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■オープニング本文 ●少女 何時から私は此処に居るのだろう‥‥。 いつからか判らぬほどの永い時間、私は此処に居る。 腕を通すのがやっとという程の狭い格子で囲まれた座敷牢の中、今日も私を呪う声がする。 護摩を焚き、神がかりしたように呪詛を紡ぐ男は念を込めた瞳で私を睨みつけた。 「‥‥っ」 途端に息が苦しくなり、喉を押さえてのたうちまわる。 苦しさに身を捩りながら幾度か咳き込むと、血の塊を吐き出した。 はぁ、はぁ、と途切れそうな呼吸を整えようと足掻く身体に、更に呪詛が絡みつく。 先ずは左脚、次いで右脚と痺れるような痛みが爪先から這い上がり、私の身体を蝕んでいく。 そして、両の腕がだらんと力なく垂れ下がり、四肢の自由を奪われて板張りの床に転がった。 男の呪詛が響き渡り、やがて身体の中までも痺れに侵される。 日ごと夜毎、続けられる責め苦に、私は涙を零すこともできず。徐々に全身に広がる苦痛の中、ただこの嵐が過ぎ去るのを待つしかない。 (誰か‥‥誰か助けて‥‥) ●男からの依頼 下弦の月が辺りを照らす夜半、その男はギルドを訪れた。 左目に大きな傷を負ったのか、包帯を巻いており、身体のあちこちに細かな傷をつけている。 着物もボロボロで、今まさに何かと戦ってきたいや、逃げてきた。と‥‥、いうような姿だ。 「仕事を依頼したい。囚われの我が姫を救ってください」 勧められた席に腰を下ろすと、男は懐から手ぬぐいを出して顔をぬぐう。今負ったばかりの傷から溢れた赤いものが手ぬぐいを汚した。 「姫は以前より町娘のような姿で遊びに出るのが好きだった。今回も城を抜け出し‥‥その時に、かどわかされたのかも知れぬ」 姫が消息を立ってから、必死の思いで捜したが、姫どころか手がかりすら得られずに時は過ぎた。 しかし漸く今、姫のものと思える情報が手に入った。そう告げて男は地図を開く。 「この村に、古くから貯蔵庫として使われていた蔵があった。其処には過去の罪人を繋いでおく、座敷牢もあったのだ」 その座敷牢に、姫は居る。 「此れは、私が村で手に入れたものだ」 懐から出されたのは、金の蒔絵が描かれた櫛だった。 「村の女が髪に挿していた。こんな美しいものを何処で手に入れたのかと問うたところ‥‥、拾った。と、答えた」 間違いなく、姫のものだ。と、男は震える手で櫛を握る。 戦の混乱に乗じて連れて来られた際に髪から滑り落ちたのか、それとも奪い取られたのか。 その櫛は美しい蒔絵に艶のある漆が塗られており、その細工だけでも村人風情が買えるとは到底思えぬ高価なものだと見て取れる。男の推測が正しいのだろうと思わせるには充分だった。 「姫を救おうと、私は蔵へと飛び込んだ。しかし、救うことは‥‥出来なかった。姫が囚われた座敷牢には怪しい呪詛を唱える男が三人。この三人の呪いの声に、私はなす術もなかった」 手足の自由を奪われ、恐ろしい幻影に取り付かれ、しまいには恐怖で動けなくなった。と、男は言葉を続ける。 「寸でのところで逃げおおせたのは、姫のおかげだ‥‥。奥にある座敷牢の中から、何かを護摩の中に投げ込んでくれた。そのため護摩が一気に燃え上がり、三人が動揺した隙をついて逃げる事ができた‥‥」 男は手にした櫛を強く握り締める。 「恐らく私を手助けしたことで、姫は更に酷い責め苦にあっているだろう‥‥。早急に助けたいが、私一人では姫を救えぬことは判った。どうか、力を貸して欲しい」 男は深々と頭を下げた。 「わかりました。姫君を助け出したら、貴方のところへお連れしましょう」 「頼む。あのような苦しみを、姫はいつから受けていたのか‥‥」 まだ年端もいかぬ幼い娘が、どんな責め苦にあっているのか。自分が体験しただけでも尋常ではない苦しみに襲われた。 攫われてから、どれだけの期間が経ったのであろう。どれだけの、苦しみだったのだろう。 男はその身を案じ、瞼を伏せる。 「助けてやってくだされ。そして姫を、どうか‥‥どうか自由に」 「‥‥と、言うわけです」 ギルド職員は先刻までの男とのやり取りを説明する。 机の上に村と、蔵の見取り図を広げる。 「村の出入り口はひとつ。数軒の民家を抜けた先、村の一番奥に蔵があります。蔵も入り口はひとつ。床板をくりぬいて地下へ続くはしごがかけられています」 地下へのはしごにはフタが出来るようになっているが、もしフタがかけられていても、注意すればすぐわかるそうだ。と、職員は続ける。 「倒す相手は、三人。一人はボスらしき人物のようです。いずれも怪しげな呪術のようなものを使いますが、一人がより強力だった気がすると依頼者は言っていました。他に、二人は体術のような技。ボスのような人物は弓で攻撃してくるそうです。いずれも、呪いの声が効いている間は使用せず、効果がないと物理攻撃に転ずるようですね」 「そのボスは志体持ちか?」 開拓者の一人が問うと、職員は是の意味を含めて頷いた。 「三人は護摩を炊く護摩壇を囲むように立っており、一番奥に姫が囚わている牢があります。戦法にもよりますが、三人を倒さねば姫の牢へは到達できないかも知れません」 牢には鍵がかかっているだろうし、戦っている最中に姫を殺めることはできないだろうから、まずは倒すことに注力しても構わないだろう、と補足する。 「ちなみに、姫が囚われている村の村人は、姫の存在を知りません。男性が蔵から出ると後を追ってこなかったことからも判るように、事を明るみに出さないようにしています」 つまり、追いかけて来るのは蔵を出るまで。 「姫を連れて外に出てしまえば、こちらの勝ちです。依頼者の願いも叶えることが出来ます」 全員を倒さずとも、姫を助けて外に出られれば少なくとも成功の条件が満たされるということかと、開拓者たちは頷いた。 「依頼者が踏み込んだ事で、彼らも次の手を打つかもしれません。行動の時間はお任せしますが、できるだけ早く行動を取ってください。彼らの意図は判りませんが、下手をすれば姫は殺されてしまうかもしれません」 よろしくお願いします。職員は、男と同じように深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
古月 知沙(ib4042)
15歳・女・志
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲
ルシア・エルネスト(ib5729)
20歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ● 座敷牢に囚われ、命を奪われるわけでもなく、ひたすら責め苦を受け続けている姫――。 開拓者たちは、今回の事件に幾分かの疑問を感じつつ、村の一角で息を潜めていた。 「姫の救出‥ですか。話を聞いていると、不思議な点も幾つかありますし‥。一体、何が目的なのでしょうね」 蔵の周囲に人の気配等がないか確認すると、朝比奈空(ia0086)は仲間たちの傍へ戻り、身を潜めた。 「その姫君が狙いなのか、何らかの条件にたまたま合致していたのが姫君だったのか、それも分かりませんけど、いいことじゃない事だけは確か、ですよね」 御調昴(ib5479)は、空の呟きに応えるように言葉を紡ぐ。 「‥何か目的があるにしても碌なことじゃないだろうし、遠慮なく邪魔しよう」 裏がありそうだけど‥と思いつつ、空や昴と思いは一緒だと古月知沙(ib4042)は頷いた。 「なんにせよ‥。年端もいかない子に、一方的な力で圧するなんて。大嫌いな、手段」 少しでも時間が惜しい。と、慌ただしく手持ちの銃3丁に火薬を充填していた千鶴庚(ib5544)は、身の内に潜む感情に流されぬようにしながら呟く。 そんな庚を宥めるようにルシア・エルネスト(ib5729)の手が肩にぽん、と置かれる。 「捕らわれたままのお姫様か。同じ女として、連中の事は許せないけれど、その行動に疑問が残るのは確かなのよね。殺したいほどにムカついてはいるけど、捕縛して理由を聞き出しましょう」 「まぁ、大の男が寄ってたかって美女いじめ? こりゃ、仮にセニョリータの方が実は極悪人で、野郎共に正義があったとしても――俺が味方するのはどっちか決まり切ってるわな」 そんな緊迫した空気を和ませようとしたのか、それとも本当にそう思ったのか――。喪越(ia1670)は色のついた眼鏡の奥の瞳で微笑むと、人魂を蔵へと向かわせた。 人魂の帰りを待ちながら、雪斗は拳を握り締める。 「全く‥何か理由があるにせよ‥聞く分に許す余地は無いな‥奴らに訳が無いなら尚更捨て置けんね。人を苦しませる正義などあってたまるか‥‥」 普段は冷静な雪斗(ia5470)も今回の件には憤りを隠せずにいる。 「よし、わかったぜ」 喪越が、人魂は蔵の地下まで入り込めなかったが、梯子を隠す蓋は護摩の煙が立ち上っているからすぐ見つけられる。と、伝える。 「三人とも下にいるのでしたら安心ですね。よろしくお願いします」 開拓者たちは鳳珠(ib3369)の声に頷くと、蔵へと向かった。 ● 梯子の蓋の隙間から立ち上る護摩の煙。姫へ唱えられる呪詛がどれ程のものか想像できるようで、開拓者たちは息を呑む。 「予定通り、先陣を切らせてもらうよ」 雪斗は蓋に手をかける。 「お気をつけて」 鳳珠は先を行く雪斗の助けになればと、舞の準備を整えた。 ギィ。 蓋から一気に流れ出した煙に視界を奪われそうになりながら、雪斗は梯子を手早く降りる。 その脚が地につこうとした瞬間、矢が足首を掠めた。 すかさず雪斗の体は宙を舞う。 「雪斗さん!」 知沙は地下へと降りると、雪斗へ襲いかかろうとする呪術師の腕を射抜いた。 「援護します、早く降りて!」 昴は梯子を使わずに地下へと飛び降りると仲間達を守るため梯子を背にする。そして両手の拳銃で護摩を焚く壇を撃った。 昴の弾は護摩壇を撃ち抜き、術士は憤怒の形相で開拓者たちを見据える。 「貴様ら、この前の狼藉者の仲間か!」 「仲間だったら?」 (――怖くて辛い中、物騒な物見せてごめんね。姫様) 怒りをその瞳に秘めた庚の弾丸が、矢を番えたままの術士の手に襲いかかる。 「あああああっ!!」 術士は弓を取り落とし手首を抑える。 「――っ!おのれ貴様らっ」 雪斗と組み合った呪術師は慌てて術士のもとへ向かおうと雪斗を投げ飛ばす。 同時に対面に立っていた呪術師は、座敷牢へと移動する空の前に立ちはだかった。 「此処から先へは行かせぬ!」 呪術師は空めがけて拳を振り上げた。 ざわざわ‥。 その手に、何かが這う感触が伝わる。気にもせずに空の頬を張ろうとした掌は彼女から離れた場所で空を切った。 「あ?」 当たらぬ掌に驚愕する呪術師に、知沙の刀が打ち込まれる。 寸でのところでかわした呪術師目掛けて、素早く火薬を装填し終えた庚のフェイントショットが炸裂した。 「な、何故当たらぬ?」 モロに弾丸を喰らい転がりながら、呪術師は声を上げる。その目に、ニヒルな笑みを浮かべる男の顔が映った。 「ふ、いぶし銀のもっさんと呼んでおくれ」 その声と同時に自らの手から落ちた蟲に気づく。 「くそ‥舐めた真似を」 呪術師はその蟲が喪越が放った式であることを悟る。口惜しげに歯噛みすると、術士とともに念を唱え始めた。 「あ‥っ」 呪声に囚われた雪斗と知沙が声を上げる。 二人は心に渦巻き始めた恐怖に抗うように耳を塞ぎ頭を振る。 「解除します」 即座に鳳珠は呪声の解除に入り、空も後に続く。 「余計な真似を!」 呪術師は鳳珠の襟首を掴んで吊り上げた。 「鳳珠さん!」 「く‥ぅぅ‥」 苦しげにもがく鳳珠は自らの首を戒める手を叩く。しかしその手は緩まず、鳳珠の意識が薄れそうになる。 ズガァン! その時、鳳珠の意識を呼び覚ますように昴の銃口が火を噴いた。 「うぉああああっ!」 呪術師は二の腕を撃たれ、鳳珠は床へと落とされる。 鳳珠を庇うように庚が立ちはだかり呪術師を睨みつけると引鉄を引く。 「これ以上は、やらせないわよ」 足元に放たれた弾丸は、呪術師の身体を床へと叩き付けた。 「‥‥っ」 空の術に正気を取り戻した知沙は、頭を数度振ると瞳を瞬かせ戦闘態勢を取る。 しかし、雪斗は鳳珠の解除の法が途切れた為、いまだ恐怖の淵に居た。 「雪斗さんの解除はお任せを。朝比奈さん、あちらをお願いします」 鳳珠は締め付けられていた首を手で押さえたまま、解除の法を唱えようとする空に声をかけると自らの身体を藍色の光で包みこんでいく。 「くそっ、まだやるか女!」 床から立ち上がった呪術師は、庚を押し退け鳳珠へと掴みかかろうとする。その脚をルシアの矢が貫き、動きを封じた。 ● 「姫、こちらへ‥」 狭い室内で、弾丸と矢、刀。そして蟲が交錯する中、空は漸く座敷牢の鍵を破壊し、姫へと手を差し伸べる。 「‥‥ぁ‥‥」 暗がりにうつ伏せになった少女は、柔らかな声を耳にすると恐る恐る顔を上げた。その瞳は、恐怖に怯えている。 「大丈夫です‥、貴方を助けに来ました」 空の言葉に些か戸惑いを見せたが、姫は震える手を伸ばし床を這いずるように進みはじめた。 「‥‥!」 その姿に、もう脚が動かないことを悟ると、空は座敷牢の中まで入り込み姫の身体を抱きしめた。 「大丈夫‥‥。必ず助けて見せます」 飢えのためか、恐ろしい程に軽い身体を抱きかかえると、空は牢から飛び出した。 「く‥‥っ」 鳳珠の術で恐怖から逃れた雪斗は、数度頭を振ると辺りを見回す。その瞳が空の腕に抱かれた姫の姿を捉えた。 虚ろな瞳、痩せこけた身体。衰弱している事が見て取れるようにだらんと垂れたままの四肢。 「‥‥アンタら‥これだけの事をしておいて‥生きて帰れるなんて思ってねぇよなあ‥!」 凄まじい怒りに一気に眼前がクリアになり、その脚は呪声を唱える術士の腹に打ち込まれた。 「早く姫を外に!」 空は声に応え梯子へ向かう。 「待て女!‥ぬぐぁっ」 空の着物を掴もうとした呪術師の手をルシアの矢が貫く。 その隙を突いて敵の足元に撒き菱をばら撒き、空は喪越の後ろへと逃れる。 「よし、早く登れ」 「朝比奈さん、手伝います」 空は鳳珠と二人で姫を抱えて梯子を登る。 「逃がさぬ!!」 術士が空の背を狙い矢を番えた。 その姿に喪越はにやりと微笑った。次の瞬間、床から黒い壁が出現し梯子を覆い隠す。 「だから、いぶし銀のもっさんと呼んでおくれって」 三人が上へと逃げ延びたのを確認すると、自らも梯子を登り、後へと続いた。 「アディオス・アミ〜ゴ〜♪」 「これで、憂いなく戦いに集中できるね」 戦場に残った五人は喪越の声を聞き、姫を救出できた事を確認する。 「もう遠慮は要らないわね」 火薬を装てんすると、庚は三人を睨みつけ銃を構えた。 「多少痛い目にはあって貰うつもりだけど‥‥命までは取らないから安心しなさい。」 言葉とは裏腹にルシアの矢は術士の頭を確実に狙っている。それは、下手な事をすれば命を奪う事も躊躇わない事を現していた。 「苦しめるのは簡単なんだよ‥泣かせるのだって楽なんだ。けどな‥その傷は、絶対消えないって事だけは教えてやる‥!」 先ほど垣間見た姫の姿。その姿が雪斗に何を思わせたのか――。 高く振り上げた脚は、術士を庇った呪術師の顎を蹴り飛ばした。 「ぐあぁっ!」 渾身の蹴りは呪術師を壁に叩きつけ、そのまま動かなくなった。 倒れた仲間の敵とばかりに、もう一人の呪術師は知沙へ蹴りを放つ。知沙はその脚を構えた刀「朱雛」で受け止める。 「そう簡単にやられないよ」 朱雛は見る間に紅い炎に包まれ、呪術師の腕を斬りつけた。 「甘く見ると痛い目に遭うのよ。これに懲りて悪さはしない事ね」 本来なら即座に命を奪いたいほどの憤りがある。しかし、今すぐに命を奪うわけにはいかないと、庚は呪術師へ向け空気弾を撃ち放った。 転倒し、床へと転がる呪術師の腕をルシアの矢が貫き、呪術師は意識を失った。 「我一人‥‥役立たずどもめ」 周りに倒れ伏した呪術師たちに、術士はまるで虫けらを見るような視線を投げる。その瞳にはぞっとするような冷たさが秘められている。 「――うっ」 術士が矢を番えた――。そう思った瞬間、ルシアの腕は真っ赤に染まっていた。その痛みに堪えきれず弓を取り落とす。 「そう容易くやられる我ではないぞ。覚悟して参れ‥‥」 先ほどまでとは明らかに違う術士の表情に、開拓者たちは息を呑む。 「負けませんよ、それでも‥っ」 その気迫に気を奪われないようにとばかりに、昴の手から銃声が響いた。 一方、地上へ出た喪越、空、鳳珠が姫が横になれる場所を見つけ、一息ついたところだった。 「かかっている術を解除できるか、やってみます」 鳳珠はすぐ術を唱えはじめ、空は喪越に後を頼むと、地下の仲間達のもとへと踵を返す。 その姿を見送ると、喪越は姫君と鳳珠に危険が及ばぬように辺りを見回す。 「殺されもせずひたすら呪詛を掛けられてた理由には興味があるが、まずは安静か」 衰弱しきって瞳を伏せたままの姫が起きていたら、連絡先を教えて、などと軽口の一つも叩けるのにと苦笑を零した。 空が戻った時、地下では戦いが佳境を迎えていた。 「訊きたいことがたくさんあるんだから、死んでもらっちゃ困るよ」 知沙はルシアと協力して呪術師二人を縛り上げ、自害などさせぬように猿轡を噛ませる。 「気絶させて捕縛すればその心配はないわよね」 知沙の様子を見たルシアは、念のためとばかりに呪術師の腹に蹴りを見舞った。 「我らを捕らえる気か。身の程知らずめ。貴様らに聞かせてやることなど何もない」 庚の弾丸を難なくかわすと、術士は微笑んだ。 「そちらはなくても、こちらにはあるんです」 言葉とともに撃ち放たれた昴の弾丸も回避すると術士は矢を番え、舌なめずりをしてみせる。 「では、食い殺してやろうかぁ‥‥?」 「――っ」 先ほどまでとは違った口調、そして不気味な笑い。 「まさか、人型のアヤカシ?憑依されてるとか‥。まさか‥」 知沙が小さく呟く。その声を聞き取った術士は更に不気味に微笑む。 「だとしたら倒すまでだ」 雪斗は瞬時に判断すると蹴りを打ち込み、それに続くように庚と昴の弾丸、知沙の斬撃が襲いかかる。 「――効かぬ。所詮はこけおどしか。このようなものを相手にしても面白くないな」 一斉の攻撃にも物ともせず術士は嘲り笑う。そして、負傷したルシアを癒す空の身体を突き飛ばす。 その体は階上へと姿を消した。 「まずい!姫が!」 地上には姫が居る、襲われれば危険だ。 開拓者たちは慌てて術士を追いかけ、蔵の外へと向かった。 ● 「――どこだ」 蔵の外へ出た雪斗は、戦闘態勢のまま辺りを見回す。 しかし、その視界には術士の姿を捉えることが出来ない。 次いで、慌てて地上へと戻って来た空が姫を保護していた場所へと安否の確認に向かう。 「おう、全員捕まえたのかい?」 喪越が空の姿に気づくと声をかけた。 「術士が、来ませんでしたか?」 喪越は切迫した問いかけに、首を振って否を事を伝える。 「逃げられたか」 開拓者達は、唇を噛みしめた。 鳳珠の解除の法によって意識を取り戻した姫は、ゆっくりと瞼を開け自分を救い出した開拓者たちをみつめる。 「貴方、たち、は‥‥?」 か細く、掠れた声。揺れる瞳は恐怖に怯えている。 「姫さま、大丈夫‥なわけないよね。もう大丈夫、ゆっくり休んで」 「‥もう安心よ。貴方の事、心配して待っている人が居るわ。さぁ、家族の元に帰りましょう」 ルシアと知沙は、怯える心を少しでも安心させられればと柔らかに微笑んだ。 一方、呪術師たちへの尋問も始まっていた。 「何故姫様を攫ったの。恨み辛み?だとすればそれは、本当に彼女に向けられるべきものなの?」 「姫君を捕まえて、何がしたかったんですか?」 「目的はなんなの?あの術士のためにやっていたの?」 畳み掛けるような尋問にも、呪術師たちは何の反応も示さずにいた。 「――あの術士は、アヤカシなの?」 しかし、最後の質問に一気に脂汗を噴出し目を逸らす。 その姿から、声には出さずとも肯定を見出すことは出来た。けれど、今は少しでも情報が欲しい。 「本当のことを言わないと、もっと痛い目を見るわよ」 射られた腕に包帯を巻いたルシアが矢を番える。その横では昴も同様に銃を構えた。 至近距離で構えられると、呪術師は悲鳴のような呻き声を上げ、頭を振る。 「猿轡は取ってあげるから、話しなさい。でも、自ら命は絶たせないわよ」 (そのときは銃でも腕でも噛ませてやる。死なれたら、死なせたら、嫌だもの) 庚は呪術師の猿轡を外した。 「――お待たせ」 呪術師の尋問に当たっていた庚たちは仲間たちのもとへと戻ると状況を報告する。 「全てが本当かはわからないけど――。術士はアヤカシで、幼い娘の恐怖や悲しみなどを吸い取り‥‥最後には喰らうつもりだったらしいわ」 「けれど、何故姫が狙われたのかは、わかりませんでした」 何故――。 単に、幼い娘という条件にあっていたからなのか。それとも、姫に近しい何者かの策略なのか。 逃げた術士――否、アヤカシに、そこまでの知性があるのだろうか。何にしても、手がかりが少なすぎる。 開拓者たちは、一先ず依頼者の下へ姫を送り届ける事にし、準備を始める。 「世は全て事も無し‥そうあれば良かったんだろうな‥」 仲間達の背を見つめ、呟く雪斗の声が風に流れて飛んでいった。 |