春はまだ遠く
マスター名:叢雲 秀人
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/15 21:47



■オープニング本文

 暦の上では冬は過ぎたものの、まだ路地裏や日陰に雪が残る日々。
「まだ春は遠いのう」
 その村ではそんな言葉が、挨拶となっていた。

「大変じゃぁ!死人じゃ、死人が出よったぞ!」
 ある日――。その日も朝から雪が降り続き、村人たちは建物を押し潰そうとする雪を降ろす作業に総出で取り掛かっていた。
 この雪を降ろしてしまわなければ。そう思っていた村人たちを穏やかではない言葉が襲う。

「なんじゃ‥、これは凍って死によったのか‥」
「むごい事じゃ、まるで眠っているようではねぇか」
「大方、酒に酔って帰る途中、外で眠っちまったに違いねぇな」
 村から僅かの距離にある森で眠る遺体。 
 村人たちは、遺体を丁重に葬った。

 しかし、事件はこれだけではなかった――。
 体中の熱を奪われ、凍ってしまった遺体は日々増えていく。
 村人たちはそれを、都度丁重に葬っていく。
 気づけば村の周りには名もない墓標ばかり。
 何故、こんなことに?

 古くからその地で生活を営んできて、今までこんな事はなかった。
 近隣の村にそれとなく尋ねても、当然そんな事は起きていない。
 何故、この村だけが、こんなに沢山の死人に――。

 そして雪は降り続ける。
 年が明けてから一度も晴れることのない曇天の空。
 それは、雪を降らせることを止めようとはせず。
 連日の雪で食料も底を尽き始めた村人は村の外で食料を探す。
「また死人が出たか」
 行く先々で見つける、凍った死体。
 これで幾人目の死人だろう。今までと同様に身を凍らせて死んでいる。
 村の男がため息交じりに、その遺体を葬るために村へ連れて戻ろうとする。

『お前の命を頂戴‥‥』
「え――?」
 不意に、後ろから声がした。
 村人は死体を背負ったまま振り返る。
 その先に立つのは、真白の髪、真白の着物、真白な肌の娘――。
「ひ‥‥っ」
『お前の――命を頂戴』
 真白な娘は紅い唇で微笑んだ。
 その笑みに、村人は今まで恐怖に怯えていた顔を蕩ける様な笑顔に変え。
 真白な娘は村人の頬に触れる。
「あぁ‥‥」
 男の声は、降りしきる雪に溶け込むように消えていった――。 


 悲痛な叫びは、降りしきる雪に吸い込まれていった。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
葛城 深墨(ia0422
21歳・男・陰
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
八条 司(ib3124
14歳・男・泰
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
袁 艶翠(ib5646
20歳・女・砲


■リプレイ本文


 雪女の討伐。
 それが、今回開拓者に課せられた使命である。
「‥雪美人を見に。面白いものは見ておきたい質でな」
 雪女が美しいと聞いた尾鷲アスマ(ia0892)は興味深そうに呟く。
「偶には氷雪の美女と戯れてみるのも、一興かと思ってな‥もっとも、ひと所に縛られるのは勘弁だが」
 アスマの言葉に、その気持ちわからなくもないな。と、ロック・J・グリフィス(ib0293)が、周りに広がる雪景色の如く爽やかに微笑む。
「ま、『触れる事も出来ない残念美人』って多いけどね?」
 達観したように、竜哉(ia8037)は言い放った。
「いいね、自分の式のイメージにぴったりだ。 式を作る上で何かヒントになればいいな」
 美しいアヤカシ、雪女。当然の事ながら、笑い、喋ることが出来る。その姿から少しでも何かを学べればと、葛城深墨(ia0422)は、雪を一掬い手に取ると辺りを見渡した。
「僕は、むしゃしゅぎょーってやつで、格好良く強くなるためにもっ」
(‥あとちょっと気になりますしね、雪女)
 どちらの気持ちが勝るのか、元気に拳を握る八条 司(ib3124)。
「男ばっかりが被害にあってるのよね。どんな姿なのかしらね」
 その好奇心に押されるように袁艶翠(ib5646)も、己の興味を口にする。
「さてさて、まずはその雪女を探さないといけないなー。まぁ、こっちには男もいるし、見つけるのはそう難しくないとは思うが」
 水鏡絵梨乃(ia0191)は、男性陣を見回すと、一面の雪景色の中、山中へと一歩踏み出した。
「魅了された場合も想定しておいた方がいいかもしれません」
 鳳珠(ib3369)は、絵梨乃を追いかけようとする仲間たち――、特に男性を中心に加護結界を付与しつつ移動を開始する。

 サクッ
 雪深い、山中。
 予め準備していた『かんじき』を装着し、進む。
 かんじきを使わねば、雪女と合間見えても一歩も動けずに倒されて居たかも知れない。
 開拓者達は、雪山の恐ろしさを噛み締めながら歩を進め、雪女を捜す。
「どうやらこの辺りに、逃げ延びた者が潜んでいる様子も無いようだな」
 アスマは雪女を捜しつつも、周囲の地形の確認や探索を怠らず。
 生き残って隠れている者等が居ないか、洞穴などを発見すると中まで確認している。
 絵梨乃は持参した古酒で喉を潤し、来るべき戦いに備えながら山中を移動する。
 その腰に何者かの手が触れる。
「何をしてますかー?」
 普段から仲の良い司が、腰にじゃれついてきたのだ。
 絵梨乃はくすりと微笑むと空になった瓶をしまい、司の頭を撫でた。
「遺体があったっていう場所に行ってみれば、会えるかな?」
 深墨は一つの仮説に行き当たった。
 雪の中、闇雲に歩き回っても体力を無駄に消費するだけだ。
「そうだな。今までの犠牲者がどこ歩いていたのかを辿ってみよう」
 意見に同意した竜哉は先頭に立つと、村から聞いていた遺体の見つかった場所を辿って行くことにした。
 

 遺体の発見された数か所を巡った後、数本の木が立つ少し開けた場所についた。
 昨夜からの大雪の影響か、足跡一つない新雪が開拓者たちを迎える。
「この辺りだな」
 一本の大木。その根元で一人、凍っていたと聞いた。
「ならば俺達が囮になって、そのお嬢さんの方から出向いて貰うとするか‥」
 美しい薔薇に触れながら、グリフィスが新雪の中へと脚を踏み入れる。
「不意打ちが最も怖いですから、瘴索結界で警戒します」
 鳳珠の身体が僅かに輝き、結界を展開する。
「後は上手くおびき寄せられるか、だな」
 竜哉・アスマ・司・深墨も開けた場所の中央へ立つグリフィスの方へと向かう。
(格好の良い人が多いから自分に魅了が来るのは最後だろうな)
 深墨がそんな事を考えた時、辺りが急に暗くなり猛烈な風が新雪を巻き上げた。
「く‥っ」
「きました」
 自らの結界に現れた巨大な瘴気を察知した鳳珠が伏せていた瞼を開く。
『お前の命を頂戴‥‥』
 美しく甘い声が開拓者たちの頭に響く。
 白い着物に白い肌、白く長い髪を煌かせ――雪女は空から舞い降りてきた。
「お前の――温かいぬくもりに包まれたい‥‥」
 雪女は新雪の上を滑るように移動する。
 白く細い腕をすぅっと伸ばし、美しく赤く光る唇で微笑む。着物から垣間見える腕も白く艶かしい。
「お前の温かさを、頂戴――?」
 見つめる先、微笑みを投げかけた相手は――高貴な薔薇を手にしたグリフィス。
 グリフィスを求め、伸ばされる腕。魅了の瞳が迫る。
 しかし――グリフィスから立ち上るオーラが誘惑を弾き飛ばした。
「――?」
 雪女の美しい顔が怪訝そうに眉を顰める。
 今まで自分が『食ってきた』男たちで、自分の誘いを拒むものは居なかった。
 その力に、僅かながら狼狽する。
「私を‥‥拒むの?」
 グリフィスが魅了へと堕ちなかったことで、雪女の声が怒りに満ちる。
「ならば――」
 白い掌をすうっと上に上げると、グリフィス目掛けて氷の礫が降り注ぐ。
「く‥‥っ」
「治療を――」
 咄嗟に回避し損ねて受けた傷に、鳳珠がすぐさま癒しの力を発動する。
「加勢する、一旦退け」
 アスマの薙刀が煌く。それは雪女の背中を一刀、切り裂いた。
「今のうちに体勢を整えて」
 遠くから声と共に銃声。艶翠の撃った弾丸は雪女と近接する仲間を避けるように飛んでいく。
 どう見ても当たらぬ方向へ撃たれた弾丸に雪女は興味を示さず――。
「く‥‥ぁ」
 次の瞬間、赤い唇が苦痛に歪む。
 艶翠の撃った弾丸は角度を変え、雪女の胸へと命中した。
「射線上に味方がいて邪魔なら、射線を曲げればいいのよ。おばさんから逃げれたら、それは称賛ものね。」
「ぅ‥女、‥許さない‥‥」
 美しい顔を苦痛に歪め、雪女は艶翠を睨みつける。
 パキン
 雪女から艶翠目掛けて氷の道が走り、彼女の脚を縛り付けた。
「あれが凍結による脚封じか」
 絵梨乃はどのような凍結なのかを懸念していたが、どうやら一瞬で凍りつかせるらしい。
 ならば自分の行動は決まった。
 艶翠に注意を奪われたままの雪女目指して、移動を開始する。
 その間に雪女へ攻撃を仕掛けたのは司。
 一撃にバランスを崩した雪女はよろめく。
「ふんっ、どんなもんですかっ」
「――邪魔しないで‥」
 雪女の視線が自分をよろめかせた司へと向き、微笑む。その一瞬で司は魅了へと落ちる。
「ぁぅ‥‥‥‥んっ」
 司の目つきが変わり、雪女へとふらふらと向かっていく。
「司、許してくれ」
 魅了に操られ虚ろになった瞳に映るのは絵梨乃の掌。
 パァン!!
 豪快な平手打ちが司の頬に炸裂する。
「いたぁっ!?」
「――邪魔するのは、いつも女ね‥‥」
 絵梨乃の平手打ちで司が正気に戻った事を見て取ると、攻撃目標を絵梨乃と定めた雪女の美しい手が閃いた。
 その手へ、絡みつくもの――。深墨の式『黒絵』が雪女の動きを封じる。
 礫を打ち損ねた雪女は式を剥ぎ取ると開拓者たちへ向き直る。
 再び手を閃かせ、絵梨乃へ礫を放つ。先ほど撃たれたものより、大きさも数も勝る。
 しかし、その弾道を塞ぐ影が二体。
 アスマとグリフィスが大振りの武器を閃かせ、絵梨乃へ襲いかかる礫を弾き落とした。
「これが熱い吐息であれば、喜んで受け入れた所だが」
 ゆるりと微笑むグリフィス。
「――」
 雪女は絵梨乃との間に入ったグリフィスとアスマを見つめ、その視線を一点に絞った。


「命を頂戴――」
 言葉と同時にアスマの脚が凍りつく。雪女は宙を滑り、次の標的――アスマへと接近する。
「暖かい‥‥」
 雪女の白く細い手が、アスマの頬に触れる。
「アスマを援護して」
 艶翠の指示に、雪女の行動を阻止しようと開拓者たちが動く。
「大丈夫だ」
 アスマの体から凄まじい剣気が噴出し雪女を払いのける。
「ぁあ‥‥っ」
「‥‥俺が、誰ぞに命をくれてやると思ったのか」
(民に目もくれず只管に一途な美人なら、解らなかっただろうが‥)
 足の自由を奪っていた氷を柄頭で打ち砕きお前では役不足だとでも言うように、雪女を一瞥した。

「私を、拒むのね‥‥ならば――全員死ぬがいい」
 アスマとグリフィスには完全に退けられ、司には効果があったものの、精気を吸い取ることは阻止されている。
 ならばもう要らぬ。と、雪女はその美しい顔に残酷な笑顔を浮かべる。
 両手を高く上げ、振り下ろす。
 開拓者たちを一度に撃つような氷の礫が降り注ぐ。
「あぅっ!?痛い痛いっ!」
「‥‥くっ」
 弾丸のような強い礫が開拓者たちを傷つける。
「癒します」
「俺も手伝おう」
 複数の仲間を同時に受けた傷を癒すため、鳳珠の閃癒に合わせ深墨も自らの式を放つ。
「負けるかっ」
 傷から回復した絵梨乃が素早い速さで雪の上を駆ける。
 その動きに反応するように雪女は絵梨乃の足元を凍らせようとするが、絵梨乃の速さはそれに勝り。
 駆ける後ろから迫る氷を物ともせず一気に詰め寄ると、雪女へと蹴りを放った。
「く‥ぁ‥っ」
 雪女の顔が苦痛に歪む。傷ついても尚、美しいその顔を見据え竜哉は雪女の首を掴み、声を抑え込む。
「確かに美人だな、だがそれだけだ」
 その美しさには深さも重みもなく、心を打つものではない。
 竜哉の瞳には一点の迷いも無く。『アヤカシを狩る』その一点に心を集中し、拳を打ち込んだ。
「――っ」
 雪女は声にならない悲鳴と共に、地へと落ちた。
 畳み掛けるように絵梨乃が脚を振り上げる。
「行きますよっ!」
 絵梨乃の蹴りが当たると同時に、司の蛇拳が雪女の美しい顔に炸裂した。  
「は‥私の顔が‥‥ぁ」
 雪女は自らの頬に手を添え、ゆらりと立ち上がる。
「私の、美しい顔が‥‥」
 ピシピシと新雪が音を立てる。雪女の怒りが伝わるように、足元から徐々に氷が侵食し開拓者たちへと襲いかかる。
 まるで砦のように雪女の周りに氷が敷き詰められていく。前に出ていた竜哉たちは、巻き込まれぬように後ろへと下がる。
「火をつけます」
 鳳珠ががヴォトカを振りまき松明で火をつける。
 氷の上を液体が流れ、それを追うように炎は氷の中心に居る雪女へと迫っていく。
 炎を避けるように後ずさると、雪女は僅かに眉根を寄せた。
「これしきの炎では、私を溶かす事はできない‥‥」
 雪の上での炎は、アルコールがなくなれば消えてしまう。
 しかし、雪女への道は氷から雪へと変化し、再び接近戦を可能とした。
 雪女は再び礫を降らせる。 
 降り注ぐ礫を避けるように絵梨乃、アスマ、司が動き、竜哉が雪女へと迫り、手を伸ばす。
 伸ばされた手を弾き、雪女が竜哉の脚を凍らせ、その手を振り上げた。
 ガァン!!
 艶翠の弾丸は仲間を避けるように急な角度で曲がり、雪女へと襲いかかった。
 弾丸は、振り上げた白い腕を撃ち抜いた。
「あぁぁぁぁっ」
 雪女の紅い唇から悲鳴が上がる。
 白い腕を白い手で覆い、後ずさる。
 其処に一気に間合いを詰める、炎のような赤い影。
「生憎、お前一人に縛られてやるわけにはいかないんでな‥‥雪は儚く消えてこそ美しい、ロック・J・グリフィス、参る!」
 雪女の胸に、深々と槍が突き刺さり――。
「ぁ‥‥」
 己が胸に刺さる楔に、美しい瞳を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「美人薄命に則って、潔く散ると良い」
 アスマの声が静かに響き、薙刀が一閃煌いた。


「やっぱり、見つからずに居た人も居たんだな」
 静かになった戦場近くを探すと、何体かの遺体を見つけた。
 開拓者達はそれを見つけると、背負い担いで村まで運ぶ。
 弔いの場所を借り、アスマは甘酒を供える。
「‥なんだ。甘酒は暖まるだろう?」
 開拓者たちの視線に答えると、土まんじゅうへと手を合わせる。
「舞を舞わせていただきます」
 鳳珠が静かに舞を舞う。今弔った命――これまでに消えていった命にも、鎮魂を――。

「戻ろうか」
 弔いの場を借りた礼を告げると。開拓者達は村を後にする。
「まったく、魅了なんかされて」
 絵梨乃の言葉に、司は頬を赤らめる」
「まぁ、無事だったからよかったけどな」
「えーへーへー」
 無事を喜び絵梨乃に頭を撫でられた司は、嬉しそうに絡まる。

「さて、これでようやく春を迎えられそうかな」
 深墨は白く霞む空を見上げる。
 立春を過ぎたとは言え、未だ雪の降り積もる日々。
 せめて、人々の心だけでも―――春来たらん事を。