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■オープニング本文 廃墟と化した村の一角。 元々は村の入り口として存在していたであろう場所に、いくつもの土の山が出来上がっていた。 土の山にはそれぞれ細い木の板が突き刺されており、その板には何やら歪な文字が描かれている。 そんな土の山の前で、一人の少女が祈りを捧げていた。 少女はしばらく黙祷していたが、やがてゆっくりと目を開けると大きく背伸びをして息を一つ吐いた。 「これでよし、と‥‥遅くなっちゃった」 呟いた少女―――唐沢三津名は、すっかり闇に包まれてしまった景色に嘆息しながら手元に置いていた自身の刀を持ち上げ、用意していた松明に火を灯す。 アヤカシによって数年前にナぼされた村、荷稲(かいな)村。 生まれ故郷であるこの村で死人が大量に発生した事件を知ったのは一ヶ月ほど前。 奇しくも開拓者になってから初依頼となった三津名は、事件解決の報酬を使って村人の墓を立てることにしたのだ。 数年前のアヤカシ襲来以来、初めて訪れた生まれ故郷。 変わり果てた姿に落胆もしたが、共に戦ってくれた仲間たちのおかげで前を向いて歩くことができた。 「‥‥家の方にも何か残ってるかな‥‥」 三津名が家族の形見として持っているのは父親が残してくれた名刀『簪』一つだけ。 母親や兄の形見となる物は何もない。せっかく訪れたのだからと三津名は生家の方へと視線を向けた。 と、そのとき。 三津名の視界の隅に動く影が。 慌てて刀の柄に手を添えると、動く影に灯りを向ける。映りこんだのは――― 「あ‥‥お、おじさん!?」 ゆらりと歩いてくるのは自分が村に住んでいた頃よく兄と一緒に訪れていた万屋の主人である男。 当然村が滅んだ際に亡くなっているはずなのだが、そんな警戒よりも先に顔見知りの姿を見たことの嬉しさが勝ってしまった三津名は、考えもなしに近寄ってしまう。 あと少し、というところで漸く男の顔に生気がないことに気付いた三津名。 男は人間とは思えぬ奇声を発して右腕を大きく振り上げる。 間一髪のところでそれを避けた三津名は、距離をとって松明を置き刀を抜き放つ。 (そっか‥‥そうよね。もういるはずないよね‥‥しっかりしなきゃ!) 亡くなった人間がアヤカシとして現世に再び姿を現すことは珍しいことではない―――開拓者になる際に散々聞かされてきた話だ。そしてそれを討つ覚悟も持たなくてはいけないことも。 「ごめんねおじさん‥‥今、送ってあげる!」 言葉と共に吐いた気合。 三津名は地を蹴って男に肉薄すると、一気に刀を振り抜いた。 鈍い感触が手から伝わり思わず目を閉じる三津名。 やがて男は断末魔の叫びと共に黒い瘴気となって宙に消えた。 刀を鞘に滑らせた三津名。どこかやりきれない思いが胸を支配する。 「あらら、あっさりやられちゃったね」 突如掛けられた声に慌てて振り向いた三津名は、いつの間にか立てた墓の真ん中に小さな人影を発見する。 青を基調とした着流しと腕に絡みついた鎖のような物をつけた小さな少年。笑顔を浮かべるその少年の顔は、自分が一番良く知る顔だった。 「に‥‥にい‥‥さま‥‥?」 「ふふ、強くなったね三津名」 余りの驚きに上手く声を出せないでいる三津名に、兄の顔をした少年は笑顔のままで優しく名を呼んだ。 「な‥‥んで‥‥」 「ん? 何で僕が生きてるかって聞きたいのかな? 残念、僕は生きてはいないよ。家族で過ごした日の記憶とかはあるけどね♪」 あっさりと自分の正体を明かす兄の姿の少年に最早言葉すら出てこない三津名。 少年の言う通り、よくよく見ればその眼にはさっきのおじさんと同じように生気がない。 ただ表情だけは妙にはっきりとしているが。 「ほら、覚えてるかな。お花畑で一緒に遊んだときのこと。あの時は初めて三津名が僕に贈り物をして―――」 「やめてっ!!」 優しげな笑みを、記憶の中にある兄の姿そのままで浮かべる目の前の少年。彼が紡ぎ出す言葉に三津名の心が耐え切れず、自分でも驚くほどの大きな声で叫ぶ。 振り払うかのように再度刀を構えなおす三津名。 「ふふ、刀が震えているよ三津名。そんなんじゃ僕は斬れないよ」 笑みを貼り付けたままの少年は、刀を構えた三津名を余所にゆっくりと踵を返す。 「ま、待って‥‥!!」 声と同時に踏み出した足は、想いとは裏腹にがくりと力を失った。 それ程動いたわけではないのに身体の疲労が重くのしかかってくる。 「今の三津名の恐怖はとても美味しかったよ。その調子でどんどん楽しませてよ♪ 僕は‥‥いつまでも三津名を待ってるよ」 そう言い放った少年は動けぬ三津名を前に悠々と去っていった。 残された三津名はただただ呆然と少年が去った後の虚空を見つめるだけだった。 その数日後。 とある村で突然死人が溢れ返ったという依頼が張り出された。 依頼を出したのは件の村から命からがら逃げてきた一人の商人。 行商で訪れた村でいきなり襲われたせいで、荷物を忘れてしまったらしい。 その村で目撃されたのは、青い着物の一人の少年の姿であった。 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
白藤(ib2527)
22歳・女・弓
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●精一杯、現地へ 「突然死人が溢れた村な‥‥何かキナ臭い予感もするけど、先ずは荷物回収だな。‥‥死人を見るのも、あんま良い気がしねぇしな」 問題の村についた早々、死人を屠ったブラッディ・D(ia6200)は銀の瞳に危険を灯す。 まだ大量の死人が活性化するには多少の時間があるようだが‥‥。 「―― 何だろう。この村‥‥空気が澱んでる気がする」 季節は冬。 肌寒いのは当然として、それ以上の何かが白藤(ib2527)の背筋を寒くする。 踏みしめる砂利道の音すら嫌なものに聞こえてくるのだ。 「美津名さん。弟に聞いたけど以前の依頼でお兄さんを見たのよね?」 白藤はずっと気になっていたことを美津名に尋ねた。 ずっと顔色の悪かった美津名だが、その質問にますます青ざめながら頷く。 「幻覚ならまだいい‥‥。―― でも死んだ人間は2度と生き返らない。それは絶対に忘れないで」 白藤の言葉に泣きそうになりながら、美津名は小さく頷く。 「死人が大挙して出現したのは何でもこの村だけでは無いとか〜。この村と以前の村に何か共通する点はあるのでしょうかねぇ‥‥。死人を大量に生み出すべき何かが存在するとか〜」 生存者を探しながら、何気なく呟かれたディディエ ベルトラン(ib3404)の言葉に、唐沢美津名はびくりと目を見開く。 死人を大量に生み出すべき『何か』 それは‥‥。 「どうした?」 何かに怯える美津名を、御凪 祥(ia5285)が気遣う。 戦闘中の出来事であったとはいえ、先日の依頼では美津名にかなりきつい事を言ってしまった御凪としては、美津名を二度と傷つけたくなかった。 だから、美津名のちょっとした表情の変化や行動を直ぐに察知して守れるよう、常に側においているのだが‥‥。 けれど美津名は大丈夫ですと小さく首を振って答えた。 (唐沢が言っていた兄の姿‥‥真にそれが幻覚であれば、それで良いのだが) 高峰 玖郎(ib3173)は美津名が以前の依頼で見たと言う兄の姿が妙に気にかかっていた。 ●荷物はそちらへ 生存者と荷物を探すため、開拓者達は二班に分かれて探索を開始した。 西と東からそれぞれ生存者を探しつつ南の広場を目指す。 日は大分暮れ始めて橙色の光が廃村を照らしている。 急いだほうがよいだろう。 「アヤカシに襲われた村か‥‥ま、感傷に浸る暇など無しかのぅ」 東鬼 護刃(ib3264)はディディエと白藤、それと竜哉(ia8037)と共に村の西から広場に向かっていた。 アヤカシに襲われて廃村と化した村はどこも同じなのだろうか。 人が離れた家々は、今にも崩れそうなほど脆く見えた。 「時間がたってるし、場所を考えれば商品が散乱している事も考えられるんでね」 竜哉は商人が荷物を忘れたという広場に向かいながら、持って来た替わりの袋を用意する。 その中には今は枯葉が詰め込まれていた。 持ち主から事前に確認しておいた荷物はそれなりにかさ張りそうだが、一般人に担げる程度の荷物は開拓者にとってそれほど苦ではない。 「生物じゃないだけマシですけどね〜」 薄茶色のローブを軽くずらし、ディディエは前方の広場に目を細める。 そこには、依頼人が忘れたのであろう荷物が数点、転がっていた。 幸い、散乱というほど荒らされてはいないのだが‥‥。 「死人に荒らされたにしては、良い方ね」 竜哉の用意した袋に品物を詰めなおしながら、白藤は品物の土を払う。 「む? あちらに何かおるな」 超越聴覚によって聞きつけた物音に東鬼が振り向く。 ●生存者は‥‥ 「来やがったな、命知らずが。‥‥っと、もう死んでるんだっけな!」 襲い掛かってきた死人をブラッディは嬉々として蹴り飛ばす。 死人は村の入り口付近以外にも随分と中にも移動していたらしい。 ゆらりと近づいてくる別の死人の胸を高峰の矢が正確に射抜いた。 「ふむ。北西から二体、死人が近づいてきているぞ」 節足動物―― 今日は塩屋蜻蛉の姿をとらせた人魂を操り、成田 光紀(ib1846)が上空から見た周囲の光景を伝える。 「生存者は‥‥きついかね」 成田の警告どおり現れた二体の死人から美津名を守りつつ、御凪は軽く溜息をつく。 先ほどから心眼を使用しているのだが、この村には生気というものが一切感じられないのだ。 逃げ切ったのなら良いのだが、逃げ遅れていたのなら‥‥。 二体の死人を倒すと、重い沈黙が流れる。 「急ごう」 高峰の言葉に頷いて、広場への足を速める。 ●死者はあちらへ‥‥ 「そなた‥‥?」 物音に振り向いた東鬼は、現れた物音の正体―― 青い着物の子供に息を呑む。 その手には、依頼人の物であろう荷物が一つ、握られていた。 「忘れ物をしたんだ」 どこか遠くから響くような声で、少年は言う。 「何を忘れたというの?」 白藤の言葉に、少年はふっと嗤って囁いた―― 命、と。 その言葉を合図に、広場の地面から一気に死人が蘇った! 溢れ出す死人に竜哉も一瞬息を呑む。 「さてさて、村に死人が溢れたのは彼方の仕業にございますか〜? それとも〜彼方も蘇らされた人の一人にすぎぬのでしょうか」 最初から答えなど期待していないのだろうが、ディディエは少年の様子を伺う。 少年を守るように、死人達は開拓者達の前に立ち塞がり、あっという間に少年は死人の群れに溶け込んだ。 「にいさまっ‥‥!」 「美津名駄目だ!」 タイミング良く―― 否、悪く広場に辿り着いた美津名は兄の姿に駆け出そうとし、御凪に抱きとめられる。 「死んでいるとわかってても家族と会いたい気持ちはわかる。だがそれで生きている仲間を危険に晒すというなら引きずってでも連れて行く!」 ―― 女に手上げるなんて事させないでくれよ。 錯乱しそうになる美津名を御凪は精一杯の言葉で正気に引き戻す。 少ない言葉に宿る誠意は本物で、美津名は兄の姿を振りほどく。 けれど即座に戦えるはずもない。 死人に後れなど取る筈もない御凪も、動く事の出来ない美津名を守りながら無傷で戦い続けるのは困難だ。 背後から棒立ちの美津名を襲おうとする死人から身を挺して守り、その背に深い傷を負う。 「外道が!」 高峰が死人に凄まじい勢いで矢を射る。 「今、貴女は何をしてるの! しなきゃいけないことは!?」 白藤が美津名に叫ぶ。 その声に、はっとして美津名は刀を握り直した。 涙が止まらない。 成田の式がすかさず御凪の背に止まりその傷を癒してゆき、御凪自身も薬を飲み下す。 「冥府魔道は東鬼が道じゃ。死して尚、咎重ねる前に火坑に帰してやろう」 東鬼の獄炎が死人達を焼き尽くす。 「倒せない奴らは、まだ苦しいだろうけどしかたないしかたなーい」 焼き残った死人をブラッディが屠ってゆく。 嬉々としているように見えて、その実、少し辛そうでもある。 それもそうだろう。 今でこそアヤカシとして黄泉がえさせられたとはいえ、元は人間。 生きていた頃の面影が残るその姿を見て、胸が痛まないはずがない。 ごめんな、と呟いて、一刻も早く安らかになれるよう、死人への攻撃を休めない。 そして逃げ延びようとしているのか、それともただ彷徨うのか。 ちりじりとまばらに動く死人にディディエは無に帰すべく稲妻を放つ。 「随分あっさりと倒してしまうんだね。元は生きていた人間だというのに。君達には情けってものがないのかな?」 周りを守っていた死人を一掃されたというのに、少年は楽しげに嗤う。 美津名がびくりと震える。 もう駆け出したりはしない。 だが、それでも目の前に共に過ごした兄の姿を晒されて、冷静でいられるはずがないのだ。 「危害を加えるつもりはございません、あなたが人間であるならば、でございますが」 無論、人間ではないことはもう判りきっている。 美津名が暴走してしまう前に放たれたディディエの聖なる矢は少年にまっすぐ届き―― 掻き消えた。 「消えた?!」 ホーリーアローだけではない。 少年の姿が掻き消えたのだ。 そこにあるのは、少年が持っていた依頼人の荷物のみ。 「にいさま‥‥」 残された荷物を手に取り、美津名はただただ涙を流す。 ●生者と死者と未来へと 「特に術が施されている様子はないな」 少年が残した依頼人の荷物を成田は調べ、その荷物に残留瘴気などがこびりついてないか確認する。 「四つとも大丈夫そうだしね」 依頼人から聞いていた荷物の数と種類と、見つけた荷物を竜哉は照らし合わせて袋に詰めなおす。 依頼事体は果たせたが、開拓者全員の胸になんともいえない後味の悪さが残っている。 ―― 兄の消えた場所で、美津名はただ涙を流す。 (‥‥人の記憶を利用し惑わすものを外道と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうな) 泣きじゃくる美津名をみつめながら、高峰の胸に苦い思いが込み上げる。 アヤカシは、どこまで人を弄ぶのだろうか? 「知己を、それも兄が憑かれたその想い、分かるつもりじゃ。迷い手が止まるのは志体持ちと言えど道理。力あっても所詮、心は人じゃ。独り抱えず友と思える者に頼るのは‥‥悪い事ではない。‥‥己が目指す道、見失うなよ」 まだ幼いといっても過言ではない美津名の背を撫でながら、東鬼は友を、自分を頼れと語る。 美津名の兄の姿をしたアヤカシは今後も美津名を苦しめ続けるのだろう。 少年の目的は不明だが、あのアヤカシが存在する限り、美津名の苦悩は決して消えないのだ。 夜はまだ明けない。 人を弄ぶアヤカシとの戦いは、まだ始まったばかりなのだった‥‥。 (代筆 : 藍鼠) |