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■オープニング本文 緑茂において繰り広げられた大アヤカシとの大激戦。 数々の犠牲を払ったものの、結果として理穴・開拓者連合軍の勝利で幕を閉じたこの戦い。 この勝利は開拓者の力なくしては得る事ができなかったとした緑茂の里長は、その労を労う意味も込めて里周辺にある温泉を開拓者たちに勧めた。 「激戦の疲れを温泉で癒すとよいだろう」 これにより温泉に浸かるため、数多くの開拓者が緑茂を訪れる事となる。 時を同じくして、温泉の近くの村で一つの古文書が発見される。 発見したのは各地の歴史を調査しながら遺跡などを発掘する発掘隊の面々。 彼らはすぐさま古文書の解読に取りかかり、やがて一部の解読に成功する。 暖かき風の吹く泉のその奥に我らが秘宝を眠らせん。 月夜の晩に現れし女神の導きにより開けし道を――― 後半部分は既に破れてしまっていたため解読は不可能。 だがこの文章だけでも何かの財宝の在り処を示すような手がかりに見えなくもない。 発掘隊の面々は喜んだ。同時にこの秘宝を見つけてみたいという欲求が湧き上がる。 更に力を入れて古文書の解読を進めると、宝の在り処と思われる具体的な場所が浮かび上がる。それは、村の近くに沸き出る温泉。 古文書に記された宝を求め調査を開始する発掘隊。 だがそれは苦難の始まりであった。 第一回目の突撃は一週間前。その時は後一歩の所で、地を揺るがすような甲高い咆哮を上げる怪物に阻まれ慌てて逃げ帰った。姿は見えなかったが、きっと宝を守っているに違いない。 それ以降何度か突撃を試みるものの、あるときは罠に、またある時は門番らしき影に阻まれる。 「このままじゃいつまで経っても財宝までたどりつけん」 隊長と思わしき中年の男性が首を捻る。 「やはり村の人に事情を説明して協力してもらったほうが‥‥」 「ならん! 我らが宝を狙う者と知れば村人は襲ってくるやもしれん。それは避けなくては」 隊員の一人の進言に口調を荒げる隊長。 古文書によれば宝への道は夜にしか出ない可能性が高い。場所がわかっているのに近づけない、なんともどかしいことか。 「こうなれば‥‥彼らに頼むしかない。報酬次第でどんな危険な事にも立ち向かう、開拓者に―――」 数日後、開拓者ギルドに一つの『宝探し』依頼が貼り出される。 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 斎賀・東雲(ia0101) / 橘 一輝(ia0238) / 志藤 久遠(ia0597) / 相馬 玄蕃助(ia0925) / ラフィーク(ia0944) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 輝夜(ia1150) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 喪越(ia1670) / 水津(ia2177) / 九法 慧介(ia2194) / 斉藤晃(ia3071) / 荒井一徹(ia4274) / 小野 灯(ia5284) / アムシア・ティレット(ia5364) / 黒戌(ia5369) / 設楽 万理(ia5443) / 千麻(ia5704) / 難波江 紅葉(ia6029) / ブラッディ・D(ia6200) / 雲母(ia6295) / 只木 岑(ia6834) / 廻里(ia7315) / 青禊(ia7656) |
■リプレイ本文 ●挑戦者達 何故、挑むのか。 そう問われて、アルティア・L・ナイン(ia1273)は当然といった顔で笑って応えた。 「そこに浪漫があるからさ」 「秘宝」という言葉は、開拓者のツボをいたく刺激したようである。 「その通りだぜ、アミーゴ! 秘宝、それは人を惹き付けてやまない浪漫、そこにあるというならば、求めずにはいられないだろう。それが人のサガなのだから」 ふ、とにひるに笑った喪越(ia1670)に、幾分興奮気味に同意を示したのは天河ふしぎ(ia1037)だ。 「秘宝を求めるのは空賊の浪漫だもん!」と、仔鹿のような瞳を輝かせながら語る。 彼らのように秘宝に浪漫を感じる者もいれば、それに付随するアレやコレやの魅力に惹き付けられる者もいる。 「温泉に眠るお宝やと!? 金の匂いがぷんぷんするでえ、よだれが止まらんわ!」 「秘宝の伝承が真実であるならば、主様へのこの上ない土産」 と、現実的な利に目を銭の形にしている天津疾也(ia0019)や、お金が好きな主の為に涙ぐましく健気にも秘宝入手を心に誓う黒戌(ia5369)、 「お宝には興味はないが、強い奴がいっぱいいそうじゃねぇか」 と、まだ見ぬ強敵(と書いて「とも」と読む)に思いを馳せる荒井一徹(ia4274)から、秘宝より門番や怪物の方がいいと薄く笑みを浮かべる雲母(ia6295)まで、反応は様々だ。 勿論、 「ひほー? めがみー? どっちもきになるーっ! ぜったい、たどりつくんだからね、あむ」 「ねっ」 などと、無邪気に笑い合う小野灯(ia5284)、アムシア・ティレット(ia5364)のような者もいた。 純粋な好奇心から参加している幼女さん達は、ドス黒い気炎をあげる大人達の中、唯一のおあしすと言えよう。 だがしかし、そのお守り‥‥もとい、行動を共にしている者達は胃が痛いわ、頭が痛いわで大変そうだ。 「古代の秘宝か‥‥。どのようなものであろうか」 秘宝探索に勢い込む仲間達の様子を見ながら、輝夜(ia1150)が不意に呟いた。 古文書には、月夜の晩に現れた女神が、泉の奥に眠る秘宝への道を開く書かれてあるが、どんな秘宝なのかまでは記されていない。 「動物等を象った黄金の鎧との噂があるが」 ふふ、と笑う輝夜の視線は、その噂を広めた張本人、ふしぎへと注がれている。 「ま、こーゆーのは本当の宝があるなしに関わらず、浪漫や夢を楽しむものですよ」 穏やかに語るのは橘一輝(ia0238)だ。 「温泉! それはロマン!! 秘宝! それは男の夢です!!」 ぐっと拳を握り締めた水津(ia2177)の言に、うんうんと頷く仲間達。だが。 「でも、私はロマンより栗が食べたいです。男の浪漫も、私は女なので興味はありませんが」 どきっぱりと言い切った水津に、一時、盛り上がりかけていた気運が一気に下がる。 「と、と、いうわけでっ! 秘宝目指してれっつ・ら・ごーだぜ。楽しみだなぁ」 「喪越よ、まるっきり棒じゃ」 気分の高揚を取り戻さんと、無理矢理話を戻した喪越に、輝夜の冷静なツッコミが入る。しかし、そんな事でめげてはいけない。 「はっはっは! 本当に何だろうなぁ、秘宝。源泉に何かあるんかなあ。「女体の神秘」が宝なんて、まさかな〜」 「教育的指導ッ!」 何処から取りだしたのか、長葱で喪越の後頭部を強打すると、輝夜はふうと額の汗を拭った。 「またつまらぬものを斬ってしまった」 斬ってないから。てか、その葱は一体‥‥。 そんな仲間達の視線に、輝夜は得意げに胸を張る。 「業物長葱「九条」じゃ。良いものであろう? 100人程斬るとへにゃっとするが、使用後は鍋にも使えるのじゃ」 鍋ッ!? 100人っ!? 驚愕する仲間達の反応を、またまた別のものとして受け取ったのか、輝夜は更なる秘密兵器を取り出す。 「この牛蒡もなかなかイケるのじゃが、問題は手が汚‥‥」 「わ、分かった! とんでもない秘密兵器だよなっ! 非常食にもなるのは一挙両得っーか、天儀に優しいってゆーか」 輝夜の講釈を途中で遮ると、喪越は未だぶすぶすと煙を上げている後頭部のまま、仲間達を振り返った。 「秘宝が何たるかは分からないが、例え、こーゆー温泉地によくある秘宝館ってオチでも‥‥ぐはあっ!?」 星が砕けた! 銀河が泣いたっ! 志藤久遠(ia0597)の、捻り込むように突き上げられた拳が喪越の顎を見事に捉え、彼は遠くお空の彼方にまで吹き飛ばされる。 ありがとう、喪越。 君の勇姿を忘れない。 滂沱の涙を流す同志達が見上げる空に、白い歯をきらりと光らせ、親指を立てて笑う喪越の幻が浮かんだとか浮かばなかったとか。 ●ここはひとつ穏便に 「変に殺気立つから目立つのよ」 カランコロンと小気味良い下駄の音を響かせながら、手拭いや糠袋を入れた桶を片手に、千麻(ia5704)は件の温泉への道を辿っていた。確かに千麻の言う通りだ。普通に湯に浸かり、その瞬間を待っているのが一番賢い。 ただ、女湯への潜入や番人との戦いに闘志を燃やしている者達に、端からその選択肢はないのだろう。 「温泉、楽しみ〜」 昼間に温泉に浸かる贅沢と夜の温泉の風情と。 どちらも捨てがたい。 「調査を兼ねて、昼のうちに堪能‥‥じゃなくて、偵察しておいて、月が昇ってからもう一度入ればいいわよね」 昼と夜の間は、村の名物料理を食べたり、周囲を散策したりと、骨休めに充てればいい。 考えれば考えるだけ、心が弾む。 足取りも軽くなる。 そんな千麻の視界を見覚えある影が過ぎった。 「‥‥斉藤さん?」 「ん? おお、千麻やないか」 ちゃきっと片手を挙げた斉藤晃(ia3071)に、千麻は引き攣る頬の筋肉の動きを必死に抑え込み、微笑みながら尋ねた。 「‥‥何をなさっているのでしょう?」 「なに、大した事はない。明るい内に覗きに適した場所を確認し‥‥」 かこーんと。 乾いた音を立てて、千麻が持っていた桶が斉藤の頭を直撃する。中に入っていた手拭いや糠袋が散乱し、トドメのように空になった桶が斉藤の頭に覆い被さった。 「いきなり何すねん!」 「何すねん、じゃありませんッ! の、覗きだなんてっ!」 はて、と首を傾げながら、被ったままの桶に手を掛けた斉藤の動きが止まる。 「なんや、そうか」 「何がそうか、ですかっ!」 履いていた下駄まで脱いで投げかねない千麻に、斉藤はおかしげに体を揺すって笑った。 「いいや、何でもない。ま、こないな楽しい事は楽しまな損や。そう思わんか?」 「た、楽し‥‥」 絶句した千麻を余所に、飛び散った手拭いやら糠袋やらを拾い集めて放り込むと、斉藤は千麻の手の中に桶を戻す。 「ま、そういうこっちゃ。ほな、またな」 呆然としたままの千麻に軽く手を振って、斉藤は内心、ほくそ笑んだ。 ーこら面白そうになって来たで‥‥。 ●気合いのカタチ そして、運命の夜がやって来た。 欠けた所のない月が空に昇り始めた時刻。あの月が輝いている間に温泉へと辿り着き、秘宝へと至る道を探さねばならない。 「秘宝に関する調査は村人に内緒のようですから、我々も特定されるのは得策ではありませんね」 久遠の言葉に頷いて、それぞれが工夫を凝らす。顔を覆面で覆う者、もふら面をつける者、元々顔を隠している者と様々だが、1つだけ間違いなく言える事は、傍目から見ると怪しい集団以外の何者でもないという事だけだ。 いや、見た目だけの話ではなかったか。 秘宝を探すという大義名分の元に集った戦士達の全てが「その為」に、ここにいるわけではないからだ。 最も分かりやすいのが、相馬玄蕃助(ia0925)だ。 褌一丁で腕を組み、鼻息も荒く気合いが入りまくりの彼の姿に、久遠は腰が引けそうになりながらも、とりあえず声を掛けてみた。 「あの、相馬殿。そのお姿は一体‥‥」 「久遠!」 「はい?」 慌てたのはブラッディ・D(ia6200)だ。久遠の腕を掴んで玄蕃助から引き離す。 「どうかしましたか?」 「どうかした、じゃないだろ? どう見たって、危ない親父じゃねぇか! 変態に声かけちゃ駄目だろ!」 「変態」と呼ばれた玄蕃助は憮然とした表情をみせた。 「我、変態にあらず。若さという名の紳士なり!」 「紳士はそんな格好しねぇから!」 即座に入った周囲からのツッコミは、玄蕃助にとって不本意だったらしい。黙っていれば逞しく凛々しい印象を与える眉を寄せて反論する。 「古来より、褌は戦に向かう男の衣でござる。それを何故に、「変態」などと呼ばれねばならぬのか。嘆かわしい時代となったものでござる」 「他の人が言ったら、説得力あったかもな」 玄蕃助の言葉を、肩を竦めて一蹴したブラッディは、次の瞬間、顎が落ちそうな程に仰天した。 幼女さん達が‥‥彼女の保護対象である灯とアムシアが玄蕃助の褌に興味を示して、彼の周囲で観察を始めたのだ。 「ねー、あむちゃん、これってどうなってるのかな?」 「しらなーい」 「ちょっ! 灯! アム!」 慌てるブラッディの様子など、好奇心を刺激されるおもちゃを見つけた幼女さん達には眼中外である。 「あ、ここにひもがあるよ、あーちゃん」 「ほんとだー!」 「ん?」 さすがに幼女さん達は対象外という事で、微笑ましく見守っていた玄蕃助も、その動きが怪しくなって来た事に気付いて、彼女達をやんわりと保護者の元へ返そうと試みたのだが‥‥。 「ひっぱっちゃおうか」 「うん、ひっぱっちゃおー!」 「ま、待つでござるッ!」 「灯ッ! アムーッ!!」 玄蕃助とブラッディの絶叫が周囲に轟き渡った。 ●戦闘開始 「さあて、そろそろ頃合いやな」 体を温め、関節を柔らかくしていた斎賀東雲(ia0101)の呟きに、緊張の面持ちで仲間達が頷きを返す。 待つのは、強固なる門番の壁。そして、その先にあるのは桃源郷‥‥もとい、古の秘宝だ。否応なしに、皆の期待も気合いも高まって来る。 「‥‥楽しみですね、秘宝」 くすくす笑いながら、薄く立ち上る温泉の湯煙に視線を向けた一輝も、冷静そうに見えてやる気満々である。 「しかし、この年で宝探しとはな」 一輝に付き合わされて参加したラフィーク(ia0944)は楽しげな一輝の様子に苦笑にも似た笑みを浮かべた。けれど、言葉ほど嫌がってはいないようだ。彼にとっては一輝が楽しければ、それだけで参加した意義があるらしい。 「‥‥ところで、いい加減、復活したらどうだ? 女じゃあるまいし、ちょっと見られたぐらいで」 地面にのの字を書いていた玄蕃助は、ラフィークの言葉にずずっと鼻水を啜り上げ、きっ、と彼を睨みつけた。 「貴殿には分からんでござる! 婦女子の前であんな‥‥あんな‥‥。それがし、もうお婿に行けないでござる」 その原因を作った幼女さん達は、自分達の行為が1人の男の心に深い傷を負わせた事など知らぬげに、宝探し遊戯が始まるのを待っている。 「いよぉぉぉぉし、今日もいっちょやるぜ!」 緑茂鉢巻を締め直した青禊(ia7656)の雄叫びが響く。 いつもより高揚している自分に、青禊は気付いていた。 いや、高揚という言葉は適していない。 ただ、先程から胸の高鳴りが止まらないのだ。 ーなんだ? これ‥‥。 胸元を押さえて見ても、早鐘を打つ心の臓は止まらない。 ーそういえば聞いた事がある‥‥。 ギルドで、町の茶店で、同じ症状を小耳に挟んだ。それは病だ。その病の名は‥‥。 「まさか、これが‥‥恋?」 だがしかし、悲しいかな、んなわけあるか! とツッコんでくれる者は誰もいない。黄昏れつつも、青禊は最後に軽く屈伸をして、思いっきり大地を蹴った。 「よっしゃ、行くぜ!」 「悪いけど、速さにかけては妥協出来ないからね。一番槍は僕が貰うよ」 傍らから飛び出したアルティアが、素早く青禊の傍らを駆け抜けて行く。 「あっ、畜生、負けてられっかよ!」 その後を追って、青禊も速度を上げる。 飛び出して行った彼らの動きが合図となり、他の者達も温泉‥‥いや、秘宝を目指して駆け出して行く。 「隠された宝を探し出す夢と浪漫を解さぬ無粋な番人は、この刀で纏めて百回冥府に送ってや‥‥」 走りながら、太刀「兼朱」を鞘から引き抜こうとした一輝へと目を遣ったラフィークは、息を呑んだ。 「一輝っ! 足下をっ‥‥!!」 「ひぇっ!?」 しかし、その警告が届く前に、一輝は木の根に足を取られ、盛大に転び、おまけのように強かに頭を打ち付ける。きゅうと目を回した一輝に、ラフィークは額を押さえた。 「‥‥遅かった、か。仕方があるまい」 意識の無い一輝を背負うと、ラフィークは突然の出来事に呆然としている仲間達に向かって軽く頭を下げる。 「連れがこれでは、俺にとってこれ以上参加する意味はない。先に戻らせて貰おう」 残された者達は、あっさりすたすたと立ち去って行くラフィークの後ろ姿を、ただ見送るしか出来なかった。 「しかし、皆、張り切ってるなぁ」 よっこいしょと体を起こして、伸びを1つ。 首をコキコキ鳴らしながら立ち上がった九法慧介(ia2194)はのんびりと自分の装具を手に取った。 「‥‥慧介、貴様は何をしている」 「そういう雲母さんこそ、何してるんだい?」 にやりと笑い合うのは、互いの目的が似たものであると分かっているからだ。 「罠があると分かっている所へ無策で突入していくのは馬鹿らしいし」 「だよなー。でも、俺らもそろそろ行かへんと、折角、露払いが解除してくれた罠が復活してまうで」 彼らの背後から声を掛けたのは東雲だ。 「東雲‥‥。先に行ったのではなかったのか」 先陣を切りそうに勢い込んでたのは気のせいか。 首を傾げた雲母に、東雲はにんまりと微笑んだ。 「どうせやったら、最後まで辿り着きたいやん。お宝にも興味あるけど、俺はやっぱ覗きの方がええねん!」 「‥‥胸を張って言うな」 雲母の冷たい一言も何のその、東雲はまだ見ぬ桃源郷を目指して軽快な一歩を踏み出したのだった。 ●森の中 「月さえあれば、森に潜む理穴の弓術師には、夜であろうと何の問題もない!」 言い切って、木の上から突撃隊に指示を出すのは只木岑(ia6834)だ。 「番人達が動き出したようです! 手強いですから、お気をつけて!」 声を抑えて仲間達に告げた岑の頬には、猫に引っ掻かれたような傷跡が数本、くっきり残っている。多くは語らないが、昼間の偵察時に何やらあったようだ。 「来たか」 青禊と顔を見合わせると、アルティアは小さく頷いた。 「この先、待ち構えている方々がいるようです。法螺貝を吹き鳴らして、敵を誘き寄せます」 「分かった。その先は僕に任せて。秘宝までの道を切り開いて見せるよ」 青禊が法螺貝に手を掛けると同時に、アルティアは走り出す。 「青禊、生きて‥‥また会おう!」 響き渡った法螺貝の音を、秘宝に挑む者達はそれぞれの場所で聞いた。 「‥‥始まりましたね」 「ああ。こっちも、どうやら番人のお出ましだ」 視界を過ぎる影に、ブラッディは不敵な笑みを浮かべて久遠を振り返った。 「さて、どうする久‥‥」 瞬きを繰り返すこと数回。 つい先程まで、傍らで楽しげに手を繋いでいた灯とアムシアの姿が消えている。瞬間的に、久遠とブラッディは振り返った。その視線が捉えたのは、番人と対峙する、鬼の面をつけた灯と、いつもの覆面姿のアムシア。 「まさか‥‥!」 彼女らを止めようと、久遠は咄嗟に駆け出そうとした。だが。 「おの、あかり、まいるっ!」 「ああああっ! 小野殿っ!」 「ちょっ、待てっ! 名乗るなっ! 久遠も名前呼ぶなーっ!」 動揺のあまり、更に墓穴を掘る久遠とブラッディの心、幼女知らず。灯の真似をして、アムシアも名乗りを上げる。 「アムシアまいるーっ!」 「あーあーあーあーあーあーあーっ!!」 どんなに大声を出して2人の名乗りを掻き消そうとしても、それは後の祭り。 元気いっぱい、番人と遊び始めた2人の姿を眺めながら、久遠とブラッディはかくりとその場に崩れ落ちた。 ●戦う運命 その頃、森の片隅では水津が運命的な邂逅を果たしていた。 「イーッ!」 奇妙な叫びを上げる黒尽くめの番人。その手に握られた縄の先には難波江紅葉(ia6029)がぐるぐる巻にされて捕らわれていた。 「難波江さん!」 「いけると思ったんだがねぇ‥‥」 小さく欠伸をする紅葉の頬は、夜目にも分かる程紅潮している。 「‥‥飲んでましたね」 「ただの酔っ払いを捕まえるなんざ、悪い番人だねぇ」 「イーッ!」 水津は小躍りするように腕を振り上げている黒尽くめに視線を向け、薄く笑みを浮かべた。 「いくら変装しようとも、私の目は誤魔化せませんよ」 「イ?」 はてと首を傾げて惚けて見せる黒尽くめに、水津はびしりと指を突きつける。 「そのきょぬー!! 私が見間違えるとお思いですか!? あって当たり前、肩が凝るだけだわぁなんて言葉を平気で吐く持てる者に、持たぬ者の気持ちなど‥‥気持ちなど‥‥‥‥」 弾劾の言葉を紡いでいた水津が、不意に黙り込んだ。 「んん〜? どうかしたのかい?」 ふるふると拳を震わせる水津に、紅葉は黒尽くめと顔を見合わせた。 「大丈夫かい? どこか怪我でもしたとか?」 「イーッ?」 心配して水津を覗き込む2人。 水津の目の前で、きょぬーが2組、たゆんたゆんと揺れる。 「う‥‥う‥‥うわぁぁぁぁん」 泣きながら走り去って行った水津は、その後しばらく行方を暗まし、温泉場近くの岩陰で自棄温泉卵を頬張っていた所を捜索隊に発見される事となった。 ●最強の敵 死闘の続く森を抜け、目的地へと距離を縮めている者達がいた。 木の上から先行し、仲間に的確な指示を下す岑の案内で数多の罠を潜り抜け、ぼろぼろに傷つきながらも立ち上がり、その先に眠る秘宝を目指す者と、罠を解除され、安全が確保された道を進む者である。 「もうすぐだ。道は見えた。燃え上がれ、僕の精霊力よ!」 「やかましいっ! 番人に見つかるだろうがっ!」 正面から突撃する部隊を囮とし、別行動を取っていたはずの黒戌も、ここに至っては仲間達との合流を余儀なくされている。 つまり、秘宝の眠る場所が絞られたという事だ。 ここまで来て番人に捕まるわけにはいかない。 「待っていて下さい、主様。すぐに金銀財宝を手に主様の元に戻ります故。ああ、主様が喜ばれるお可愛らしい顔が目に浮かぶ‥‥」 妄想の中の主の微笑みに、心を奪われ、うっとりぽややんとしている黒戌を捨てて、ふしぎは慧介や雲母らと共に先へと進む。黒戌が正気に返るのを待っていたら、それこそ番人に捕まってしまう。 進むごとに、温泉特有の硫黄の匂いがきつくなって来る。 生き残った者達は、疲れ果てた体に喝を入れ、最後の力を振り絞って前へと足を踏み出した。 仲間の犠牲の上に、自分達は立っている。 「ここは任せろ! 先に行け!」 その叫びに後ろ髪を引かれながらも、ただ前だけを見て走り続けて来た。 今、全てが報われる。 「‥‥水の音がする」 歩みを止めて、アルティスが呟いた。 耳を澄ませば、確かに水が流れる音がする。 「ようやく‥‥着いたんやな。お宝の眠る地に」 疾也の言葉に、彼らの顔に笑顔が浮かんだ。その時に。 「撃てーっ!」 どこかで聞いた声が響き、アルティスは隣にいた雲母の体を突き飛ばした。 「アルティス!? 貴様ッ! 何をッ!!」 悲鳴にも似た雲母の叫びに、アルティスは静かな笑みを返す。 「アルティス! アルティーーーーースッ!!」 手を伸ばせど、届かない。 間に合わない。 雲母と仲間を庇うように両手を広げたアルティスに、白い弾が雨霰と降り注いだ。 「そ‥‥そんな‥‥ここまで来たのに‥‥。アルティスさん! アルティスさんッ!」 「ふしぎ、アルティスの気持ちを無駄にするな」 きゅっと唇を噛み締めると、雲母は温泉卵だらけになって倒れ伏すアルティスを一瞥して踵を返す。 「さあ、ふしぎ殿。ここで立ち止まっていては、全てが無駄になってしまうでござる」 玄蕃助に肩を叩かれ、ふしぎはよろめきながら雲母の後を追う。 「そ‥‥そうだ。僕は行かなくちゃいけないんだ!」 後輩を導く年長者の笑みで頷いた玄蕃助が、体に感じる振動に気付いて身構えた。 「最後の番人の登場‥‥でござるかな」 誰が来ても、もはや負ける気がしない。 「後から必ず行くでござる」 「玄蕃助‥‥」 ぐっと拳を握り締めると、雲母はふしぎの手を引いて走り出した。 「必ず、必ずですよ、玄蕃助さん!」 「うむ」 褌一丁で爽やかに笑う玄蕃助の隣に、疾也と慧介、そして強い奴と戦いたいと参加した一徹が立つ。 「お主ら‥‥」 「ま、少しぐらい格好いい所を見せとかないとね」 「真打ちは最後に登場するもんやしな」 漢達は互いに頷き合った。地響きが近づき、更に地面の揺れが激しくなる。 「よし、行くでござるよ!」 「おう!」 力強く言葉を交わした次の瞬間、彼らは絶句した。巨大牛かアヤカシかと、それぞれ得物を手に身構えた彼らの前に現れたのは1人の女性‥‥多分、女性だったのだ。 「む。そなた達か。乙女の柔肌を覗く不届き者というのは」 「そ、それがしの目がおかしくなったのであろうか。木とあのにょしょうのおおきさが‥‥」 「心配すんな。俺の目にもそう映ってる」 頬を引き攣らせて答えた疾也に 「でも、凄い筋肉だよね。どんな特訓をすれば、あんな筋肉になるんだろう‥‥」 自分の腕と女性の腕とを比べた慧介が乾いた笑いを漏らす。 「何をこそこそと話しておる。例え精霊達がそなたらを許しても、この七宝院家の鷹姫は許しはせぬ! 無垢な乙女の湯着を見た罪、その身で償うがよいぞ!」 ー姫っ!? ー姫とか言った!? てか、あれ湯着!!?? 混乱する開拓者の様子などお構いなしに、鷹姫は再び走り出す。 地面が揺れたと思ったのは一瞬、次の瞬間、疾也は空高く放り投げられていた。 「あべしっ!」 謎の一言を残して宙へと消えた疾也。 直後、甲高い女性の悲鳴が幾つも聞こえて来た気がするが、疾也の運命を案じている余裕など、彼らにはなかった。 「えと、誤解だと思うんだけど、俺達はただ宝さが‥‥えええっ!?」 「鷹姫、類稀なる猛者と見た。いざ尋常に勝‥‥うああああっ!?」 慧介と一徹までもが空の彼方へと投げ飛ばされ、残るは玄蕃助ただ1人。 「姫、そ、それがしは‥‥」 以前から姫の事をお慕い‥‥駄目だ。本能が危険を告げている。 決して女湯を覗こうとしたわけでは‥‥いや、その気がなかったわけでは‥‥。 幾つもの考えが頭の中を目まぐるしく駆け巡る。ぎりぎりまで切り抜ける手段を模索する玄蕃助。けれど、乙女の怒りを漲らせる鷹姫の鋭い視線は彼を捉え‥‥。 そして‥‥‥暗転。 ●月の女神が示すもの 「よぉ、遅かったやないか」 森を抜ける直前、岩場の陰で徳利から酒を直飲みしていた斉藤が、満身創痍状態の仲間達に向かって手を挙げる。 「‥‥貴様、ここで何を」 雲母の声が尖る。だが、斉藤は気にした様子もなく、挙げた手をひらひら振って見せた。 「そう尖るなや。昼の間にな、目星つけといたんや」 ほれ、と斉藤が示した先。 そこにはー。 「‥‥‥‥」 絶妙な角度から見渡せる女湯の絶景。一部、見た事のある者が女子の手で袋にされていたが、彼らにとっては、既にどうでも良い事であった。 「ぅわおっ! 何や、斉藤、こないなええもん独り占めしとったんかいな!」 「お‥‥女、女湯っ!?」 対照的な反応を返した東雲とふしぎに、いつの間にか追いついていた黒戌が鼻で笑う。 「ふん。婦女子が何人集まろうが、我が主の可憐さ、美しさには敵うはずが‥‥」 「あ、黒戌、あれ、あんたんトコの主さんじゃないのかい?」 雲母の声に、東雲を押しのけて女湯を覗き込む黒戌。 「主様!? 拙者が主様のお姿を見つけられぬなど、有り得ないはずでござるが‥‥っ」 「‥‥ふ」 にやりと笑った雲母に、それが嘘だと気付いたふしぎと東雲の背に戦慄が走る。必死に主の姿を探す黒戌を気の毒に思いつつも、言葉には出さないでおこうと、2人は互いに頷き合った。 「で、もうええかー?」 ぐびっと酒を煽ると、斉藤は顎で女湯を示す。 「女湯が何だと‥‥」 覗き込んだ雲母が息を呑む。 月の光を受け、湯の上に落ちるのは湯を取り巻く岩山の影。その影が象るのは美しい女性の姿だ。 「月夜の晩に現れし女神‥‥」 「せや。手に見える所、よぉ見てみ」 目を凝らした雲母が唸った。 「何かを指している」 「でも、そこへ向かうには女湯に入らないと駄目ですね」 考え込んだふしぎの肩に斉藤が手を乗せた。 「‥‥坊主、お前もしっかり見とるやんけ」 沈黙。 仲間達の生温かい視線を感じながらも、ふしぎは闘志を燃やしつつ、立ち上がった。 「さあ、行こう! 僕達は秘宝へと続く長く険しい道を走り始めたばかりなのだからッ!」 その真っ赤に染まった顔には、敢えて誰も触れなかったとか。 どっとはらい。 (代筆:桜紫苑) |