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■オープニング本文 ざわざわと風が木々を鳴らしている。男は嫌な予感を感じて、携えていた刀の柄を握り締めた。 振り返った先には、1人の女性がいる。川縁にしゃがみ込み、亡き夫へ弔いの花を捧げているのだ。 それなりの規模を持つ商家の主だった女性の夫は、1年前にアヤカシに身を裂かれて殺されてしまっていた。男は元々、女性の夫の護衛であったが、みすみす主人を死なせてしまったことを悔い、せめて奥方だけはこの身に変えても守らんとの思いで、アヤカシに左腕を食われても尚、護衛を続けている。 「奥方、そろそろ‥‥」 「ええ、判っています‥‥ごめんなさいね、無理を言って‥‥」 護衛の呼び掛けに細々と答えた女性は、別れを惜しむようにゆっくりと立ち上がった。 2人は今、街から離れた山裾の川に来ている。墓自体は街の中にあるのだが、夫の命日である今日はどうしても、夫が殺された場所に花を手向けたいと女性が懇願したためだ。 護衛の立場上、男はもちろん反対したが、あれだけ愛していた夫を亡くし、未だ傷心の癒えない様子の女性に、主人を守り切れなかった負い目のある護衛には、意見を強く言うことは出来ない。 このまま何事も起きなければ‥‥そう願いながら、護衛が近づいてくる女性に手を差し伸べたときだった。 「奥方!」 「きゃあああっ!」 突然、木々の間から黒い影が数匹飛び出し、女性を襲った。瞬間に駆け出した護衛は刀を抜き、その黒い影に斬りかかる。 ギャギャッ、と嫌な鳴き声を発しながら地に崩れ落ちたのは、眼突鴉だった。眼突鴉はカラスのような姿をしたアヤカシで、好物は人間の眼球であるという話を聞いていた護衛は、咄嗟に女性を背中に庇う。だが、それを押し退けるようにして、女性が眼突鴉に手を伸ばしたため、護衛は慌てて刀を落とし、女性を抱きかかえるように止めた。 「いけません、奥方! 何を‥‥」 「首飾りが‥‥! あの人から頂いた首飾りが‥‥!」 必死になって手を伸ばす女性に、護衛が眼突鴉を見れば、繊細な細工の首飾りが眼突鴉の下敷きになっているのが判った。護衛に翼を斬られた眼突鴉は痛そうにもがいていて、まだ死んではいない。夫から贈られたものだと大切にしていた首飾りは、普段は持ち歩くことなく自宅に仕舞ってあるのだが、命日だからと懐に忍ばせておいたのを、襲われた拍子に落としてしまったらしい。 護衛は刀を拾い、その眼突鴉を払い飛ばそうとしたが、その前に他の眼突鴉が女性の目を狙って飛んで来たので、そちらに刀を向けることを優先した。刀を振り回し、眼突鴉を女性から離すことは出来たが、眼突鴉の素早さの方が早く、一撃を与えられない。 「ああ‥‥!」 悲痛な女性の声に振り返れば、もがいていた眼突鴉が起き上がり、首飾りに興味を示しているところだった。カラスは光る物に興味を示すと言うが、アヤカシでもそれは同じなのか。それとも首飾りについた宝石が人の眼のように見えたのか。数回、首飾りを突いていた眼突鴉の横から、別の眼突鴉もひょいっと首を出し、首飾りを咥えてしまった。 そうなると、先に首飾りを突いていた方が「我の物だ」とばかりに怒り出し、横取りした眼突鴉に攻撃をしかける。だが、手負いであった眼突鴉は無傷のものには敵わず、呆気なく翼で弾き飛ばされてしまった。 しかし、人間にとっては、アヤカシ同士の小競り合いなど如何でもいい。問題は、首飾りだ。 首飾りは、横取りした眼突鴉が手負いを弾き飛ばした拍子に宙に浮き、まるで作り話のように上手い具合に横取り眼突鴉の首に引っ掛かった。アヤカシの首で大切な首飾りが揺れている様に、女性の意識が遠のく。 「奥方!」 ふらつく女性を抱き抱え、護衛は歯を食いしばると、全速力で川を離れた。女性がどんなに首飾りを大事にしていようと、護衛にとっては女性の命以上の物ではない。 逃げる最中も首飾りのことを気にする女性に、護衛は「後で人を雇って取り返しに行くしかない」と言葉を掛けるしかなかった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
空(ia1704)
33歳・男・砂
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●網作成 「捕えるとしたら‥‥やはり網か」 「街にも縄は売ってたけど、魚網くらいであまり強度は無さそうでしたよ」 「荒縄を網に出来ないか?」 皇 りょう(ia1673)と水鏡 絵梨乃(ia0191)の言葉に、持っていた荒縄を取りだしたのは千王寺 焔(ia1839)だ。それに頷いた紬 柳斎(ia1231)は、自分も荒縄を取り出した。 「拙者も荒縄は持ってきている。これを2つ分使えば、眼突鴉1匹くらい捕まえられる程度の網にはなるだろう」 「2つあれば余裕だろう。話に聞くところによると、眼突鴉はそれほど大きいわけじゃあ、なさそうだしな」 見下ろした空(ia1704)が言うに、神鷹 弦一郎(ia5349)が頷いて座り込む。 「俺にも手伝わせて下さい。手先は器用な方ですから」 「ああ、頼む。‥‥早く首飾りを取り返して、奥方に返してやろう」 「そうだな‥‥首飾りを取り戻すことが、お二人の思い出を守ることにもなれば良いのだが‥‥」 網を作り出す千王寺たちを見下ろし、りょうがアヤカシが現れたという川縁の方を見やった。 ●アヤカシ、現る ギャギャッ、と気味の悪い鳴き声と共に、川縁の林から現れたのは5匹の眼突鴉だ。眼突鴉は数回、林の上を旋回すると、眼下に見つけた獲物に急降下した。 「来たぞ!」 空が注意を促すように叫び、長槍を構える。空の目を狙った眼突鴉の嘴を長槍で防ぎ、攻撃を受け流した。 一斉に飛びかかって来た眼突鴉を、柳斎がぎりぎりで避ける。嘴が目の下を掠り、ピッと一筋の赤い血が飛んだ。 「くっ、早いな」 「大丈夫ですかー!?」 こちらも同じく眼突鴉の攻撃を避けている絵梨乃が柳斎を振り返る。少し呂律が回っていないような気がするのは、恐らく古酒を飲んでいるからだろう。突っ込んで来た眼突鴉を、くにゃりと脱力したように身体を反って避ける。酔拳だ。 柳斎は目の下に出来た傷を軽く指先で拭うと、絵梨乃に問題ないことを伝えるように片手を上げた。腰に下げた刀の柄に手を置き、眼突鴉の嘴から飛び退る。 「あいつだな‥‥さて、上手く行くかどうか」 「こちらはいつでも行けます」 首飾りを引っかけた眼突鴉を発見し、荒縄で網上げた網を持ってタイミングを計っているのは千王寺だ。その背後では神鷹がいつでも弓を引けるように準備をしている。 「とりあえず誘導して一か所に集める! ‥‥えいっ!」 フラフラと不規則な動きで眼突鴉を避けつつ、絵梨乃が気功波を放った。誘導の目的通り、わざと眼突鴉が簡単に避けられるタイミングで放たれた気功波であったが、一瞬動きの鈍った眼突鴉の翼にぶつかってしまう。 「あ、やっちゃった!」 「いや、あいつは首飾りを持っていないから大丈夫だ。そう言えば手負いが一匹いるという話だったな‥‥」 しまったと慌てる絵梨乃に、りょうも刀を構える。だが手負いの眼突鴉が攻撃されたことで危機感を感じたのか、守りを固めるように他の眼突鴉も一か所に集まって来た。 「‥‥今ならっ!」 千王寺の背後で待機していた神鷹が鷲の目を発動し、即射を仕掛ける。 「当てないようにとは‥‥なかなか辛いな、これは‥‥」 直接当てないように注意しつつ2発ほど射ると、首飾りをぶら下げた眼突鴉が孤立した。それを狙い、千王寺が網を投げる。 「よし、捕まえた!」 千王寺の投げた網が首飾りを持った眼突鴉を捕えた。が、荒縄で編まれた網は素人が急きょ作成した拙いものであったため網の目が粗く、眼突鴉がバタバタと暴れる度に穴が大きくなっていく。 「まずい、あれでは逃げられてしまうぞ」 「その前に奪う!」 暴れる眼突鴉を押さえ、柳斎が首飾りを奪った。なるべく壊さないように気をつけたかったが、あまり時間をかけて逃げられたら本末転倒のため、多少乱暴な扱いになってしまう。柳斎は網の目に手を突っ込み、眼突鴉から首飾りを引き剥がした。 「よし、取った!」 「よっしゃ! こっから反撃開始だな!」 言って、空が長槍を網ごと眼突鴉に突き刺す。ギャッと悲鳴を上げて1匹の眼突鴉が絶命すると、それを見たりょうが木を蹴って高く跳躍した。 「ならば遠慮は要らぬな!」 りょうの振り下ろした刀が、手負いで動きの鈍かった眼突鴉を両断する。断末魔を残して瘴気へと帰っていく仲間を見て、他の眼突鴉が我先にと逃げ出そうとした。 「そうはさせるか! 首飾りを頼む!」 「はい!」 柳斎が近くに来ていた絵梨乃に首飾りを渡し、逃げようとする眼突鴉に咆哮を放つ。大きな雄叫びに振り返った眼突鴉が、柳斎と絵梨乃に襲いかかった。 「援護します!」 神鷹が瞬速の矢を使って眼突鴉の翼を射る。激痛に空中で悶える眼突鴉を、柳斎の刀が斬り伏せた。 「わっ、よっ、おーっと」 首飾りを取り返そうとしているのか、残りの眼突鴉2匹が嘴を繰り出してくるのを、絵梨乃が千鳥足で避けて行く。それを庇うように絵梨乃の前に現れた千王寺が、雁金を使って眼突鴉1匹を瘴気に変えた。 「大丈夫か」 「うん、ありがと!」 「害悪となるアヤカシはすべて滅する。この刀でな」 千王寺に礼を言って、大事そうに持った首飾りを死守するために、絵梨乃が一番後方にいる神鷹の元に走って行く。その気配を背中で感じつつ、千王寺が銀杏で刀を鞘に治めた直後、最後の1匹となった眼突鴉が千王寺の肩先を通り過ぎ、絵梨乃の背後を狙った。 「危ないっ!」 舌打ちして振り返った千王寺より早く、りょうが眼突鴉に飛びかかる。絵梨乃と眼突鴉の間に入った神鷹が弓を構えるより前に、りょうの刀が眼突鴉の翼を斬り裂いた。悲鳴を上げて地に落ちた眼突鴉に、千王寺が止めを刺す。 5匹目の眼突鴉が、未練を感じるような苦しげな鳴き声を上げて瘴気に変えると、周囲にはサラサラと流れる川の音しか聞こえなくなった。その場違いなほど穏やかな音にハッとした絵梨乃が、慌てて両の掌を開くと、そこには多少細工に傷が入ってしまったものの、大きく損傷した様子の無い首飾りがあった。 ●奪還完了 「首飾りは無事だ。‥‥その、大事にしろよ」 千王寺がそう言って、そうっと奥方の手に首飾りを渡すと、奥方は首飾りを握り締めて安心したように崩れ落ちた。慌てて駆け寄る護衛に縋り付き、「良かった、良かった‥‥」と泣き呟く。 「ソレで腹が膨れるわけでもねぇだろうが‥‥まぁ、本人が安心したならいいか」 「形見は大事ですもんね!」 奥方の反応に肩を竦める空に、絵梨乃が嬉しそうに頷いた。 「たかが物なれど、想いが募れば魂が宿る事もあるという。‥‥大事になされよ」 「有難う御座います‥‥」 ぽんと優しく奥方の肩に手を置くりょうに、奥方がまるで開拓者たちを拝むかのように頭を下げる。それに空が決まり悪げに頭を掻くのに、絵梨乃がクスクスと笑いを零した。 「アヤカシも倒して頂いたようなので、報酬の方に上乗せさせて頂きました」 「有難う御座います。‥‥首飾りに少し傷が入ってしまったようですが、大丈夫でしょうか?」 報酬を受け取った神鷹が不安げに言うと、多少元気が出たらしい奥方がふと顔を上げ、開拓者たちを見渡す。 「このくらいの傷でしたら、修復も出来ます。なにより、憎きアヤカシから夫の形見を取り戻して頂けただけで嬉しいです。夫の命も奪われ‥‥この上、形見まで奪われたとなれば、私の元には何も残りませんでしたから‥‥本当に、有難う御座います‥‥」 「いえ‥‥奥方様も、あまり気を落とさずに‥‥」 有難う御座います、と何度も呟く奥方に、柳斎が優しげな微笑みを浮かべながらしゃがみ込む。それに涙を溜めながらも、穏やかな笑顔を返した奥方に、開拓者たちは自分たちが首飾りを奪還したことで奥方の心の傷を少しでも癒せたことを感じ、ホッと安堵の息を吐くのだった。 |