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■オープニング本文 「いや、気に入った。思った通りの御仁だ」 代官・岩崎哲箭が、愉快そうに笑った。目の前に平伏した男が、恐れ入ります、と更に頭を深く下げる。 「ときに、重邦殿」 岩崎の骨ばった指が、重邦と呼ばれた男の脇に置かれた、一振りの刀を指す。 「その差料だが、御身の鍛えたものならば拝見したいが」 「仰せのままに」 重邦は、柄を左にして岩崎に刀を差し出した。 頷いた岩崎は重邦にいざり寄り、手ずから刀を受け取ると、「拝見」と呟きながら、緩やかな動きでそれを抜く。 鈍く光る刀身が姿を現わした途端、岩崎の口から、感嘆の息が漏れた。 「‥‥鎬高く身幅広く、反りは少なく、簡素な板目肌に中直刃。まさに豪刀といった趣きだな」 岩崎は呟きながら、傍の灯明の赤い光で刀身を照らす。 「だが、荒さはない。沸は弱からず、しかしてムラはなく、深い匂いに包まれている。喩えるなら‥‥そう、凪の海のようだ」 岩崎は表情を改めて納刀し、重邦に刀を返した。 「良業物、いや、大業物だな。穏やかで飾り気無く、質実剛健。御身の移し身のようだ」 「恐れ入ります」 重邦は畳に頭を擦りつける。岩崎は鷹揚に頷くと、扇子で重邦を指した。 「これも何かの縁、御身なら任せられよう。野込重邦、御身に三石の知行と免租を与える」 「‥‥は?」 重邦は顔を上げ、間の抜けた声を発した。たかだか一介の刀匠に知行を与え、しかも租税を免除するというのだ。 呆気にとられている重邦に構わず、岩崎は訴えかけるように言った。 「頼む。当地の刀工の村、理甲を再建してくれい」 翌朝、安宿の一室。 「引きうけちゃったの!?」 愛らしい声が、素っ頓狂に叫んだ。 年は八つか九つくらい。重邦とお揃いの藍染めの作務衣を着た少女が、細い腕を組んで正座している。 「だって雲雀、仕方な‥‥」 「しかたなくない!」 雲雀と呼ばれた少女が畳を引っぱたいた。埃がもうもうと上がるなか、重邦が頭を掻く。 流れの刀匠、野込重邦は、娘の雲雀を連れて街を見物中、甘味処で岩崎という刀好きの男と意気投合した。 自分が刀匠であること、各地で様々な刀工と親しくし、その技術を学んできたこと。苦労をかけっぱなしの娘のために、腰を落ち着ける場所が探している事、等々を彼に話したのだが‥‥ その夜、何故か宿に使いの者が現れて重邦は陣屋に呼び出され、わけのわからないまま参上してみたところ、その岩崎が、代官として鎮座していたのである。 「父ちゃん? 父ちゃんにできることは、なに? はい、言ってごらんなさい」 「‥‥刀を鍛える事」 「ほかになんか、できんの?」 「で、できないけどさ」 「じゃ、なんで村を元気にするなんて、ひきうけてんのよっ!」 雲雀は額に青筋を立て、畳を連打しながら叫んだ。 「すいじせんたくもできない父ちゃんが、人だすけなんて百年はやい! シャカイフテキオーなんだから、ことわってきなさい!」 早熟な娘の説教に、重邦は頭を掻くばかりだ。 重邦が再建を任された理甲村は、もともと小さな鍛冶村だった。だがそれなりの刀が安く作れるため一定の需要があり、農具や包丁などの注文もあって、村にはなかなか活気があったという。 しかしそれが、三十年ほど前からすっかり寂れてしまったらしい。 鍛冶仕事には松炭を使うのだが、近くの松林が松食い虫にやられて全滅してしまったのだ。今は山二つ越えた松林を使っているが、そこに至る道の多くが獣道か悪路、不安定な吊り橋という有様だ。 若者は、厳しすぎる伐採・運搬作業に悲鳴を上げ、他所に逃げてしまった。 刀や農具を売りに行く際、近隣の街で名工の噂を聞くようになったことも、若者の流出に拍車を掛けた。 無名の村に埋もれていくよりも、名工の下につき、一振り数万文の値の付く刀匠になりたいという雰囲気が広がったのだ。 名は売れていないにせよ、里の筆頭となれる腕を持った名工・重邦の来訪は、渡りに船だったというわけだ。 雲雀の説教は続く。 「むすめをほっぽらかして、おしごとも何もあったもんじゃないでしょ! 苦労をかけるのはいいけど、さびしい思いはさせるなって母ちゃんに言われたんじゃないの? どうなの!」 重邦は遠慮がちに娘に申し出る。 「でも、もう引き受けちゃったし‥‥」 「ことわれないの!?」 「岩崎様の面目もあるから‥‥やらないと」 重邦が上目遣いに娘を見ると、雲雀は小さな右手で顔を覆い、天井を仰いだ。 「母ちゃん、ごめん‥‥あたしたち、ここでしばり首かも。ああ、父ちゃんはせっぷくか‥‥」 「し、縛り首!? 切腹!?」 重邦は顔を青くした。 「う、うまく行かなかったら、切腹なのか? 父さん、切腹なのか!? ひ、雲雀、お前だけでも、今から逃げ‥‥」 狼狽え始めた重邦を前に、雲雀は鋭く膝を叩くと立ち上がった。 「あたし、ちょっと行ってくる。父ちゃん、したくしといて」 「よ、夜逃げの!?」 「なんでそっち!? おしごとのしたくにきまってんでしょ! 手つだってくれるかいたくしゃの人、さがしてくんのっ!」 雲雀は叫ぶが早いか、財布を引っ掴んで開拓者ギルドへと駆け出したのだった。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
八重坂 なつめ(ib3895)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 四方から浴びせられる蝉時雨は耳に、燦々と降り注ぐ陽射しは肌に、それこそ痛いほどだ。 恵皇(ia0150)は、地面に置いた巨大な背負子に、炭入りの麻袋を高々と積み上げていく。その量たるや、傍にいる老人の背負子の三倍にもなるだろうか。 桔梗(ia0439)の「人が行き来し易くなれば、物も情報も動く、から」が、至言だった。早馬での上申で、代官の口利きで、松林から村を経由して町へと至る、道の整備が始まったのだ。 やけを起こしたかのような積み方に、老人も小屋付近を整備している村人も、半ば呆れ、半ば期待しながら、彼の様子を見ていた。 「志体持ちならここまで来て炭を手に入れられるが‥‥確かに普通は辛いな」 呟きつつ背負子の紐に腕を通すと、目を閉じて静かに呼吸をする。 そして恵皇が大きく目を見開いた途端、そのふくらはぎ、腿、肩、背中と、随所の筋肉が幾何学的な形に膨れあがった。 麻袋の塔が、背負子に悲鳴を上げさせながら、ゆっくりと持ち上がった。小屋付近にいた村人が、わっと一斉に湧いた。 僅かに目の色を変えて、老人が恵皇の手を取る。 「どうだね恵皇さん、今からでも炭焼きを目指してみないか。力もある、天気の読みもいい。最高の炭焼きになれるぞ」 「遠慮しとくよ」 恵皇は照れ臭そうに鼻を擦り、手を振った。 「頼んだぜ、兄ちゃん! キレーなねーちゃんが、吊り橋も直してくれたからな!」 「その炭が、俺らの命だからな!」 道を整備する村人達の応援に手を上げて応えながら、恵皇は山道を下り始めた。 ● 「ほら、もっと離れろ。怪我すんぞ」 一抱えはある岩を前にした巴渓(ia1334)は、目を輝かせた子供達を下がらせた。無駄な肉のない足を踏ん張って、大きく身体を捻る。 一瞬の間を置き、裂帛の気合いと共に叩き込まれた巴の赤龍鱗が、岩に深々とヒビを刻み込んだ。 岩は幾度か軋みを上げた後、自重でその場に崩壊し、重く硬い音を辺りに轟かせる。 「すげー! ともえねーちゃん、すげー!」 「ねーちゃん、かっこいー! つぎ、あの岩できる!? あの岩!」 遠巻きに見ていた子供が、やんやの喝采を送る。実戦でこんな大振りな技は使わないが、子供を喜ばせ、働かせるにはうってつけだ。 「石を捨てんのが先だろ。大きいのは大人が運ぶから触んなよ」 「はーい!」 次の一撃見たさに、子供達は我先に石に飛びつき、道の脇に捨て始める。 と、風とともに、森の木々がざわめいた。 咄嗟に巴が身構えると、 「渓さん、お疲れさまです。吊り橋の修繕、終わったんですね」 木の枝を軸にくるりと回転し、曲芸師のように枝に腰掛けたのは、羽流矢(ib0428)だった。巴は構えを解き、苦笑する。 「驚かせんじゃねえよ。何やってたんだ」 「松林見てたんですよ。正確には、松林の跡」 羽流矢は顎で村の方角を指す。 「枯れた松林の跡か? 何で?」 「長期的に見たら、あそこが再生できるのが一番良いでしょう? 地質や根の様子を見てきたんですよ」 「で、どうだったよ?」 「もう若木が伸びてきてます。カミキリムシはいないですから、また枯れる心配はないでしょう。再生しそうですよ。ただ枯れた根が邪魔になるから、いずれ抜かないと」 羽流矢は、鞠が弾むかのように木の枝や幹を蹴りながら、巴の前に着地した。 「カミキリムシ? 松食い虫じゃねえのか?」 「細かいことは不明ですけど、カミキリムシに食われた松が、松食い虫にやられるらしいですね」 「‥‥良く知ってんな」 「都で調べときましたんで」 感心する巴に、羽流矢は鼻高々だ。 「よくやるよ。さ、よくやるついでだ、手伝って行けや」 「そのつもりで来たんですよ」 二人は頷きあい、笑顔で次の大岩目指して歩き出した。 「ほら、次はあの岩いくぞ! あんま近寄んなよ!」 「子供たち、大きいのは俺達大人が運ぶから、小さいのは頼んだよ!」 「はーい!」 ● 薄暗い工房の中、恵皇の持ってきた松炭が赤々と燃える火床を前にし、巫女の装束に身を包んだ桔梗は深々と重邦達に一礼した。そして、慣れない敬語で呟く。 「じゃあ‥‥務めさせて、いただきます」 「お願い申し上げます」 重邦と、その助手に名乗り出た青年と老人が、静かに頭を下げる。桔梗は神酒を神棚の杯に捧げ、そして残りを工房の随所に撒くと、静かに立ち止まった。 衣擦れの音。草履が土を踏みしめる音。桔梗の腕が、装束の裾が、弧を描く。 助手に名乗り出た青年は、その美しさに思わず溜め息をついた。 時として蝸牛が這うように。時として蝶が飛ぶように。時として燕が空を滑るように。桔梗の身体と巫女装束が、千変万化の動きで工房の中を舞う。 長いようで短い桔梗の舞いは、数分ほどで終わった。桔梗は息一つ乱さぬまま神棚に礼と拍手を捧げ、一同に頷いて見せる。 「万事つつがなく、終わったよ。これからは、精霊様がこの工房を、守ってくれる、から」 「有り難う存じます」 「でもさ、俺から、一つだけ」 怪訝な顔の重邦と助手二人に、静かに付け加えた。 「重邦。雲雀を、一人にしないで。できたら同じ部屋に寝泊まりして、たくさん話をしてあげてよ、ね」 桔梗は厳かな顔のまま言った。重邦はぽかんとしている。 「雲雀は、おじじやおばばには可愛がって貰えると思う、けど、子供の輪に入るのは得意じゃない、かも」 重邦は何かに気付いたのか、弾かれるようにして顔を上げ、そして深々と頭を下げたのだった。 ● 「大業物」ののぼりが、強烈な陽射しのもと、そよ風にはためいている。 皇りょう(ia1673)と八重坂なつめ(ib3895)は、恵皇の運んだ松炭で鍛えた刀を、町まで売り込みに来ていた。事前の代官の宣伝のお陰で、二人は早くも少なからぬ町人に囲まれている。 雲雀は、忙しそうに荷車から刀を出し、むしろに並べている。 なつめの発案で口上を頼まれた雲雀ではあったが、意外にも刀の説明ができないのだった。結局、口上も含めなつめとりょうに任されたのである。 なつめは一つ深呼吸をすると、およそ的屋や叩き売りとは程遠い穏やかな口調で、自ら喋り始めた。 「さて皆さま、本日はお集まり頂きましてありがとうございます。ここより東、理甲の村に現れた刀匠、野上重邦の刀のご紹介です」 りょうが荷車から巻き藁を取り出し、それを地面に突き立てる。なつめは、優雅な動作で大薙刀と鞘から抜いた。りょうが巻藁から一歩離れる。 「袈裟懸けに斬るのは、まだ容易なことだ。最も難きは、横一文字なのだ」 それまで黙っていたりょうが、朗々とした声を発する。 「良き刀と、良き腕。どちらが欠けても、巻藁は両断できぬどころか、芯の竹さえ切れぬ。刀は刃こぼれし、下手をすれば曲がり、折れる」 なつめは穏やかに微笑むと、自分の身長ほどもある薙刀をやすやすと回転させ、ぴたりと脇に止めた。りょうが続ける。 「人を斬るにも同じ事。その横一文字、神髄を今、とくとご覧に入れよう」 りょうの言葉が終わった次の瞬間、なつめの薙刀の先端が、僅かに霞んだ。斜め下を向いていた刃が、いつの間にか反対方向を向いている。 蝉時雨がいやに大きく聞こえる。 一瞬の遅れの後、両断された巻藁が地面に転がる、重い音が響いた。 「おい‥‥いつ斬った?」 「いや、わかんねえ」 巻藁は、人の首の高さで、地面と平行に両断されていた。野次馬が、どよめきながらも拍手を送り始める。 なつめは安心したように微笑み、薙刀を鞘に戻して荷車に置くと、その荷車から簡素な木の台と、鉄製の兜を取り出した。 今度はりょうが髪を後ろに払い、腰の刀をすらりと抜く。白刃とりょうの髪とが、陽光を反射して銀色に輝きを放った。 「おいおい、斬るってのかい? 女にゃ無理だよ」 「その細っこい姉ちゃんが、刀で、兜を? 無茶だよ、折れちまう」 野次馬が、ざわめき始めた。だが、 「無茶かどうか、教えてくれますよ。こちらの女性と、その刀が」 なつめの静かな、しかし凜とした声は、一言で野次馬を黙らせる力を持っていた。 りょうはまず、左手に持った鞘で兜を叩く。固い音が、兜が偽物ではないことを雄弁に語っている。 りょうは正眼から刀を上段に構え、その動きを止めた。蝉時雨の中、野次馬達が、息を呑む。 どこか遠くで、風鈴の音が響き渡った。 裂帛の気合いと共に、刀が振り下ろされた。 ● 「ほんとうに、ありがとうございました!」 別れの日。雲雀が、勢いよく頭を下げた。 羽流矢が手を雲雀の頭に乗せ、小刻みに撫でる。 「はるや兄ちゃんも、いっしょにみんなにあいさつしてくれて、ありがとう!」 「ちゃんとお礼できて、偉いなあ‥‥でもな、雲雀ちゃんがしっかりし過ぎてるから父ちゃんが甘えるんだぞ?」 雲雀は花が開いたような笑顔を浮かべる。 「そっか! じゃ、父ちゃんが甘えてもだいじょうぶなように、もっとしっかりしなきゃいけないね!」 「逆! 逆!」 一同が大笑いする。 松林までの道は整備され、吊り橋の修繕も終わった。町までの街道も遠からぬうちに整備が終わるだろう。 それが終わったら、枯れ松の根の除去に移るそうだ。二十年ほどすれば、そちらからも炭の産出が期待できそうだという。 水源の使用状況に基づいた、土地改良案も代官の岩崎に上申された。近隣の村との兼ね合いも考え、治水計画に利用される予定だ。 りょうが雲雀の前に屈み、その目を見ながら優しく言った。 「良いか、雲雀。胸を張り、さりとて驕る事無く進むと良い。そなたのお父上は最高の刀工で、そなたは親思いの優しい子なのだから」 「うん! 父ちゃん、大すきだよ! トーダイズイイチの、刀かじだもん!」 雲雀は元気に答えた。りょうが微笑みながら頷く。 重邦に、なつめが柔らかな声をかけた。 「素晴らしい刀でした。その技、決して失伝させないで下さい」 実演から数日で、村には早速二人の弟子入り志願者と、五人の弟子の出戻りがあったらしい。りょうの発案した定期市を開けるだけの生産量になる日も近いかも知れない。 なつめは微笑み、続ける。 「どうか、村の皆さんに伝承してさしあげて、立派なお弟子さん達を育てて下さいね」 「はい、それはもう!」 答えたのは、重邦ではなく雲雀だった。一同が再び大笑いをする。 「また来るよ。それまで元気でいるんだぞ」 羽流矢に頭を撫でられ、気持ちよさそうに雲雀は頷く。その時、 「雲雀ちゃん、ちょっと手伝ってちょうだいな」 遠くから、雲雀を呼ぶ老婆の声がする。作務衣の裾を引っ張る雲雀に重邦が頷いて見せると、雲雀は一行に頭を下げ、村へと駆け出した。 「柄紐の編み方を教えて下さっているそうです。覚えが良いと」 「じゃ、重邦の刀に、雲雀の柄紐、親子の合作も、出来るな」 桔梗が言うと、重邦は嬉しそうに言った。 「ええ‥‥というか、この村に来てからというもの、鍛冶にも興味を持ちだしたようで」 「じゃあ本当に、親子合作の刀が、いつか見られるかも知れないんだ」 桔梗にしては珍しく、顔全体で微笑みを浮かべた。重邦は、深々と頭を下げた。 「工房でのご忠告、身に染みいりました。娘を大事にしてや‥‥」 重邦の言葉が終わるより早く、巴が重邦の背中を叩き、華やかな笑顔を浮かべた。 「ま、達者でな」 重邦は眉を八の字にして笑った。 「みんなー!」 一同が声のした方に顔を向けると、老女に連れられた雲雀が、年相応に飛び跳ねながら、大きく両手を振っていた。 「ありがとうございました!」 |