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■オープニング本文 今年もまた、暖かな春風が村に彩の季節を運んできた。 「いやあ、よく咲いているもんだ」 村の周りを取り囲むように植えられた桜の木を見上げた村人に笑顔が浮かんだ。 薄桃色の花が、まるでそのうつくしさを競うかのように咲いたその景色は、村の自慢であり観光客を呼ぶ大切な収入源であった。 そろそろ、花見の準備をしてもいいだろう。花の寿命は短い。のんびりしていたらあっという間に散ってしまうだろう。 「急いで村長と宴の日取りを相談しないと」 観光客も参加する花見は毎年大いに盛り上がる行事ではあるが、あまりにも観光客が多すぎると花見ではなく人見になってしまう。村では毎年宴が開かれる日に客が集中しないように直前まで村人にも日にちが通知はされない。噂になると困るからである。だからこそ偶然宴に参加できた者には何かいいことが起こるとまで言われるようになってしまった。 「去年は八分咲きの頃にやったんだったっけ」 前の年を思い出しながら彼はつぶやいた。 「今年は満開、ってところかな」 そう言ってふらふらと歩き出した。そして、ぴたりと立ち止る。 「‥‥あんなところに桜の木なんかあったか?」 彼は首をかしげる。 小さいころからこの村で育った彼だったが、さすがにはっきりとどこに何本桜の木があるかなど覚えていられない。村全体の桜の木が多すぎるのだ。 「気のせいか」 どうしても桜の木が一本増えているような気がしてならなかったが、さすがに突然木が生えてきて花を咲かせるなんてありえないこと。きっと自分の勘違い、と彼はそのまま通り過ぎようとした。 しかし。 「え」 次の瞬間起こったことに村人は自分の目を疑った。 二分咲き程度の花が急激に開いていき、目を離したすきに満開になっていく。そしてあっという間に散っていき――花びらが彼へ向かってきた。 「な、なんだ?」 突然のことに呆然とする村人が身の危険を察知した時にはもう手遅れだった。 散った花びらが刃のようになって飛んできたのだ。 「うわああああッ!!」 抵抗することもできずに、その体が切り裂かれた。 ● ギルドの受付係はやってきた依頼書をめくる手を止めた。 「この依頼なんてどう?」 開拓者に開いた冊子を手渡して。 「桜の有名な村で、桜の木の姿をしたアヤカシが出現したらしい」 花びらを飛ばして人を襲い、倒れたところで枝を伸ばしてからめとり、食べてしまうとのことである。 「木だからその場を動かないけれど、花びらを飛ばすことのできる範囲は広いみたいだから要注意ってところかな」 受付役の説明に、開拓者は考え込んで「なるほど」とうなずいた。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
及川至楽(ia0998)
23歳・男・志
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
りこった(ib6212)
14歳・女・魔 |
■リプレイ本文 一面ピンクに染まる村の桜を見回しながらクラウス・サヴィオラ(ib0261)は苦笑を漏らした。 「こんなきれいな場所に、物騒なアヤカシが紛れ込んでいるなんてな」 手早く切り倒したいところだ、と言いつつ周辺の様子を観察する。あらかじめ聞いた話では桜のアヤカシはわかりやすい場所にいるのだと言うが。 「桜退治、ねえ‥‥」 その言葉を聞いた鴇ノ宮 風葉(ia0799)は少しあきれ気味につぶやいた。 「被害が広く及ばないうちに討伐してしまいましょうか」 アヤカシの場所まで案内する村人が立ち止った。その先に立っている一本の桜の木。並木から外れた場所にあるどこか妖しい雰囲気を醸し出すそれに視線をちらり、杉野 九寿重(ib3226)が言った。 「さて‥‥花見だ」 「おししょさん‥‥」 「む、違ったか?」 軽い口調でアヤカシ退治を花見の余興とばかりに言った成田 光紀(ib1846)にノルティア(ib0983)が「それ‥‥ちょっと早いような」と返した。 「おとなしいアヤカシはいないものなんですかね」 一見普通の桜の木に見えるそれに偶然にも近づいた蝶が花びらによって切り裂かれる様子を目撃した雪切・透夜(ib0135)がやれやれと肩をすくめた。 「ってことで、いっちょ桜退治といきますか」 にっと笑って言った及川至楽(ia0998)に、りこった(ib6212)が杖をぎゅっと握り、気合のこもった目で「はい」と答えた。 ● ギルドに依頼が入った時点で報告されている、この桜のアヤカシの特徴として一番嫌なところは宙に舞う薄紅色をした無数の刃。準備なく近づいていけばたちまち八つ裂きにされるだろう。 「来ますよ!」 第一の障害である花びらの攻撃に備えて各々盾を構えたり防御の準備をしたりして慎重に近づく仲間たちに、一番前で変化に気が付いた九寿重が声をかけた。 「任せなさい!」 ざっと花びらが散ったのと同時に八人の前に黒い壁が現れた。風葉の結界呪符「黒」である。鋭い刃がとととと‥‥と音を立てて壁に突き刺さる。 「横!」 黒い壁を回り込むようにして後ろへ入ってくる花びらが透夜の頬を浅く切り裂いて、赤い線を残した。叫んだ彼の声と同時に盾を持つ仲間たちが横からの攻撃に備える。 ノルティアの盾の後ろに隠れて冷静に花びらの軌道を読み取ろうとしていた光紀は「ふむ‥‥」と顎に手をやった。見る限り本物の花びらのように風に乗って無規則にひらひら舞っているわけではなさそうである。 「また来るわよ!」 注意深く花びらの舞うタイミングを見ていた風葉の声が響く。 「‥‥前は、任せて‥‥もらって、だいじょうぶだから」 分析を続ける光紀とその隣、クラウスの盾に隠れたりこったにノルティアが声をかける。 そうしながらじりじりと、ゆっくりではあったが仲間たちは徐々にアヤカシ本体に向かって前進を続ける。 その間にも花びらはとどまることなく、増えては減り、増えては減りを繰り返していた。 「きり、ないなあ」 盾の後ろから隙を見て苦無を本体に向かって投げつけていた至楽が言った。 彼が投げた苦無によってつぼみを付ける枝が少しずつ削り取られているわけだが、このペースではきりがないとしか言いようもない。 「わかったぞ!」 光紀の目がきらりと光る。 「攻撃は二通りだ。まっすぐ飛んでくるものと、途中で曲がり横から飛んでくるもの。まっすぐ飛んでくるものは枝が動かず、曲がるものは飛ばすときに枝が少ししなる」 「了解、と」 それを聞いたクラウスはぐっと前進する。わかってしまえば前に気を付けるべきか横に気を付けるべきか判断できる。ちょうど花びらはほとんどひとまとまりになって飛んでくることが多い。飛んでくる方向を集中的に警戒すればいい。 「しかも、花弁は無数でも枝の傷自体は回復しないみたいだしな」 至楽の苦無によって切り落とされた枝を見た彼は花びらの刃が減ったところを見計らってリベレイターソードを振った。それに合わせてほかの仲間たちもさらに前進する。 「危な‥‥!」 正面からの花びら攻撃に九寿重が横踏で避けた。 「もう一歩だな」 タイミングを見計らって枝に攻撃をするクラウスの陰から光紀が霊魂砲を発動。蜻蛉の姿をした式が範囲内の枝をばきばきと切り落としていく。 「まったく‥‥よく、動く‥‥」 桜の木自体が曲がりくねり、上から枝を叩きつけるようにして襲いかかる。最初にオーラファランクスを発動したノルティアがあちらこちらから襲いかかる枝をシールドノックで押し返し、刀で裂く。 その後ろではりこったが岩清水を手に、毒薬を作っていた。――その際に彼女の口がつむいだ妙な呪文は気にしないこととして。 「もう少し削らなければ‥‥!」 枝の量を観察しつつも叩きつけられる枝を受け流しによって逸らしながら、九寿重が作戦開始のタイミングを見計らう。ある程度本体に接近した現在でもアヤカシも花びらはところどころで散っているが、量は減ってきた。しかし、実際に囮作戦を始めるにはまだ多く、これをすべて食らえばただでは済まない。 「花びら!」 風葉が叫ぶと同時に発動された結界呪符「黒」の黒い壁が形成され、仲間たちの横から回り込んで来ようとした花びらを防ぐ。 「そろそろ始めたいところなんだがな」 枝と花びらを盾で退け、切り落とせるものは切り落としながら動くノルティアに迫った新たな枝に光紀の斬撃符がうまい具合に命中した。 盾の後ろからちまちまと苦無で枝を削っていた至楽とクラウスの視線が絡み合った。二人は確認するようにうなずく。そして、盾の後ろから飛び出した。 ● なかなか今までのように簡単に捕食させてくれない相手にアヤカシがいらつきを覚えたころに、二人の人間が無防備に躍り出た。ようやくのごちそうだ。今まで粘ってきた人間がなぜ突然襲ってくれと言わんばかりに飛び出してきたのか、アヤカシにはそんなことを考える知能はなかった。 桜の花びらが散る。 「あでっ、あだだだァ!うぎゃー、やーらーれーたー」 「ぐっ!」 派手に声を上げてばたーんっ!と倒れる至楽と、対照的に膝から崩れ落ちるように倒れるクラウス。至楽の、本当にやられたのかという元気な演技に風葉がくすくすと笑う。 ほかの仲間たちはそれぞれ盾に身をひそめたりうまく避けたり、花びらを食らわないように注意しながらその様子を見守った。そして間もなく枝がぱきぱきと音を立てながらゆっくりと伸びていく。 心覆で殺気を隠した至楽とぴくりとも動かないクラウスに枝はゆっくりと忍び寄る。 「かかった‥‥ね」 あとわずかで枝が至楽に届くところで、今まで息をひそめていたノルティアがスタッキングを発動!一気に詰め寄り、その太い枝を切り裂いた。そして、その隙に倒れていた至楽も立ち上がり、ノルティアの斬撃を追うようにして太い枝を切りとる。 「あによ、やっぱり元気そーじゃない」 さっと立ち上がった至楽にくすくすと笑う風葉が「これなら治療術はいらないかしら」と言いながら彼に閃癒をかける。一瞬治療してもらえないのかと思った彼が「シラク強い子我慢デキルヨ」と片言に涙目でぶつぶつとつぶやいていた。花びらで体中を切り裂かれたのだ。元気にふるまっても痛いものは痛い。 その一方で本当に死んだかのように動かないクラウスは枝に絡め取られ、ゆっくりと幹へと近づいていた。 「これで太い枝はほとんど落としましたね」 仲間たちの攻撃により、いつの間にか見違えるほどに枝が減ったアヤカシを見上げ、切り落として空中で消えた枝を振り払った透夜が言った。とはいえ、まだいくつかの枝が残っており、油断はできない。 その間にもクラウスは幹へと近づいていく。ゆっくりと幹が動いた。そして、ぽっかりと真っ黒な隙間が拡大していく。 クラウスは閉じていた目をぱちり、と開いた。 「おっと、食べさせはしないぜ?」 そして、にやりと好戦的に笑い。 「お前が食らうのはこっちだ!」 その開いた口に武器を抜き放ち、渾身のスマッシュ! 「ぐおおおおががががああああッ!!」 アヤカシが耳をつんざくような悲鳴を上げた。しかしそれでもクラウスを離さない。至楽を逃したことで余計にやっと捕まえた獲物にありつけるアヤカシも必死なのだ。 「クラウス!」 「クラウスさん!」 口の上まで持ち上げられたクラウスを見て、九寿重が切磋に炎魂縛武を発動させて炎をまとった刀でアヤカシへ詰め寄った。 その直後に開いた口へと叩き込まれるのは、透夜のオーラショット。 「今だあっ!」 りこったが最大まで開いた口に、アイヴィーバインドをかけて固定する。不利になって口を閉じようにも閉じられないアヤカシがうろたえた。そして彼女は続けざまに作ってあった毒薬を放りこむ。 「いい加減放しなさいよ!」 いつまでたってもクラウスを掴んだままのアヤカシの枝に風葉の浄炎が炸裂、それに乗じてクラウス自身も剣で枝を切り付けた。 「それっ!」 クラウスが枝から離れたのを見計らい、りこったがサンダーで枝を完全に切り離す! 「‥‥それじゃ、一気に‥‥かな」 防御するために振り回す枝も減ってしまったアヤカシの幹に接近したノルティアの言葉により、八人はいっせいに総攻撃を開始する。 「アヤカシ以外には影響がないんだし、せっかくだから思いきり暴れさせてもらうわよ?」 今までのお返し、とばかりに派手に一発、浄炎を食らわせようとした風葉にほかの仲間たちの顔から血の気が引く。 「‥‥あによ、うまく避けなさいよね!」 問答無用。 浄炎が一直線に開いたままの口へと吸いこまれる。 「これで、どうです‥‥!」 追い打ちをかけるように、透夜の流し斬り。そして間髪入れずにクラウスも同じ技を、的確に同じ場所へと叩き込む! 「これで最後か!」 光紀が続けてほかの者に倣い、霊魂砲をアヤカシの口の中へ。 「桜を騙ったからには、美しく散っていただかなきゃだわな」 余裕の表情の至楽は精霊剣で刺突。 「はあっ!」 「りこも最後のプレゼントーっ!」 最後に九寿重が切り裂き、りこったがサンダーを発動した。 一拍おいて、空をも割りそうな轟音。 炎上した桜の木は八人の集中攻撃により、幹の八割がたまで切り込みが入り、よろよろと不安定に揺れた。 それを見たノルティアが、一瞬止まり。 「よいしょ」 何もない場所へ向かって、シールドノックで押したのだった。 ● いつの間にか桜は満開になっていた。 「いやあ、ありがたいありがたい」 本物の桜の木の下で豪華な料理に舌鼓を打ちながら光紀が言った。 実を言えば、この料理は光紀が事前にこっそりと村人に用意させたものであるのだが、それをあえて言う必要はないだろう。 「こちらもおいしいですよ」 「わあ、本当だ!」 九寿重が花見は初めてと言うりこったに料理を勧め、それを一口食べたりこった幸せそうな笑顔を浮かべた。 「あによ、それは」 横笛を持ち出して演奏する至楽と、あきれ顔の風葉。非常に失礼なことではあるが、なんというか、あまり上手でない。 そのそばで料理をつまんだり、雑用をしたりしていたノルティアが光紀の袖を引いて。 「お花見、も‥‥いいもんだね」 家の近くの桜でもしたい、と言った彼女に光紀も笑って肯定した。 「おう、それは桜か」 「クラウスさん」 透夜のスケッチブックを覗き込みながら、クラウスが尋ねた。桜の木を見上げながら、彼は酒を片手に笑う。 「この美しさを見ているだけで、疲れも飛ぶような気がするから不思議だ」 なにか特別な力でもあるのではないか、と言った彼に透夜が微笑む。 「次の春も見に来れたらいいな」 「そうですね」 遠くから仲間たちのはしゃぐ声が聞こえる。 ごろごろと地面を転げまわって騒いでいた至楽が途中でいつの間にか寝てしまい、それと入れ替わるようにあちらこちらから笑い声が上がった。 こうして、賑やかな花見の宴会は夜まで続いた。 |