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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「わざわざ見逃すなんて随分と寛大じゃない?」 薄暗い道場の中に呆れたような女性の声が響く。 振り向いたのは隻腕の男。流れるような銀髪のその男はくくっと歪な笑みを浮かべた。 「より屈辱的な方法じゃないと私の気が済みませんしねぇ」 「執念深いな‥‥そこまで憎いかい? 片腕を落とした開拓者って存在が」 男の左腕部分で泳ぐ着流しに視線を送りながら女性は問う。 女性には当然腕を落とされた経験はない。故に男の心情は理解できるものでもなかったが、男がしてきたことを考えれば左腕一本で済んだだけマシというものだろう。 「傷がね‥‥疼くんですよ」 言いながら男は自身の左肩を抱き締める。 開拓者の話が耳に入るたびに襲い来る、癒えたはずの痛み。 少なくとも男の中での時間は、あの時で止まったままなのだろう。 「趣味の悪いことだ‥‥」 そう言って苦笑を浮かべる女性の足元には男性と子供が縄で縛られて転がされている。 「ま、アタシはアンタの補佐を頼まれてるだけだし、どうしようが構わないけどね。ただ余り遊びが過ぎると足元掬われるよ」 「ふふ‥‥肝に銘じておきますよ」 本気なのか冗談なのかよくわからない男に女性は肩を竦める。 と、そこで道場の入り口から二人の男が姿を見せる。 「蛟(みずち)の旦那、ギルドの方にようやく動きが出たようです」 入ってきた男の一人が言う。 「あら、アンタたちも残るのね」 「へっ‥‥開拓者が気に入らねぇのは俺たちも同じなんでね」 少し驚いた表情の女性にもう一人の男が応える。 悪人の恨みを買いやすいのも開拓者の定めではあるのかもしれない。 「ふふ‥‥さぁ、早く来てくださいよ‥‥」 言いながら、心底楽しみだと言わんばかりに低い笑い声を漏らす男。 ―――そこにいるのは、狂気に駆られた一匹の獰猛な獣。 「ち、ちょっと待ちなって!」 慌てたように声を荒げるのは開拓者ギルドの受付係。 『粋』と書かれた半被姿の受付係が必死に引き止めているのは一人の女性。 「おめぇさんが今道場に行ったところでどうにもならねぇんだぞ?」 掛けられた言葉にゆっくりと振り返る女性。 「一目‥‥宇衛門様と太一の無事を確認するだけです」 「それは開拓者に任せろって‥‥だいたい無事を確認すんのにその小太刀はいらんだろうに」 強い決意を瞳に宿して言葉を紡ぐ女性―――お心の腰元に納められた一本の鞘を指差しながら受付係は言う。 「しかしっ‥‥」 「相手の目的は他の誰でもねぇ、開拓者だ。それに相手は元々辻斬り、他の人間に対して配慮があるとも思えねぇ。だからおめぇさんが行ってもかえって足枷になりかねねぇ」 受付係の言葉にただ黙って唇を噛み締めるお心。 言葉の内容は彼女自身も恐らくわかってはいるのだろう。だがどうにも押さえきれない気持ちがある。 まして聞いた話では相手は自分の婚約者の仇の男だ。 「前回で開拓者の面々も奴さんの手口が解ったろうしよ、必ず成功させてくれらぁ!」 受付係はそう言って右腕に力瘤を作ってみせる。 その後受付係の必死の説得にお心が折れたのは、日が暮れる頃だったという。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
七郎太(ia5386)
44歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●再戦への気概。 日が沈み闇が辺りを包む頃、複数の人影が村の中を静かに進んでいた。 人影は八つ。そのほとんどが以前にもここを通りかかった者たちだった。 「にしても随分と舐めた真似してくれたよな‥‥!」 「ですね。あのように他者を弄るような者に敗れるわけにはいきませんね」 ギリっと奥歯を噛み締める緋桜丸(ia0026)に高遠・竣嶽(ia0295)が同意を示す。 前回ここに来て煮え湯を飲まされてからまだそれほど時間は経っていない。それ故に鮮明に思い出せてしまう屈辱。目の前にして届かなかった目的。 「確かに痛い目は見た。けどまだ大事なモンを置き忘れてる以上、やらなきゃならないねぇ」 苦笑しつつ呟いたのは時任 一真(ia1316)。その横では神妙な面持ちの風雅 哲心(ia0135)と輝夜(ia1150)の姿も。 「目の前で、というのが一番堪えたな」 「うむ。今度こそ、という思いは当然あるな」 更なる思いを重ねる二人とは対照的に、一人どこかのんびりとした様子なのは七郎太(ia5386)。 「変に硬くなってもいいことないよ〜? こういう時だからこそ力抜かなきゃ〜」 「まぁ抜きすぎもどうかと思うが、気負いすぎは確かにいけねぇな」 へらりと笑う七郎太の姿に苦笑しながらも、確かに肩に力が入りすぎている仲間たちを憂うのは北條 黯羽(ia0072)。黯羽もまた哲心と同様に、以前の辻斬り騒ぎの際にこの村を訪れた者の一人だ。 そして一行から少し遅れて後を追うのは巴 渓(ia1334)。どうも彼女には思うところがあるようで終始無言のままである。 しばらくして。 一行の目の前に因縁とも言える道場が姿を現す。 建物や風景というのは昼と夜ではまるで違う表情を覗かせる。この道場もまた同じ、別段変わったところがあるわけではないのにどこか重々しい雰囲気を漂わせている。遠巻きに様子を窺ったところ、前回輝夜がぶち抜いた壁の穴は修復されることなくそのままにされているようだ。 「では手はず通りに」 竣嶽の言葉に頷く一行。 今回彼らが考えた策は基本的には以前と同じ。ただ今回は更にその迅速さが求められるため、多方向からの同時攻撃となる。正面・側面・そして前回の壁穴、三箇所からの突入により敵を撹乱し、一気に人質を解放する。 夜の闇に紛れた開拓者たちは、物音静かに各々の持ち場へとつく。 だが、これは最悪への序章となることをまだ彼らが知る由もなかった。 ●突入直前。 最初に行動する手はずとなっているのは、正面と前回開けた穴とは別の場所の壁を破壊する予定の輝夜と黯羽。壁に張り付くように身を寄せた輝夜が黯羽に目配せをする。頷いた黯羽は符を取り出すと意識を集中、符はみるみるうちに小さな鼠へと姿を変貌させる。 「頼んだぞ‥‥」 黯羽はすぐ近くの輝夜ですら聞き取れない程の小さな声で呟くと、鼠をそっと解き放つ。鼠は迷うことなく隙間から道場の内部へと姿を消していった。 「‥‥どうじゃ?」 こちらも小声の輝夜、鼠と感覚を共有する黯羽に尋ねる。 「‥‥宇衛門の前に例の隻腕の男がいるな。それと女。道場の中央だ。太一の方は男二人、こちらは穴のほうに近い」 人魂として放った鼠から得た情報をそのまま輝夜に伝える黯羽。事前に前回救出を試みた仲間から情報は聞いているため、どういう状況なのかは把握している。 どの突入場所よりも遠い道場の中央に陣取っている隻腕の男、しかもその目の前に人質である宇衛門。恐らくこちらの動きに対処するためではあるだろう人質が隻腕の男の傍にいることは予測できた事態ではあったが、こちらもそれを打破できるほど有効な手段を持ち合わせてはいない。となれば、まずは太一の傍にいる二人の男。こちらが突入する隙ができるとなればこの二人のほうが先になるだろう。 そしてその隙は意外に早く訪れることになる。 「輝夜、男の一人が人質の傍を離れた」 「隻腕の方は?」 「そちらは動く気配もない。ただじっと人質の前に座っている」 黯羽の言葉を聴いた輝夜はふむと頷く。 この様子では隻腕の男が動く様子はなさそうだ。ならば片方だけでも救出しやすい現状で動くのが得策か。 「‥‥動くか?」 「そのほうが良さそうじゃな。余り長い時間このままだと気付かれる可能性がある」 言いながら輝夜は手にした長槍『羅漢』を構えた。 「では―――行くぞ!」 気合一閃、輝夜はその体躯に見合わぬ槍を豪快に薙ぎ払った。 ●突入。 夜半の静まり返った道場に轟音が轟き、粉塵と共に壁の一部が盛大に破壊された。 道場内で開拓者たちが来るのを待ち構えていた男たち。輝夜の壁破壊は前回も経験してるはずで、十分に予測できる範囲だったのだが、いつ相手が来るかわからない状況は想像以上に男たちの精神を蝕んでおり若干反応が遅れる。とはいえ隻腕の男は動じるでもなく、ただ立ち上がっただけであったが。 新たに開けた壁穴から突入した輝夜は同時に咆哮を使用、男の注意を引き付ける。 そして――― 「こっちにもいるぜぇっ!」 輝夜たちの突入と同時に正面入り口より現れたのは緋桜丸と哲心、そして七郎太。 重ねがけのできない咆哮を使用した緋桜丸。が、これはあくまで撹乱のため。その読みは当たり、男たちは緋桜丸の方へと一瞬意識を削がれる。同時に突入した七郎太が駿足を駆って移動。瞬く間に太一の傍へ。 「忍法人質救出の術〜なんてね♪」 あくまで飄々とした態度で太一を抱えて離脱しようとする七郎太。しかしそのすぐ傍に抜き身の刀を振り上げた隻腕の男―――蛟が迫る。子供とはいえ人一人を抱えたまま避けるのは不可能と判断した七郎太は、太一を一旦刀の斜線から弾き飛ばした上で再び早駆で一気に距離を取る。だが蛟が動いたことでもう一人の人質、宇衛門の近くには女だけになる。そこに躍り出たのは隼人で身体能力を上げた一真。一直線に駆け抜けた一真は宇衛門の傍にいる女目掛けて手にした刀を投げつける。 「―――っ!」 さすがにいきなり武器を放ってくるとは思っていなかったのだろう、女は咄嗟に身をかわすので精一杯。その隙に一真は宇衛門を抱えると、そのまま距離を取る。体勢を立て直した女が一真の方へと身体を向ける。が、その身体が突如何かに縛られたように動かなくなる。 「‥‥呪縛符っ!?」 「残念、それ以上は動かさねぇよっ!」 言葉を発したのは黯羽。 同時に行動した仲間たちの影に隠れて密かに放った呪縛符は、見事に女の身体を縛ることに成功した。 そしてそれは一真が戦いの中心から距離を取るには十分な時間だった。 「まずは一人だねー」 抱えた宇衛門を一旦降ろした一真は再び視線を元に戻して状況を確認する。 女は黯羽の呪縛符で動きを封じられ、元々太一の傍にいた男二人は咆哮を放った輝夜と足止め役の哲心が相手を。七郎太は先程のやりとりで距離を取っている。渓は何をしているのか未だ姿を見せていない。そして肝心の蛟は、竣嶽と緋桜丸の二人が対峙していた。 「汝らはその男の目的を知って行動しておるのか? そやつは自らがアヤカシにならんが為に獣アヤカシと行動を共にし、その為に人を斬るという凶行を繰り返しておったのじゃぞ!」 叫ぶ輝夜は槍を振るう。男の一人が何とかそれを受け止めるが、輝夜の力の前に押される。 彼らも蛟と元々関わりがあったようには思えない。であれば無用な争いは避けれる範囲で避けておきたいというのが輝夜の本心。それ故に全力ではない。そして考えは哲心も同じ。もう一人の男と切り結びながら説得を試みる。 「お前らがどういうつもりであの男についてるのかは知らん。だがなっ!」 乾いた金属音と共に哲心の刀と相手の刀が交わる。 「関係ない奴まで巻き込んですることじゃねぇだろう!」 叫びながら刀を持つ手に力を込めて弾き飛ばす哲心。飛ばされた男は思わず片膝をついて刀を地面に突き刺す。同時にもう一人も輝夜の攻撃に膝をついていた。 「確かに俺たちのやってることは道を外してるんだろうがな‥‥」 言いながらよろよろと立ち上がる男たち。既に息が上がっているが、まだ目は降伏を示していない。 「命がかかってりゃ‥‥仕方ねぇんだよっ!」 吼えた男はほぼ捨て身状態で再び地を蹴る。 その様子に説得は無理だと判断した哲心と輝夜、二人によって男の動きが止められるのに、そう時間はかからなかった。 ●作戦の穴。 一方蛟と対峙していた竣嶽と緋桜丸は、未だ蛟の傍にいる太一の存在に焦りを覚えていた。 何度か七郎太が早駆で救出を試みたのだが、辿り着くことはできても連れ出す前に蛟の邪魔が入り結局救出は出来ずにいた。今回全員が人質を救出することに捕らわれすぎていて、蛟の行動の抑制を上手くできなかったのが原因ではあるのだが。 何とか隙を作ろうと攻撃を仕掛ける緋桜丸と竣嶽。同時に攻撃を仕掛けるも、蛟の凡そサムライとは思えぬ身のこなしと振るわれる刀の前に攻めあぐねていた。そして何より人質の存在が気にかかって全力で戦えないでいた。 「くそっ、埒があかねぇ‥‥!」 苦々しげに舌打ちする緋桜丸。 本来蛟との戦闘はできるだけ避ける方向で作戦を立てていた。だが敵の中で最も実力のある蛟が、何もしないままむざむざと行動させてくれるはずもなく、その時点で開拓者たちの作戦は崩壊したと言ってもいいだろう。 「くっ‥‥太一殿さえ助け出せば‥‥!」 悔しそうな表情を浮かべる竣嶽。 「いいですねぇ、その表情。それでこそ私の気が晴れるというものです。しかし余り時間もかけていられませんしねぇ」 くくっと低い笑みを漏らす蛟は、不吉な言葉を発すると突如手にした刀を地面に突き刺し、足元の太一の頭を鷲掴みにして持ち上げた。 「待ちなさいっ! 恨みがあるのは我々開拓者でしょう、その子は関係ありませんっ!」 慌てて叫ぶ竣嶽の姿にどこか満足げな表情の蛟。元よりこちらの反応を見て楽しんでいるのだろう。 (竣嶽、このまま何とか時間を稼げれば皆の手が空く。それを待つしかねぇ!) 視線を蛟から離さぬままに小声で話す緋桜丸。竣嶽は一瞬でそれを理解し、小さく頷いた。 「何が望みだ‥‥っ」 唇を噛みしめながら声を絞り出す緋桜丸。 「ふふ、そうですね、取り合えず手に持っている武器を捨ててもらいましょうか?」 蛟の言葉に一瞬躊躇う緋桜丸と竣嶽。だがここは一旦相手の言う通りにするしかないと考え、それぞれ武器を手から離した。それを見て蛟は口元を歪ませる。と、そこで予想外の場所から人影が躍り出る―――渓だ。 物陰から一気に飛び出した渓は、太一を掴んだままの蛟目掛けて一直線に走り出す。 「おや、まだいたのですね。ですが」 口元に笑みを浮かべたままの蛟は向かってくる渓の方に太一を向ける。 しかし渓は一向に速度を落とさない。 「人質があれば絶対攻撃されない、なんて思うなっ!」 そのまま大きく踏み込んだ渓は自身の技、疾風脚を蛟目掛けて叩き込んだ。 ●最悪の事態。 鈍く、嫌な音が戦いの渦中である道場内に妙に染み渡る。 一瞬誰しもが時が止まったようにその動きを止めた。 蛟たちは開拓者の予想外の行動に思わず目を見張った。 開拓者たちは何をしたのかを把握することができずにただ呆然とした。 様々な思いを含んだ各々の視線、その先は――― ぽたり、ぽたり‥‥ 赤い滴が道場の床に零れ落ち、規則正しく小さな溜まりを作成していく。 零しているのは渓の疾風脚に吹き飛ばされた蛟の身体。だがそれは蛟の滴ではない。 渓の放った疾風脚は完全に虚をつかれた形になった蛟の身体に完全に命中した。 だが蛟の前には太一がいた。当然蹴りは太一にも命中。 並の開拓者であれば多少のダメージで済んだだろう。 だが相手は志体も持たぬただの子供。無事で済むはずがない。 その証拠に太一の身体はピクリとも動かない。 「‥‥あ‥‥」 誰があげた声なのかわからない声が小さく響き、止まっていた時が動き出すかのように開拓者の身体を虚無感が襲い来る。その間にゆらりと起き上がった蛟は、自分が掴んでいた血まみれの太一を一瞥すると、そのまま無造作に放り投げる。慌てて駆け寄る開拓者たちに、蛟は侮蔑を含んだ視線を送って一言。 「‥‥開拓者も、堕ちたものですね」 そう言って悠然と道場を後にする蛟。元々人質救出以外には余り手を出すつもりがなかった一行に追う理由もなく、ただただその姿を見送っていた。同時に呪縛符に縛られていた女もいつの間にか姿を消していたが、一行にとっては既に意味のないことであった。 ●報告。 どれぐらいの時間道場に残っていたのかは定かではないが、とにかく救出した宇衛門を連れてギルドに戻った開拓者たち。誰がどう報告したのかも覚えていないが、とにかく起きた現実をお心に伝える。 お心は何となく帰ってきた顔ぶれを見て予想はしていたのかもしれない。 それでも何も言わずに報告を受けていたお心だったが、最終太一の話になると目に涙を溜めてじっと堪えていた。 救出するはずだった開拓者の手にかかった太一。 お心にとっては何の為に依頼したのかすらわからない。 開拓者が万能でないことぐらいは重々承知している。 だがそれでも気持ちを抑えることは難しい。 しばらく俯いて震えていたお心。何かを決意した表情で顔を上げると、開拓者一人一人の頬に一発ずつ平手打ちを放っていく。最後の一人の頬を叩いたお心は、無言でギルドを後にした。 お心の後に続いてギルドを出る宇衛門。 宇衛門は今回の一件を一部始終目の当たりにしている。 それ故にお心以上に思うことがあるのだろう、去り際にちらりと見せた宇衛門の表情は、まるで鬼の面を被ったかのように別人のものになっていた。 〜了〜 |