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■オープニング本文 「異常だな」 「異常ですね」 自らが治める村を見渡した村長の呟きに、その息子が困ったように頷いた。 「前年の3倍‥‥いや、4倍はあるんじゃなかろうか」 「今年はそれほど、天候がいいわけじゃなかったんだが‥‥」 そう言って不安そうに村長を見るのは、2人の村人だ。彼らは村全体が見渡せる火の見やぐらの上で村を‥‥と言うより、村を覆うように生えている栗の木を見ていた。 “栗村”の通称で呼ばれているこの村は、その財源のほとんどを栗で賄っている。村の近くにあった山に自生していた野生の栗である柴栗を長い年月をかけて増やし、菓子などに加工して販売しているのだ。 と言っても、小さな村である。村人の7割を50歳以上の老人が占めるこの村では、近年では栗の栽培や加工の出来る人材も少なくなり、その収穫量も減っている、はずだった。 「なぜ今年に限って、こんな大量なんだ‥‥」 心底困ったように呟く村長に、息子と2人の村人も疲れの混じる溜息を吐く。その4人が立つ火の見やぐらの下を、背中に背負った竹かごに溢れんばかりの栗を入れた村人たちがぞろぞろと歩いていった。1人や2人ではない。今や村中の動ける者を総動員して、栗の収穫に当たっている状況である。 そう、村長たちが悩んでいる原因は、大量過ぎるほど大量に実ってしまった栗だったのだ。 「栗拾い放題とか」 「これから落ちるものはいいが、既に収穫したものについてはどうする?」 「これまで通り、まんじゅうに加工するには人手が足らんぞ。量が多過ぎる」 「それに、あまり作り過ぎても売り切れんだろう」 うーん、と顔を突き合わせて唸る4人の足の下では、今も次々と栗が運ばれて来ている。それを見下ろしながら、ぽつりと呟いたのは息子だった。 「祭りをやりましょう」 その呟きにきょとんとした表情を返した村長に、息子はピッと指を立てる。 「栗祭りです。客を呼んで、栗ご飯や焼き栗なんかを食べ放題にするんです」 「おお。良さそうだな、それ。村おこしにもなりそうだ」 「しかし、ただの食べ放題ではつまらんな」 「だったら何か目玉を作らんと」 「雪合戦ならぬ、イガ栗合戦とかどうだ」 「イガを投げるのか? それは危なくないか?」 「だったら、多少怪我をしても気にしないような者を募集すればいい」 そこまで話して、顔を見合わせた4人が大きく頷いた。村長は村を見渡し、固く握った拳を振り上げる。 「よし! 栗祭りを開催するぞ!」 カーンッと、村中に半鐘の音が鳴り響いた。 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 柚月(ia0063) / 風雅 哲心(ia0135) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 山本 建一(ia0819) / 巳斗(ia0966) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 皇 りょう(ia1673) / 嵩山 薫(ia1747) / 橘 琉架(ia2058) / 斉藤晃(ia3071) / 凛々子(ia3299) / 赤マント(ia3521) / 柏木 くるみ(ia3836) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 菫(ia5258) / すぐり(ia5374) / 設楽 万理(ia5443) / ソルカ(ia6687) |
■リプレイ本文 ●行き倒れ発見 「ふーん、ふんふん、くーりくりくり‥‥アレ?」 栗村へ続く道を鼻歌交じりに歩いていた柚月(ia0063)は、道の真ん中で倒れていた少女を見つけて立ち止まった。トトトッと近づいて、顔を覗き込む。 「どーしたの? 大丈夫?」 「‥‥お腹が‥‥減って‥‥」 か細い声で答えたのはすぐり(ia5374)だ。開拓者として里を出てから、まともな食事を取っておらず、遂に行き倒れてしまったらしい。うう、と唸るすぐりに、柚月は少し考えて、ポンと柏手を打った。 「ちょっと待っててね!」 そう言って、柚月が向かった先は栗村。 現在、絶賛栗祭り中である。 ●風世花団VS天風凛 「クウゥゥッ、リィッ!」 ひゅおっ! と風を切り、多数のイガが宙を飛び交う。その中を素早く駆け抜けたチーム『風世花団』の赤マント(ia3521)は、手にしたイガを渾身の力を込めて相手の的に投げつけた。だが、勢い良く飛んだイガは、チーム『天風凛』の凛々子(ia3299)が繰り出す気合いの入った手刀で叩き落とされてしまう。 「そう簡単にはやらせないわよ!」 「それなら、これはどうかな? 炎の魂充填完了! クリ! ソニック・オン・ファイヤー!!」 炎魂縛武をイガに纏わせた天河 ふしぎ(ia1037)が、一番低い的を狙う。そのイガを間一髪で避けたのは、丁度的の前でイガを投げていた天津疾也(ia0019)だ。 「あっぶね! 卑怯やろ、そんなん!」 「禁止とは言われてないからね!」 「あ、的!」 凛々子の叫びに天津が慌てて振り返ると、的には既に炎魂縛武の炎が燻ぶっていた。しまったと苦い顔をする2人に、風雅 哲心(ia0135)が声を上げる。 「まだだ! 先に一番得点の高い的を落とす! クリ!」 風雅が投げたイガが、『風世花団』の的を狙った。だが目の前に迫るイガに、それまでモグモグと栗饅頭を頬張っていた鴇ノ宮 風葉(ia0799)が動く。 「ご飯の邪魔しない!」 風葉の作りだした火種が、飛んで来たイガを燃やし落とした。炎の小さな余波が観客のところまで届き、試合を見ていた巴 渓(ia1334)がパタパタと燃えカスを叩く。 「無茶する奴だなぁ。まあ、開拓者同士の戦いなら良いか」 言いながらもぐもぐと栗ご飯を立ち食いする巴の横では、開拓者たちの戦いに観客が歓声を上げていた。それにハッとした天津が、思わず風葉にツッコミを入れる。 「‥‥て、そんなとこで饅頭食ってんなや!」 「‥‥このお饅頭、美味しい!」 「ちょ、聞けや!」 本気でビックリしているような風葉に、天津がツッコミ疲れたようにガックリと肩を落とすと、気を取り直すようにイガを振り被った。 「もう的は落とさせへんで!」 「何の! 今こそ特訓の成果を見せる時だ! 行くよ、赤マント!」 天河の言葉に赤マントが頷き、天河の元に駆け寄る。泰練気法・壱で身体を赤く染めた赤マントは、天河の組んだ手を足場にして高く飛び上がった。 「これが僕たちの特訓の成果クリ!」 「わぁ、凄いですわ!」 大道芸のような技を繰り出した天河たちに拍手を送るのは、観客席にいる礼野 真夢紀(ia1144)だ。先程までびゅんびゅんと飛び交うイガがチームの誰かに当たる度に痛そうな顔をしていた真夢紀だったが、存外楽しんでいるらしい。 「させるか!」 歓声が上がる中、赤マントが空中から一番得点の高い的を狙う。それを阻止せんと風雅がイガを投げつけるが、一瞬早く赤マントの手からイガが投げ飛ばされ、『天風凛』の的が倒された。 「終了ー! この試合、チーム『風世花団』の勝利!」 「やったー!」 時計を見ていた審判が赤旗を上げるのに、天河が歓喜の声を上げて風葉の首に飛びつく。だが、飛びつかれた方の風葉は、勝利以上に栗ご飯に夢中であった。 「‥‥栗ご飯も美味しい!」 「まだ食ってたんかい!」 今度は裏手付きでツッコミを入れる天津。もはや条件反射である。 「はぁー、まあ負けちゃったのはしょうがないわ。お土産でも買いに行こうっと」 「そうだな‥‥」 その横で凛々子と風雅は気の抜けたような様子で呟くと、出店へと向かって行った。 ●酒呑童子、酒を探す 「よお、勝ち進んだらしいのぉ」 「あ、来てたんだ!」 試合を終えた赤マントに声をかけたのは斉藤晃(ia3071)だった。 「栗酒を買いに来たんやが、どこに売っとるんだか」 「栗酒ならアッチで売ってたよ?」 斉藤の言葉を受けて赤マントが示した先は、1軒の酒屋だ。それを目に映し、斉藤が赤マントに礼を言って酒屋に足を進める。と、2、3歩進んだ先で、思い出したように斉藤は振り返ると、赤マントに栗饅頭を手渡した。 「それでも食って、適当に頑張れや」 「わー、ありがとう! 頑張るよ!」 手を振りながら仲間の元へ戻っていく赤マントに、斉藤も右手を上げて答え、再び酒屋へと足を戻す。 酒屋には祭りということで栗酒のコーナーが設けられていた。早速物色する斉藤の目に、1つの酒が飛び込んで来る。 「ほお、栗焼酎の5年ものか‥‥」 それは値段の高い酒だったが、思わずにやりとした斉藤は上機嫌で金を支払ったのであった。 ●栗ご飯食べ放題 「‥‥栗を食べる‥‥クリ」 そんなことを呟きながら、もふもふと栗ご飯を食べているのは柚乃(ia0638)だ。 「あとでお土産も買わなきゃ。栗のお饅頭と、甘栗と‥‥生の栗も買って行こうかな。甘露煮とか美味しそうだなー」 楽しげに指折り数える様子を、通りがかった老人が孫を見るような目で見て行ったが、これからのことに胸いっぱいな柚乃は気付かなかった。 「ご飯食べたら買いに行こうっと」 満足したように頷いた柚乃は、再び栗ご飯を食べようとして、ふと動きを止める。 「伊賀栗之介‥‥そんな名前の人っていそう‥‥」 ぽつりと呟いた言葉は誰にも聞きとめられることなく消えて行ったが、兎にも角にも祭りを満喫している柚乃だった。 「お弁当箱に詰めて持ち帰りはアリ?」 「流石にそれは‥‥お持ち帰り用も販売してますから」 「あら、そうなの?」 じゃあ後で買って行こうかしら。と呟きつつ、販売員から栗ご飯を受け取ったのは設楽 万理(ia5443)だ。キョロキョロと辺りを見渡し、座って食べれそうな場所を探していると、その目にイガ栗合戦の様子が映る。合戦には開拓者以外の力自慢な一般人も混ざっているらしく、歓声に混じって野太い悲鳴が聞こえてくることもあった。 「開拓者と当たった人たちは可哀想ね。イガが当たったところが抉り取られそうだわ‥‥フフフ‥‥」 もちろん、一般人相手の場合は手加減してくれるだろうが、万理は恐ろしいことを笑顔で呟くと、楽しそうな様子で合戦の見える場所に腰を下ろし、栗ご飯を楽しみ始めた。 「はい、静乃ちゃん。暖かいうちに、はよ食べよ?」 「あ‥‥姉様‥‥お金‥‥」 「あ、ええよー。いつもお世話になっとるし、な?」 藤村纏(ia0456)に自分の分の代金を払ってもらった瀬崎 静乃(ia4468)は、無表情ながら申し訳なさそうに頷くと、ぽつりとお礼を返した。それに纏は笑顔で静乃の頭を撫で、椅子に座るように促す。 「あのお饅頭も美味しそうやったね。後で買いに行こか。あ、そう言えばあそこに置いてあった耳飾り、栗の形してたん、気付いた? 可愛かったねー。静乃ちゃんは何色が好き? お揃いで買うてこか」 「‥‥姉様が、選んでくれたら、嬉しい‥‥」 ほわほわと上機嫌な様子で話す纏に、静乃も柔らかな雰囲気で返すと、纏は更に嬉しそうな笑顔で静乃の頭を撫でた。今や2人の周りには、見ている方がほんわかしてしまうほど幸せなオーラが漂っている。だが、中にはそんなことお構いなしな空気の読めない連中もいるわけで。 「ねぇねぇ、君たち。女の子2人? 僕たちと一緒にお祭り回らな‥‥」 軽薄な笑顔を浮かべながら近づいてきた男共は、纏たちの目の前まであと三歩のところで言いかけて足を止めた。顔を引き攣らせた男共に、纏が首を傾げる。 彼らの足元で、静乃の呪縛符が発動していた。そのことに気付いていない様子の纏の横で、静乃が無表情で怒りのオーラを背負っている。 「‥‥邪魔、しないで‥‥」 「あ、えーっと、失礼しました!」 男共が慌てて去っていく。それを纏が「なんやったん?」と不思議そうに見送る横で、静乃は黙々と栗ご飯を口に運んでいた。 「食べるわよー」 栗ご飯を前にして笑みを浮かべるのは橘 琉架(ia2058)だ。大丈夫かと心配する販売員を宥めつつ盛らせたお椀には、溢れんばかりに山になった栗ご飯が乗っていて、華奢な体格の琉架と栗ご飯の量のギャップに、周囲の者は唖然とした顔で見て行く。 だが、そんなことはお構いなしに、琉架はあんぐりと口を開けて栗ご飯を食した。 「んー、美味しい!」 さくさくと箸を動かす琉架の前から、栗ご飯が瞬く間に消えて行く。ものの数分でその全てを胃の中に収めた琉架は、おもむろに立ち上がると、再び販売員の前に立った。 「おかわり下さいな」 何とも嬉しそうな声色で言われた言葉に、販売員は思わず持っていたしゃもじを取り落とした。 「ふふ、ご飯がほっぺにくっついてますよ」 くすくすと笑って、巳斗(ia0966)が柏木 くるみ(ia3836)の頬についた栗ご飯を取ってやると、両頬を栗ご飯で膨らませたくるみがもごもごとお礼を言う。それににっこりと微笑んで、巳斗はせっせと栗ご飯を口に運ぶくるみを愛おしげに眺めた。 「本当に、くるみちゃんはハムスターのように可愛らしいですね」 その言葉にくるみの頬が染まり、照れ隠しのように箸を運ぶスピードが上がったが、巳斗は気付かない。のんびりと、とれたてみったんジュースを取りだし、くるみに渡す。 「あんまり急いで食べたら、喉に詰まりますよ」 「むむむー‥‥ぷはー。美味しいですね、栗! あたし、栗大好きです!」 心底幸せそうにニコーッと笑みを浮かべるくるみに、巳斗も嬉しそうな笑みを返した。その笑みにちょっと赤くなりつつ、くるみが空になってしまったお椀を覗き込む。 「あ、あの、おかわりって大丈夫なんでしょうか?」 「食べ放題ですから。いくらでも大丈夫ですよ」 巳斗の言葉にくるみの表情がぱぁっと明るくなる。見ているこちらまで幸せになりそうなほど、満開の笑顔だ。 「お腹いっぱい食べたら、みんなにお土産を買って帰りましょうね」 「はいっ!」 にっこにこと笑いあう2人の周囲には、まるで花が飛んでいるかのような幸せオーラが漂っていた。 ●ふーどふぁいたーVS風世花団 祭りも終盤に差し掛かり、イガ栗合戦の決勝戦が始まる。 「遊戯はお互い楽しんでこそ。お手柔らかにお願いね? クリッ!」 そう言ってにっこりと微笑んだ嵩山 薫(ia1747)は、笑顔のまま泰練気法・壱を発動させると、がっつりと掴んだイガを思いっきり投げつけた。遊戯と言いつつ、薫の目は戦闘時と変わらないほど真剣である。 「なんのこれしき!」 物凄いスピードで飛んでくるイガを避けた赤マントが反撃を開始する。その的を狙うイガを叩き落とすのは皇 りょう(ia1673)だ。 「遊戯とはいえ真剣勝負。我に武神の加護やあらん!」 「むむむ、ならば必殺、空愛栗ケーンだっ!」 投げる栗を尽く叩き落とされた天河はそう叫んで寝転ぶと、ピンと掲げた足を踏み台にして赤マントが高く跳躍する。上空から的を狙おうという2人の作戦に、逸早く動いたのは水鏡 絵梨乃(ia0191)だった。 「そうはさせない! ハッ!」 赤マントが投げたイガを、絵梨乃が気功波で撃ち落とす。天河が悔しげな声を上げる中、絵梨乃はすかさず風世花団陣地に落ちたイガも気功波で陣外へ弾き飛ばした。 「なんてことするんだ!」 「優勝賞品の栗は私たちのものよ!」 赤マントの抗議もなんのその。背後に炎が燃え上がらんばかりの薫の勢いは止まらず、次々とイガが投げ飛ばされる。しかしそのイガも風葉の火種で燃やされてしまう。 制限時間が半分も過ぎると、飛び交うイガの数が少なくなってきた。特に風世花団チームの方は、絵梨乃の気功波でイガを弾き飛ばされている上に、飛んでくるイガも火種で燃やしてしまっているので、落ちているイガが殆ど無い。 「水鏡さん、頑張れー!」 「どぉっちも頑張ぁれー」 観客席からは纏が絵梨乃に手を振り、犬神・彼方(ia0218)がのんびりと煙管を吹かしていた。その後ろを風雅が横切り、ふと彼方に気付いて立ち止まる。 「なんだ、彼方も来ていたのか」 「哲心かぁ、負けて残念だったぁねぇ」 「優勝出来たら栗を土産にと思っていたのだがな。まあ、今日は祭りを楽しむことにするよ。旬の物はその時期に食えば、より美味くなるからな」 そう言って風雅が彼方に別れを告げて去って行くと、彼方はまた試合に目を戻し、やる気があるんだかないんだか判らない間延びした口調で応援を再開した。 「そろそろ勝負を決めないと‥‥お互い、点無しで終わってしまうわ」 「だが、こちらのイガもなかなか的に当たらぬぞ。あの火種が厄介だ」 「そうだ!」 なかなか勝負が決まらないまま制限時間が近づき、お互いのチームが焦り始める。そんな中、絵梨乃が何かを思いついたようにポンと両手を合わせると、イガを振り被った。 「クリィーッ!」 絵梨乃が投げたイガが的の前に立つ風葉に近づく。そのイガを火種で燃やそうとした風葉は、イガの中に混じった栗饅頭に気付いて動きを止めた。その隙に風葉を擦り抜けたイガが、的を倒す。 「風葉ー! どうしたの!?」 「だって、お饅頭燃やしたら勿体ない!」 思わず叫んだ天河に、風葉が真剣な顔で落ちた栗饅頭を拾った。その間にも時間は過ぎ、ついに試合終了の鐘が鳴る。 「終了ー! チーム『ふーどふぁいたー』の優勝です!」 「ぃやったー!!」 審判の声と共に周りから歓声が上がり、薫は思わず歓喜の声を上げて飛び跳ねた。が、直後ふと我に返ったのか、頬を染めて周りを見渡すと、さっきまでイガを投げつけ暴れていたのが嘘のように大人しくなる。 「勝因は何だと思いますか?」 「え? えっと‥‥やっぱり優勝への意気込み、とかですかね」 祭りの実行員から質問を向けられ、薫は少し恥ずかしそうにしながら答えた。その横で、絵梨乃がすっきりとした顔で頷く。 「使えるものは使う! これが勝利への鉄則ですね!」 「そうだな。そして競技終了後は栗三昧。運動の後の食事は、また格別で」 満足気なりょうがそう呟きかけたとき、彼女の腹部から何やら切なげな『ぐぅー』という音が聞こえて、一瞬周囲の時が止まった。思わず腹部を押さえたりょうの頬が赤く染まる。 「そ、それでは、優勝賞品の授与です!」 気を取り直した実行員が、優勝した3人にそれぞれ栗2キロが入ったずっしりとした袋を手渡した。商品を受け取った3人が観客に示すようにそれを掲げると、大きな歓声が上がった。 ●土産物物色 「さぁて、連中にぃは何を買って行こぉかねぇ。栗まんじゅうとか甘栗とぉか、あいつら好きそうだなぁ」 呟きながら彼方は店を覗き込み、あれもこれもと販売員に注文する。 ぎっしりと土産の詰まった袋を受け取り、さて次へと行こうと後ろに下がろうとすると、その腰にドンとぶつかったものがあった。何事かと振り返れば、両手に袋を抱えた真夢紀が鼻を押さえている。 「おぉや。すまなぁいね、大丈夫かぁい?」 「は、はい、大丈夫です。こちらこそ申し訳ありません」 見れば、真夢紀の小さな腕で重そうに抱えているのは、袋にぎっしり詰まった生栗だった。どうやら栗拾い放題で持てるだけ拾って来たらしい。だが、足元が少しフラフラしている。 「気をつけるんだぁよ」 ヨタヨタと人混みの中を歩いて行く真夢紀を暫し見送った彼方は、「もうちょぉっと買っていこうかねぇ」と呟いて、再び店巡りを始めた。 ●続・栗ご飯食べ放題 「負けても栗ご飯食べ放題はタダだし、参加して良かったわよね」 「結構楽しかったしな」 向かい合わせに座って共に栗ご飯を食べていたのは天津と凛々子だ。近くで売っていた酒を飲みつつのんびりと栗ご飯を食べる天津に、凛々子は満足するまで栗ご飯を堪能したらしく、ぽんとお腹を叩いた。 「さて、と。私はお土産を探して来ようかしら。甘栗か、栗饅頭か‥‥両方買って行っちゃおうかしらね」 そう言って立ち上がる凛々子に天津は手を振り返し、再び栗ご飯と酒に舌鼓を打ち始めた。 「それじゃあ、ボクは友達のところに行くから。2人は食べ過ぎないようにね」 絵梨乃はりょうと薫にそう言って人混みの中に入って行ったが、食い溜めとばかりに栗ご飯を掻き込む薫には聞こえていないようだった。その横でもりょうがもぐもぐと口を動かしている。 「それにしても」 もぐもぐと栗ご飯を咀嚼しながら、りょうが辺りを見渡した。その中で、ふと目があった1人の男が近づいてくる。巴だ。 「よう、合戦優勝者。見てたぜ、なかなか面白い試合だった」 「楽しんで頂けたなら幸いだ」 巴の感想にりょうは頷き、さくさくと栗ご飯を口に運ぶ。 「剣しか取り柄の無い私がこのような場にいるとは、人とは変わるものであるな。‥‥うむ、美味い」 「もう食ったのかよ」 巴が呆れるのも無理はない。話しかけたとき、お椀にはまだ半分以上の栗ご飯が残っていたのに、あっという間になくなってしまったのだから。 「ちゃんと噛めよー」 いそいそとおかわりを求めに行ったりょうに、巴は聞いてないだろうなと思いつつも忠告して、再び祭りの中へと戻って行った。 「美味しいね!」 「はい、美味しいです‥‥」 にっこりと笑う柚月に、すぐりは栗ご飯を噛みしめて、しみじみと答える。空腹で限界だった胃に、栗の甘さが染み渡る。 たんまりと栗ご飯を堪能し、充分満腹になったすぐりは柚月に向き直ると、地面に三つ指を付き、深々と頭を下げた。 「貴方様のおかげで命を繋ぐ事ができました。ありがとうございます」 「ええ?」 突然のすぐりの行為に柚月がきょとんとする。周囲も何事かと見守る中、すぐりは視線など気にせず続けた。 「何か御礼を致したいのですが、如何せん物持たぬ身‥‥つきましては、此のすぐり。今日より貴方様を主として御守りさせて頂きたく」 「ええええ?」 場違いなほど真面目な台詞に、柚月がどうしようかとおろおろしだす。と、祭りも終了間際らしく、最後の華である花火が上がった。夜空に散る色とりどりの花を見上げ、柚月は「ま、いっか」と思う。 「うん。よろしくね、すぐりっ」 「ほな、これから宜しゅう頼みます。柚月さま」 花火が上がる中、祭りに参加した人々は、それぞれの思いを抱き、時を過ごす。栗村の人々は祭りが無事に終わったことを感謝し、一般客は穏やかな平和を満喫し。 そして開拓者は、後のアヤカシとの戦闘に向け、鋭気を養ったのであった。 |