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■オープニング本文 ベラリエース大陸。 天儀の北方に浮かぶ儀にあるその大陸は、かつて群雄が割拠していた。しかし半世紀前、とある戦域の最前線の砦で一人の少年が倒れた父の後を継ぎ冠を戴いた時から様相が変わり始める。 少年の名はアレクサンドル・カラドルフ、弱冠にして十四歳。国の長として戦陣に立つには幼すぎる年齢だ。しかしカラドルフはその国の長となってから数十年、各地を転戦し、国の領土を広げ続けた。 そうして少年が打ち立てた帝国の名はジルベリアという。 ジルベリア帝国は数十年にも及ぶ戦乱の果てにベラリエース大陸の大部分を制圧した。かつての少年にして現世の皇帝カラドルフは神にも等しい地位にまで登りつめた。 ――しかし。 彼を神のように敬うのは、いくつかの例外を除けばそれに従うジルベリア国民だけであり、僻地においてはジルベリアの威に従わぬ民族もまた存在した。 「戦ってのは嫌なもんだ。だがしかし儲けるチャンスでもある」 頭に真紅の鮮やかな布きれを巻いた青年が顎鬚を撫でつつ言った。 「ベラリエースの辺境にモールニヤと呼ばれる部族がある。本人達はクルールカと自らを指すがな。雷光、という意味らしい。彼等はジルベリアに従うを未だ良しとしていない」 青年の名はグラーヴ。自らの事は黙して語らず、その出自は不明。ベラリエース大陸の出身ではあるようだったが、ジルベリアの民という訳ではない様子だった。ジルベリアに攻め滅ぼされた少数部族の生き残りだという噂もあったが定かではない。 「連中はジルベリアには立ち入れない。だから代わりに俺がジルベリアからの商品を持っていって連中に渡し、引き変えに金を頂く。金ってのは比喩じゃねぇ。まんま黄金の塊さ。連中はどういう訳か金塊を沢山持っている。まぁ妙ってば妙な話だ。鉱山でも持っているのか他の理由なのか‥‥それは俺は知らないし、知ったこっちゃないが、とりあえず連中の元へと商品を持っていけば金をくれる。俺はそれだけ知っていれば十分だ」 グラーヴは言う。 「俺は連中からもらった金塊をジルベリアで商品に変え、再び連中の元へと持っていく、ここ最近はそれを繰り返している。原始的なやりかただが、なかなか儲かる。ボロイ商売よ。無論、リスクがない訳でもないがね。道中予想される危険は盗賊、あやかし、ケモノ、エトセトラだ。それらに対抗する為にあんた達を雇いたいと、そういう訳さ」 商品というのはなんだと貴方達は問いかけた。 グラーヴは始め話したがらなかったが、貴方達が喰い下がると渋々と「解った、解った」と両手をあげて言った。 「――鉄砲だ。荷馬車一台満載分のな」 黒髪の青年は、烏の翼のように黒い瞳で貴方達を見据え、口端をあげた。 「もちろん、鉄砲を商う許可は帝国からもらっているさ。俺もさすがにそこまで命知らずじゃないからな。だが、売り払った鉄砲がどう使われるかなんてのは俺の知ったことじゃない。部族総出でケモノでも狩るんじゃねぇの?」 グラーヴは軽口を叩いた。 「しかし、で、あるにも関わらず不思議と帝国兵の中には俺の事をよく思ってない連中がいる。クルールカの連中の中にも俺こそが死神だという奴等がいる。ふざけた話だ。俺はてめぇらが売ってくれというからわざわざ売りに行ってやってるのになァ?」 ククッとグラーヴは自嘲気味に笑った。 「ま、大体、状況は飲みこめただろう? 野盗っぽくねぇ野盗な連中が出る事が偶にある。だがそいつらは野盗だ。だからそのように対応して良い。あちらもそれは了解しているだろう。俺は、許可証を持っているからな。帝国兵が襲うなんて訳にはいかねぇのさ。敵の数? 敵さんに聞いてくれって言いたい所だが、帝国には俺の友人は沢山いるからな。あの娘さんが一度に動かせる人員にも自ずと限度があるだろう。せいぜい十五ってとこかね‥‥二十いくことはあるまい。同様の理由から街中や付近じゃ仕掛けてはこねぇ。来るなら山野だ。クルールカ? 俺が殺されたら誰が連中に武器を売るんだ? 連中はまだ来ない。まだ、ね」 で、だ、と青年は貴方達を見据え言った。 「この仕事、やるかい? リスクに見合った分の報酬は用意させてもらうつもりだぜ? グラーヴ(鴉)の翼にかけてな」 |
■参加者一覧
瑞姫(ia0121)
17歳・女・巫
香椎 梓(ia0253)
19歳・男・志
桐(ia1102)
14歳・男・巫
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
犬神 狛(ia2995)
26歳・男・サ
腹部 康成(ia3734)
25歳・男・サ |
■リプレイ本文 「はい、よろしくお願いいたします」 ぺこりと一礼して巫女装束の少女が言った。瑞姫(ia0121)だ。 「今回は護衛任務と言うことですので‥‥戦闘面では援護しかできませんが、頑張りますっ」 開拓者達は商人グラーヴと契約をかわすとまず出発の前に街で準備を整える事にした。 (「死の商人の護衛依頼‥‥」) 香椎 梓(ia0253)は万屋の商品を眺めながら胸中で呟いた。我知れず皮肉気な笑みが漏れる。 「ふふ、私達も死神の仲間として疎まれるのでしょうかね。どう思います?」 隣で同じように棚を眺めている仲間に問いかける。 「さてな‥‥だが、人の業はどの地にきても同じだな」 着流し姿の女侍が答えた。紬 柳斎(ia1231)だ。 「今回の依頼、何やら色々と込み入った事情があるようだが‥‥」 腹部 康成(ia3734)が呟いた。報酬の良さに惹かれて話を聞いてみた物の、どうにもキナ臭い。 「色々思う所はあるが、引き請けたからには依頼は成功させねばな」 犬神 狛(ia2995)が言った。二十半ばの長身の男だ。 狛の言葉に康成は頷く。 「そうだな。引き受けた以上は、最後まで責任を持ち荷を送り届けねばならん‥‥」 男の静かな声が、にぎやかな店の中に響いた。 ● 出発の日。空は晴れていた。 開拓者は様々な事前準備を取り行ったがダミーの商品は用意できても積む場所がなかった。馬車には既に銃が満載されている。かろうじて短く切った丸太と渡し板数枚と代えの車輪を一つ乗せることができただけだった。グラーヴの馬は頑丈な太い足を持つ馬だったが、それ以上は無理そうだ。 用意できた物でしっかりと荷造りすると一同は街を出発した。菱形の隊形で馬車を囲み道を進んでゆく。 狛と桐(ia1102)は店で傘を購入してかぶっていた。桐の持つ杖には鈴がつけられ凛と涼やかな音を鳴らしている。 「良い天気ですね〜、私この辺りってもっと気候の厳しい所だと思っていたのですけども」 瑞姫がのんびりとした口調でいった。少し暑めだが活動しにくい程でもない。 「今は夏だからナァ。冬は地獄だが」 御者台のグラーヴはそう答えた。北の地の夏空は蒼く、何処までも澄んでいた。 ● 初日と二日目、旅の行程は概ね順調に進んでいた。 途中、雨に降られて道がぬかるみ森で立ち往生しそうになった事もあったが、丸太や板を上手く使って一行はその窮地を切り抜けた。 野営についてはグラーヴは旅慣れており、桐もまた火打ち石や火種の術を使えたので火を取るのに問題はなかった。二日目の夜にふらりと小型のアヤカシがやって来たが開拓者達は三人、三時間交代制で見張りを立てており、鳴子まではっていたので、不意打ちを喰らう事も無く、問題無く撃退した。問題があったとすれば、少々寝足りないという事だったが、開拓者であり年齢も若い一同は多少寝不足だとしても一日二日程度でどうなるものでもなかった。 ――問題が起きたのは三日目だった。 ●渓谷の戦 道はやがて渓谷に入った。 カラゴルム山からの泉を水源とする川が流れ、左右から切り立った崖と共に木々が迫ってくる。 道幅は概ね狭く、馬車が通るのに問題はなかったが、二台並べてすれ違えるかと問われれば、とても無理だという程度の幅しかなかった。ところどころ広くなっている箇所もあったが、もし対向車が来たならば、揃ってその地点まで進むか戻るかせねばならず、押し問答が繰り広げられるであろう事は想像に難くない。 「待ち伏せにはもってこいの場所だな」 柳斎が言った。 「ここは死地だな‥‥急いで抜けてしまおう」 周囲を見渡して康成。一同、その言葉に頷くと足を速めた。 渓谷の道を進むことしばし、やがて道は上り坂となり、一行がその坂を中頃まで登った時、坂上に人影が現れた。 「止まれーッ!」 影の一つが大声を放った。彼我の距離は三十程度か。影の数は十二、三。皆、先端に刃がついた棒状のものを担ぎ、顔に覆面を巻いている。異様な集団だった。 「その方らアルグールの行商人グラーヴ・ジャナフの一行と見受けるが相違ないか!」 先頭にいたのは騎兵だった。女のようだった。坂の上から女性の特有の高い、しかし雄々しく張り詰めた声が飛んでくる。 「ちっ‥‥きやがった、帝国兵だ」 グラーヴが舌打ちして呟き馬車を止めた。 梓は伏兵を警戒し心眼を発動させ周囲の生物の存在を探る。この渓谷には割と生命が多いようだ。道の傍を流れる急流の中にも魚が結構いる――生物の存在を感知しすぎて逆に解らない。 「ハッ! 確かに! 俺がアル・ラス・アルグルのグラーヴ・ジャナフだッ! そういう貴様は何者か!」 「山賊さ」 女は馬上で笑った様子だった。坂の上から一行を見下ろし叫ぶ。 「山賊は山賊故に貴様等の積荷をいただく。それを置いて立ち去れば、命ばかりは見逃してやるが?」 「こいつは俺の全財産でね」グラーヴが叫び返した「無くしたら首吊るしかねぇんだよデコスケがッ! 一昨日きやがれッ!!」 「ほざいたな! その選択を地獄で後悔するが良い!」 騎馬が後退し十二人の歩兵達が二列横隊で前に出る。整然とした訓練された動き。前列が屈んで膝立ちになり、一斉に棒を構えた――否、棒ではない、鉄砲だ。 「撃てッ!!」 「グラーヴさん!」 桐が叫び、御者台のグラーヴに横っ跳びにとびついた。もつれるように御者台から転げ落ちて地面に叩きつけられる。ほぼ同時に乾いた音が連続して鳴り響き、女の悲鳴があがり馬が嘶いて倒れた。 「畜生! アルスが!」 グラーヴが血を流す愛馬を見やり歯ぎしりして叫んだ。 「駄目です、下がって!」 前へ出ようとするグラーヴを桐は身を低くし襟首を掴んでひきずり倒し、馬車の陰へと押し込むようにして共に回り込む。射線を切ると、馬車の陰から首を覗かせて素早く仲間の様子を確認する。 柳斎は咄嗟に道の端に転がる岩の陰へと伏せこんだようだった。梓も横に跳んでから木陰に転がりこんで回避している。狛や康成も同様に遮蔽物を上手く見つけて盾にし避けた。彼等は防御策を予め決めておいたのだろう。素早い動きだった。しかし、瑞姫は回避動作が遅れた。マスケットライフルの二発の弾丸が少女に飛来しその身を撃ち抜いていっていた。鉛弾が突き刺さり、鮮血を流しながら瑞姫は苦痛の声をあげている。 「瑞姫!」 「だいじょう‥‥ぶ、です!」 瑞姫はよろめきながら馬車の陰へと伏せ、鉛弾を傷口から取り出し、治癒の風を起こした。痛みがひき、傷が徐々に癒えてゆく。 「今だッ!」 「応!」 柳斎、梓、狛、康成の四人の剣士は敵の発砲後の装填の隙を狙い遮蔽物の陰から飛び出していた。刀を構え矢の如く突撃してゆく。彼我の距離はおよそ三十、次弾が装填されるよりも、彼らが敵に辿り着く方が速い。狛は豪力を発動させた。 膝立ちに構えていた六人の兵士が一歩後退すると、後方に立っていた六名が一歩前に出て屈み、鉄砲を構えた――狛はふと思う。そういえば、後列の兵達は先程発砲していたか? 一度でも鉄砲を撃った事があれば、弾丸の装填中に隙が出来る事は強制的に知らされる。ジルベリアは戦乱の国だ。そこの兵達もまた長きに渡る戦によって鍛え上げられている。 対策を取っていない方がおかしい。 十メートル程度まで開拓者達を引きつけてから女指揮官は号令を発した。 「撃てッ!!」 次々に鉄砲から火が吹き鉛球が飛び出してゆく。敵は二段に分けて構えていたのだ。 だが開拓者達もまた並ではない。四人の剣士は神技的な反応速度で身を沈ませ鎧の厚い部分に当てて止める。さすがに衝撃は身体を貫いていったが、致命傷には遠い。 「槍衾、構えッ!!」 しかし女騎兵は落ち着いた様子で言った。兵達は一斉に銃を構える。二メートルある銃身の先端に三十センチの刃をつければ、槍の代わりとして使える。俗に言う銃剣だ。 「構え! 構え! 迎撃ッ!!」 十二名の兵士達が二列横隊でずらりと並び、前列は腰溜めに、後列は列の隙間から銃剣を突き出して来る。 『ウラーッ!!』 兵士達は異口同音に雄叫びをあげ、一斉に壁の如く前進し、突撃する四人の開拓者に向けて銃剣の切っ先を繰り出した。刀よりも銃剣の方がリーチが長い。 道の右端を走る柳斎、喉元に伸びてくる切っ先を横薙ぎに打ち払った。銃剣の刃が割れ宙へと回転しながら弾き飛ばされていった。脆い。だが兵士は怯むことなく踏み込み、銃を中頃で保持し下方から縦に回転させ振り上げるようにストック部を叩きつけてきた。硬い木でできたそれは顎の骨程度は容易く砕く。 柳斎は下方から振り上げられるそれを上体を反らし直撃を避ける。脇から前列二人目の兵士が銃剣を突き出してくる。態勢が崩れている。脇下を突かれた。列の隙間から三人目の切っ先が伸びてくる。鎖骨を突かれた。突きこまれた刃が捻られる。肉が捩じれ、骨が削られて鈍い音を立てた。 激痛を堪えて身を引き、反撃の刀を振り上げる――相手は帝国兵だ。 グラーヴは賊と同様に対応して良い、と言っていた。しかし、開拓者達は殺しては後々必ず厄介な事になるだろうと判断した。殺しては不味い。故に相手を絶命させぬよう、加減して戦闘する。 柳斎は相手の銃を狙い刀を一閃させた。剛剣が唸り、兵士Aの銃身が半ばからひしゃげた。これでもう使い物にならない筈だ。良い破壊力だ。 梓、伸びてくる銃剣の穂先を見据え踏み込む。一本目、横に払った。二本目、肩で流した。三本目、胸を突かれた。踏み込みが止められ、押し返される。一人目が態勢を立て直し振り下ろしてきた。刀で流す。二人目も振り下ろし、後退しながら受ける。三人目は突き、寸前で斬り払った。手首を狙って斬りつけたいが、槍の壁の前に踏み込めない。 狛もまた、相手を殺さぬように注意を払う。三本の穂先が連続して突きこまれてくる。敵の方は殺気の込められた鋭い攻撃だ。男は左の刀で払い、右の刀で払う。三本目が払いきれずに胴をかすめる。敵は連携して穂先を連射してくる。後退しながら捌くも、突き刺される。斬り込めない。 康成は敵の戦意喪失を狙い、峰打ちで打ちかかる。銃剣の穂先が剣山のように飛びだしてきた。一本目を払う。二本目に肩を突かれた。三本目、胴丸に当てる。敵が押してくる。刀は届かない。下がる。 仲間達が押されている様子を見て瑞姫は回復術を使う為に前進する。神風恩寵はあまり射程が長くない。 「グラーヴさん、前に出ます」 桐もまた仲間を回復する為に前進する。護衛対象のグラーヴからはあまり離れたくないので共に前に出るように頼んだ。 兵士Aは腰から剣を抜いた。両手で構えて突きかかってくる。槍よりはやりやすいが、さすがに剣は破壊できない。柳斎は刀で受ける。BとCは銃剣で突いてくる。裂かれつつも反撃しBの銃剣を破壊した。 梓は刀を構えなおすと柳斎に習って兵士DとEの銃剣の穂先を切り飛ばした。Fから刺突されDEから殴打を受ける。 「そちらにも色々事情は御有りじゃろうが‥‥邪魔をするなら容赦はせん‥‥!」 狛は強打を発動させ斬撃を放った。渾身の刃が兵士Gの銃剣を破砕する。兵士Gは剣を抜き、HとIは銃剣で突いてくる。 「くっ‥‥」 敵の嵐のような猛攻に身のあちこちを切り裂かれながら康成は呻いた。刀を操って直撃を避けている為、一撃では致命傷に遠いが、倍以上の人数から繰り出される手数によって徐々に徐々に、しかしかなりのペースで生命力を削り取られてゆく。康成だけでなく、前衛の四人が皆そんな状態だった。磨り潰すように、押されている。皆、気付けば身を赤く染め始めていた。 銃声が轟いた。女指揮官が馬上で銃を構え、兵士達と剣士達の頭越しにその奥のグラーヴを狙い撃っていた。咄嗟に桐がかばって男は命を永らえたが、引き換えに少女の身に銃弾が突き刺さった。巫女たちはそれでも十メートル程度まで近寄ってから木陰に入って神風を起こし己と仲間達の治療を開始した。 激しい攻防が続く。柳斎は三本目の銃剣を破壊した。梓は踏みこむとEの手元へと斬りつけた。血飛沫が飛んでEは銃剣を落とし、左手で剣を抜いた。兵士達が反撃し四人は切り裂かれてゆく。既に倒れそうな程のダメージを負っていたが、瑞姫と桐から神風が飛んで四人の剣士達はなんとか踏みとどまっていた。 (「‥‥これほどまでに実力差があるのか?」) 荒い息をつきながら康成は思う。戦闘時間は既に一分を越えている。足元がふらつき、肺と心臓は破裂しそうだ。刀を持つ腕が鉛のように重かった。 眼前の敵を見据える。そこまで強敵とは思えない。確かに、百戦錬磨の兵のようだが、それでもただの精鋭に過ぎない。まだ人間のレベルだ。確かに地形、武器、隊列を組んでの戦術、どれも厄介だ。しかし、康成達は開拓者だ、それを跳ね返せるだけの力がある。ここまで一方的に押される相手ではない。本来ならば、そう、本来ならば。 (「殺す気でやれさえすれば――」) しかし、帝国兵を殺すのは不味かった。 殺す訳にはいかないのだ。 その考えが、彼等の手足を縛った。人はただ殺すよりも、殺さないように倒す方が何倍も難しい。 開戦から八十秒で瑞姫の練力が尽き、百秒目で桐の練力が尽きた。 回復術の援護を失った剣士達は次々に倒れてゆき――梓と柳斎は奮戦したが、衆寡敵せず、八人の兵(四人は両手首を切られて戦闘不能)と下馬した女指揮官に取り囲まれて滅多切りにされて沈んだ。 「ち、畜生‥‥! おい桐! 俺は逃げるぜ!」 「え、グラーヴさんっ?!」 狛が倒れた時点でグラーヴは逃走に移っていた。 愛馬を捨て、積荷を捨て、仲間も捨てて、男は走った。 ● 「――危ない所でしたな」 筋骨逞しい髭面の大男が言った。彼はこの隊の副長だった。 「例の鴉、捕えられると思うか?」 「追手は出しましたが、難しいでしょうな」 「‥‥まぁこれだけの銃の流出を防げただけでも良しとするか」 「御手柄です。これで連中の武装化は遅れるでしょう‥‥ついでに我々は大儲けです」 「はは、確かにな」女は笑ったようだった「取り締まっても取り締まっても賊が地上から消えぬ訳だ」 「この者達の身ぐるみも剥いでおきましょうか? 我々は山賊ですし」 地に倒れている六人の開拓者をみやっていった。常人なら既に死亡しているが、まだ息がある。 「そこまで賊になりきる必要もあるまい。手当しておいてやれ」 「手当、ですか?」 「彼等の剣には殺気がなかった。それくらいはしてやっても良かろう」 「では街まで運びますか?」 「我々は銃で手一杯だ。捨て置け、そこまでの義理は無い」 女はそう言って馬車に愛馬を繋ぐと言った。 「この者達の天運が未だ尽きていなければ、生き残るだろうさ」 その後、六人の開拓者は期限を過ぎても荷が届かない事を不審がった雷光の民達に発見され、改めて手当てを受けて生き延びる事となる。 |