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■オープニング本文 日ごと夜毎募るは、呪いの声――。 姫君を蝕んでいた呪縛は解けたというのに、それでもまだ襲いかかる恐怖。 「あの日は、城下で遊んで帰ろうと思っていた‥。誰にも言ってはおらぬ、言えば止められる事はわかっておった」 その帰り道、通りを歩いていると何者かに横から手を引かれ、路地に引き込まれた。 「気がつけば牢に入れられ、護摩の香りに身体を絡め取られ‥‥呪詛に脳を侵された‥‥」 姫は自らの身を抱くように重い腕を動かす。 「あの男は言っていた、悲しみ、苦しみ、嘆きを捧げろと‥‥」 見知らぬ術士たちに囚われ、呪詛をかけられ続けた姫。手足の自由を奪われ、呼吸さえもままならなかった日々。 開拓者たちの手によって助けられ城に戻った後も、心に残る楔はまだ消えぬまま。 呪いにより戒められていた手足は漸く血が通い始めたものの、まだ起き上がることも出来なかった。 「姫様‥‥。まだ幼い身でありながら、このような‥‥」 「新九郎‥、心配をかけてすまぬな」 四肢の自由を失い、床に伏したままの身を案ずる従者に、幼い身でありながらも主たろうと言葉を返す。 瞼を伏せれば、また聞こえてくる呪詛の響き。 夜毎襲いかかる悪夢に耐えながら、救われてもなお、呪いに囚われていた。 「姫様の御心、何とかお救いする事は出来ぬだろうか」 従者――新九郎は、再びギルドの門を叩いた。 以前は姫君の救出。今回も、やはり姫の事だ。 「心と申されましても、それはまた‥‥」 職員も困った様子で帳面を開く。 「あの術士が逃げおおせた事は、姫君もご存知だ。恐らくは、それがいまだ御心を患わせる要因となっているのではないか、と思う」 「術士を探し、討伐しろ。と、言うことでしょうか」 職員は姫君を救出した際の事件を確認する。 「術士は、戦いの途中に逃げ出し、その後の足跡は掴めなかった。そして術士は恐らくは――アヤカシである」 「なんと‥‥姫はアヤカシに囚われておられたのか‥‥」 新九郎は大きく息をついた。 「アヤカシであったとなれば、命が助かっただけでも有難い事だと思う。改めて、礼を言う」 膝に手をつき、深々と礼をする。 「しかし、それでも姫様に以前のようにお健やかに過ごしていただきたいと思うのだ。そのアヤカシ、退治しては貰えぬだろうか」 以前のように笑わなくなった姫。話をしていても心此処に在らずと言った様子が幾度も見て取れる。 年端も行かぬ子供があのような責め苦に遭い続けていたのだ。心まで蝕まれても仕方がない。 しかし、自らを捕らえていたアヤカシが倒されたと知れば、或いは――。 「このままでは、いつしか心を失われてしまうかも知れぬ。毎夜魘されるお声を聞いても、我には何もできぬのだ‥‥!」 拳を握り、口惜しそうに俯く。その姿には自ら主を救えずにいることへの苦悩がゥて取れた。 職員は大きく息を吐き、帳面を閉じた。 「かしこまりました。では、討伐者を募りましょう」 新九郎は弾かれたように顔をあげ、何度も何度も礼を告げた。 「頼みます。アヤカシを討伐し、姫の御心を安らかに――」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
古月 知沙(ib4042)
15歳・女・志
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● 頂上を白く染める山の中腹。人が休息を取るに足る広さを持つ平地。 術士は開拓者たちに気が付くと、ゆらりと立ち上がった。 「よく此処に我が潜んでいると判ったなぁ。それは褒めてやろう。――しかし、むざむざ殺されに来るとはなぁ?」 その顔は偽りの『人の仮面』ではなく、『アヤカシ』としての其れだった。 「開けた場所ゆえに近付けば必ず見つかり、弓の的にされる。厄介だな」 羅喉丸(ia0347)の呟きの通り、戦場となる平地には遮蔽物などはなく。 前方に居る術士は悠々とこちらを見据えている。 「今度はどのような手を打ってくるか見物だなぁ。美味そうな娘もいるようだし‥‥、せいぜい楽しませて貰うとするかぁ――」 「なんですか変態。そんな目で見ないでください」 術士の視線は、レティシア(ib4475)へと向けられる。 言葉までは聞こえずともレティシアは術士の纏わりつくような視線に、夜毎うなされる姫君と憔悴しきった従者の姿が思い浮かぶ。 自然と震わえる身体。しかし、楽器を強く握り締めてそれを抑えると、きっぱりと言い放った。 「誘い出されてくれたのか――こちらが誘い出されたか。いずれにせよ、好機には違いありませんか」 術士と同じく弓を操るエグム・マキナ(ia9693)が術士を見据える。 『今度こそ、絶対に―――』 先の戦いで術士と刃を交えている、雪斗(ia5470)の思いは強く。 「‥今度こそは止めを‥させればいいんだが。どうなるか‥。――最悪の事態は避けなければ」 戦場へ赴く前に呟かれた言葉。それは共に戦っていた、千鶴庚(ib5544)、古月知沙(ib4042)、そして鳳珠にも伝わっていた。 「あの時逃がしたせいでまた何しでかすかわからないし、姫様も安心できない。――禍根を断つために、術師は絶対に此処で斬る・・・・」 思いを込め、祈りを込め、念を込め。手にした刀を握り締める知沙。 「逃がさないわ、今度こそ――」 予め銃に全て火薬を装填し、動きを煩わさぬように腰と脚に据えつけた庚。 術士を前にして、改めて思う。――必ず、倒す。 『行くぞ』 耳栓をつけるが故、声が聞こえなくなる。と、竜哉(ia8037)は最低限の行動に必要な合図を共通認識として示していた。 それに従って、仲間たちは行動を起こす。 鳳珠(ib3369)は、前衛の仲間へと加護結界を施すと、 羅喉丸の後ろにつく。 癒しの要である彼女を守るように、そして彼女の癒しが届くように、布陣は完成していた。 ● 開拓者たちが攻撃を仕掛けようと動き出す。それを見て術士がニヤっと微笑う。 何事か呟くように口を動かすと、草むらがザワザワと音を立てた。 「人が‥‥!」 草の中から現れる人影。瞳に生気はない。 「操られているのね――」 近隣に住む村人だろうか。鉈や鍬などを手に、此方へと向かってくる。 「―――♪」 術士への行く手を阻むように向かってくる村人たち。 倒すしかないかと考えた開拓者たちの脳裏に、レティシアの歌声が響く。 操られた人々を傷つけたくない。静かに眠っていて欲しい。その強い心は耳栓をしていても伝わる。 「ほう、やるな――」 眠りに落ち、バタバタと倒れていく村人たちを見ると、術士は嘲笑うような笑みを浮かべた。 「もとより、役に立つとは思って居なかったがなぁ、あんな虫けら――」 操った人間を『虫けら』と呼ぶと、術士は弓を手にする。 『進むぞ!』 倒れ伏す人々を避けると、開拓者達は身を低くし一気に術士へと向かう。 それを見やると、術士が矢を番えた――。 「させないわ!」 前衛より先に己の射程に術士を収めていた庚。銃を撃ち、素早く次の装填に入り二撃目に備える。 それを援護するように、エグムの矢が術士の矢を番える腕に突き刺さる。 「この距離ならば、私も負けませんよ?」 「ほほーう、いい腕前だ。俺とどっちが強いかなぁ?」 受けた矢を抜き取ると、術士は凄まじい速さで矢を番え、射ち放った。 術士の高速の矢がエグムへと襲いかかるのに、羅喉丸はいち早く気づく。 ガキィン!! 手にした黒光りする盾が、自らの後ろに立つ者たちを守ろうと矢を弾いた。 「ほほーぅ、邪魔するかぁ。では此れはどうだぁ〜!」 術士の声が羅喉丸へと襲いかかる。 「くぅ‥っ」 「羅喉丸さんっ」 レティシアは歌を奏で羅喉丸が呪いの淵へ落ちぬようサポートに入る。 「皆、伏せて!」 声には出したが聞こえるかどうか――庚は術士目がけて駆ける仲間に当たらぬよう心がけながらも、術士の胴目掛けて弾丸を放つ。 「キサマの弾には当たらぬわぁ」 術士は下品た笑いを浮かべると身体を動かす。――其処で弾は軌道を変えた。 「ぅ、‥がぁ‥っ」 庚の弾丸は彼女の思いの通りカクンと曲がると術士の喉へと被弾し、術士は喉に開けられた風穴から血を噴出した。 「――っ!」 機を合わせ、前衛が術士へと踊りかかる。 まずは知沙。居合いを以て一撃を喉元へ。 次いで雪斗。 「何度も‥お前の手の上に立つのは御免なんだよ!」 低い姿勢から、渾身の突きを叩き込む。 「素手で戦うのが泰拳士だけの特権と思うなよ」 そして竜哉。喉から噴出した血に塗れる肩を掴むと、地面へと叩き付けた。 「―――!」 叩きつけられた身を反転させると、術士はそのままの体勢で竜哉目掛けて矢を放つ。 「く‥ぁ‥っ」 肩口を矢が掠め、竜哉の着物を血が染める。 呻く竜哉の声は聞こえずとも、鳳珠はすぐさま癒しを施した。 「面白い、我を地に倒すとはなぁ‥‥」 にやりと笑うと術士は立ち上がる。――その喉に開けられた風穴は、見る間に塞がっていく。 『回復――!』 それを目の当たりにした開拓者たちは驚きの表情を見せる。 術士はそれを嘲笑うように、大きく口を開けた。 響く声は、知沙、雪斗、竜哉の脳を揺さぶり惑わそうとする。 「――っ」 三人は耳栓の力と、自らの心を以ってその声に歯向かい、必死で抗った。 ● 「―――?」 術士の胸に重い衝撃が疾り、呪いの声が途切れる。 胸には、エグムの矢――。 「自らを癒す術を持つとしても、退くわけにはいきません」 ズガァン! 「うがぁっ!」 同意するように庚の弾丸が術士の左目を掠めるように撃たれ、術士は初めて『驚愕の声』を吐いた。 「くそぅ‥‥キサマらぁ!!」 怒り狂った術士は、念を込めた矢を庚とエグムに向けて放つ。 それは、羅喉丸の盾も及ばぬ速さで襲いかかった。 「あぁっ!」 庚の声が上がる。 肩を貫かれ、銃を取落とし、地へと着いていた膝を折る。 「危ないっ」 レティシアがすぐさま再生されし平穏を奏で。 庚を癒すようにと、目配せで鳳珠を促す。 「庚さん、すぐ癒します」 しかし、鳳珠が庚へと駆けるその脚へ術士が狙を定め、矢を番える。 「小賢しい癒し手め。行かせはせぬぞぉ!!」 「射させはしない」 動きに反応した雪斗が跳躍し、自らの体重をその踵に乗せ術士の頭を撃つ。 同時に、知沙の炎に包まれた刀が術士の喉元を切り裂いた。 「ぅ‥‥ぁ‥」 術士の視線が虚ろとなり、切り裂かれた首がおかしな方向へと傾く。 『今だ――!』 お互いの声は聞こえずとも、開拓者達は今がチャンスだと理解する。 竜哉の拳が傾いた頭を打ち、羅喉丸の放った骨法起承拳が更に喉元の傷を深くする。 「オ、ノレ‥‥」 術士の呻くような声。裂かれた喉から、空気の漏れる音がする。 頭がぐらんと傾いたまま、視線を動かす。 視る先には、戦い済めば己が獲物にしようと目論んでいた幼き娘――レティシア。 あの娘を奪うことができれば、我はまた力を蓄えられる――。術士の瞳は、獲物を狙う獣のように輝く。 『こちらへ、来い』 レティシアの脳に、術士の声が響く。 「危ない!」 エグムが咄嗟にレティシアの前にと立ち矢を番える。 「外道が!」 同じく視線の行く先、術士の思惑に気づいた羅喉丸も、盾を手にレティシアの方へと駆ける。 「‥‥っ!おのれ‥おのれぇぇぇぇ!!」」 レティシアへの道は、黒の盾と再び己の喉元にダメージを与えたエグムの矢に遮られた。 術士は憤怒の声を上げ、矢を抜き取り己の傷を塞ごうと手を添える。 しかし、その動きは知沙の斬撃によって阻まれる。 傷を塞ぐことを阻まれた術士は知沙へと矢を放つが、彼女は即座に身をかわすと更なる反撃へと転じる。 更に、竜哉の攻撃が術士の胸を打った。 開拓者たちの畳み掛けるような攻撃は、術士の回復を凌駕する。 幼い娘より力を得る事も阻まれた術士は、傷を癒すことも出来ず。 「――観念なさい」 打ち抜かれた側を支えにして庚が撃った弾丸は、術士の脚を崩し。 「くそぅ‥、今日はここまでかぁ‥」 足を崩されながらも逃げに転じようと踵を返す術士の前を、人影が塞ぐ。 「今度は逃がさないよ‥。二度とこの天は拝ませないさ」 逃げに転ずるのも想定済みと、あらかじめ後方に回り込んでいた雪斗が再び術士の脳天に踵を食らわした。 「ご‥ぁ・・」 千切れかけていたアヤカシの首はごろりと地へ転がり。 胴と頭が黒い霧となって霧散する。 「‥せめて静寂に眠れ‥。その罪を罰するのは他ならぬ自分自身なのだから」 術士の身体が消え去った事を確認すると、雪斗はアヤカシとなった魂へと追悼の言葉を呟いた。 開拓者達は勝利を確認すると耳栓を外し、互いの無事を確認しあう。 「備えあれば憂いなしか。普段は使わないとはいえ、集めておいたかいがあったということか」 呪声が即座に効かなかったのも、攻撃の低下は元より耳栓のおかげだろうと羅喉丸が息を漏らす。 「知恵を備えたアヤカシの厄介さを思い知ったって感じ‥‥」 この一件で終わってくれればいいけど‥。知沙は呟く。 「ともあれ、この事件は片付いた。早く戻ろう」 仲間の声に頷くと、開拓者達は山を降りる。 ふと――、エグムが脚を止め振り返る。 「行いを悔いなさい――いえ、アヤカシに言っても意味がありませんか」 霧散した瘴気が昇った天を見上げ、呟いた。 ● 開拓者達はギルドへ出向いて来た新九郎と対面し、席へと着く。 「その後、姫君の様子は?」 「まだ日毎魘されておいでだ。――しかし、今夜からは安心して御寝み頂けるだろう」 ありがとう。と、新九郎は開拓者たちへ深く頭を下げる。 「‥‥もし今後も何かあるようなら、また此処に来て伝えてくれ」 姫へ向けられていた呪いが今回の術士の思惑だけなら良いが、『第三の相手』に呪われてないか心配ではあるしな。 雪斗が告げると、新九郎も心同じであると頷く。 鳳珠は、解術の法を姫に行う許可を貰えないかと新九郎へと問い、姫君という身分故すぐは難しいが、何かあれば必ずお願いすると返事を貰う。 姫君という身分。という言葉を聞いて、やはり面会は叶わないかとレティシアは少し肩を落とす。 しかし、すぐ気を取り直して新九郎へと手を差し出した。 開いた手の中にはレティシアの笑顔を思わせるような、可愛らしい香り袋。 「歌で心を和ませて差し上げたいけれど、それは難しいと思いますから‥‥暗く冷たい冬が終わり、春が巡りますように」 「済まぬ‥‥このような娘御にも助けて頂いたのに。我は何一つ出来ずに‥‥」 姫君と然程変わらぬ年であろうレティシアからの心遣いに、新九郎は香り袋を握り締めた。願いを込めた春の香り袋は、程なく姫君へと届けられるだろう。 庚が、その傍らに花と御守りを置く。 「これも一緒にお願いね」 認めた手紙も渡すと、新九郎は頭を下げる。 「さて、と。早く姫様に終わったって伝えてあげないとねっ」 知沙の声に新九郎はギルドを後にする。何度も何度も振り返り、頭を下げながら。 姫君の手には、春の香りの香り袋、花、御守り。そして――。 『頑張った自分に免じて、今くらいは身心を休めて、甘えておきなさいな。――何でも、いつでも、力になるから。』 こういう時に気の利いた言葉が浮かびづらいのよね‥‥、と言いながら。それでも、必死に考えてしたためた言葉。 本人曰く、可憐ではない。――けれど、強く美しい千鶴の長の精一杯の心遣いの言葉。 優しい言葉と春の香りに守られて眠る姫君に、もう怯える夜は来ない。 |