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■オープニング本文 北面にある、とある二つの村。 隣村と言っていいほど近隣にあるその二つの村は、普段は農作を生業とする村人が穏やかに暮らす、何の変哲もない普通の村だ。 しかし一年に一度だけ、村人全員が心の内に秘めた荒ぶる魂を呼び起こし、迸る熱いナニカを滾らせるときがある。 その名は―――天儀一花火戦争! 「またですか‥‥」 手元の紙に視線を落としながら、ギルドの受付係である銀髪の少女―――名瀬菜々瀬はため息を吐きだした。 ただただ乱暴に塗りたくっただけのように見える手元の紙には、申し訳なさ程度に『天儀一花火戦争参加者募集中!』と付け足されていた。 「えぇ。以前手伝っていただいたことが大層評判が良かったもので‥‥」 すみません、と一言告げた青年は今回の依頼人でもある。 天儀一花火戦争――― それはいつの頃からか件の村で行われる特殊な行事で、毎年こ豊作を祈願するために、村同士で花火を打ち合って競い合うという世にも奇妙な祭である。 戦争と銘打つからには当然勝敗があり、相手に与えた損害の大きさで決めるという。 そして勝ったほうの村には豊作が訪れるとかなんとか。 「これ。またケモノとか出てきてるんですか?」 半分呆れ気味の菜々瀬が言うと、青年はさも当然と言わんばかりに頷いた。 「寧ろアレが相手方の主力となってきていますから!」 ぐっと拳を握って力説する青年に、それは色々ダメでしょう、と心の中で突っ込みを入れつつ菜々瀬は張り出し用の依頼用紙に筆を走らせる。 以前のこの祭では花火付きのケモノが放たれるなど凡そ花火とは関係のない、ただの襲撃にも似た方法で攻撃してきたという記録があるのだ。勿論開拓者たちによってその被害は最小限に食い止められているが。 「では今回も花火の撃ち合いに加えて、現れるかもしれない花火付きのケモノの撃退という内容でいいですか?」 「はい、勿論です!」 青年の輝く瞳に辟易しながら、菜々瀬はさらさらと筆を動かした。 |
■参加者一覧 / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 不破 颯(ib0495) / イクス・マギワークス(ib3887) / 猪 雷梅(ib5411) / 赤い花のダイリン(ib5471) / 黒木 桜(ib6086) / 羽紫 稚空(ib6914) / 羽紫 アラタ(ib7297) / きゅうしょくがかり(ib7298) / 零土(ib7300) |
■リプレイ本文 ●花火準備前。 村をあげての祭―――いや、戦争。 当然打ち合う花火の数も半端ではないため、ありとあらゆる職人が総動員となり準備に奔走する。 そしてそれは開拓者といえど例外ではなかった。 「えっと、相手の村があっちだから、攻めてくるなら多分こっちからだよね」 ぶつぶつと呟きながら方角を確認し手頃な場所を探しているのは天河 ふしぎ(ia1037)。どうやら攻めてくる敵に対して罠を仕掛けるようで、場所を決めたと思ったらせっせと穴を掘り始めた。 と、そこに小さな影が忍び寄る。 「手伝うよ」 短く告げた言葉はからす(ia6525)のもの。その言葉にふしぎの表情がぱっと明るくなる。 「ありがとう♪ 一度思いっきり花火を打ち合ってみたかったんだ♪」 嬉しそうに語りながら罠を仕掛けるふしぎ。 からすはふんふんと話を聞きながら、ふしぎの仕掛けた罠を罠伏りで巧妙に隠していく。 手際良く手伝ってくれるからすに、ふしぎは非常に満足したようだ。そのせいか、からすが罠を隠す度に何かを仕込んでいることに全く気付かなかった。 「からすは去年も参加してるんだよね?」 「えぇ、ほとんど傍観してたけど」 「そっかぁ。楽しみだなー」 ただ純粋に祭が楽しみで仕方がないふしぎ。 一方去年の祭を知るからす。胸中で「予想のはるか彼方の事象に驚愕せよ、ふしぎ殿」と呟き、「一緒に頑張ろうね♪」と笑顔で言ってくるふしぎに黙って笑顔を返す。 からす同様昨年に引き続き参加を決めた開拓者も少なくはない。 礼野 真夢紀(ia1144)もその一人。彼女は知り合いである明王院 浄炎(ib0347)と明王院 未楡(ib0349)の夫妻と共に救護所の設置に勤しんでいた。 「こんな大層なモンが必要なのか?」 建てられつつある救護所の大きさと設備の良さに若干呆れ顔の浄炎に、苦笑を浮かべる真夢紀。 「去年も火傷者でたり消火活動でずぶ濡れになった方とか出たんですよね」 「火傷はわかるがずぶ濡れってなんだ‥‥」 「いえ、まぁ‥‥色々起こるんですよ」 ますます訳が分からないという浄炎に、一言で説明できない真夢紀は困惑する。 「まぁまぁ、皆さんが楽しめるのなら、それが一番ではありませんか。年に一度のはめ外しなのでしょう?」 くすくすと笑いながら未楡は浄炎の肩にそっと手を乗せた。 「それに最後は双方合わさって宴会ですからそこで喜ばれるようなもの出したいですし」 「まぁ、それは楽しみですわね♪ ほらあなた、まゆちゃんのお手伝いしないと」 「やれやれ‥‥仕方ないな」 真夢紀の言葉に未楡はぽんと手を打ち、にこりと笑って浄炎に言う。 愛妻の言葉に、浄炎は頭を掻きながら小さなため息をついた。 手際よく準備を進める彼らを横目に、こちらも連続しての参加である菊池 志郎(ia5584)がどこか遠い目をして眺めていた。 「今年もやるんですね‥‥懲りないというか変わらないというか」 「にはは、しろーさんも二度目なりねっ! せっかくなので楽しむなりよっ!」 志郎の呟きに平野 譲治(ia5226)が満面の笑顔で答える。 「えぇ、勿論お手伝いは精一杯しますよ」 「そうなのだっ! 今宵も全力で遊ぶのだっ!」 ぐっと拳を握りしめながら最早遊ぶことしか頭にない様子の譲治に、志郎は思わず苦笑を浮かべて嘆息した。 「ん〜? ため息なんかついてどうしたのだぁ〜?」 はふと息を吐き出した志郎に、玄間 北斗(ib0342)が首を傾げる。 「いえ、何でもありません。そういえば玄間さんは―――」 「玄ちゃん!」 「え?」 「おいらはたれたぬ忍者の玄ちゃんなのだ〜。玄ちゃんと呼ぶのだ〜」 言いながらたれたたぬき柄の服を翻しえへんと胸を張る北斗。 「え、いや、しかし初対面の方に馴れ馴れしくするわけには―――」 「もう友達なのだ〜! さぁ、何を準備したらいいのか教えるのだ〜」 強引に友達認定となった志郎の腕を、意気揚々と引っ張る北斗。 志郎もその強引さに呆れながらもまんざらでもなく、昨年同様ケモノ対策の柵と土嚢の準備に取り掛かった。 村全体の準備が着々と進む中、個人的な準備に勤しむ者たちもいる。 「ふふ、今年も頑張りますかねぇ〜」 鼻歌交じりに手持ちの矢全てに花火をくくりつけているのは不破 颯(ib0495)。 昨年参加した彼は、面白かったという理由で今回も参加を決めたようだ。今回も準備に抜かりなし、と言わんばかりに次々と矢を準備する楓。 用意しすぎだろ、と誰もが思ったらしいが、それを突っ込む者は誰一人いなかった。 その後方では一人の女性が何やら真剣な表情で考え込んでいる。 「昨年は花火玉で失敗したからな。今年はこれでいこうか」 持参した花火玉を前に腕組みをしながら思案するのはイクス・マギワークス(ib3887)。 昨年使用した際には飛距離が足らず近くで打ちあがってしまったという経験があるイクス、今年はその飛距離を伸ばそうと石を中心とした花火玉に改良した。 これをスリングの要領で発射することで飛距離を伸ばすことにしたのだ。 と、そこにタイミング良く謎の歌を口ずさむ喪越(ia1670)が姿を現した。 「今年のあつもなっついねぇ〜♪ お? ヘイ嬢ちゃん、そいつは何だい?」 「ん? あぁ、あなたか。ちょうど良かった、すまんがコレを投げてみてくれないか」 そう言ってイクスは花火玉付きスリングを喪越に渡す。 受け取った喪越はそれが何をするものなのかをすぐに理解し、早速振り回す。 「よし、んじゃいくぜぇー!」 回転が限界点に達したところで前方―――勿論何もないところに―――目掛けて勢い良く投げる。 ぷつん、と音がして喪越の視界を一本の紐が飛んでいった。 「‥‥紐?」 ひゅるるるという落下音と共に喪越の手元に落ちてきたのはスリングの先についていたはずの花火玉。 「‥‥‥‥のぉぉぉう!?」 爆発音と共に喪越の姿が光と炎に包まれた。燃える喪越を眺めながらイクスは一言。 「うむ。まだ改良の余地があるな」 「それだけぇぇぇ!? でも嫌いじゃない自分が恨めしいぃぃぃっ!」 開拓者も色々である。 そんな喪越を見て明らかに嫌そうな表情を浮かべている者が一人―――赤い花のダイリン(ib5471)である。 「変わった祭とだけ聞いてたんだが‥‥花火戦争てどういう事だ」 じろりと視線を送った先には猪 雷梅(ib5411)。 「んだよダイリン。その顔はよぅ。楽しそうな祭の依頼だろ? 嘘ついてねーぞ私は」 カラカラと笑いながら雷梅はダイリンの肩をバンバンと叩いた。 「ったく‥‥だがアレはごめんだぞ?」 「あぁ、アレは私もさすがに」 喪越を指差すダイリンに、そこだけは同調した雷梅だった。 そんな中、どうにも勘違いをしてしまった者たちもまた、混ざってしまっていた。 「ふふっ、今日は楽しみですね」 柔らかな笑みを浮かべて黒木 桜(ib6086)は振り返る。その姿の美しさにしばし時を忘れて眺める羽紫 稚空(ib6914)と羽紫 アラタ(ib7297)の二人。 「お二人とも‥‥そんな顔をしてどうしたんですか?」 「い、いや、何でもねぇ!」 小首を傾げる桜に慌てて首を振る稚空とアラタ。 桜への思いはあれど、なかなか伝えられずにいる稚空は、この祭で伝えようと決意を胸に参加した。 ただし、どう考えても参加する祭を間違えたようだが。 様々な参加者たちの思惑を余所に、辺りが夕闇に包まれると同時に一斉に篝火が炊かれ始める。 いよいよ戦争の始まりだ。 ●戦闘開始。 しんと静まりかえった村内。 余りに不自然な沈黙は、嵐の前の静けさといったところだろうか。 数刻後。 小さな花火が一発、ぽんと宙に咲く。同時に――― 「点火ぁぁぁぁぁぁっ!!」 誰の声ともわからない怒号が響き、辺り一面に敷き詰められていた花火に一斉に火が灯される。 橙色の火花を散らした花火たちは、しばらく地上で咲いた後、流星となって上空へと伸びていく。 「わぁ、綺麗ですね!」 光り輝く火花の帯に喝采を送る桜。 照らされた横顔に稚空は今しかない、と桜をぐっと引き寄せた。 「桜‥‥俺は本当に桜のことが好きなんだ! 一生俺のそばに―――」 しゅぼぼぼぼぼっ。 大事な台詞の途中、稚空・桜・アラタの三人の周囲で勢い良く火花が爆ぜた。 「なっ‥‥ここは観客席じゃねぇのか!?」 驚愕の声を上げながらもアラタと稚空は咄嗟に桜をかばうように位置取る。 同時に上空から幾筋もの光がこちらに向かってくるのが見えた。 「‥‥おいおい、冗談じゃねぇぞ」 「何なんだこの祭はっ!?」 飛来する無数の花火を前に稚空とアラタは溜まらず自らの獲物を構える。その後ろでは良く分かっていない桜がただおろおろと首をかしげていた。 勿論こうなることを予測できなかった人間は彼らぐらいのもので、その他の者はそれぞれが襲い来る花火に対処している。 「ほらほらダイリン! さっさと私を守りやがれぇ〜!」 けらけらと笑いながらダイリンの裾をぐいと引っ張り盾にしようと雷梅。だがダイリンはそれを読んでさっと身を翻す。 「へっ、流石にお前のやりそうな事ぐらい予想が付くってモンだ!」 得意満面と胸を張るダイリン。だが避けたことで飛来する花火に背を向けてしまった。 ひゅるる‥‥じゅっ。 ダイリンの尻に花火が引火した。 「ぬあぁっ!? あづっ! あづっ! れ、雷梅! 水、水!!」 「おう! ほらよっ!」 しゅぼっ。 呼ばれた雷梅は花火に点火、そのままダイリンに向けて発射した。 「熱ァッ!? おま、マジでふざけっあづぅぅぅっ!?」 「あーっはっは! すまん、間違えたー」 「水と花火間違えるヤツがあるかぁぁぁっ!?」 背中に引火しながらも雷梅を追うダイリン。 ちなみに開拓者である彼らには少々では大きな怪我になどはならない―――念の為。 勿論防戦ばかりが役目ではない。 攻撃に転ずる者たちも少なくはなかった。 「今年も狙うは一番ノリぃぃぃっ!」 両の手に火槍を構えた喪越が一目散に相手の村へと突進する。 当然それをすんなりと通してくれるほど軟な祭ではない。喪越の目の前に数匹の猪のようなケモノが立ち塞がった。 「来やがったな! よぉし、ここを通りたくば俺の屍を越えて―――」 言葉の途中で喪越の頭にコツンと何かが当たり、そのまま目の前に転げ落ちる。 それは一個の花火玉。 どこかで見たことのあるそれは、明らかに自分の後方、つまり味方から投げられたものである。 ゆっくりと後ろを振り返った喪越の視界には、遠くのほうで「すまん」と頭を下げるイクスの姿が映りこんだ。 「タイミング、よすぎなんだよぉぉぉぉぉぉっ!?」 ぱぱぱぱぱん、という音と共に花火ごと吹き飛ばされる喪越。 「‥‥やはり素人が狙ったところに飛ばすのは難しいものだな。次は成功させたいものだ」 星になった、いや、吹き飛んだ喪越を眺めながらイクスは次回の抱負を胸に抱いた。 さて、喪越の前に立ち塞がっていたケモノたち。 突然大きな音と共に標的がいなくなってしまったため、しばしの間その場にとどまっていたが、やがて身体にくくりつけられた花火に火が灯されると、猛然と開拓者たちのいる村の方へと駆け出した。 いち早くそれを感じ取ったのは志郎。 研ぎ澄まされた感覚は変化を見逃さない。 「また動物に花火‥‥ちょっと可哀相な気が」 ケモノといえど生きている動物であることに変わりはない。それに花火をくくりつけるというのは、余りいい気がしないものだ。 「でもこのままってわけにもいかないよね〜」 志郎の隣で望遠鏡を覗いていた北斗がケモノの現在地を紙に書きとめ、そのまま瞬時に移動して仲間の下へ。返す足で再び志郎の隣に。 「いってきたのだ〜」 「お疲れ様です玄間さん。これで皆さんも対処できるでしょう」 労いの言葉を投げかける志郎に、北斗はどこかむすっとした表情を浮かべる。 「玄間さん‥‥?」 「むー、玄ちゃんなのだー!」 「え? あっ‥‥」 じっと見る北斗。困惑する志郎。 「えっと‥‥げ、玄ちゃん‥‥」 「んむっ! さぁ、おいらたちも迎撃に回るのだ〜!」 慣れない呼び名に困惑する志郎を引っ張り、北斗は村の中へと舞い戻る。 ●防戦者たち。 一方、村での防戦に主を置いた者たちは迫り来る大量の花火を前に奮闘していた。 村の中央に布陣していた開拓者はふしぎ、からす、譲治、浄炎、楓、雷梅、ダイリンと、戻ってきた志郎と北斗。 飛来する花火を前に、まるで動じることなくゆったりとした動きで前に出たのはからす。その手には鉄扇「銀雨」が握られている。 「お、おい嬢ちゃん! そこにいちゃ危ないぞ!」 村人たちが叫ぶ。 無理もない、からすは見た目には小さな女の子なのだ。とはいえその身に纏う装束を見れば只者ではないことぐらいはわかるのだが、状況が状況なだけにそこまでは確認できなかったのだろう。 嬢ちゃん呼ばわりされて、心なしかむっとしたからすは「大丈夫」と短く答えて手にした鉄扇を静かに開いた。 花火がからすに着弾するかと思われたその瞬間―――ふわりと舞ったからすの鉄扇が花火の軌道をずらしていく。流れるような動作と共に次々と花火を落としていく。 さながら舞のようなその姿に村人たちから感嘆の声と拍手喝采が起きる。 「やるな嬢ちゃん!」 「すごいぞーっ!!」 村人たちの声にぺこりと頭を下げて答えるからす。 「流石だね」 感心したように言うふしぎの方にちらりと視線を送った。 「さあさあ、私が護ってる間に攻める攻める」 「わ、わかってるよっ!」 何となく怒られたような気分になったふしぎは持っていたアーマーキラーをすっと構えた。そこにはしこたま花火が搭載されている。 「お返しなんだぞっ! 必殺、花火らんちゃーっ!!」 しゅぼぼぼぼぼぼっ! 大量の発火音と共にアーマーキラーから無数の花火が飛んでいく。 「ほー! 見事なもんだな〜。こっちも負けてられないなぁ〜」 ふしぎの花火らんちゃーに刺激を受けた楓、こちらは準備のときに大量に作った花火矢を手に弓を構える。 隣に立てかけた松明に矢をくぐらせ、導火線に火が移ったところで相手の村の方角に狙いを定め―――発射。 一瞬の残身の後、再び矢を番えそのまま隣の松明へとくぐらせ――― こちらも流れるような動作で次々と矢を放っていく。 「いっけぇ〜!」 「おぉ〜、楓もやるなりねっ!」 連続で花火矢を放つ楓に拍手を送る譲治。 「へっへ〜、伊達に二回目の参加じゃないぞぉ〜?」 「にははっ! それならおいらも負けないぜよっ!」 対抗すると言わんばかりに胸を張った譲治、懐から符を取り出すと念を込めて呪文を唱え始める。 同時に相手の村のほうから何度目かになる花火の発射音が響き渡る。 「来るぞぉーっ!!」 「任せるなりよっ!!」 叫んだ譲治は符を前方に。ふわりと舞った符は一度地面に沈み、数瞬後黒い壁となって地面から出現。滑らかな形状の壁は放った符の数だけ次々と出現し、飛来した花火を次々と防ぎきっていく。 防戦に回る者、攻撃に回る者、それぞれが考え抜いた方法で花火を防ぎ、同時に発射する。 そして、やがて相手の攻撃の最大の見せ場がやってくる。 「来たぞぉぉぉー! ケモノが来たぞぉぉぉ!!」 叫ぶ村人の声に緊張が走る。昨年と同様、どうやら花火付きのケモノが現れたようだ。 どどっどどっという轟音と共に一同の前に姿を現したのはイノシシ型のケモノ三匹。 「ふふ、待ってたんだぞっ」 口元ににやりと笑みを浮かべたのは少し開けた場所で蹲る様に片膝をついて座るふしぎ。その周りには準備段階で敷き詰めた畳がずらりと並んでいた。 どう見ても罠である。 相手が人間であればまず間違いなく引っ掛かりはしないが、そこはケモノ。三匹のうちの一匹がふしぎ目掛けて猛ダッシュ。 「空賊忍法畳み返し‥‥返し花火の舞!」 叫ぶ声と同時にたんっと畳を叩くふしぎ。同時に畳が次々と捲れ上がる。いきなり現れた畳に驚き、足を止めるケモノ。 本来であればここで畳に仕込まれた花火が発射され、相手にも襲い掛かるはずだった。 いや、勿論花火は発射し、ケモノは慌てて逃げていったのだが、同時に捲れ上がった畳の内側についていた花火が発射されてしまったのだ―――ふしぎ目掛けて。 「えっ!? 何でこんなところに花火が―――うわぁぁぁぁぁっ!?」 ぱぱぱぱぱん。 畳の内側から聞こえてくる断末魔の叫びと花火の破裂音。再び畳が倒れたときには、ぷすぷすと煙を上げて倒れているふしぎの姿があった。 それを見てからすがそっと合掌していたとかしなかったとか。 さて、残されたケモノのうちの一匹。何故かずっと一点を見つめたままになっている。どうやらとある開拓者に狙いを定めたようだ。 「お前なっ! 俺に向かって花火ぶっ放すたぁ何考えてんだよっ!?」 「いやぁ、すまんすまん! そっちに飛ばすつもりじゃなかったんだよー。次こそは―――あ。」 「あ。ぢゃねぇぇぇぇっ!?」 どういうわけか花火を撃ち合う―――と言っても一方的に雷梅がダイリンに向かって撃ってるだけだが―――二人。 その姿の何かがケモノを刺激したのだろう。鼻息荒く助走をつけたケモノは、一気に二人に向けて加速。 「いい加減にしろって‥‥って何かケモノきたぁっ!? っ!! あっぶねぇ!!」 猛スピードで自分たちに突進してくるケモノを発見したダイリン。叫んだ後で慌てて雷梅を突き飛ばす。 「いやぁ、ほんとお前って面白―――うわぁっ!?」 こちらは訳も分からずいきなり突き飛ばされた雷梅。何をする、と文句を言おうとしたところで、突進してきたケモノに弾き飛ばされるダイリンの姿が目に入った。 「あぁー‥‥た、たーまやーってか」 宙を舞うダイリンにぼそりと呟く雷梅。 そんな彼女に、方向転換したケモノが再び襲い掛かろうと右前足で地面を掻く。 いざ突進―――というところで側面から紅い筋が飛来、ケモノは瞬く間に吹き飛ばされた。 何事かと雷梅が視線を送ると、そこには八尺棍「雷同烈虎」を構えた浄炎の姿。既に残っていたケモノも彼が片付けたらしく、その足元に気絶して転がっていた。 「お前さんら‥‥ハメを外すのもいいが、程ほどにな?」 「あー‥‥面目ねぇ」 苦笑を浮かべる浄炎に、申し訳なさそうに頭を掻く雷梅。少し反省したようだ。 花火は用法をきちんと守って遊びましょう。 ●お休み処。 「まゆちゃーん、次の人来たわよぉ〜」 「あ、はい。通してください」 こちらは村の一角に設置された簡易の救護所。真夢紀と未楡が慌しく動き回り、運ばれてくる怪我人たちの手当てを行っていた。 「すまない、少しいいかな」 声がした方に視線を送ると、そこにはイクスの姿が。 「おや、どうしました?」 「ん。怪我人を運んできたんだが」 首を傾げる真夢紀に、イクスは自身の後ろに視線を送る。 そこにはちょっとこんがりと焼けた喪越が横たわっていた。 「あらあら、これは随分やられちゃったわねぇ? そんなに一杯受けちゃったのかしら?」 「あ、いやそれは‥‥うむ、そうだ」 未楡の言葉にこくりと頷くイクス。 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ良心との戦いがあったようだが、どことなく嬉しそうな喪越の顔を見て良心が敗北したようだ。 「ふっ‥‥お前の愛、確かに受け取ぶほらぁっ!?」 「あぁ、すまない。少し手が滑った」 「あらあら、おいたはめーですよー?」 「小母様、それは聞かないと思うです‥‥というか怪我人増やさないでください‥‥」 壮絶な勘違いの喪越に勢い任せのエルボーを落とし込むイクス、それを見て微笑む未楡と頭を抱える真夢紀。 今日も開拓者たちは平和である。 と、そこにまた新たな怪我人が運び込まれてくる。 「しっかりふしぎ殿。傷は浅いよ」 言いながらこんがり焼けたふしぎを連れてきたのはからす。 「な、何で僕がこんな目に‥‥っ!」 「貴方だけではないよ、ほら」 と指差す方向には喪越。 「‥‥何だか‥‥釈然としないんだぞっ」 何故かむくれるふしぎ。と、そこにばたばたと足音が聞こえ、一人の青年が駆け込んでくる。 「誰かが火傷したって‥‥喪越さんですか!?」 慌てたように水桶を手に現れたのは志郎だ。 「最初から俺だって決め付けんのはよせYO‥‥」 「えっ‥‥だって他に思い当たらなかったから‥‥」 前回参加した人間には怪我人=喪越の図式が出来上がっていたのかもしれない。 「もう‥‥勝手にしてください」 疲れたような真夢紀の声、同時に花火戦争終了の合図が当たりに鳴り響いた。 ●全て終えて。 昨年同様、全てを終えた二つの村は、互いの村の豊作を願いあって盛大な宴を開いていた。 半分は慰労を兼ねたこの宴は、勿論参加した開拓者たちも招待さえ、皆その日の疲れを癒さんとわいわいと騒いでいた。 「偉い目にあったな‥‥」 「あぁ、全くだ‥‥何なんだこれは‥‥」 ぐってりとしたまま机に突っ伏しているのは稚空とアラタの兄弟。 普通の花火祭だと思って参加してみればこの有様である。次々と飛んで来る花火を四苦八苦して払い落としたと思えば、今度はケモノが火花散らして襲ってくる。 ケモノは他の開拓者たちが何とかしたようだったが、余りの展開に二人の疲労はピークに達していた。 「でも楽しかったですよ?」 ふふりと笑みを浮かべながら、出された甘味をほおばる桜。 いつの時代も女性はたくましいようだ。 「あ、そういえば稚空、何か言おうとしてなかった?」 「え、あぁ‥‥いや‥‥」 言葉を濁す稚空にきょとんと首を傾げる桜。 こういうモノはタイミングを逃すと言いにくいものである。そして改めて言うとなると、何となく言えないのが男心というものだ。 それを見たアラタはため息を一つ。 「何だ、お前まだ諦めてなかったのか。懲りないな‥‥なぁ桜、こんな奴じゃなくて俺と付き合えよ」 そう言って桜の肩をぐいと引き寄せるアラタ。当然稚空は怒り出す。 「あーっ! こら、桜に触るんじゃねぇっ!」 「はわわっ、もう、あんみつがこぼれますよっ」 二人の男に取り合われながらもマイペースを崩さない桜。 漸く、普通の祭らしい雰囲気を取り戻せた三人であった。 そしてこちらもまた、ある意味仲間にヒドイ目に遭わされたダイリンが、むくれたように酒をあおっていた。 その横には加害者の張本人、雷梅。 「ダイリンよぉー、大丈夫かー?」 「ぜんっぜん大丈夫じゃねぇよ!? っつかどうやったら大丈夫に見える!? 飛んだぞ? 俺飛んだぞ!?」 バンバンと机を叩くダイリン。だがそれを見た雷梅はからからと笑うばかり。 「そんだけ元気なら大丈夫だろー」 「ったく人事だと思って‥‥」 笑う雷梅にやれやれと溜息をついたダイリンは再び酒をあおる。 ひとしきり笑った雷梅は、やがてその表情を若干素に戻し、ダイリンの横顔をちらりと見やる。 「‥‥ったく、何で私なんか庇ったんだよ、バカ‥‥」 小さく呟いた雷梅の頬は、照らされた提灯の灯も相俟って、ほんのりと桜色に染まっていた。 「あぁん? 何か言ったかー‥‥っておまっ酒飲んだな!? 顔赤いぞ!」 「なっ!? ななな何でもねぇよバカっ!? っつか赤くないしっ!? 酒飲んでないし!?」 「な、何だよ‥‥そんなに怒るなよ‥‥」 「う、うるせーっ!」 仲が悪いように見えて、とても仲の良い二人。 そんな二人を羨ましそうに見つめるのは北斗。 「? どうしました、北‥‥げ、玄ちゃん?」 どこか寂しげな視線を送る北斗に、志郎が心配そうに声を掛ける。 「何でもないのだ〜。ちょっと昔を思い出して‥‥」 「昔‥‥何かあったのですか?」 「うん‥‥おいらにはその昔仲のいい幼馴染がいたのだ。その子を思い出していたのだ〜」 しんみりと語る北斗に、志郎は少し申し訳なさそうに俯いた。 「その子は、今は‥‥」 「‥‥‥‥」 黙りこくる北斗に、志郎もまた複雑な思いを胸に、そっと北斗に茶を差し出した。 「ありがとなのだ〜」 「すみません、聞かなくていいところまで聞いてしまって‥‥」 「いやいや、作り話なのでだいじょうぶなのだ〜」 「‥‥えっ」 思わず聞き返した志郎の瞳に、明らかにしてやったりな表情を浮かべる北斗の姿が。 「えっちょっ、嘘!?」 「にゃはは〜余りに引っ掛かってくれるから止めどころがなかったのだ〜」 無邪気に笑う北斗に、一杯食わされたと志郎はかくりと肩を落とした。 「ふふっ、楽しいお祭でしたわね〜」 お休み処の一角でお茶をすすりながら笑みを浮かべるのは未楡。その隣には浄炎と、向かいには真夢紀。 「ちとやりすぎな気もするがな‥‥」 ケモノが襲ってきた辺りから感じていた感想を口にする浄炎。 普通に考えれば有り得ないから当然と言えば当然の感想だ。 「まぁ昨年もこんな感じでしたしね」 と、真夢紀が苦笑を浮かべながら続ける。 「まぁ今回はまゆちゃんと一緒出来たから嬉しかったわ〜」 「いえ、こちらこそ。急なお誘いに乗っていただいて‥‥」 頭を下げる未楡に慌てた真夢紀は同じように頭を下げる。 と、そこでどぉん、という大きな音が響き渡る。 顔を見合わせた三人が外に出ると、もう一発どぉんと音が鳴り、辺りがぱっと明るくなる。 空には特大の花火が一輪、咲き誇っていた。 「ほう、普通の花火もあるんだな」 感心したように言う浄炎。 「勝負のときは‥‥綺麗な花火なんて使いませんからね」 同じように見上げた真夢紀は、そういえば去年は普通の花火はなかったなと振り返る。 「ふふ、やっぱり花火はこのほうがいいわね〜」 何気ない未楡の台詞に、浄炎も真夢紀もまったくだと呟いて静かに空を見上げた。 こうして、天儀一花火戦争は、実は普通の花火も出来るんだという新たな一面を残して、静かに幕を閉じた。 〜了〜 |