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■オープニング本文 広い野原。 一面に咲いた花々。 笑いあう少年と少女。 それを微笑ましく見守る夫婦。 何もかもがあの日のまま。 そう、あの日―――アヤカシが現れるまでは――― ●とある朝。 「ん‥‥」 瞼の隙間から流れ込む朝の光に驚いてゆっくりと目を覚ます。 まだ覚醒しきらない頭を何とか動かして今の状況を確認する。 積み上げられた本の山、無造作に置かれた雑巾、そして折りたたまれてはいるものの乱雑に放り出された衣類の数々。そこで自分が荷物の整理をしていたことを思い出す。 「あふ‥‥いつのまにか寝ちゃったんだ」 欠伸を噛み殺しながら背筋を走る一筋の雫の感触にゾクリと背中を震わせる。 感触はすぐに着衣に吸収されるものの、随分と汗をかいたようで着衣そのものが重く感じる。 「何で今頃‥‥しっかりしなきゃ。もう私は―――開拓者なんだから」 言い聞かせるように呟いて自分の頬を思い切り掌で挟み込む。 あの日からずっと夢見ていた開拓者。 両親が志体持ちだったことから、ひょっとしたら自分にもと思わなかったわけではない。 だが自分が気付くかどうかはまた別問題。 それでも少女―――唐沢美津名はずっと願い続けた。願い続けて、ただひたすらに刀を振った。 気付いたのはつい最近。 美津名は喜びに打ち震え、すぐさま開拓者としての道を歩むためにギルドに登録し、住まいをギルドの近くへと移したのが昨日。 「やっと‥‥やっとだよ、父さん‥‥」 呟きながら美津名は本の山に立てかけてあった刀―――父親の忘れ形見である、名刀『簪』をそっと撫でる。 これから自分の新しい一歩を踏み出す。 改めてその実感を胸に抱いた美津名は大きく息を吐くと、残った荷物もそのままに刀を取って表へと飛び出した。 ●開拓者ギルドにて。 ギルドについてから自分が開拓者であることを告げ、受付にいた銀髪の少女に挨拶を済ませると、美津名は早速依頼の書かれた紙に目を通す。 (やっぱり初めての依頼になるから余り危なくなさそうな物がいいかしら) 期待と不安の入り乱れる胸を落ち着かせながらゆっくりと紙に目を這わせていく美津名。 と、ある一点でその目が留まる。 依頼内容は村に現れた死人の群れを退治して欲しいという極一般的なアヤカシ退治。 アヤカシの中でも死人というのはそれほど厄介な相手ではない。勿論それは開拓者にとってというだけで、一般人には十分脅威となるのだが。 だがそんなことは問題ではなく。目に留まったのはその村の名前。 「‥‥荷稲、村‥‥」 村の名を口にした瞬間、喉の水分が一気に干上がるのを感じる。 荷稲村―――北面の北東部に位置する小さな村で、かつては少ない村人が自給自足で生活する長閑な村であった。だが数年前に突如現れたアヤカシによって廃墟と化してしまった。 そして、廃墟となる寸前まで美津名が住んでいた村でもあった。 問題のアヤカシはその後姿を消したらしいのだが、その村に今またアヤカシがいる。 「あ、あの! この依頼を受けたいんですけど‥‥!」 逸る気持ちを何とか押さえ、受付の少女に件の依頼を見せる。 「お待ちください‥‥これは近くの村からの依頼ですね。たまたま近くを通りかかった方が偶然発見したようで、特に被害は出ていないけれど気味が悪いから退治してほしいとのことですが‥‥確認されているだけでも結構な数がいるようです」 受付係の少女は暗に一人では無理だと言っているようだ。 確かにそれほど厄介ではないとはいえ群れたアヤカシを一人で相手にするのは無理がある。ましてや美津名は駆け出しの開拓者だ。すぐに返り討ちにされてしまうだろう。 「えっと‥‥こういうときはどうすれば‥‥」 困惑の表情を浮かべる美津名を余所に、受付の少女は依頼の紙にさらさらと何かを書き足していく。 美津名が黙ってその仕草を眺めていると、やがて少女は筆を置いて紙を差し出してきた。 「追加事項で開拓者の数を追加しておきました。これで同じ依頼を受けてくれる開拓者の方が現れるはずです」 こうして新人開拓者、唐沢美津名の初依頼が決定した。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
アルティア・L・ナイン(ia1273)
28歳・男・ジ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
常磐(ib3792)
12歳・男・陰
高瀬 凛(ib4282)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●馳せる想い。 まだ日の昇るうちに目的地である荷稲村に着いた開拓者一行は、死人が現れると言う夜に備えて早速準備に取り掛かる。 人の住まない廃墟であるが故に調達が難しい光源を篝火で補い、また敵の総数が不明であることから自陣を決めて周囲に鳴子を配置したり、廃材や転がっている瓦礫などで道を作り自陣へ誘導するように仕向けるなど、それぞれが事前に話し合っていた計画通りにそれぞれが動いていく。 廃墟とはいえ元々は一つの村、全ての準備が整う頃には既に日が傾きかけていた。 夜が来るまでの間、一行は交代制で休憩と見張りをすることにした。 まず見回ったのは御凪 祥(ia5285)と高瀬 凛(ib4282)、そして常磐(ib3792)の三人。 「静かなところですね」 呟くように吐き出した凛の言葉に、祥は頷きを返す。 「人が住んでいたとは思えない程だな」 「アヤカシに襲われたって言ってたな‥‥くそ、こんなにひでぇのか」 忌々しげに常磐は吐き出す。口調に合わず心根の優しい常磐は、こういう現場は何度見ても慣れることはないのかもしれない 三人は歩みを止め、改めてゆっくりと村を見回す。 「‥‥怖いのはアヤカシだけではないがな」 「え?」 どこか遠くを見据えながら呟いた祥の言葉に凛は小首を傾げる。 「いや、何でもない」 頭を振りながら祥は再び歩き出す。 「そういえば高瀬さんはまだ開拓者になってからそれほど日が経っていないんだったか?」 「えぇ。このような状況で不謹慎だとは思いますが、同道の先達である御凪殿にお供できて某は嬉しく思います」 言いながら少し興奮を表に出す凛に祥はほんの少しだけ頬を上げた。 「休憩の間、少し手合わせをしてみるか?」 「よ、良いのですか!?」 「どうせ休める程の時間もあるまい。勿論支障のない程度だが」 「―――よろしくお願いします」 まるで師匠を頼る弟子の如く深々と頭を下げる凛の姿に何かを重ね見たのか、常磐は思わず目を逸らす。 (俺も‥‥アイツに負けないようにしなきゃな) 一人の人物を胸に思い浮かべた常磐は改めて自身の想いを強く確認する。 「ここにいたんだ」 突如掛けられた声に美津名は慌てて振り向いた。 聞こえた声はアルティア・L・ナイン(ia1273)のもの、その傍には羅喉丸(ia0347)と言ノ葉 薺(ib3225)の姿も見える。 「あ‥‥皆さんお休みではなかったのですか‥‥?」 「美津名殿の姿が見えなかったものでな」 「ご、ごめんなさいっ」 無表情で言う羅喉丸に、美津名は思わず謝罪の言葉を述べる。 怒ったつもりではなかった羅喉丸は若干困った表情を浮かべる。 「緊張、していますか?」 「‥‥していない―――といえば嘘になります」 笑顔で問い掛ける薺に美津名は少し言葉を詰まらせながら答える。 「俺の故郷も昔、アヤカシに襲われている」 羅喉丸の言葉に美津名は息を呑む。 「その時俺は開拓者に助けられた。今この場に俺のように助けを求める者はいないかもしれないが‥‥それでも開拓者として護る事はできる。それに、一人ではないのだから」 淡々と告げる羅喉丸に面食らう美津名。見兼ねたアルティアがそっと美津名に囁いた。 「‥‥一応励ましてくれてるんだと思うよ?」 「えと‥‥ありがとうございます」 思わぬ励ましに少し気が緩んだのか、漸く笑顔を見せた美津名に薺は未来のことを問い掛ける。 「初依頼、報酬は何に使う予定ですか?」 「それについてはもう決めてあるんです」 「よければ聞かせてくれないかな?」 「―――皆のお墓を」 そう言って美津名は村の方へと視線を送る。恐らくここを出てから作って上げれなかったことをずっと悔やんでいたのだろう。 寂しげな美津名の表情がそれを物語っている。 やがてアルティアが俯く美津名の肩にそっと手を乗せた。 「さっさと終わらせよう。そして―――ちゃんと弔ってあげよう」 アルティアの言葉に美津名が小さく、しかし力強く頷いた。 ●動き出す闇。 夕闇がだいぶと空を赤く染める頃、既に定位置に陣取っている者もいた。 「さてと。後は相手が来るのを待つだけですね」 狙撃場所となる屋根の上で大きな伸びをしながら言う茜ヶ原 ほとり(ia9204)に、チラリと視線を送った高峰 玖郎(ib3173)は小さな溜息をついた。 そんな玖郎の様子にほとりは少し頬を膨らませる。 「確かにのんびり待とうかなーとか思ってましたけど、溜息つかなくてもいいじゃないですかー」 「いや、すまん。そういうのではなく‥‥その‥‥」 無表情ではあるが、若干慌てたようにも見える玖郎は、何故か言葉を澱ませる。 わからないほとりは首を傾げて怪訝な表情を浮かべる。 やがて玖郎は意を決したかのように大きな息を吐いて一言。 「‥‥あんたの着てる服、どうにかならんのか‥‥?」 玖郎の言葉に改めて自分の服装を見直してみるほとり。言われて見ればワンピース。しかもその姿で屋根の上に上って座っているわけで。どうやら玖郎は目のやり場に困っていただけだったようだ。 「‥‥見えました?」 「安心してくれ、見てはいない」 「それはそれで少し傷付くよーな‥‥」 「‥‥‥‥(どうすればよかったんだ‥‥)」 玖郎は確かに表情が表に出にくいが、決してドライではない。故にどうすればいいのか対処に困ってしまった。 一瞬ではあるが流れた和やかな空気。だがそれは次の瞬間に終わりを告げる。 カランカラン――― 仕掛けていた鳴子の音が鳴り響く。 「‥‥来た」 「了解」 瞬時に瞳を細めて意識を集中させ、持っていた弓の弦を思い切り鳴らすほとり。 同時に玖郎も音の鳴った方へと弓を構える。 矢を番えたまま自陣の方へと視線を送ると、他の面々も音に気付いて既に戦闘態勢に入っている。 「丑の方角―――予定通りの道から、来る‥‥!」 自陣の仲間に報せるように声を張り上げたほとりは、言い終えると同時に番えていた矢を解き放つ。 「悪いが‥‥ここで射抜かせてもらう!」 気合一閃、玖郎の矢もまた暗闇の中を疾走する。 「来たみたいだね」 鳴り響いた鳴子の音、そして屋根の方から聞こえてきた高い声と風斬り音。同時に地の底から響いてくるかのような数々の唸り声。 それらを確認したアルティアは馴染みの二振りの刀身を抜き放つ。 「まずは予定通り、ですね」 「あぁ。準備は完璧だ。既に勝敗は見えている」 薺の言葉に頷く羅喉丸の頭の中には、既に勝敗が見えているようだ。 「足手まといにだけはなりたくねーしなっ!」 鼻下を人差し指で擦った常磐がへへっと笑みを浮かべる。 と、声と同時に意識を集中させて気配を探っていた凛がすっと目を開けた。 「正面―――来ます!」 それが合図とばかりに一行は駆け出した。 ●長い夜。 「はぁぁぁっ!」 気合と共に放たれた羅喉丸の拳が目の前の死人の肉体にめり込み、その原型を変えていく。 その羅喉丸の側面から別の死人の腕がぬっと伸びてくる。 「させるかぁっ!」 声と同時に腕に絡みつくように符が踊り、その腕を根元から切断する。常磐の斬撃符だ。 「すまない!」 「はぁはぁ、いいって! にしても‥‥どんだけいんだよ!」 既に戦闘が始まってからどれだけの死人を葬ったかわからない。 ただ常人とはかけ離れた体力を持つ開拓者であっても、その息を乱す程の時間が経過していた。 特に深刻なのはやはり新人開拓者である美津名である。 「はぁ‥‥はぁ‥‥」 襲い来る死人の恐怖と初依頼という緊張感は思った以上に美津名の精神を蝕んでいる。そしてやがてそれは彼女の意識を奪い取ることとなる。 「‥‥!! 危ない!」 誰かの叫び声にはっと我に返った美津名の眼前に死人の爪が迫る。返す刀は間に合わない。思わず目を瞑る。一瞬の沈黙。痛みの来ない体に美津名がそっと目を開くと、そこには長い髪を靡かせた祥の背中。死人の爪と祥の槍がギリギリと音を立てる。 「あ‥‥」 「気負いすぎるな。少し下がってるといい」 祥の言葉に俯く美津名。一瞬美津名の方にチラリと視線を向ける祥。と、交差する死人の後ろから別の死人が現れる。 「グオアァァ!!」 「しまっ‥‥!!」 死人が牙を向けると同時に銀色の影が飛来。虎の如き咆哮と共に白き光が死人を一閃する。 強烈な一撃により死人の体が黒い霧へと霧散する。 「実践で使うのは初めてだけど‥‥なるほど、中々のものだね、これは」 手に持つ二刀が纏う光を気にしながら呟いたアルティアは、そのまま祥の方へと顔を向けるとニヤリと笑みを浮かべた。 「らしくないなぁ。少し集中切れてるんじゃないの?」 「‥‥一言多いぞ!」 言いながら切り結ぶ死人を蹴り飛ばし、そのまま豪快に槍を振り抜く祥。 「ははっ。まだ大丈夫そうだね」 「当然だ。行くぞ」 静かな声と共に再び死人の群れへと飛び込んでいく二人を呆然と眺める美津名。 と、そこで美津名は死人の中に何かを見付ける。しばしの間大きく目を見開いたまま一点を見つめていた美津名だったが、何を思ったのかいきなり死人の群れの中へと駆け出していく。近くにいた常磐はそれを見て慌てて美津名の腕を掴んだ。 「何やってんだっ!? 不用意に突っ込んだらすぐやられちまうぞ!」 「っ‥‥! でも、でもっ!!」 突然取り乱す美津名に常磐の力では抑えきれなくなる。最早限界、というところで駆け寄った凛が美津名の頬を思い切り叩いた。 「落ち着きなさい! 貴女は開拓者でしょう!?」 怒声を上げる凛。耳を張る大声に正気に戻ったのか美津名は頭を垂れる。 「す、すみません‥‥私‥‥」 震えるように呟いた美津名の傍に死人が迫る。反応が遅れた彼女の代わりに死人を阻んだのは上空から降り注いだ数本の矢―――ほとりだ。 「まだ、戦闘中‥‥!」 短く吐いたほとりの言葉に美津名は漸く自身の刀を握り締める。 「やれますね‥‥?」 凛の問い掛けに美津名は力強く頷いた。常磐はもう大丈夫と美津名から手を離し、再び死人と対峙する。 「俺もこの程度で参ってちゃダメだっ‥‥!」 弱音になりそうな気持ちを押し殺し、誓いに立てた意志をこめて常磐は再び新たな符に念を送り出す。 放たれた符は死人の足元に着弾。蛇のような影が死人の動きを封じる。動きの止まった死人の頭に風を斬って矢が立て続けに突き刺さった。見れば屋根の上から見下ろす玖郎が静かに頷いたのが見えた。 「皆さん、後もう少しですよ!」 心眼を使い状況を把握した薺が、声を上げながら身の丈以上の薙刀に焔を纏わせ振り払う。 軽い足捌きで死人を翻弄しながら着実に打撃を撃ち込んでいく羅喉丸は、今まで見えてすら来なかった死人の群れの終点を視認、薺の言葉に実感を持たせる。終わりがないと思わせられる状態と、終わりが見えている状態では一行の士気も段違い。 羅喉丸は見える敵を一気に殲滅せんと握る拳に一層の力を込める。 「砕け散れ‥‥!」 放たれた拳は死人の頭部を粉砕し霧散させた。 アルティアと祥のコンビが最前線で敵を翻弄しながら討ち続け。 常磐の符、そして玖郎とほとりの矢が動きを鈍らせ。 羅喉丸の拳と薺の一振り、そして凛と美津名の銀閃が敵を屠る。 こうして、長い長い夜はとうとう終わりを告げることとなる。 ●戦い終えて。 「はあぁぁっ!」 気合と共に凛は最後の一振りを死人に放つ。 低い断末魔を上げて霧散する死人。後に残ったのは静寂。 「終わり‥‥か?」 羅喉丸の呟きに薺は静かに目を閉じて辺りの気配を探る。一瞬の沈黙。 「ふぅ、どうやら辺りには怪しい気配はありませんね」 少し疲れた顔で笑みを浮かべた薺に、一同の顔にも漸く安堵が零れる。 「流石に数が多かったねぇ。こんなに一気に沸くこともあるのかな」 「確かに‥‥少し異常だったな」 刀を鞘に納めながら言うアルティアに祥が続ける。 確かに今までアヤカシが大量に発生した事例は何件もある。ただそれらは何かしらの前兆のようなモノや、魔の森の近くであるなどそれなりの理由が存在していた。今回の事件にはそれらしきモノが見当たらない。 「考えすぎであればいいが」 言いながら考える仕草を見せる玖郎もまた、奇妙な違和感のような物は感じていたが何かがわかる程ではなかった。 「それより美津名さんー。いきなり敵に向かって走り出してどーしたの? びっくりしましたよー?」 言いながら美津名の後ろから圧し掛かったのはほとり。 美津名の命を護る事を最優先に考えていたほとりにとって、美津名の行動は相当焦ったに違いない。 同意するように凛と常磐も美津名の方へと視線を向ける。 「えっと‥‥実は‥‥あの死人の群れの中に‥‥兄の姿があったんです」 どこか困ったような表情の美津名は、ぽつりぽつりとその時のことを話し始める。 疲労で視界がぼやけた中で、アヤカシの襲撃の夜に死んだはずの兄の姿がはっきりと見えたこと。 兄の姿が死んだ当時の小さいままであったこと。 凛の平手打ちの後にはその姿は確認できなかったこと。 「‥‥疲労からくる幻覚―――かもしれませんね」 薺の言葉に美津名自身も否定はできない。 あの時の自分は既に満身創痍、とても平常な状態ではなかったのだから。 「見知った顔が死人に‥‥辛ぇよな」 見つけたときの心情を想像したのか、苦虫を潰したような顔を見せる常磐。 「えぇ‥‥ただその後に姿が見えなくなったのが‥‥少々気になりますね。それこそ幻覚であればそれに越したことはないのでしょうけど」 凛は右手を顎に当ててふむ、と唸る。 「まー今は考えても答えは出ないと思いますよー。とにかく体を休めて報告に戻りましょー」 笑顔を浮かべるほとりの言葉に異論を唱える者は誰一人なく、一行は村からの帰路につく。 ただ一人、美津名だけがどこか名残惜しそうに村を見つめていたが、振り切るように頭を振ると、仲間の下へと駆け出した。 ―――こうして、新人開拓者唐沢美津名の初依頼は幕を閉じたのだった。 開拓者たちが去った後の村。 既に人の住まぬ廃墟であるはずのその場所には一人の少年の姿があった。 瓦礫に埋まる村の中でどこか非日常的な雰囲気を纏う少年は、特に何をするわけでもなくただひっそりと立っていた。 どれ程の時間そうしていただろうか。 やがて少年は口元に笑みを浮かべると、そのまま闇の中へと姿を消した。 後にはチリンという小さな鈴の音だけが風に流れて村を駆け抜けていった。 〜了〜 |