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■オープニング本文 ●武州の戦い 伝令と注進が行き交う、伊織の里立花館。 前々よりの懸念は、遂に現実のものとなった。活発化しつつあると報告のあった魔の森より突如としてアヤカシの軍勢が出現し、ここ、伊織の里へ向けて進軍を開始したのである。 筆頭家老高橋甲斐以下、立花家の重臣らは此隅の巨勢王へ援軍を要請した。 無論巨勢王はこれを快諾したが、立花家とて援軍を当てにしてただ手をこまねいている訳には行かない。伊織の里から魔の森の間にも人里や集落はあろうし、数々の城郭を無為に放棄せねばならぬ謂れも無い。 「急ぎ陣容を整えよ、敵の機先を制する」 立花家合議の場において、立花伊織は小さな身体を強張らせながらも、力強く宣した。 ●開拓者ギルド 日々広がりを見せる戦火に対し、各地の開拓者ギルドもそれぞれに連携を取るべく神楽の都にあるギルドの一室に集まって今後についての対策会議を行っていた。 「基本的には国々が表に立つことになる。我々はまず戦場になると思われる場所から一般人の避難を優先させるべきだ」 「確かにそれも大事ですけど、今この状態だからこそ遊撃として余力を持つ開拓者を集めて攻撃を行うべきだと思うわ」 「すぐにでも動けるという立場なのだ、分担を決めて当たればよかろう」 「では我々は―――」 それぞれが案を出し、最も合理的であるものから順番に決めていく。 国という立場に縛られることのない開拓者ギルドならではの会議だ。 ある程度の方針が決まりつつあったそのとき。 ゴガァァンという爆音と同時に部屋の扉がぶち破られた。 余りに突然のことに各人が呆然と見守る中、噴煙と共に一つの小柄な影が姿を現した。 派手やかな武装に身を包み、自分の背丈より長いのではないかと思われるほど長尺な薙刀を手にした女性は、その眠そうな眼でちらりと辺りを見回すと一言。 「‥‥開拓者ギルド‥‥ここ?」 「あ、あぁそうだが‥‥あんたは―――」 「佐久間様! いきなり扉を破壊しないでください!」 佐久間と呼ばれた小柄な女性の後ろから、これまた小柄な少年が姿を見せる。 少年は唖然とする周囲の者たちに気付くと、慌ててぺこりと頭を下げた。 「突然で申し訳ありません! 我々は巨勢王より警護隊として命を受けた者です。そしてこちらが警護隊の隊長、佐久間虎政様でございます。実は皆様にお願いがあって参りました」 「お願い‥‥?」 少年の言葉に一同は首を傾げる。 少年から―――というよりは警護隊からの要請は、魔の森より攻め入るアヤカシ部隊を、その侵攻道中にある南郷砦にて迎え撃つため、人手を貸してほしいという内容だった。 「勿論我々も佐久間様率いる部隊で参戦は致します。が、今回攻め入ってくるアヤカシ部隊は数が多く、手が足りないのです」 少年は言いながら懐から一枚の紙を取り出す。 「現在確認されているアヤカシ部隊は蟻型のアヤカシの軍団、その数凡そ五百」 「ごっ‥‥五百!?」 予想以上の数に驚愕の表情を浮かべた一同。 と、それまで黙っていた虎政が、突然薙刀を振り回して目の前の机に叩き付けた。 当然机は見るも無残な姿へと変貌する。 余りに突然の行動に再び沈黙する一同。 「あー‥‥えっと、佐久間様は大丈夫、アヤカシ如きに遅れはとらない、と言ってます」 やれやれと肩を竦めながら言う少年。 同時に虎政はこくりと頷いた。 「と、言うわけで腕に自信のある開拓者数人、お借りできますでしょうか」 しゃべれよ――― と胸中で突っ込みながらも、目の前の机と同じ運命を辿りたくないギルド員たちは、ただただ黙って頷いた。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●敵前。 見晴らしのいい平原。 何もなければ穏やかな陽気と夏の香りが風情を醸し出すような、そんな場所。 そこを今、無数の黒い影が覆い尽くすかのように犇き、蠢いていた。 「これはまたアヤカシも随分と大群を寄越した物で‥‥数は確かに脅威ですが、それだけでどうにかなるものでもないでしょうに」 純白の羽織の袖を口元に当てた朝比奈 空(ia0086)は、眉を顰めて小さく呟く。 「あぁ‥‥とはいえ数も馬鹿にはできねぇぜ? 塵も積もれば何とやら、だな」 応えたのは緋桜丸(ia0026)。迫り来る大群を睨みつけたまま、腕を解し始める。 「あの数で来られては砦など一溜まりもありませんからね」 「えぇ‥‥これ以上アヤカシらに人の地を蹂躙させる訳には参りませぬ」 自身の愛刀殲刀「朱天」にそっと手を添えたデニム(ib0113)、そして凛と正面を向き意識を集中させる霧咲 水奏(ia9145)。 アヤカシの好きにはさせまい、と誰もが思いを同じくしてここにいる。 既に大群はかなり近くまで来ている。 その証拠にギチギチと不快な音が段々はっきりと耳に入るようになってきた。 「何ともまぁ‥‥これは中々に骨が折れそうじゃて」 そう言いながらもくすくすと笑う椿鬼 蜜鈴(ib6311)は、いつも愛用している煙管をぷかりとふかす。 その隣には御凪 祥(ia5285)。 「やれやれ。数に圧倒されそうだな」 苦笑を浮かべるその手には自身の丈に迫ろうかという真っ赤な柄の槍―――どうやら今回のために選んだ自慢の愛槍のようだ―――が握られている。 と、そこで一行の後ろから小さな影が一つ―――佐久間虎政である。 「‥‥今日はよろしく」 「此方こそ宜しくお願い致します」 虎政の言葉にデニムが一礼と共に応える。 「あ、虎ちゃん虎ちゃん。実は作戦があるんだけどね」 ぺこりと礼を返す虎政に、アルマ・ムリフェイン(ib3629)が懐から手帳を取り出してそれを見せる。 そこには開拓者たちが考えた対アヤカシ大群のための策が簡略に書かれていた。 呼ばれなれないあだ名で呼ばれた虎政は、一瞬首を傾げるもすぐに見せられた手帳に視線を落とす。 とはいえ策は至って単純、鶴翼の陣と呼ばれる基本の陣形を取ること。そしてそれぞれにどう配置するのかが書かれているのだ。 「前衛開拓者が左右翼に分かれて、後衛は中央。警備隊は正面中央メインに、左右翼のそれぞれの人員補強と僕らとの共闘お願い、出来る?」 簡潔に作戦を述べたアルマは、そっと虎政の顔を窺う。 しばしの沈黙の後、虎政は静かに首を横に振った。 「よく、わかんない」 かくんと肩を落とすアルマ。「でも」と虎政は続ける。 「人がいるなら、適当に連れていって、構わない。私は私で‥‥蹴散らす」 こくりと頷く虎政。 それを見た酒々井 統真(ia0893)は口元ににやりと笑みを浮かべた。 「へっ、難しいことは抜きにして目の前の敵を蹴散らす。単純でいいじゃねぇか。あんたとは気が合いそうだ」 言いながら拳を突き出した統真に、虎政は頷いて小さな拳をこつんと合わせる。 「え、というかこれ難しいことじゃ‥‥」 慌てるアルマの肩を、苦笑を浮かべた水奏がそっと叩く。 「拙者たちの思う難しさと、佐久間殿の考える難しさには若干の違いがあるようで御座いまする」 「同感だな。元より正面は任せるつもりだったのだ、問題はないだろう。こちらで必要な分だけ声を掛ければすむ」 水奏の言葉に祥も静かに頷く。 「話はまとまったようですね。そろそろお待ちかねですよ」 柔らかな表情のまま前方を見詰める空。視線の先にはもう随分と視界に映りこんできた蟻の群れ。 「では、アヤカシとの戯れと興じようかのう。まずはわらわたちじゃな」 扇子を口元に言う蜜鈴、既に臨戦態勢の空、更に水奏とアルマが真正面に陣取る。 同時に左翼に緋桜丸と統真、右翼に祥とデニムがそれぞれ兵を引き連れて展開。 「さぁ‥‥気合い入れていくぜっ!」 緋桜丸の檄と同時に、戦場は動き出した。 ●先制攻撃。 「接敵まで残り僅か!」 誰が叫んだかわからないが怒号が飛ぶ。 目の前に迫るアヤカシの群れはもうすぐそこだ。 「‥‥では、少々派手に行く事にしましょう」 呟いた空は雪の如く白燐を撒き散らしながら詠唱に入る。同時に空の頭上に巨大な火球が出現する。 魔術師上位スキル―――メテオストライク。 余りの大きさに虎政含む護衛隊の面々は思わず足を止める。 それを横目で確認した空は、目の前に迫る蟻の群れへと手を掲げる。凄まじい勢いで飛来した火球は、そのままアヤカシの中央に着弾。 火球は轟音を撒き散らして業火となり、蟻数匹を焼き尽くし、爆風で吹き飛ばす。 更にその横では複数の矢を番えた水奏が弓をギリっとしならせ、宙に向けて狙いをつける。 「絶える事無き矢雨こそが霧咲が弓術の真髄。今こそお見せ致しましょうっ!」 気合一閃、集団目掛けて放たれる矢の数々。 離れた矢はやがて弧を描くように落下。重力を味方につけた速度はまさしく凶器。 降り注ぐ矢にアヤカシが数匹悲鳴を上げる。 「‥‥いく!」 空と水奏の初撃を確認した虎政は、号令と同時にその身をアヤカシの群れへと躍らせた。 火球の着弾と同時、祥とデニム率いる兵達が右翼へと進軍を開始。 ここから先へは通さない、とばかりにデニムは盾を構えて刀を抜き放つ。 アヤカシの巨大な顎がデニムの盾を激突。 鈍い金属音と共に膠着―――だがそれはすぐに破られる。 「御凪さん!」 「任せろっ!!」 デニムに阻まれ身動きの取れなくなっていたアヤカシ目掛けてどん、と地面を踏み抜いた祥が、手に持った愛槍でその身体を一突き。 緑の体液のようなモノを撒き散らしたアヤカシは痙攣の後沈黙。祥はアヤカシを串刺しにしたままの槍を横薙ぎに一閃。反動で刺さっていたアヤカシは別のアヤカシへと体当たり。 振り抜いた反動を加えて自身の身を捻らせて一突き。 その間の無防備になってしまう祥の背をデニムの盾、あるいはデニム自身が盾となって防ぐ。 二人にして攻防一体。次々と蟻の群れを削っていく。 「俺たちも続けーっ!」 雄叫びを上げながら二人の後を追う右翼の兵士たち。あっという間に士気が高まる。 同じく左翼。 「おらおらぁ! 死にたい奴ぁかかってきやがれ!」 叫ぶ緋桜丸の両の手から繰り出される炎を纏った剣戟がアヤカシを粉砕。続けざまに一気に群れに突っ込むとその一群を切り払って抜けていく。 その姿はまさに紅い閃光。 そして閃光と対を成すのは、一陣の暴風。 「偉そうなこと言って消極的じゃあ格好つかねぇからな。まとめてかかってこい!」 怒号一閃、統真は持ち前の速度を活かし、瞬く間に敵陣の奥深くへと踏み込んでいく。 しかしそれをただ見ているほど敵も愚かではない。飛び込んできた獲物に対し一斉に粘液を吹きかける。 避ける隙間は―――ない。 「おい! 幾ら何でも突っ込みすぎだ!」 数匹目の蟻を薙いだ緋桜丸は、統真の状況に気付き声を掛ける。 しかし当の統真は「これでいい!」と叫んだままその場を離れようとはしない。 救援に向かおうとするも次から次へと沸いて出る蟻の対処で思うように近づけない緋桜丸。 と、そこでざわり、と空気が動いた。 統真の身体に気が満ちる。なおも攻撃に耐える統真。相手の攻撃が一瞬だけ、止まる――― 同時、ドンっと重い音と共に統真の足が地を踏み抜いた。 一瞬の沈黙。 直後に統真を中心とした円に衝撃波が駆け抜け、まるで押し潰されたかのように蟻たちがひしゃげていく。 「ったく、無茶しやがる」 苦笑を浮かべた緋桜丸が統真の傍へと駆け寄る。 「いや、あっちにもっと無茶なのがいる」 服の埃と口元の血を拭った統真がくいと顎を向かわせる。 同じ方向に視線を送った緋桜丸の視界には、薙刀を振り回して敵陣中央に突っ込んだまま無数の蟻に囲まれている小さな人影が映った。 ●戦の心得。 敵陣深くで囲まれている虎政の姿は、当然中央で支援と回復に駆けずり回っていたアルマの目にも映った。 「う、うわー!? 何してるんだよあの子ーっ!」 わたわたと慌てたアルマは思わず前方へと駆け出す。その目の前に蟻一匹。 しまった、と思うと同時、蟻とアルマの間に突如石壁が出現。間一髪何を逃れた。 遮られた蟻は迂回しようと身を捩るが、その腹に続けざまに幾本もの矢が突き刺さり、絶命した。 「大丈夫で御座いまするかアルマ殿!」 「危なかったのぅ。慌ててどうしたのじゃ?」 矢を放った水奏と石壁を出現させた蜜鈴が心配そうにアルマを見る。が、彼の視線の先にいる虎政を見て状況を把握したようだ。 「道を‥‥開けましょう」 とこちらは同じく状況を把握した空。 虎政まで一直線に繋げるように掌をかざす。 「大気よ‥‥凍え散りなさい」 かざした手から放たれる吹雪―――ブリザーストームだ。 轟という音と共に空から放たれた吹雪は、そのまま蟻の群れを飲み込んでいく。 更に寒さで動きが鈍った蟻たちに蜜鈴が肉薄。こちらは鈍った蟻の群れに刀を振りかざす。 「消炭すら残さぬ故、存分に燃え上がるが良い!」 言葉と共に振り下ろした刀。その切っ先から火球が出現し飛来。目の前の蟻を燃やす。 「援護致しまする!」 その後ろから水奏が次々と矢を放ち進路上の蟻を貫いていく。吹雪に炎、そして矢の雨とそれぞれが瞬く間に蟻たちを粉砕、次々と瘴気の塊となって消えていく。 出来た道を走りながらアルマは手にしたバイオリンの弦をそっと弾き、願いよ届けと言わんばかりに言葉を―――歌を紡ぎ出す。 戦場に厳かに響き渡る歌声。それを聞いた者は皆、心の底から力を漲らせる。 無論、敵陣のど真ん中で奮闘する虎政の耳にもそれは聞こえた。 身体の奥底から力が湧き、痛みやだるさといったものが緩和していくのがわかる。 しかし状況は変わらない。 既に蟻の粘液を受け次々に襲い来る攻撃を凌ぐことで精一杯の虎政、その集中力は既に尽きかけていた。 何度目かの防御、ついに虎政の手から愛用の薙刀が零れ落ちる。 万事休す―――思わず目を閉じた虎政。だがその耳に飛び込んできたのは自身の命の終わりを告げる音ではなかった。 「緋剣零式‥‥紅霞・焔!」 猛々しく燃えさかる炎を刀に宿し、緋桜丸の双刀が呻りをあげて蟻を襲う。緋桜丸は振り抜いた刀をそのまま頭上で十字に組む。 それを狙い澄ましたかのように飛び出てきたのは統真。十字の刀を足場に上空へと跳躍、落下にあわせて一気に虎政の傍に降り立つと彼女を護るように構えをとる。 「どうやら間に合ったな」 後ろからは祥とデニムが同じく護るように構える。 何事かと虎政が視線を巡らせると、左右のアヤカシはほぼ殲滅させられていた。 「大丈夫ですか!?」 デニムの声に虎政は半ば呆然としながらもこくりと頷いた。その頭に緋桜丸がぽふと手を乗せる。 「お嬢ちゃん、戦は1人でするもんじゃない。勇気と無謀を見誤るなよ?」 そう言ってにやりと笑う緋桜丸。虎政は乗せられた手を弾くと、身体を起こし再び薙刀を構えた。 「まだ‥‥いける」 「‥‥へっそうこなくちゃな」 と、こちらは統真。自分と似たところがある虎政にどこか親近感を覚えた彼は、虎政に向かって拳を突き出す。 「けど、さっきまでみたいなのはごめんだ。大将なんだろ? アンタ」 「‥‥わかった」 頷いた虎政はこつり、と統真に拳を合わせる。 それを見た祥は、普段は滅多に見せない笑みを、僅かに、ほんの僅かに口元に浮かべた。 「さて‥‥もう一働きといこうか」 祥の言葉を合図に、まるで蕾から開く花の如く散らばった一行は、再び蟻の群れを蹴散らしていく。 気力を振り絞った開拓者と護衛隊の面々を前に、数を減らしたアヤカシが太刀打ち出来るはずもなかった。 ●戦を終えて。 どれほどの時間が経っていたのだろう。 昇っていたはずの日が既に落ちかけていることから、かなりの時間戦っていたことだけはわかった。 精根尽き果てた開拓者一行と護衛隊。その目の前にあれだけ大量にいたアヤカシの姿は一つもない。 「清々しい程に綺麗に片付いたものじゃのう。皆大事無く帰って居るかの?」 ただ広がる平原を前に蜜鈴は右手を額に翳しながら言う。 「どうやら大した被害は出ていないようですね」 「ん〜! 頑張りましたもんね〜!」 護衛隊のほうにも被害状況の確認を取りに行った空が、安堵の表情を浮かべる。 その隣には今回唯一と言っていい救護係のアルムが、さすがに疲労を感じたのか大きく伸びをしていた。 「あれほどの数を相手に大事なくよかったで御座いまするな!」 「あぁ‥‥とはいえ流石にもう一度と言われたら断りたくなるけどな」 苦笑交じりの祥の言葉に「またそのようなことを‥‥」と同じく苦笑を浮かべる水奏。 「大丈夫。今度は、攻めるほうじゃなくて‥‥守るほう」 そう言った虎政は地面にへたり込むようにして休んでいる自軍の兵士たちを見やる。皆疲労はしているが、大きな怪我をした者は見当たらない。 長時間にも及んだ戦闘は辛く厳しいものだったが、その割に被害が少なく済んだのは本当に幸運だった。 勿論それは開拓者たちの力であることが大きい。そんなことは誰もがわかっていた。 ただ地を覆い尽くすが如く押し寄せるアヤカシの波を、自分たちが押し退けたのだという事実は、否が応にも部隊全体の士気を上げることとなった。 自分たちだって戦える―――そんな錯覚さえ覚えてしまうほどに、その勝利の意味は大きかった。 「私たちは、砦に、残るから」 それが虎政の出した答えであった。 恐らくは先遣隊として送られてきた今回のアヤカシ、数が多かったが、今後再び来ないとは限らない。 寧ろ現在の状況であればこの南郷砦はいつ攻められてもおかしくないのだ。 そこで護衛隊の面々は砦に残留し、ここで戦線を食い止めることを選んだ。 「んじゃな、あんまし無茶して部下を困らせるんじゃないぞ?」 言いながら再び虎政の頭に手を乗せる緋桜丸。 「敵を前にするとどうしても行っちまうって気持ちは‥‥まぁわからんでもないけどな。それでも今度はアンタが要だからな」 こちらは統真。 虎政は力強く頷いた。 「それでは、宜しくお願いします!」 護衛隊の面々にデニムがぺこりを頭を下げ、一行は南郷砦を後にする。 開拓者たちが去った後も、隊の高揚は収まらず、勝ち戦の余韻を楽しんでいた。 あの大群を前に大きな犠牲なく勝ち抜いたのだ、喜ばずにはいれなかったのだろう。 その勝利が、後に風雲急を告げる報せになることは、このときまだ誰も予想していなかった。 〜了〜 |