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■オープニング本文 北面の南部にとある小さな村がある。 この村では毎年秋が近付いてくると、とある行事を執り行う。 それは元々ジルベリアの方で行われていたそうなのだが、村の人間がジルベリアを旅した際非常に面白いと取り入れ、今では村が一丸となってその行事を盛り上げていた。 だが、ここ最近アヤカシの動きが活発化したことで、この行事の開催どころか存続の危機というところまで追い込まれている。村の民は否定的というほどではないのだが、他の村から激しく中止を求められているのが現状だ。 「長老、このままでは祭の開催は無理かと‥‥まして今のこの状況、とても祭など開いている場合では‥‥」 一人の青年が長老と呼ばれた老人に詰め寄る。 長老は目を閉ざしたままで動かない。 「アヤカシという存在が人間の敵である以上、やはり無理があったのかもしれんな‥‥」 また別の男がどこか諦めたような表情で呟く。 「そうだな‥‥では今回よりこの祭は中止ということで―――」 「待て」 一同が結論を述べようとしたところで長老が始めて口を開く。 「こういうときだからこそ、この祭をやるべきではないのかね」 「しかし長老、さすがにアヤカシを模するというのはまずくないか‥‥?」 「ただでさえそれがアヤカシを呼び寄せるんだーなんて噂されてるんですよ?」 長老の言葉に口々に反論する他の者たち。 「では我らの祭に何も危険がないということがわかればよいのであろう?」 「そりゃあそうですが‥‥」 にやりと笑う長老に言葉を濁す他の者たち。 実際それがわかったとしても納得してもらえるものではないだろう。 だが長老は何か考えがあるようで、不敵な態度を崩さない。 「ならば危険性を排除してくれ、且つ祭として盛り上げてくれるような、そんな要素があればよいということだろう」 「結構無茶を言ってるように思いますが‥‥」 「何を言っておる。昔から言うではないか、困ったときの―――」 「はろうぃん‥‥?」 手元にある南瓜の化け物が描かれた紙を読んだ受付係は思わず眉を潜める。 「えぇ。私たちの村では年に一度、様々なアヤカシに扮装して村中を回り、甘味をせしめるという伝統行事がありまして」 「はた迷惑な行事だなオイ」 依頼人の青年が語る伝統行事とやらに、げんなりとした表情で応える受付係。 確かにジルベリアのほうでは似たような行事が恒例となっているはずではあるが、子供が主役の行事で、しかももっとしっかりとした意味もあったはず。 「何か意味があるのか? その行事‥‥」 「意味‥‥? 面白いじゃないですか」 「あー、そう‥‥」 きょとんとした顔で言う青年に最早返す言葉もない受付係。 「で、その祭を開拓者にどうしろと?」 「はい。祭が無事に開催されるように警護をしてもらうことと‥‥仮装して参加していただくことです」 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 北條 黯羽(ia0072) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 真亡・雫(ia0432) / 橘 琉璃(ia0472) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 酒々井 統真(ia0893) / 巳斗(ia0966) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 輝夜(ia1150) / 王禄丸(ia1236) / 衛島 雫(ia1241) / 巴 渓(ia1334) / 喪越(ia1670) / 瑪瑙 嘉里(ia1703) / 四方山 連徳(ia1719) / 千王寺 焔(ia1839) / 水津(ia2177) / 星風 珠光(ia2391) / 斉藤晃(ia3071) / 赤マント(ia3521) / 波佐 十郎(ia4138) / 菊池 志郎(ia5584) |
■リプレイ本文 ●襲撃準備。 はろうぃん。それは扮装した人間が家を回り甘味を強奪して回る奇妙な祭。 そして甘味を強奪すべく集まった開拓者たちは、それぞれが思い思いの準備を行うために一箇所に集まっていた。 「こんなもんかいなぁ? 嘉里ちゃん変やない?」 自分の仮装姿にどことなく不安なのか、紫焔 遊羽(ia1017)はくるりと身を翻しながら隣にいる瑪瑙 嘉里(ia1703)に声を掛ける。声を掛けられた嘉里は猫耳と縞模様の尻尾姿の遊羽を見ると、くすりと微笑んだ。 「大丈夫です。とっても似合ってますよ」 笑顔で応える嘉里は黒いワンピースに鍔広尖り帽子姿の至って標準的な魔女姿。ただし裾の丈は彼女の控えめな性格を現したような長さで、踝まで隠れるほどの長さである。 「十郎さんもそう思いますよね?」 「へっ!? あ、はいッス! 勿論ッスよ!」 二人に見とれていた白装束姿の波佐 十郎(ia4138)は、突然話を振られて慌てて首をこくこくと縦に振る。 「なんだか楽しそうだな」 そんな三人の会話に反応したのが水鏡 絵梨乃(ia0191)。彼女の仮装は嘉里と同じ魔女。だがその裾は膝より上の超ミニで、おまけに何故か腰に瓢箪をぶら下げている。 「あ、絵梨乃ちゃん‥‥相変わらず大胆やねぇ」 苦笑交じりで言う遊羽に「そうか?」と言いながらくるりと回ってみせる絵梨乃。余り動くと見えそうだ。 「あんたね‥‥男もいるんだからもう少し恥じらいってモンを持ちなさいよね」 そう言って溜息をつくのは鴇ノ宮 風葉(ia0799)。黒のマントを羽織り男装をした風葉はぱっと見どこからどう見ても男だ。尤も男性にしては妙に小さいのですぐにわかるが。 「何だ、妬いてくれるのか? 嬉しいな」 言いながら風葉に抱きつく絵梨乃。傍から見ればちょっと桃色な空気に見えなくも無いが、どうやら彼女たちにとってはこれが普通のようで、風葉は「はいはい」と言いながら絵梨乃の頭を撫でたりしている。そしてそんな二人を羨ましそうに見つめる影一つ。 「あっ、それは僕の役目なんだからなっ」 口を尖らせて呟く嫉妬を顕わにする天河 ふしぎ(ia1037)。 「っていうかアンタのその格好は何よっ!?」 そう言って風葉はふしぎの服装を凝視する。恐らくはジルベリアなどで目撃されている人狼の扮装なだろう―――つけている首輪とフリフリのスカートを除けば。 「僕は男だっ‥‥それにちゃんと文献調べての、正しい格好なんだからなっ!」 明らかに騙されているような気もするが、本人は至って真面目なのは重々承知しているため風葉は「あ、そ」とだけ返しておいた。 「天河はまだ似合うからいいとして‥‥アレはちょっと戴けないわね」 溜息交じりの風葉の視線の先には何故か巫女装束に身を包んで鏡に向かう喪越(ia1670)の姿が。どうやら以前ギルドの仕事で女装したのが喪越の中に強い印象を残したらしく、今回も女装するようだ。 「あ、あの‥‥どうして僕までこんな格好を‥‥っ」 喪越の横でもじもじとしながら呟く真亡・雫(ia0432)は、女性和装にネコ耳というその筋の方には大人気の服装。参加するに当たって何故か喪越から渡された服装がコレだったのだ。 「何言ってんだYO! 仮装と言えば女装と昔のエロい人は言っ―――あ」 化粧中に返答した喪越、振り向き様にせっかく綺麗につけていた口紅が大幅にずれる。 「‥‥あ、ある意味目的は達成できたのではないでしょうか‥‥?」 頬に向かってまるで唇が大きく裂けたような喪越に、精一杯のフォローの言葉を投げかける巳斗(ia0966)は南瓜ぱんつを着用して背中に羽のような物をつけて妖精のような扮装だ。何でも本人曰く南瓜の妖精さんなんだとか。 一方、風葉やふしぎを含め、夫婦、恋人同士で祭に参加するものも勿論いる。 「おぉ〜よぉく似合ってらぁね〜」 「そうか?」 にかっと笑って言うのは犬神・彼方(ia0218)、そして嬉しそうな表情で答えるのは北條 黯羽(ia0072)。そんな二人は揃って犬耳犬尻尾を装着。既に仮装という感じではなくなっていたが、それはそれで様になっていたので問題はなさそうだ。 「まぁ俺は旦那とお揃いなら何でもいいけどな」 「嬉しいことぉ言ってくれぇるねぇ」 普段の黯羽からは考えられない程の優しい笑みに、彼方は思わずその頬を緩ませる。 まるでその空間だけ別世界に思える程の二人の空間。そしてそんな空間を作りあげるもう一組――― 「ねぇねぇ焔君、これどうかな? 似合う?」 くるりと回った星風 珠光(ia2391)は丈の短い狐色の浴衣に狐耳に四本の狐尻尾をつけた妖狐の扮装。一方吸血鬼の扮装をした千王寺 焔(ia1839)はしばしの間その姿に目を奪われる。 「もう‥‥焔君見すぎ」 「あ、あぁすまん‥‥いや、凄く綺麗だ」 「ふふ、ありがと♪」 嬉しそうに微笑んだ珠光は思わず焔の腕に抱きつく。絡みつく柔らかな感触に焔の顔は緩みっぱなし。 そんな二人を横目に、何やら巨大な気ぐるみのような物に身を包んでいるのは天津疾也(ia0019)。守銭奴である疾也の家には、代々金の神様として、茶色の寸胴に巨大な口、カタツムリのような目が飛び出た奇妙な生き物が祀られているのだとか。疾也の姿はまさにその生き物である。 「はろうぃん、はろういん、はーろい‥‥あかんあかん! 何や地獄の門とか呼び出しそうや」 「何一人でブツブツ言うとんねん」 意味不明な言葉を紡ぎながら一人慌てて汗を拭う疾也を、酒呑童子に扮した斉藤晃(ia3071)が呆れ顔で見つめる。 「ねぇねぇ晃! 甘味ってことはおはぎもあるかな?」 目をキラキラと輝かせながら問い掛ける赤マント(ia3521)。 「あるんちゃうか? ちゅーかある家に行けばえぇんや」 応える晃は赤マントの頭をぽんぽんと撫でる。嬉しそうに微笑んだ赤マントは「頑張ろう!」と気合をいれた。 こうして準備の整った開拓者扮装襲撃班は、仲間と村人が防衛する各家へとその足を向かわせた。 ●防衛準備。 基本的に襲撃側に回る開拓者が多い中、勿論甘味を防衛する側に回る者もいる。 今回は特に開拓者が襲撃ということで村人のほとんどは防衛側に回って、開拓者たちが防衛する家を提供している。 「相手が同じ仲間だからって簡単に取らせないでおくれよ!」 村人の一人が意気込みながら酒々井 統真(ia0893)の肩を力任せにバシバシ叩く。 「けほっ‥‥ったく。普通は反対されりゃ萎縮するもんなんだがな。逆に盛り上げようってんだからいい根性してるぜ、ほんと」 「全くじゃ。じゃが我らも守るからにはそう易々とやられるわけにはいかんな。特に仲間には、の」 むせこみながらも素直に感心する統真に、葱を片手ににやりと笑みを浮かべる輝夜(ia1150)。 「ったりめぇだ。それに‥‥今回は本気でやってみてぇ相手もいるしな」 そう言って勢い良く拳を重ねる統真。 勿論村の祭自体を盛り上げるという目的は見失ってはいない。だが、自分がずっと目標にしてきた相手と相見える可能性があるとすれば―――試してみたいというのは武人として当然の反応といえよう。 村人達はそんな統真の姿に、開拓者を呼んだことは間違いではなかったと確信する。 「すまないが私たちも防衛側に回らせてもらおう」 そう言って姿を現した王禄丸(ia1236)と衛島 雫(ia1241)の夫婦と、その養子である水津(ia2177)。鎧に身を包んだ衛島はいかにも開拓者という感じなのだが、王禄丸と水津はといえば――― 「‥‥な、なぁアンタら」 恐る恐る尋ねてくる村人にきょとんと首を傾げる王禄丸と水津。 元々開拓者の中でも最大を誇る長身の王禄丸。ただでさえその巨体に人々は恐れを感じるというのに、その上奇妙な目玉を模した覆面を被っているからもう大変。そして水津は魔女を髣髴とさせる黒いローブに鎧という摩訶不思議な姿。 「アンタらはその‥‥仮装、する方じゃないのかい‥‥?」 「仮装するような年でもないのでな」 王禄丸の言葉に最早声を出せない村人たち。きっと心の中では「嘘付けー!」と叫んでいたに違いない。 「仮装も何も‥‥普段着ですよ?」 平然と言ってのける水津にもう好きにしてくれ、そんな声が聞こえてきそうなほど狼狽した様子の村人たち。 更にトドメを差したのは四方山 連徳(ia1719)。 「拙者も強奪に回りたかったでござるよー‥‥」 至極残念そうに呟いた彼女の格好は鬼面に白装束という不審感丸出しの格好だ。何でも強奪側に回ろうとしたら身長の高さで止められたのだとか。理由はどうあれとにかく村人が絶句したのは言うまでもない。 「開拓者には傾き者が多いんだ、すまんな」 そう言って何とか村人たちにフォローをいれようと試みる巴 渓(ia1334)。しかし彼女の格好も一般人から見れば十分奇特なわけで。 「‥‥あぁ、それはもう十分わかったよ」 などと半眼で呆れらていた。 だがそんな仲間たちを見て羨望の眼差しを向ける者が一人。菊池 志郎(ia5584)だ。どうやらこの祭に対して激しい誤解をしているらしい志郎は、辺りを見回して一人うんうんと頷いた。 「やっぱり師匠の言ったとおりこれは戦闘訓練なんですね‥‥よーし、俺も頑張ろう!」 「いや、それは絶対違うと思いますよ‥‥」 別の意味で気合の入った志郎に橘 琉璃(ia0472)が冷静に突っ込む。が、志郎の耳には既に届いていないようだ。 何はともあれこれで全ての準備は整った。 こうして、世にも奇妙なお祭の幕が静かに開こうとしていた。 ●仁義無き闘い。 彼方がガラリと開けた戸の向こう、待ち構えていたのは黒いローブに身を包み、火種を使って無駄にいらないモノを燃やした焔を背に仁王立ちをした水津だ。 「待ってましたよ! 例え彼方さんが相手でもここは通しません!」 「水津かぁ。やれるもんなぁら、やってみなっ! 犬の神の名に従い、制せぇよ‥‥呪縛符!」 両手を広げて通せんぼをする水津に、彼方は符を取り出して意識を集中。そのまま符を水津の方へと放り投げる。投げ出された符は小さな狗に姿を変えて水津の身体に纏わりつく。直後、水津の身体の自由が利かなくなる。 「くっ、さすがです‥‥しかしここを通れますかっ!?」 縛られながらも叫ぶ水津。実は水津は予め家の中に罠を仕掛けていたのだ。彼女が力の歪みを使って作成した落とし穴が水津の横にはいくつか存在する。彼女を避けて通ろうとすれば相手は落とし穴に落ちるという寸法だ。 (ふふ、そのまま来るがいいです!) 内心でほくそ笑む水津。だが彼方は一向に動く気配がない。それどころか煙管に火をつけてぷかりと吹かしていたりする。 「な、何してるんですか! さっさと来るです!」 若干慌てる水津。だがその予想とは裏腹に、水津の後方からがらりと襖が開かれる。 「旦那ー、目的のモンは手に入れたぜ」 立っていたのは黯羽。その手には水津が用意していた菓子が。 「なっ‥‥!?」 「すまん、裏口から入れたわ」 そう、黯羽は彼方と水津が正面で争ってる間に裏口から家に忍び込み、予め人魂で見つけていた菓子をまんまとせしめたのだ。頭を掻きながら若干申し訳なさそうな黯羽にポカンと口を開けたままの水津。 「悪いなぁ水津。これぇはもらっていくぜぇ」 からからと笑いながら彼方は悠々と入ってきた戸から外へ、黯羽は再び裏口から外へと出て行った。 後には地団太を踏んで悔しがる水津の魂の叫びだけが残された。 一方こちらは驚かすという目的には似つかわしくない南瓜妖精の巳斗。 「僕こういうの苦手なんですよね‥‥でもお菓子は欲しいし‥‥」 先程から一人で問答しながら一軒の家の前で行ったり来たりを繰り返している巳斗。心優しい彼は本来人を驚かすということには不向き。お菓子が欲しくて参加した祭だったが、どうしたものかと思案していた。 「穏便に済ませばきっと大丈夫ですよね‥‥お祭だし。うん、大丈夫!」 よし、とようやく決意した巳斗は、恐る恐る目の前の家の戸をガラガラと開けた。 今までの経験上上目遣いというのは非常に有効な手段だと知った。勿論それは巳斗の中世的な顔立ちがあってこそ為せる技ではあったのだが、ともかくお菓子のためにと今回は意識して上目遣いを使ってみる。 「こんにちは〜‥‥お菓子をくれないと魔法かけちゃいますよー‥‥?」 そう言って戸から覗き込んだ巳斗。だが目の前にいる人物の本来顔があるはずの位置に視線を動かしても顔が見えない。不審に思った巳斗は徐々に視線を上げていく。立っていたのは黒いコートに身を包み、顔を覆面で覆った巨大な影。 「‥‥ん? 何かね?」 言いながら振り向いた顔には複数の目と、その目からまるで血を流しているかのような紋様をあしらった覆面―――王禄丸だ。だが、見慣れたものならばすぐにわかるものの、巳斗が慣れているはずもなく。 「‥‥みぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」 絶叫と共に巳斗はその場で気を失った。 「驚かす側と待ち受ける側。その立場が逆転した歴史的瞬間だったとか。その後村では長年に渡りこの歴史が語り継がれることになるが、それはまた別のお話。 ●闘う者たち。 「‥‥来たか」 一軒の家の中、静かに瞑想していた統真は呟きと同時にその瞳をゆっくりと開ける。同時にガラリと家の戸が開かれる。入ってきたのは魔女姿の絵梨乃。 「何となく、そんな予感がしてたんだけどな」 「乱れ転輪は揃ってこそだ。パートナーだからな」 互いに笑みを浮かべながらも徐々にその緊張感を増していく。 統真がずっと目標にしていた絵梨乃。同じ職として常に高みにいる絵梨乃といつか肩を並べて闘う、そんな目標と共に修行をこなしてきた。 「芋羊羹は貰い受けるぞ」 「お前の頭には芋羊羹しかないのかったく。まぁいいか‥‥欲しけりゃ俺を倒してからにしな!」 叫んだ統真は腰を低く落として構えを取る。一方の絵梨乃はゆらりゆらりと酒に酔ったような不規則な動きを始める―――彼女の得意技、酔拳だ。 「いきなりか‥‥」 「ふふ、本気でやらないと失礼だろう?」 「確かにな‥‥なら、こっちも全力で行かせてもらうぜ!」 「それはボクも同じだ!」 不規則な動きで、だが信じられない速度で迫る絵梨乃は、統真の身体目掛けて手刀の雨を降らす。泰拳士の中でも特に速度に重きを置いた絵梨乃の手刀は統真の身体を的確に突いてくる。防御の姿勢で受ける統真。だがそれは想定済み。速度では適わない統真は絵梨乃が来るのを待っていた。同時に彼の身体からは白い煙のようなものが立ち昇る。体内の気を調節して一時的に身体強度を強化する泰拳士の技、八極門。更に統真は意識を集中。みるみるうちに紅く染まる統真の身体。多大な力を消費して飛躍的に身体能力を上げる泰練気胞・壱だ。これで準備は整った。後は――― 「撃ち合うのみ!」 絵梨乃の高速の手刀と統真の強化された拳。速度がある分絵梨乃の手刀は統真の身体に届くものの、強化された統真の身体を打ち倒すことができない。一方の統真の拳は当たればダメージがでかい。長引けば絵梨乃が不利だ。それを悟ったのか絵梨乃は一瞬の隙に後方へ軽く跳躍。そのまま勢いをつけて右足から回し蹴りを放つ。 「今更蹴りかっ!」 その足を難なく片腕で防ぐ統真。だがその回し蹴りは囮。防がれた足はそのまま真上に軌道を変える―――絵梨乃の多用する技の一つ、踵落とし。だが踵落としは防がれた後の隙が大きすぎる諸刃の剣。そして今の統真ならば防ぐことは可能。咄嗟に両腕を上に上げる統真。だがこのとき統真はすっかり忘れていた。絵梨乃の服装が、丈の短いスカートであったことを。そんな服装で足を真上にあげれば当然――― 「‥‥のあっ!?」 目の前に広がる光景に思わず目を背ける統真。踵落としは防いだものの、既に統真の視界に絵梨乃はいない。 「!? しまっ‥‥」 「もう遅いぞっ!」 死角から放たれた絵梨乃の蹴りが統真の腹部に命中。気が緩んでいたために統真の身体は一メートル程吹き飛んだ。その結果、統真と絵梨乃の立ち位置が最初のときと反対になる。 そしてそこで予想外の声が。 「今です‥‥とりっくおあとりーとっ!」 突如叫ばれた嘉里の声。何事かと驚く統真の背中に柔らかい感触と重みが圧し掛かる。 「なっ!?」 「えへー、統真くん捕まえたでー♪」 言いながら抱きついているのは遊羽。 元々耐性のない統真は背中に当たる色々な感触に頭が混乱し、そのままべちゃりと倒される。その上にさらに飛び掛ってきたのは十郎。 「ふっふっふ、日ごろの恨み、ここで晴らさせてもらうッスよ!」 邪な笑みを浮かべた十郎はわきわきと動かした手をそのまま統真のわき腹へ。 「てめ、何を‥‥わはははっ!?」 十郎と子供たちにわき腹を擽られて笑い転げる統真。だが背中に遊羽が乗っているため、力ずくで脱出することもできず、ただただ為すがままになっていた。その間に嘉里と子供たちが家にあった甘味を強奪していく。 「作戦成功‥‥ですね」 目の前で笑い死にそうになっている統真にくつりと笑みを浮かべた嘉里。その横に傍観していた絵梨乃がそっと近付く。 「全く。手合わせ中に目を逸らすとは‥‥」 溜息をつく絵梨乃に嘉里は「その格好では仕方ないかと」と呟いたとかなかったとか。 一方、そんな統真たちのやり取りを遠巻きに眺めていた影が二つ。 「結構頑張ってるわねーさすがアタシんとこの団員だわ」 とある民家の屋根の上から満足げに見下ろして頷いたのは風葉。 そんな風葉の手にあるワイングラスに急須でお茶を注ぐふしぎ。どう見ても不可思議である。 「でもいいのかな、僕たちこんなとこにいて」 「いーのよ。アタシ体動かすの嫌いだし」 ちょっと弱気なふしぎとは対照的に手をひらひらと振る風葉。 そんな風葉に笑みを浮かべたふしぎはその横顔をじっと見つめる。 自分が心から愛する女性がすぐ近く。一目にはほぼつかない場所。男としての本能がふしぎを突き動かす。 「ねぇ風葉‥‥」 「あによ?」 「僕、お菓子よりも甘い物欲しいな‥‥」 ふしぎは風葉の顔にそっと近付く。 「はぁ!? アンタ何言って‥‥んんっ!?」 男をちょっと狼に。それもはろうぃんの魔力なのかもしれない。 ●それぞれの闘い。 とある家の前。 そこに姿を現したのは女装組二人―――喪越と雫だ。 「こういう時は一気に決めたほうが有利なんだぜニョリータ」 鼻歌交じりにそう言い放つ口裂け巫女の喪越は手元の符に意識を集中していく。隣で町娘な雫が「僕はセニョリータじゃ‥‥」と必死に訴えていたが喪越には聞こえない。 「よし‥‥んじゃ突撃ーっ!」 叫んだ喪越は符を投げて巨大な龍を呼び出した上で目の前の戸をガラリと開けた。 「ぼうや〜良い子でネンネし‥‥」 「お主がネンネしておれ」 歌いながら突入した喪越の目の前に突如飛来する緑と白の細長い物体。それを振るうは輝夜。当然その正体は―――葱。 パコーン。 銀閃、もとい長葱一閃。喪越は輝夜の一撃でがくりと地に落ちる。 「あぁっ喪越さんっ!」 慌てて駆け寄る雫。だが、その後ろからどこからどう見ても一般人にしか見えない志郎が迫る。 「もらいましたよっ!」 叫びながら拳を振り上げる志郎。慌てた雫はよろけてこける。こけた角度が良かったのか、それとも着ていた着物のせいなのか。まるで本物の女性がこけたかのようなシナを作る雫。その姿に志郎の拳がピタリと止まった。 「あの‥‥痛く、しないでください‥‥」 観念したのか、潤んだ瞳で志郎に懇願する雫。こけた拍子に着物の肩口が若干はだけているのが妙に艶かしい。しばし見詰め合う二人。そして。 「‥‥女性に手は上げれません‥‥」 「え‥‥いや、だから僕は女性じゃ‥‥」 そう言ってがっくりとうなだれる志郎に、雫はどことなく寂しそうな顔で呟いた。 「おのれ‥‥ならば我がこの長葱で―――」 「甘いぜ輝夜セニョリータ!」 味方が戦闘不能になったことで再び長葱を構えた輝夜に、いつのまにか復活した喪越が立ち塞がる。 「うぬ、まだ息があったか‥‥ならば再びこの葱の錆にしてくれる!」 不気味な緊張感と共に睨みあう二人。と、輝夜が動いた。 恐ろしい速さで振りぬいた葱は真っ直ぐに喪越の顔面へと飛んでいく。 「ふっ‥‥甘いぜ!」 叫んだ喪越はそのまま口を大きく開けて―――葱に噛み付いた。 「なっ!?」 驚く輝夜を余所に、喪越はそのまましゃくしゃくと葱を食べていく。半分ぐらいたいらげた後で喪越はゆらりと立ち上がると、輝夜をびしっと指差して一言。 「長葱、敗れたり!」 「むぅ‥‥」 唸りながら手に握った半分の長さの葱を見つめる輝夜は大きな溜息を一つ。 「今回は我の負けのようじゃの。仕方がない。これは持って行け」 そう言うと輝夜は喪越と雫に饅頭を一つずつ手渡す。 「甘味、ゲットだぜ〜!」 「わぁ‥‥いただきまーす」 思い思いの喜びを表した二人は、渡された饅頭を頬張った。ふわりとした皮の内側から染み出してくる仄かに苦い青臭い香りと下を刺激するピリっと感―――二人の顔が曇る。 「ふふ、どうじゃ? 特製葱饅頭の味は」 にやりと笑う輝夜に、ハメられた、と二人が感じたのはその僅か後のことだった。 一方開拓者がいる家ではなく村人の家を回っていた珠光と焔は、それなりにお菓子をもらった上でのんびりと村の中を歩いていた。 「こんな風に仮装してのお祭りも楽しいねぇ」 笑顔を浮かべてはしゃぐ珠光。彼女は元々大の祭り好き。なのでこういう一風変わった祭も参加したくて仕方がなかったのだろう。そんな恋人の様子に思わず頬が緩む焔。 「ほらほら、これなんか凄く美味しいよぉ♪」 心の底から幸せなんだと思わせる笑顔で羊羹を頬張る珠光。 焔がそんな珠光の横顔をじっと見つめていると、珠光が小首を傾げて見つめ返してくる。 「どうしたの?」 「あ、あぁ‥‥えっと、それ。俺ももらってもいいかな?」 照れくさそうに言う焔に、くすりと微笑んだ珠光が羊羹を手に取ると「ほら、あーん♪」と言って差し出してくる。一瞬ドキリとした焔は、周りに人がいないことを確かめると、おずおずと口を開けた。一方の珠光は差し出した羊羹を焔の口の直前で引き戻して自分の口に放り込む。 「えっ‥‥」 一瞬寂しそうな顔をした焔の反応に満足したのか、珠光は再びにこりと微笑むと、そのまま唇を焔に重ねる。甘味などよりも数段甘い―――そんな空間が二人を支配していたことは言うまでもない。 ●甘味は続くよどこまでも。 「やれやれ‥‥大変な一日でしたねぇ」 そう呟いたのは琉璃。そしてその眼下には、仕掛けた落とし穴にはまって抜け出せなくなっている疾也の姿。「何でや‥‥俺は何でこんなことになっとんのや‥‥」 呆然とした様子で自分の状況を見つめる疾也。 元はと言えば甘味より小銭が落ちる音に反応したのがきっかけ。それがたまたま琉璃の仕掛けた落とし穴の上に転がって、たまたま着ぐるみ姿だった自分の体がちょうどハマってしまっただけのこと。 「まぁ私は面白いですけどね?」 くすりと微笑む琉璃。「見世物にしたらいくら取れますかね?」などと呟いては疾也のガクリと項垂れる姿を楽しんでいた。鬼畜もいいところである。 「あはは、面白い格好してるねー! 新しい遊び?」 疾也を指差して笑うのは赤マント。そんな赤マントに苦笑しながら、一人酒をかっ食らっているのは晃。祭といえば酒。要は飲む口実があればいいようだ。 「こらこら、あんま人を笑うモンやないで? ほら、コレやるから」 そう言って晃は赤マントの頭を撫でると、懐から用意してたおはぎを取り出し彼女に渡す。 「くっそー‥‥結局誰も引っ掛からなかったぜ‥‥」 一方で妙に悔しがっているのは渓。彼女はどうやら強奪しに来た面子に、特製の激辛饅頭やらを食べさせるつもりだったのだが、結局誰一人として彼女の罠に掛かるものはいなかった。 「うぅっ‥‥せっかくだから拙者も甘味を奪い取りたかったでござるよ‥‥」 心底残念そうに呟いた連徳。 強奪側に立つことを常々願っていた連徳だったが、結局その願いは叶うことはなかった。 だが、長い髪を振り回し奇声を発しながら迫る彼女の姿は、後に村に語り継がれる、言うことを聞かない子供を叱る時に現れる白面婆という御伽噺の原点になることになったとか。 とにもかくにも。 開拓者が加わることでその異様な盛り上がりと安全性を示した村の祭は、その後毎年の恒例行事として執り行われることとなったようである。 〜了〜 |