた。それもその筈、一大事だ。 一斉に詰所内がざわつき始める。 「場所は?」 鋭く女の声が響いた。霧崎 灯華(ia1054)だ。 「東の道だ。風火が応戦している。腕に覚えのある者、六名ばかり来い!」 竜雅の言葉に兵達は互いに顔を見合わせた。アヤカシといえば、強敵。 しかし、 「ほう‥‥退屈凌ぎには丁度いい。少し遊んで貰おう」 淡々とした声が響いた。黒服の男、柳生 右京(ia0970)だ。銀髪の侍が進み出る。 「仲間の身を操るとは、アヤカシ許すまじきっ!」 煉夜(ia1130)が声をあげ立ちあがる。その声に「そうだ、そうだ!」と兵達の間から声があがった。 「急ぎましょう!」 青柳 綾(ia2781)もまた刀を手に立ち上がる。 かくて六名の開拓者達は詰め所を出、竜雅と共に東の道へと駆けた。 ● 赤闇の彼方、道の中央で入り乱れる人の姿が見えた。 小太刀を構えた娘が二人の男女から太刀で斬りつけられ、よろめいている様が見える。あれが風火だろうか。大分派手に斬られているらしく着物は襤褸に等しく夕陽よりも赤い跡が道に落ちていた。 「絡め捕れ《紅鎖》! 二重縛鎖!」 裂帛の声が道に響いた。霧崎灯華は腕を伸ばしその手に持った陰陽符を虚空へと翳す。符が焼けるように焼失し引き換えに甲冑に身を包んだ男の周囲から赤い鎖が出現する。呪術の縛めだ。 鎖が佐平字の手足に絡み付き、その行動を阻害する。 「あんたの相手はあたしよ。楽しい死舞(ダンス)にしましょう!」 灯華のその言葉に応えるように佐平字の骸は咆哮をあげて太刀を振りかぶる。赤い鎖が地面から引き伸びた。動きは鈍っているが、完全にそれを停止させるまではいっていない。 佐平字の骸は膂力に任せて踏み込むと、ふらつく風火に向かって太刀を袈裟に振り下ろした。 火花と共に鋼と鋼が激突し振るわれた太刀が横へと弾かれる。 「ぬぅ‥‥!」 呻き声が漏れた。北条氏祗が割って入っていた。駆け付けた侍は咄嗟に横から太刀を打って風火へと振るわれる斬撃の軌道を逸らしていたが、あまりの重さに右腕が痺れるようだった。 雪に対しては青柳綾が刀と短刀を構えて突っ込んでいた。全力移動の突進から体を半身に右足で踏み込み、身の脇から太刀を振りかぶり、手首を返し縦に転じて斬り込む。巻き打ちだ。弧を描くようにして放たれた打ち込みが雪の骸へと放たれた。 革の弓鎧に身を包み兜をかぶっている雪は、太刀を雷刀に構えながら横に動く。刀の切っ先に肩をかすめられつつも直撃を避けると、上方から綾の手首を狙って振り下ろした。 綾の手首に刃が直撃し、押しつけるように撫で斬られた。白い肌がぱくりと割れ、激痛が少女の脳髄までを走り抜ける。綾の手首から真っ赤な血飛沫が噴き上がった。 その攻防の間に横手に回り込んだ葛城雪那は刀を正眼に構えると、弓鎧の狭間を狙って脇腹を突いた。雪は身を引いて鎧の表面に当てて刃を受ける。刀が革の鎧の表面へと突き立った。雪那は刀を引き抜いて素早く後退する。 「あの呪縛でも止まらぬか‥‥」 当初雪へと向かっていた柳生右京は赤鎖に纏わりつかれながらも太刀を振り回す佐平字の骸をみやり呟く。 ――面白い、と思った。かような相手だからこそ開拓者となった甲斐もあるというもの。 柳生の男は太刀を寝かせて構え、方向を転ずると、氏祗と斬り合うその骸の横手から重心低く踏み込み、練力を全開にして脇下を狙って突きを繰り出した。弩の如く重い一撃に対し、佐平字の骸は身を捻って沈ませ装甲の厚い肩板部分に当てた。鋼の刃が鋼の肩袖の表面を擦り、切断された飾り糸を舞わせ、火花を巻き起こして滑ってゆく。 「風火様、お下がりください!」 仲間達が骸達と斬り合っている間に煉夜は風火を後退させると、風の精霊の力を借りて治療を始めた。 「すま、ない‥‥助かっ、た」 息を切らせつつ少女は煉夜に礼を言う。そして自らもまた術を使って自身への治癒を開始した。 「御健在でなによりです」 手早く風火の手足の傷へと薬草を塗り込みつつ煉夜は笑った。 「風火、武器を貸せ」結局また丸腰で戻ってきた竜雅が少女に言った「‥‥そうだ、先も何もお前が残らずともお前のそれを俺が借りて残れば良かったのではないか!」 その言葉に対し風火は苦笑だけで答えると、白蛇の大将に小太刀を差し出した。 ● 鋼が閃いた。 佐平字の骸は太刀を横から回し、巻き打つように右京へと打ちこみをかけてくる。 鎖で若干鈍っているが、それでも剛剣が空を両断し唸りをあげて頭上より襲い来る。右京は咄嗟に太刀を掲げ防御せんと翳したが武者の太刀はその防御をすり抜けて柳生の男を叩き切った。 右京は咄嗟に首をふって頭部をかち割られるのだけは避けたが、肩部を強かに打たれ外套ごと撫で斬られた。黒布が噴き出る鮮血に濡れてさらに黒く染まる。 灯華が陰陽符で攻撃を仕掛ける。しかしこれは命中こそしたが効いていなかった。符は術として使用しない限り知覚攻撃とはなりえず、灯華の体力では攻撃を通すのが難しい。 「うおおおおおおっ!!」 裂帛の気合と共に北条氏祗が二刀を振るい、右京へと斬りつけた佐平字の横合いから二段撃を仕掛けた。左の突きから右の打ち降ろしへと繋げる連携だ。 佐平字の骸は素早く太刀を戻すと、突きを甲冑の厚部に当てるに任せ、続く打ち込みを太刀を横に傾斜させて掲げ受けた。鋼の澄んだ音と共に横へと流す。 だがその瞬間、鋼鉄の刀身が佐平字の顔面に炸裂した。武者の頬当てが斬り裂かれひしゃげ飛ぶ。横合いからの斬撃。 「本来ならば一対一といきたい所だが、生憎とこれは殺し合いでな‥‥」 右京は振り抜いた太刀を旋回させると、最上段へと構えなおした。 「数に劣る貴様らの負けだ」 踏み込み、落雷の如く打ち降ろす。太刀が兜を割って入りその頭蓋までに食い込んだ。 ● 切っ先が矢のように伸びてくる。綾は正面に小太刀を立て打ち払おうとしたが、それよりも相手の刃が脇腹に届く方が速かった。切っ先が肉を貫き肋骨を砕いて止まり、そこから刀身を捻られて横に払われた。 ――青柳綾は死後の世界があるかどうか知らなかった。 しかし、もし、あるなら、骸を操られている本人が一番辛かろうし、できるだけ早く解放してやりたいと思っていた。 脇腹から血飛沫が吹き出した。刺され斬られた箇所が酷く熱かった。視界が明滅し、足元がおぼつかなくなる。 膝から力が抜け、少女はその場に崩れた。とどめを刺さんと雪の骸が太刀を振り上げる。 「こっのおおおっ!」 雪那が裂帛の気合と共に踏み込み渾身の斬撃を放った。雪は後方に一歩退がって太刀を引き戻し受け止めた。女武者は雪那へと目標を転じて太刀を振り下ろす。 甲高い音が響いた。 鋼と鋼がぶつかりこすれ火花をまき散らす。雪那は後退しながら太刀をかかげ間一髪で横に流した。 「綾様!」 煉夜は神風を起こすと綾へとそれを向けた。少女の傷が癒え痛みがひいてゆく。暗くなりかけた視界に光が戻ってきた。 「歪みいきます!」 さらに煉夜は杖を掲げ叫んだ。雪を中心に歪みが発生しその全身を包み込み捻る。女武者の骨格が音を立てて軋んだ。だが、それだけだった。あまり効いていない。 狭霧の竜雅が小太刀を構えて飛びかかった。雪は太刀の切っ先を突き出して牽制しそれを押しとどめる。 風火が風を呼び綾の傷を癒してゆく。半ばまで裂かれた右手首が繋がり脇腹の痛みが引いていった。 綾は素早く立ち上がると竜雅と雪那と斬り合っている雪の横手に回り込み刺突を仕掛けた。 ● 佐平字の骸は頭蓋を割られながらも、赤鎖すら引きちぎり太刀を力任せに竜巻の如く振り回した。 「なにっ」 咄嗟に刀を引いて右京は後退したが、刀を引き抜くまでの抵抗もあり防御動作が遅れた。薙ぎ払いを受けて深々と胴を切り裂かれる。 氏祗が二刀を風車の如く振るって斬りつける。袈裟斬りが肩口から入って佐平字を強打した。しかし骸は堪えた様子もなく反撃の太刀を繰り出す。 束縛から解放され速度を増した太刀を受け損ねて、氏祗の身からも鮮血が吹き出した。 「ぬぅ‥‥呆れるほど頑丈な奴であるな」 「キャハ! 中々楽しい連中じゃない? でも、これならどうかしら!」 灯華が言って再び赤鎖を出現させ、さらに式の蛇を飛ばした。赤鎖が鎧武者に絡み付き、蛇がその装甲の隙間から喰らいつく。佐平字の骸が咆哮をあげた。効いている。 他方、雪の骸に対しては綾から放たれた刀の切っ先が防御に掲げた雪の太刀をすり抜けてその首元を斬り裂いていた。竜雅が肉薄して連撃を繰り出し、さらに雪那が側面から多段斬りを仕掛ける。三方からの攻撃にさしもの雪の骸もその全ては受け切れずに切り刻まれてゆく。 しかし、骸の為か佐平字も雪も痛みに態勢を崩さない。おまけに頑丈だった。二人の骸は衝撃に大きく崩れる事もなく粘り強く抵抗した。アヤカシ達は手数の上では劣勢だったが一撃が重く、開拓者達はその反撃を受ける度に誰かしらの血飛沫が飛んだ。 雪に対し葛城雪那は無理に攻めず、雪の攻撃中の隙を狙って効果的に斬りつけ、自らの攻撃の後は後退に移り、反撃に対しては素早く太刀をかざして受け流した。着の身の竜雅は痛打をもらって重傷を負った所へ煉夜からの制止の声を受け、後退した。慣れぬ小太刀では相手の鋭刀を受け切れぬようだった。綾は巻き打ちで果敢に攻めたが、竜雅が離脱し葛城が防御重視という事もあり、その分の反撃が集中した。雪の攻撃は鋭利で何度も深手を負った。しかしこの場には煉夜と風火の二人の巫女がおり彼等が吹かす回復の風によって踏みとどまった。綾が凌いでいる間に氏祗と右京の二人は動きの鈍っている佐平字の骸へと斬撃を浴びせた。堅牢な鎧と操る刀によって攻撃は阻まれがちだった。佐平字の攻撃は重かったが、赤鎖で動きが鈍っており、さらに侍の二人は頑強だった。氏祗は二刀を巧みにかざして攻撃を受け流し、右京は胴丸の厚い部分に当てて致命傷を避けた。彼等二人が反撃に耐えている間に灯華から蛇の式が連打され武者の甲冑や刀を無視してその存在を削り取ってゆく。 倒しきるよりも前に灯華の練力が尽きたが、その頃には佐平字の骸も痛めつけられており、右京が敵の注意をひいている所へ氏祗が水平に刀を振って甲冑の隙間から佐平字の首を刎ね飛ばした。さしもの佐平字もそこで力尽きたらしく骸は倒れ、動かなくなった。 雪の骸は佐平字の骸に比べると破壊力も低く、装甲も薄かったが、その分太刀の捌きは軽快で、佐平字と違い赤鎖の妨害も入らなかった事から、その攻撃の鋭さと防御の硬さは段違いのものがあった。動きが軽快であると防御も厚くなるらしい。雪の骸は太刀を振り回して激闘したが、やがて佐平字を打倒した二人の侍が駆けつけ、四方から滅多斬りにされた。背後からの攻撃は受けられない。衆寡敵せずの言葉の通りに、雪の骸は集中打を浴びて沈んだ。 ● 「こっちの常識が通用しない事態がありそうだから、油断しないようにね」 倒れている二つの骸を前にして灯華が用心深く言った。 「二人の親族には悪いけど完膚なきまでに破壊しないと、またいつ突然動きだすかもわからないし」 「‥‥骸を、斬るのか?」 風火が渋い顔で言った。 「もう斬ってたじゃない」 先の攻防を指して灯華。 「それは、そうだが」 「仕方があるまい」 狭霧の竜雅が言った。 「アヤカシは骨の一片まで油断がならぬ。だが、それは、俺の役目だろう」 竜雅は佐平字の付近に転がる太刀を拾い上げた。彼は無表情だった。 「皆、御苦労だった。しかし念の為、まだ囲みは解かないでおいてくれ」 白蛇の長はそう言って太刀を振るった。 ● 夜。やがて二人であったものは火にかけられ、葬送の煙が紺碧の夜空へと吸い込まれて行った。 煉夜は弔いの炎に祈りを捧げた。集まった周囲の人々もまたじっと火を見つめている。 「お二人の無念は晴らせたでしょうか‥‥」 金髪の少女が火を見つめながらそっと呟いた。綾だ。あちこちに包帯を巻いている。 「さて、な‥‥溜飲はさげてくれたと思いたいが」 竜雅が淡々と言った。落ち込んだ表情は見せていないが、しかし声からは常の覇気が感じられなかった。 「‥‥あまり御自身を責めませぬよう」 煉夜はそんな男に対し言った。 「お二方の志と思いを大切にして下さい」 「思いか」 男は呟いた。そしてふっと笑うと、 「そうだな‥‥なに、心配はいらぬ。俺は白蛇の大将だからな」 「竜雅」 遠くから女の声が聞こえた。そちらへ目をやると灯華と右京が松明を持ってやってきていた。 「周囲は今の所、異常は無いみたいよ」 新手がこないとも限らない。念の為、戦いの後に村周辺の警備を強化していた。 「おう、そうか。もう交代の時間か? 御苦労、詰所で休んでくれ」 「そうさせてもらうわね。代わりには氏祗と雪那が入ったみたい」 「了解した」 綾はそんな会話を聞きながら、立ち昇る煙の先を眼で追った。 紺碧の空では蒼白く巨大な月が煌々と輝いていた。人は死んだら何処へ行くのだろう? 彼等の魂は月へと渡るのだろうか? そんな言葉が脳裏をかすめる。 少女はそれらについての確かな答えを知らなかったが、しかし、彼等の魂の平穏の為にその末を祈った。 森鏡の夜の闇は深く、彼方からは狼の遠吠えが聞こえていた。 了 |