情念外伝=三郎太=
マスター名:叢雲 秀人
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/24 21:14



■オープニング本文

 夕暮れが辺りを包む中、砧 三郎太(きぬた さぶろうた)は振り返り街道を見渡した。
 どうやら、城から自分を追ってくる者は居ないようだ。
 城主からの信頼もあったからだろう、この命取られることなく生きながらえることが出来た。
 しかし、それでも刺客のような追手がある可能性もある。そう思い、様子を伺っていた。

 安堵の息を漏らすと、三郎太はまだ遠くにけぶって見える城を見やる。
 今朝方まで居た城。幼くして召し抱えられた、あの城。
 ――自分の人生、全てだった場所
 まだ召し抱えられて間もなくの頃、姫君と出会った。
 姫君のお傍に付くことになってから数日で、自分は姫の『お気に入り』になった。
『三郎太、そなたはわらわの傍に居ればよいのじゃ!』
 その言葉は、途切れることはなかった。
『姫様のお望みとあらば』
 返した言葉通り、ずっと傍に居るつもりだった。
 今も思い出せば耳に蘇る姫の声。
 幼いころからその身を守り世話してきた姫君。
 いずれ、この城の主となっても傍で支え、この国の繁栄の手助けをしていくつもりだった。

 けれど、時が過ぎ愛らしかった姫君が美しく成長した頃、事態は急変した。
『わらわに縁談!?』
 隣国と同盟を結び国の守りを強固にするために持ち上がった、姫君の縁談。
 他国へ嫁げば、ついて行ける者は限られる。
 身の回りの世話をする侍女などならともかく、男であり侍である自分はついていけないだろう。
 姫君の傍に居られるのも此れまでか、そう思っていた。
『嫌じゃ!わらわは嫁いだりはせぬ!父上へ断って参れ』
 姫君の言葉に咄嗟に我が耳を疑い、顔を上げる。
 自惚れかも知れないが、我が身を想い、出た言葉ではないかと思ってしまう。 
 その先では、姫君が自分をじっと見つめていた。まるで、燃えるような炎を秘めた瞳で。
『三郎太、判っておろう?‥‥わらわはそなたと離れとうない』
 姫君の思いを告げられた瞬間、申し訳ない思いと同時に、得も言われぬ幸福が自分を包んだ。
『けれど、わらわはそなたとは添い遂げられぬ身・・・・それは判っておる。だからせめて三郎太、傍にいておくれ・・・・。わらわの傍に、ずっと・・・・』
 嫁げば離れなければならない。だから、嫁ぎたくはない。
 自らを求め、思いを抱いてくれる。その姫をどうして拒めようか。

 しかし――。
 しかし、それは最早、許されぬこと。
 姫君は和平のため隣国へと嫁がなければならない。
 そして、自分はそれにはついて行けない。
 姫は自分だけの我を通すわけには行かない。
 何より、姫には私情を抑えて国のために生きることを学ばなければならない。
 自分が傍に居ることは、姫の為には為らない――。
 姫は――姫。自分は、その家臣。
 結ばれることはない二人――。だからこそ、ただ傍に居たかった。
 美しくャ長していく姫君を、大切に、見守って居たかった。
 けれど、もうそれは叶わぬこと。

『三郎太、お前には良い縁談を用意する。即刻この城から出て行くがよい』
 城主へと現状を告げ、共に姫君の想いを伝える。
 このような結果になることは容易に想像できた。
 本来ならば打ち首になってもおかしくない事態で、出て行けと言われて済んだだけでも良かったのかもしれない。
 生き延びることが出来るのならば――婚礼に向かう途中で行方をくらまそう。
 そして、城近くの山中から見守って居よう。
 姫君の幸せを、そしてこの国の安泰を。

「――苑姫様。どうか末永くお幸せに」
 三郎太は、今一度愛しい姫君の顔を思い浮かべると、街道を外れ山中へと身を投じた。


「こんな山にヒトとは珍しいのう」
 山中、身を潜める場所を探す三郎太に、突然背後から声がかかる。
 先ほど辺りを確認した時に、この山へ向かう街道に人など見えなかったというのに。
「な、何者だ!」
 ただならぬ気配に即座に振り返り身構える。しかし、其処には誰も居ない。
「ん、俺か?手ごろな器を探してたってトコロかなぁ。お前、いいところに現れたぞ」
 ケタケタと笑う声に、これは人ではないものだ。と、背筋が寒くなるのを感じる。
「我に何をする気だ!」
 刀を抜き、構える三郎太。しかし、その声の主は未だ姿さえ現して居らず。
 けれど、それだけに不気味さを漂わせている。
「大したことはしねぇよ。‥‥その体をもらうだけさぁ」
「―――っ」

 
「うわぁ‥、ひでぇなこりゃぁ‥」
「なんだ、この血は‥獣にでも襲われたのかぁ?」
「殺されて食われたかのう‥、むごたらしい事じゃ」
「何か、身元がわかるものでもあればいいけどのう‥」
 数日後山中に入った狩人が、血しぶきが飛び散った一角を見つける。
 その場に残された遺留品から、その血の主は『砧三郎太』だということが判った。
 アヤカシに襲われ、殺された砧三郎太。
 アヤカシに食われた男。後世への記録には、そう残された。 

 しかし、数年後――。

 開拓者ギルドに貼り出されたアヤカシ討伐の依頼。
『アヤカシ、三郎太の討伐をお願いします』
 アヤカシに襲われた三郎太は、いまだ我が身をアヤカシに奪われたまま。
 その身を現世に遺していた。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
八神 桐葉(ib4849
20歳・女・シ
鞍馬 涼子(ib5031
18歳・女・サ
天城 空牙(ib5166
17歳・男・志
赤い花のダイリン(ib5471
25歳・男・砲


■リプレイ本文


「‥‥久しく。本当に久しいな、ここまで怒りを覚えるのは」
 山中、三郎太を探すため移動する中、心眼を使用するために言葉少なだった皇りょう(ia1673)が口を開く。
 その怒りに満ちた声に、天城空牙(ib5166)は依頼を見つけた時の事を思い出す。
 開拓者ギルドの掲示板に張られていた依頼書――。
『アヤカシ、三太郎の討伐を願います』
「喰われたのか‥」
 普段は滅多に依頼に出ることがない空牙。けれど、この依頼書からは目が離せず。
 淡々と言葉を発したにも関わらず、その声は隠し切れぬ熱が溢れていた。
 犬神・彼方(ia0218)は、手にした煙管を一つ振る。
「愛した姫の為に、そしてぇその想いの果てに‥こんなぁひどい結末じゃ、死んでぇも死にきれねぇな‥‥だからせめて、俺達の手でぇ終わらせよう」
 三郎太の身体には、未だ姫君への想いが遺っているだろう。その身体を一刻も早く天へと返そう、と。
「‥いつの世も、悲恋の物語は切ないものですわね。それを愚弄するアヤカシは滅しなければなりません。早めに三郎太様の魂を解放して差し上げましょう」
 仲間たちからつかず離れず。アヤカシの襲撃に警戒しつつも、八神桐葉(ib4849)は彼方の言葉に頷いた。
「まさか三郎太も、とは‥‥。はやく姫のもとに送ってやりたいな‥‥」
 前を進む鞍馬涼子(ib5031)は、ふと脚を止め、胸の内の痛みに耐えるように山中を見やる。
 その傍らには、恋人の雪斗(ia5470)。涼子を労わるように肩に手を添えると呟いた。
「救われない‥とは言わない。ただ‥‥自分達に出来る事を、できる限りやってやるだけ‥さ。――それがどんな形であってもね‥」
 水鏡絵梨乃(ia0191)は歩を進めながら古酒を口に含むと、何かを思うように瞼を伏せた。


「‥‥気配が減ったな」
 更に山の奥へと進むと、りょうは心眼で辺りの気配を確認する。
 山ゆえに、獣の気配も拾ってしまう心眼だが、獣は逆にアヤカシが居れば逃げるだろう。気配が減れば、アヤカシが居る可能性が高い――。
「では、こちらへ誘き出そう」
 涼子は大きく息を吸い込むと、大地を揺るがすような咆哮を上げる。
 ガサリ。
 その声に反応するように、茂みが音を立てた。
 茂みからゆっくりと出てきたのは男。涼子へと視線を向ける。
「三郎太、か――?」
 その瞳からは、最早、人の気配は感じられず――。涼子は武器を持つ手に力を込めた。
「苑姫は今もきっと、三郎太を探していると思うぞ」
 緊迫した空気に響く澄んだ声。
 男は、絵梨乃の声に振り返る。
「こんなところに留まっていないで、彼女のもとへ行ってあげてくれ。彼女を幸せにしてあげられるのは、三郎太しかいない」
 身体をアヤカシに盗られてから、数年。それだけの長い間存在していることすら珍しいことだ。
 その期間を経ても尚、人であったころの意識が残っていることはありえないだろう。
 それでも、絵梨乃は男――三郎太へと語りかける。
 寸分の可能性でもあるならば、それに賭けてみたかった。
「ぐ‥‥」
 男の顔が一瞬歪み、悲しげな顔を見せた。
「―――!」
 男は今にも泣きだしそうに眉根を寄せると顔を俯け――。
 絵梨乃は、もしやの期待を胸に男の様子を見守る。
 けれど、次に待っていたのは悲しい現実。
「――なぁんだ、この男の知り合いかぁ?」
 俯いたまま、クックックと笑い声を漏らし、次に顔を上げるとにや〜っと下品な笑みを浮かべた。
「ひゃーっひゃっひゃ、ソノヒメってぇ名前は聞いたことがあるなぁ。この男がおっ死ぬ時に、最期まで呼んでた名前だぁ‥‥。傷だらけで血まみれになりながら呼んでてよぉ、面白かったぜぇ?――まぁ、頂いちまったけどなぁ?」
 ゲラゲラと笑い、刀を抜く三郎太‥‥否、アヤカシ。
 絵梨乃は決断する。もう、戻らない――。それならば、自分たちで送るしかない。
 その傍らに長身の肩が並ぶ。
「世の中、ままならねぇことってぇのはよくあるが‥‥あぁ本当に、アヤカシってぇのは胸糞悪い。その器、返してぇもらうぜ‥その中に宿る想いの中に、てめぇが存在しちゃぁいけねぇんだ」
 彼方が槍を構え咆哮をあげる。自らへアヤカシの攻撃を引き付けようと吼え、轟く。
「このような展開になろうとはな。‥‥因果なものだ」
 りょうは怒りを抑えるように息を吐き出した。
 アヤカシの逃亡を防ぐよう側面に立ち上段に構える。手にした珠刀は、夕焼けにも似た光を作り出した。
 その光はアヤカシの攻撃力を弱体化させ。己の力が弱まった事に気づいたアヤカシは嘲るように嗤った。
「はっはぁ、こんな人間一人のために怒っちゃってょぉ。そんなに寂しがるなら、お前ら全員食ってやる。俺の中で仲良くすりゃいいぜぇ?」
 アヤカシは軽く跳躍すると、彼方目がけて刀を振り下ろした。


「ギャァッ!」
 しかし、叫んだのは彼方ではなく、アヤカシ。その肩には弾丸が炸裂した傷。
「俺の名はダイリン!人呼んで赤い花のダイリン様よ!アヤカシ野郎!テメェはこの俺の弾丸で直々にブッ飛ばす!」
 赤い花のダイリン(ib5471)は、銃口から硝煙を燻らせながら叫んだ。
 宙空で被弾し、吹き飛ばされたアヤカシ。
 地へと降り立つと体勢を整えながら肩口に手を添える。
「油断したなぁ‥。俺を見ても怯えねぇし‥‥。ははーん‥‥。―――貴様ら俺を『狩り』にきたのかぁ」
 アヤカシは軽く跳躍し、開拓者達と距離を置く。
「めんどくせぇなぁ、おとなしく喰われりゃいいものを」
 下卑た笑みを浮かべると両手を掲げる。
「くぁっ」
「あぁっ」
 目に見えない斬撃が前に居た開拓者達へ襲いかかる。
 運よく回避したのは、絵梨乃と雪斗。
 雪斗はこれを機にアヤカシへと詰め寄り、蹴りを放った。
 アヤカシは腕で蹴りを食い止めるとニヤリと笑う。
「‥‥君が、あの姫の伴侶となるべき男だったモノ‥‥か。皮肉な物だな‥せめて、魂の欠片でも残っていれば良かったのに‥」
 ギリギリと腕と足が軋んだ後、アヤカシが刀を抜く。
 その隙に、前に出た桐葉の炎が襲いかかった。
「人間に取りつき、弄んだその罪、死を以て償ってもらいます。‥‥燃え散りなさい」
 炎を避けるべく動いたアヤカシの足元がぐらりと揺れる。
「人の恋路を邪魔する奴は‥‥わかるな?」
 自らに湧き上がる怒りを抑えようともせず、涼子が地断撃を放ったのだ。
「うぉっ」
 アヤカシが地へと倒れこんだその体に、空牙が乗りかかり頸椎目がけて太刀を振り下ろす。
「ぐぁっ」
 しかし、アヤカシは攻撃をかわすと空牙の腹を膝で蹴り上げる。吹き飛ばされたように舞った体を彼方が受け止めた。
「おらぁ、くたばりやがれぇっ」
 空牙の息の根を止めようと、アヤカシは彼方もろとも思念の刃の的としようと手を振りあげる。
 その動きから次の攻撃を察知した桐葉は、再び炎を放ちアヤカシの動きを止める。
「邪魔くせぇ女だなぁ。てめぇも吹っ飛べぇ!!」
 桐葉は振り上げられた刀を真っ向から受け耐えるが、力の差で弾き飛ばされた。
「きゃぁっ」
 地面へと背中から落ちた桐葉をアヤカシの刃が襲う。
「くそっ」
 すぐさま身を翻し、空牙は桐葉に圧し掛かるアヤカシを羽交い絞めにし、太刀で斬り付ける。
 それをフォローするように、彼方の槍、ダイリンの弾丸がアヤカシへと襲いかかる。
「あぁぁぁっ、邪魔だどけぇぇっ!!」
 アヤカシは接近戦を仕掛けてくる空牙に憤り、復活した攻撃力を以て振り払い、上段から斬り付けた。
「うぁぁっ」
 アヤカシが渾身の力を込めた斬撃。空牙は倒れ、穴を埋めるように絵梨乃が前に出る。
 絵梨乃は、アヤカシの剣を上回る速さで蹴りを繰り出した。
「動きは見切った。反撃に移らせてもらう」
 絵梨乃の蹴りにアヤカシは吹き飛ばされ、背中から地へ落ち、刀を取り落す。
 その隙をついて倒れこんだ腹めがけて彼方の槍が突き刺さった。
「ぐぁぁっ」
 アヤカシは苦しげに呻くと腹に空いた穴に手を当てる。
「くそぉ‥‥、もう使い物にならねぇじゃねぇか、この体‥」
 この『器』はもう、使いものにならねぇ。次を探さねぇと‥‥。アヤカシは取り落した刀を拾うと、開拓者たちを品定めするように見やる。
 開拓者たちの怒りを煽るような行為――否、アヤカシ自身は己の欲に忠実なだけなのかも知れないが。
「この‥‥っ」
 空牙が、りょうが、涼子が斬りかかり、後方からダイリンの弾丸がアヤカシを撃ち抜く。
 負けじとアヤカシも傷つき動かぬ腕でも尚、刀を振るい。
 その斬撃は空牙を斬りつけ、りょうを吹き飛ばし。そして涼子へと手をかける。
 その腕を――雪斗が掴んだ。
「どうしてこうも救われないのか‥‥それでも、闘わなくちゃ駄目なのか‥?」
 三郎太と苑姫――過去を辿っても、未来なんか変わりはしないというのに‥。
 けれど――闘わなければならない。
 渾身の蹴りは、アヤカシの頭蓋を打ち砕いた。
 ぐらりと、アヤカシの体が傾ぐ。
「アヤカシよ、極彩と消え去るが良いッ!命を食らった輝きならば、死火の役割程度は出来るだろうよッ!」
 その体を担ぐように、空牙が懐に潜り込み、穴が開いたままの腹に太刀を打ち込んだ。
 太刀から発する炎はアヤカシ、否、『三郎太の体』を燃やすようにも見え、空牙は一瞬息を呑む。
 アヤカシに奪われたとは言え、傷つけることなく倒したかった。
 しかし、執拗に狙っていた頚椎への攻撃は、もう、難しい。
 空牙は思い切るように、打ち込んだ太刀を思い切り振りぬいた。
「姫はお前を呼んでいたぞ‥会いにいってこい‥‥送ってやる‥!!」
 涼子は『三郎太』へ向けて叫ぶ。ただ愛する者の為を思い命を落とした、哀れなる男――。
 せめて、早く送ってやりたい。それだけを思い、一刀、腕を斬り落とした。
「‥‥っ、女あぁぁあぁぁ!!」
 斬り落とされた腕に目を見張り、アヤカシは涼子へと飛び掛かる。
 その首に、錬力の全てを注ぎ込んだ槍が食い込んだ。
「すまん、すぐ楽にしてぇやるからな」
 彼方の言葉も、三郎太へ向けて。苦しみから解き放つように一気に貫いた。
「死者を冒涜する愚かさ、とくと後悔させてくれよう」
 これ以上、許さない。りょうの白く光る刃がアヤカシの胴を薙ぎ払い――。
 アヤカシの最期の叫び、大気に消えゆく身体。
 その刹那、アヤカシの頬を透明な雫が伝った。
「あ――」
 それは、涙。だったのだろうか。
 そして――、『三郎太』であった体は霧散した。
「せめて幸せに‥‥黄泉の灯りが二人を導くよう祈ろう‥」
 雪斗の声は霧散した体を追うように、風に溶けていった。


 戦後、三郎太の刀を持ち寺の門をくぐる開拓者たちの姿があった。
 そこは、苑姫が弔われる寺だった。
「これを、手厚く供養してやってくれ」
 ダイリンは寺の住職に、戦場跡に遺された刀を預けると、仲間たちの元へと戻る。
「供養は頼んできたぜ。‥‥姫さんの墓参り?‥‥あー、そいつは任せるわ」
 刀の供養が終わるまでは此処にいるつもりだが、その後は同行しないと彼は告げる。

 供養の済んだ刀を受け取ると、ダイリンを除く開拓者たちは苑姫の墓へと向かった。
 絵梨乃は苑姫の墓の前に立つと、久しぶりに見る墓に花を添えた。
 開拓者たちは苑姫の墓の隣の土を掘り、三郎太の刀を埋める。
 最早『彼』が遺せたものは此れしかない。
 せめて傍にと思い、そこに墓を作った。
 開拓者たちはそれぞれの想いを胸に、墓前へと手を合わせる。
「今回の一件で、この世に漂う2人の魂は天に昇っただろう。今度こそ、幸せになってほしいな‥‥」
 二つの墓に供えられた花。緩やかな風に吹かれて揺れる姿。
 どうか天でも二人並んでいるように。と、絵梨乃は呟く。
「これでお二人は、本当の意味で一緒になれたのですね。天国で幸せに暮らす事を願いますわ」
 桐葉は絵梨乃の傍らに膝をつくと、手を合わせる。
「体を遺してやれなくてごめんな。でも、きっとあの世には届いてるよな」
 空牙も手を合わせ、彼方、りょう、雪斗も後に続く。
「姫‥これでもう寂しくないな‥はは、少し感傷的すぎるかな‥」
 涼子は伏せていた瞼をゆっくり開くと僅かに苦笑する。
 それでも――思い人と離れ、もう寂しさを覚えることがないよう、そう願い。
 一同が弔いを終えると、戻る道すがらりょうが呟く。
「過去の出来事にああだこうだと言っても詮無き事ではあるが‥‥どこかに救いの道は無かったのかと思わずにはいられない。それぞれがお互いの身を案じたというのに、ことごとく裏目に出ようとは‥‥」
 一度限りだからこそ人生は面白い――と悟るには、私はまだまだ小娘だな。 悲しみに沈みそうになる心を自らの叱咤で奮い立たせ、墓を振り返る。
『ありがとう』
 風に乗って、声が聞こえた気がした。

「さぁて、行くか」
 今頃仲間たちは、苑姫の墓前に手でも合わせているだろう。
 ダイリンは、どうも姫の供養をする気にはなれず、寺を後にする。
「にしても‥‥あの姫さんの関係者は誰も彼もロクな事になってねぇな。もし生まれ変わってたら、今度は皆幸せに暮らしててくれりゃいいんだが」
 それでも、思うことはある。
 どうか、次の世では幸せであるように――。