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■オープニング本文 緑茂において繰り広げられた大アヤカシとの大激戦。 数々の犠牲を払ったものの、結果として理穴・開拓者連合軍の勝利で幕を閉じたこの戦い。 この勝利は開拓者の力なくしては得る事ができなかったとした緑茂の里長は、その労を労う意味も込めて里周辺にある温泉を開拓者たちに勧めた。 「激戦の疲れを温泉で癒すとよいだろう」 これにより温泉に浸かるために緑茂を訪れる開拓者も少なくなかった。 時を同じくして温泉地。 開拓者たちがやってくると知った現地の村人達は、彼らを歓迎しようと様々な持て成しを考え準備に明け暮れる。 だがここ最近とある事件が多発し、村人達の頭を悩ませていた。 その事件とは―――覗き。 最初に報告があったのは一週間前。 聞けば複数の覆面姿の集団が女湯目掛けて疾走して来たのだとか。 その時は覗かれた女性の悲鳴に驚いて退散したようなのだが、それから覗き集団は毎日、それも決まって温泉が女性専用になる夜を狙ってやって来るのだ。 このままでは温泉の評判にも関わると感じた村人は自警団を結成し、温泉の周りに罠を仕掛けたり見張りを立てたりと様々な対処を試みる。だが撃退は可能であるものの、捕縛までには至らないため、その攻防は毎晩続いていた。そしてその現状はたまたま温泉地を訪れていた一人の貴族の耳に入る事となる。 「爺。聞いたかえ?」 「は、しかと」 扇子を口にあてて呟いたのは湯治に訪れていた北面貴族七宝院家が一の姫、鷹姫。 最も湯治とは表向きの理由で実際はただ遊びにきていただけなのだが、ともかく姫は温泉に覗きが出ることを知ってしまった。 「乙女の柔肌を覗くとは不届千万! 何としても懲らしめてやらねばならぬのぅ‥‥なんじゃ」 「いえ‥‥柔肌というにはいささか‥‥何でもありませぬ」 鷹姫の身体に目をやって呟いた爺は、ジロリと睨まれてその目線を外す。 そんな爺から視線を外し、成人男性も真っ青なその巨体に似合わぬ小さな扇子をパチリと閉じた鷹姫。 「爺、開拓者ギルドに依頼を投げるのじゃ」 「は? し、しかし‥‥」 「困っておる者を助けるのが開拓者なのじゃろう?」 「左様でございますが、まずは村の者に聞いてみませぬと‥‥」 「ならはよう聞いてまいれ」 閉じた扇子で追い払うような仕草をする鷹姫。言い出したら聞かないこの姫のこと、ここで説き伏せることは叶わないと悟った爺は溜息交じりに村人たちの方へと足を進めた。 |
■参加者一覧 / 小野 咬竜(ia0038) / 柄土 仁一郎(ia0058) / 北條 黯羽(ia0072) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 真亡・雫(ia0432) / 橘 琉璃(ia0472) / 柄土 神威(ia0633) / 酒々井 統真(ia0893) / 巳斗(ia0966) / 天宮 蓮華(ia0992) / 紫焔 遊羽(ia1017) / 皇 りょう(ia1673) / 瑪瑙 嘉里(ia1703) / 剣桜花(ia1851) / 橘 琉架(ia2058) / 熊蔵醍醐(ia2422) / 鬼限(ia3382) / 真珠朗(ia3553) / 波佐 十郎(ia4138) / 菊池 志郎(ia5584) / 橋澄 朱鷺子(ia6844) / 瀧鷲 漸(ia8176) / 天弓 ナダ(ia8261) / 趙 彩虹(ia8292) |
■リプレイ本文 ●温泉防衛隊 ちゃぽんと落ちた水滴が、湯に幾重にも美しい輪を描く。 疲れた心と体を癒す場所、それが温泉である。 「なのにっ!」 手拭いの端をきゅっと噛んで、趙彩虹(ia8292)は、よよと泣き崩れた。 「覗き‥‥覗きだなんて‥‥許せない‥‥誰もが癒されるべき温泉に‥‥」 覗く側にとっても、温泉は桃源郷、めくるめく癒しの空間、漢の浪漫である。 ‥‥なんて事は口が裂けても言いません。言いませんとも! うっかり「漢の浪漫」などと口を滑らせて、紫焔遊羽(ia1017)から「ゆぅの体が‥‥他の男に覗かれてもえぇの?」と、不安げに縋るように見上げられてしまった。小首を傾げる姿は小さく頼りなく、可憐で。そんな彼女を不安がらせてしまった事を、小野咬竜(ia0038)は心の底から悔いた。 温に浸かって火照った体を醒ます為の四阿の柱に頭をガンガンとぶつけて、今更取り消す事の出来ない己の失言に自責の念を抱いた。 「男は単純だぁねぃ」 「旦那」 その一部始終を見ていた犬神彼方(ia0218)がぼそりと呟いた事も、それを北條黯羽(ia0072)が窘めた事も、咬竜は知らない。 知らぬ方が良い事も、世の中にはあるものだ。 「しかしまあ、合戦が落ち着いたと思ったら傍迷惑な騒ぎだな」 「覗かれる恐怖心が分からないなんて、最低です」 恋人である柄土仁一郎(ia0058)の袖口を掴んで、巫神威(ia0633)は硬い表情のまま俯く。袖を掴んだ彼女の指をゆっくりと外し、仁一郎はその手を握り込んだ。 「心配するな」 短い言葉に込められた仁一郎の想い。 そっと頷きを返して、神威ははにかんだ笑みを向けた。他の者には決して見せる事のない、蕩けるような笑顔を返した後、仁一郎は表情を改めた。 「だが、これ程までに覗きに執着するのには、何か事情があるのだろうか。出没するようになったのも最近の事だと言うしな」 「障害があればある程燃え上がッ‥‥‥‥る者もいるんじゃ。うん」 1人、覗き魔に理解を示しかけた咬竜は、背後から感じる遊羽の視線に慌てて言葉を変える。 「若さ故かのぅ」 冷や汗をかいている咬竜に苦笑しながら、鬼限(ia3382)が話に加わった。 「しかし、温泉地の信用問題にまでなっておるのは行き過ぎじゃ」 鬼限の鋭い眼光は、温泉の外に広がる森で時を待っているであろう不届き者達を睨み据えているかのようだ。不届き者でなくとも、思わず「ごめんなさい」と謝ってしまいたくなるような、尻の辺りが落ち着かない、そわそわした気分になる。 「貰うモノさえ貰えれば神様だって殺して見せますって話ですがねぇ‥‥」 覗き魔撃退の準備に余念が無い女性陣の様子を見つつ、真珠朗(ia3553)は大仰に肩を竦めてみせた。 「貰うモノ貰っても女の敵になりたくないって話ですよ。こいつがね」 それは真珠朗の紳士的精神から発せられた言葉か、それとも、覗き魔撲滅の鬼気迫る女性陣を見ての言葉か。その場にいた者達は、返す言葉に迷った。 当の本人はと言えば、本心を見せぬ笑みを浮かべるばかり。 「と、ともかくだ。覗きが突撃して来るのは陽が落ちてからの事だ。それまでの時間、各自、鋭気を養うなり、罠を仕掛けるなり、自由に過ごすという事で異存はないな?」 やや強引に話を纏めようとした熊蔵醍醐(ia2422)に、他の者達も否やはない。 「よぉし! ンじゃ、今夜は下心で動くケモノ共をちょちょいと懲らしめてやりますかァ!」 手の平に拳を打ち付けた醍醐に呼応して気勢を上げる仲間達。そこへ、思い出したように仁一郎が手を挙げて、待ったをかける。 「罠を仕掛けるのはいいが、その罠に我々が引っ掛かっては、いい笑いものだ。各自の仕掛けた罠の種類、場所の情報は全員に行き渡るようにしておいてくれ」 「ま、風呂ン中ァの俺ぇらにゃ、関係ない話さぁね」 女湯の中での迎撃は最後の砦だ。だが、他の入浴客に万が一の事があっては大事だ。故に、対覗き魔用の罠は仕掛けられない。 「‥‥は。そ、そう言われてみれば」 あからさまな動揺を見せたのは、皇りょう(ia1673)だ。 「確かに風呂場に鎧兜姿では興醒めもいいところ‥‥」 待てぃ!! 真剣に悩んでいるりょうに、周囲の者達から総ツッコミが入る。どうやら、今の今まで鎧兜着用で女湯防衛の任に着くつもりだったらしい。 「し、仕方があるまい。敵が現れるまでは私も大人しく湯に‥‥いや、しかし‥‥」 「り、りょうサン? 何を葛藤してらっしゃるので?」 尋ねた波佐十郎(ia4138)に、りょうの頬が瞬時に赤く染まる。 「波佐殿には関係ないっ」 ぷいとそっぽを向いたりょうの様子から、事情を察した大人組。亀の甲より年の功、酸いも甘いも噛み分けた彼らはそっと十郎の肩に手を置いて首を振ったのだった。 ●温泉と出会い頭と買収 「良い気持ち‥‥温泉はのんびり楽しむものよね」 湯に浸かって一息ついて、神威は気持ち良さげに呟いた。 昼の温泉は、夜とは違った趣きがあるものだ。露天であれば尚更の事。 「本当。心も洗われるって、こんな心地かしら。なのに、女の柔肌を覗く奴らがいるなんて‥‥変態ね」 きっぱりと言い切った橘琉架(ia2058)に苦笑しつつ、瑪瑙嘉里(ia1703)は、ざふざぶと湯を溢れさせている鷹姫に語りかけた。 「肌が綺麗で羨ましいですこと‥‥。私など怪我の痕だらけで」 恥じるように、肩口の傷跡を隠そうとした嘉里に、鷹姫は荒波のように湯を揺らしながら首を振る。 「何を言うか。そちの傷跡はそちが守るものの為に戦った証であろ? 誇ることこそあれ、恥じる必要などない」 真剣に嘉里を気遣う鷹姫に、嘉里は微笑んだ。 ちょっと誤解されてしまう事も多々あるが、心根は優しい姫なのだ。 「ありがとうございます。鷹姫にそうおっしゃって頂いて、心が楽になった気が致します」 「うむ」 同じ温泉に浸かっている気安さからか、軽く頭を下げる。いつも姫の側にいる口うるさい老人が見たら、唾を飛ばして怒鳴られそうだ。 だがしかし、ここは温泉。身分や出自など関係ない女子の社交場である。 無礼講も多少は許されるのだ。 楽しそうに語らう鷹姫と嘉里を眺めながら、彩虹はうんうんと頷いた。 「善哉、善哉。温泉はこうでなくちゃね」 彼女達が極上の湯を楽しんでいる頃、森の中では既に戦いが始まっていた。 一番最初の衝突は、手頃な木の上で古酒を飲みつつ、敵の訪れを待っていた水鏡絵梨乃(ia0191)と、木々を伝って偵察に来たと思しき男だ。 「っ!」 そんな所から人が来るとは思っていなかった絵梨乃は、瞬間の判断で別の枝へと飛び移った。 「‥‥見ぃたぁなぁ〜?」 さささっと能面「風雲」で顔を隠すと、男に指を突きつける。 「我が故郷の掟では、年頃の娘は素顔を見た男と婚姻を結ぶが習わし!」 「えっ!? ええええっ!? 見てません! ボクは見てませんよーっ」 拠点で何度か顔を合わせた事がある相手だ。真面目で人の好い青年である事も知っていた。だが、何故、ここに彼がいるのか。まさか、と絵梨乃は思った。ふつふつと沸き上がって来る怒り。 ー少し、お灸を据えてやらねば。 幸い、相手は絵梨乃だと気付いていないようだ。能面の下、絵梨乃は笑った。 「嘘を吐くな! この不実者めっ!」 ふらりと絵梨乃の体が揺らぎ、持っていた古酒の徳利が地面に落ち、派手な音を立てて割れた。そちらに気を取られた男の隙を逃さず、攻撃を仕掛ける。 本気の一撃ではない。 だが、いきなり突きつけられた婚姻話(出鱈目)と、徳利に気を取られて一瞬の隙を見せた男は、絵梨乃の攻撃を防ぐ事が出来なかった。 男の頬に鈍い痛みが走る。 引っ掻かれたのだと気付いたのは、その数瞬後の事。 「忘れるな! その痕が我が婿の証(嘘)だ!」 「ですからっ! ボクは見てません〜っ!!」 慌てふためく男の様子に、こみ上げて来る笑いを押し殺して、絵梨乃は木から木へと飛び移る。 ちらりと顧みれば、男は呆然と立ち尽くしていた。 ー覗きに参加してる罰だ。しばらく悩むがいい。 これが絵梨乃流、愛のムチであった。 一方、醍醐と真珠朗は森の中に仕掛ける罠の作成に余念がなかった。 「っしゃ、深さはこれぐらいでいいか」 木の根っこに引っ掻けていた縄を伝って登ってきた醍醐に、鳴子を設置していた真珠朗が呆れたような声を上げる。 「いくらなんでも、そりゃ深すぎじゃありませんかねぇ」 身の丈の優に3倍はあろうかという落とし穴は、いかな開拓者であろうとも簡単には出られない。 「これぐらいなきゃ役には立たん。本当のところ、竹槍でも仕込みたいところだ」 「‥‥そりゃ、普通の人間なら死にますって」 豪快に笑い飛ばした醍醐に、はあと息をつく真珠朗。だが、何のかんのと言いつつも、彼の鳴子は、避けて動けば醍醐の落とし穴に誘導されるように設置されている。 「真珠朗こそ、鳴子たぁ手ぬるいじゃねぇか」 「ふふ。あたしの罠がこれだけだとでも?」 「いや」 真珠朗の事だ。あっさり見破る事が出来る罠を仕掛けているのには何か理由があるからに違いない。あまり深く追及するのはやめよう。そう、結論づけた醍醐は、鍬を肩に担ぎ上げた。 「さあて、次は何を仕掛けるかなあ」 「あ、そこから先はもう設置済ですんで」 「‥‥おう」 複雑な顔をした醍醐が去って行く後ろ姿を見送って、真珠朗は辺りを見回した。 鳴子に引っ掛かった敵は一刻も早くこの場を離れようと焦るはず。そこで、落とし穴や、真珠朗が草を結んで作った足輪が役に立つ。 「殺したり、大怪我させちゃあマズイですしねぇ。ちょっと物足りない気もしますが‥‥」 手にした徳利を見つめると、真珠朗は頭を掻きつつ、森の中を進んだ。 「あたしの勘が必要だと告げてるんですが‥‥」 彼の勘が当たっているならば、その者はちゃちな罠に引っ掛かるような経路も獣道も、恐らくは通らない。通るとしたら‥‥。 道端にある、精霊を祀った小さな祠の傍らに徳利を置く。 「いや、半分くらい冗談なんですがね、さて‥‥。もし引っ掛からなければ、この酒はお供えとして受け取って下さいよ」 冗談半分という言葉の続きだろうか。祠の精霊に語りかけた後、真珠朗は次の罠を仕掛ける為に踵を返した。 その直後。 「おお? 酒の匂いがすると思うたら、こないな所に徳利が。こりゃ、あれやな。よぅ働いとるわしに、精霊からのご褒美や」 「まさか本当に出て来るとは。ていうか、落ちてるものを確かめもせずに口にするのは止めた方がいいと思いますがねぇ」 さすがの事に、しばし言葉を失っていた真珠朗に、男は悪びれもしないどころか、買収を持ちかけて来る始末。 「そんな端金なんざ、欲しかありませんね。酒代としてという事なら、頂きますが」 やれやれと肩を竦めると、真珠朗は男に背を向けた。 ●里の風景 その頃、天弓ナダ(ia8261)はのんびりと里を回っていた。 老婦人が炊いた芋の煮っ転がしに舌鼓をうち、子供達が山から採って来たという果物を受け取る。緑茂を救う力となった開拓者。派手な戦功を打ち立てた後とあって、里の人達は皆、英雄のように崇め奉ってくる。 さすがに手を合わせて拝まれた時には、ナダも苦笑するしかなかったが、その好意を無にするような真似は出来ない。 特に、今は。 「そう言えば、我々が逗留している温泉に、昨晩、白肌の美しい方が来られたようだ」 「へえ、さようでございますか」 相槌を打つ里の者達の顔には、困惑の表情。 それもそうだろう。 今、かの温泉では覗きという一大騒動が起きているのだから。 「さて、もうすぐ陽がくれる。拙者はそろそろ戻るとするか」 当たり障りなく、餌の種を撒いて、ナダは立ち上がった。 開拓者が帰るという事で、詰まらなそうな顔を見せた子供を抱き上げ、肩に担ぐ。 「途中まで、共に帰ろうか」 「うん!」 「ずるーい! あたいもー!!」 途端に、ナダの周囲が騒がしくなる。無邪気な子供達に囲まれて、ナダも不届き者の事はしばし忘れ、穏やかな笑みを浮かべたのだった。 ●罠、罠、罠 頃合いだ。 月が昇ったのを確認して、酒々井統真(ia0893)は用意していた温泉の湯を昼間の間に造っておいた簡易石畳の上に撒く。統真が森の中から厳選して来た、いい感じに苔が覆っている石だ。湯を吸って湿り気を帯びたら、覗き魔達の足下を盛大に掬ってくれる事だろう。 「これでよし、と。これを越えた連中は、中で俺らの罠を生きて越えた事を後悔するだろうぜ」 物騒な事を呟きながら最後の湯を撒き終え、中へと戻ろうした統真の肩に重い何かが置かれる。その次の瞬間、体がふわりと浮いた。 何事が!? と思う間もなく、彼の体は即席石畳の上に叩きつけられる。 強かに頭を打ち付け、朦朧とした意識の中で彼は、軍神の降臨を目の当たりにした。 「む。遅かったようじゃな、じい」 「さようでございますな」 「このように苔生した石は滑り易く危険じゃと止めてやろうと思うたが。じい、この者を中へ」 「は」 倒れ伏した統真の体を今にもぽっくり逝きそうな体で軽々と担ぎ上げるのを確認すると、上物で豪奢な着物を着込んだ軍神はどしどしと音を立てながら湯屋の中へと入って行ったのであった。 統真が軍神の手に掛かっていた頃、森の中では既に戦闘が開始されていた。 次々と現れる覗き魔達の中に、志体を持つ者も混じっているようだ。 「これは、心せねばなりませんね」 「イー?」 とか何とか言いながら、妙に楽しそうなのは気のせいか。 特製の漆黒の服で全身をすっぽりと覆った剣桜花(ia1851)は、橘琉璃(ia0472)に向かって首を傾げてみせた。 漆黒の服を身につけた時から、桜花は桜花に非ず。自然界最強と言われる生命力を持つG‥‥彼女曰くG神の戦闘員と化すのである。人語は解するが、話し言葉はすべて「イー」の応用で終わらせる。 「覗きで心に溜まったものを発散させなくても良いと思いますがね。ですが、開拓者が混じっているとなれば、手加減はできんな‥‥」 「イ‥‥イー‥‥」 クククと笑う琉璃の表情に、G神の下僕は思わず後退った。 「何をするつもりだと言われても‥‥。当然、覗きに加担しようとする不貞の輩を排除するんですよ」 「ィイ?」 「ええ。クク‥‥この世界に生まれた事を後悔するような‥‥って、冗談ですよ」 さかさかと逃げ出したG神の下僕の襟首を掴んで引き留めると、琉璃はにこやかに笑ってみせた。そう言えば、彼はG言語を完璧に読み取っているようだ。恐るべし、とG神の下僕は思う。 「そうですね。でも、見せしめとして、見せ物にはなって貰いましょうか」 「イー‥‥」 「ご心配なく」 G神の下僕は、琉璃と出会った不幸な者の為に祈った。G神に。 G神並みの生命力をお与え下さい、と。 ●戦闘開始の 「十郎さん‥‥僕、やっぱり恥ずかしいですよ」 唇を尖らせながら、つんと袖を引いて来た真亡雫(ia0432)に、ついうっかり跳ねた心臓を気取られぬよう、十郎はわざと素っ気なく答えた。 「今更何言ってんだよ。女の人に囮役をやらせるわけにはいかないと言ってたのはお前だろ」 「そうなんだけど‥‥」 薄い湯着1枚で外を出歩くのは、やはり恥ずかしい。 頬をうっすらと赤く染めて恥じらう姿が、遠目から見‥‥いや、近くから見ても可憐な少女そのものである事を、雫は自覚していなかった。それに釣られる男がいるという事も。 「とにかく、お前はちらりと姿を見せるだけでいい。後は俺が嘉里さんや遊羽さん達の所へ誘導するから」 「ソ、ソウデスネ」 ぎこちなく、雫が返事を返したその瞬間、彼らの前方を風が駆け抜けた。 「なんだ!? 今のは!」 「一瞬でしたが、橋澄さんの姿が見えた気が‥‥」 「危ねぇ!」 雫の言葉が終わらぬうちに、数本の矢が彼らの側を掠めた。たんたんと小気味よく、背後の木に突き刺さる矢。たらりと、十郎のこめかみを汗が伝った。 その矢を放った本人、橋澄朱鷺子(ia6844)は、狂気を宿した瞳で嬉々として弦を引き絞っていた。 「お姉様、このような事になって残念です。ですが、ここは勝負の場。水羊羹に釣られてしまった絵梨乃の分まで、手加減無しで行かせて頂きますよ」 そんな声が、身を低くしている十郎と雫の耳にも届く。 「お姉様、か」 「絵梨乃さん、水羊羹で釣られちゃったんですか」 巻き添えで怪我をするのは馬鹿らしい。とりあえず、2人はそろりそろりと、その場を離れた。 「‥‥近づいて来ましたね」 瞑想するように目を閉じていた嘉里が、不意に口を開く。 「皆さん」 思い詰めた顔をして、彩虹は仲間達を見回した。改まった表情の彼女に、仲間達の視線も集まる。 「私、この依頼が終わったら、一度帰国して、お母様に謝ろうと思うんです。『家を飛び出してごめんなさい』って。ではっ、行って参ります!」 「待てっ!」 慌てて彼方が手を伸ばす。 「そいつはぁ、死亡フ‥‥」 「旦那!」 彩虹を止めようとした彼方を黯羽が止めて首を振る。 「黯羽の決意、俺達はちゃんと見届けてやらなきゃいけない。それが遺された者の仕事さ」 ーちょって待って下さい。どこからツッコめばいいんですか‥‥。 よろりと嘉里は石の床に両の手をついた。 まだ戦ってもいないし、気力は十分補充したはずなのに、奇妙な疲れと脱力感が一気に襲い掛かって来る。 「嘉里ちゃん、大丈夫?」 遊羽が嘉里の肩を叩いたのを機に、すくっと立ち上がったのは天宮蓮華(ia0992)だ。 「遊羽ちゃん、私も行って参りますわ」 「蓮華ちゃん?」 訝しげな遊羽に、蓮華は微笑んでみせる。 「女湯を覗く破廉恥な殿方は許せませんわ。みーくんの貞操は、私が守ります!」 「えーと‥‥」 みーくんこと、巳斗(ia0966)が男である事は、今の蓮華には関係ないのだろう。女湯の外、最後の壁の1人としてあられもない姿で頑張っているであろう巳斗を守るという使命感に燃えつつ、蓮華は湯の中に浸けておいた袋を引き上げて駆け出した。 「あの袋ぉ、なぁにが入ってたんだぁい?」 「確か、卵を仕込んでた‥‥って、旦那ッ! 今はそんな事してる場合じゃないだろ」 肩に回して来る彼方の手をぴしりと叩いて、黯羽はぱきりと指を鳴らす。 「俺らも、そろそろ迎撃の準備をしなきゃあ」 「そぉだなぁ。嫁の裸は俺ぇだけのもんだってぇこと、思い知らせてやらねぇとなぁ」 ざばりと湯から上がり、用意していた槍と縄とを確認すると、彼方は黯羽を振り返った。 「いぃか。俺ぇ以外に裸ぁ見せんなよ?」 「そんなの分からないね。覗き魔に言っとくれ」 「さ、さすが‥‥」 黯羽の一言で、彼方の闘気が増していく様子を眺めながら、遊羽は感心したような声で嘉里に囁きかけた。 「旦那の操縦がうまいわ。ゆぅも見習わな」 嘉里は微笑むだけで即答を避けた。懸命である。 と。 「ならば」 ざばりと立ち上がったのは鷹姫だ。ほんの僅かな動きでも、湯は大荒れ。煽りを喰らって黯羽が体勢を崩し、湯に沈む。 「妾も参る。この一件を開拓者に依頼したのは妾じゃ。そなた達だけを危険な目に遭わせるわけにはいかぬ」 「え、あぁ? ちょいと鷹姫!?」 嫁を助け起こしていた彼方が声を掛ける暇があればこそ。 地響きだけを残して、鷹姫は既に女湯の外へと去った後であった。 ●姫出陣 「な、なんですか、この地響きは」 湯屋の周囲で最後の防衛戦を張っていた菊池志郎(ia5584)と瀧鷲漸(ia8176)は顔を見合わせた。 地響き。いや、違う。誰かの足音だ。こちらに向かって、誰かが駆けて来ている。 「来たな、覗き魔め」 仲間達の罠や攻撃をかいくぐり、ここまで来たのは相当に力のある者達だろう。気を抜く事は出来ない。そして、様子見などと悠長な事も言ってはいられない。 「怪我はさせたくないけど、気絶ぐらいはさせて貰うよ」 漸も気合いは十分だ。 「いいかい。巳斗は下がっているんだよ」 こくりと頷いた巳斗の顔にも緊張が過ぎる。 近づいて来る足音に、彼らは意識を集中させた。現れるであろう地点を予測しつつ、それぞれの得物を手に身構える。 そして、足音の主が姿を現した。 彼らの背後から。 「え」 「えー」 「えええっ!?」 三者三様の驚きに目もくれず、湯着姿の鷹姫が森に向かって突進していく。 しばらく後、響き渡る悲鳴。そして、空を飛ぶ人影。 即座に湯屋の中が騒がしくなる。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥いいんでしょうか‥‥」 巳斗の呟きに、志郎が頭を抱える。 「いいんじゃないの。多分ね」 漸の呟きは虚しく宙に消えて行った。 ●真相 縄でぐるぐるに巻かた者達の証言により、覗き魔の目的が判明する事となった。開拓者より先に森の中で果てた発掘隊は、古文書に記された宝を探していたのだという。 「暖かき風の吹く泉のその奥に我らが秘宝を眠らせん。月夜の晩に現れし女神の導きにより開けし道を、か。ここはベタな所で女体の神秘‥‥って嘘デス、冗談デス、許して下さい」 緊急事態で女湯に集められた者達の中、またもうっかり口を滑らせた咬竜が、遊羽の前にがばりと平伏した。巳斗や蓮華達と温泉卵を頬張る娘には見せられない姿である。 志士の情けと、仁一郎がそっと彼の姿を娘の目から遮るように動いた。 「だが、拙者の見た所、里人達は何も知らぬようであったが」 覗き魔を誘き寄せる為、囮情報を流しに里に向かったナダが顎に手を当て考え込む。宝が眠っていると知っているならば、里人はもっと警戒心を見せたはずだ。 「宝か。ある意味では見つかっておるがのぅ」 鬼限の視線は、先程から鷹姫に釘づけである。 「‥‥鬼限翁、恋、でござるか」 縄で縛られているのに、余計な一言を言った男が、未だ筋力の衰えぬ鬼限の腕で頭を羽交い締めにされて悲鳴をあげる。 「わしが宝と言うておるのは、かの良質芳醇なる筋肉の事じゃ。惜しいのぅ。姫には天稟があられるのじゃが‥‥」 だが、当の姫は、はしたない事をしてしまったと、四阿でよよと泣き崩れる乙女っぷり。 「まこと惜しい」 「でも、どういう事なのでしょうか。月夜に現れし女神の導き、とは一体‥‥」 仁一郎と一緒に、幼女組の視線を遮っていた神威が遠慮がちに問う。 いくら空を見上げて見ても、女神とやらの気配は感じられない。 「伝承はあくまで伝承に過ぎないという事ね」 琉架がそう結論づけようとしたその時に、 「いいや、違う。伝承は真実、宝を指し示しているようだ」 大量の芋羊羹を手にほくほく顔の絵梨乃を連れた朱鷺子が、新たな情報と共に戻って来た。 彼女らの話によると、発掘隊側の開拓者を追い掛け、共に伝承の鍵となる月夜に現れる女神の手掛かりを掴んだらしい。 「月が昇ると、周囲の岩の影が湯に落ちる。その影が女性の形をしており」 「その女性が示す先が、あの湯の滝や」 朱鷺子の背後から現れた男に、真珠朗が苦笑を浮かべて頬を掻く。 「あの滝は、源泉から流れて来ているそうですが」 周囲を偵察した折に、温泉に流れ込む滝についても調べた志郎が怪訝そうに首を捻る。 「とにかく、行ってみるか」 後頭部にでかいたんこぶを作った統真の一言で、彼らは温泉へと流れ込む滝を覗き込んだ。 「‥‥ん? 滝の後ろは空洞だぁね」 手を突っ込んだ彼方が仲間を振り返る。 「行くんスか?」 片目を瞑って問うた十郎に、彼らは笑い合うとそれぞれに滝の中へと飛び込んだのだった。 ●秘宝 「はあ、いいお湯です。生き返る心地がしますわ」 崖っぷちに湧き出していた湯に浸かりながら、蓮華がほぉと溜息をついた。 「そうですね。下っ端戦闘員のお給金は安いので、何度も倒されなくてはならず、生傷も絶えませんが、癒されます」 黒い衣装を脱いだ桜花は、手で湯を掬うと空に跳ね上げる。きらきらと月光を受けて輝く湯に、仲間達からも感嘆の声があがった。 隅では、傍目も気にせず2人だけの世界を築いている者もいれば、親子、友人で和気藹々と湯に浸かっている者もいるし、物陰へシケ込もうとしている者達もいる。 「月の光でも十分に綺麗ですけど、昼間はさぞや絶景でしょうね」 女性と同じ湯に浸かっているのが恥ずかしいのか、終始俯き加減だった雫が、ぽつりと呟いた。 「これが宝って事か」 雫の隣に移動いると、漸は岩場の下を覗き込んだ。これほど絶景の、天空の露天風呂には滅多に入れるものではない。 けれども、その言葉に琉璃がくすりと笑う。 「何かおかしい事を言ったか?」 振り返った漸に、彼は溢れんばかりの湯を湛える岩を撫でて見せた。 「月の光に輝いて美しいと思うのは自分だけかな」 「何が‥‥あっ!」 雫と漸が同時に声を上げた。 岩の中で何かが輝いている。暗くてよく分からないが、見えているだけでも小さく反射する光がある。 「確かに、昼間は絶景だろうね。でも、野暮は言わないでおこう」 口元に1本指を当てた琉璃に、漸と雫も笑って頷きを返したのだった。 (代筆:桜紫苑) |