|
■オープニング本文 緋色が輝いた。 夜。森鏡の村の丘の上にある神社の境内に盛大な篝火がたかれ、長大な太刀を持った巫女が剣武を舞っている。 笛や太鼓、鈴の音が虚空に伸ばされるよう高く、低く、幽玄に響いていた。 音色と拍子と共に振るわれる太刀の刀身は、振るわれる度に炎の光を浴びて赤に紅に染まり、光を割って輝いている。 それは祀りであり、即ち祭りだった。 「なんとか、無事に開催されたな」 茜色の振袖に身を包んだ小柄な女が言った。歳の頃は十五、六といった所か。旅の医者であり巫女である。名を森祝風火といった。 「ああ」 胴丸に身を包み太刀を佩いた若い男が頷いた。歳は二十。名を狭霧竜雅惟泰という。森鏡村の豪族狭霧氏の三男だ。現在は家を出て村東に居を構え、白蛇衆の長を務めていた。 森鏡の村は石鏡の北辺境にある村だった。かつては平穏その物だったが、国境を接する冥越国が魔の森に呑まれた事により事情は変わった。 北東から流れてくるアヤカシは村を襲い、それに対抗する為に村の人々は防備を固めた。 村の住居区付近を柵と逆茂木と二重の堀で囲み、自衛の為の団、白蛇衆を組織した。また開拓者達を雇いこれを警備の兵の要とした。雇われた開拓者の中には長く村にいる者もいるが、大抵の者は五日程度の日決めで警備についている。辺境にある物々しい村、というのが外から見た森鏡村であろう。 白蛇の長、狭霧竜雅は境内の隅で祭りの様子を眺めながら言う。 「情勢は不安定にあるが、だからこそ民を慰撫すべく祭は例年通りとり行われねばならぬ――だったか。親父殿は見栄を張るのだけは好きだからな。やると言ったら、やるさ」 狭霧の三男はそう言って苦笑した。 「俺としては‥‥祭りに出す金があったら、その分で槍を揃えてもらいたかったがな」 「気持は解るが、それは些か武辺なのではないかな」 風火が苦笑してそう言った。 「やはり、そうかな?」 「うむ、娯楽だって必要だろう。人は楽しみがあるからこそ苦楽に耐え、頑張ろうという気になるものだ」 巫女はそんな事を言った。 「まぁ、そんなものなのだろうな」 竜雅は頷き。 「しかし、娯楽というが、この場合、祭が嫌いな奴はどうすれば良いのだろうか」 「‥‥え?」 風火は意表をつかれたように眼を瞬かせた、 「意外かもしれんが祭が嫌いな奴だって世には存在するぞ? ‥‥佐平字がそうだった。皆が皆、好きだ、という訳ではないのだ。ならば、祭が例年通り盛大に催されてその恩恵を受けられるのは祭で楽しめる者達だけだろう。ではそれ以外の者達は? 一方で、槍は平等にこの村の全てを守る。中止せよとまでは言わんが、例年よりも規模を縮小しその分浮いた金で兵を整えて欲しかった。まぁ、親父殿が神事を優先するというのなら是非もないし、その選択が間違いとまでも思わないが‥‥」 「煮え切らん言葉だな、何が言いたい」 「なんというか‥‥親父殿とは『づれ』を感じるのだ」 「づれ?」 「俺とてもっと平穏だったら祭の規模を縮小しろなどとは言わぬ。それを楽しみにしている連中だって多いのだからな。だがアヤカシの脅威は時を経るごとに大きくなってきている‥‥そう、思いたくはないが、手をこまねいていては、やがてそれはこの村の全てをも呑みこむ勢いとなるだろう」 竜雅は舞う巫女の彼方で燃える篝火を眺めつつ言う。 「危険の認識というか‥‥俺が百危険だと思っていても親父殿は五十しか危険とは思っておらぬのではないか、時折そんな気がするのだ。下手をすれば、俺が獅子と見ているものを、親父殿は猫としか見ておらんのかもしれん。そして俺にはアヤカシどもが猫だとはどうしても思えんのだ」 「‥‥ふむ」 風火は表情を暗くして呟き、それを見た竜雅は苦笑した。 「許せ。詮無き事を言った。旅人のお主が聞いても困るだけであったな――どうも、お主相手だと口が軽くなるようだ」 内部の人間だからこそ話せる事もあれば、内部の人間だからこそ話せない事もある。旅人、という位置にいる風火は狭霧の大将にとって愚痴を――あまり重要でないものに限るだろうが――言い易い相手なのだろう。口が堅いとなればなおさらだ。 「いや‥‥私は医者だからな。それで気が晴れるなら、話くらいは聞くさ。後で斬ってくれたりしなければ、だが」 その言葉に竜雅は声あげて笑った。 「俺もそこまで外道ではないわ」 そんな事を話していると、不意に血相を変えた兵士が竜雅の元へと駆けこんできた。 「かしらぁっ!」 「‥‥何事だ?」 兵士は竜雅の傍によると耳打する。白蛇の長は顔色を変えた。 「九郎、親父殿に警告を飛ばせ。風火、悪いが一つ走って開拓者達を集められるだけ東門に集めてきてくれんか」 何があった、と少女が問いかける前に男は言った。 「蒼焔を纏った巨大な鬼が一体、森から迫って来ているそうだ。村に寄られると面倒だ。北東の丘で迎え撃つ」 「了解、迎撃するのか」 「折角開いた祭りを潰されてたまるか。村に辿り着かれる前に打ち払う。敵は待ってくれん、急げよ」 ● 闇の中に蒼い炎が燃えている。 筋骨隆々の体躯、その全長は三mはあるだろうか。手には総身鋼造りの長大な斧を持っている。 草原を踏みしめ、焔を纏った鬼が歩く。南西から風が吹いている。鬼は真っ直ぐに風に向かって歩いていた。 人間の匂いを、鬼は知っていた。 それは言語を持たないが、喰わねばならぬ、と本能で思った。 何故ならそれは酷く腹を空かせていたからだ。喰っても、喰っても、喰い足りぬ。 鬼は牙を剥き、月下の野原で咆哮をあげた。 森鏡の村まであと少し。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
水火神・未央(ia0331)
21歳・女・志
立風 双樹(ia0891)
18歳・男・志
桐(ia1102)
14歳・男・巫
煉夜(ia1130)
10歳・男・巫
睡蓮(ia1156)
22歳・女・サ
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
鳥養 つぐみ(ia4000)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 夏の某日、祭に賑わう石鏡北辺の村森鏡。高く澄んだ笛の音が夜風に乗って流れている。 「今日のお当番もうすぐ終わるんで、終わったらお祭りに行くんです」 煉夜(ia1130)が笑顔で言った。優れた才能を持つ開拓者といえども、齢十歳ではまだまだ子供な面もある。 「そうか、俺も当番が終わったら参加してみたい所だな」 と同じく歩哨に立っている千王寺 焔(ia1839)が頷く。そんな折、不意に道の彼方から数人の男女が駆けて来る姿が見えた。 「どうした」 焔は先頭を走る青の鉢金を巻いた志士に声をかける。 「身の丈十尺(約三m)に及ぶ炎鬼が出たそうです」 立風 双樹(ia0891)が答えて言った。その表情は硬い。 「炎鬼、だと」 焔が呟き、煉夜が泣きそうな顔をした。アヤカシが出たとあらば、当番の終了はかなり先の事になりそうだ。 「竜雅殿は迎撃に出るとか。それで東門に志体持ちの兵を集めています」 と水火神・未央(ia0331)。落ち着いた物腰の女志士だ。 「‥‥解りました。急いで参りましょう!」 ぐっと頷いて煉夜が言った。童子は既に割り切ったか、開拓者らしい顔つきになっている。 「しかし、十尺か‥‥デカイな」焔が思案するようにして呟いた「村に何か迎撃に使えそうなものはないか?」 「そういや、加工場に何本か丸太があったやん。丘で撃つならあれ使えんかな」 銀髪の青年がふと思いついたように言った。天津疾也(ia0019)だ。 「悪くないな。風火、借りられるかね?」 と黒髪の童女が言う。鳥養 つぐみ(ia4000)の言葉に森祝風火は頷くと。 「事情を説明すれば恐らくは。後で補償が必要そうだが竜雅殿なら文句は言うまい」 「では丸太を準備するとして、どなたが行きますか?」 静月千歳(ia0048)が問いかけた。 一同は手早く相談すると幾つかの組に分かれる事にした。 「では先行する者は東門へ。丸太を運ぶ者は加工場へ」 「あ、その前に前衛の方達に巫女の皆で加護結界を張っておきましょう」 桐(ia1102)が言った。銀髪の巫女の少年である。 「一撃受けたら消えてしまいますから気をつけてくださいねー」 そんな注意をしつつ桐は煉夜や風火と共に焔、未央、双樹、睡蓮(ia1156)に触れ結界を張る。 「りょうかい‥‥しました。ありがとう、ございます」 軽く礼をして侍の少女、睡蓮。一行は二手に分かれると行動を開始した。 ● 白蛇衆の七名が東門へと赴くとちょうど完全武装した竜雅が軍馬に跨ってやってきた所だった。 「む、七名か?」 松明片手に手綱をひきつつ竜雅。それに風火が経緯を説明した。 「なるほど、材木を集めにいったか」 頷いて竜雅。 「竜雅殿、加護結界を張りますね」 桐が進み出て言った。 「すまんな、馬に頼む」 「ん、解りました」 桐が軍馬に精霊の加護の付与を開始する。その間に滋藤 御門(ia0167)が言った。 「竜雅殿、僕は特に先行したいのですが、後に乗せてはもらえませんか」 「ん? 何故だ」 問いかける竜雅に陰陽師の少年は説明する。なんでも陰陽の地縛霊の術を用いて罠を張っておきたい、との事。 「なるほど。よかろう。乗れ!」 武者は頷くと御門の手を掴み馬上へ引き上げた。馬が嘶く。御門は鞍の後ろに乗った。 「そういう訳で俺達は先にゆく。皆、鬼より先に来てくれよ――ハァッ!!」 竜雅は気合の声と共に拍車を入れると軍馬を走らせ御門と共に闇の彼方へと駆けて行った。 ● 訓練された青毛の軍馬は自らと同じ色の闇を恐れずに突き進み、あっという間に丘の頂上まで登りつめた。 「で、幾つ仕掛ける?」 「三つ‥‥いえ、四つ程」 竜雅の問いに答えて御門。 「仕掛ける位置は丘付近、とは思うのですがどの辺りが良いでしょう」 鬼に打撃を与えると共に邪魔する者の存在を気付かせるのが目的だと御門は言う。丘上へと注意を引き付ける事で、村へ向かう事を妨害し足止めしたいとの事。 「ふむ、設置の攻撃で寄せさせるのは‥‥なかなか難しいな。今回は敵を寄せさせるのは他に期待して術は純粋に打撃力として使うのが良い、と俺は思う」 御門は少し考えると、 「では北東面の傾斜の終わる所に沿って配置しようかと思います。出来れば霊術の発動と同時に丸太を当てられるように――間に合えば良いんですが、これは厳しいでしょうか」 「それは解らんな。やってみるしかあるまい」 言って竜雅は馬を駆けさせ丘を降りた。 ● 御門が地縛の霊術を設置し終えるとやがて丘の上に先行隊の面々が到着した。天津疾也は夜の丘の上を駆け昇った。丘は、角度三十、斜面距離二十七間(約50m)、高低差は八十三尺(25m)にも及ぶ、かなり急で高い。 夜風吹き荒ぶ丘から見やって北東、草原の彼方に炎の光が見えた。自分達の物ではない。 鬼だ。 「きよってるでぇ‥‥!」 疾也は呟き、長弓片手に松明を地面に刺して後続への目印にする。 「火を纏うか。こん暑くてしゃあない時に、また暑苦しそうなアヤカシがきたもんやな」 「無粋な奴です。祭りの夜に襲撃だなんて」 千歳が不機嫌に言って、手に持つ松明の他にまた一本、火をつけて丘の上に突き刺した。 「あれを村へと行かせる訳にはいきませんね‥‥」 桐が言った。神楽舞いも最後まで通して欲しいですし、などと思う。 それに煉夜が言った。 「うう、アヤカシには速やかにお暇願いたい所ですね」 「彼岸へとね」 闇の奥を睨んで千歳が言った。 「やれやれ、難儀な坂だな‥‥」 最期に小柄なつぐみがやってきて息をついた。 「後続は?」 「まだだな。もうしばらくかかろう」 どうやら丸太の到着の前に交戦に入りそうだった。 ● 闇の中に燃える炎が真っ直ぐに丘へと向かって来る。 一応、開拓者達は頂上の縁で身を低くして備えていたが、炎鬼は風に乗る匂いと松明の火で存在を掴んでいる様子だった。 徐々に距離が詰まる。下馬している竜雅が「構えろ」と言って矢をえびらから抜いた。「高く射って落とす?」疾也が問うた「狙撃で良かろう」と竜雅。疾也、つぐみ、竜雅の三名の弓手はしゃがんだ状態で各々、矢を番え引き絞った。松明の光と闇の狭間に弓のしなる音が響く。 鬼が丘下へと近づき、大地から光の腕が伸びた。御門が置いた陰陽術の罠だ。地縛霊が鬼の大木のような脚に絡み付き傷を与える。 「放て!」 竜雅の声が響いた。疾也は炎魂縛武を発動させ矢に練気の火炎を宿らせる。裂帛の気合と共にロングボウから撃ち放った。丘の上から放たれた矢は闇を裂いて飛び見事、鬼の身に直撃した。竜雅の矢も刺さっているようだ。鬼が怒りの咆哮をあげる。 「むぅっ」つぐみが唸った「力が足りんか」 彼女も矢を放っていたが、それは当たりはしたが鬼の強靭な皮膚に弾かれていた。 「刺さらずとも衝撃は通る。どんどんいけ!」 竜雅が言って弓を引き射た。疾也もまた放つ。つぐみは身の丈に倍する弓に矢を番えると渾身の力を込めて引き絞り、撃ち放った。 降り注がれる矢を受けながらも巨大な鬼が顎を開き、大気を振るわせる爆音を吼えながら突進し斜面を駆け上がる。 距離が詰まる。 「ここを越えられてしまうとかなり厳しくなってしまいます。止めますよ!」 千歳が叫んで二枚の符を虚空へと翳した。光に溶けるように符が消失すると二匹の白蛇が鬼へと向かって飛び出す。蛇は宙を泳いで接近するとその口から雷を吐き出し、鬼を打った。 だがまだまだ鬼は止まる気配を見せない。前進しながら大きく息を吸い込むとその口から火炎を勢い良く吐き出した。 「やばっ」 矢を撃っていた疾也は腕で顔を庇いながら後退する。火炎が直撃し男を焦がした。猛烈に熱い。が、耐えられない程でもない。疾也は炎を振り払うと、お返しとばかりに火炎の矢を敵の咥内を狙って撃ち返した。鬼は首をふって避け、風火は神風を送って疾也を治療した。 桐、煉夜、御門の三名は斜面の右翼に回って前進していた。射程に鬼をとらえると巫女たちは力の歪みで攻撃を開始する。煉夜は鬼の足を狙った。有効な打撃は与えられていない様子だが足を捻られて鬼の前進速度が鈍る。 御門は符を翳すと巨大な龍を召喚した。黄金の竜が牙を剥き鬼へと向かって襲いかかる。鬼は迎え撃つように長柄戦斧を振るった。刃は龍をすり抜けた。幻影だ。 「お待たせしました!」 双樹の声が響いた。丸太を乗せた大八車が二台、丘上に到着する。未央と睡蓮が持ってきた大八車に三本、双樹と焔が運んできたものには五本だ。双樹、焔、未央、睡蓮の四人の戦士は頂上の縁までそれを持ってゆくと荷を解いて勢いよく連続して転がした。 昼間ならば避けるのは容易いが、今は夜だ。松明と自身の火の明かりがあるとはいえ暗黒の領域は広い。暗がりの斜面から勢いよく突っ込んでくる丸太に対し鬼は一本をかわし、二本目を戦斧を振って弾き飛ばしたが、続く三本、四本とかわしきれずに足に直撃を受けてゆく。 「千歳さん、合図を!」 焔が言って岩清水をかぶった。千歳はそれを受けて松明を振るが、まぁ皆、視線は鬼の方に向いているので併せて声にも出して言った。 「白兵が入りますよ!」 最後の丸太を転がすと焔、睡蓮はそれぞれ鞘から二刀を抜刀し未央は鉄槍を構えた。つぐみは弓を置き符を構え、竜雅は軍馬に飛び乗った。疾也は射線を通す為に右翼に開いた。 四人の戦士達が気合の声と共に丘を駆け降ってゆく。睡蓮が咆哮をあげ、鬼が火炎を吐き出した。炎が睡蓮を直撃し呑みこむ。しかし、少女の身は薄く輝き炎を寄せ付けなかった。結界が効いている。炎を突き破って少女は駆ける。その隙に先頭を走る双樹が距離を詰める。鬼はそちらへ向き直ると長柄の戦斧を振りかぶり竜巻の如く振るった。双樹は抜き打ちで抜刀し受け止めんとする。すくいあげるような斧撃が炸裂して少年を弾き飛ばした。ぱっと闇に赤い色が舞った。鮮血を迸らせながら少年は宙を舞い、体勢を捌いて足から地面に着地する。 その隙に黒衣の剣士が刀の間合いまで入っていた。突進の勢いを乗せて踏み込み身体の脇から振りかぶり、弧を描いて斬りつける。巻き打ちだ。鬼は素早く斧を引き戻し、柄で受け止める。 未央が裂帛の気合と共に練力を全開にした。七尺を超える鉄槍から蒼白い光が迸る。女志士は突進から踏み込み全霊を込めて槍を振り抜く。遠心力を乗せて加速した刃が唸りをあげて飛んだ。 穂先は鈍い手応えと共に鬼の肩口に炸裂し、焔を割って鮮血を吹きあがらせた。さらに睡蓮が強力を発動させ斬りかかった。強引さすらも感じさせる攻勢で、二刀を振って猛撃を加えてゆく。 「味方を撃ち抜いたなどと言ったら、良い笑い者ですよ。気をつけて!」 符を取り出しながら千歳が言う。鬼が戦斧で旋風を巻き起こし睡蓮と未央を薙ぎ払った。痛打を受けて二人が下がり、戦士達は一旦間合いを外す。火炎を宿した矢が飛来し、千歳もまた式を召喚し雷撃を撃ち放った。双樹には風火が、睡蓮には煉夜が、未央には桐が神風を送って傷を治療している。 つぐみが距離を詰め虚空へと符を翳した。符が焼失すると共に魂を砕く二匹の式神が鬼へと襲いかかる。防御にかざす戦斧をすり抜けて二対の式が炸裂した。竜雅は鬼の左手側に軍馬を走らせ回り込むと、弓矢を引き絞り五間程度の間合いから馬上射撃をしかけた。斧の間合いの外から一発撃ち当てるとそのまま駆け去ってゆく。御門もまた距離を詰めると呪縛符で攻撃を仕掛けて鬼の行動の阻害を試みた。式がまとわりついて鬼の動きを鈍らせる。 睡蓮が咆哮をあげ、二刀を構えて接近する。囮だ。鬼が剛斧を振り下ろした。少女は気力を全開にして防御する。猛撃が体重の軽い少女を後方へと弾き飛ばした。 (「立風の剣は刹那の一閃‥‥」) 双樹は銀杏で腰に納めた剣の柄へと手をやりつつ、低い姿勢で炎鬼へと接近する。アヤカシに滅ぼされた故郷の光景が脳裏をよぎる。父と母が殺された時の鏡写しなど絶対に御免だった。 「見て避けられると思うなよ化生!!」 少年が吼えた。裂帛の気合と共に居合一閃。下方から逆袈裟に斬りあげる。鉄の閃光が走り抜け鬼の皮膚を断ち切った。血風が吹きあがる中、少年は斬り抜いた刀を素早く鞘に戻し、再び居合で攻撃をしかけた。二発目は鬼が引き戻した戦斧の柄に激突し金属の鈍い音を巻き上げる。 「ここで仕留める! 行くぞッ!!」 焔が仲間を鼓舞するように雄叫びをあげ、二刀を構えて突撃してゆく。黒衣を翻しながら猛撃を加えた。再度未央の槍が炸裂し鬼の手首から血飛沫が噴き上がった。振り上げた手から斧が滑り落ちる。 するといつの間に後背に回り込んでいたのか桐が果敢にも鬼の戦斧の柄を掴み、拍子良くその手から引き抜いた。即座に巨木のような足から蹴りが飛んだ。少年は鳩尾に一撃を受けて吹き飛ばされる。が、武器は奪った。 鬼は爪牙を振い頑強に抵抗したが、ここまで劣勢に立たされれば鬼の命運は決まったようなものだった。十二人の志体の持ち主達の攻勢には抗しきれず、陰陽師達の練力が尽きかける頃には矢で散々に射抜かれ戦士達に滅多斬りにされて沈んだ。 ● 「いちいち運ぶのも面倒ですし、あの丘に丸太を何本か置いておいたら如何でしょう?」 村に戻って一息ついている時に千歳が竜雅に言った。 疾也は偵察に出、煉夜は医者の風火にあれこれ聞きつつ一同の手当てをして回っている。この後も簡単に手当ての仕方を習うそうだ。ちなみに桐は鬼の斧が残っていたので拠点の知り合いにでもあげようかなどと画策していたのだが、斧はしばらく経つと風に溶けるように崩れていっていた。どうやら瘴気を練成して作られた武器であったらしい。遺跡外のアヤカシを退治しても儲からない訳である。 「丸太を丘にか‥‥ふむ、アヤカシが出やすい方角を考えると、良いかもしれんな」 「それと、戦力の増強も結構ですが、物々しく準備すれば、周りが不安がりますよ? 武器で安心できるのは、戦う者だけです」 「そいつは耳が痛いな」 竜雅が苦笑しながら言った。 「心得ておく」 無闇に刃をちらつかせては周辺の村からも警戒されるだろう。急速に軍備を拡張しては内外にいらぬ火種をまきかねない。それも事実だ。戦力を増すにしても色々考えてやらねばならない。 「それでも軍備を増やしそうだがな、この男は」 風火がぶっきらに言い、竜雅は酒盃に口付け聞こえないふりをしていた。 かくて森鏡の村に襲来した鬼は撃退され、村の祭りは中断される事もなく最後まで無事に行われた。 (「やはり、防衛の仕事の方が、俺には合っているのかもしれないな」) 焔は人々が織り成す喧噪を眺めながらふとそんな事を思った。 (「積極的に攻めるより守るは難しいが‥‥得られるものは多い」) 男は呟くと黒衣を翻して祭の雑踏の中へと消えて行った。 了 |