おいて行かないで!
マスター名:七海 理
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/31 17:32



■オープニング本文

 春は出会いと別れの季節。
 とある町の小さな診療所でも、薬師の一番弟子が間もなく卒業を迎えようとしていた。
「ええかの?お主の最後の課題はこの薬を調合することじゃ」
 薬師の老人は、一番弟子にぱさりと冊子を渡した。彼が知る中で最も材料を集めにくく、調合の手順が複雑な薬である。
「もちろん材料は自分で調達するのじゃよ」
 一番弟子の青年は、この老人のもとで長く修行を積んできた。誠実で努力家な彼はいつも優秀な結果を残したため、老人は彼にならできるだろうとこの課題を課したのだ。
「わかりました」
 青年はうなずいた。

「にいちゃん‥‥卒業しちゃうのか?」
 老人の部屋を出た青年のもとに駆け寄った少年が大きな目で見上げながら言った。青年の弟弟子で、三つ年下の彼は昔から青年によくなついていた。
「‥‥ああ。でもまだわからないんだ」
 青年は渡された冊子をぱらぱらとめくって、苦笑した。難しい薬だから失敗するかもしれない、と彼は言う。
 しかし、少年は彼が必ず成功することを知っていた。
「俺をおいていくのか?」
「え?」
 冊子を複製しようと筆をとった青年に、少年が絞り出したような声で尋ねた。
「にいちゃんは、遠くにいっちゃうんだろ?」
 顔を上げて、まっすぐに青年を見つめた彼の目が、青年に否定してほしいと言っていた。
「‥‥そうだよ」
 青年はうそをつけなかった。
 ここで少年をだましたからと言って、いいことは何一つない。彼が青年と離れたくないというのは青年もよくわかっていたが、故郷ではたくさんの人が彼とその医術を待っている。卒業しないわけにはいかなかった。
「ずっと、ずっと一緒にいてくれるって言ってたじゃないか!」
 少年は声を荒げた。
「すまない‥‥だけど、わかってほしいんだ。君だっていつか人の役に立つためにここで修行をしているだろう。いつまでも独立できないままではいられない」
 諭すように、青年は言った。
「そんなの知らない!にいちゃんのうそつき‥‥!」
「あ、おいっ!」
 瞬間の出来事だった。
 少年は青年が渡された冊子をひっつかむと、診療所を飛び出した。



 少年は走る。とにかく、この冊子さえどこかに行ってしまえば、青年が卒業に必要な課題ができなくなり、少年と一緒にいられる。とにかく、青年と別れたくないという思いが彼の頭を占領していた。
「‥‥これなら大丈夫だよね」
 走って走って、いつの間にか町から出てきていた。
 あまりにも必死だった彼は背後から迫る危険に気が付かなかった。
「う、うわあ!」
 何かが頭の上をかすめる。
 ゆっくりと振り向いた彼の表情が凍りついた。
「ば、ばけもの‥‥!!」
 そこにいたのは、クマのような姿にやけに大きな手を持った生き物だった。両手の爪が鈍い光を放っている。
 生き物はぶんっと両手を振った。ある程度の距離があったが、少年に見えない風の刃が襲いかかる。彼の頭をかすめたのも、同じものだろう。少年はとっさに後ろに体をそらすようにして避けた。しかし。
「そんな‥‥!」
 不幸にも、彼はいつの間にか崖の前まで来ていて、バランスを崩したその体が空中に放り出されたのだった。

 それからしばらくして、少年が戻らないと開拓者ギルドに捜索の依頼が出されることとなった。


■参加者一覧
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
ユリゼ(ib1147
22歳・女・魔
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
神鳥 隼人(ib3024
34歳・男・砲
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志


■リプレイ本文

 開拓者たちが到着したとき、診療所は嫌な空気に包まれていた。
「みなさん。よう来たのう」
「君か、今回行方不明になった少年の兄弟子というのは」
 神鳥 隼人(ib3024)は落ち込んだ様子の青年に近づくと明るい声音で言った。
「ずいぶんと好かれているじゃないか。仲良きことは美しきかな、うらやましいくらいだ、うん」
 青年の肩を叩きながら冗談だ、ははははと朗らかに笑う。暗い表情をした青年もそんな彼にあっけにとられている。
「あの‥‥一緒に」
「ああ、同行の件だな?構わないとも。君も心配だろうしね」
 隼人は笑顔のままにうなずいた。青年がほっとした表情を浮かべる。断られると思っていたのだろうか。
「ただアヤカシや崖、森の危険には注意してくれ」
 いいな?と念を押した隼人に真剣な表情の青年が返事を返した。
「よし、いい返事だ」
 隼人は再びはははと快活に笑った。
「森の、地図などはありますか?」
 事前に聞いた話では森は木々で隠れてわかりにくくなっている崖もあるという。捜索を効率的に進めるならば必須だろうと、琉宇(ib1119)が尋ねた。
「おお、もちろんですとも。これじゃ」
 老人が地図を差し出す。
「しかしこの地図はいささか古い。崖の位置が不完全の可能性もあるのじゃが」
「崖の位置なら最近採集に行きましたからある程度わかるかもしれません」
 困ったようにひげをなでる老人に、青年が申し出た。
「詳しく教えてもらえるかしら?」
 琉宇とともに地図を覗き込んでいたユリゼ(ib1147)が筆を手に取った。
 青年も同じように地図を覗き込んだ。記憶を掘り起こしながら地図を指さし、そこに老人の許可をとったユリゼが書き込みをしていく。
「安心してください。絶対助けますよ」
 不安げな老人に鶯実(ia6377)が声をかけた。
「では、行こう」
 準備が整った様子に、からす(ia6525)が診療所の扉を開けた。



 森は町からはそう離れていなかった。
 からすは地面や周囲を注意深く観察する。
少年が崖から転落した可能性が一番高いとみて、二手に分かれて捜索するという方針を決めている一行であるが、どの崖から落ちたのかをはっきりさせ、そこから捜索したほうが効率もいいだろう。
「この痕跡、クマか」
 地面についた足跡を見つけ、彼女は言った。
「これ、何かの攻撃の跡じゃない?」
 同じように周辺を観察していたベルナデット東條(ib5223)も木についた傷を指さした。鎌のような鋭利な物で切り裂いたような跡。クマの足跡は木の周辺にはついていない。それは、つまり。
「遠距離攻撃、ってことかな?」
 石動 神音(ib2662)が言った。その言葉を聞いたレティシア(ib4475)が足跡から木までの距離を測りだす。
「少年が転落したのはここで間違いなさそうね」
 崖から下を見下ろし、崖の下に生えている木の枝がところどころ折れているのを見たユリゼは確信した。
「ここから崖下へ下りる道はありますか?」
 レティシアが尋ねた。その言葉に青年と琉宇がほぼ同時にそれぞれ地図を広げた。
「ないことはないのですが‥‥」
「遠いみたいだね」
 指で地図をたどるように撫でながら琉宇が青年の言葉を引き継いだ。
「この足跡からするとアヤカシは崖下への道を行ったようだな」
 いくつかの足跡を追って歩きながらからすが言う。
「そしたら、ここから降りよう。おにーさんはこっちね」
 神音が崖を指さし、そして青年の腕を引いた。
「縄を結んだわ」
 レティシアが頑丈な枝に荒縄を結び付けて、それを確認するように何度か引いたユリゼが言った。からすがレティシアに救急セットを渡す。
「よし、行きましょうか」
「やる気満々ですね」
 真っ先に崖へと向かった鶯実にレティシアがくすっと笑った。そんな彼女に鶯実はいやあ、と笑顔を浮かべ。
「同じ班にお美しい花があるだけで、こちらのやる気というものも変わりますよ」



 青年が縄を掴んでゆっくり、慎重に崖を下りる。
「おにーさん、ゆっくりゆっくり!」
 下で人を待たせていることに焦りを感じている青年に気が付いた神音が声をかける。周りの状況を確認しながら鶯実もうなずいた。
「急がなくても大丈夫ですよ」
「はい‥‥!」
 青年が返事をする。
 ゆっくりと崖を下りる彼がようやく半分ほどの高さに差し掛かる。
「あっ」
 そのとき、風が吹いた。
「危ない!」
「任せて」
 バランスを崩した青年の手が縄から離れる。その瞬間を見逃すことなく瞬脚を発動させた神音が高く青年に向かって高く跳躍する。それを追うようにして高い音が空気を震わせる。その場に展開したのはレティシアの共鳴の力場。
「よっと!」
 空中で神音が青年を抱える。それを見たほかの二人がほっと息をついた。
「ふむ、これは少年の足跡でしょうかね」
 暗視を発動させて崖の陰になっている場所を観察した鶯実がしゃがみこんだ。
 大人より小さな足跡が崖に沿ってぽつぽつと残っている。
「木の枝だ‥‥ということは木が勢いを殺しているはずだから重大なけがはなさそうですね」
 周辺に散らばっていた大量の木の枝を見たレティシアが言った。これだけ折れていればはじめは木の上に落ちたと考えられる。

 それから足跡が途切れてはまた現れを繰り返し、それを追って四人は次第に森の奥へと歩みを進めた。
「今のところはまだ何もなさそうですね」
 超越聴覚でアヤカシの音や少年の小さな声でも聞き漏らさないようにしていた鶯実が肩をすくめた。
「ねえ、もし少年君と冊子、どちらかしか救えないとしたらどっちを選ぶ?」
 ぽつり。神音が青年に問いかけた。
 その質問に青年が目を見開いた。その様子を見た神音はすぐにしまった、と後悔する。青年にとっては酷な質問だっただろう。
「困ったな。足跡が途絶えましたね」
 レティシアが地面から目線を上げる。
「どこか、いそうな場所に心当たりは?」
 そう尋ねると、青年は地図を開いた。
「この近くなら‥‥ここに洞窟があったはずです」
 少年も一度来たことがある。覚えているはずだろうと彼は言った。
「では、そちらへ行ってみましょう」
 先頭を歩く鶯実が言った。
「大丈夫ですか?」
 疲れていませんか、とレティシアが青年に問うと彼はうなずいた。
「大丈夫です。洞窟はそう遠くないですし、急ぎましょう」

 それからしばらく経たないうちのことだった。
 突然鶯実が立ち止まる。
「誰かいるんですか!?」
 超越聴覚を発動した彼の耳にかすかな声が届く。その音の方向を確かめるように呼びかける彼に声はだんだん大きくなる。
「わかりました。こちらです」
 そういって茂みをかき分けながら進んだその先に。
「にいちゃんっ!」
 涙を浮かべた少年がうずくまっていた。
 それを見た神音がすぐさま呼子笛を鳴らした。



「呼子笛の音‥‥」
 地図を広げ、アヤカシと思われるクマの足跡を追っていた琉宇が聞こえた音に顔を上げる。
「アヤカシを見つけたが、この笛の音は――」
 弓を鳴らし、鏡弦で周囲のアヤカシに気を配っていたからすが言う。崖を下りた方向にアヤカシを見つけた彼女は同じように心眼を発動させたベルナデットの情報と照らし合わせる。アヤカシの周辺に生き物の反応はない。そうなると、笛の意味は一つ。
「少年を見つけたのかもしれないわね」
 ユリゼが言った。
「このままアヤカシが近づかなければいいんだがな‥‥」
 アヤカシを見つけた合図に狼煙銃を打ち上げ、隼人がつぶやいた。
 琉宇の作戦を開始するにはまだ早い。というのも、直線距離にすればそうでもないものの、崖があるためにアヤカシをうまく誘い込めない可能性があるからだ。
「急ごう」
 崖を下りる道を五人は急いだ。

「まずい」
 ベルナデットが眉を寄せた。
 アヤカシを誘い込むことができそうな場所まで移動し、怪の遠吠えを奏でようとした琉宇が首をかしげる。そのそばのからすも苦い表情を浮かべた。
「思ったよりもアヤカシが崖下班に近づいてしまった」
 アヤカシの位置からして崖があり、少年を保護した四人の場所へは近づけないはずなのに、それは妙な道筋をたどっている。地図に間違いがあったのだろうか。
「援護に行くわ」
 ユリゼがそういって動き出した。
「わかった。僕は作戦通りここで怪の遠吠えを奏でるよ。それで誘い込めれば向こうはより安全だし」
 琉宇がうなずく。
「あの方向ならいい場所があった気がする。私も援護に行こう」
 からすが地図を思い出しながら言った。



 応急処置に神音が持っていた火乃酒滴で木の枝によってできた傷の消毒をし、包帯で手当てを受けた少年は青年に抱えられてぐったりとしていたが、鶯実が梅干しを食べさせると多少元気になった様子だった。
「来ますよ!」
 超越聴覚でアヤカシに気を配っていた鶯実が音を聞き取った。
 のっそりとクマの姿をしたアヤカシが現れると同時に彼は素早い動作でアヤカシに飛びかかる。アヤカシは爪を立てて応戦するも、あっという間に鶯実が目の前から消えてしまったために空振りをする。
「そこだ!」
 その隙に彼は雷火手裏剣をアヤカシの眉間へ投げつける!
 しかしアヤカシは直前で身をひねる。攻撃は眉間から逸れ、アヤカシの肩を切り裂く。
 それに怒りを見せたアヤカシが腕を振る。風の刃が来る。レティシアは最初に見た木の傷を思い出しながら総合的に射程を割り出す。そして一般人の二人をその範囲から退却させる。
 しかし。
 立ち上がるところで少年がつまずいた。風の刃が少年に襲いかかる!
「この!」
 瞬脚を発動させて神音が割り込むよりも早く、青年は大切なものであるはずの冊子を投げつけた。
 風の刃により、冊子が粉々――誰もがそう思ったそのとき、アヤカシは突然動きを止めた。琉宇の怪の遠吠えがそれには気になって仕方がない様子のアヤカシは簡単に神音が懐に入るのを許し、爆砕拳を受けた。
「今よ!」
 疾風のごとく現れたユリゼが粉々を免れた冊子を拾い、アヤカシが気を取られている間にアイヴィーバインドを発動する。そして、用意した布で冊子を包んで青年に手渡した。
「さ、早く行きなさい」
 ここは任せて、と彼女はレティシアのコートと手袋を身に着けた少年を見て一瞬考え込み、毛布をコートで覆われていない下半身に巻きつけた。
「やらせはしないさ」
 退却しようとする五人を、逃がすまいとするアヤカシの両足に矢が順番に突き刺さる。からすである。彼女は影撃でアヤカシの足の関節を狙い、動きを阻害した。
「助かったよ!」
 少年を抱えた鶯実が行き、その後ろから神音が言った。
「こっちよ」
 なるべく少年を保護した四人からアヤカシを引き離すようにユリゼは走った。



 時間は少し巻き戻る。
 ユリゼとからすが援護に駆け付けてから、琉宇はなるべくアヤカシが途中で止まるようにと怪の遠吠えを奏でた。周囲を警戒するベルナデットが心眼で近づいてくるもう一つの生き物の反応に気が付くのはそれから間もないことだった。
「まだいたのか‥‥!」
 それを聞いた琉宇は即座に夜の子守歌を発動。
「食らえ!」
 ベルナデットが眠ったアヤカシの前に躍り出る。そして、渾身の一撃を叩き込む!
 それにより目を覚ましたアヤカシだったが、状況を把握する前に彼女の背後から飛来し、降り注いだ弾丸に貫かれた。
 隼人は銃を構えたまま笑った。そのまま単動作。もう一度発砲する。それはベルナデットの頭上を飛び越え、次に発動されたクイックカーブによって曲げられていた。
 ようやく我に返った様子のアヤカシが腕を大きく振る。ベルナデットが避けた風の刃が琉宇へと襲いかかる。彼は素早く木の後ろへ回避、木の表面を抉ったそれをやり過ごす。
「どこを見てるの?」
 木の後ろから顔をのぞかせた琉宇が重力の爆音を発動する。それは偶然にもさらに現れたもう一体のアヤカシをも押さえつけ、そしてアヤカシ自身の攻撃によって抉られ不安定になった木々を倒した。
「もう一体いたのか」
 近くの低い崖の上からからすが矢を番える。
 木が倒れたことで土煙が立ち、視界が悪い環境下ではあったが、からすは自分の今までの経験と勘により矢を放つ。それは土煙を裂くようにしてその先にいるアヤカシを貫いた。
 それに続いてユリゼがブリザーストームを発動する。晴れてきた土煙に代わって今度は視界が真っ白に染まる。アヤカシには開拓者たちがどこにいるのか全くわからなかった。そして、吹雪によりダメージが蓄積していく。
「仕留める」
 吹雪によりアヤカシの視界が遮られたのを利用し、ベルナデットが低い姿勢で鞘から刀を抜き放った。居合。高速の一撃はただでさえ防御困難、ましてやこの視界である。的確に急所を狙ったその一撃はアヤカシを一刀両断した。
「もう一丁!」
 一体アヤカシを倒したのを確認し、琉宇がもう一度重力の爆音を奏でる。抑えられたアヤカシの動きが鈍くなったところで、単動作でリロードした隼人が空撃砲を発動!それは重力の爆音により動きが鈍くなったアヤカシに面白いように正確にあたり、アヤカシが転倒する。さらに連続して単動作、そして動けないアヤカシに銃弾が叩き込まれる。
「終わりだな」
 それでもなお足掻くアヤカシに、五文銭を発動させたからすが隼人の撃ちぬいた場所に向かって矢を放った。



「ほら、泣くなよ」
 まだ別れじゃないんだから、と青年が少年の頭を撫でた。
 診療所に戻りそれぞれの細かいけがの手当てを受けた後、琉宇やユリゼの提案により、青年は老人のもとで修行している間に使っていた採集の道具を少年に残すことにした。そして、それを受け取った少年が号泣、という図式である。
「しかし無事でよかった。‥‥大事なものを勝手に持ち出したのは感心しないぞ」
 心配をかけたりしているのだ、言うべきことがあるね?と言った隼人の言葉に少年は小さく「ごめんなさい」と絞り出した。そんな彼の頭を隼人もわしゃわしゃと撫でる。
「別れたくないと思うのはみんな同じ。大好きな人を心配させたくないのなら‥‥笑顔でいてほしいと思うのなら、あなたにしかできないことがあるはずです」
 レティシアが背伸びをして自分より少しだけ背の高い少年に目線を合わせた。彼は相変わらず泣いているまま。
「君もいつか飛び立つんだ。邪魔をしてはいけない」
 からすも言う。
「彼の背中を追いかけて卒業すればいい。今以上に勉学に励み、追いつけばいいのだ」
「おい、つく‥‥」
 皆の言葉に、少年は小さくうなずいた。
「離れてもお手紙を書いてあげてね。少年君を何よりも大事に思っているんでしょ?」
 とっさのところで大事な冊子を投げつけた彼を思い出し、神音がトゥワイライト・レターを差し出した。
「ほら、もう泣かないで」
 琉宇が少年に微笑んだ。
「世話を焼かせるな」
 青年の写本の手伝いを終えたベルナデットが苦笑した。
「まったくですね」
 鶯実が煙管を咥えながら同意した。