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■オープニング本文 とある町の、とある劇団の役員たちは大忙しだった。 年があけ、公演もひと段落といったところであったが、次に待ち受けているのは新入団員募集という劇団にとっては大事な大事な行事。いかにして実力者や、将来有望な志願者を見つけ出すかというのは、なかなかに難しい。 「この劇団も、いつの間にかここ一帯で有名になったからなあ」 はじめは客一人来ないような小さな劇団だったのが、涙あり笑いありハラハラドキドキの物語と優秀な舞台音楽、そして役者たちのただ並みならない実力が話題を呼び、すっかり名物と化した。 そのため、毎年年明けに行われる入団試験には山ほどの志願者が押し掛けるようになったのだ。 「あー、審査もめんどくさいんだよなあ‥‥」 役員は間もなくやってくる大仕事に遠い目でため息をついた。 「おい!いいこと思いついた!」 と、そこにどたどたと足音を立てて男が駆け込む。 「なんですか、団長。こっちだって暇じゃないんですよ」 いそいそと志願書を整理しながら、役員は言う。 「新しい入団試験を思いついたんだ!」 ● 「その入団試験が危険だから止めてほしい、と言うことですか」 開拓者ギルドの受付役は「はあ‥‥」とよくわからない顔をした。 「具体的にどんな?」 そう問いかけると、劇団役員は困り果てた表情を浮かべた。 「‥‥町からおよそ半日のところに山があって、そこで最近世にも恐ろしい顔をした化け物がいると旅人達の間で噂になっているんです」 目撃情報もいくつかあるので、いることは確かだろう。 話によれば、ぼさぼさの長い髪に二本の角、ぎょろりと飛び出した目に不気味な笑ったようにゆがんだ口を持つ人間と同じくらいの高さの生き物らしい。好奇心で化け物を探しに行った者は戻らないとか。 「団長は、そいつを探し出して、志願者にそいつを恋人だと思って演技をさせるつもりです。でも‥‥私には危険だとしか思えなくて」 化け物に襲われたのかはわからないが、実際に行方知れずとなった者もいるくらいである。そんな危険なことはやめておくべきだと意見したものの、団長は聞く耳を持たない。 「人を襲っている可能性もありますし‥‥団長を止めるついでに退治していただければと思って」 劇団の公演を見に来る客の中にはあの山を通らねばならない者もいるだろう。客の安全も考えると危険因子は取り除いたほうがいい。 「わかりました」 十中八九アヤカシだろうと思いながら、受付役は詳細をまとめ始めたのだった。 |
■参加者一覧
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
袁 艶翠(ib5646)
20歳・女・砲
狸寝入りの平五郎(ib6026)
42歳・男・志 |
■リプレイ本文 世の中には命知らずな者もいるものだ、と思わされずにはいられないだろう今回の依頼を引き受けた5人は案内役の劇団役員との待ち合わせ場所へと向かった。 「アヤカシを入団試験に使おうだなんて、ばかげてるわね」 あきれた風に言うのは、袁 艶翠(ib5646)である。 「アヤカシに対する認識が甘いんでしょうね」 その言葉にうなずきながらペケ(ia5365)も言う。 あちこちでアヤカシが出没し、被害者が絶えない今日だ。開拓者でもなく志体も持たないただの一般人がアヤカシの前に躍り出れば何が起こるかわからない。アヤカシがどんなに危険なものなのか、まったく知らないはずはないのだが。 「まあ、アヤカシを試験に使うたあ、面白い」 笑いながら狸寝入りの平五郎(ib6026)が言った。確かに斬新な思い付きではある。 「じゃが、あまりにも無謀じゃ」 芸術家に変わり者が多いのは知っているが、とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が続けた。 「やはり個性だと思うのだ!」 平野 譲治(ia5226)が言う。 ハイレベルな人間が集まる入団試験だからこそ、あまり差がつかずに選抜が難航するのだ。そこで個性があるかないかで差を見つければいい。 「皆様、お待たせしてしまって申し訳ございません」 一度はどのように団長を説得しようかと話あったはずだったが、また説得についての話題が始まろうとしていたころに、げっそりと疲れた表情の少女が5人の前に現れた。 「間に合ってよかった‥‥団長が、今日山に行くと言って聞かないんです」 彼がこのようなことをするのもすべては劇団を思ってのことだとは分かっているが、団員一同は心配なのだと彼女は言う。 「どうか、説得をお願いします」 ● 案内されて活動拠点の建物に到着すれば、そこには少女と同じように疲れた表情の団員がちらほら。 「こちらです」 入り口を通り抜け、さらに奥へと行くと団長室へたどり着く。そして、彼女が声をかける前に部屋のふすまがすっと開いた。 「おう」 「団長」 出てきたのは長身の男。いかにも役者といった風貌の彼は荷物を担ぎ、すぐにでも出かけられる格好をしていた。 「あなたが団長さんですか?」 ペケが尋ねると、彼はうなずいた。 「いかにも」 「アヤカシを入団試験に使うんだって?」 にやり、と笑いながら平五郎。 「あ、ああ。そうだが‥‥」 「この大馬鹿野郎が!」 いったい突然何を言い出すのかとばかりに、ぽかんとした表情の団長に向かって、平五郎は声を荒げた。 「もしもてめえに何かあったら、この劇団がどうなるかわかってるのか!」 アヤカシは危険な存在である。それこそ、人を食らうために存在し、ほとんどが餌を見つければ一目散に襲いかかってくるような化け物。そんな奴らに、力を持たない者などひとたまりもない。 「お前たちはいったい‥‥」 「団長。私たちが開拓者ギルドに依頼を出したんです」 危険を顧みずに単独、山へ出かけようとする彼を心配し、劇団員で決めたのだった。 「俺は大丈夫だ」 しかし団長は何を根拠に言っているのか、自信満々返した。 「何を言ってるんですか!アヤカシに対する認識が甘すぎます」 ペケがまっすぐに団長の目を射抜くように見つめて言った。 「本物のアヤカシで入団試験を行えば、どんだけ犠牲者が出るかわかりません。それほどに危険な存在なんです」 入団希望者が減り選抜が楽になるどころか、このままでは劇団自体が社会的に消し飛んでしまうと力説する。 「偽物アヤカシでも試験は可能ですよ」 そして、声を和らげペケは言った。 「団長よ、妾はこう見えても演劇がわかる人間じゃ」 言葉を失った団長に、リンスガルトが声をかけた。そして、彼女が知る限りの演劇事情を話すと、団長は驚いた顔を見せた。 「ずいぶんと詳しいな‥‥演劇がわかるというのはうそではなさそうだが」 そして、嬉しそうに微笑む。 リンスガルトもまた演劇について語りたいといった様子であり、このまま説得がうまくいきそうな雰囲気が漂い始める。 「何かあった時の冷静な判断力を見るということじゃが、志体を持たぬ者がアヤカシを前にして何ができるというのじゃ‥‥今まで開拓者が間に合わず、全滅した村や町のことを聞いたことがないとは言わせぬぞ!」 今までの2人とリンスガルトの力強い説得により、団長が聞き入れてくれそうな表情になったのを見計らい、彼女はあと一押しとばかりに言った。 「なあ、俺も昔は一家を構えてた身だ。頭を欠いた集団がどうなるか、身をもって知ってる」 静かな口調で平五郎は言った。 「てめえがいなくなったら、団員ども散り散りになっちまうぞ?あいつら、寒空ん中放り出すのか!おめえにとっちゃ、団員は家族みてえなもんじゃねえのかよ!」 うわっついたことを言ってねえで、自分の立場を考えてから物言え、と彼は言い切った。その迫力に周りの団員も思わず息を止めてしまっていた。 しかし。 「お前たちはどれだけの応募が来ているのかを知らないだろう。見ろ、この団員たちのやつれた顔を。受験者の振り分けと問い合わせに対応するだけでてんこ舞いだ」 彼が言うには、それだけの人数を審査することになれば、本当に実力のあるものも見逃してしまう可能性があるとか。 「思った通りの強情ね。少しは痛い目に会うほうがいいのかしら」 あれだけ言ったにもかかわらず、結局山に出かけることをやめない団長に、艶翠はため息をついた。 「百聞不如一見ともいうし」 彼女の言葉にほかの4人も仕方がない、と視線を交わした。 ● 結局団員や開拓者たちが引き止めるのも聞かずに山へと向かった団長に、5人は無理やり同行することになった。 「とりあえず、まだいねえみたいだな」 心眼を発動させた平五郎が周辺の状況を確認しながら言った。 「あまり離れないでくださいね」 「わかってる」 きょろきょろと周りを見回し、アヤカシを探している様子の団長を見てペケが言った。 「そんなにかまわなくていいんじゃないかしら?」 子供じゃないんだから、と艶翠。 実際に痛い目を見ないとわからないだろう団長に、彼女はあくまでも放任主義を貫いている。 「‥‥ま、死ぬのは見たくもないし、援護くらいはするわ」 本当に危なくなったときに、と言いたいのだろう。 と、その時。 「見つけたみたいなのだ!」 譲治の声で、平五郎以外の3人がはじかれたように示された方向に向き直る。 「うわ‥‥」 誰が声を漏らしたのかはわからない。ただ、遠くに見えていたアヤカシはあまりにも醜かった。 「行くのじゃ!」 すぐにリンスガルトが駆け出した。その後ろを艶翠が追いかけるようにしてアヤカシへ向かっていく。 「はああ!」 あと一歩といったところでアヤカシが敵の接近に気が付き、跳躍して剣を振りかぶったリンスガルトの一撃を両腕で受け止める。その後ろから間髪入れずに艶翠の弾丸が降り注いだ。 「食らえ!」 仲間たちによる連続攻撃にアヤカシが一瞬ひるんだ隙を見逃さずに、平五郎が射程距離ギリギリからアヤカシに手裏剣を投げつける。それはまっすぐな軌道を描き、アヤカシの髪を一房切り落とし、また頬に鮮やかな線を付けた。 「ギエエエエエエッ」 一方的にやられていたアヤカシが咆哮をあげる。 そして、ぼさぼさの長い髪がふわりと重力に逆らって浮かび上がった。 「危ないのだ!」 団長のほうへと向かってきた毛束を譲治の結界符術「黒」が防ぐ。 別の方向へ伸びた髪はリンスガルトが盾を使い、うまく受け流すことで向かう方向を変えていた。 「妙な真似はやめといたほうがいいと思うが?」 そわそわとし始めた団長の様子に、平五郎ががしっと彼の腕を強くつかんで拘束する。おそらく団長はここで自分がアヤカシ相手に演技できるかどうか試したいのだろう。 その間にも戦闘の中心にいる仲間たちがアヤカシと激しい戦いを繰り広げている。 アヤカシは髪を伸ばし、遠くの敵に攻撃を仕掛けながら近くの敵には手に持った包丁で器用に相手をする。しかし、二つのことを同時にやっているからこそ生まれる隙もあるわけで、リンスガルトはそれを見逃すようなことはしなかった。 包丁をガードで防御し、一方で確実に相手の体力を削っていく。 「そっちに行ったなりよ!」 そして髪を相手にしていた譲治が叫ぶ。 「了解です!」 何度か髪による攻撃を受け、消えかけていた黒い壁と団長の間にペケが立ちはだかった。 「‥‥もうご覧になってお分かりだと思いますが」 すうっと壁が瘴気となったその一瞬に、彼女はそれを叩き落とす。しかしそれでも勢いを失わなかった一部の髪がペケの体に小さな傷を作っていく。 危険だと判断した平五郎が団長を引いて、遠くへ行こうとするその前に、彼女は続けた。 「あれは入団試験に利用できる存在じゃありませんよ。強行したあげく、試験で犠牲者を出せば結果劇団をつぶすことになるだけです」 真剣なペケの横顔に団長は息をのんだ。 「大丈夫なりか?」 体中に細かい傷を作ったペケに、譲治が治癒符を発動した。 「ずいぶん手こずらせてくれるわね!」 髪の毛をぶんぶんとあちらこちらに動かすアヤカシに、艶翠が少しいらだった声を出す。 「あまりなめてもらっても困るわ」 そういって彼女は精神を集中させる。もともとしっかり状況を把握できるように視野を広く確保したため、敵の次の行動が読めてきた。 そして、単動作で弾を充てんしアヤカシに当たりそうだが当たらないところへ発砲する。 わざと攻撃を外したように見える彼女の攻撃が理解できないアヤカシは、余裕そうによけて見せた。 「‥‥かかったわね」 にやり、と笑った。 その次の瞬間、一度外れたように見えた弾丸は急カーブで再びアヤカシのほうへと戻っていく。 「!?」 それは髪の毛をごっそりと撃ち落とし、さらに見事にアヤカシの腕を撃ち抜いた。 「こっちも忘れないなりよ!」 一瞬の出来事に状況に追いつけないアヤカシを、譲治の火輪がさらに追い詰める。適当にあちこちに伸ばされた髪を燃やしたのだ。 「ふん、ここまでくればこちらのものじゃ」 ただやみくもに髪をあちらこちらに伸ばし、攻撃も適当に包丁を振り回しているアヤカシはかなり焦っている様子である。それを見てリンスガルトはふっと笑みを浮かべた。 「とどめじゃ!」 流し斬りを叩き込む! 「追加よ!」 リンスガルトの一撃によって崩れたアヤカシに、艶翠がさらに追加で鮮やかに弾丸を放った。 ● それからと言えば、団長は放心状態だった。 それも無理がないだろう。何せ今までまともにアヤカシを見たこともないような一般人が戦場の一歩手前でその戦いを見ていたのだから。 これで説得は成功。誰もがそう思った。 「‥‥あいつらが危ないのはよくわかった」 劇団の部屋に戻った団長がぽつり、と言った。 「つまり、今回のように開拓者を雇えばいいというわけか!」 「はあ!?」 団長のまさかの発言に一同は思わず声をあげる。 「あのですね、冷静になりましょ?」 あきれ顔でペケが言う。 「偽物のアヤカシで十分なはずですよ」 団員扮する偽アヤカシに何の不満があるんですか、とばかりに彼女は言った。 「‥‥俺は今日初めてあのアヤカシとかいう化け物を見たんだ」 団員もほとんどアヤカシを見たことのある者がいない。そんな彼らにはたして本物のアヤカシに匹敵する恐怖を生み出し、受験者を試すことができるのだろうかと彼は言う。 「団長!いい加減にしてください!」 とうとう耐え切れなくなった団員が叫んだ。 「開拓者の皆さんの言う通りです。ここにそんな危険な化け物を呼び寄せたら大惨事になります。‥‥そうしたら、私たちの夢はどうなるんですか!」 「しかし、このままではお前たちが疲労で倒れてしまうだろうが!どうしろと言うんだ」 団長はアヤカシが危険なことを間違いなくこの日で体感している。それは絶対である。しかし、彼がこれほどまでにこだわるのは、入団試験の準備のために激務に追われる団員達のためだったのだ。 「それだったらいい案があるなり!」 譲治である。 「まず、団員の皆さんと対のエチュードをしてもらい、基本的な演技力を見る。それから次にそれに合格した人に何も言わずにお化け屋敷に入ってもらう。その対応を見て、合格した人はさらに最終審査として距離を決めてただ歩いてもらう」 彼のアイディアは止まらない。 「この時に、本当にただ歩いただけの人はその場で失格、自然的に歩くことに個性を追加させられる人を合格にするとか」 言い終わって、にこりと笑った。 そんな彼に劇団の一同がぽかんとした顔をする。 「お化け屋敷に偽物アヤカシを使ってみてはいかがでしょうか。そもそも、入団希望者だってアヤカシを見たことある人なんてめったにいないと思いますし」 ペケも言った。 彼女は団長がアヤカシを見てもまだ入団試験に使おうとしていることに失望し、彼は団を出るべきだと思っていたが、団員たちがまだ彼を慕っていたために言い出せなかった。 「そ、そうか!お化け屋敷ならば大道具小道具や様々な効果で雰囲気を出せるから、多少偽物のアヤカシに不備があっても目立つことはない。それに‥‥言われてみれば確かにそうだな」 なぜ気付かなかったのだろうか、と団長。 「お化け屋敷に入る前には中で何があるかを予告せず、ただ中に入って演技をするようにしていすれば‥‥」 譲治の案にさらにいろいろと付け加えを始めた団長はあっという間に自分の世界に入ってしまった。 「偽物アヤカシを演じることは団員にとってもいいことですもんね」 「そうそう」 ペケと譲治は顔を見合わせてうなずいた。 「ま、俺には芝居とかそういうのはわからねえが、団員に心配かけねえよう、気張って親分やってくんだぜ?いいな?」 ぽん、といまだにぶつぶつと何かを言っている団長の肩をたたき、平五郎は言った。 「ああ、そうじゃ!妾の演技を見てもらえないじゃろうか‥‥!」 リンスガルトが団長に申し出ると、彼は首をかしげた。そこから、突然リンスガルトの演技は始まる。 「ああ団長、あなたはなぜ団長なの?」 その一方で譲治は劇団の雑務手伝いを申し出た。 小道具整理で様々なものを見つけては楽しそうにしている彼を、ほかの団員たちはほほえましく見守っていた。 「これで一件落着‥‥ってところかしら」 ほう、と艶翠が一息ついた。 |