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■オープニング本文 夜空に、深みのある琵琶の音が静かに響き渡る。 街の領主の屋敷内、庭に面した廊下で、琵琶を奏でているのは1人の少年だ。いや、正確には青年と言った方が正しいのだが、彼の見た目はまず年相応には見られないほど幼かった。 彼の名前は瑠佳(iz0046)。各地を放浪する琵琶師である。 「……そろそろ寝ましょうか、師匠」 廊下に座る瑠佳の隣では、中型犬ほどの大きさの、もふらさまが寝そべっていた。呟き、琵琶を弾く手を止めた瑠佳に、『師匠』と呼ばれたもふらさまがのそりと起き上がる。 「君の琵琶の音も、もう聞き納めですか‥‥」 「これは領主殿‥‥こんな夜半に、お騒がせ致しました」 「いえ、良い夜になりました」 にこりと微笑みながら近づいてきたのは、この街の領主だ。瑠佳は数日前から、彼の琵琶の音を気に入った領主に乞われ、屋敷に滞在して琵琶を弾いていたのだった。だが、一所に留まるつもりのない瑠佳は、護衛付きの商人と共に街を出る予定でいた。 「最近では盗賊だけでなく、アヤカシの姿も目撃されていると聞きます。護衛とは言っても、たった2人だけでは危険なのでは‥‥?」 「そうは言っても、僕には護衛を増やすお金もありませんしね」 言って苦笑する瑠佳に、領主は少し悩むような素振りを見せると、後ろに控えていた使用人に振り返る。 「護衛をあと3、4人ほど手配しなさい」 「領主殿」 「その商人には私から話しておきましょう。琵琶の音のお礼です」 微笑んで去って行く領主に、瑠佳は琵琶を持って立ちあがり、礼を言って頭を下げた。静かになった廊下で、瑠佳はもふらさまを見下ろす。 「屋敷でごちそう食べさせて貰っただけでも充分なんですけどね。まあ、ご厚意に甘えましょうか」 ねえ、師匠。そう言って瑠佳がもふらさまを見下ろすと、もふらさまは1つ、大きな欠伸を返した。 |
■参加者一覧
美空(ia0225)
13歳・女・砂
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●出発 まだ日の昇りきらない早朝。慣れた手つきで出発の準備をする商人を見ながら、ルオウ(ia2445)は思わず出てしまった欠伸を噛み殺した。慌てて気を引き締めるルオウの横で、喪越(ia1670)が隠そうともせず盛大な欠伸を見せる。 街にもほとんど動くものの見えない、静かな朝である。 「おはようございます」 そう挨拶して近づいてきたのは、今回の護衛の対象でもある琵琶師、瑠佳(iz0046)だった。背中に商売道具の琵琶を背負い、足元にはほてほてと歩くもふらさまがいる。 「おはようございます。よろしくお願い致しますね」 「頑張って護衛致しますので、ご安心下さい!」 瑠佳へにっこりと美空(ia0225)が挨拶をすれば、天雲 結月(ia1000)が気合い充分といった様子で拳を握った。それに瑠佳が笑みを返し、ぐるりと辺りを見回すと、どこか不安げに眉を寄せる。 「あの‥‥変な噂を聞いたのですけど‥‥『鋼の塊の様な子供』だとか、『怪し過ぎる男』だとか、『歩く鎧』に『暴れる野生児』、『酒癖の悪い武士』に『射殺狂』と、およそ商人の護衛に相応しくないものばかりを集めて出発する一団がいるとかって‥‥」 「ああ、そりゃ私が流した噂だ」 きょとんとする結月に代わって答えたのは雲母(ia6295)だ。咥えた煙管を揺らしながら、どこか楽しげに話す。 「ヤバい奴らが守ってるから近づかないようにってな。盗賊への脅しみたいなもんだ」 「俺も、護衛は開拓者だらけなのに荷はしょぼいって話はしといたが、そっちの方が効果高そうだなぁ」 ふむふむと顎を撫でる喪越の横で、ルオウが「野性児って俺のことか?」と呟き、結月が「歩く鎧‥‥」と少しがっくり来たように肩を落とした。 「まあ、それで盗賊たちが来なければ万々歳だ。準備も出来たことだし、出発しようや」 斉藤晃(ia3071)がそう言って、ひょいっと美空を抱き上げると、馬車の荷台に腰掛けさせた。「特等席にどうぞ。お姫様。なんての」と言って笑う斉藤に美空が微笑み返せば、斉藤はふと気づいたように結月を振り返った。 「おっと、すまんな。こういうのは天雲の役目やったか?」 「え!? あ、えっと、そ‥‥だね?」 騎士を自称する結月は斉藤の言葉に戸惑いつつも、「そうだ、騎士たるもの、女性をエスコート出来るようにせねば‥‥」と呟き、瑠佳に目をやる。 「る、瑠佳さんも荷台に座る?」 「いや、流石に女性に抱き上げられるのは遠慮します。良ければ師匠を荷台に上げてもらえませんか?」 腕を差し出す結月に苦笑しつつ、瑠佳が指し示したのは足元のもふらさまだった。瑠佳に師匠と呼ばれたもふらさまは、一声「もふっ」と鳴いて結月に近づく。 「わぁ、もふもふしてます」 「もふらさまねぇ‥‥何故ここまでこいつは人気があるのだろうか」 結月によって荷台に上げられたもふらさまは、自分で荷台に座った瑠佳と美空の間に収まると、撫でてくる美空と結月の手に気持ちよさそうに目を細めた。その様子に雲母が肩を竦めて、斉藤に片手を上げる。 「それじゃ、しゅっぱーつ!」 ルオウの元気な掛け声と共に、馬車がゆっくりと街を後にした。 ●昼 「もふらさまがお師匠さまでありますか。変わっているのでありますねー」 「でも何で、もふらさまが師匠なんだ? そんなすげぇもふらさまなのか?」 にこにこと、膝に乗ったもふらさまの毛繕いをしながらの美空の言葉に、ルオウも後ろ向きに少し下がって来ると、共に馬車の前方を守っていた斉藤がチラリと振り返り、まあいいかと視線を外した。 陽はすっかり高くなり、平坦な林の道に爽やかな風が吹く中、商人が御者を務める馬車は何事もなく順調に進んでいる。馬車の前方を斉藤とルオウ、喪越が辺りを警戒しながら歩き、後方では結月と雲母が馬車の横を守るような位置にいた。 唯一開拓者で荷台に腰掛けている美空は、装備の重さゆえに歩みが遅いのを懸念してのことだろう。歩かない代わりにと、美空は護衛対象である瑠佳や商人が退屈しないように、色々と話題を持ちかけていた。 周りには怪しげな気配もなく、アヤカシが出るような様子もない。のんびりとした昼である。 美空とルオウの問いに、瑠佳は苦笑して答えた。 「最初、僕は琵琶のお師匠さまと一緒に旅をしていたんですけど、そのお師匠さまがご病気で亡くなられまして。一人旅になろうとしたときにこの子と出会ったんです。何となく師匠とお呼びしたら、ずっと着いてくるようになったので、それ以降『師匠』、と」 「え、そんな理由? もっとすげぇ理由があるのかと思った」 拍子抜けとばかりのルオウに、瑠佳がすみませんと苦笑して頭を下げた。だが美空はルオウとは逆に表情を明るくし、もふらさまの頭を撫でる。 「それじゃあ、このもふらさまはお師匠さまの生まれ変わりなのかもしれませんよ!」 「生まれ変わりかぁ。すごいね!」 美空の言葉に、結月が感心したようにもふらさまを見れば、話題の中心であるもふらさまは気にした様子もなく大きな欠伸をしてピクピクと耳を動かした。それに瑠佳が「そうですね」と楽しげに笑う。 「輪廻転生、合縁奇縁、ラブアンドピースってねー」 「私は生まれ変わりがもふらさまっていうのは嫌だがな」 「俺も、せめて酒の味が判るもんに生まれ変わりてぇな」 両手を頭の後ろで組んだ喪越がのんびりとした口調で言えば、雲母がもふらさまを横目に見て肩を竦め、斉藤が懐の酒を思い出しながら呟いた。そんな三人に苦笑を洩らした結月は、ふと思い出したように瑠佳を振り返る。 「そうだ! 折角だし、瑠佳さんの琵琶、聞きたいな!」 「旅の道すがらに何か1曲聞かせていただけると、美空たちはうれしいのであります」 結月と美空ににっこりと頼まれて、瑠佳は微笑み返すと背中に背負った琵琶を構えた。 「それでは、一曲」 瑠佳の持つバチが、琵琶の弦を弾く。旅の道に相応しい、明るい琵琶の音色が響いた。 ●夜、盗賊出現 濃紺の空に、白い月が浮かぶ。その真下で焚き木を囲み、斉藤は酒の入った杯を傾けた。空になった斉藤の杯に美空が酒を注ぎ、同じように喪越にも酌を勧める。 頃は丑の中刻。先程、見張りを交代した結月・ルオウ・雲母の3人は、既に寝入っている。特に結月はもふらさまを抱えるように眠っていて、その隣で琵琶を抱えた瑠佳と、商人が横になっている。馬車の荷台は荷物が詰まっていて、流石に寝るスペースはなかったようだ。 夜番を続ける喪越と斉藤の手の中には花札があった。「こいこい」と呟いた喪越が、札を手に取り悩むように片眉を上げる。 と、その耳に不審な音が届いた。それは耳をじっと澄ましておかなければ気付かないほど小さなものだったが、斉藤と美空も気付いたらしい。 「鳴子に気付かれたかな」 「夜盗に慣れてるようやな。人数も多い」 「行くか?」 斉藤と喪越が話す中、むくりと起き上がったのはルオウだ。夜番たちの気配が変わったのに気付いて起きたらしい。雲母と結月の目も開いている。 「ほんじゃ、男共で、ちょいと行って追い返してきますかー」 「私も行くよ」 そう言って立ち上がる喪越に、雲母も続いて身体を起こした。ぐいっと伸びをするその様子は、どこか楽しげだ。 「逃げる奴を追いかけることはせぇへんぞ」 「判ってるさ」 にやりと笑う雲母に、斉藤が肩を竦める。花札を置いて立ち上がると、ルオウと共に焚き木を離れて行った。それにと喪越と雲母も続く。 見送った結月は刀を片手に起き上がり、美空はのんびりと花札を片付け始めた。 「それ以上は近付けさせんぞ」 声と共に足元へ矢が突き刺さって、闇に紛れていた盗賊たちは足を止める。それに雲母がにやりと笑えば、怪しげな天儀人形を肩に置いた喪越がゆっくりと歩いてきた。盗賊たちが一斉に刃物を構える。 「さーて、どうするアミーゴ?」 喪越の言葉にふんと鼻で笑って、斉藤は斧を振り被ると、一番近くにいた盗賊に飛びかかった。体重を乗せて一気に振り下ろした両断剣は、逃げ遅れた盗賊の両腕を斬り落とす。 「ぎあっ‥‥!」 「おっと! 大きな声は出さねぇでくれよ。皆寝てんだからさ」 なぁ? と言って、悲鳴を上げようとした盗賊の口元を押さえて押し倒したのはルオウだ。皆と言っても野営地で寝ているのは瑠佳と商人だけだし、ここは野営地からそれほど近い場所ではないので、悲鳴を上げたところで聞こえない可能性の方が高いのだが、万が一悲鳴を聞きつけてアヤカシなり他の盗賊なり出てこられても厄介だった。 トントン、と刀の峰で自身の肩を叩きながら、片手で盗賊の口を押さえるルオウに、涙目の盗賊が痛みと失血で気を失う。 「や、やっぱり噂は本当だったんだ‥‥」 「やべぇって‥‥逃げるぞ!」 「おろ?」 きょとんとする喪越に構わず、仲間を一瞬でやられたことで動転した盗賊たちは、慌てて踵を返して逃げ始めた。その様子に雲母が一瞬つまらなそうな顔をして、ルオウの足元で気絶している盗賊の胸倉を掴み上げる。 「逃げるんだったらこれも持っていけ!」 両腕を失った仲間の身体を投げ渡され、盗賊は情けない悲鳴を上げながら、ぐったりした身体を引き摺り逃げて行った。それを見送り、ルオウが雲母を振り返る。 「仲間なら助けて行けってやつ?」 「いや? もしアヤカシなり凶暴な獣なりがこの辺にいるとしたら、まず先に血の匂いのする方に向かう可能性の方が高いだろう?」 「なーる。血塗れの男を背負わせて、あいつらにアヤカシなり獣なりを引きつけといてもらおうってわけ?」 すっぱりと答えた雲母に、喪越がなるほどーと納得したような声を上げれば、ルオウは「うわー、嫌な考え」と笑いながら呟いた。 「他に盗賊どもは居らんようやし、帰るか」 ゆっくりと周りを見渡し、斧を肩に置いた斉藤に、開拓者たちは軽く返事をして野営地へと戻って行った。 ●到着 「あ、見えて来たよ!」 林の道を歩き、川を越え、丘を越え。開拓者と馬車は何の欠損もなく、無事に目的地へと近付いていた。向かうべき街の姿を見つけ、結月が指をさせば、荷台に乗っていた瑠佳と美空が身体を乗り出して街を見る。 「ふー、歩き通しで、俺明日筋肉痛になりそ」 「俺はまだ全然大丈夫だけどな」 からかうように笑うルオウに、喪越が「野性児と一緒にしないで」と返した。それに笑いながら歩けば、馬車は何事もなく街へ到着する。 「無事に街へ来ることが出来ました。これも皆さんのお陰です」 「なに、仕事だからな」 「ちゃんとお守り出来て良かったです」 礼を言って頭を下げる商人と瑠佳に、雲母が素っ気無い言葉で言えば、結月が笑顔で商人の手を握り返した。 「またご縁がありましたら、よろしくお願い致します」 「はい。また琵琶を聞かせて下さいね。お師匠さまも、お元気で」 「達者で暮らせよ! 師匠!」 そう言って名残惜しそうにもふらさまを撫でる美空に、ルオウも便乗してもふらさまの背中をわしゃわしゃと触る。 「そうやな。今度は仕事とか抜きでゆっくり聞きたいもんだ。酒でも飲みながらな」 「おお、いいねぇ。それ同意。出来れば演奏代はタダでねアミーゴ」 にやりと笑って言う斉藤に、喪越も頷く。それに結月も頷いて、拳を握った。 「僕もいつか、歌に詠まれるような騎士になって‥‥!」 と、意気込む結月のスカートが、突然吹いて来た風に巻き上げられる。ブワッとはためいた裾を慌てて押さえた結月だったが、真後ろにいた雲母を振り返れば、にやっと嫌らしい笑みで一言。 「白」 「きゃああああ!」 こうして、思わず悲鳴を上げた結月の白(パンツ)騎士伝説がまた一つ増えたこと以外の被害はなく、開拓者たちは無事に護衛依頼を達成したのであった。 |