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■オープニング本文 ● 青柳新九郎(iz0196)は、手元に届けられた書簡に目を通す。 そして、傍らの暦に視線をやると、瞼を伏せた。 「では、薔薇姫討伐について説明する」 卓についた開拓者へ向けて行った説明は以下の通り。 薔薇姫は、東房にある、とある街を目指して移動している。 其処はかつて薔薇姫の配下にあった『京』というアヤカシが拠点としていた街。 その町に、新しく配下のアヤカシを置くべく、共に移動中なのだ。 配下のアヤカシは所謂普通のアヤカシである。倒すのはそう難しくないだろう。 しかし、薔薇姫は上級のアヤカシ。東房の街や村から、年端の行かぬ子供を攫い苦痛を与え、苦しむ心を啜り、力を高めてきたアヤカシである。 攻撃手段も多岐に渡り、苦戦することは必至だ。 その上、アヤカシ狼を使役することも出来、狼は彼女を守るためだけに戦う。その狼を倒さねば、薔薇姫を倒すことは難しいだろう。 そして…、薔薇姫は今までより更に力を高めている可能性がある。 「また、子供を攫ったのか?」 開拓者の問いに、新九郎は首を横に振った。 「その地で薔薇姫は、あるアヤカシと戦う。薔薇姫は、そのアヤカシを喰らう可能性がある」 開拓者たちは、息を呑んだ。 ● 「懲りずにまた現れるとはな。そんなに我に殺されたいのか? ――京よ」 「現れずとも‥‥、貴方はいずれ私を殺す」 クッ、と喉を鳴らすと、薔薇姫は楽しそうな笑みを浮かべた。 「まぁな‥‥、失態を犯した上に、我に牙を向いた者を生かしておく義理はない‥‥だが、今一度我に忠誠を誓うならば、考えてやっても良いぞ」 「甘言を‥‥」 「甘いのは貴様の方だ、京。たとえ我を倒したとして、お前はその先どうするのだ? 今は人間の側に居るつもりかも知れぬが、お前はいずれ、人を殺めたい欲望から逃れられなくなる。其は、アヤカシの本能。本能に抗うことなど出来ぬ。――そうなったなら――開拓者に『殺してもらう』とでも?」 「‥‥」 「所詮、アヤカシはアヤカシ。どう足掻いても人には戻れぬ――。我の元へおれば、アヤカシとしての本能に任せ、生きることが出来る」 どうだ、アヤカシらしく――我の下へ戻らぬか。と、薔薇姫は京の前に手を差し出した。 「‥‥この手を、取れと?」 「取らぬのなら、それでもよい――貴様は此処で消えるだけじゃ。我に勝てるなどと‥‥本気で思うておるのか?」 言葉と共に発せられる凄まじい気魄。其れだけで、息をつけぬ程に気圧される。 (私は――とんでもないモノに、牙をむいたのか――) 後悔なのか、自覚なのか。そんなことを、思う。 「どうあっても、我の手を取らぬなら、致し方ない‥‥。その力、我に捧げるが良い」 バキバキと、地の割れる音が響き、京の背後から薔薇の蔦が押し寄せる。 (だが、それでも――此れが己の真実ならば――) 蔦を凄まじい暴風が弾き飛ばした。 「これだけ、心が怯えていても尚、抗うか――。ほんに、ヒトのようだのう‥‥京よ」 「ガァァァァッ!」 本来の姿となった京は、薔薇姫へとその拳を振りかざし、挑みかかった。 「美味い‥‥美味いのう‥‥。アヤカシとはいえ、これだけ苦しんだ命は、美味この上ない‥‥」 手足をもがれ、腹を蔦で貫かれ。最早消えゆく命を残さず啜り取る。 「ほう‥‥漲って居るな‥」 新たな力が体の底から湧き上がるのを感じ、笑みを浮かべる。 「京、お前の命――無駄にはせぬぞ?」 薔薇姫は高く笑い声を上げると、完全に京を喰いつくした――。 ● 「――薔薇姫の勢力を、此れ以上拡大させてはならぬ。此の街を手中に置かせぬ為にも、討伐を頼む。薔薇姫を倒せぬときは、配下のアヤカシだけでもいい。それだけでも、牽制となるだろう」 京を倒した今、開拓者たちに居所を掴まれているとは思っていぬ筈。開拓者が目を光らせていると判れば、少なからず抑止力ともなるだろう。 「薔薇姫の狙いは、この東房を魔の森とすること。狙いを阻止するためには、薔薇姫を倒すことはもとより、配下のアヤカシを倒していき、勢力を弱まらせることが必要だ」 開拓者たちは、その言葉に頷く。 「頼んだぞ。万が一、薔薇姫を逃すことがあれば、行方を確認しておいてくれ」 ギルドから出た開拓者たちを見送ると、新九郎は先ほどの書簡を懐から取り出した。 「京‥‥、お前の死は、無駄にはせぬ」 『薔薇姫は私を殺しに、自らやってくるはず。これから現地に向かえば、きっと私が薔薇姫に倒された後に着けるだろう。どうか、この好機を逃さずに――』 囮になり、其処に薔薇姫を誘き寄せる。先日の戦いでも力量の差は歴然。 けれど、自らの命を使うことによって、薔薇姫を釘付けにすることが出来るのなら――。 「京――」 呟かれた言葉は、夕日に照らされた街道を流れる風に溶けて行った。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
林堂 一(ia1029)
28歳・男・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
月酌 幻鬼(ia4931)
30歳・男・サ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 「来たか、虫けらども。遅かったのう、貴様等のイヌはもう我の中じゃ」 薔薇姫は開拓者たちの気配に気づくと、にやりと笑んだ。 挑発的な笑み。 「この前は逃がしたが、今度は仕留める。絶対に逃がしはしないぜ」 その笑みに真っ向から向かうは、風雅哲心(ia0135)。 そして、その陰から放たれた電光一閃。空(ia1704)の矢が2体のアヤカシ目がけ、飛んでいく。 「――!」 薔薇姫は即座に身を翻したが、配下のアヤカシは衝撃波に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった。 「早う立て。貴様を護ってはやらぬぞ」 無様な姿に侮蔑の表情を浮かべながら、薔薇姫は配下のアヤカシに声をかけると、ひらりと手を翻した。 バキバキバキ‥‥。 地の割れる音と共に、人の手首程の太さがある薔薇の蔦の群れが、開拓者たちの前に姿を現す。 「薔薇姫様‥‥っ!」 その蔦は、配下と薔薇姫の間に地割れを作り、完全に分断した形を取った。狼狽したように、アヤカシは主の名を呼ぶ。 「己の身は己で護れ。それすらも出来ぬようなクズは要らぬ」 薔薇姫は、配下のアヤカシを見据え、にやりと微笑う。その瞳は、まるで肉食獣のようだった。 「半分は薔薇姫のやったことだけど‥‥上手い事、距離が取れたな」 林堂一(ia1029)は、その広き背中に隠した、千鶴庚(ib5544)にこっそりと声をかけた。其れは、薔薇姫に憎まれる立場となってしまった庚が、むやみに狙われるのを避ける為。 先の戦いで、死んだことになっている自分も、気づかれる危険があるのは知っていても。 自らが壁になると言ったのは、もっと先の戦いの記憶があったからだ。 (‥‥あんな思いすんの、もう、御免だもの) 『俺は影薄いし? 大丈夫ー』そう言って説得した時に、彼女がそれを受け入れてくれたのは幸運だった。 「ええ。ありがとう、一さん。‥‥さ、一気呵成に行きましょ」 庚は背に隠れたまま、一の片耳に耳栓を突っ込む。 陣形は、配下のアヤカシ側、薔薇姫側、そしてその中央には回復を担う、紫焔遊羽(ia1017)が立つ。 「人を喰らいて、同属も喰らいて‥‥何を欲しいんよ、外見の美醜に囚われてばかりで華美を装っても‥‥。中身がえげつないよって、同属にも逃げられ、術でしか従い傍に寄り添う人、おらんなるで‥‥な」 恐らく、其処に京が居たのだろう。薔薇姫の前にある不自然な地の凹みに視線を落とす。 「なんで、こないな‥‥事に‥‥」 アヤカシだとしても、一度は手を取って協力し合った――京。もっともっと話したり、色んなものを一緒に見たりしたかった。 それも、薔薇姫の偽りの魅力に一時たりとも囚われてしまったのが、いけないのか。 「魅力‥‥。ゆぅの魅力は‥‥何処で探せば、見つかるやろかな‥‥」 ぽつり、と、呟く。 そんな――自らを慕い、近くに居たものの末路が『これ』なのか。遊羽の紫の瞳が、怒りのままに宝石のように煌く。 「さて、逃がささせへんで‥‥っ! その命を弄ぶ性根、好かんわ!」 そして、紫瞳の舞姫は舞う。その舞は、配下のアヤカシと対峙する、ユリア・ヴァル(ia9996)の身へと強さを宿した。 「行くわよ、早々に退場してもらうわ」 漲る力に身を任せるように、アヤカシの胴へ渾身のスマッシュを叩き込んだ。 「畜生‥‥こんな時に‥‥あだだ‥‥」 それを追いかけるように、月酌幻鬼(ia4931)が、四肢に走る痛みに耐えながら敵をなぎ払う。 「みんな、すまない‥‥、荷物には絶対ならん!! だから俺も入れてくれ!!」 合戦で受けた負傷。その傷は未だ癒えぬとも――。 (強くなる‥‥こんな所でくたばってたまるか!!! ド畜生っ!!!) 自らの命を守りながら戦う事を、望んだ。 「我の相手は貴様か? ――魔術師よ」 薔薇姫は、からかうように哲心へと笑みを投げかけた。しかし、彼の心は揺さぶられない。 「二番煎じが通じるかはわからんが、まずはこいつでいくぞ。‥‥轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ――アイシスケイラル!」 哲心の氷は、まっすぐに薔薇姫へと襲いかかる。しかし、その氷は薔薇姫の蔦に砕かれる。 「効かぬなぁ。今の我には効かぬ。それでも、まだ闘うか? ――其れより、我の物になれ。我と永遠を共に生きようぞ‥‥?」 薔薇姫の瞳が怪しく輝く。 しかし、其の瞳を遮るように黒い影が立ちはだかった。 自らをタワーシールドで隠し、薔薇姫の瞳を遮った、パニージェ(ib6627)。 「貴様も、見知った顔だな。我の邪魔をするか?」 視線が移るのに呼応するように、パニージェはオーラシールドで自らの抵抗を高める。 「思うようには、させない」 ● (狼は、居ないか) 配下アヤカシとの戦いの中、一は辺りを確認する。 「瘴索結界でも、狼の気配はなかったわ。けど、この辺りは瘴気が濃いから、はっきりとはしないわ」 その様子に、アヤカシを攻撃しながらユリアが呟いた。薔薇姫が居る影響か、山中の瘴気は濃い。 万が一それらがアヤカシや獣だとして、其れを薔薇姫が『喰った』としたら。今以上の『何かを得る』可能性もある。其れは絶対避けなければならない。 「瘴気、濃いな。それでもな‥‥無駄にゃ、したくないわな」 薔薇姫に喰われて‥‥でも、まだ微かに感じる、京の瘴気。否、例え陰陽師だとしても、本来、『誰の』瘴気であるか、明確に認識することは出来ない。 だが、一には判るように思える。 「その為にも、まずは――」 一の影を掠めるように、空の矢が配下アヤカシを貫いた。 どぅっ 「薔薇姫さ‥‥ま‥‥」 アヤカシは地に伏したまま、薔薇姫へと手を伸ばす。 その手を取ったのは、薔薇姫の蔦。 「弱い‥‥。弱すぎる。貴様のようなモノに、あの街はやれぬな」 斬撃に裂かれた部位から瘴気を漏れ出させながら、アヤカシの体は蔦に持ち上げられた。 「大した力にもならぬだろうが、喰ろうてやる」 (まずい!) 誰もが思ったその瞬間。 ザスッ。 薔薇姫の振袖に、黙苦無が突き刺さる。 一は、背後に庚を隠したまま、前へと出る。 「ワガママな姫さんにやるもんなんて、何一つ無い、よ。‥‥京も、かえして貰うぞ」 静かな声、けれど其の声は深く空気に響き、辺りの瘴気を吸い上げていく。 大気に舞う瘴気、『京』だけを集めることは出来ない。それでも、この中に僅かでも『京』が含まれているのなら――。 一は式を作り出す。其れは、人の形を模し――。 「其れは、京のつもりか?」 薔薇姫が形の良い眉毛を吊り上げた。 返す笑みは、薔薇姫の感情を逆なでした。 「目障りだのう‥‥。ならば、潰すまで」 薔薇姫が振り上げた蔦は、配下のアヤカシを巻き込んだまま、一と式を目がけ、振り下ろされた。 「‥‥行くぞ、京。俺等に力、貸しとくれ」 もう、言葉は交わせないけれど、もう、姿も確かではないけれど。 (風での斬撃、お前さんは、得意だろ?) 斬撃を齎す式は、蔦に絡み付き切り落とし、蔦に囚われていたアヤカシは霧散する。式の動きに、一は微かに笑む。 「脇が甘いわよ、おばさん!」 配下のアヤカシを喰い損ね、薔薇姫は一瞬怯んだ。その隙をついて、ユリアはスマッシュを叩き込んだ。 「ぐ‥‥っ、貴様、我を何と‥‥!」 薔薇姫が、呻く。 「頃合いか、そろそろ決めに行くぞ。‥‥猛ろ、冥竜の咆哮。食らい尽くせ――ララド=メ・デリタ!」 哲心の冥竜が、咆哮をあげる。 「‥‥おのれ‥‥我を此処まで傷つけるほどになったか、虫ケラどもよ‥‥」 切り裂かれた胴から、瘴気を噴き上げ薔薇姫は囁く。 「‥‥愉快だ。‥‥あァ、愉快でたまらない」 空の体がゆらりと動き、薔薇姫へとリングを突きだした。 「薔薇姫よ。以前に死者を蘇らせることが出来るかと聞いたのを覚えているか。蘇らせられるというのなら、『コイツ』を蘇らせてみろ‥‥、出来ねばココで貴様は死ぬぞ。交渉は‥‥上位に立ッてするのが常套‥‥だろ?」 配下のアヤカシを取り込まれる訳には行かない。そして、己の中の疑心を解き明かすにも今しかチャンスは無い。 空は、内心の動揺を隠し、余裕の笑みを浮かべて見せる。 「‥‥久しいな、男。元気にしておったか。‥‥お前の心、ますます美味そうになっておるのう‥‥」 薔薇姫は、苦しげに息をつきながらも、笑みを浮かべ舌なめずりをしてみせた。 「我に蘇らせろと申すか‥‥。『交渉』と言うからには、貴様からも何か得ねば意味がない‥‥。其を蘇らせれば‥‥。――誰の命を我に捧ぐ?」 地を這うような低い声。そして、正に今喰らわんとするかのような、薔薇姫の気魄。 その場の空気が一瞬凍りついた。 其処に、静寂を打ち砕く声――。 「‥‥空。反魂の法なんて、無いんだよ。所詮、ハッタリさ。『これ』は」 一の言葉。しかし、薔薇姫のその顔は笑みを浮かべたまま。 「――京、縛れ!」 薔薇姫の笑みの理由に気付いた一は、式に指示を与える。 「邪魔じゃ。いい加減、去ね!」 懐から出した大振りの扇を一振り。其処から巻き上がる蔦に、式は巻き込まれ砕け散った。 「貴様なぞに、我の動きを止める事など出来ぬ」 ガァォオオオオ。 遠く、響く、獣の声。 「まずい!」 狼が天から現れる。薔薇姫は、其れに跨ろうと手を伸ばした。 「――薔薇姫! 老から時から、まだ逃げるの!?」 一を押し退けて、庚が飛び出した。 「お前! 生きて‥‥、生きておったかぁぁ!」 庚をその目に見止めると、薔薇姫の動きが一瞬止まった。 庚は隙をついて、気力を込めた弾丸を放つ。 「あたしは、まだ生きてる。それでも、逃げるの?」 自らを囮に、其れでもこの場に繋ぎ止めることが出来るのなら。 「貴様も‥‥、其処な女も許さぬ‥‥。我の美しさを愚弄するものは全て!」 狼に手を伸ばし背に乗ると、薔薇姫は庚とユリアを扇で差す。 バキバキバキッ!! 二人の足元から地の割れる音。 「チヅ! 撃て!」 一が庚の身を引き寄せ、安全な場所へと移動する。それと同時に、空はユリアを巻こうとした蔦を射ち落とす。 「あわせるわ!」 庚の弾丸は途中で角度を変え、狼へ向かう。其れにあわせ、ユリアの放った槍が狼の身を切り裂いた。 2人の攻撃を喰らった狼は、ふらつきながら地へ降りると薔薇姫を下ろし、地に伏した。 「――許さぬ。開拓者どもよ‥‥! 我を本気で怒らせたこと、あの世で悔やむが良い!!」 両手を高く天へと突き出す。振袖から露になった白い腕から放たれるは、おびただしい数の蕾と言う弾丸。 「させるか!」 動いたのは漆黒の盾。 ただただ、仲間たちの盾となるべく。剣を振るわず、守りに徹してきた男は、ここでも仲間を守るため全ての弾丸を受け止める。 「パニさん!」 パニージェが被弾した蕾は、パニージェの心を奪おうと瘴気を吹き上げた。 「それはささへんで! 目ぇ冷ましてや、ほら!」 遊羽は、すぐさま解術の法を使用した。 (こないな手伝いしか、出来やせんけど‥‥) けれど、それが、薔薇姫の魅了に打ち勝てる唯一つの力。 パニージェは正気を取り戻し、遊羽の手に触れる。 「‥‥ありがとう」 「アヤカシ風情が美だの永遠の生だのを求めるなんざ、片腹痛いんだよ。大人しく地獄に堕ちるんだな」 哲心の手が球体を生み出し、冥竜が咆哮を上げる。 「く‥‥っ」 薔薇姫は辛うじてかわすと、薔薇の蔦を巻き上げ開拓者数人に斬撃を振るう。 しかし、受けた傷は遊羽が。遊羽の手が回りきらなかった分は、ユリアが確実に回復していく。 「倒れささへん、誰もや!」 そして、回復したパニージェが再び盾となり前線に立ち――。 その背後から、空、庚、哲心が薔薇姫に大ダメージを与えて行った。 「畜生‥‥! 強くなる為に来たのに、悔しくて悔しくて目から血が出そうだ、目の前にあんな大物がいるのに‥‥!」 仲間たちの戦いに、口惜しくて歯噛みする幻鬼。 薔薇姫に直接挑むことは控え、彼は仲間たちに襲い掛かる薔薇の蔦を振り払い、次々と切り落としていった。 極力荷物にならないように。その思いは、確実に仲間の助けとなっていった。 「あ‥‥、アアアァァァァ!!」 薔薇姫の口から悲鳴が上がる。其れは今までに聞いたことのない声――。 「よくぞ、此処マデ我を‥‥。シカシ、此処が精一杯というトコロカ」 今までより、一段と。狂気に満ちた声、瞳、そして、血の気の引くような不気味な笑み――。 薔薇姫の様子は、其れほどまでに追い詰められた事を現していた。 「銀狼!」 薔薇姫の声を受け、地に伏していた狼が呻りを上げ立ち上がる。 「まだ生きていたのか!?」 開拓者の驚きの声と共に、狼は薔薇姫を担ぐと空へと舞い上がった。 「今日の所は此処で退いてやろう。しかし、次に会った時は覚悟しておけ」 「逃がさん」 「逃がさないわ」 空と庚の声が重なった。 気に溶ける声を追いかけるように放たれた矢と弾丸は――。 ギャァァァン‥‥!! 遠くで、獣の断末魔を響かせた。 ● 「逃がしたか」 「逃げた方向は判っている。あの場所へ向かえば程なく探し当てられるだろう」 薔薇姫が消えた方角を見つめるパニージェの隣に、哲心は肩を並べた。 「次こそは、逃がささへんで‥‥!」 口惜しげに遊羽は唇を噛んだ。 「さっきの声、狼を倒せたんじゃないかしらね。だとすれば、薔薇姫の移動距離は相当狭まるはず。急いで向えば、追いつけるかも知れないわ」 ユリアは、遊羽の肩に触れた。 (‥‥京の遺品でも見つけられれば、と思ったけど。全て消えてしまったようね) 見つけたら渡そうと思っていた相手――庚を見遣る。彼女は一と共に、京が終生を迎えた場に膝を付いていた。 懐から、蒔絵簪「牡丹」を取り出して土に埋め、その上に花を飾る。 「使い古しの女物で悪いわね、京。要らなかったら、捨てて頂戴」 「‥‥ひとりで逝かせてしまって、ごめんな。ありがと、な」 一は、庚の傍らに膝をつき、『京』に声をかける。 「‥‥裏切っても構わなかったのに。命を賭けても良いと思える何かがあったのだと思いたいわね」 ユリアは二人の背に声をかけた。その声は二人に向けたものなのか、『京』に向けたものなのか。 「でも――。味方を犠牲にするなんて嫌なのに――困った、人ね。生きるんじゃなかったの、京‥‥」 「あぁ。――生きて、欲しかった。な」 『アヤカシ』の、『京』。いずれ、本能に抗えず人に牙向くことを恐れ、己の誠が貫ける内に『脅威』を討とうとしたのだとしても‥‥。 「でも、次は逃さないわ」 「あぁ」 「次は必ず」 「倒してみせる」 此の闘いの傷は、さしもの薔薇姫とても直ぐには癒せぬだろう。 京が導いてくれた此の場所での戦いが無ければ、薔薇姫を此処まで追い込むことは出来なかったかもしれない。 狙うなら、早いうちが良い。 その好機を与えてくれたモノのためにも――。 「京。――貴方の誠に感謝を」 庚が立ち上がると一陣の風が吹き、供えた花が、微かに揺れた。 |