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■オープニング本文 その昔、ある地方にそれはそれは聡明な領主がいたそうな。 その領主は幼き頃、一度はアヤカシに奪われ滅亡寸前まで追いやられた城を、様々な困難の末に心強い仲間と共に奪還することに成功。その後正式な領主として土地を治め、度重なるアヤカシの侵攻をも跳ね除けた。 やがて領主は人々からこう呼ばれるようになる。 英雄、と――。 ●天儀暦10××年。 「おじーちゃん、いっつもそのお話してくれるけど、それほんとなのー?」 ぷぅと頬を膨らませたまま幼い少年は言う。 隣にいた老人は一瞬驚いたような顔をした後、優しげに微笑みを浮かべた。 「ほっほっほ。そうじゃのぅ、これは読み物じゃから信じられないのも無理はないかもしれんのぅ」 「だってみんな言ってるよー? それはかくーのお話なんだって!」 そう言ってえへん、と胸を張る少年。 「そうかそうか、架空の話か。まぁそのように伝えることが約束じゃったからのぅ‥‥」 どこか遠くを見つめながら懐かしそうに目を細める老人。 そんな老人の様子を少年は不思議そうに見つめる。 「おじーちゃん?」 「ん? おぉ、すまんすまん。そうじゃの‥‥どれ、では一つ面白い話をしてやろうかの」 「ほんと?」 「本当じゃよ。じゃがこれは内緒のお話じゃ。誰にもしゃべらないと約束できるかの?」 「うん! ボク言わないよ!」 老人の言葉に少年は目を輝かせる。 「良い返事じゃ。では話すとしようかの。そうさな、何処から話し始めればよいかの‥‥」 老人は少しの間中空に視線を送っていたが、やがて思い出したかのように少年の方へと顔を向けた。 「アレは、ワシがまだ小さかった頃の事じゃ―――」 ●北面北部―― 薄暗い森の中を全力で疾走する四つの影。青年一人に女性が二人、そして少年が一人。 一行はかなりの距離を走っているらしく、その激しい息遣いが静まり返った森の中に嫌と言うほど響き渡る。 と、「あっ」という声と共に影の一つ――少年が失速する。 どうやら転んでしまったようだ。 「若! 大丈夫ですか!?」 若い女性の転んだ少年を気遣う声。若と呼ばれた少年はすぐに立ち上がろうとするものの、すぐにまた膝をつく。 「このままでは追いつかれる‥‥!」 焦りを交えた声。 「どうか、私を置いて逃げてください‥‥!」 「なりませぬ! 貴方だけは何としても生き残っていただかなくては!」 少年の言葉にもう一人の女性が強く反発する。 「しかしこのままでは皆捕まってしまいます!」 泣きそうな少年の声。 そんなことは誰もがわかっていることだった。 「‥‥わかりました。ここは私が引き受けます」 そう言って青年がすっと立ち上がる。 「何を言っているのですか!? そんなことが通じる相手では――」 「時間がないのです!!」 驚いたような少年の声に、立ち上がった青年は怒鳴るように言う。 しばらくして青年はふっと語気を緩める。 「それに、策ならあります。これならば確実に若たちは逃げれます」 自信満々の青年の言葉。しかし少年はなおも納得がいかない様子。 だが後方から迫る声が小さく耳に入ると、一行の顔色が一気に青ざめる。 「若! お願いします‥‥ここは私に任せて早く!」 一瞬の沈黙。 「‥‥行きましょう若」 「姉上!?」 姉と呼ばれた女性は目線でもう一人――妹なのだろう――を黙らせる。 「ここにいても仕方がないわ。いずれ皆捕まって終わりよ。なら、ここは任せましょう」 悔しさを滲ませる妹。それを見た青年は姉妹の肩にそっと手を乗せた。 「お琴、お春。若を‥‥任せたぞ」 「‥‥はっ」 俯くがしっかりと言葉を返す姉妹に頷く青年、今度は少年の方へ。 「若。生きてくださいませ。我らの願いは、ただそれだけです」 「‥‥必ず、必ず追いかけてくださいね?」 「はい‥‥必ず‥‥」 力強く頷く青年に、少年も笑みを返す。 そうして少年と姉妹は再び森の中へと姿を消す。 見送って数瞬。 「‥‥申し訳ありません若、私は初めて‥‥貴方に嘘をつきました‥‥」 呟きと共に青年は少年たちとは反対方向に向かって駆け出した。 その身に、大量の火薬を抱えながら――。 ●開拓者ギルドにて。 「‥‥なるほど。ではその森の中に取り残されてしまった子供と女性を保護すればいいわけですね?」 ギルド員である名瀬奈々瀬は、そう言ってちらりと依頼人に視線を送る。 依頼人はお春という女性だった。一見するとどこにでもいそうな村娘のような格好をしているが、その所々が何かに引っ掛けたのか破れてしまっているのが見える。 それより特徴的だったのが、それを全く気にすることなく鬼気迫る様子でギルドに飛び込んできたこと。 そして出してきた依頼が、森の中で孤立している姉と少年を救いだして欲しいというものだった。 「はい。実はその周辺にはアヤカシがいるのです。このままでは動いた途端にアヤカシに見つかってしまいます。そこで是非とも開拓者の皆様にお助け頂きたいと‥‥」 確かにアヤカシがうろついているところで迂闊に動けば命取りになる。 しかしそこで気になるのは、こちらが行くより先にアヤカシに見つかりはしないかということ。 「大丈夫、だと思います」 お春は半ば断言するようにそう言った。その様子に奈々瀬はかくりと首を傾げる。 「詳しくは言えません‥‥ただ安全な場所にはいますので、皆さんがアヤカシを退治していただければ、私が姉に伝えますので」 宜しくお願いします、とお春は頭を下げた。 気になる点はいくつかあるものの、アヤカシで困っていることに変わりはない。 奈々瀬は「わかりました」と頷いて、手元の紙にさらさらと文字を書き始めた。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
无(ib1198)
18歳・男・陰
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●複雑な胸中。 依頼人お春。 彼女の依頼には最初から不可解なことが多かった。 「どこか腑に落ちませんね‥‥」 誰に言うでもなく无(ib1198)は呟く。勿論お春には聞こえないように。 まず気になったのは、今回救助する対象が「安全である」と言い切れる根拠。 「断言されてるってのも珍しいやな」 「そうだね。何か特殊な術とかでもあるのかな」 言いながら考え込む喪越(ia1670)とソウェル ノイラート(ib5397)。 普通に考えれば見付かりにくいことはあっても、絶対とは言い切れない。 「ま、ヤる事に変わりはないんだけどな」 そう言って肩を竦める喪越。一方のソウェルはどこか浮かない表情。 「何やエライしけた顔してんなぁ?」 ソウェルの隣にやってきたのは八十神 蔵人(ia1422)。 「ん、頭から信じていいのか分からないから‥‥少しだけ不安、なのかな」 柄でもないけどね、と付け足してソウェルは苦笑する。 「せやなぁ。けど騙すんやったらもうちょっとやりようあるようにも思うで?」 細い目をさらに細めながら蔵人は言う。 確かに彼の言う通り、嘘をつくならもっといい嘘をつく――だから依頼自体は嘘じゃない。 それが正しいことぐらいは皆理解している。 しかしそうは言ってもなかなか割り切れないのが人間である。 「俺らは君に手を貸している。全面的に信用しろとは言わないが、隠し事は無しにしようぜ」 「理由はどうあれ私たちは貴女を、そしてお二人を救いたいと思っているのです」 緋桜丸(ia0026)の言葉に続けて无もこくりと頷きながら言う。 お春は少しだけ振り返ってぎこちない笑みを浮かべたものの、再び視線を戻してただ黙って目的地へと足を運ぶ。 「やれやれ、強情なお嬢さんだね」 緋炎 龍牙(ia0190)は呆れた表情で肩を竦める。 と、そこで喪越が放っていた人魂――猿を模した『藤吉郎』と名付けている――の反応が、消えた。 「ヘイ、ちょーっち待ってくれぃ!」 慌てて全員を呼び止める喪越。何事かと歩みを止めた仲間に自分の符がやられたことを説明する。 「何かあれば 「‥‥すぐ近くか」 ぽつりと呟いたオラース・カノーヴァ(ib0141)の言葉に一気に緊張が高まる。 「へっ、どうやら考えるのは後回しになりそうだな。ありがてぇ‥‥!」 両の拳を合わせた酒々井 統真(ia0893)は口元に獰猛な笑みを浮かべる。 「お春ちゃんや、ここら辺で少しでも開けた場所まで案内してや」 片目をぱちりと閉じる蔵人に、お春は静かに頷くと移動を開始する。 やがて一行の目の前に現れたのは森の中にぽつりとある、小さな空間。 とても広いとは言えないが、それでも木々が密集しているよりは幾分かマシな場所。 「さーてそろそろ‥‥お春ちゃんや、わしの後ろへ」 蔵人の声と同時に一行は自身の立ち位置を入れ替える。 進行方向前部を統真、左右に蔵人と緋桜丸、後方に龍牙。四方を囲むように前衛陣が展開し、その内側に无・ソウェル・オラース・喪越がお春を囲むように布陣。準備は整った。 周囲の空気に妙な圧迫感が加わる。頬を伝う汗がやけに不快だ。 少しの間の――と言っても体感では随分長く感じた――膠着状態の後、そいつらは一気に現れた。 ●前半戦。 ガサリ、という音と共に前方から最初に姿を見せたのは狼三匹。相対するは統真。 統真は一歩前に踏み出すと、すぐさま大地を踏み締める足に最大限の力を込める。どっしりと腰を据えた構えと共に、その身体が真紅に染まる。当然の如く狼は統真に狙いを定める。相手の隙を伺うようにゆっくりと距離を詰めてくる狼たち。互いの間合いを図りながらじりじりと動く。 「おい、前に出たら危――」 明らかに狼の注意を向けようとする統真を止めようとした緋桜丸。だが統真の身体は瞬く間に狼に囲まれる。次々と爪と牙を突き立てる狼。統真はそれをわざとスレスレで避ける。勿論加減をするとなれば相当の実力差がいる。だが、多少食らうつもりでやるならば、話は別。増やした手数で狼たちの攻撃を受け止め、いなしていく。 助け舟を出そうとした仲間たちはそれを知らない。助け舟を出そうか一瞬戸惑い、迷う。 「っとぉ、上からも団体さんのお出ましだYO!」 しかし同時に聞こえてきた喪越の声にはっと空を仰ぐ。 見れば一行の頭上を覆う木々の隙間から感じる視線の数々。正確な場所は視認出来ないが確実に、いる。 一番困ったのは蔵人。咆哮で敵を引きつけようと考えていた所に別方向からの襲撃。全てを引き受けるには少し数が多い。と、ちらりと視線を送った先で統真の右手の親指が上がっているのが見えた。その背中は任せろと言ってるようにも見える。思わず苦笑する蔵人。 「そっちは任せたでぇ!!」 上空に向かって吼える蔵人。声に反応したのか木々の上から一斉に舞い降りる巨大な猿――その数三匹。 蔵人の言葉で統真は大丈夫と判断した一行は狙いを猿に。 「やらせんよ」 持ち前の直観力で既に狙いを定めていた一匹に向かってオラースがその手を翳す。宙を這う雷撃がオラースの手から放たれ、一匹の身体を貫く。 「上は任せて!」 ソウェルの構えた短銃二丁から真っ赤な銃弾が放たれる。それらは狂いもなく猿二匹に命中。 猿たちは避けられない上空で受けた攻撃に自身のバランスを崩され地面に激突。雷撃を食らった一匹が慌てて体勢を整えようとして―― 「!?」 身体が動かないことに気付いた。見れば自分の影が足に絡み付いている。 「まずはその数‥‥減らさせて頂きます」 「貰った!」 にこりと笑みを浮かべた无の手には符。そして応えたのは龍牙。構えた二刀から素早い斬撃が繰り出され、動けない猿を容赦なく切り裂いていく。 断末魔と共に一匹が瘴気へと姿を変える。 一方、ソウェルの弾丸を受けた猿二匹は、器用に空中で体勢を整えて着地。そのまま別々の方向へと散開。そして開拓者たちの円陣の中心にいるお春と喪越へと狙いを定める。 「やっぱそう来るよね〜っ!?」 半ば涙目になる喪越、そして無言で構えを取るお春。 だが二人の前にそれぞれ緋桜丸と蔵人が立ち塞がる。 二本の槍を構えた蔵人、そして普段の二刀の構えを捨て、片手に盾を持った緋桜丸。 邪魔をするなとばかりに牙を剥いて襲い掛かる猿。その牙を、爪を蔵人は槍を振り回すように操り、時に軌道を逸らし、時に刃で防ぎと攻撃を通さない。 「さあ、この二槍の壁、越えられるものなら越えてみい!」 再び吼える蔵人。決して攻撃を受けているわけではないが、いくら攻撃しても当たらない。イラつく猿は力任せに攻撃を繰り出す。当然それは自ずと単調な攻撃となり、全て蔵人の槍に無効化されることとなる。 一方の緋桜丸も盾と刀を交差させて猿の攻撃を防いでいた。さすがに猿の動きは素早く、隙を見て攻撃しようにもなかなかそれを許してはくれない。 焦ることはなかったものの、後ろには護るべき対象――お春がいる。無理に攻撃に出ればその隙に彼女を狙われてしまう。 「そいつは‥‥いただけねぇよなぁ!」 何度目かの攻撃を受ける。と、耳元で声が。 「しゃがんで」 それがソウェルの声だと気付くより先に身体が反応して咄嗟にしゃがみこむ。 同時に今まで緋桜丸がいた位置を紅い弾丸が二発通過。警戒する暇もなく銃弾は猿の両肩に食い込む。悲鳴を上げる猿。 放ったソウェルはすぐに銃弾の装填に入る。 が、その前に猿が動いた。肩をやられ、腕をぶら下げたままの猿は、己の口を最大限に開くとそのままソウェル向かって飛び掛る。 装填完了――しかし構える前に猿の牙が目の前に迫る。 間に合わない――思考と同時、ソウェルの視界を銀が覆う。 「っとぉ、そこまでだっ!!」 視界を覆ったのはしゃがんでいた緋桜丸が下方より切り上げた斬撃の光。防御の取れない猿は真正面から斬撃を受け、その身を両断され黒い瘴気を撒き散らして消えた。 「助かったよ」 「なぁに、お嬢さんをまも――」 「はいはい。そう言うのは他の人でやってね」 得意気に言う緋桜丸を余所に、ソウェルはさらっと視線を他に向ける。 「‥‥もう少し優しくしてくれても‥‥ってそうも言ってられねぇか」 かくりと肩を落とした緋桜丸。しかし辺りを包む気配に、すぐに気を引き締める。 来る――そう思ったのと、巨大な影が空を覆うのはほぼ同時だった。 ●後半戦。 上空から陽の光を遮って現れたのは巨大な蜘蛛。それは円陣を組む一行の真上から飛来。そのままだと潰されてしまうと一斉に散開する開拓者たち。陣形が乱れる。更に蜘蛛の上には狼二匹と猿二匹が乗っかっている。それらは蜘蛛の着地と同時に背中から降りる。 「‥‥厄介な」 蜘蛛から距離を取るように前転回避をした直後、オラースは口の中で小さく呪文を唱える。気付いた蜘蛛がその口から糸を吐き出す。と、その糸が空中で何かを絡め取り落下。オラースまで届かない。 糸に絡まりもがくは小さな猿。 「ナイスだ藤吉郎!」 「‥‥助かった」 いいってことよ、と親指を立てて応える喪越を横目に、オラースは詠唱を終えた魔法を解き放つ。 オラースの手から放たれた氷の矢は蜘蛛の表面に突き刺さり炸裂。声こそ上げることはないが、苦しそうに身を捩る。ボロボロと崩れる蜘蛛の表皮。 「今だ! 行くぞ龍牙!!」 「やれやれ、楽はさせて貰えなさそうだね」 自身の刀に炎を纏わせ叫ぶ緋桜丸に、こちらは両の手に翳した刀を構えた龍牙。 「新陰流‥‥焔陰!!」 怒号一閃――緋桜丸の紅い太刀筋が蜘蛛の身を横一文字に薙ぐ。 続けて龍牙。 「そろそろ終わりにしよう‥‥朽ち果てろ――龍ノ顎!」 両手から上下段同時に放たれた刃は、まるで顎の如く蜘蛛の身を抉り取る。 やがて巨大な蜘蛛はびくびくと身を震わせながらゆっくりと瘴気に姿を変えていく。 一方蜘蛛の飛来と共に狼との膠着状態が解かれた統真は、これ以上引き止めておく意味がないと判断。漸く反撃の拳を握る。 今までは他の仲間が数を減らすために注意を逸らすことだけに集中してきた統真。元来の性格上、当然それは性に合わない。 「へっ、散々やってくれたじゃねぇか‥‥今度は全力でいくぜっ!」 轟と身体から紅い気が噴き出す。同時に今まで抑えていた力を一気に解放し、勢い良く地を蹴り狼に肉薄。 今までと全く異なる速さに狼は戸惑い、反応が遅れる。 当然それを見逃すはずもなく、握った拳で一匹に連打を叩き込む。轟音と共に吹き飛ばされる狼。他の狼も我に返り統真に牙を剥く。 だがその牙は統真に届くことなく宙を切る。まるで背面に目があるかのような動き。と、急激に狼の動きが鈍る――というより停止した。驚く狼を統真は逃がさない。 「今までの分―――倍返しだっ!」 次々と拳を叩き込んでいく統真。 瞬く間に狼三体が瘴気の霧となり宙に霧散した。 「ふぅ‥‥ありがとな!」 にかっと笑って振り向いた先には无。 「いえいえ、余計なお世話だったかもしれませんが‥‥」 苦笑を浮かべつつ統真の身体に符を貼り付ける无。 「いや、助かった‥‥」 そう言って息を吐き出した統真。前半ずっと狼の攻撃に晒されていたせいか、統真の体中には無数の傷が出来ていた。 さて蜘蛛と狼との戦闘中。蜘蛛の背中に乗っていた狼と猿、計四匹。 これらは着地と同時に真っ先に狙いをお春に定めていた。 「させへんでぇぇっ!」 吼える蔵人。その声に四匹の注意が逸れ、一斉に蔵人目掛けて攻撃を開始する。二本の槍を振るい、これを撃退する蔵人。 だが、四体同時はかなり負担が大きい。 「みんな、はよう片付けてまえー! ってかうん、真面目にしんどいー」 ちょっぴり泣き言を交えながらも防御に専念してお春を護る蔵人。上下左右から押し寄せる攻撃の波に、次第に蔵人の体力も削られていく。 「蔵人、右に弾いて」 聞こえてきた声に蔵人は反応。即座に右手の槍で一匹の猿を弾く。弾かれた猿は宙で一回転して――飛来した弾丸に貫かれる。 左、右と飛んでくる指示に従い蔵人は的確に相手を弾いていく。そして弾かれた敵には漏れなく弾丸が飛んでくる。 そしてとうとう最後の猿一匹に。慌てた猿はその場を離れようと近場の木に手を伸ばして跳躍。 「そっち行ったで!」 蔵人の声と同時に飛び出したのは勿論ソウェル。 「空中じゃ避けれないよね!」 珍しく叫んだソウェルは二丁短銃から練力を込めた弾丸を発射。弾丸は猿の両腕に命中。バランスを崩した猿はそのまま落下。既に待ち構えていた緋桜丸と龍牙の斬撃で両断された。 ●退治後。 お春からの情報にあったアヤカシを全て片付けた一行は、お春からその場で待つように言われ、待機する。 暫くして。お春は女性と少年を伴って一行の前に姿を現した。 「その二人が依頼にあった二人かい?」 緋桜丸の言葉にお春はこくりと頷く。 「ふーん‥‥お春ちゃんや、そこの坊主、やんごとない身分やったり?」 蔵人の言葉にお春の視線が鋭くなる。が、それを少年が手で制する。 「この度は本当に有り難う御座いました」 深々と頭を下げる少年。 「‥‥失礼ですが、お名前は‥‥?」 「申し遅れました。私は辰巳、舘三門辰巳(たてみかどたつみ)と言います」 无の問い掛けに丁寧に答える少年――辰巳。 「一体何があったんだ? お春セニョリータの様子から見ても、ただごとじゃないと思ったんだけどな?」 こちらは喪越。依頼を受けてからどうにも嫌な予感が離れない。 しばらくじっと地面を見詰めていた辰巳だったが、やがて息を吐き出すとポツリと話し始めた。 「‥‥実は、私たちは北面北方にある、呉内(くれない)という城から逃げてきたのです」 更に辰巳の口からは、辰巳の父親が城主であること、ここ最近になって父親の様子がおかしくなったこと、そしてついには命を狙われるようになったことなどが語られた。 「おかしくなった原因に心当たりはないの?」 ソウェルの言葉に再び沈黙が走る。 「‥‥あの女が悪いんです‥‥」 ポツリと呟いたお春にもう一人の女性――お琴というそうだ――が「こら!」と声を荒げる。だが一度開いた口と、溜め込んでいた思いはそう簡単には止まらなかった。 「あの女?」 「‥‥えぇ。つい最近城主様の奥方として迎えられた女です」 口を開いたお春の話によると、どうやらその女性が現れてからというもの、城主の性格は一変し、城下は荒れに荒れているという。 他にも何かあれば、と考えた者もいたが、辰巳はそこで静かに首を振った。 「おかげさまで私たちはこうして無事に逃げ出すことが出来ましたから」 そう言って朗らかな笑みを浮かべた。 この直後、一行は無事にお春から報酬を受け取り、一人の少年を逃がすことに成功する。 そしてこれが、後に歴史の片隅にひっそりと消えた、一つの事件の幕開けでもあった。 〜了〜 |