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■オープニング本文 北面。 元々朝廷を守護するための部隊を主として成り立つ新興国家である。 それ故に実力のある者を積極的に取り立てる実力主義を標榜している。 本来ならばしっかりとした教育を受けた者を優先的に、といきたい所なのだろうが、国自体にそれほど余裕がない為に、全ての子供たちに教育を受けさせる体制は整っていないのが現状だ。 こうした現状に立ち上がったのが商人たち。 彼らは各地から資金をかき集め、無償で通える寺子屋を設立した。 勿論それには、将来的に自分たちの手足となって働く者を育成するという目的もあったのだが。 そしてここ、四廻道場もまたそんな寺子屋の一つだった。 「せんせー、しつもんがありますー」 「はいそこー」 小さな手を精一杯上げる一人の女の子。答えたのは半眼で何故かよれよれの服を着た猫背の男性。 「じゅうごやって、何でするのー?」 きょとんと首を傾げながら問い掛ける女の子に、男性は言葉を失う。 子供というのは何にでも興味を示すもの。そして興味を持ったら一直線だ。特にそれは大人の知識をも凌駕することもある。 十五夜とは満月を見ながら団子を食べるモノ―――実際男性の知識はそんなものだ。ましてそれを行う理由など今まで考えたこともなかった。 「あー‥‥えーと‥‥そうだな。月にはウサギがいてだな」 「なんでー?」 「‥‥え?」 「何で月にはウサギがいるのー?」 「‥‥‥‥」 カラーンカラーン――― 言葉に詰まった男性を助けるかのように鳴り響く鐘の音。 これはこの日の授業の終わりを示すものである。 「えー。今日の授業はここまでー」 「えー」 男性の言葉に女の子から不満の声があがる。 その声は最初は女の子だけだったのに、まるで波紋のようにどんどん広がり、ついに教室中から声があがるようになった。勿論中には何で不満を言ってるかがわからない子供たちも大勢いたが。 「っだぁ、わぁったわぁった! じゃあ今度の十五夜のときにちゃんと教えてやるから」 男性の声に子供たちからわぁと歓声が上がった。 「で、開拓者に何しろってんだ」 背中に『粋』の文字を背負ったギルドの受付係は、手元の資料から目の前のやる気のない男に視線を向けた。 「だからだな、今度の十五夜んときに子供らに教えてやってもらいたいんだ」 依頼人であるその男性―――四廻(しまわり)という名らしい―――は面倒臭そうにそう言った。 「けどよ、何で十五夜があるとか、月にウサギが何でいるとか、そんなの知らねぇヤツ多いぞ?」 「そんなことは問題じゃないんだ」 受付係の言葉を遮るように言う四廻。 「じゃあ何でぃ?」 「要はだ。子供たちが納得すればいーんだよ。例えそれが作り話であったとしても、な」 言いながらにやりと笑みを浮かべる四廻。 「‥‥一芝居うてってのか」 「そういうこった。筋が通った話なら何でも構わない。内容はそっちにお任せするんで、宜しく頼むわ」 |
■参加者一覧 / 小野 咬竜(ia0038) / 犬神・彼方(ia0218) / 静雪 蒼(ia0219) / 奈々月纏(ia0456) / 酒々井 統真(ia0893) / 奈々月琉央(ia1012) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 八嶋 双伍(ia2195) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 小野 灯(ia5284) / 設楽 万理(ia5443) / 神威ミコト(ia5943) / 雲母(ia6295) / 鷹澤 紅菜(ia6314) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 麻績丸(ia7004) / 白柳 蓮(ia7146) / 霞音 零(ia7635) / 燐瀬 葉(ia7653) |
■リプレイ本文 ●絶賛準備ちう〜前編。 子供達に十五夜を教えるために芝居をすることになった開拓者たち。 芝居をするというのは公演よりも準備期間の方が大変だ。大道具・小道具・衣装と作成するものが多い。 それに加えて舞台効果や音入れなど様々な裏方が動いて初めて一つの芝居が完成する。 勿論急場凌ぎではあるためにそこまで本格的なものではないにせよ、それでも小道具や衣装ぐらいは作成しなくてはならない。更に今回は十五夜の芝居。当然出てくるのは―――団子。 「お団子お団子〜♪」 鼻歌交じりに団子を握る藤村纏(ia0456)とその隣で無言のまま握り続ける琉央(ia1012)。心底楽しそうに作業をする纏の横顔を、琉央はまじまじと見つめる。視線に気付いた纏。しばし見つめ合った後に頬を赤く染めてぱたぱたと手を振る。 「ち、ちゃうよ!? 食べたいなんて思うてへんで? ウチ」 どうやら色気より食い気と言ったところなのだろう。琉央はちょっとがっかりとしながら再び目の前の団子作りに集中する。 「そういえばお月見って、ススキや季節の花や、お団子以外もお供えしませんでしたっけ?」 「‥‥あぁ、すっかり忘れてましたね」 首を傾げる礼野 真夢紀(ia1144)に八嶋 双伍(ia2195)が手をぽむと叩く。 「どうしましょうか‥‥」 「そうですねぇ‥‥とりあえず近くにあるか聞いて調達しましょうか」 そう言って真夢紀と双伍は依頼人でもある四廻のところへ。その途中、窓の外には何やら熱心に物作りに励む一人のおっさん―――喪越(ia1670)の姿。 「ここをこうして‥‥よっし、できた!」 「何やのそれ?」 声を上げた喪越の肩口から燐瀬 葉(ia7653)が覗き込む。見ると喪越の手には横長い箱のような物が握られている。聞かれた喪越はにやりと笑うとその箱を左右にゆっくりと動かす。同時にざぁっという音が鳴る。 「わわっ‥‥すごい!」 「やっぱこういうくりえいちぶな仕事は楽しいやな」 感嘆の声を上げる葉に鼻下を擦る喪越。この手先の器用さは長い放浪生活の賜物なのかもしれない。 「おーい喪越〜」 と、そこに子供たちを引き連れた犬神・彼方(ia0218)が姿を現す。 「あれ親分、何やってんだ?」 「こいつらぁが懐いて離れてくれんのだぁよ。俺ぇは役者の様子を見に行きてぇんだけどよ」 苦笑を浮かべる彼方に、喪越と葉は顔を見合わせて頷く。 「そういうことならうちらが面倒見とくで〜?」 「他ならぬ親分のためだ。任せなYO!」 「おぉ、すまぁないねぇ」 そういって子供たちを預けた彼方は小屋の中へ。 入ってすぐの所で何やら壁際に追い詰められているルオウ(ia2445)と無表情でにじり寄る瀬崎 静乃(ia4468)の姿が眼に飛び込んでくる。静乃の手には何故か兎耳と兎尻尾が握られている。 「ねぇお兄さん。一緒に和み兎を‥‥やらないか?」 「ふ、ふざけんな!? 男がやる役じゃねぇだろ‥‥っ!」 じりじりと迫る静乃。一方のルオウはさすがに嫌だと何とか抵抗する。 「姫の寂しさを和らげる兎達も重要な配役の一つだよ? それに楽しみに待ってる子供達がいるの」 尤もらしい理由を言いながら兎耳を掲げて迫る静乃。 粗暴な素振りなルオウだが、その心はとても優しい。友達の女の子から頼まれたのは断りにくいのだろう。 今は何とか抵抗しているが、きっと劇中では兎姿のルオウが拝めるに違いない。 「賑やかだと思ったら‥‥何してんだ」 壁際で攻防を繰り広げる二人を横目に、今回の芝居で主な役どころを演じる酒々井 統真(ia0893)の姿。その後ろからちょこちょこついて来たのは小野 灯(ia5284)、続けて平野 譲治(ia5226)と鷹澤 紅菜(ia6314)が姿を見せる。どうやら台詞合わせが終わったようだ。 彼方を見つけた灯が顔を綻ばせて統真の服の裾を引っ張る。 「とーま、かなたねーさまきたよ」 「ん? おぉ、準備はいいのか?」 「んー、喪越に任せぇてきたぁ」 「‥‥お前」 「いいじゃないかぁー。あーちゃんの晴れ姿を見ぃに来たんだぁよ」 拗ねたように言う彼方に呆れ顔で嘆息する統真。一方の灯は嬉しそうに彼方の傍で撫でられている。 「ふふ、仲いーんですねぇ♪」 「ほんとに‥‥」 そんな三人を見ながらくすくすと笑みを浮かべる紅菜と譲治。 芝居開始まで残り数時間。まだ余裕の残る開拓者たち。 ●絶賛準備ちう〜後編。 「あー逃げんで欲しーわー。ちゃんと測らんと劇中で破けてまうでー」 「ん、んなこと言ったってお前‥‥っ!」 「往生際が悪いよお兄さん」 身体の寸法を測ろうと巻尺を手に迫る纏。 それに合わせて何故か手をわきわきと動かしながら一緒に迫る静乃。 そして、また壁際に追いやられてるルオウ。 「もうすぐ始まりますね」 「さすがに緊張してきましたね‥‥」 兎姿のからす(ia6525)の言葉に同じく兎姿の霞音 零(ia7635)が少しそわそわしながら答える。開演時間まで後僅か。さすがの開拓者の間にも緊張感が漂い始める。そして今回重要な役割を担うこの兄妹も。 「何や緊張してきたわ‥‥奏兄ぃ〜、うち大丈夫やろか、ちゃんとできるやろか‥‥」 「大丈夫だよ。蒼が皆と一緒に一生懸命考えたんだろう? 自信を持って」 本番を前に緊張から若干涙目の静雪 蒼(ia0219)の頭を静雪・奏(ia1042)がそっと撫でる。 今回この二人が担うのは物語のナレーションにあたる部分。普段舞を舞う蒼ではあるが、舞の舞台とはまた異なる緊張感があるようだ。奏はそんな大事な妹に優しい視線を送る。傍から見ても仲の良い兄妹だ。 「さてそろそろ化粧に入りましょうか〜♪ さぁ灯ちゃん、こっちにおいで〜」 手招きする紅菜にとてとてとついていく灯。と、そこで紅菜の傍に大きな影が。見るとしかめっ面の小野 咬竜(ia0038)が立っている。首を傾げる紅菜の肩を咬竜はがっしと掴むと一言。 「うちの灯が一番可愛くなるようにしてくれ」 とだけ言い残して去っていく。ぽかんと口を開ける紅菜を遠巻きに長めていた統真。 「‥‥あいつそれだけ言いに来たのか‥‥」 苦笑を浮かべる統真は自分も準備に入ろうとして、ふと強烈な視線を感じて振り向く。見ると柱の影からじっと自分を見つめる一人の男―――麻績丸(ia7004)の姿が。 「お前も何してんだよ」 「‥‥姫様の心を奪った男‥‥」 「‥‥まだ開演まで時間あんだぞ‥‥」 何やらブツブツと呟きながら睨んでくる麻績丸に、統真はやれやれと溜息をつく。どうやら既に役柄に入りきってしまっている麻績丸。その心意気だけは天晴れだが、頼むから俺に構うなと心の中で叫ぶ統真だった。 一方、本番を前に既に酒を飲んでいい気分になっている斉藤晃(ia3071)は、衣装の最終確認をしている只木岑(ia6834)の元へ。 「おーい、わしにも化粧してくれんか」 「えぇ!? ボク化粧なんてできませんよ‥‥静乃さん、お願いします」 慌てた岑は近くにいた静乃に声をかける。静乃は無言でかくりと頷くと晃の顔に化粧を塗り始める。と、そこへ外で子供の相手をしていた葉が部屋の中へ。化粧をされながらも酒を手放さない晃を見た葉はツカツカと近寄る。 「いい加減飲みすぎやで?」 手を腰にあてて詰め寄る葉に、晃はにやりと笑うと葉の方をぐいと寄せて顔をぐっと近付ける。 「そない心配するなんぞ、可愛えぇやんけ」 「なっなっなっ‥‥!」 「くくっ、まだまだ青い青い」 慌てる葉を見ながら満足そうに笑う晃。年齢的にも見た目的にも、言い合って仲のいい親子のようである。 ほぼ全員の化粧が終わり、いよいよ本番が始まろうという頃合。どこへ行っていたのか、設楽 万理(ia5443)が姿を見せる。 「ふぅ〜、何とか間に合ったわね」 「何をなさってたんですか‥‥?」 息をつく万理に白柳 蓮(ia7146)が声をかける。 「あぁ、これさ」 聞かれた万理はそっと手に下げた籠を蓮に見せる。覗き込んだ蓮の眼に飛び込んできたのは数匹の黒い虫。その虫は鈴のなるような澄んだ羽音を奏でていた。 「まぁ、鈴虫‥‥」 「演出に使えるかと思ってね」 言いながらにこりと微笑む万理に思わず顔を綻ばせる蓮。同時に万理の感性を少し羨ましくも思った。 「おーい、そろそろだぜー」 小屋の外から雲母(ia6295)の声が響き渡る。鎧姿に煙管という雲母だが、何故か彼女は子供に好かれるようで、喪越と共に外で子供たちの相手を引き受けていた。その雲母が声をかけてくるということは、いよいよ本番が始まるということ。 「ようやく〜出番ですね〜」 のんびりとした口調の神威ミコト(ia5943)の言葉に、一同の緊張感が一気に高まる。 寺子屋を舞台とした開拓者たちの演劇。 その幕がついに開くときがやってきた。 ●演劇〜前編。 闇に包まれた寺子屋。 既に日は沈み、明かりなしでは視界が閉ざされてしまう。 そんな中、一つの光が浮かび上がり、蒼の姿が照らし出される。 現れた蒼は優雅に一礼。 『むかーしむかし。月にはとても美しい二人の姫が住んでおりました。二人の姫はとても不思議な力を持っていたため、月の人々からはとても慕われておりました』 と、ここで蒼の立っていた位置とは反対側にも光が浮かび上がる。そこには奏の姿。 『二人の姫の毎日の楽しみはお城から見る地上の景色。毎日めまぐるしく変わる地上は、姫たちにとってはとても楽しそうに見えたのでした』 ゆっくりと辺りが明るくなっていく。 見えてきたのはお城の手すりのようなものと、同じ色の髪をした灯と紅菜の姿。 『二人の姫の名はヨミとナミ。姉のヨミはしっかり者のお姉さん。妹のナミはとても可愛らしい小さな女の子。とても仲のいい二人は、この日もいつものように地上を眺めておりました』 蒼の読み上げるナレーションに、最初はざわついていた子供達も徐々に静かになっていく。 「ねーさま、みてみて! きれい、なの♪」 「ふふ、そうね♪ 本当に地上は面白いわ」 嬉しそうにキャッキャとはしゃぐナミ役の灯に、笑みを浮かべるヨミ役の紅菜。 その自然な動きはとても演技とは思えない程だ。 「あ、あれ‥‥なんだろう?」 「ん? どうしたの?」 何かを発見したナミに近寄るヨミ。良く見ようとした二人は勢い余って手すりの向こう側へ。 同時に明かりがふっと消える。子供達の間に「あっ!」という叫び声が漏れる。 『これは大変。勢い余って姫たちが落ちてしまいました』 驚いたように言う奏。 『地上に落ちてしまった姫たちはとある森の中へ。何とか月に帰ろうとした二人でしたが、どういうわけか力が使えません。力が使えなければ月に戻ることはできません。悩むヨミと泣きじゃくるナミ。そんな二人を慰めたのは、森に住む兎でした』 ここで再び明かりがつき、絵に書いた木々にヨミとナミの二人の姿。そしてその周りには纏・ルオウ・静乃・からす・零の五人が扮した兎がそっと近付く。若干ルオウ兎の顔は引き攣っていたが。 『悲しむ姫たちを何とか笑顔にしようと頑張る兎さんたち。その心が通じたのか、姫たちは徐々に笑顔を見せるようになりました』 蒼のナレーションに合わせて声を出すことなく身振り手振りで何かを伝える兎五匹。最初はきょとんとしていたヨミとナミも、それに合わせてクスクスと笑みを増やしていく。 『兎たちと姫たちがすっかり仲良くなった頃、物陰から姫たちを覗く一組の猟師兄弟の姿がありました。兄の名はハヤテ、そして弟の名はナギ』 奏の声と共に木々の絵の後ろ辺りにそっと姿を現すハヤテ役の統真とナギ役の譲治。 「にぃちゃん‥‥やめよぅよぉ‥‥お化けだったらどーするのぉ」 ビクビクしながらハヤテの裾を引っ張るナギ。だがハヤテは既に姫から視線を外せないでいた。 少しの時間眺めていた二人だったが、やがて意を決したように姫たちの前に姿を現す。 驚いた表情の姫たちと逃げ惑う兎たち。 「あんたらは‥‥?」 声を掛けるハヤテ。 『突然現れた猟師に戸惑う二人の姫。しかし力の使えないこの状況では他に頼る先もありません。仕方がなく事情を説明する姫たち。最初は驚いていた猟師二人だったが、全てを聞き終わった後に自分達の村で過ごすようにと呼びかけるのであった』 「え‥‥でもどーして‥‥?」 カクリと首を傾げるナミ。 「そ、そりゃお前‥‥困ってる人を放っておけねぇだろ」 頬を赤く染めてぽりぽりと掻くハヤテ。 「しかし‥‥」 余りの申し出に素直に受け入れられないヨミ。 「大丈夫だよ‥‥ボクたちと一緒なら、さ」 弱々しいながらもしっかりと呟いたナギ。 『こうして二人の姫は、一時的にハヤテたちの村に住まわせてもらうことになりました。事情を聞いた村の人たちは二人の姫を暖かく迎え入れ、本当の家族のように接してくれました』 奏の言葉と同時に現れたのは纏・真夢紀・双伍・静乃・ミコト・蓮・岑の村人役の開拓者たち。 「何もないところだけど‥‥ゆっくりしておいき?」 「何もないはちょっとヒドイんじゃ‥‥」 にこやかな笑みを浮かべる蓮に恐る恐る突っ込む双伍。 「アンタは黙ってなさい!」と怒られる姿に笑いが起きたり。 「みんな‥‥ありがとう!」 満面の笑みで礼を述べるヨミ。 『村での生活に馴染んで来た姫たち。そして共に暮らすハヤテの優しさに心を惹かれ始める姫二人。いつしか姫たちは、このままここで暮らしてもいいとさえ思うようになっていました』 にこやかに笑みを浮かべながら放す蒼に子供達の顔にも笑顔が見える。 ここで蒼の周りの明かりが消え、奏の方へと明かりが移る。その光は先程とは打って変わって暗く、少し赤みがかった嫌な色をしている。 『しかし、幸せな時間はそう長くは続きませんでした。月より現れた姫の噂を聞きつけて、何と凶暴な鬼が村へとやってきたのです』 ●劇中〜客席。 舞台が始まった観客席。 最初はわくわく感が強すぎて落ち着きのなかった子供たちだったが、劇が進むに連れて徐々にその動きを止め皆劇に夢中になっていく。 (ふふ、皆一生懸命見とるわぁ〜。こうしとったら可愛いんやけどな♪) 食い入るように見つめる子供達を見ながら葉は一人柔らかな笑みを浮かべる。 何かわからないことがあったら子供達に説明してあげようと客席に紛れ込んでいた葉だったが、子供たちの方は初めて見る劇に夢中でそれどころではない。 (これなら‥‥皆の協力で一緒に出来そうですね) 同じく紛れ込んでいた岑。 彼は子供達と一緒に髪礫を作り、それを抱えていた。 劇中の場面で子供達と一緒にこれを投げるつもりではいるのだが、最初子供達が協力してくれるかが不安の種だった。だがこの様子を見る限りではその心配は無用に終わりそうである。それを確認した岑はそっと席を離れ舞台裏へ。後半は彼も出演側だ。 劇中の台詞や効果に一喜一憂する子供達。 勿論その様子を依頼人である四廻も見ている。 ここまでは概ね好評―――後は子供達に教えることができれば大成功だ。 子供達の期待を一心に受けた開拓者たちの舞台は、更に後半へ向けて続けられる。 ●演劇〜中編。 場面は変わって村の中―――勿論背景は絵だが。 ゆったりとした時間が流れる様子をこれまた身振り手振りで表現する村人役の開拓者たち。と、そこに真っ赤な衣装に身を包み角をつけた鬼役の咬竜と晃が現れる。二人ともわかりやすく手作りの金棒を持っている。 「月の姫を渡せぃ、この村に居るのはわかっておるのじゃ!」 「大人しく渡せばヨシ。渡さんのやったら食うてまうで?」 金棒を振り回す鬼たち。 『激しく攻撃をしてくる鬼たちに、村人は必死で戦いました。しかし鬼の力は強く、とうとう姫たちの居場所を見つけられてしまいます』 悲しそうな表情の蒼の言葉。そして舞台は一瞬の暗転の後姫二人とそれを庇う猟師二人の姿を映し出す。 「おお? ほぅほぅ、姉妹揃ってまっこと愛いのぅ。こいつは喰い出がありそうじゃ」 姫二人を―――主にナミを見て舌なめずりをする鬼。 「ハヤテ‥‥っ!」 「兄ちゃん!」 「お前たちは下がってるんだ! 鬼なんかに‥‥絶対渡さねぇ!」」 息を吐くハヤテを心配そうに見つめる二人の姫と弟ナギ。 「あぁん? わしら鬼に叶うとでも思とるんか?」 見下ろすように威圧する鬼。 『気圧されながらも必死で抵抗を試みるハヤテ。しかし所詮は猟師、鬼の前では歯が立たず大怪我をしてしまいます』 「がふっ‥‥」 奏の説明終わりと同時に血を吐く仕草をするハヤテ。 「はやてーっ!」 駆け寄るナミ。直後にナギが叫びながらハヤテの前に躍り出る。 「これ以上兄ちゃんを傷つけるのは許さない!」 叫ぶナギ。だがそのナギも鬼の平手打ちで弾き飛ばされてしまう。慌てて駆け寄るヨミ。 一方ナミは咳き込むハヤテの頭をそっと起こしてその顔を覗きこむ。ハヤテはその顔の方にゆっくりと視線を向けると、頬に手を当ててにっこりと微笑み―――力なくぱたりと手を落とす。 「いや‥‥いやぁぁぁぁぁっ!」 ナミの絶叫―――同時に村人として脇にいたミコトが精神を集中。ナミの周りに柔らかな風が起き、ぼんやりと淡い光を放つ。驚く鬼たち。そして光と風が止み、ハヤテがゆっくりとその身体を起こす。驚くハヤテとナギ。更にヨミの身体も不思議な光を放ち始める。 「絶対‥‥絶対許さないんだからぁっ!」 叫んだヨミは鬼に向けて手を翳す。すると光の筋が鬼の方へと瞬時に延びて、同時に鬼は苦しみだす。 更に子供達の近くまで寄ってきていた岑が客席に向けて一声。 「今だ、皆の力を鬼にぶつけるんだ!」 言いながら懐から紙礫を取り出した岑。 一瞬戸惑った子供達だが、葉の助けもあって自分達が何をするのかを理解する。 ヨミの魔法、そして子供達から紙礫の一斉攻撃を受けた鬼は、最後に断末魔の叫びを上げて静かに崩れ落ちた。 『力を取り戻した月の姫たちと、勇敢な村人たちの手によって鬼は退治されました。これで平和が訪れる、そう信じた矢先、突然お別れの日がやってくるのです』 ●演劇〜後編。 場面は一旦暗転。暗闇の中で静かに浮かび上がる奏の姿。 その後ろでは必死に場面を切り替える裏方組の涙ぐましい努力が垣間見えたりする。 『鬼を追い返した村人たちはその夜、盛大なお祭を開くことにしました。一緒にいれることの喜びを皆で祝いながらお祭は進み、いよいよ終わりが近付いたとき、月から不思議な光が舞い降りてきたのでした』 言葉終わりと同時に再び舞台に明かりが。 更にざざぁっというススキが揺れるような音が当たりに響く。 現れたのは姫二人と猟師二人、そして綺麗な羽衣を纏った真夢紀・万理・麻績丸の姿。 「さぁ、迎えに来ましたぞ姫様」 突然現れて姫たちを連れ去ろうとする月の使者役の万理に子供達から不満の声が上がる。万理はそんな子供達に冷ややかな視線を向けて黙らせた。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」 食い下がるハヤテの前にはこれまた怒りの視線をぶつける使者役の麻績丸。 「下がれ! 本来お前のような男が気軽に話せる方ではないのだぞ!」 ギリリと歯軋りしながらもハヤテの動きを制するように手を差し出す。 『元々月にいた姫たちは、力を取り戻したことでつきに帰らなくてはならなくなりました。何とか引き止めようとするハヤテとナギ。しかし月の掟は破ることができず、とうとう姫たちが月に帰るときがやってきました』 一瞬の暗転の後に流れる蒼の言葉。 再度明かりが点いた時には、月の使者としての三人と涙目の姫二人、そしてその周りに五匹の兎の姿が。 「ナミ‥‥」 悲しそうに呼びかけるハヤテ。一方のナミは既に涙でぐしゃぐしゃになっている。そんなナミの傍にそっと近寄る兎役のからす。 「姫様、どうか笑顔を見せてください。姫様が笑顔でなければハヤテ様も笑顔になれませぬ。姫様はハヤテ様の笑顔は見たくありませんか?」 兎の言葉に首を振るナミ。そして無理矢理笑って見せた。 そんなナミをハヤテはそっと抱き締める。 一瞬驚いた表情を見せたナミだったが、そのまま身を任せてハヤテの背中にそっと手を回す。 「おもい、だして‥‥ね?まんげつのひは、みてる‥‥から」 「あぁ‥‥! 必ず‥‥必ずだ!」 その言葉にナミは嬉しそうに瞳を閉じた。 そんなナミの様子を見ていた使者役の麻績丸は相変わらずハヤテを睨みながらゆっくりと傍へ。 「‥‥姫を護ってくれてありがとうな‥‥」 ぼそりと一言呟いて再び元の位置へと戻っていく。 それが複雑な心境の彼の、精一杯の謝辞であったのだろう。 そしてもう一組、別れを惜しむ二人が。 「ヨミさん‥‥」 「そう悲しい顔をしないの‥‥わかっていたことだから‥‥」 こちらはナギのほうが顔を歪ませている。 そんな二人の下には兎姿の零。 「ここにいてはまたいつ狙われるとも限りません。もし万が一のことがあったら‥‥あなたも悲しいでしょう?」 ナギは涙を振りまきながら首をぶんぶんと縦に振る。 やがて涙を拭ったナギをヨミはそっと抱き締めた。 「強くおなりなさい‥‥そして、満月の夜にそっと思い出してくださいね」 にこやかに笑うヨミ。その言葉には様々な思いが詰め込まれていたのだろう。気丈なヨミの瞳からもそっと涙が零れ落ちた。 『こうして、姫たちの地上での生活は終わりとなりました。余りに悲しみに暮れる姫たちを心配した使者は、地上でできた友である兎たちを連れていくことを許し、共に月へと帰っていきました』 『やがて村では一年に一度、満月が最も美しく見える時期に、満月を眺めることで月の姫たちを思い出す風習ができました。それが今、十五夜として人々の間に語り継がれているのです』 『月に浮かんで見える兎は、共に行った兎が姫たちに喜んでもらおうとせっせと餅をついている姿だとか』 『皆も、一緒に十五夜で姫を思い出してみてはいかがでしょう?』 『『目出度し目出度し』』 最後に蒼と奏の言葉が重なり、開拓者たち渾身の劇は無事に幕を閉じたのであった。 ●終幕〜月見。 全てを終えた開拓者たち。 子供たちからは盛大な拍手が沸き起こり、一緒にいた四廻などは涙を流していた。 純粋な疑問から始まった今回の依頼。 真実を教えることも一つ大事なことではあるのだが、それ以上に子供たちには想像力を与えただろう。 勿論劇が終わった後は、子供たちと共にお月見を楽しむ開拓者の姿が。 「灯! 何もされてないか? どこも痛くないか!?」 劇終了後、何よりも先に灯の元へと向かった咬竜。だがその目の前には彼方に抱かれた灯の姿が。 「おー、悪ぃなー先ぃに労わせてもらったぁよ」 にかりと笑う義姉にガクリと肩を落とした咬竜。その肩を統真がぽむと叩き慰めている。 「なーなーおっちゃん! それなんだー?」 「ん? これか、これはなー」 問われた喪越が箱をゆっくりと動かしてざざぁという音を鳴らす。 「おぉ、すげーっ!」 感嘆の声をあげる子供たちを相手に満面の笑みを浮かべる喪越。 「おねーちゃんは何かできないのー?」 「んんー?」 声の向こうには子供に懐かれている雲母。煙管をプカリと付加して輪っかを作ってみせる。子供達はこれまた感嘆の声を上げる。 「‥‥ガラじゃないんだけどねぇ」 そう零しながらも満更でもない雲母。その向こうでは何やら地面に手をついて落ち込んでいるルオウを静乃が慰めている。余程兎が嫌だったのか。 「兎、兎、何見て跳ねる。十五夜お月様見て跳ねる。」 鼻歌を歌いながら杯を傾ける晃、その横では纏が一心不乱に団子を食べている。 更に酒浸りの晃を注意しに葉が来たりとこちらも大賑わい。 と、そこにリーンリーンと小さな鈴のような泣き声が響き渡る。 その声に蓮はピクリと反応。 「あ、あの時の!」 そう言って振り向いた先には籠を片手に瞳を閉じる万理の姿が。 「‥‥風流、だねぇ」 ぼそりと呟いた双伍の言葉。 しんみりとした空気の中、子供たちと共に過ごす十五夜は更けていった。 〜了〜 |