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■オープニング本文 「‥‥嫌な空だわ」 村の地主の娘―――お心は空を見上げて眉を顰めた。 ここ数日ほど雨が降っては止み降っては止みの繰り返し。雨は嫌いではないが、こう続くと陰鬱な気分になってしまう。今は雨は降ってはいないが、空はどんよりと曇ったまま。そんな空を見ていると堪らなく不安な気持ちになることがある。お心は番傘を持つ手にぎゅっと力を込めて歩を早める。 「お心!」 呼び止められて振り向くお心。そこには来月に祝言をあげる相手、又差の姿が。 「又差様‥‥もう、驚かさないでくださいまし」 「いやぁ、すまない」 少し拗ねたような顔で言うお心に、又差は人懐こい笑みを浮かべて頭に手を置く。 又差は村で唯一の剣術道場の師範代で、開拓者組合に名を連ねる腕利きの青年だ。その誠実さと腕を買われて地主であるお心の父が二人を引き合わせた。二人の距離は日を追うごとにどんどん近くなり、ついに来月夫婦となる。 「もうお仕事は終わりました?」 「うん。今日の稽古は軽く流す程度だから」 「ふふ、では今日は一緒にいれるのですね」 「あぁ、久々にのんびりだ」 仲睦まじい二lに嫉妬したのか、曇天の空から大粒の滴が零れ始める。お心は持っていた番傘を広げて又差に手渡し、そのまま身を摺り寄せる。この天気のせいか外に人の気配がない。ともすれば二人だけの世界と錯覚してしまいそうになる。しばしその感覚に身を委ねるお心。と、前方より声が掛かる。 「良い雨ですね」 顔を上げるとひょろりとした男性が口元に笑みを浮かべて立っている。腰に下げた二本の刀を見るとお侍か何かだろうか。白を基調とし所々に鮮やかな赤を散りばめた着流しを着た男は、どうやらこちらの返答を待っているようだ。 「‥‥え、えぇ。ここのところ雨続きですけれど」 空をちらりと見て応えるお心。ふと横に目をやると又差の目が鋭く男を睨んでいるのが見えた。 「又差‥‥様?」 「‥‥行こうお心」 思わぬ力で肩を抱かれたお心は、男の横を通り抜ける際にぺこりと一礼。すれ違いざま――― 「人を千人斬ればアヤカシの力が手に入るって噂、ご存知ですか?」 どこか耳障りな声がお心の耳に飛び込んでくる。振り向こうとしたお心。しかし強い力で強引に頭を押さえつけられよろける。刹那、頭のあった場所を一陣の風が通り抜けた。倒れこむときお心の目に写ったのは抜刀した男の姿と自分を庇う様に身を翻した又差の姿。乾いた金属音がお心の頭上で鳴り響く。お心が次に顔を上げたときには又差と男の距離は随分開いていた。 「ふふふ‥‥さすがは音斬の又差と呼ばれただけはありますねぇ。攻めるどころか押し返されるとは」 楽しそうに笑う男に舌打ちする又差。そしてそれをただただ呆然と眺めるお心。 「お心さん‥‥先に帰っていてください」 いつもと同じ聞き慣れた―――しかしどこか冷たい声。 お心は思わず身震いをする。 「少し長くなるかもしれません。万が一‥‥今夜戻らなければ組合の方に助力を求めてください」 淡々と述べながら左手を腰の刀の鍔にかける又差。 「でも‥‥」 「行ってください!」 逡巡。 しかし見知ったはずの又差の余りの変貌に自分の気持ちがついていかない。 結果、お心は家に向かって全速力で駆け抜けた。 二日後――― 開拓者ギルドにはお心の姿があった。 依頼は当然、又差の仇討ち。どうやら帰らぬ人となってしまったようだ。 内容的には自警団レベルで対応できるものではない。その上やられたのが開拓者とあってはギルドとしても調べないわけにはいかない。そしてさらに気がかりなことが。 「遺体は‥‥半分しかなかったんだな?」 『粋』のハチマキに半被姿の受付係の言葉に、お心は静かに頷いた。 「はい‥‥半分は、まるごと齧り取られたようで‥‥」 思い出したのか、お心は嗚咽を漏らす。 受付係は頭をガシガシ掻きながら苦渋の表情を浮かべる。 「そいつぁ‥‥アヤカシの仕業かもしれねぇな」 「え‥‥でも‥‥」 「ただ餌に食い付いただけだとは思うが‥‥寧ろアヤカシがいるならそっちのほうが問題だろう」 受付係の言葉に黙り込むお心。無理もない、仇を討ちたい気持ちのほうが数段強いのだから。 「やれやれ‥‥本来仇討ちなんてなぁギルドの仕事じゃねぇんだが‥‥今回は特別だ、一応聞いてやらぁ」 受付係の言葉に顔を輝かせるお心。 「ただし、あくまでアヤカシ退治がメインだ。そこんとこ間違わねぇでくれよ」 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
中原 鯉乃助(ia0420)
24歳・男・泰
立風 双樹(ia0891)
18歳・男・志
小路・ラビイーダ(ia1013)
15歳・女・志
桜華(ia1078)
17歳・女・志
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
本堂 翠(ia1638)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 体の恐ろしさ。 開拓者。 それは一般の人間とは違い、特殊な資質―――志体を持つ者たちが様々な問題を解決するべくなるもの。 基本的には人々を護るためにその力は振るわれる。 では志体を持つ者は全て開拓者となるのか。 否。中には開拓者とならず自由気侭に生きている者も存在する。 では志体を持つ者が一般人に牙を向けるとどうなるのか――― 「ひどい‥‥」 口に手をあてて眉を顰めた桜華(ia1078)が見たものは、村の通りに面した家の扉にこびり付いた大量の血痕。どう見ても一人のものではない。何人か纏めて斬られて初めて出来る量だ。 「‥‥お心さんから聞いた場所は、ここじゃないよね」 本堂 翠(ia1638)はそう言って静かに黙祷を捧げた。 村の人から何か情報をもらえないかと尋ねた一行だったが、話すことは何もないと門前払いを食らっていた。その理由がわからずにいたのだが、目の前に広がる光景で察しがついた。又差だけではない、村人が何人も犠牲になっているのだ。 「志体持ちが辻斬たぁ、やってくれんじゃねぇか」 右拳を左掌にぶつけながら怒りを顕わにする中原 鯉乃助(ia0420)。真っ直ぐが信条の鯉乃助にとってこれ程非道な行いが許せるはずもなかった。 「祝言前に相手に先立たれたお心さんは勿論だが‥‥ここで亡くなった奴らも気の毒なこったな‥‥」 苦笑を浮かべる風雅 哲心(ia0135)。近くの気配を探るために静かに目を閉じ意識を集中させる。 「本堂さんは近くで隠れていてくださいね」 「あ、はい。すみませんが宜しくお願いします」 桜華の言葉に従い、近くの物陰に身を潜める翠。 戦闘において回復を担う者の存在は非常に大きい。特に今回のように開拓者の手の内をある程度知っている者ならば真っ先に狙ってくるだろう。それを回避するための措置でもある。 「どうだ? 何かわかったか?」 鯉乃助の問い掛けにゆっくりと目を開けた哲心は首を横に振る。 「駄目だ。村人もいるから特定ができねぇ」 志士の力、心眼。 それは近くにいる生物の反応を感じ取る能力。何もない場所で隠れている者の気配は感じ取ることはできるだろうが、人の多い村の中で特定の気配を察することまではできない。 「おや、あなたたち。こんなところで何をしているんですか?」 次の策を考えている一行の後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには一人の細身の男が柔らかな笑みを浮かべて立っている。 「いえ、ここで少し調べものを‥‥」 言い掛けた桜華を右手で制する鯉乃助。 野生の勘―――とでも言うのだろうか、鯉乃助の体は目の前の優男に向けて警鐘を鳴らし続けている。よく見れば男の服装は報告にあった白地に赤を散りばめた着流し。 「‥‥あんたは?」 それに気付き左手を腰の刀の鍔にかけたままで問う哲心。桜華も男に意識を集中させ始める。その様子を少し驚いた表情で眺めていた男は、やがてくつくつと笑って頭を振る。 「やれやれ‥‥不意打ちなら楽に殺れると思ったんですがねぇ」 笑顔のままの男は言いながら腰に差した刀をスラリと抜き放つ。 疑惑は確証へと変わり開拓者たちも各々の武器を構える。 「手前ぇか‥‥くだらねぇ妄想に取りつかれたサムライってのは」 吐き捨てるように言う哲心に心外だと言わんばかりの表情を浮かべる男。 「おやおや‥‥強さを求めるのは武人の嗜みですよ」 男の言葉に両拳の手甲を合わせて盛大な音を鳴らす鯉乃助。 「うるせぇ‥‥依頼主の前で土下座させてやるから覚悟しとけよ」 「武人の風上にもおけませんね‥‥!」 静かに怒りを顕す桜華の体は僅かに青い光に包まれる。腰の刀の柄に手をかけ、重心を低く。加速のために若干後ろに下げた左足に力を込める。 「桜橘流居合術、桜華。いざ、参ります!」 どんな時でも武人であれ―――父からの言葉が頭をよぎった桜華は口上を述べて一気に飛び出した。 ●アヤカシの気配。 「例の男、接触したようですね」 耳を澄ませば聞こえてくる刀と刀がぶつかり合う金属音。それを聞いた立風 双樹(ia0891)は隣にいる北條 黯羽(ia0072)の方に顔を向ける。 「後はアヤカシが出てくんのを待つだけだな。最も先に見つけれりゃそれに越したことはねぇが‥‥どうだ?」 問い掛ける黯羽に双樹は苦笑いを浮かべる。表情を見れば芳しくないのは理解できた。 彼らの役割はアヤカシの捜索と退治。先発として行動している四人には謎の男を抑えてもらっている分、その後に現れると思われるアヤカシとの連戦はキツくなる。故に二班に分かれて行動することにしたのだ。 「何処にいる‥‥早く見つけないと又差のように‥‥」 先手を打ちたい開拓者たち。しかし心眼ではその姿を捉えられず、近くの建物の中に気配があるだけ。若干の焦りが見える滝月 玲(ia1409)の裾をちょいちょいと引っ張る小路・ラビイーダ(ia1013)。玲を見上げながらふるふると首を振る。 「‥‥焦る、よくない‥‥大丈夫、きっと、みつかる」 「‥‥そう、だな。俺達が焦っても仕方ない。うん、ありがとう」 笑みを浮かべる玲に小路は恥ずかしそうに手にした毬に顔を埋める。 「どうも後手に回っちまうな。さっさとおっ始めたいんだが」 どこかうずうずとした様子の黯羽は戦闘の際の緊張感を好む。待機の時間は余り好きではない。 その時、先発隊が戦っているであろう場所から悲鳴が響いてくる。顔を見合わせる一同。何かあったのか―――確認をするにはアヤカシの気配がない。 「苦戦してるってなら加勢しに行った方が―――」 「待って下さい」 言い掛けた黯羽を双樹が制する。悲鳴を聞いてから念のため心眼で周囲を探っていた双樹は、戦っている仲間たちにゆるりと近付いてくる気配を捉えていた。戦闘をしているのは音だけでもわかるはず。そんな場所に一般人が近付くはずはない。近付いてくるとすればそれは――― 「‥‥北条さん、出ました。行きます」 ゆっくりと目を開けた双樹の発した言葉に四人は更に二組に分かれて行動を開始した。 ●苦戦。 力を使い一気に加速した桜華の鞘から銀色に光る刃が高速で放たれる。一閃。乾いた音と共に初撃は男の刀に防がれる。男の反応が想像以上に早い。桜華、一瞬の間をかけて停止。そのまま左に身を逸らす。すぐ後方から桜華の陰に隠れるように接近していた哲心が男の肩を目掛けて突きを放つ。男は刀をそっとずらして突きの軌道を変える。重心を持っていかれた哲心目掛けて男は膝を前に出す。膝はそのまま哲心の腹部にめり込む。 「かはっ‥‥」 息を吐き出し苦悶の表情を浮かべる哲心。男は左拳を握り哲心の顔面に裏拳を叩き込む。その隙に桜華が再び斬撃を繰り出す。が、男が右手に持った刀を無造作に振るい、鍔で防がれる。鍔迫り合い―――それなら、と刀を両手持ちにする桜華。しかしビクとも動かない。見ると男の右腕が会った時より随分太くなっている。 剛力――― サムライの能力であるそれは筋力を一時的に高めるというもの。 男はちらりと桜華に視線を向けるとそのまま力任せに刀を振りぬく。両手でも押えきれない桜華、後方へ弾き飛ばされる。男のちょうど死角にあたる背後から鯉乃助、男の足目掛けて高速で蹴りを放つ。命中。男は若干よろめくものの、すぐ体制を整えて振り向き様に刀を振りぬく。元より一撃離脱の鯉乃助、後方に跳躍しながら上体を反らして刀を避ける。髪の一部が銀の閃きに散らされる。鯉乃助はそのまま後退し間合いから脱出。 「くそっ‥‥何て奴だ‥‥!」 舌打ちしながら起き上がる哲心は自身の体を確認。若干膝を喰らったところが痛いが動けない程じゃない。よし、と気合を入れた哲心は再び刀を持つ手に力を込める。桜華と鯉乃助も男から距離を保って武器を構える。男を中心に三角形のような布陣。 「バラバラじゃ埒があかねぇ。一気にいくぞ!」 「はいっ!」 「よっしゃあぁぁ!」 哲心の言葉に同意を示す桜華と鯉乃助。掛け声と共に三人一斉に男へと駆け出す。二方向からまず桜華と哲心。桜華の居合いが男の上体を、哲心の斬撃が男の脚部をそれぞれ狙う。男は軽く後ろに跳躍しそれを避ける。が、その後ろから距離を詰めた鯉乃助が着地点を狙って下段の蹴りを放つ。男は足をすくわれ背中から地面へ落下。しかし倒れ際に上体だけを捻り刀を振る。だが鯉乃助の姿は既になく刀は空を切る。体勢を崩し倒れた男目掛けて哲心が突きを放つ。男は地面を転げるように回避、すぐに身体を起こし顔を上げる。と、ひゅん―――と風斬り音が鳴り男の肩に一本の矢が突き刺さる。矢の発射方向に目を向けると弓を番えた翠の姿。 「おや‥‥もう一人いたんだね」 一瞬逸れた集中―――ある程度の腕を持つ武人であればそれは十分な隙だった。 気付いたときには男の足元に超低空で滑り込んだ鯉乃助がいた。極限まで重心を低く踏み込んだ左足は地をしっかりと踏みしめ、更に右拳を後方に投げ出し上体を限界まで捻って力を蓄え―――開放。右の手甲がガリガリと地を滑り、男の手前で一気に加速して上昇。 「おぉりゃあぁぁぁぁぁっ!!」 放たれた拳は男の顎先を捉え、その頭部を激しく揺さぶる。一瞬の間、男を支えていた膝がカクリと落ちる。見逃さないのは桜華。素早く踏み込んだ彼女の鞘から滑るように発射される刀。一閃―――桜華の刀が鞘に納まると同時に男の左腕がボトリと地に落ちた。 「あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 左肩を押さえ叫び声を上げる男。瞬く間に赤い池が地面に描かれていく。 だが開拓者たちもそれほど余裕があるわけではない。ほぼ全力、使い果たしてしまっていた。 ●アヤカシを滅せよ。 肩口から溢れる血を右手で抑える男。 一方の開拓者たちも肩で息をし、片膝を地面につけていた。駆け寄ってきた翠が順番に治癒の風を送り込んでいく。 辺りに鉄のような匂いが漂い始めたその時、近くで遠吠えが聞こえた。 はっとした哲心が視線を移すと未だ動かない男を目掛けて、一匹の大きな犬が走りこんでくる―――アヤカシだ。 アヤカシは速度を緩めぬまま大きく口を開けて牙を剥き出し、男に向かって低空で跳躍。 間に合わない――― が、そこで一陣の風が間に割り込んでくる。煌く炎に包まれた閃光がアヤカシの牙を退ける。 「大丈夫ですか!?」 アヤカシから視線を外さないまま問い掛けるのは双樹。 「随分な有様じゃないか。でもま、無事でよかったよ」 後方から掛かった声は黯羽。にかりと豪快に笑う彼女はすぐに目を細めて対峙するアヤカシに視線を移す。 「いいねいいね、血が滾ってきやがる」 「突っ込まないでくださいよ?」 心底嬉しそうに舌なめずりをする黯羽に苦笑を浮かべる双樹。わかってる、と短く答えた黯羽は腰に差した長脇差に手をかけた。一方の双樹は一旦鞘に刀をしまい、左親指を刀の鍔にあてがった状態で重心を軽く落とす。アヤカシは獲物を食い損ねたことを怒っているのか、低い唸り声を上げる。だが相手が一筋縄ではいかないことを本能で理解したのだろう、少しずつじりじりと後ろに下がり始める。 「おっと、逃がさねぇよ」 アヤカシの後方から姿を現したのは玲と小路。 「あやかし‥‥ごはん、大事、わかる‥‥でも、わたし、人、すき、だから‥‥」 そこで小路は両手で持った太刀を正眼に構える。 「あやかし、たおす、ひつぜん‥‥」 決意に満ちた瞳でアヤカシと対峙する小路に、双樹は優しげな笑みを浮かべる。 「ふふ、そういうことです。では‥‥参りますよっ!」 双樹の言葉とほぼ同時に玲はアヤカシ目掛けて疾走。勢いそのままに太刀を振るう。が、アヤカシは大きく跳躍しそれをかわす。それを目で追っていた小路は進行方向へと直進。軽快な動きで自分の身の六割ほどある刀で斬りかかる。が、これも当たらない。更に後方から双樹が居合いを抜き放つ。多少切り裂いたが傷を負わせる程ではない。 「なんて速さだ、黯羽さん頼んだぜ」 「あいよっ! 任せな!」 玲の言葉に黯羽が脇差を持ったまま意識を集中。刹那、アヤカシの足元の影がぐにょりと動きその両足にぐるぐると巻きつき始める。必死に抵抗するアヤカシ。だがその時には目の前に玲の姿が。玲は刀の腹にそっと手を当てゆっくりなぞる。手が切っ先まで辿り着いた瞬間に刃が赤い炎を放つ。 「お前の喰らった幸せの代償だ、炎の刃の餌食になりな!」 叫びながら振るった刀がアヤカシの右半身を切り裂く。咆哮を上げるアヤカシに更に双樹の赤い刃が襲い掛かる。 「お前達は悲劇ばかり生む…滅びろ、化生!!」 今度は左半身。 切り裂かれた箇所は黒い霧となって天へと昇っていく。が、アヤカシはまだ形を残して唸り声を上げている。 「ラビっ子! やっちまいな!」 黯羽の叫びに飛び出した白い小さな影―――小路。動けないアヤカシの背をとんっと蹴り上空へ。 「‥‥さよなら」 重力を乗せて振り下ろした小路の太刀は、アヤカシの身体を両断するには十分だった。 ●事後報告。 「そう、ですか。逃げられましたか」 沈んだ声で呟くお心。 アヤカシを退治した後、一行は男の姿を探したが、いつの間にか血痕だけを残して男は消えていた。男と戦っていた四人もその疲労と怪我の治療でそこまで見ていなかった。元より男が逃げるときは深追いしないつもりではあったが。 「ねぇお心さん‥‥敵討ち、まだ続けるんですか?」 桜華の問い掛けにお心は静かに頷きを返す。 「‥‥じゃああんたはあの男と同じ所に行くってのかい?」 これは鯉乃助。直に対峙した彼は男の狂気にも似た部分を肌で感じ取っていた。憎しみに飲まれればお心もいつかは―――そんな気持ちが鯉乃助の胸中を暗くする。 「又差を喰らったアヤカシは討った、もう一人は‥‥人ではないよ」 玲はそっとお心の肩に手を乗せる。お心は少し震えているようだ。 「でも‥‥私は‥‥私は‥‥っ」 「止めた方がいいよ。だって、それは命を賭して貴女を護った又差さんの生き様までも傷付けてしまうから」 そう言って滅多に見せない柔らかな笑みを浮かべる翠。 「気持ちはわかるが‥‥それは新しい憎しみを生むだけだ。そんなくだらない事で、自分のこれからの人生を終わらせるんじゃない」 「そんなことよりこれからの事を考えませんか?」 哲心の言葉に続ける双樹。 誰一人としてお心に敵討ちなどしてほしくない―――ただそれだけ。 「ま、個人的にゃどっちでもいいが‥‥皆の意見を聞いてから考えて結論出せば良いと思うぜ?」 ぶっきらぼうに言う黯羽。 お心は肩を震わせて必死に何かに耐えている。 小路がとてとてとお心の傍に駆け寄る。 「又差さん‥‥お心さん、まもりたかった‥‥しあわせ、したかった‥‥その気持ち、だいじ、してあげて‥‥?」 「‥‥っく‥‥うぅ‥‥うわぁぁぁぁぁっ!!」 枷が外れ大声で涙を流して崩れるお心を、小路はその小さな身体でそっと抱きしめた。 〜了〜 |