【鷹姫】乙女心は∞。
マスター名:夢鳴 密
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/23 19:42



■オープニング本文

 北面の北部にひっそりと建つ小さな館。
 館、というには少々寂れた印象を受けるその家では、現在七宝院家という貴族が暮らしていた。
 貴族の中ではどちらかといえば下級に位置する七宝院家は、その居を都より離れた北面に構え、特に政治に介入することなく静かに暮らしている、貴族にしては珍しい一族である。昔はそれなりの権力があったらしく、今でも分家はいくつか存在しているようだが、それだけである。
 だが、この七宝院家には一つのある特徴がある。それは―――

「爺、爺〜!」
 館内部に存在する巨大な大広間の最深部。そこに掛けられた簾の奥から可愛らしい声が響き渡る。
 簾の奥にいるのはこの七宝院家フ一人娘、鷹姫である。
 簾に隠れているとはいえ、灯りに照らされて映されているのは座っていてなお大人の女性ぐらいはあろうかという巨体。更にその幅は女性二人分に匹敵するのではないかと思われる鷹姫だが、これでも女性である。
 と、その簾のすぐ前の畳がパカリと捲られ、一人の老人が姿を現した。
「はっ、ここに」
「‥‥のぅ、爺。すぐに来てくれるのはありがたいのじゃが、毎回ようわからんところから姿を見せる癖は何とかならぬのか?」
「これは長年の習慣でございまして‥‥」
 溜息交じりの鷹姫に、爺と呼ばれた老人は無表情のまま答える。
「変な習慣じゃのぅ‥‥妾(わらわ)はもう慣れたからよいが。それはともかくじゃ、爺よ。一っ走り開拓者ギルドとやらに走ってはくれぬか?」
 嬉しそうに言う鷹姫の言葉に爺はピクリと眉を動かす。
 前回開拓者に助けられてからというもの、どうも姫は開拓者という存在に興味を持ってしまったようだ。
「姫、ギルドというのは困っている人間が仕事を依頼する場所にございます? 我等の様な困ってなどおらぬ者が行く場所では―――」
「それは前にも聞いた。だから今回はちゃんと用意したぞ、困ったこと」
 困った事は用意するものではない、という突っ込みを必死で飲み込んだ爺。
「‥‥して、何を用意したのでございますか?」
「うむ。これじゃ」
 言いながら鷹姫は着物の裾から一枚の紙を取り出した。
 かなり古い物であるその紙はどうやら何かの地図が描かれているようだが、所々が古すぎて見えなくなっている。
「これは‥‥?」
「七宝院家に代々伝わる宝の在り処じゃ」
「‥‥はて、そんなものは聞いたことがありませぬが‥‥」
 自信満々に言う鷹姫に爺は首を傾げた。
 確かに貴族には隠し財産というものが少なからず存在したりはするが、大体そういうものは噂としてどこかしらの耳に入ってくるものである。が、七宝院家に関してはそういう話は一切聞かない。寧ろ現状を考えれば真っ先に探しだそうとしてもおかしくはないはずなのに。
「ふふ、これはのう‥‥我が七宝院家代々の姫たちが残してきた宝なのじゃ!」
 不敵な笑みを浮かべる鷹姫に爺の背筋に一筋の汗が流れた。
「と言うわけじゃ。妾の先祖たる姫たちがすんなりと通してくれるはずはない。よって開拓者に助力を頼むのじゃ! そしてひと夏の最後の思い出を‥‥」
 既に妄想爆発状態の鷹姫を余所に、爺は大きな溜息と共に再び床下へと姿を消した。


「と、いうわけなのです」
 昼下がりの開拓者ギルドに現れた老人は、一通り話し終えた後にそう結んだ。
「代々の姫が残した宝、ねぇ。それ取りに行くのってそんな危ないもんなのか?」
 『粋』と描かれた半被姿の受付係は煙管をプカリと吹かしながら呟いた。
 確かに朝廷の隠し財産、とかかつて巨大な山賊組織が隠した宝、とかでない限りそんな厳重な罠が仕掛けられているとは思えない。
「姫を‥‥姫を甘く見えてはいけませぬ」
 ぼそりと呟く老人。受付係は眉を顰める。
「七宝院家の現在の姫は鷹姫。他にも同じ七宝院と名乗る分家があり、そこにも姫がおりますが‥‥鷹姫様を見ての通り、普通ではございませぬ」
「‥‥‥‥あー」
 言われて受付係は納得。報告書にあがっていた鷹姫の姿は想像を超えたものだったからだ。
「しかし‥‥七宝院家の血は代を重ねるごとに薄まってきておると聞いています。それが証拠に、あの鷹姫様ですら、普通の子が生まれたとお喜びになる家系なのでございます」
「なんちゅー家系だ‥‥って待てよ? それじゃその先祖代々の姫ってのは―――」
 言いかけてゴクリと唾を飲み込む受付係。
 沈黙だけが空間を支配し、喉が締め付けられるような変な緊張感がまとわり付く。
「‥‥詳しいことはわかりませぬ。ですが、一筋縄ではいかないことだけはご承知くださいませ」


 七宝院家の特徴。
 それは、生まれてくる女子が皆、『変』だということである。


■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
富士峰 那須鷹(ia0795
20歳・女・サ
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
煉(ia1931
14歳・男・志
腹部 康成(ia3734
25歳・男・サ
橘 楓子(ia4243
24歳・女・陰
金津(ia5115
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●姫と並びと密談と。
 北面北部に存在する七宝院家の屋敷。
 弱小とはいえ貴族、その屋敷は大きくはないものの立派ではあった。
 そんな七宝院家の裏庭に、ひっそりとクチを構える洞窟への入り口。
「宝探しとは面白そうですよね。久しぶりに普通の探検‥‥」
 言いながら相川・勝一(ia0675)はちらりと後方に視線を送る。視線の先には巨大な肉の塊―――もとい七宝院家の姫君、鷹姫の姿。
「普通じゃない‥‥絶対普通じゃないんだ‥‥」
「あぁ、やっぱり普通じゃないのか。世の中の姫って皆こうなのかと思ってた。だとしたら羨ましい限りだが‥‥」
 何故か背中で全力の哀愁を漂わせる勝一の言葉に安堵するのは煉(ia1931)。
 姫というのが皆あぁいう体格なら姫になりたいとか考えていたとかいないとか。
「姫さんっていうからどんなしおらしい女かと思ったけど‥‥ま、見てる分には面白いか」
 やる気ない表情で鷹姫を見つめる橘 楓子(ia4243)。
 彼女にとって探検など面倒以外の何物でもないのだが、眠っているという宝に若干の興味をそそられたようだ。尤も、姫の姿を見た時点で期待は捨てたようだが。
「姫って‥‥えっと、あの方、なんですか‥‥?」
 鷹姫の姿を見た伊崎 紫音(ia1138)があんぐりと口を開けたまま固まった。一見すれば―――というより見た目だけなら確実に女の子にしか見えない紫音は、予想と違った鷹姫の姿に最早言葉も出ない様子。
「色んな意味で賑やかになることは間違いないだろうが‥‥受けた以上は最後まで責任を持つ」
 そうは言いながらも腹部 康成(ia3734)の顔はどこか楽しげだ。内心では他の面子の反応やらが楽しみなのだろう。
「皆頼もしい限りじゃのう。妾は嬉しいぞよ」
 色々と思いを馳せる開拓者たちを見ながら満足そうに笑みを浮かべる鷹姫。そんな鷹姫の着物の裾をちょいちょいと引っ張る小さな影。
「姫様ってかっこいい方です。ボク貴女みたいな方にあこがれちゃいますっ。ボクは一介の陰陽師に過ぎませんが、今後とも仲良くしていただけると嬉しいですよっ!!」
 キラキラと輝く目で見つめてくる金津(ia5115)に、姫は「よきにはからえ」とにこりと微笑みを返す。
「お前あんなのがいいのか‥‥?」
「ふっ‥‥世の中お金が全てなのですよ。外見なんかどーでもいいんです」
 呆れた顔で呟いた朧楼月 天忌(ia0291)にどこか冷めた目付きで応える金津。
 「俺ならごめんだな」と天忌は肩を竦める。
「人の好みはそれぞれじゃ、構わんじゃないか。それより天忌、ちと話があるんじゃが」
 くつくつと笑いながら富士峰 那須鷹(ia0795)は天忌に声をかけ、その耳に何やら小声で吹き込んだ。少しして。
「なっ‥‥本気で言ってんのか!? 冗談じゃねぇ、何で俺がそんな‥‥」
「いいからやれ」
 慌てて声を荒げる天忌に問答無用の那須鷹。
 しばらく粘った天忌だったが、結局強引に丸め込まれてしまったようだ。
 一体何を話していたのか―――それは後にわかることとなる。
「じゃあ打ち合わせ通りに姫を中心に前後に四人ずつ、二列縦隊でいいか?」
 煉の言葉に一同が頷きを返す。
「そういえば罠があるんですよね。一体どんな罠が待ち受けているんでしょうか‥‥」
 期待と不安が入り混じる紫音の声と共に、一行は洞窟の内部へと侵入を開始した。

●罠と演技と腹黒と。
 洞窟の内部は話しに聞いていた通り人二人分の広さの通路が奥へと続いている。予定通り二人一組となり進んでいく一行―――姫は予想通り一人で通路を占拠していたが。
 明らかに人工的に作られ石造りの通路には所々に灯りを灯す部分があり、それを辿っていけば目的地に着くような造りになっている。そして当然の如くその通路には罠が仕掛けられていた。
「宝探しなんてわくわくしますねっ!」
 何気ない通路でもやはり冒険となれば一味違うのか、紫音がキラキラした目でキョロキョロと辺りを見回す。同様に姫もまた好奇心が強いらしく、物珍しそうにあちこちに触ろうとして康成に止められてたりした。その様子を見てにやりとする那須鷹は天忌の方へとつつっと寄り添う。
「わかっておるな‥‥?」
「わ、わぁってるよ‥‥だからそんなにひっつくなっ」
 いきなり距離が近くなった那須鷹の顔にわたわたする天忌。そんな天忌に人選は間違っていなかったと内心ほくそ笑む那須鷹。そして彼女の計画を実行する絶好の機会が訪れた。
 目の前の通路の真ん中に明らかに怪しい一部分だけ新しい床。
 勿論わざわざ罠に掛かることもなく避けて通る一行。だが―――
「うわぁっ!?」
 悲鳴を上げたのは那須鷹。足を踏み入れると作動する落とし穴にはまった那須鷹に、真っ先に手を差し伸べたのは天忌。避けれたはずの罠、そして自分でも抜け出せるはずの穴に手を借りる那須鷹。そう、これこそが事前に打ち合わせておいた行動。
「大丈夫か?」
 天忌に手を借りて穴から出た那須鷹、潤んだ瞳に頬を少し紅く染めて天忌を見つめる。
「助けてくれてありがとの‥‥」
「あ、あんなぁ、仲間なんだから当たり前だろ! ったく‥‥き、気ぃつけろよな‥‥」
 迫真の演技の那須鷹に思わずしどろもどろになる天忌。演技だと聞かされていたのにちょっと本気にする不器用さは天忌ならではだろう。
「ふふ、お礼に今度でぇととやらで茶か酒を呑もうか」
「ばっ‥‥おま‥‥何っ‥‥えぇ!?」
 言いながら腕を絡み付ける那須鷹に天忌の思考は完全に停止した。
 そしてそれをアツい視線で見つける影一つ―――鷹姫だ。
 鷹姫は恋に恋する乙女、つまりこういう危機的状況においてのラブロマンスという題材は妄想を膨らますに十分値する。どのようにすれば自分がそういう状況になれるか、それを見せ付けるのが那須鷹の狙い。そして予想通り鷹姫は那須鷹と天忌の姿をじっと見つめている。
(あぁすれば殿方は‥‥なるほど、勉強になるのぅ)
 既に目的とは異なる考えを馳せる鷹姫の姿に気付いた康成は、進んできた道程を地図に書き写しながら苦笑を浮かべる。
「これは気を付けねば狙われますね‥‥」
「何だい、楽しそうなことでもあったのかい?」
 呟く康成に楓子が声をかける。
 康成はしばし逡巡する。口調は荒いが楓子はぱっと見とても美人の部類に入る女性だ。一般的に考えて女性に素直に話すのは失礼に値するかもしれない。特に仲間の女性にそれを言うのは―――
「いや、傍観するほうが楽しいだろうと思いましてね」
「くく、せいぜい楽しませてもらおうさ」
 結局言葉を濁す形になった康成。だが楓子の反応から、彼女が全て知った上であえて何も言っていないことに気付く。とはいっても本人は面倒なだけだったりするのだが。
 そんな楓子に、女性は恐ろしいな、と改めて実感する康成であった。

●罠と自爆と胸きゅんと。
「むっ‥‥あれは!」
 何かに気付いた最前列の勝一は言いながら全員を手で制した。
「どうした?」
 不思議に思った煉が声を掛けると、勝一は黙って前方を指差した。
 どうやら明らかに怪しげな窪みが通路のど真ん中にあるようだ。
「‥‥落とし穴、か」
 言いながら苦笑する煉。
「一体どうしたのじゃ。何かあったのかえ?」
 余りに進みが遅いため後方からにょきりと顔を出した鷹姫に、勝一は一瞬ビクリと身体を震わせると何やら懐をがさごそと探りある物を取り出した。そして振り返った勝一の顔には白い仮面。
「はっはっは、何も心配いりませんぞ鷹姫殿」
「何で仮面‥‥?」
 仮面を被ってどこか性格まで変わった勝一の姿を見て、苦笑しながら呟く紫音の問い掛けに答える親切な仲間は今どこにもいなかった。
「近くまで行って様子を見てくるか‥‥」
 そろりそろりと進んでいく勝一。謎の窪みに対処するため長めの棒を準備済みだ。その後ろから一行も続く。窪み近くまで来た勝一は棒を突き出して窪みをカツンと叩いてみた。直後、重量感のある物体が動く音が響き渡り窪み周辺の地面が陥没する。下はどうやら水が張られているようだ。
「やはり‥‥」
「えーい♪」
 中の様子を確認した勝一、そこに何を思ったのか後方にいたはずの紫音が勢い良くタックル。当然前にいた勝一は押されてつんのめり、その先は―――

 ばしゃーん。

「‥‥伊崎殿‥‥これは一体‥‥」
 ずぶ濡れになった勝一が仮面姿のまま恨めしそうな視線を上に向け、煉もまた同様の仕草で天を仰ぐ。
「昔の偉い人が言ってました。罠を回避するには引っ掛けるのが一番だって!」
「んなわけないだろぉぉぉっ!?」
 にこやかな顔で言う紫音に勝一の叫びが響き渡った。
「何じゃ、今誰ぞ―――あ」
 突然目の前で消えた勝一に驚き、慌てた鷹姫は駆け寄ろうとして、躓いた。
「危ないっ!?」
 咄嗟に姫を救おうと身体を滑り込ませる煉。だが相手は巨体の鷹姫、当然支えきれるはずもなく。並みの男性二人分ほどの重量が煉の全身にのしかかった。
「ぐはっ!?」
 悲鳴を吐いて押し潰される煉。
「其方‥‥まさか身を挺して妾を‥‥」
 瞳をうるうるとさせながら煉を見つめる鷹姫。
 必要以上に姫とは接点を持ちたくない煉は『違う』という意思表示をしようと必死にもがくが、巨体にのしかかられたままで身動きが取れない。まして顔は鷹姫のアツい胸元に埋まっているのだ。
「煉、と言ったかの‥‥覚えておくぞ♪」
 頬をポッと染めながら呟く鷹姫。一方埋まったままの煉、拒否の意を示すように全力で首を振ったところで意識を失った。合掌。

●姫と宝と告白と。
 何度か同じような罠の網を掻い潜り―――というよりその度に誰かを犠牲にしつつ、一行はついに洞窟の最深部まで辿り着く。部屋のような場所になっている最深部には、一つの大きな宝箱のようなモノが鎮座していた。
「やっとですか‥‥随分と長かったように思いますね」
 通ってきた道程を全て記録しつつ罠の解除をしつつ、時には鷹姫の話し相手と忙しかった康成。そのせいか洞窟に入る前より若干ヤツれたような印象を受ける。
「おやおや、随分お疲れだねぇ。大丈夫かい?」
 言葉とは裏腹に手をぷらぷらと振りながら言う楓子は涼しい顔。康成とはほぼ正反対と言ってもいいだろう、実質彼女は『何もしていない』。同じ傍観者という立場にありながらこの違い。どうも康成は苦労性な所があるのかもしれない。
 さて、一行が宝箱の方へと歩みを進める中、金津だけは姫を呼び出して少し離れた場所にいた。
「何じゃ? このような場所に呼び出して‥‥」
 宝箱と煉の様子が気になって仕方がない鷹姫はどこかそわそわしている。
 一方の金津は鷹姫とは全く違う意味でそわそわとしている―――いや、彼の目的を考えれば演技かもしれないが。
「姫様‥‥ボク、実は姫様のことが‥‥」
 もじもじと身を捩じらせながら上目遣いで言い寄る金津。
 元々女性的な顔立ちの金津、幼年男子全開の彼が言い寄れば、恐らくその筋のお姉さんが見たなら一発でコロリといってしまう程の可憐さであっただろう。だが今回は相手が悪かった。元々鷹姫は護って欲しいという願望がある。当然強い男が好きなのだ。
「うーぬ‥‥気持ちはとても嬉しいのじゃ、有難う。じゃが、それは金津がもう少し大きくなってからの話じゃのぅ? 大きくなって、妾をしっかり護れるようになったら、その時は、の?」
 言いながら金津の頭をそっと撫でる鷹姫。
 撫でられた金津は自分が姫を護る意思があることを伝えようとして―――
「姫、少し見て頂けるかな」
「うむ、すぐ参るのじゃ♪」
 宝箱周辺にいる仲間たちからの呼びかけに嬉しそうに応えて飛んでいく鷹姫。
 その後姿をどこか悔しそうに見つめる金津。
 取り合えず彼の当面の目標は決まった―――ような気がする。

●宝と仲間と大団円。
 一方呼ばれた鷹姫が一行の下に辿り着くと、宝箱を取り囲むようにして皆一様に首を傾げていた。
 覗きこんだ鷹姫は開け放たれた宝箱が目に飛び込んできた。
「何じゃ、何が入ってたのじゃ‥‥?」
「いや、それが‥‥これなんですよ」
 苦笑しながら康成が取り出したのは一冊の帳簿のようなモノ。
 随分使い古されているようで、既にボロボロの状態である。中身を見てみると、そこにはまさしく蚯蚓がのたくったような線がずらりと書き記されていた。
「何です? これ‥‥」
 それを見た紫音が眉を顰めて首を傾げる。
「姫、これが何か分かるか?」
「勿論わかるのじゃ♪」
 振り向きざまに問い掛けた煉に対して投げキッスで返す鷹姫。
 この一撃は煉に立ち上がれないほどの衝撃とダメージを与えたようで、煉はその場にガクリと膝をついた。勿論鷹姫の目にはそんなものは入っていないが。
「これは妾たち七宝院家の姫が代々使ってきた恋文字じゃ」
「恋文字、ですか」
 明らかに嫌そうな顔をする勝一。それだけでどういうものか余り聞きたくなくなった。
 まぁ一種の暗号文のようなものなのだろう。どういう法則になっているのかは知らないがとにかく姫には読めるようだ。
「それで? 何て書いてあるんだい?」
 内容に若干の興味を抱いた楓子が、彼女にしては珍しく少し身を乗り出す。
「うむ。これによれば、ここに辿り着くまでに相手を見つけれたら勝ち、と書いてあるのぅ。どういうことじゃ‥‥?」
 読み上げた後で首を傾げる鷹姫。だがわかっていないのはどうやら鷹姫だけのようで、一行はその視線をそっと膝をついたままの煉に向けた。視線を感じた煉は背筋に何か寒いモノを感じたとか。
「まぁアレじゃ。ここまで共に来れた仲間の絆が何よりの宝じゃったというわけじゃ。のう、天・忌♪」
「だぁっ!? だから何で必要以上にくっつくんだっ‥‥もうそれはイインだろ!?」
 わざとらしく腕を絡ませる那須鷹に、顔を真っ赤にして喚く天忌。
「待てっ! それ以上‥‥それ以上近付くなぁっ!?」
「嫌じゃ、妾と一緒に来るのじゃ〜っ!」
 腰が引けながらも何とかその場から逃亡を謀る煉に、こちらも負けじと手をわきわきさせてにじり寄る鷹姫。恋する乙女の暴走は色んな意味で恐ろしいようだ。
 そしてそんな二人を少し離れた場所から見つめている金津。
「今度こそ必ず‥‥逆玉を手に入れるのですよっ!」
 ゆらりと決意の炎を燃やす金津の思いはいつか届くのか。それは誰にもわからない。
「‥‥結局なんだったんでしょうかね‥‥」
「くっくっく、まぁいいじゃないのさ。それなりに楽しめたよ、アタシは」
 やれやれと肩を竦める康成に笑みを零す楓子。
「結局ボク罠に引っ掛かっただけなんじゃ‥‥」
「そういう人生もありますって♪」
 今日一日の依頼を振り返って、しなきゃよかったと後悔する勝一の肩をぽむりと叩く紫音。
「人生にしないでくださいぃぃっ!?」
 狭い洞窟に勝一の悲鳴が響き渡る。

 こうして開拓者たちの冒険は幕を閉じた。
 洞窟内にあった一部の装飾品は、希望した開拓者に渡されたことがせめてもの救いかもしれない。

 〜了〜