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■オープニング本文 「のぅ、まだ着かぬのかえ?」 どこか疲れたような女の声が俺の耳に入ってくる。何度目だろうか、山道に入ってからというもの少し進む度に聞いてきやがる。 「姫‥‥まだ数刻しか経っておりませぬゆえ、辛抱なされませ」 先頭を歩いている爺さんが苦笑交じりに答えると、姫って呼ばれた女は俺たちの担ぐ籠の中で小さく文句を呟いている。それを見て爺さんは溜息。どうやらどっかの姫とその御付みたいな関係なんだろうが、どう考えても爺さんの苦労が大きいやな。 「籠屋殿‥‥もう少し速度を上げれぬか?」 ―――前言撤回、この爺も敵だ。 「そうは言いますが旦那‥‥これでも精一杯やってんですぜ?」 ちょっと苛立ち気味に答える俺。でも愚痴の一つも言いたくなるさ。何せこの籠、一体何入ってんだか知らねぇけどべらぼうに重いんだぜ? 「しかしですな‥‥儂のような老いぼれの足と同じような速度では目的地に着くのはいつになるやら‥‥」 やれやれって顔で頭を振る爺さん。だがな爺さん、アンタ歩くの無茶苦茶早ぇぞ。そんだけ歩けりゃ老人山登り大会とかあったらぶっちぎりで優勝だぜ? いや真剣に。 「そう言うなら旦那、中身の荷物を減らしてくれませんかね?」 「‥‥? 何を言っておるのじゃ。中身は姫しかおらぬよ」 何言ってんだこの爺。大人二人で持ち上げんのに苦労する姫ってなんだよ。しかも重さで棒が軋んでるくれぇなのに。まぁ中身を見られたくねぇってのはお偉いさんのよく考えるこったしな、俺ら一介の籠屋が拝めるようなもんじゃねぇんだけどよ。 「とにかくじゃ。この辺りは山賊も出るという話じゃし‥‥出来る限り急いでくれ」 「‥‥へい」 適当な返事を返す俺。山賊なんて冗談じゃねぇや。命あってのモノダネ、出たら速攻で逃げよう。 「よぉ、大層なモン持ってんじゃねぇか」 突然男の声がして周辺の木々の隙間から何だか柄の悪そうなお兄様たち登場。それぞれ手には日本刀やら小太刀やら鎖鎌やらをお持ちでいらっしゃる。何て言うか、思っちゃうと現実になるって本当だなー。 「よければその荷物、俺らに預けてくんねぇかな?」 にやにや笑いながら一人が日本刀をこっちに向けてくる。 勘弁してくれ‥‥俺にはまだやることがあるんだ。そうだ、ここは爺さんに一つ交渉をしてもらって。 「おいそこの二人、その籠の中身は何だ? あぁ?」 ‥‥今二人っつったか?俺ら籠屋二人と爺さん入れて三人だろ―――って爺いねぇ!? いつの間に姿消しやがった!? っつか姫置き去りかよ!? 「ん、何じゃ? もう着いたのかえ?」 おう‥‥最悪だぜ姫さん‥‥何でそこでしゃべっちまうんだ。 「何だ? 誰か乗ってんか?」 「誰かとは無礼者! 妾は七宝院家の鷹姫なるぞ!」 うわー、身分高いっぽいことはわかったし多分貴族なんだろーけど。言わなくていい情報言っちゃったよこの馬鹿姫‥‥いや鷹姫ー。 「ほぅ? そりゃ随分なこった! んじゃ貴族サマからたんまり金が毟り取れるっつーわけだな」 うん、そうなるよな、普通。あー、俺の人生短かったなー。よう相棒、遺言は考えたかい? 「どきな。その籠は俺らがもらってくぜ」 凄みを利かせた怖いお兄さんたちは言いながら俺たちを押しのけて籠を持とうとしていらっしゃる。 「‥‥!? な、何て重さだ‥‥っ!」 「くぅ‥‥持ち上がらねぇ!?」 重いモンを運ぶときはちょっとしたコツがあるからなぁ‥‥素人じゃ無理もねぇ。 「くそ、たんまり荷物入れやがって‥‥少し出すぞ!」 うん、そこまでは俺たちと同じ考えだわな。無理矢理できる分ちょっと羨ましいなー。 あ、言ってる間に開けちゃった―――うん? 何で固まってるんだあの人たち。中身にそんな凄いモノでもあったのかな? どれ、俺も覗いてみようか。 ●開拓者ギルドにて 「‥‥それで誘拐された姫を助け出せ、と?」 「左様でございます」 『粋』と巻かれた鉢巻に半被姿の受付係の言葉に、目の前の老人が頷きながら答える。 「ま、うちとしちゃ貴族さんから依頼を断る理由なんざないんだがよ。何で開拓者なんだ? 貴族ならもっと頼りになるとこあんじゃねぇの?」 言いながら首を傾げる受付係に、目の前の老人は何とも言えぬ表情のまま俯いた。受付係はしばしの間次の言葉を待っていたが、一向に話す気配がないので大きな溜息をついた。 「ワケアリってことか‥‥ま、いいぜ。受けてやらぁ。で、場所とかその辺の情報は?」 受付係が尋ねると、老人は懐から一枚の紙を取り出す。どうやら周辺の地図のようだが、随分と鮮明に、しかも丁寧に書かれている。これなら迷えという方が難しいというものだ。 「随分はっきりしてんなぁ‥‥これ調べたのかい?」 「いや、相手側から送られてきたのじゃ。怪文書と一緒にな」 そう言ってもう一枚の紙を取り出す老人、覗き込む受付係。書かれていたのは次のような内容だった。 姫は預かった。 返して欲しくばありったけの金を持って指定の場所まで来い ここで追加で「早く」と入れられている。 更に墨で消されて下に「すぐに来てください。お願いします」と追加。 「おのれ卑劣な悪党め、よくも姫様を‥‥というわけで宜しくお願い‥‥どうしたのじゃ?」 机に突っ伏している受付係に不思議そうに声をかける老人。 何とか自分を取り戻した受付係は早速依頼書をギルドに張り出した。 『こんなの来たから後宜しく』 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
武六(ia0517)
20歳・男・陰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
御剣・蓮(ia0928)
24歳・女・巫
神無月 渚(ia3020)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●いざ救出へ。 囚われた姫を救出するために地図を頼りに目的地へと急ぐ開拓者たち。 今回の依頼にはどうもただの誘拐とは違う何かが潜んでいるような気がする―――それをいち早く感じ取っていたのは鬼島貫徹(ia0694)と御剣・蓮(ia0928)の二人。貫徹は依頼自体のきな臭さを、蓮は諸々の嫌な予感をそれぞれ胸に抱いていた。だがそれを考え出すとキリがない。 「ふん。気に入らんが今は考えても仕方があるまいな」 すこぶる機嫌の悪い表情の貫徹を見ながら苦笑する蓮。 「確かに腑に落ちない点が多いですね。でも場所に間違いはなさそうですし、まずは行ってみましょう」 「あぁ、わかっておる」 真実を敢えて伏せて向かうそんな二人とは対照的に真剣一直線な男が一人。 「姫さんが人質で捕えられてる。急がねぇとヤベェ!」 真剣な表情の北条氏祗(ia0573)は言いながら自慢の二刀の感触をそっと確かめる。 常に全力で―――全ては己の鍛錬のために。それが氏祗の信条。故に今回も全力。 「待っててくれ、今行くぞーっ!」 「えぇい、静かにできんのかっ!」 無駄にアツい氏祗に貫徹の怒鳴りが一轟。蓮は苦笑が止まらない。 「姫様かぁ‥‥カワイイ娘だったらいいなぁ‥‥」 中空をぼんやりと眺めながら『姫』という響きに思いを寄せる神無月 渚(ia3020)。勿論姫だからと言って可愛いかどうかは別問題だが、人間期待はしてしまうものである。 「私身分の高い方とお会いするの初めてなんですよね〜。一体どんな御人なんでしょう」 柔らかな笑みを浮かべながらのほほんと呟く巫 神威(ia0633)が抱くのは純粋な好奇心。 「ふふ‥‥何でもいいのですよ‥‥お酒さえ飲めればそれで‥‥」 怪しげな笑みを浮かべてブツブツと呟くのは武六(ia0517)。言葉尻からわかる通り彼は大の酒好き。勿論依頼遂行中は余程でなければ飲めない。云わば禁酒状態である。 「武六兄さん、手が震えちょるが‥‥大丈夫か?」 隣にいた高倉八十八彦(ia0927)がビクビクしながら問い掛けると、武六はゆらりと顔を動かし八十八彦の肩をガッシと掴んだ。 「酒なんですよ。終わったら一杯飲むんです。安いのじゃなく高いのを!」 「わ、わかった! わかったけぇ微妙に揺れる手でわしを掴まんでくれーっ!」 これから戦闘が始まる―――そんな予感を微塵も感じさせないまま、開拓者たちが目的地に辿り着いたのはそれから数刻後のことであった。 ●観察、そして突入へ。 地図に記された場所には大きな口を空ける洞窟が一つ存在していた。人工的な物ではなく自然にできた洞窟のようだが、確かに山賊が根城にするにはもってこいの場所である。その洞窟の前にいくつかの人影と高価そうな籠が一つ、無造作に置かれている。一行は相手に気付かれない程度に距離の離れた物陰に潜みながらその様子を窺っていた。 「あれか」 「間違いなさそうですね」 貫徹の呟きにコクリと首を振る蓮。高貴な人間が山賊にどんな目に合わされるか、またその後姫が取る行動に一抹の不安を抱いていた貫徹は姫の居場所を探るべく目を凝らす。 「‥‥籠の中にいるんですかね?」 先程と打って変わって真剣な表情の武六が眉を顰める。見る限りでは姫らしき姿は見えない。確認できたのは頭領らしき大柄の男と、柄の悪そうな男五人。そして籠の傍で縛られている男二人―――恐らく籠屋だろう。 「どうする? 一気に突入するか?」 「どうじゃろうな‥‥ここで様子を見てても仕方ないんは仕方ないんじゃが」 うずうずとした様子で言う氏祗に手を顎にあてて考える八十八彦。隣で自らの愛刀の刃を確認していた渚がきょとんとし顔を八十八彦の方に向ける。 「全部ぶっ壊しちゃえばいいんじゃないですかぁ?」 「あらあら‥‥ダメよ、女の子がそんな物騒なこと言っちゃ」 苦笑しつつ頭をコツリと小突く神威に「なんでよー」と頬を膨らませて拗ねる渚。 やんちゃな妹を窘める姉―――そんな構図に見えて思わず頬笑みを零した蓮は洞窟の方に視線を向ける。 「まぁ山賊を捕えれば姫の居場所もわかるでしょう」 「こちらに賊の要求に応える手段がない以上、それが一番早そうですね」 言いながら武六も手元の符を確認する。 それぞれが武器を構え、戦闘準備に入る開拓者たち。 相手に人質という切り札がある以上短期決戦で片を付けなければこちらが不利。 「迅速且つ確実に―――腕の見せ所だな」 二刀を構え舌舐めずりをする氏祗。 己が力を高めることを第一とする彼にとってはこの状況も望むところなのだろう。 「こんな下らぬことに時間を割くこともあるまい―――行くぞ!」 羅漢を手に吼えた貫徹を筆頭に開拓者たちは一気に洞窟前へとその身を躍らせた。 ●突入、そして退治へ。 「恥を知らぬこのウツケどもがっ! 俺の名は鬼島貫徹! 貴様らに鉄槌を下す者ぞ!」 突如現れた男が名乗りを上げながら厳つい顔で迫ってくる―――山賊たちの感想である。 勿論貫徹は咆哮で自分に敵を引き付け混乱を誘うためにやっているのだが、山賊とはいえ一般人の相手にはもうその顔だけで恐怖の対象となったようだ。 「な、何だっ!? よくわからんがやっちまえ!」 慌てた頭領と思われる男が叫ぶ。 だが命令した本人がよくわかってない状態で統率も何もあったものではない。 近くにいた山賊一人が無我夢中で貫徹に斬りかかり、羅漢の一振りであっけなく沈んだ。 それを見てバラバラと構え出す男たちに氏祗と渚と神威が高速でその距離を縮める。 少し離れた場所から声を上げるのは八十八彦と蓮。 「皆、気張りんさい! わしらは応援しとるけぇ」 「頑張ってください!」 無邪気に踊る八十八彦と淑やかに踊る蓮。対照的だが効果は同じ―――『神楽舞・攻』。 開拓者たちの身体に力が漲ってくる。 「北条二刀流、北条氏祗! 死にてぇ奴は掛かってきな!」 我こそは、と名乗りを上げる氏祗の振るう二刀が煌めき、その口元に緊張感を悦ぶ笑みが浮かぶ。 慌てた山賊が振りかぶって突進してくれば、左の太刀でそれを受け止め右手の太刀を相手の脇腹に叩きこむ。悶絶した山賊がゆっくりと地に沈む。 「どれだけ弱くても私は手加減なんてしないよぉー」 にこやかに笑う渚は刀の背を近くの山賊目掛けて薙ぎ払う。 何とか受け止めようとした山賊。だがその鋭さに防御が間に合わない。鈍い音がして山賊の腕が変な方向に歪む。悲鳴を上げて倒れる山賊を踏みつける渚は口元を歪に歪ませた笑みを浮かべる。 「斬れないんだからもうちょっと楽しませてよねぇ」 「やりすぎちゃダメよー?」 渚の背中越しに声を掛ける神威がくすくすと笑う。 笑いながらもしっかり山賊の腹部に拳を入れて沈めていたのだが。 「く、くそっ‥‥てめぇら‥‥」 神威の拳を受けた山賊が地べたを這いながら見上げる―――と、そこで山賊の動きが止まる。 「‥‥‥‥?」 首を傾げる神威。男の視線を辿るとそれが自分の腰下辺りにあることがわかる。 「くっ‥‥帯が邪魔―――」 言葉途中でゴスッという音と共に神威の拳が男の顔面にめり込んだ。 動きやすい格好とはいえ色々大変なようだ。 「ちぃっ! こうなったら―――」 くるりと踵を返して縛られた籠屋らしき二人の方へと身体を向ける山賊。 しかし突如その身体の動きが止まる。 驚愕の表情を浮かべる山賊が自身の身体に目を向けると、影のようなものがぐるぐると巻きついている。 「すいません。そっち行かせるわけにはいかないんですよ」 指の間に符を挟んで苦笑するのは武六。 だがその瞳が見つめているのは依頼終了後に飲む酒であったことは言うまでもない。 残るは頭領らしき男だた一人―――開拓者たちは円となって男を取り囲んだ。 「く、くそおぉぉぉっ!」 追い詰められた男が必死の形相で斬り掛かる。 だが数でも能力でも劣る男が油断すらしていない開拓者相手に敵うはずもなく。 あっという間に倒されて縛りあげられてしまった。 ●捕縛、そして解放へ。 「大丈夫か? 拙者たちが来たからもう大丈夫だ」 「あ、あぁ‥‥ありがてぇ‥‥」 籠屋の二人の縄を解いてやりながら氏祗が声を掛けると、二人は弱々しい笑みを浮かべた。何かをされたような跡は見受けられないが、ひどく衰弱しているようだ。 「他に敵はいなさそうですね」 周囲に気を配っていた武六が呟く。 伏兵の類がいるかもしれないと思っていたが、どうもそれはなさそうだ。 「で? 姫さんはどこにいるのさー」 縛り上げた頭領の頬をペシペシと叩きながら問い掛ける渚。 鬱陶しそうに顔を顰めた男は無言のまま顎で籠の方を差す。一同の視線が一斉にそちらに向く。 「え‥‥? 籠から出てないのですか‥‥?」 驚いた表情で言う蓮。他の仲間も同様の表情を浮かべる。 それもそのはず、誘拐されていれば籠の中よりもまず外に連れ出すと思うもの。 何か特別な理由があったのか―――だが開拓者たちはこの後すぐに理解することになる。 「何じゃ騒々しい‥‥ゆっくり休めぬではないか」 籠の中から溜息混じりの女の声が飛んでくる。 同時に籠を覆っていた簾がゆっくりと開き、中からぬっと人影が躍り出た。 身の丈凡そ六尺七寸―――今回集まった開拓者の中で最も長身である武六をも上回る巨体。鋭い一重の眼に貴族独特の眉、すっと通った鼻筋、そして分厚い唇。はち切れんばかりの筋肉を包んだ煌びやかな十二単が声以外で唯一女性であると判別できる点だ。そしてその太い腕には、恐らく山賊たちの仲間であろうと思われる一人の男―――どうやら意識を失っているようだ―――が抱き抱えられていた。 しばしの沈黙。 破ったのは貫徹。目の前の姫から視線を外した貫徹は、怒り心頭といった顔で転がされている頭領の胸倉を掴み持ち上げ、姫を指さしながら怒鳴り声を上げる。 「馬鹿者が、こんなものが姫であるわけがなかろうッ!!」 「う、嘘じゃねぇ!! こっちだって被害出てんだよっ!」 言い合う貫徹と涙目の頭領。 「‥‥さぁ氏祗さん、任せましたよ」 「せ、拙者には荷が重すぎる! 武六殿こそ‥‥っ!」 その隣では救出した姫に声を掛けるべく氏祗と武六がお互いに背中を押しあう。 実はふくよかな姿を想像していた彼ら。色んな意味で予想を裏切られて混乱している。 「ねぇ、アレ姫なの?」 「知らん‥‥わしは何も見とらんけぇ!」 何故か姫を見ないように必死で顔を背ける八十八彦の肩を叩きながら尋ねる渚。 八十八彦は存在しない未来像を夢見てひたすらに瞼を閉じていた。 「誰じゃそなたらは‥‥?」 「私たちはあなたを助けに来たのですよ。ほらほら、せっかくの可愛いお顔が汚れていますよ?」 首を傾げる姫に近付いた神威は暢気な声でそう言うと、手拭いで姫の口元を拭い始める。 女性ならではというべきか。それとも神威が凄いのか。 最初は少し驚いた顔をした姫だったが、興味深そうな視線を開拓者一同に向ける。 「何と! それはよぅ来てくれた。このような所で妾は怖くて怖くて‥‥」 言いながら腕に抱いた男をぎゅぅと抱きしめる姫。男はびくんびくんと痙攣。 「康彦ーっ!」とか「アニキーっ!!」という山賊たちの涙の叫びが響くも姫の耳には届かないようだ。 「あ、あの‥‥その方は‥‥?」 恐る恐る尋ねた蓮。聞かれた姫は一瞬手元で震える男に視線を送ると、にこりと微笑む。 「怖がる妾のためにずっと傍におってくれたのじゃ‥‥男前な上に心優しき御仁‥‥素敵じゃ」 ぽっと頬を染める姫を横目にそっと後ろを振り返ればぶんぶんと首を振る山賊たちの姿。 苦笑を浮かべる蓮が少しだけ、ほんの少しだけ山賊に同情した瞬間だった。 籠の中で怯えていたという姫に今回の依頼の趣旨を説明した一行。 その後一人の犠牲者の前で泣き崩れる山賊団を捕縛し、意気揚々と岐路へとついたのである。 ●旅の終わりに。 「全く‥‥よもやあんなのが姫だったとはな‥‥」 「まぁまぁ、取り合えずこうして無事に依頼も遂行できたのですから‥‥」 苦々しさ満点の顔で歩く貫徹を宥めるように言う蓮。 下手に気配りのできてしまう彼女は実は今回一番疲れたのではないだろうか。 「俺のこのどうしようもない怒りはどこにぶつければいいというのだ‥‥っ! それでも怒りが収まらない貫徹は誰にともなく静かに愚痴た。 そんな貫徹の後ろには大きな籠を担いだ籠屋の二人。結局餅は餅屋というわけで二人に運んでもらうことにした一行。 「さー、きびきび動くんだぁー。ついでに私も乗せてけー」 冗談なのか本気なのかイマイチ掴めない渚が、そこら辺にあった手頃な枝を振るいながら言う。 そんな渚を微笑ましそうに見る神威は、連行されて項垂れている山賊の背中をぽんぽんと叩く。 「世の中アヤカシより厄介な人が多いですから、真面目に生きた方がいいですよ?」 「アンタ‥‥そうか、そうだよな‥‥ 神威の言葉が何となく胸に染み渡る山賊たち。どうやら今回のことは相当堪えたようだった。 「あんさんらを助けに行ったのに結局仕事させてもうてすまんのぅ‥‥」 「いやいや、命あってのモノダネでさぁ‥‥」 どこか遠い目で答える籠屋に苦笑する八十八彦。そのままちらりと視線を後ろに向けると、そこには――― 「遠慮せずとも妾と共にくればよいものを‥‥」 「い、いえ、拙者はまだ修行中の身なれば‥‥」 迫る巨体にたじろぐ氏祗。しばらく粘っていた姫だったが、やがて其の標的をもう一人の開拓者―――武六へと移す。 「お主はどうじゃ? 妾と共に‥‥共に‥‥恥ずかしいっ」 「い、いえいえ‥‥私などのような者にもったいのぅございます」 にこりと微笑んで応えるの武六の胸中では、絶叫にも似た悲鳴と届かぬ緊急を告げる鐘の音が鳴り響いていたようだった。 こうして無事に姫の救出と盗賊の捕縛を見事に成功させた開拓者たち。 帰りの道中姫が暇をしないようにと様々な遊びを用意していたのだが、結局姫が氏祗と武六に心奪われて夢中だったために使うことはなかった。その代わり依頼を遂行し終わる頃には二人が真っ白に燃え尽きていたとかいないとか。 今回の一件により姫の家、七宝院家においての開拓者の位置づけが微妙に変化し、後に新たな形で再開する―――開拓者諸君にとっては迷惑この上ないかもしれないが―――ことになるのだが、それはまた別のお話。 〜了〜 |